双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 割と早く上がったので。
 サクサク進むとイイナー(棒


#48 女の勘はその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 トーナメント一日目終了

 

 

 

 

 

 多少のアクシデントに見舞われた学年別個人トーナメント初日もようやく終わり、二日目が始まる。

 昨日同様晴天に恵まれた為かそれとも代表候補生同士の対戦があるからなのか、昨日よりも更に観戦客が多いように感じられる。今日の日程は午前中で二回戦から五回戦までが行われ、午後からこれまで三年生しか使用していなかった第一アリーナで各学年の準決勝から決勝までが行われる。最も観戦客が多くなるのがこの準決勝からなので、特別措置として第二、第三アリーナに設置されている大型のモニターでもその対戦の様子が放送される手筈となっている。

 昨年もそうだったが、第一アリーナで観戦出来るのは外部から来た人間と三年生、一、二年生は其々のアリーナでの中継を観ることになるだろう。如何に収容人数が多い第一アリーナであっても、流石に学園全生徒と大勢の観客全てが収まるわけではないのだ。

 

 さて、そんな訳で朝である。

 昨日姫無と一緒に寝た俺は未だスヤスヤと寝息を立てている妹を起こさないように準備をし、書置きを残して部屋を後にした。向かう先は食堂である。今日の進行予定は先程も述べたが、毎年二日目の午前中が最もハードなのだ。何せ四時間弱で四試合もこなさなくてはならず、それが学年全てで行われるのだ。必然、試合開始の時間が早まるわけで。今日の第一試合の開始はなんと朝七時だ。よって食堂は五時から活動を開始しており、俺が食堂に入った時には既に試合を控えた多くの生徒たちが食事を摂っていた。

 にしても皆早いな。まだ六時だぞ。

 

 まだ完全には覚醒しきっていない身体を動かし、配膳台へと向かう。

 

「あ、会長」

「おはようございます、更識会長」

 

 俺が食堂のおばさんから和食セットを貰って近場の席に座ろうとしたところで、その隣の席に座る少女二人から声を掛けられた。視線をそちらに向けてみれば、そこには一年生の代表候補生二人が思い思いの朝食を採っていた。

 

「おはようナタル、クラリッサ。何だお前ら仲良かったのか?」

 

 金髪の少女ナターシャと黒髪眼帯の少女クラリッサ。彼女たちが席を同じくしていることに少々驚きつつ、俺はナタルに促されその四人席(二人とは対面になる形で)に腰を下ろした。

 この二人が仲が良いという話は聞いたことがなかった。確かに二人は同じ代表候補生であるし、IS開発に於いては先進的な両国だ。情報交換は出来ないだろうが、それなりに国の利益となるかもしれない。まぁ、そんな打算で近づいたのならここまで親しくはなっていだろうが。

 

「だって私たち同じクラスですよ?」

 

「そうなのか?」

 

「はい。クラス代表はクラリッサがやってますけど」

 

「ナタルは生徒会に入っているからな」

 

 成程確かに仲は良好のようだ。俺と戦うまでのクラリッサだったら多分ここまで親しくはなれなかっただろう。それはきっとナタルにも言えることだが、しかしどうやら上手くやれているようで良かった。

 俺はそんな感慨に浸りつつ、味噌汁を啜る。うん、美味い。やっぱ日本人は味噌汁だな。なんかこう、ホッとする。

 因みにナタルはパンにスープ、クラリッサはカロリーメイト的なものを食べていた。

 

「おいクラリッサ。お前は何食べてるんだ?」

 

「カロリーメイトです」

 

「その横にあるのは?」

 

「ウイダーです」

 

「味気ねぇ……」

 

 軍人てのは皆こうなのかと思わず思ってしまう。もっと他のモノも食べた方がいいと提言しているものの、彼女の食生活が変わる気配はない。

 だがこれでも俺の言うことは聞いてくれるようになった。最初は俺のことを恨んでさえいるような態度だったのだから。あの決闘以降、俺への態度がかなり軟化したクラリッサには何度か生徒会の手伝いをして貰ったことがある。軍人だからなのか彼女が得意だからなのかは定かでないが、正直ナタルの倍以上は仕事が出来る。いや、ナタルだって機械系以外の仕事であれば十分以上の働きをしてくれるんだが、パソコンを使いこなせるクラリッサはその更に上をいく。クラリッサの仕事を手伝ってもらっている時の様子を見ていたが、真面目が服着て歩いてるみたいなものだと思った。あの様子では今まで年頃の女の子らしい遊びなんてしてきていないのではないだろうか。

 当然、軍人にはそんなものは必要ないのかもしれない。が、俺は少しくらいそういった遊びに興じるのも悪くないと思っている。

 敷かれたレールを忠実に守り、横道逸れずに人生を過ごしてきた人間を否定するつもりはない。

 しかし、そんな大人が今の政府に大勢いる現状、政治はちっとも纏まらない。

 俺の帰属問題を始めとしてIS関連のものだけでも十数件が宙ぶらりんのまま放置されている状態だ。

 

 そんな大人たちを見ていると、杏子ちゃんみたいな大人のほうが好きに生きられていいような気がする。いや、あそこまで自由すぎるのも困りものだが。

 

 そうだな、趣味の一つでも見つけるのがいいかもしれない。

 趣味ってのはその人の視野を広げるし、同じ趣味を持つ者同士で会話を楽しむことも出来る。何かないだろうか、クラリッサがハマりそうな趣味は。

 そこまで考えて、俺はふと思い出した。確か原作で彼女がハマっていた、というか愛好していたのは――――。

 

「――――っと、そろそろ行かないとやばいな」

 

 考え事をしていたせいで今まで気づかなかったが、時計は既に六時半を指していた。クラリッサの趣味云々のことは一旦思考の隅に追いやり、俺は急いで朝食を平らげる。自分の試合開始時間まではまだ余裕があるが、一度生徒会室に向かわねばならない。それに部屋に戻って姫無も起こさなくてはいけない。今日は姫無の友達もこのIS学園にやってくる予定なのだ、その子が来るまでには姫無にも準備を終えてもらわなくては。

 まだ食事の最中だったナタルとクラリッサに一言告げて俺は席を立ち、食器を片付けて足早に食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 午前六時五十七分。

 学年別個人トーナメント二日目の第一試合開始まで残す所三分となったこの時間帯、俺は控え室で黒執事と呼ばれる所以の執事服に着替えを済ませ多くの生徒が集まるアリーナの横に備え付けられた準備室に居た。この部屋はこれから試合がある生徒たちがその待ち時間を潰す為の場所で、前の試合が終わるまではここで思い思いの時間を過ごすことになる。

 

 第一試合で闘う二人は既にピットへ向かったのでこの場に姿はないが、二試合目以降の生徒たちの多くはこの部屋に姿があり、その中には俺の見知った女子生徒の姿もあった。最近あまり会っていなかったこともあってか、その姿を久しぶりに見た気がする。

 一年の時とは違い、肩口でバッサリと切り揃えられた綺麗な金髪。この年頃の女子にしては高い身長と、恐らく本人に言えば鉄拳が飛んでくるであろう慎ましい胸。モデル並みのスタイルを持つ彼女はその容姿で学園内では周知の有名人だ。

 俺はそんな彼女の元へと足を運んだ。そんな俺の存在に気づいたのか、彼女もこちらを向いて俺が来るのを待っていた。

 

「おはよう、リリィ」

 

「おはよう、楯無くん」

 

 声を掛けた少女、リリィ=スターライは俺の挨拶ににこやかに微笑んで応えた。

 彼女とは一年、二年と同じクラスだったが今年はクラスが違った。その所為もあってか中々話す機会がなかったのだが、やはり去年までと同じように彼女はとても礼儀正しくそして清楚だった。

 ん? いや、リリィってこんなキャラじゃなかっただろうって声が飛んできそうだから一応言うが、彼女の本質は英国貴族のお嬢様だ。ISが世に当初は女尊男卑の風潮に若干流されているような気があったが、今となってはそんな面影は何処にもなくなっていた。

 長く綺麗な髪を切ったのは何故かと以前聞いたところ、ISの操縦に邪魔だからだそうだ。見かけによらずアグレッシブなところもあるのがリリィという少女である。

 

「組み合わせ見た?」

 

「おう見たぜ」

 

「そう、ならわかっているわよね? ……準決勝、当たるわよ」

 

 そうなのだ。組み合わせで俺とリリィが順当に勝ち進んでいけば、準決勝で激突する。彼女との対戦はこれが初めてではないが、正直今までの相手とはレベルが違うだろう。

 何せ彼女は昨年の暮れ、イギリスの第一期代表候補生に選出された優秀な操縦者だ。今IS学園内に居る三年生ではたった二人しかいない代表候補生の一人が彼女なのである。更にイギリスはいち早くIS開発に乗り出した国の一つであり、既に第一世代型の完成を目前としている。リリィに与えられた専用機はその最終形とでも言えばいいだろうか。まだ改良の余地はあるものの、ほぼ世界基準を上回るスペックを誇る。

 

 そんな彼女との対戦だ。楽しみでない筈はない。

 

「だな。当たるのが今から楽しみだぜ」

 

「私に負けて会長を辞めることになるから、今のうちに辞表書いておいたほうがいいわよ?」

 

「言ってくれるぜ。そっちこそ大事な専用機大破されないように頑張れよ」

 

「ふふ、そんなことさせないから」

 

「期待してるぜ」

 

 そんな会話を交わして、俺とリリィは小さく哂った。こんな会話に意味などないことは互いに理解している。つまるところ、これは前哨戦みたいなものだ。お互い待ちきれないのだ、ぶつかり合うことを。

 

『これより学年別個人トーナメント第二日目を開始します。第一試合出場の選手はアリーナへと入場して下さい』

 

 部屋の上部に取り付けられたスピーカーから放送部の声が流れる。午前七時、今この瞬間から二日目が始まった。午前中は人によっては四試合もこなさなくてはならないため今日は整備科の人間やピットは大忙しになることだろう。

 さて、俺も次期に試合だ。それまで少し他の試合でも見ておこうか。そう考えた俺は試合までの間、中継用のモニタでひたすらに試合の様子を観ていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 第一アリーナ観覧席上部。午前八時を回った今となっては観覧席は満席状態で、とてもではないが碌に身動きが取れないような状態だった。そんな観覧席の一角、生徒会長が用意した特等席に、二人の少女が座っていた。更識姫無と椎名紗季の両名である。

 

「もー姫ぇ、何でこんな時に寝坊するのよ」

 

「ごめんって……、ほらでも兄さんの試合には間に合ったんだし」

 

「そういう問題じゃないんだけど」

 

 今の会話にある通り、姫無は昨日兄の部屋に泊まったにも関わらず寝坊し紗季との集合時間に遅刻した。

 因みに、兄である楯無は部屋を出る際にしっかりと一度姫無を起こした。が、兄の匂いに満たされた空間で彼女がシャキッと起きられるわけがなかった。その後毛布を抱いたまま二度寝をかまし、目が覚めた時には七時半を過ぎていた。

 大慌てで身支度を整え、既に学園にやって来ていた紗季と合流し、今に至るという訳だ。

 

「それにしてもIS学園ってすごいね。こんなに人が集まるんだ」

 

「多分これから兄さんの試合があるからだと思うよ」

 

 紗季の感嘆にも似た感想に、姫無は事も無げに答えた。

 

「え? そうなの?」

 

「うん、昨日兄さんが言ってたけど企業や政府が兄さんのISを解析しようと必死なんだってさ」

 

「ISってあの執事服でしょ? 篠ノ之博士特注の」

 

「そう。それに兄さんは世界初の男性操縦者だから、一般の人からの注目度も高いのよ」

 

 ISが世に出てから既に三年。一般の人にとってみればISとは戦車や戦闘機よりも高い武力を持つ兵器というのが常識となりつつあるが、一方で一種のスポーツのような感覚でいる者も決して少なくはない。それも無理のないことで、戦争や紛争とは無縁と言っていいここ日本では、兵器というよりもスポーツという括りにしてしまったほうが馴染みがあり、また企業も売り込みやすいのだ。テレビで野球の中継を見るような感覚でこのアリーナにやってきている人間も多いだろう。そんな中で特に有名なのが男性でISに乗れる人間、更識楯無と織村一華の両名だ。しかも更識楯無はISを一気に世界に知らしめることになった『黒白事件』に関わったうちの一人。知名度がない、というほうが無理な話である。

 

「あ! 出てきたよ。あれが姫のお兄さんかぁ」

 

 周囲から一際大きな歓声があがったかと思えば、アリーナには二人の生徒の姿があった。一方はISを纏った女子生徒。一方は漆黒の執事服を纏った男子生徒。アリーナ上部に設置されている大型のモニタにはその顔がくっきりと映し出されている。

 

「うわ、かっこいいなぁ……」

 

 横から聞こえてきた声に、姫無は『でしょう?』とでも言うように微笑んだ。

 だが同時に、紗季に余計なフラグが立たないか非常に心配にもなった。

 

『これより第八試合、更識楯無、沢泉の試合を行います』

 

 アナウンスが流れ、その二人が無言で開始の合図を待つような態勢を取ると、しんとアリーナも静まり返る。なんとも言えない緊張感の中、姫無は兄の姿だけを捉えていた。昨日もその闘う姿は見ていたが、今日は一層輝いて見えた。

 そして開始の合図の瞬間。

 楯無と沢の二人は全く対照的な行動を取った。

 

 楯無は後方へと飛び、沢は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でその距離を殺しにかかる。

 沢という少女が取った選択は、対楯無に於いて王道とも言える戦闘方法だった。この戦闘方法を生み出したのは副会長だが、楯無には基本的に物理的攻撃は通用しない。原理は不明だが、まるで反射されるかのように攻撃が跳ね返されてしまうのだ。故に、遠距離からの攻撃にあまり意味はない。

 ならばいっそ近接戦に持ち込む、それが千冬が編み出した戦法だ。

 楯無の『反射』は常時展開されているわけではない。ならばそれを展開する暇を与えないほどの猛攻を仕掛け、隙が出来た瞬間に攻撃を当てる。というのが基本方針であり、沢もこの考えには賛成だった。何も彼女の機体に遠距離用の武器が無い訳ではないが、それでもやはり近接選に持ち込んだほうが勝機はあると考えたのだ。

 

 そしてそう来ることが予想できていた楯無は瞬時にその距離を取った。

 だが別に楯無が近接戦を苦手にしているという訳ではない。これは彼女の出方を伺っているに過ぎず、ある程度様子を見たら距離を詰めようと考えていたのだ。

 

 それから何度か攻防が続き、様子見が終わったらしい楯無は一気にその距離を詰めた。

 

「うっわ早!」

 

「勝負を決めるつもりね」

 

 姫無の言う通り、楯無はここで勝負を決めるつもりだった。不意にその距離を詰められた沢は驚愕するが流石に三年、一年や二年とはキャリアが違う。慌てつつも近接用のブレードで応戦しようとそれを振るう。しかし、その動作は楯無にすれなあまりにものろい。

 直後、衝撃はでも喰らったかのように沢は吹き飛びそのまま外壁に直撃。シールドエネルギーの大部分が削られてしまった。それでも何とか立ち上がろうと力を込めた瞬間、沢は気付く。目の前に楯無が居ることに。

 

「……はぁ~、圧倒的だったねぇ姫のお兄さん」

 

「当然、兄さんはこの学園で最強なんだから」

 

 試合終了のブザーを聞いて脱力した紗季がそう零す。やはり噂で聞いていたのと実際に生で見るのでは受ける印象が随分と違うのだろう。

 彼女の瞳には羨望のようなモノが込められているように見えた。それを見て嬉しく思う姫無だが、そう思う半面、どうにも腑に落ちない部分があった。

 

 明らかに、紗季が兄さんに憧れ以上のものを抱いているように見える。

 

(どうしてかしら、この嫌な予感は)

 

 姫無の目の前で、また一つフラグが建設されようとしていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 トーナメントもこれといったアクシデントはなく順調に進み、午後の対戦が始まろうとしていた。

 俺を含む生徒会のメンバーは全員が問題なく勝ち上がり、これから行われる準決勝に駒を進めた。さて、そんな訳でいよいよこれから準決勝が行われるわけだが、生憎俺は第二試合だ。

 

 ということで、俺は控え室でこれから行われる第一試合の様子をモニタで観戦することにしよう。当の二人は既にピットに行っているので、ここには俺とリリィの二人しか居ない。

 

「どちらが勝つと思う?」

 

 横のベンチに腰掛けていたリリィからの問いかけに、俺は逡巡した後。

 

「……わからん」

 

 真面目に考えたが、今日の二人は絶好調でこれまでの試合も圧勝。というのであればあとはもう力を推し量るものがない。 

 それに二人にも互いに負けたくはないだろう。正真正銘のガチンコ勝負だ。

 

「私は千冬が勝つと思うけれど」

 

「どうして?」

 

「女の勘、というヤツかしら」

 

「女の勘ねぇ」

 

 女の勘てやつは、どういうわけかよく当たる。このリリィの勘が当たるか否か、とくと観させてもらおうじゃないか。モニタでは既に二人はアリーナに出てその対戦を今かと待っている。その表情を見る限り、互いにやる気満々のようだ。

 暫しアナウンスが流れ、数秒の沈黙。

 

 

 そして、生徒会同士の準決勝が始まった――――。

 

 

 

 


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