前回のあらすじ
我が母がとんでもない爆弾を投下しました。
母さんの爆弾発言から一夜明け、今日から幼稚園児としての生活が始まる。前世を計算に入れれば幼稚園に通うのはこれが二回目になるわけなのだが、転生したからか原作キャラと遭遇したからなのか既視感みたいなものはなく、寧ろ新鮮な気持ちで俺は幼稚園の門をくぐった。
基本的には送迎バスが毎朝出ているのだが、あの親バカ(親父)のせいで俺は母さんと二人で通園することに。親バカもここまでくると尊敬に値するよほんと。
一体何の危険性が通園バスにあるってんだ。
「おはようございます」
「おはよう更識くん」
幼稚園の門をくぐり『ばら組』と書かれたプレートの教室へ向かうと、入口には黄色いエプロン姿のやかやが立っていた。
「早いのね更識くん」
「俺母さんと来たから」
「あら通園バスを使ってないの?」
「……うん」
まあ悪いことじゃないんだけど毎朝歩いて通園は園児の体力的にはキツイんだよ。
今日は初めての通常日程ということで最初クラスのみんなで外に出て遊ぶことになった。
やはり幼いと順応性が半端ではないらしくほぼ初対面だというのにすぐに打ち解けて遊びだした。
子供ってすごい。
みんなで鬼ごっこをしたり砂場で城を作ったりと楽しく遊んでいるが、ただ二人。その輪に混ざっていない子たちがいた。
言うまでもない。
織斑千冬に篠ノ之束という原作キャラのお二人である。
千冬に関してはみんなに混じって遊びたいみたいだが、生まれもってのその雰囲気のせいなのか中々馴染めず、束に至っては広場の日陰になっているところでノーパソをカタカタと叩いていた。
千冬はともかく束はなんかもう色々と規格外すぎるだろ。屋外でパソコンとかアウトドアなのかインドアなのかわからん。
はあ、と俺は小さく溜め息をつく。
前にも言ったが俺はあまり厄介事に巻き込まれるのは御免だ。ただでさえあのクソジジイに勝手に殺され転生させられ、平穏などとは程遠い人生を送ることになってしまったのだ。
生まれてきて自分の名字が『更識』だったときはなんかもう色々と絶望したが、今は仕方ないと割りきって生活している。
別に更識家に不満があるわけじゃないし。
この幼稚園で原作キャラと遭遇したのは流石に予想外だったが、それはそれでいいかとも思う。関わらなければそれまでだからだ。
だが今の状況を見ると何だか切なくなってくる。
精神年齢が高いせいで千冬も束も手のかかる子供にしか見えないせいもあるのだろうが、なんかこう保護欲を掻き立てられるのだ。特に輪に入れずに涙目になっている千冬。
こんな子供をほっとけるほど、前世で俺は悪い教育をされた覚えはない。
という訳で。
俺は先ず織斑千冬を何とかするべく現在進行形で泣きそうになっている彼女のもとへと歩き出した。
うわ、間近で見たら涙腺が決壊寸前だよ。これ間一髪だよ。
「織斑……さん?」
どういうわけかさん付けで呼んでしまったが仕方ないんだ。やっぱり『ブリュンヒルデ』だよ、気安く呼び捨てできない雰囲気醸し出してるよ。
「え……?」
いきなり見知らぬ少年に声を掛けられたせいで涙目だった千冬はキョトンだ。うん、可愛らしいです。
「えーと……」
「更識形無。おんなじクラスの」
どうやら名前が出てこなかったらしいので自己紹介をしておくことに。
「更識くん……」
「そ。一緒に遊ぼうよ」
「っ、うん!!」
言った途端にパアッと千冬の顔が晴れやかになった。やはりまだ子供、遊びたい時期なんだろう。
そうして笑顔になった千冬と俺は二人して近くの砂場に向かう。砂場には既に何人かの先客がいたが砂場自体が幼稚園児には余りあるサイズなので別に問題はない。
だが一応、子供社会の掟に従って。
「ねぇ、ここ使っていい?」
と如何にも子供っぽく先客である園児に尋ねた。子供は純粋であるが故に残酷だ。一度嫌われてしまえばクラス内からの孤立は必至。
ここは平和的に行かねば。
「いいよー」
幸いにも先客の園児は友好的で、すぐに了承をくれだ。それどころか『一緒にお城つくろうよ』と鶴の一声によって、俺と千冬はその園児たちの集団に混ざることが出来たのだ。
いやはや子供ってすごい。一度仲良くなればすぐに打ち解けてしまうのだ。
大人にもこういうスキルが必要だよ、全く。
さて、千冬が無事に輪の中に入ることが出来たところでもう一人の問題児のところへ行きますか。
俺は砂場を一時離れ、大きな木の下でパソコンを膝に抱えている束のもとに向かった。
あ、気付いた。
……案の定、めちゃめちゃ嫌そうな表情(かお)していらっしゃる。
「よう」
「……(カタカタ)」
え、shi☆ka☆to?
「なあ」
「……(カタカタカタ)」
やばい、この子まじで俺のこと眼中どころか存在すらないことにされてるよ。
「篠ノ之」
こっちはさん付けしなくても呼ぶことが出来た。呼ばれた本人は本当に不愉快そう顔をしているが。
「……気安く私の名前を呼ばないで近付かないで話し掛けないで」
……やっと反応してくれたと思ったらなにこの罵倒。どっかの標語みたいにきれいに罵倒されたのはこれまでの人生で初めてだ。
言って再びパソコンを叩き出した束は私に構うなオーラを全開にしているが、生憎そんなぐらいで引き下がるほど俺はチキンハートではない。
「どれどれ」
「っ!!」
束の所持しているノーパソの画面を覗き込む。液晶に映っていたのはやはり幼稚園児には到底理解出来ないような難解な数式やら理論やらで、何をしているのか知らないがこれがISに繋がるんだろうなとは何となく分かった。
「勝手に見ないで」
「お前難しい数式やってんなあ」
「!! ……解るの?」
「まぁ多少はな」
言っていなかったが前世の俺は現役バリバリの大学生だ。詳しく言えば工学部。数式や工学には少なからずの自信がある。
とは言っても、今パソコンに表示されていることの半分しか理解は出来ないが。
ほんとどんな頭脳してんだこの天才は。まあ一人でISの基礎理論やら開発やらをやってしまう程の人物なんだから俺みたいな凡人が敵うわけがないというのは分かってるけどさ。流石に幼稚園児に負けてるという現実を突きつけられると凹むわ。
「……、頭いいの?」
「篠ノ之には負けるけどな」
どうやら束は少しだけだが話をする気になったらしい。
「じゃあ、これどう思う?」
言って束はおずおずとパソコンの画面を見せてきた。ふむ、これって何かの設計図か? ……いやいや、これどう考えてもISの設計図じゃねーか。下の方にコアがどうとか書いてあるし。ほんとに五歳児かこいつ。俺みたいに転生者ですとかいうオチじゃないよな?
だがまあやはり根本的には幼稚園児だ。幾つか欠陥のようなものを見つけることが出来た。
「この三行目の項目とその下、あとここも。理論としちゃあ間違っちゃいないが現実的じゃないな。それだと燃費が悪すぎる」
「……ほんとに頭良いね。束さんもそう思ってたところなんだよ」
いや俺大学生ですから。なんてことを言うわけにもいかないのでその場は愛想笑いで誤魔化すことにした。ちょっと喋り過ぎたかな。こいつ頭いいからもしかしたら俺の正体バレるかもしれん。
「……名前は?」
「は?」
「名前だよ君の。君、他の奴とは何か違うみたいだし名前くらいは覚えてあげてもいいよ」
「……そりゃどーも。更識形無だ。よろしくな」
「更識形無。私は篠ノ之束だよ」
俺が頭が良いというのが好印象だったのかは知らんが、無視されるということはなくなったみたいだ。
結局のところ、こいつは自分のレベルに付いて来ることのできる話相手が欲しかったんじゃないだろうか。もしそうだとしたら俺はお角違いだなあ……。既についてくのがいっぱいいっぱいだってのにこれから束は天才、いや天災と称されるほどの人間になっていくんだ。まず間違いなく俺なんかじゃついていけん。
はあ、またなんかいらんフラグを建ててしまった気がする。
まあ今回のは自分で動いた結果だから文句を垂れたりはしないが、それでもなんだかあ。
せめて中学生までは平穏に過ごしたいとか言ってた昨日の俺をぶん殴ってやりたい気分だ。
◆
よお。俺だよ俺。
え? 知らない?
しょうがねえなあ教えてやるよ。
俺の名前は織村(おりむら)一華(いちか)。
所謂転生者ってやつだ。なんでこの俺がこんな小説の世界に転生したのかってーと、神とか言う奴の話によれば神様同士で双六やってて止まったマスに人間を一人転生させるって書いてあったかららしい。その話を聞いた時俺はすこぶる興奮したね。だって転生とかって明らかに主人公フラグだろ? 俺はそれに選ばれたって訳だ! つまり俺は選ばれた人種、これが興奮せずにいられるかってんだ。そしてテンプレ通りに神から能力も貰ってこの『IS』の世界に転生してきたんだ。
そしてこっちの世界に生まれ、すくすくと成長した俺はつい昨日幼稚園の入園式を行なった。そこで運命の出会いを果たすわけだよ。そう、この小説のメインキャラであり俺の嫁候補、織斑千冬と篠ノ之束だ!!
でもそこで俺はある間違いに気付いた。名前だよ。
俺てっきり転生したら主人公の一夏になってると思ってたんだ。いや何か字に違和感あるかなとは思ってたがまさか違ってたとは思いもしなかった。
だがここで頭の良い俺は思い至った。もしも千冬と家族だったら、合法的に結婚ができないじゃないかと。
流石は神様だ。このことまで計算に入れて俺をこうやって転生させ、幼稚園で運命の出会いを果たしたわけだな。
というわけで先ずは彼女たちと親交を深めねば。そこで俺は自己紹介で彼女たちに自分のことをとても詳しく教えてあげた。実家がどれだけ金持ちで俺がどれだけ頭が良くて……(その他もろもろ時間にしてざっと十分)。これで彼女たちは俺に興味を持ってこのあと俺のところにやって来るだろうと確信していた。ついでに他の女子たちも。
ところがどうだ。他の女の子たちはどこの馬の骨とも解らない男のもとへと駆け寄り、嫁候補の二人は俺に何の挨拶もなくそそくさと帰ってしまった。
翌日に当たる今日にしてもそうだ。
クラスのみんなで遊ぶことになったため俺は真っ先に二人を誘おうとした。しかし、二人はそれぞれ一人きりで過ごしており、それを邪魔するのは野暮だろうという気遣いによって俺は大人しく彼女たちを見守っていた。
ところが、ところがだ。
現れたあの馬野郎(おそらく形無のことです)は彼女たちの思いなど無視してズカズカと踏み込んでいきやがった!! 嫌がっている千冬を無理やり砂場に連れていき、遊びたくないのにも関わらず他の子供たちと城を作らせた。
束だって一人がよかったのに、強引に会話しようとしてパソコンを奪い取ってやがった。
許せん。許せんぞ!!
俺の嫁候補たちに手を出しやがって。いずれ痛い目に合わせてやる。
◆◆
「ん!?」
何やら得体の知れない悪寒が全身を駆け巡った。なんだ、誰かからの殺意を感じるんだが。
幼稚園から帰宅した俺は現在、更識家の中で一番広い広間に集まっていた。ちなみに親父に母さん、祖父に祖母、更識の部下総勢五十名が一同に介している。
こんな更識家が勢揃いして一体何をしているのかというと。
「では多数決を取る!!」
一際大きな声で親父が何やら半紙程度の紙を両手に持って叫ぶ。
「『海為(うみなし)』と『雪洞(ぼんぼり)』と『姫無(ひめなし)』、どれがいい!!」
生まれてくるのが娘、俺から言えば妹であるということが検査で分かったため、どんな名前にするのかを話し合っていたのである。
それだけのためにこんな大袈裟にやるのかと思うかもしれないが、母から聞いたところによると今回はこれでも規模も名前の案も少ないらしい。
俺のときは名前の案は二百を超え、最終的にも十九の候補が残っていたというのだから驚きだ。なかには『玉無(たまなし)』なんて案まであったらしい。
いやそれ男の俺につけたらダメだろう。
途中で眠くなった俺は母とともに退席したが、白熱する名前会議は、結局朝まで続いたらしい。