双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#番外 彼女たちの日常

 

 

 

 

 

 更識家。

 一見して何処にでもあるような家系だが、その本質は暗部に対抗するための対暗部組織『更識』を有する一家だ。その大黒柱として君臨する更識家の主は十六代目当主、更識楯無。

 

 母、更識瑞穂はおしとやかな大和撫子で家事全般をなんでもこなるパーフェクトな母親(性格、天然)であり、長男の更識形無は世界でたった二人しかいないISを操縦できる男子。

 

 そして二人の妹。

 長女の名は更識姫無。

 次女の名は更識簪。

 

 これは更識家の娘っ子二人のとある日の物語――――。

 

 

 

 

 

「おはようー」

 

「あぁおはよう姫無」

 

 襖を開いて居間に入った私は、既に食卓に並べられた朝食を見て『今日は鮭かぁ』なんて思いながら席につく。一足先に居間にやって来ていた父さんは新聞を広げていた。

 

「姫無も今日から二年生か、早いもんだなぁ……」

 

 感慨深そうに父さんが新聞をたたんで呟く。そう、私、更識姫無は今日から小学校二年生になる。上級生になるのだ。

 

「学校は楽しいか!? 苛められてたりしないだろうな!?」

「大丈夫だってば」

 

 まったく。この父は前々から思っていたけど少々……いやすごく過保護だと思う。

 

 思い出されるのは去年の私の入学式。たまたま席が隣になった男の子とお喋りしていたら、教室の後ろで父さんが負のオーラ全開で腰に差した真剣を抜こうとしていた。

 その場は母さんが父さんの襟首を引っ付かんで廊下のほうに連れ出してくれたから事なきを得たけど、男の子とお喋りしていたくらいで抜刀しようとするとかもう常識的に可笑しいんじゃないだろうか。

というか銃刀法違反なんじゃ……やめよう考えないほうがいい気がしてきた。

 

 確か兄さんもそんなことを言ってたし。

 

「兄さん……、はぁ……」

 

 私は目の前に置かれた湯気の立つ味噌汁に視線を落として溜め息を一つ。

 この溜め息の原因は言うまでもない、私の兄さんである更識形無がこの家に居ないからだ。

 

 それは兄さんがあのIS学園の寮に住むことになったからなんだけど、兄さんがあの『黒執事』だったなんて本当に驚いた。女性にしか動かせないISを兄さんが操縦できるんだから、妹の私としても鼻が高い。クラスの友達に自慢したほど。

 

 ……それはいいんだけど、問題は兄さんがIS学園の寮に入ってしまったってこと。

 そう。会えないのだ。

 兄さんに。毎日。

 

 

 

 

 

 …………うわぁぁぁぁああああ!!

 

 ほんとにイヤだ!!

 兄さんに会えないなんて私はこれから一体どうやって毎日を過ごしていけばいいの!?

 

 今までは夜中にこっそり兄さんの部屋に忍び込んで布団に潜り込み、一緒に朝を迎える(決して卑猥な意味ではない)のが日課だったのに、今ではそれが出来なくなってしまった。

 

 これは私にとっての死活問題だ。

 

 死ねる。というか最初の一週間くらいは本気で私もIS学園の寮に住もうと考えていたくらいだ。

 兄さんの温かみのある布団だからこそ今まで気持ちよく眠れていたのであって、それがなくなれば私は間違いなく不眠症になる。というかなってしまっている。

 毎晩兄さんの部屋で寝ているがやはり本人が居ないとダメ。一人で寝るのがこんなに寂しいなんて思ってもみなかった。

 

「はぁ……」

「どうした姫無。元気がないぞ。……まさかやっぱり苛められて!?」

「違うから」

 

 私の目の前で騒ぐ父さんも兄さんが家を出ると知ったときはそれはもう大変だった。

 

 きっと兄さんもああなることが予想できていたからギリギリまで言い出せなかったんだろうなぁ。母さんにはもう言ってあったみたいだけど、父さんに寮暮らしを告げたのはIS学園に入学する3日前のこと。

 

 兄さんが『黒執事』の正体だって報道された時も父さんはそれはもうすこぶる暴れたけど、それがまだ可愛く思えてしまうほどの光景だった。

 

 

 

 

 

 号泣。

 そして暴走。

 

 

 

 

 

 あの時の父さんの行動を分かりやすくかつ簡潔に表すのならまさにこれがぴったり。

 居間に兄さんと父さん二人きりで入って行ってから数分後、私や簪が襖の近くで聞き耳を立てていると、いきなり大きな泣き声が聞こえてきた。

 ギョッとする私や簪を尻目にその泣き声は段々と小さくなっていって――――、

 

 

 

 ズバンッ!!

 

 

 

 抜刀の風圧のせいか私の目の前の襖が横に真っ二つになった。

 

 息子の家離れを認められない父親が起こしたのが真剣を振り回すって……。

 

 どれだけ我が子大好きなんだうちの父さんは。

 

 結局、その場は父さんの部下数十人と最終的に投入された母さんによって兄さんの寮暮らしを本当に渋々認めた父さんだったけど、それからしばらくは魂が抜けたみたいに真っ白だった。

 

 こんなんじゃ私の時も同じようなことになるんじゃないかという気がしてならない。

 

「姫無どうかしたか? 箸が止まってるぞ」

「あ、なんでもない」

 

 いつの間にか止まっていた箸を再び動かしながら、私は内心でこっそりと決めていたことをもう一度思い出す。

 

 

 

 私も、IS学園に入学する。

 

 

 

 これは兄さんがIS学園に入学すると知った時から心に決めていたことだ。

 

 ISが発表されて約一年半。“基本的に”女性にしか動かせないISの授業は小学校からも少しずつ取り入れられるようになり、私も兄さんの後を追いたいと思うようになったから。

 

 となると私も当然IS学園に備え付けられた寮に住むことになるだろうから、今のところ父さんには絶対に秘密。

 というか絶対に言いたくない。あんな惨事を巻き起こすのは御免だし。

 

 将来IS学園に行くということを告げたあとの父さんの暴走っぷりが簡単に想像できてしまった私は、それを流し込むように味噌汁をすすった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「おふぁょぅ……」

「あらおはよう簪」

「おはよう」

「おはよー」

 

 未だに意識が覚醒しないまま居間に入った私にお母さん、お父さん、そしてお姉ちゃんが声を掛ける。

 

 此処でようやく、私は意識が覚醒することに。

 

 理由は簡単。

 

『おはよう簪。相変わらず眠そうだなぁ』

 

 いつもこうやって声を掛けてくれるお兄ちゃんが、ここにいないから。

 

 お兄ちゃんは『IS』とかいうものに乗れる数少ない人で、そのための学校に行くために一人暮らしをするんだって。

 

 

 

 ……はっきり言って私はお兄ちゃんと離れたくない。

 

 

 

 だから私はお兄ちゃんに、

 

『……私も、行く』

 

 いつもはこんな我が儘は言わないけど、それでもお兄ちゃんとは離れたくなかったんだもん。

 

 だけどお兄ちゃんは。

 

『ははっ。俺だって簪や姫無とは離れたくないさ。でもこれはあの糞ウサ……友人のためでもあるから』

『私も……行くっ……!』

『……簪? なんで俺の制服の裾をしわくちゃになるまで掴んでるのかな?』

『……いいって言うまで……、離さない……!』

『ちょ、母さぁぁああん!? 我が妹の瞳からハイライトが消えてるんですけどォォおおおおッ!?』

『あらあら、それは大変ねぇ』

『助けようという気が感じられない!!』

 

 結局、お兄ちゃんについていくことはできなかった。うう、今日から小学校に通うから、ランドセル背負った姿とか見て欲しかったのに。

 

 でもまあ、これから先ずっと会えないってわけでもない。夏休みとかのお休みの長い時には家に帰ってくるってお兄ちゃん言ってたし、ランドセル姿はそのときのお楽しみにとっておこう。

 

「ご馳走様。ほら簪、早くしないと学校遅れちゃうよ?」

「あ……、待って……!」

 

 私よりもひと足先に朝ご飯を食べ終わったお姉ちゃんはそそくさと居間から出ていってしまった。

 なんて薄情な姉なんだ。妹が食べ終わるのを待ってくれてもいいじゃないか。

 

「簪ー? 早く食べないと遅刻しちゃうわよー?」

 

 お母さんにそう言われ、壁の時計に目をやれば。

 

「わ……、わわ……ッ」

 

 遅刻ギリギリ。どうやらお姉ちゃんは待っていてくれてたみたいだけど間に合わないと思って私を切り捨てたみたい。……急がないと。

 私はご飯を急いで完食し、丁寧に手を合わせた後、直ぐ様居間を飛び出した。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 慌てて出てきた簪と一緒に登校した私は、なんとか遅刻することなく教室に入ることができた。

 進級してそうそう遅刻なんてしたらクラスの皆に変に思われちゃいそうだし。

 

「姫無ちゃんおはよー」

「あ、紗季。おはよう」

「今日はなんだか遅かったねえ。寝坊でもした?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど」

 

 全力ダッシュのせいで疲れきった私が机につっ伏していると、ショートカットの女の子が私に話しかけてきた。彼女の名前は椎名(しいな)紗季(さき)。この小学校に入学してから初めて出来た友達で、今では幼いながらに親友といえる存在だ。因みに二年連続同じクラス。

 

「一時間目体育だよ。早く着替えなきゃ」

「あ、そうだったわね」

 

 紗季に言われ私は机の横に引っ掛けてあった体操着袋を机上に置き、中から体操服と体操ズボンを取り出す。男女関係なく同じ場所で着替えるのはなんだか気に食わないけど(主に男子たちの存在が)、先生にそんな文句を言っても意味がないので私たちはそそくさと着替え、教室を後にしてグラウンドへと向かった。

 

「今日は鉄棒をします」

 

 ジャージに着替えた担任の先生(女性)がホイッスルを吹いて私たちをグラウンド脇に設置してある鉄棒の前に集合させてそう言った。

 

「姫無ちゃん。鉄棒得意?」

「うーん、まあまあかな」

「私、得意なんだあ」

 

 私の隣で体操座りした状態の紗季がはにかみながら言う。自信満々だなあ。紗季は運動得意だし、こういうところで存在感を示してるんだろう。

 私は苦手じゃないけど、紗季みたいに一番大きな鉄棒で『大車輪』なんて出来ないから普通の部類に入ると思う。……なんか間違ってる気もするけど、まあいいや。

 

「はい、じゃあみんな鉄棒に手を付けてー」

 

 先生の合図で、各々鉄棒に手を掛ける。

 でも、こういうときの男子っていやに存在感を主張する生き物みたいで。

 

「おいそこ俺が使うんだからどけよ」

 

 必ずこんなことを言い出す男子が出てくるのよねえ。他にも場所は沢山空いてるのに、どうして彼はこんな女子が密集した地帯に踏み込んでくるのかしら。

 

「ここは私たちが使ってるもん。大輝(だいき)くんは空いてるとこを使えばいいじゃない」

 

 どけと言われた女の子は最もな正論を大輝とかいう男の子に言い放った。このクラスになってから日が浅いから全員の性格とか立ち位置を知ってるわけじゃないけど、大輝はなんていうかガキ大将みたいな男の子だ。自分の思い通りにならないと癇癪を起こすような子供。ほんと幼稚だなあ。

 

「なんだと!? いいから俺の言うこと聞けよ!!」

 

 ああ、また癇癪。一体どんな育て方されたらこんな子供に育つのよ。うちなら絶対こんな子供には育たないと思う。兄さんみたいな大人びた人間になるはず。

 

「きゃあ!」

 

 ドンッ!! という音がした後、地面になにかぶつかった音が響いた。

 大輝が女の子を突き飛ばしたんだ。

 

「……それはやりすぎでしょうよ」

「ああ!? なんだよお前なんか文句あんのかよ!!」

 

 ボソッと呟いた私の声が聞こえていたみたいで、今度は私に突っかかってきた。ほんとにジャイアンみたいな男の子ね。

 

「女の子突き飛ばすなんて男として恥ずかしくないの?」

「てめ!!」

 

 大輝は私もさっきの女の子と同じように突き飛ばそうと腕を突き出してきた。

 

 でも、残念。

 

「おわッ!?」

 

 大輝が素っ頓狂な声を上げる。理由は簡単。いつの間にか自分が地面の上に倒れていたから。

 ほんとは『いっぱんじん』相手には使うなって父さんに言われてたけど、こういう時ならいいのかな?

 

「な、なにしやがった!?」

「更識流よ」

「なんだよそれ!」

「さあねえ」

 

 あんまり言っちゃいけないだろうからこれ以上は言わないでおこう。今のは相手の腕力を利用して相手を投げ飛ばす更識流の技の一つだ。小学校に上がったころから父さんに教わり初めて、二つくらいの技ならなんとか使えるようになった。父さんや兄さんと比べるとまだまだだけどね。

 

「なにしてるのアナタたち!?」

 

 騒ぎを聞き付けた先生が私と大輝の前までやってきた。先生、出来ることならもう少し早く来てもらえたらよかったんですけど。

 

「更識さん、これはどういうこと?」

「あー、えーっと……」

 

 どうしよう。

 女の子を突き飛ばしたのが気に食わなかったので私が彼を突き飛ばしましたなんて言えないし。

 

 突き飛ばされてた女の子とも仲が良いわけじゃないしなあ。

 一体どうこの先生を言いくるめようかと私が画策していると、

 

「……俺が鉄棒から落ちたんだ」

 

 大輝がポツリと呟いた。鉄棒から落ちた? 一体彼は何を言っているんだろうか。一部始終を見ていたクラスのみんなも首を傾げている。

 

「俺が鉄棒から落ちたところに、こいつが来てくれたんだよ」

 

 私のほうを指差しながら俯き加減で言う大輝に先程までの威勢の良さは感じられない。なんかこう、しゅんとした感じになっていた。

 

「そうだったの。とりあえず、大輝君は保健室に行きましょう」

 

 先生に言われてゆっくりと立ち上がった大輝は先生に連れられて保健室のほうへと歩いていく。

 んん? んんん? なんだろう。大輝が執拗にこっちを見てくる。チラチラとかそんなレベルではなく、穴が開くくらいジーッと私のほうを見てくる。

 

 なんだろう。まだ私に突っかかってこようとしているのだろうか。

 ……なんだか顔が赤いな。熱でもあるんだろうか。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「おっ昼、おっ昼~」

「……嬉しそう、だね」

「だってぇ、待ちに待った給食だよお?」

「私、あんなに食べきれないから……」

「じゃあかんちゃんのプリン食べてもいいぃ?」

「それは……だめっ」

 

 時間は四時間目が終わった後、つまりは給食。

 

 此処一年一組の教室でも、クラスメイトたちが給食を前にざわざわと楽しそうにしている。

 そんな教室内で私とお喋りしているのは袖がだぼだぼの服を着ているおっとりとした少女、布仏(のほとけ)本音(ほんね)。

 私の幼馴染みであると同時に、専属メイドでもある少女だ。

 

 もともと更識家と本音ちゃんの布仏家は主従の関係にあるみたいで、小学校に上がるのと同時に私にもこうして専属メイドがついたわけなんだけど。

 

「ん~。おいしぃねぇ」

 

 はっきり言ってこの子がメイドとして働いているところは見たことがない。というか給食で焼魚や白米をぶっち無視していきなりプリンを食べるってどうなんだろうか。

 

 お姉ちゃんの専属メイドは本音ちゃんのお姉ちゃんの虚さんで、あの人はとてもしっかりしているのに、この姉妹は何だか正反対だなあ。

 

「……かんちゃん」

「なに?」

「今なんだかすごぉく失礼なこと考えてなかったあ?」

「……全然」

「気になる。最初の間がすごぉく気になるよぉ」

 

 いつものほほんとしてるのにこういうところは敏感ってなんなんだろう。私は内心を悟られないようにご飯を口に運ぶ。

 

「ああそういえばぁ、最近かたりんとはどんな感じなのぉ?」

 

 かたりん、とは私のお兄ちゃんである更識形無のことだ。

 

 本音ちゃんはお兄ちゃんによく遊んでもらっていたから、いつの間にかそんなあだ名でお兄ちゃんを呼ぶようになっていた。

 

「お兄ちゃんとは……この二週間くらい会ってない……」

「IS学園に入学って寮住まいだからねえ」

「……寂しいけど、仕方ない」

 

 嘘だ。

 仕方ない、なんて思ってない。出来ることなら直ぐにでもお兄ちゃんのところへ行って遊んだりしたいし、同じ屋根の下で過ごしたい。

 

 だけどそれはお兄ちゃんに迷惑をかけることになっちゃうし、やっぱり仕方ないのかな。

 

「かんちゃんは優しいなあ」

「え……?」

 

 唐突にそう言った本音ちゃんのほうへ、いつの間にか下がっていた顔を上げて視線を移す。

 

「かんちゃんはかたりんに迷惑かけないようにそう言ってるんでしょ」

「……どうして、そう思うの?」

「だってかんちゃん、今ものすごく寂しそうな顔してるよお?」

 

 言い返せなかった。

 ピンポイントで私の感情を当ててきた本音ちゃん。ほんと、いつもはあんなにやる気なさそうなのにこういう時だけ彼女はすごくなるっていうか。

 

「あぁ、当たってたぁ?」

「どうして……分かったの?」

「分かるよぉ」

 

 にへら、と本音ちゃんは屈託のない笑顔で。

 

「私はかんちゃんの専属のメイドだからぁ」

 

 私はそれを聞いて口元が緩むのを感じる。専属メイドっていうよりは親友っていうくくりのほうがしっくりくるような気がするけど、本音ちゃんだからなぁ。

 

「本音ちゃん……」

「なぁにかんちゃん?」

「ありがとう」

「えへへぇ、どういたしまして」

 

 私たちは笑い合って、給食の続きを楽し――――、

 

 

 

 

 

 あれ。

 私のプリンがない。

 

 チラッ(私が本音ちゃんを見る)

 

 テヘッ(本音ちゃんテヘペロ発動)

 

 本音ちゃんの机には、空になったプリンの容器が二つ(・・)。

 

 

 

 

 

……絶交、しようかな。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あらお帰り姫無。今日は早かったのね」

「うん。五時間目までしかなかったから」

 

 私は脱いだ靴を丁寧に並べて廊下を歩いていく。あの体育の時間以降、大輝がなにかにつけてこっちをジロジロ見てくるのが気になって仕方がなかった。根に持っているんだろうか。そんな男の子はモテないだろうに。

 

 私はランドセルを自分の部屋に放り込んで、とある部屋へと早足で向かう。

 

「ただいま、兄さん」

 

 やって来たのは兄、更識形無の私室。私がいつも寝ている部屋だ。

 最近は兄さんが居なくても躊躇なくこの襖を開けることが出来るようになってきた。

 

 今となってはここが私の私室と言っても間違いではないような気さえする。少しずつ私物も持ち込んできているし。

 

 私は軽く周りを見回して、兄さんの勉強机の上に置かれた写真立てを手に取る。

 写真には笑顔で写る更識家の面々に父さんの部下たち。総勢五十人にも上る大人数の中心に、私や簪、そして兄さんが居る。

 

「……はぁ、」

 

 会いたいなぁ。

 出きるなら、今すぐにでも会いに行きたい。

 電話とかならいつでも出来るじゃないか、とか思うかもしれないけどそれも実際は難しい。なんと言っても兄さんは世界に今のところたった二人しかいないISを操縦できる男性。しかもあの『黒執事』だ。世界各国からしてみれば喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。

 もちろん日本政府としてもそういった各国からの圧力に屈すると兄さんを何処ぞに取られちゃうわけだから、兄さんの周囲にはとてつもなく厳重な情報規制とかがされているみたい。それは家族からの電話一つとってみても例外はないらしく、たった一回の電話のために幾つもの仲介が入ってしまって凄く時間がかかる。

 だから、滅多に電話なんて出来ないんだよね。

 

「あ……」

「あら簪、こんなところにどうしたの?」

 

 不意に開いた襖の先に立っていたのは我が妹である簪。向こうもここに私が居るとは思っていなかったのか少しばかり驚いているみたいだ。

 

「……お姉ちゃんこそ、ここでなにしてるの……?」

「何って、特になにも」

「じゃあ、その手に持ってる写真はなに……」

「あの時撮った写真よ、ほら」

 

 なにやら不機嫌になりつつある簪へ私は持っていた写真立ての写真を見せる。

 ははあん。どうやら簪も兄さん成分をここに摂取しにきたみたい。写真を見た途端に頬が緩んでいくのがわかる。

 

「お兄ちゃん……早く帰ってこないかな……」

「夏休みには帰ってくるって言ってたじゃない」

「そんなに、待てない……」

 

 同感。夏休みまでまだ三ヶ月以上もあるわけだし、それまで兄さんに会えないのは苦行以外のなにものでもない。簪も耐えられないのか、若干涙目になっているようにも見えた。

 

「簪」

「……なに」

「そんな顔じゃあ兄さんに笑われちゃうわよ?」

「!?」

「泣いた顔見たって兄さんは喜んじゃくれないと思うけど」

「……な、泣いてなんか、いないもん……!」

 

 ぐしぐしと目元を擦りながら言われても説得力ないなあ。

 全く、可愛いやつめ。

 

「ほら」

「え……」

「もうすぐ母さんが夕飯の準備始めるわ。手伝いに行きましょ」

 

 兄さんに会えないのはもちろん寂しいけど、なにも一生会えないわけじゃないし。取り敢えず今はこの泣き虫な妹を一人前にすることが私の仕事かな。更識流もこの子はまだまだ会得できそうな感じじゃないし。

 

「簪。お姉ちゃん頑張るよ」

「……なにを……?」

「色々っ!」

 

 そう言って私は簪の手を取り、母さんが居るであろう台所へと駆け出した。

 

 

 

 


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