前回のあらすじ
三年生になりました
さて。入学式の準備も終わって式が始まるまではまだ暫くの時間があるし、これまでのIS学園での経緯を簡単に説明しておくことにしようか。
とは言っても、条約の改訂だとかそういった難しかったり厄介な出来事は何も起こっちゃいない。なんと言ってもIS学園はまだ設立されてから二年しか経っていないのだ。そうそう大それたことが発生して貰っても困る。
先ず昨年、俺たちが二年生に進級するのと同時に束の言い分によって『整備科』が設立された。
この整備科では文字通りISの整備や開発に重点を置き、どちらかと言えばISの稼働や制御をバックアップするための科だ。因みに授業は生徒の身でありながら束が担当している。
まぁ開発者なんだから当然と言えば当然なんだが、何だかまだあの人間嫌いの束が教壇に立ってるって事実に違和感を感じてしまう。
そして次に生徒会の発足だ。IS学園に生徒会が発足したのは俺たちが二年生の秋頃。学園長や各国の要人たちが取り纏めやすいようにとの思惑が当初はあったようだが、今となっては生徒会=憧れの的のような方程式が出来上がりつつある。
というのも、白騎士の操縦者だった千冬が生徒会副会長という役職に就いているためだ。
なんかもうアレだ。
千冬が放つお姉様オーラに後輩たちは悉くヤられてしまってるんだ。
本人は知らないらしいが、非公式ながらファンクラブが出来上がってるらしいからな。
さて、この生徒会の発足に中ってだが、どうやって役職を決めたのか。
俺は当初普通の学校みたいに投票するもんだとばかり思っていたんだが、やはりIS学園。そうそう簡単に決定出来るものでもなかったらしく、教師たちは一週間近くも選出方法に頭を悩ませたそうだ。
IS学園で求められる生徒会の理想像は生徒たちの見本になり、また相応の強さを持ち合わせている者だ。
前半の理由は言わずもがな、生徒会とは生徒の代表で在るがゆえに常に正しくあらねばならない。
後半の理由はISという世界最強の軍事兵器を扱う以上、仮にそれを使って暴れるような事態になった場合に鎮圧出来るだけの技量が必要になるからだ。
この二つの条件に見合う生徒。多少の見当はつくものの、何分発足させるには通常よりも強いリーダーシップやカリスマを持った人間が望ましい。
それから更に頭を悩ませた教師たちだが、ふと一人が口に出した。
『――――このIS学園で一番強い生徒が生徒会長でいいんじゃないか?』
とてつもなく安易な発想。
しかし安易であるだけに、それはとても的を射ていた。
このIS学園に於いて、最強と言っても過言ではない生徒に生徒会長を。そしてその生徒会長と親交が深く、基準以上の能力を持つ生徒を生徒会のメンバーに。
そう方針が決定してから直ぐに俺に千冬に束、そして織村が学園長室に呼び出された。
この四人が呼び出された理由はそれぞれ微妙に異なるが、総じて言えば強いからだ。千冬はもう言うまでもないし、束はなんと言ってもISの生みの親。織村にしても以前俺の反射を打ち破った(偶然に近い)ことがあ る。俺が呼ばれたのはその織村に勝ったことがあるからだろうな。
学園長が言うにはこの四人の中から生徒会長を選出したいらしいが、本人の意思も聞きたいとのこと。それを聞いた瞬間、千冬と束は全く同時に口を開いて。
『形無(かーくん)が適任です(だよ)』
……おい。
それ明らかに面倒事を俺に押し付けようとしてるだけなんじゃないのか。千冬はともかく、束のあの表情(カオ)は絶対そうだ口笛吹いてないでちゃんと目線をこっちに移せこの野郎バレバレだぞ。
『いや、俺はコイツよりも千冬が適してると思うがな』
そう言って割って入ってきたのは織村だ。
ん? なんか違和感がないかって? まあな、以前のコイツだったら間違いなく『俺が一番相応しい!!』とか言ってそうだもんな。そこらへんを話し出すと長くなるから、また後々話すことにしてとりあえず犬猿の仲ではないということだけ言っておこう。……本当に色々あったんだよ。
『おい織村。私は適してなんていない』
『そうか? だって戦闘能力は千冬のほうが上だろう』
因みに織村は俺が黒執事であるという事実をまだ知らない。あれだけ束が大々的に発表していたのに、だ。
そしてこのままでは延々と話し合いが続くのではないかと思った学園長は早々に決めるべく、こんな提案をした。
『ならいっそ闘ってみるかね。勝者が生徒会長、手加減など一切無しの真剣勝負で』
どうしてそうなるんだ、と俺はげんなりしたがそんな俺とは裏腹に、千冬や織村は案外乗り気だった。
『真剣勝負か……ふむ、一度形無とは本気で闘ってみたいと思ってはいたんだ』
『面白れぇ。臨海学校でのリベンジには打って付けじゃねえか』
いやいや、なんでもう闘う空気になっちゃってんだよ。そして束、腹を抱えて笑うんじゃない。
『はぁ……、というかだ。俺も千冬が適任だと思うけど。代表候補生だし』
そう。織斑千冬は二年生の夏、日本としては第一期にあたる代表候補生に選出されているのだ。白騎士の操縦者だったことは束が情報操作していることもあって日本政府には全く気付かれていないが、それでもIS学園での成績が桁外れなため堂々の選出だ。
余談だが、俺はその話は断らざるを得なかった。というか、そんな話が来るには来ていたんだが何分世界で二人しかいない男性IS操縦者だ。そう簡単に日本のモノにするなど、各国が許さなかったらしく幾度かの議論の末、保留というなんとも曖昧な結論が下されたのだ。
というわけで現在日本の代表候補生は千冬ともう一人の女子生徒のみ。それにカリスマ性から言っても明らかに千冬が向いていると思うんだけどなぁ。
しかし今更千冬たちのやる気を無下にすることも出来ず、流されるままに俺は闘う羽目になった――――。
◆
「……し、形無っ!」
「はっ?」
「『はっ?』じゃない。もう入学式が始まるぞ」
隣に座る千冬に肩を揺さぶられ、俺はようやく体育館内が新入生で埋め尽くされていることに気がついた。
見渡す限り人、人、人。いや、違うか。見渡す限り女、女、女。俺と織村を除く全てが女性。こんな現状が二年前は逃げ出したくなるくらい嫌だったが、人間て凄いな。
慣れた。
女性特有の香水だかなんだかの強烈な匂いも、騒がしい話し声も、不思議と耐性が付いたかのように慣れたのだ。
我ながら凄いと思う。
しかしアレだな。
年々世界各国から来る生徒が増えてるよな。まぁ大体が代表候補生かそれに次ぐくらいの実力の持ち主なんだろうけど今年はえーと、六人!? 去年は三人だったから二倍か。どれどれ……ドイツにアメリカにフランス、しかもこのアメリカの子まだ13歳じゃないか。飛び級みたいなことするとかどんな天才児だよ。
手元の資料を確認しながら、俺は空いているほうの手でパタパタと扇子を扇ぐ。
「……形無」
「ん?」
「やはりというか、こちらに突き刺さる視線が尋常じゃないんだが」
「今更だろ。副会長殿、代表候補生なんだから目立つし注目されてんのは当たり前だ」
「いやお前に突き刺さってる視線のほうが多いような……」
「…………気にしたら、負けだ」
「負けたな、今」
「しょうがねぇだろ。予想以上だったんだよ……」
パチン、と扇子を閉じて千冬の方を見る。彼女はいつの間にか大勢の前に立つモード(俺命名)になっていた。
(……始まるか)
時刻は丁度入学式開式を差していた。
千冬はゆっくりと立ち上がると、そのまま壇上へと上がりマイクの前に立つ。
『これから第三回、IS学園入学式を開始する。司会進行は生徒会副会長、織斑千冬が務める』
……相変わらずの有無を言わせぬ圧倒的な物言いだ。千冬には教師たちですらあまり強く出れないみたいだからな。
そんな千冬に羨望の眼差しを向ける新入生たち。初々しいというか無知というか。
そうこうしているうちに式は滞りなく進行し、俺の出番がやってきた。
『――――から挨拶』
千冬がそう言うのを合図に俺は腰を上げ、飄々と壇上へと上がりマイクの前に立ってまず一言。
『よぉみんな。おはよう』
しん、と静まった体育館。俺は自身に集まる視線に答えるように言葉を紡ぐ。
『諸君らは倍率一万という超難関を突破してきたエリートだ。当然、私は出来ると思ってる筈だ』
だが、と俺は付け足して。
『思い上がるなよ。世界ってのは広いんだ、井の中の蛙じゃいけない。その程度で満足するな、もっと上を目指せ。目標ってのは高ければ高いほどいいからな』
そこまで言って俺は扇子をパンッと開く。そこには『学園最強』の四文字。
『紹介が遅れたな』
そこで一拍置いてから。
『俺は更識楯無(・・)。君たち生徒の長であり、目標とするに足る男だ。以後よろしく』