双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#26 臨海学校はその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 俺と平穏はやっぱり無縁

 

 

 

 

 

 くそぅ……。

 千冬め、なんであんなにご機嫌斜めになっちまったんだ? 確か束と電話してからだよなぁ。あれか、やっぱり一旦席を外すべきだったか。マナーとして。

 でもさ、だからって明らかに臨海学校に関係ない洋服とか買わなくてもいいんじゃないか。しかもブランド物の最新作。値段見てびっくりしたわ、なんだアレ。洋服ってあんな値段するのかよ。俺の前世で来てたTシャツなんてワゴンセールで三枚千円とかのやつだぞ。

 

 とまぁ、俺の愚痴はこれくらいにして。

 

「見えたっ! 海!!」

「わ~っ!!」

 

 長いトンネルを抜けて広がる光景を目の前にしてクラスの女子たちが声を上げる。何を隠そう、今日は臨海学校初日。天候にも恵まれて空には一面の青空が広がり、陽光を反射する海面がとても美しく見える。

 

 バスに揺られること約二時間。やってきたのは都市部とは隔絶されたかのように自然豊かな場所だ。

 IS学園に入学してから約二週間。ようやくクラスにも慣れ始めた女生徒たちは今も車内でキャイキャイと賑わっている。

 こういう空間はなんというか、男の俺には居づらいよなぁ。何か場違いなような気がしてならないし、何よりもあのテンションに付いていけるとは俺には到底思えない。

 

「はぁ……」

 

「どうしたんだ形無。そんな魂の抜けたようなため息をついて」

 

 最早無意識のうちに俺の口から放出される溜め息に反応したのは、バスの座席で隣になった千冬だ。俺の財布から11万を吹き飛ばした張本人でもある。

 先日はあんなに不機嫌そうだったのに、洋服を買ってやった(買わされたのほうが表現としては適切)途端に機嫌を治して今に至る。ほんと女って生物はよくわからない。あれか、男を振り回すために存在しているのか。

 

「……形無」

 

「ん?」

 

「何か今凄く失礼なことを考えていなかったか?」

 

 ギクッ

 

「……いや別に?」

 

「嘘だな。眼が泳いでいるぞ」

 

 なんだこの洞察力。更識の人間でも此処まで観察眼の優れた人間は居ないぞ。

 

「そ、そんなことないって」

 

「……まぁこれ以上の詮索は止してやる」

 

 ふぅ。助かった。このまま尋問されてたらまず間違いなく俺の命が危なくなってただろうし。

 

 なんて冷や汗を流しているうちに俺たちを乗せて軽快に走っていたバスが停車。どうやら目的地に到着したみたいだ。プシューっという何とも気の抜ける音と共にドアが開き、わらわらと生徒たちが降りていく。

 

「ほら、降りるぞ形無」

 

「ああ」

 

 千冬に促されて俺もバスから降車、目の前に現れたのはなんとも歴史を感じさせる旅館だった。

 

「それでは、この旅館が今日から三日間お世話になる花月荘です。皆さん、あまり従業員さんたちに迷惑をかけないようIS学園の生徒としての自覚を持って行動するように」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 我がクラスの担任であるやまよが代表して話した後、全員で挨拶。聞いた話によるとIS学園の学園長とこの花月荘の女将さんは古い友人らしく、この臨海学校の旨を伝えると快く了承してくれたそうだ。

俺たちの挨拶に旅館の前に出てきていた山吹色の着物を纏った女将さんが丁寧にお辞儀をした。

 

「こちらこそ。IS学園の一年生の皆さん、ゆっくりしていって下さいね」

 

 ニッコリと微笑んで言った女将さん。なんだかとても優しそうな人だ。歳は五十代半ばくらいだろうか、だが皺などでたるんだ皮膚などなく、若々しくしっかりとした所謂デキる女の雰囲気を漂わせている。

 

「あら、アナタが噂の?」

 

 ふと俺と目があった女将さんがやまよに尋ねる。

 

「はい。彼を含めて二人の男子生徒が居ます。いろいろと苦労をかけるかもしれませんがよろしくお願いします」

 

「いえいえ。テレビで見た通りすごくしっかりしている男の子じゃありませんか。『黒執事』と言いましたか、流石はあれの操縦者ですね」

 

「はぁ、どうも」

 

 こう面と向かって誉められると何だか気恥ずかしい。しかもまだ周りに他の生徒がいるから尚更だ。

 

「更識形無です、よろしくお願いします」

 

「清洲(きよす)梗子(きょうこ)です。よろしくお願いしますね」

 

 そう言って女将さんはまた丁寧なお辞儀をした。それにつられて俺もペコリと一礼。

 

「じゃあ皆さん、今配布した部屋割りを確認したら部屋のほうに荷物を置きに行ってください。海に行くなら着替えは別館でお願いします」

 

 何やら資料を配っていたやまよがそう言うと、女子一同は返事をしてそそくさと旅館の中へと入っていった。荷物を置かないと始まらない。そういうことなんだらう。

 

 俺も今しがたやまよから貰った部屋割り表に目を通す。ふんふん、女子は大体三~四人で一部屋を割り当てられてるのか。女子は旅館の二階、俺ややまよたち教員は一階の部屋割りがされていた。

 

 

 

 

 

 ――――ん?

 

 

 

 

 

 此処で俺は気が付いた。俺に割り当てられている部屋が、“個室”ではないことに。

 それはつまりどういうことか。結論から言ってしまえば、俺に割り当てられた部屋は相部屋。

 

 そして紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 一〇二号室

 更識形無

 織村一華

 

 

 

 

 

 ……俺はこの臨海学校の三日間、無事に乗り切ることが不可能であることを悟った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 覚悟を決めて一〇二号室のドアノブを回し、中へと入るとそこには誰も居なかった。てっきりあいつが居ると思ってたからちょっと拍子抜けしたが、あいつの物であろうボストンバックが部屋のど真ん中に鎮座していたのでとりあえず蹴飛ばしてスペースを作る。え? 蹴飛ばす必要ないんじゃないかって? バカだなそれじゃあ折角の畳を満喫できないだろう。

 

 とりあえず換気を、ということで俺は窓を開けることに。この部屋は外側の壁が一面窓になっており、そこから見える風景がとても美しい。なんと言っても海がばっちり見渡せるのがいいな。東向の部屋だから、日の出なんかも綺麗に見えるに違いない。

 

「さて、」

 

 どうするかなぁ、と俺は考える。一応今日一日は自由時間となっているから、別にここで寝転がっていようが旅館でテレビを見ようが教師陣に怒られることはない。

 

 だけど。

 

 だけどだ。

 

 折角こんな綺麗な海があるところに来たんだ。やっぱり泳ぎたい。

 折角千冬が選んでくれた水着も一応持ってきてあることだし、別段泳ぐのが苦手というわけでもないんだから、泳がない理由なんてないんだ。

 

 でもさ。

 泳がない理由はないんだけど、泳げない理由ならあるんだよ。

 

 それは言うまでもなく、俺の今現在の格好にある。そう、燕尾服だ。

 

 うん、燕尾服で海水に浸かるなんて冗談じゃない。というか溺れるわ。ベクトル操作を使えば大丈夫かもしれないけど基本的にISの無断使用は禁止だし、そもそも燕尾服来たまま海に入るくらいなら旅館から出ずにこのまま過ごす。

 

 こんな状況に陥ってしまうのが目に見えていた俺はつい数日前、束に電話でどうにかしてくれと頼んでみたんだ。

 

 

 

『もしもしかーくんどしたの?電話なんて珍しいね。盗聴の心配とかしなくていいの?』

 

「俺は更識だぞ? その辺に抜かりはないさ」

 

『ふふっ。だよね、かーくんがそんな初歩的なミスをするわけがないよね』

 

「それでだ。束、一つ頼みたいことがあるんだ」

 

『なにかな? まぁ、大体の察しはついてるけど。『黒執事』についてでしょ?』

 

「流石は束。なら話は早い、早急に対処してほしいんだ」

 

『まっかせない! この束さんがかーくんの満足いく対策を練ってあげるよっ!!』

 

 

 

 ――――なんていう会話があったんだが、それから束からは一切の音沙汰がない。こっちから電話してみても繋がらないし、千冬も同じようなことを言っていたから束は通信を遮断しているんだろう。そんなこんなでうやむやなまま臨海学校当日になってしまったために、俺は手持ちぶさたに陥ってしまっているというわけだ。

 

「はぁ、束の奴何をやってんだか……」

 

 まず前提としてあの天災を頼るというのが間違っているのかもしれないが、それは俺が『黒執事』というISに乗っている以上仕方がないことだ。

 

「――――ん?」

 

 なんとはなしに視線を向けてみた窓の外。美しい海や町並みが見渡せるその景色の中に、俺はただならぬ違和感を覚えた。つーか、あれは一体なんなんだ。

 

 俺の視線の先。

 澄み渡った青空の向こうから飛来してくる謎の飛行物体。あれは……ロケット? いや違うな。

 

「……ニンジン?」

 

 いや、分かってる。分かってるから『お前何言ってんの?』的な視線をこっちに向けないでくれ!!

 

 見たままを言ったらそうなんだから仕方ないだろ!? 巨大なニンジンがこっちに向かって飛んできてんだよ。

 

 ん?

 

「こっちに……向かって……?」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 

 その直後、鋼鉄のニンジン型ロケットが花月荘の一〇二号室に直撃した。衝突による轟音が、その威力の凄まじさを如実に表していた。

 

 

 

 

 ……何故だ。

 

 

 

 

 


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