前回のあらすじ
生徒会長になってました
「お疲れ形無。中々良い啖呵だったぞ」
入学式を終えて体育館の後片付けをしていた俺に、何やら分厚い資料を携えた千冬がやってきてそう言った。一年生が去った体育館はパイプ椅子とカーペットだけの姿となり、それを現在生徒会主導で教員たちと片付けている。
「そりゃどーも、しっかしナメられないようにってのも難しいな。どう言えば下級生に伝わるのかサッパリだ。あと千冬、学園内では俺は楯無(・・)だぞ」
「おっと、済まない。慣れたつもりではいたんだが如何せん無意識に、な」
さて、あんなことを言っておいて何だが、内心俺は緊張していたりした。何せ眼下から押し寄せる視線に穴を開けられそうになりながらの挨拶だったのだ。これでアガるなというほうが無理な話である。
生徒会長ってのはやっぱり楽じゃないなと痛感させられる一場面だ。
「黒執事ともあろう奴が一体何を弱気なことを言ってるんだ。さっき新入生たちがお前のことを話題に出しているのを聞いたぞ」
声には出していないはずだが、何故か千冬にそうツッコまれた。
「へぇ、何て言ってたんだ?」
「『あの人が噂に名高い更識会長、あの日本代表候補性の織斑さんよりも強いのよね。カッコ良かったなぁ』、だそうだ」
「ふーん」
「何だ、誉められているというのにその興味無さそうな態度は」
千冬に問われ、俺は片づけていたパイプ椅子を一旦置いてから軽く背筋を伸ばす。凝固まっていたのかゴキリと背骨の辺りが鳴った。
「下級生にどう思われようが関係ないだろ、俺は生徒会長。常にこの学園で最強でなくちゃいけないんだから」
それだけだ、と付け足して俺は再び作業に戻る。
そんな俺を見て一体何を思ったのか千冬は笑みを零していた。
「? 何笑ってるんだ?」
脈絡のない千冬の反応に俺が首を傾げると、当人は微笑みながら。
「いや、そうであるからこそ私はお前に惚れているんだと思ってな」
「は?」
「早く片づけて生徒会室に戻るぞ。奴に紅茶を淹れてもらおう」
「お、おう」
何やら上機嫌の千冬に言われるがまま、俺は速やかに後片付けを済ませ生徒会室へと向かった。
あれ? なんか俺尻に敷かれてね?
◆
「ふぅ……」
生徒会室へと戻ってきた俺たちは各々の机へと付いて僅かばかりの休息を取っていた。
生徒会長である俺の机を上座に、副会長である千冬の机が俺から見て右手に、俺から見て左手、つまり千冬の対面に座るのが。
「お疲れ様です会長、副会長。ダージリンです」
「さんきゅ」
「済まないな」
俺、次いで千冬の元に紅茶を運んで来てくれたのは俺たちよりも一つ年下の二年生。生徒会会計を務める山田真耶だ。彼女の第一印象はその小柄な体格から幼い妹のようなものだったが、しかしその印象は豊満な双丘によって瞬く間に崩壊することになった。
彼女が生徒会に入ることになったのは一年生の後期、つまり生徒会発足当時からであるが、その理由は千冬と真耶が顔なじみであったことに起因している。千冬が生徒会に入ることが決定した際、生徒会メンバーが少数であったために誰か目星い人材はいないものかと考えた際に千冬から良い人材がいる、とのことで推薦されたのが彼女なのだ。
俺はそれまで真耶のことを全く知らなかったために彼女の実力が如何程か判らなかったが、これまでの模擬戦やデータを見て驚愕した。
あの一見してオットリして若干天然が入った少女だが、実力はこの学園でもトップクラスだった。これなら近いうちに代表候補生どころか国家代表にだってなれるんじゃないだろうか。
しかも真耶、とんでもなく仕事が出来る。いや俺の原作での知識が偏っているだけかもしれないんだが、めちゃくちゃしっかりしてるよこの子。
生徒会の仕事の半分くらいは彼女が片付けてくれてるんじゃないだろうか。残りの半分は千冬だな、アイツも仕事出来るからなぁ。
……あれ? じゃあ俺いらなくね?
「ん? どうした楯無、そんな浮かない顔して」
「いや……、俺って生徒会に必要なのかなぁって……」
「は?」
「ひ、必要に決まってますよ!!」
ダージリン片手に『何言ってんだコイツ』的な反応を示す千冬とすかさず必要だと言ってくれた真耶。うん、真耶って癒し系だよなぁ。なんかもう見てるだけで俺の中の邪悪な何かが浄化されていくわ。
千冬がツンデレなのは今に始まったことではないのでもう慣れっこだ。それにこうやって公の場で厳しい分、二人きりになった時のデレ具合が半端ないしな。
「ありがとな真耶、俺を慰めてくれるのはお前だけだ……」
「うひゃあッ!?」
そう言って俺は真耶の頭を撫でる。真耶はよく分からない声を上げて眼鏡がずり落ちそうになっていたがドジだなあ全く。
「……おい楯無。早く仕事を片付けないと授業に遅れるぞ」
真耶との戯れ(そんなこと)をしていると千冬からの一言。おっとそうだった。今日は入学式ということもあって通常よりも仕事量が多いんだった。一応教師たちからは授業には遅れてもいいと言われているし、そこまで急ぐ必要もないように感じるが実際は急がないとヤバイ。なにせ生徒会には次から次へと仕事が回ってくるのだ。一分一秒でも早く片付けておかないと後々面倒なことになる。
「さて、なら始めますか。ところで、書記とアイツは?」
「書記のほうはアリーナのほうに視察にいってる。アイツはどうせ研究所(ラボ)だろう」
「そっか、じゃあ今いるメンバーだけで進めるぞ。真耶、まず最優先でやらなきゃならないのはどの案件だ?」
「今月の学年別個人トーナメントの組み合わせ決めと各国要人への招待状の製作ですかね」
「……組み合わせはともかく、招待状とか俺たちがやらなきゃならん必要性はあるのか……?」
「先生たちも生徒会を頼りにしてるってことですかね」
「いやいいように使われてるだけだろう絶対……」
いや純粋に俺たち生徒会を信頼してくれていることは嬉しいんだけど、それも度を超えて仕事を回されるのは御免だ。
俺も千冬も真耶もクラスに戻ればそれぞれの立場や役目もある。生徒会に割く時間が多いと言えども、その他を疎かにする訳にはいかない。
「しかし生徒会に回ってきた以上なにもせずに突き返すことも出来ないだろう」
「そうなんだよなぁ……、ならまずは組み合わせのほうから何とかするか」
「そうですね、こちらのほうが早く片付きそうですし」
そう言って真耶はいそいそと資料を取り出し、俺と千冬に其々手渡した。これ態々作ってきたのか? ホントにマメでよくできた子だなぁ。第三の妹として可愛がりたくなるな、うん。
「今週中には各クラスで代表を選出してもらい生徒会に報告してもらう手筈ですけど、一応大まかな予想を立てておいたので参考までに目を通しておいて下さい」
……マジでよくできた子だよ。
「ん、今年の新入生の分まであるのか。よく調べたな真耶」
手渡された資料の中には二、三年生はもちろんのこと、今日入学してきたばかりの新入生のデータまでしっかりと書面に起こされていた。
「はい、一応管理局のデーターベースも使いましたので間違いはないと思いますよ」
そう言ってニッコリ微笑む真耶。俺と千冬はその資料を迅速に、だが隈なく読み込んでいく。
数分後。
「……二、三年生はあらかた予想通り。だが今年の一年生、少しばかり厄介だな」
「ふむ、代表候補生六人その全てが専用機持ちか」
資料を読み終えた俺と千冬は大体同じような感想を抱いていた。
昨年に比べて大幅に増えた専用機持ち。その人数は二、三年を合わせた人数よりも多い。これは即ち、
「抑えが効かなくなりそうだなぁ……」
生徒会が存在する理由の大きな一つとして生徒たちの抑止力になるというものがある。これに求められるのは人望、知識と様々あるが根本的なものは純粋に『強さ』だ。
それについては俺や千冬を始めとして問題はないが、今年の新入生は少し話が違う。
専用機持ち。国家代表候補生。
これらの言葉が意味するところは、国の代表、国家戦力。
つまるところ、強い。
当然俺たちが負けるつもりなどないし、その六人だって国家に属する者として節度ある行動を取ってくれる筈だが、如何せん俺の脳内には薄れゆく原作知識の中でも強烈なあの五人の代表候補生の記憶が残っている。
心配しすぎて悪いということはない。彼女たちの行動には気をつけておくべきだろう。
「特に気になるのは……」
俺は資料をパラパラと捲り、その中から二枚の資料を抜き出した。
「ドイツの代表候補生で軍隊育ちのクラリッサ=ハルフォーフ。そして飛び級で入学してきたアメリカの天才児、ナターシャ=ファイルス」