双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#30 模擬戦はその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 俺の理性と身体が(物理的に)崩壊

 

 

 

 

 

 束との何やら危ない雰囲気を千冬がぶち壊した翌日の昼過ぎ。右の頬に見事な紅葉を付けた俺は、第一アリーナに備え付けられている控え室のベンチに腰掛けていた。

 俺たちが宿泊している旅館から然程遠くない場所に建設された第一アリーナは、基本的にIS学園に存在するアリーナと同じ造りになっており、半円上のドームの内壁を特殊素材の壁が覆い、その上空には理論上(・・・)ISの攻撃性能では破壊不可能な防壁が張り巡らされている。

 

 そんなアリーナのすぐ脇に備え付けられた控え室のベンチで、俺は明日の○ョーよろしく燃え尽きたように項垂れている。理由は言わずもがな、これから行われる予定の俺と織村によるISの模擬戦闘だ。

 

 此処まで来てしまったのだから男として潔く腹をくくれ、などと言われてしまうかもしれないが、俺に余程のメリットが存在しない以上、一応専用機ISに分類される『黒執事』を周囲の眼に晒すという行為は極力避けたい。

 

「――――というか、そもそも」

 

 俺が織村と戦わなくてはいけないというのがテンションをガタ落ちさせている最も大きな要因だ。

 

 だってあの織村だぞ?

 

 中学の時の体育祭で堂々と『千冬と束は俺の嫁』宣言をしたあの織村なんだ。誰だってあんな電波紛いの奴と関わり合いになんてなりたいとは思わないだろう。

 

 そんな織村が女性にしか動かせない筈のISを起動させられることも驚きだが、千冬や束を追ってこんなところまで来るその執念深さにも驚かされるばかりだ。

 はぁ、なんかもう考えただけで頭が痛くなってきた。なんだろ、俺この年にして頭痛持ちとかになっちまうのかな。将来の自分に不安しか抱けなくなってしまいそうだ。

 

「形無」

 

「ん、千冬」

 

 そんな燃え尽きている俺に声を掛けてきたのは、この右頬に紅葉を付けた張本人である織斑千冬だ。

 

 ――――アレ?

 

「普通の生徒はこの控え室には入れない筈なんじゃ……」

 

「……細かいことは気にするな」

 

 いやいや。

 思いっきり入口のドアに『関係者以外立入禁止』って書いてあるんですけど。

 なんか無理やり引っぺがしたみたいな形跡があるんですけど。

 

「……緊張、してるのか?」

 

 おずおずといった感じで俺に尋ねてくる千冬。

 

「緊張? まさか」

 

「ならその手の震えはどうしたんだ?」

 

「ッ!?」

 

 言われて俺は視線を落とし、自らの両手を見て初めて震えているということに気が付いた。

 カタカタと小刻みに震える両手は俺の意思では抑えることが出来ず、尚も小さく震えている。

 

「緊張、ね――――」

 

 しているのかと問われれば、ハッキリとしていないと言い切れる。勿論、多くの人間が周囲を埋め尽くしているような環境で闘ったことなど無いが、二千発以上のミサイルや軍事兵器に囲まれた『黒白事件』に比べればこんな事は些事に過ぎない。懸念材料としては『黒執事』のデータが表に出てしまうということだったが、それも束が出張ってきた今となってはそれも杞憂に終わるだろう。

 

 周囲の環境に呑まれているわけではない。

『黒執事』のデータが世界に流出してしまうような事にもならない。

 

 ならば、この震えの正体は何だ。

 

「――――あぁ、成程」

 

 俺は数秒間の思考の後、納得がいったようにそう口を開く。

 この震えは、決して緊張や恐れから来ているものではない。寧ろその逆だ。

 怪訝そうに首を傾げる千冬に、俺は小さく微笑んで。

 

 

 

 

 

「――――これが武者震いってやつか」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ついに来た!!

 この日この時この瞬間。

 一体どれだけ待ちわびただろうか。

 

 あの忌まわしき馬野郎。千冬と束の周囲にまとわりつく憎きアイツを、ようやくこの手で排除できる時が来たのだ。

 

 思えば此れまで長い道のりだった。幼稚園で初めて千冬たちと出会った時、俺は運命だと信じて疑わなかった。だって俺転生チートだし。故にそこから友情や信頼、そして愛を育み彼女たちとのハーレムエンドに辿り着くと思っていたんだ。

 

 だがしかし!!

 

 突如として現れた平凡で愚図な馬野郎が、俺の計画を一瞬にして瓦解させやがった。

 千冬たちの周囲には常に奴が付きまとい手出しが出来ず、碌に話すことすら出来ない始末。

 耐えきれなくなった俺は中学の体育祭で楔を打ち込むという意味も込めて馬野郎に千冬と束は俺の嫁だと宣言してやったんだが、どうやらそれでもアイツは千冬たちを解放しようとはしないらしい。

 

 こうなってしまったら、もう実力行使に出るしか手は残されていない。

 慈悲深い俺は、これまで散々我慢してきてやったがそれももう限界だ。完膚なきまでに叩き潰す。

 俺が敗北する可能性なんてのは皆無、何せあの『未元物質(ダークマター)』の能力を得てるんだからな。あの超電磁砲ですら届かない領域にいるこの能力があれば、馬野郎なんて一瞬で消し炭だ。

 

『黒執事』だかなんだかよく分からん専用機に乗れるみたいだが、そんな主人公フラグは二つもいらん。

 

 この俺だけで十分だ!!

 

「見てろよ馬野郎。今日がテメェの命日だ」

 

 俺はそう言って、アリーナへの扉を開いた。

 馬野郎を滅殺するため、天高く舞い上がる。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

「ふふ~ん。かーくんのIS学園でのデビュー戦かぁ」

 

 第一アリーナから少し離れたニンジン型のロケット内部で、私は空間投影式のウィンドウを開いている。そこに映し出されているのはアリーナの全景。もちろんかーくんが中心だけど。

 あの『黒白事件』を除けば、かーくんが自分の超能力を公の前に晒すのはこれで二回目、本人は嫌がってたけど、私の考え込んだ設定のおかげで矛盾は消えたし、思う存分戦ってほしいな。だって相手はアレだし。もう原形すら留めないほどぐちゃぐちゃにしちゃっていいよ。

 

「はぁ、それにしてもなんであんな奴が私のISに乗れるのかなぁ」

 

 織村一華。

 いっくんのパクリみたいな名前だけど、ISに乗れるっていう点だけを切り取ってみれば嫌でも気になる存在だ。かーくんは別として、この世でISに乗れる男なんて存在しない。だってそういう風(・・・・・)に造ったんだから。

 

 にも関わらず、平然と学園に貸し出されている第一世代試作型『白兎』を起動させているアレをウィンドウで確認してしまうと、無性にイライラしてきた。

 なんで? なんであんなのが乗れるの?

 

 頭の中で幾つも仮説が浮かんでは、矛盾があるとして切り捨てられていく。

 そんなさなか、私の耳に電子音が届いた。

 

「むー、もういい加減にしてよね」

 

 その音の正体はメールの受信音。言うまでもないけど、これは各国からの模擬戦のデータや情報開示の請求だ。鬱陶しいから速攻でウィルス付きで偽のデータを転送してるけど、段々それも面倒になってきたなぁ。

 

「いっそのこと束さん特性のバグでも政府に送り込んでみよっかなぁ」

 

 なんて事をついぼやきたくもなってしまう。以前学校中のパソコンにウィルスを流そうとした時はすかさずかーくんに止められちゃったけど、今なら私を止める人間はこの場にいない。政府中枢の表には公表できないようなデータを流出させたら、一体その国はどうなるだろうか。

 

 ――――なんて考えてはみるけど、そんなことしたら絶対にかーくん怒るからやらないでおこうっと。

 

 再び空間投影式のウィンドウに視線を向けて、上空からの映像角度を変えていく。

 するとアリーナには、既に『白兎』を起動させその身に纏ったアレの姿があった。

 かーくんはまだ来ていないみたいだ。

 

「ふっふ~、楽しみだなぁ。ボッコボコのベッコベコにしちゃってよねかーくん」

 

 昨日ちーちゃんにお楽しみを邪魔された腹いせじゃないけど、気に食わないアレには痛い目みてもらわないとね。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「……うわぁ、」

 

 正直、今すぐにでも此の場から逃げ出してしまいたかった。武者震いだなんだと言っていたつい数分前の俺よ、直ぐに前言を撤回しろ。

 この周囲360度全てから向けられる視線で特大の穴が開けられそうだから。

 

「はぁ……、確かに少しは高揚感とかあったのかもしれないけど、こんなの見るとやっぱ客寄せパンダだよなぁ」

 

 アリーナはそれほど大ききな物ではなかった。元々こういった観戦者が多く入ることを設計時に想定していないのか、一年生全体である約二百名が入ればそれだけで上部の観客席は満員状態だ。

 

 そんなアリーナの中心に居る俺と織村は完全に晒し者にされている。

 

 あ、いや。

 俺の正面に立っている織村の表情を見るとアイツ満更でもなさそうだな。既に『白兎』を装着してるからちょっと無骨だけど仁王立ちしてるように見えなくもないし。

 

 かく言う俺も、しっかり執事服着てるんだけどな。

 

「よぉ、よく逃げずに来れたな。誉めてやるよ」

 

 明らかな挑発を仕掛けてくる織村。なんだろうな、このイラッとするような感覚。

 

「しかしお前もかなりの物好きだよなぁ。態々こんな大勢の前で俺に叩き潰されるためにやって来たんだからよ」

 

「何もやられに来たわけじゃない。模擬戦だろうと勝負は勝負、負けるつもりなんてないぜ」

 

 襟元をもう一度締め、ゆっくりと深呼吸。

 

 ――――周囲の声が遠ざかる。

 

 ――――景色が変わる。

 

 ――――目の前の敵を倒すために。

 

 

 

 刹那。

 俺と織村は、やまよの試合開始の合図も聞かずに飛び出した。

 

 

 

 


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