双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#37 密かに近づく影はその時点でフラグ

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 クラリッサとの決闘十五分前

 

 

 

 

 

「ふう、」

 

 時刻は午後五時十分前になり、クラリッサとの決闘まであと十分になっていた。俺は控え室で執事服に着替え、いつでもアリーナに出られるように準備を終えてベンチに腰掛けてクラリッサのことを考える。

 ドイツの二期にあたる代表候補生、クラリッサ=ハルフォーフ。

 軍隊での生活が長かったこともあってその習慣や態度が染み込んでいるようだ。でもなんでクラリッサは左目に眼帯してるんだ? 確かあれってラウラの眼帯を真似てつけてたんじゃなかったか。

 ……あの突っ掛り様といい眼帯といい、なんだかキナ臭い匂いがするな。

 

 彼女の過去は大方真耶に調べてもらったが、まだ確証に至らない事も幾つかある。あれ程までに俺に固執する態度と、眼帯の理由。

 どちらも原作には語られなかった部分だったり矛盾があったりと少々厄介な所だが、それもきっと戦ってみれば見えてくるだろう。

 

「戦う……ねぇ」

 

 俺はこの後の決闘の内容を考えて、天井を仰ぎ見る。

 

「まともな戦闘になればいいけど」

 

 あれ、とそこで俺は気がついた。

 生徒会メンバーである千冬と真耶はアリーナ上部に設置されている管制室で待機しているが、もう一人このアリーナに生徒会のメンバーが居る筈だ。

 この世界で俺を除けば一人しか居ない、男性IS操縦者であるあの元勘違い人間が。

 

「織村の奴、一体どこで何やってるんだ?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「貴方、織村一華先輩ですよね?」

 

「そういうお前はアメリカの天才児だな」

 

 アリーナ上部の観客席、これといってすることもなくなっていた俺に声を掛けてきたのは金髪の少女。お前ホントに十三歳かよと疑いたくなるようなプロポーションを持つこの少女はアメリカの代表候補生、ナターシャ=ファイルスだな。つうか何で俺に声を掛けてきやがったんだ? 俺のファン……ってわけでもなさそうだな、どっちかっつうと何か企でもあって俺に近づいてきたって感じか。

 

「あら、私のこと知ってたのね」

 

「代表候補生に選ばれる程の人間を生徒会がチェックしてないわけないだろう」

 

「確かにね」

 

 そう言って微笑むナターシャ。

 ほんとにコイツ何しに来たんだ?

 更識とクラリッサの決闘を見に来たってのはもちろんあると思うが、だったら何で俺なんかに声を掛けた? 生徒会のメンバーってのは基本的に生徒たちからしたら高嶺の花どころか手の届かない領域の人間みたいな扱いで見られるからこうして表立って声を掛けてくる人間なんてそうそういない。居るとしたらそれは生徒会長を狙って決闘を申し込む奴か、余程神経が図太い奴だけだろう。

 

 でもコイツはそのどちらでもないように見える。くそっ、原作知識の中にナターシャの学生時代なんて無いから何を狙ってんのかサッパリだ。

 

「それはそうと織村先輩。少し話があるんですけど」

 

「あん?」

 

 話って一体何だ、そう言おうとしたがしかし、それを俺は口にすることが出来なかった。

 ナターシャの顔が、俺の鼻先数センチのところまで接近していたからだ。

 突然の事に驚く俺を他所に、ナターシャは俺にしか聞こえないような小さな声で、しかし明確な意思を口にした。

 

「私を、生徒会のメンバーにしてください」

 

「はぁ!?」

 

 アメリカの代表候補生はとんでもないことをさも平然と言い放った。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

「……時間だな」

 

 壁に掛けてある時計を確認し、俺はベンチからゆっくりと腰を上げる。

 生徒会長としてすべてを賭けた決闘。何も今に始まったことじゃない。幾度も繰り返し、その度にこの座を守ってきた。

 だからといって、決して緊張していないわけじゃない。何せ相手はドイツの代表候補生、慢心や油断が許されるような相手でないことは重々承知している。

 

 だが同時に、俺は緊張とは別の感情が自身の内から湧いてくることも自覚していた。

 

 高揚。興奮。

 

 口元がつい緩んでしまっていることを知覚しながらも、しかし溢れる笑みを抑えることは出来ない。

 

「……代表候補生」

 

 控え室を出てアリーナへと繋がる通路を歩きながら、俺はポツリと溢す。

 

「さぁて、お手並み拝見といこうか」

 

 獰猛な笑みをすんでのところで抑え込み、さも悠然と俺はアリーナへと出ていった。

 

 アリーナに出た瞬間、鼓膜を劈かんばかりの歓声が襲いかかった。うーん、毎回思うけどこの歓声はどうにかならんものかね。なんか見世物にされてるみたいで余りいい気はしないんだが。だからこの事も含めて今回は決闘を観戦することを生徒たちには禁止したんだけど、結局橘たち教師陣によってこんな周囲三六〇度生徒たちで埋め尽くされたアリーナが完成してしまった。

 なんてこったい。

 

「……っと、待たせたみたいだな」

 

「ふん、私よりも遅れて登場とは随分と余裕そうだな」

 

 俺が上空を見上げると、既にアリーナに入っていたクラリッサがISを起動させて空中で静止していた。空中で微動だにせず静止するってのは見かけによらず結構難しいものなんだがそれをなんなくやってのけてる所を見るに、やはり代表候補生だなと思わされる。

 

「だがまぁ、逃げ出さなかったことだけは賞賛に値する」

 

「そりゃどーも」

 

 クラリッサがその身に纏っているのはドイツの第一世代型ISである『スクウィージ』。速さや機動性よりも火力や破壊力を重視したせいかそのフォルムは無骨で、本当にこの機体からやがてシュバルツェア・レーゲンが誕生するのかと疑問に思ってしまうくらい、なんというかまあ残念な機体だ。しかしそれを我が物顔で操作するクラリッサも残念だな。そのISの武装だけじゃ、俺の反射を破りうるものは存在しないんだが。

 今の二、三年生は知っている。

 嘗て生徒会長を賭けて闘った千冬や織村との戦闘を生で見ていたから。俺のこの『黒執事』というIS(名義上はだが)が、どれほど今の世界において規格外な存在なのかということを。

 

 新入生は知らない。

 故に、これから始まるのが決闘であると、一進一退の好勝負であると信じて疑わない者も多い。

 

 これは、そんな甘っちょろいものでも、生易しいものでもない。

 

「クラリッサ=ハルフォーフ」

 

「……何だ」

 

「一つ、君に言っておかないといけないことがあってね」

 

「……?」

 

 これから始まるのは、決闘でも、好勝負でもない。

 今から始まるもの、それは―――――――。

 

 

 

 

 

「これから始まるのは、一方的な蹂躙だよ」

 

 

 

 

 

 


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