前回のあらすじ
部屋に入ると目の前にはとんだカオスが
よし。
じゃあちょっと状況を整理してみようか。
授業を終えた俺は女子寮に隣接している俺の寮(一軒家に近い)にやって来た。高級そうなカードキーを通してドアロックを解除して部屋に入って見れば――――、
「おかえりかーくん!! ご飯にする? お風呂にする? それとも――――」
「言い直す必要ないからな」
取り敢えず目の前のウサギを正座させて、俺は備え付けのベッドに腰掛けた。はあ、今日一日全くと言っていいほどに気の休まる時間がない。
「で? さっきの、どういうことだよ束」
一先ず話を聞こう。コイツが何で入学式やら授業やら出なかったのに俺の部屋に居るんだ、という理由とか諸々を。
「んー、束さんが入学式とか授業に出てなかったのは単にその必要がないからなんだよねえ」
「は?」
「だってだってかーくん。ここIS学園は何を学ぶところ?」
「……あー」
今日授業で同じような質問をやまよにされた記憶が蘇ってきたが、束のその言葉で俺は大体納得してしまった。
此処はIS学園。
言うまでもなく、この学園はIS関連の事柄を学ぶ為に設立された学園だ。ではこのIS、発案制作したのは一体誰だったか。
目の前のこの一見(見た目以外は)普通の少女だ。
つまりはそういうことなんだろう。ISを開発し世に送り出した張本人が、何故今更基礎理論だなんだと勉強し直さなければいけないんだと。
俺は額に手を当てて小さく溜め息を一つ。
「……まさか無断で授業さぼったわけじゃないよな?」
「まっさかー。ちゃんと学園長から(無理矢理)許可取ってるよー」
…………。
カッコの中は、うん。きっと気にしたら負けなんだろう。
今更ながらこの篠ノ之束という人間には常識が通用しないなあとつくづく思わされる。どっかの学園都市第二位じゃないが、束の頭脳や行動力はハッキリ言って常識外れ、異常だ。
「流石にこの束さんのいろんな条件をのみまくってたから学園長も冷や汗ダラダラだったけどね」
「お前一体どんな条件出してこのIS学園に入学したんだよ……」
全くもってイヤな予感しかしない。きっと無理難題吹っ掛けまくって学園長を困らせたんだろう。学園長、南無。
「だってだって聞いてよかーくん! 日本政府の目が常に届く場所でなんとか~、って完全に監視下に置くってことでしょ? 束さんにはそんなの我慢できなかったんだよ~!!」
「いや確かにそうだろうけどお前の場合仕方ないような気もする……。すぐ雲隠れとかしそうだし」
「むう。なにかなかーくん。それじゃまるで私が逃げたくて仕方ないみたいじゃない」
正にその通りだろ。
基本的に自由奔放やりたい放題がモットーな束のことだ。政府からの監視の目を嫌って身を隠すなんてことは容易に想像することができる。
「まあまあそんなことはいいんだよ」
「お前が言うな!」
自由奔放すぎるというのも困りものだ。
「それでねかーくん。なんで束さんがこの部屋に住むことになったかって話なんだけど」
「ああ」
「私が此処じゃなきゃISの情報提供しないぞって政府とIS学園に打診したから♪」
ミシッ!!
「痛い痛い!! 頭蓋骨が! 頭蓋骨が!!」
「束、それを世間では我が儘や横暴というんだ」
俺からしてみれば理不尽以外の何物でもない。ただでさえ束の策略で女子だらけのこの学園で三年間を過ごさなくてはいけなくなったのだ。常に周囲に女子女子女子というのは想像以上にキツイものがある。何せ男子が俺と織村のたった二人、更には知り合いも現時点では極僅かしかいないという孤独な状況。
そんなIS学園の中で唯一プライベートな空間として使用できるのがこの寮だったのだが。
目の前の天災のせいで俺のプライベートな空間は一瞬にして瓦解してしまった。
というかだ。
「なんで束が俺の部屋に強引に住み着く必要があるんだよ。それこそ自分専用の部屋や研究室くらい用意してもらえるだろ?」
「…………」
むっす~、と頬を膨らませてジト目でこちらを睨んでくる束。なんだ、その『ダメだコイツ』的な視線は。
「な、なんだよ」
「かーくんは一回女心を真剣に学んだほうがいいと思うよ」
女心。分かってるつもりでいたんだが、どうやら束からしてみれば俺は全く女心が理解出来ていないらしい。姫無や簪のことならなんでも分かると思うんだけどな。
「かーくん」
正座したままでぶすっとしたままの束がジト目そのままに俺に問い掛ける。
「ん?」
「目の前に束さんが居るのに今別の女のこと考えてたでしょ。しかもちーちゃん以外の」
ギクッ。
何だこの束の勘の鋭さは。…………いやいや、というか俺もギクッて可笑しいだろ。なんかやましいことでもあるみたいじゃないか。
「妹たちのこと考えてたんだよ」
「ああ、ひめちゃんたちのこと?」
ひめちゃん、というのは言うまでもなく姫無のことだ。他人にはどこまでも興味を示さない束だが、どういうわけか俺の妹である姫無と簪には少なからず興味を抱いている。俺の妹というのが関係しているのかは定かではないがともかく、束が名前で呼ぶ数少ない人物の中に姫無たちはバッチリとカウントされているのだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。今問題なのは俺の意向を完全に無視して束が俺の部屋に住み着こうとしていることだ。ただ単にイタズラやドッキリのようなものなら良かったのに、この天災は学園長のまで正式に許可を取っていやがるらしい。おい学園長、学生の不純異性交友は禁止されて然るべきだと思うんだが違うかね。
「どうしても住み着く気か?」
「住み着くもなにもここはもう私とかーくんの愛の巣だよ」
「出てけ」
「流された上に扱いが雑ッ!!」
うるさい。いくらいつメンだろうが年頃の男女が一つ屋根の下で同居なんてできるか。いや厳密には俺は年頃ではないんだろうけど。
「んー。でも困るのはかーくんだと思うよ?」
「? なんでだよ」
「リリィ=スターライ」
げっ。こいつ授業居なかった筈なのになんで知ってるんだよ。
「それはもちろんかーくんの制服に仕込んだ超高性能カメラでばっちり……」
「これか」
「あー!! やめてやめて握り潰さないでー!!」
俺は制服の内ポケットに精巧に隠されてあった隠しカメラを発見し、即座に破壊。束が何か言ってるけどいつものことだから構わない。
「でだ。リリィの名前を出したってことは」
「うん。アイツ、かーくんのこと怪しんでるでしょ」
それはまず間違いない。教室で話をした時も俺を訝しむような視線をバッチリ感じてたし。
セシリア程ではないにせよ、やっぱり女尊男卑って浸透してきてるのかなあ……。
「それが理由で俺が困るのはわかる。でもお前がこの部屋に住み着くことでその問題が解消されるかって言ったら、ならないだろ」
正直、リリィという少女に本当にISが乗れるのかと疑われている状況は好ましくない。『黒執事』なんて御大層な名前付けられちゃいるが、実際はただのチート能力だ。それがバレたら俺はあっという間に実験動物かなにかにされてしまうだろう。
それだけはなんとしても避けたい。いや避けなければならない。
「そこで束さんの出番なんだよ!」
正座を崩して立ち上がった束は意気揚々として。
「私がかーくんの『黒執事』の設定を此処で考えてあげる」
「設定?」
「そう。かーくんが乗るとされている(・・・・・)IS『黒執事』は、一体どんなスペックでどんな代物なのか。はっきりさせておいたほうが都合がいいでしょう?」
「そりゃそうだけど……。それって別にこの部屋じゃなくても出来るんじゃ……」
「それだと万が一の時にうまく対処できない可能性だってあるよ」
ううむ。確かに『黒執事』の詳細なスペックを立てておくことは重要だ。普段の待機形態は……これは言うまでもないか、制服に指定されてしまったこの執事服だな。あとはなんで他のISみたいなパワードスーツじゃないのかとか、武装とか。掘り下げていくと到底俺だけの手には負えないな。
「……てことはなにか、束が俺の情報を操作してあたかもISを操縦してるかのように見せるってことか?」
「もちろん。かーくんのあのチカラがあれば全然可能だと思うし、なにより束さんはかーくんと一緒に居たいんだよ!!」
おい後半部分が本音か。
「…………はあ」
俺はもう癖になりそうな溜息をついて一言。
「とりあえず、保留」
チキンとか言うな。
間違っても超えちゃいけないものがあるんだよ。
◆
「更識、形無……」
ディスプレイに表示された文字を口に出してから、リリィは頬杖をついてそれをスクロールさせていく。
更識形無。
世界で初めてISに乗れることが発覚した男性IS操縦者。
世界でたった三人しかいない専用機を持つ人間の一人。
「……ッ」
認めない。
私は、貴方を。
リリィは、授業中の形無を思い出して下唇を噛んだ。
輪郭を掴ませないような飄々とした態度。面倒くさいのかやる気が見えないあの仕草。
思い出しただけで腹が立つ。
「女性の社会的地位が上がり始めたと思ったら、あんなのが……」
彼女の祖国、イギリスではISの研究が世界に先駆けて開始された。その甲斐もあってか、徐々に骨格のようなものはできあがりつつあるのだ。ISの簡易適正検査でAだったリリィはこの学園に入学したが、それは選ばれた存在であるからだと自負している。女性にしか使えないIS、それに搭乗する資格を得られたのだから。
しかし、入学間際、リリィは信じられないニュースを耳にする。あの『黒白事件』に関わっていた二機のIS。その片方の操縦者が、男性だったというのだ。
信じられなかった。
信じたくなかった。
「見ていなさい……」
ディスプレイを閉じたリリィは、静かに呟く。
「必ず貴方の化けの皮を剥いでみせます……!」
◆◆
「ふぅ」
女子寮から男子寮へ繋がる廊下を歩きながら、私は軽い足取りで目的地を目指す。
授業中そっけない態度を取ってしまったことへの謝罪、という大義名分のもと、織斑千冬は形無の部屋へと向かっているのだ。
「いきなり押し掛けてはマズイだろうか……い、いや。問題はないはずだ。なにせ私たちは『いつメン』なのだからな!」
妄想を最大限に膨らませている少女に、最早周りの声は聞こえない。暴走列車の如く突き進んだ先に見えてきた目的地に、千冬は自身の胸が高鳴るのを感じる。
(あ、あれが形無の部屋か……)
女子寮とは違い一戸建てのような建物。男子は二人いるはずだがもう一人は一体何処にいるんだ、と気にならなくはなかったが、それも残念なアイツかと思ったら気にならなくなった。
扉の前で立ち止まった千冬は一度呼吸を整え、ノックするべく右手を扉の前まで持ち上げる。
(よ、よし……)
意を決してノックしようとした瞬間、扉の向こうからそれは聞こえてきた。
『だーかーら保留だって!!』
『男らしくないよかーくん!! こういうのは潔さが大事なんだから!!』
『だからって何で選択肢が束と同棲の一択しかないんだよ!?』
「…………」
アレ? オカシイナ。
奥から聞こえてくる言い争いに、千冬はヒクッと口元が引きつった。
今有り得ない単語が聞こえたような気がした。
同棲? 形無が? 束と?
ブチッ
ガチャッ
「ん? …………あ」
「ち、ちちちちちーちゃん!?」
「さあ、どういうことか説明して貰おうか……!!」
修羅と化した千冬に、俺と束はただ恐怖するしかなかった。