前回のあらすじ
体育祭は散々だった
体育祭が終わった次の日、つまり日曜日。俺と千冬は束に呼び出されて朝早くから篠ノ之道場へ足を運んでいた。昨日の疲れからかまだ睡魔が俺を誘惑してくるがなんとか振り払い、道場内へと足を踏み入れる。
「お、形無君に千冬ちゃん。おはよう」
「おはようございます柳韻さん。相変わらず早いですね」
「はは。道場師範たるもの毎朝の道場掃除は日課みたいなものだからね。もう当たり前になってるよ」
この人は束、箒の父親でありこの篠ノ之道場の師範も務める篠ノ之柳韻さんだ。俺も小学校のころから稽古をつけてもらったりと色々お世話になっている。
……中学で帰宅部だということは伝えていない。
「どうだい形無くん。また稽古しようじゃないか」
俺の専門は更識流の柔術で、それは柳韻さんも当然知っているがどうやら俺は剣の筋がなかなかに良いらしく、事あるごとにこうして稽古に誘われている。
誘って貰えるのは光栄なんだが、この柳韻さん。たとえ子供であっても全くと言って言いほど容赦がない。当時小三だった俺は柳韻さんの竹刀に叩きのめされたのは苦い思い出だ。あの時はまだ超能力が使えなかったし。
「いやぁ、折角ですけど今日は束に呼ばれて来たので遠慮しておきます」
「ああ、そうだったね」
思い出したように言う柳韻さんは一拍おいて。
「……束が少しずつだが他人に心を開くようになってきたのは君たちのお陰だ。これからも、束のことをよろしく頼むよ」
「……はい」
「分かりました」
俺と千冬は柳韻さんの言葉に確かに頷き、道場を後にして束の私室へと向かう。
「束の部屋に来るなんて久しぶりだな」
「そうなのか? 私はしょっちゅう来ているが」
「あのな、千冬は女で俺は男だ。俺は気にしないけど普通この年頃の男は頻繁に女の部屋に出入りしたりはしないって」
「むぅ、そういうものか?」
「そういうもんだ」
「なら形無は束の部屋に入るのに緊張とかしているのか?」
「いんや全然。自分ん家となんら変わらん心境だ」
「ならいいじゃないか」
「俺ん家に盗聴器とか仕掛ける奴の家に進んで来ようとはしないだろ……」
だいぶ数は少なくなったが、未だに束は俺の部屋に盗聴器などを仕掛けている。一体どうやって毎回仕掛けているのか非常に気になるところだが問い詰めたところではぐらかされるのは目に見えているので、最近は反論の余地なく拳骨を束の頭にお見舞いしているが。
「っと、ここだな」
階段を上がって一番奥の部屋。ドアのやや上に『束』というニンジン型のネームプレートが掛けられた部屋の前に到着した俺と千冬は、数回のノックをしたあとドアノブを回し――――
「かーくーん!!」
――――ドアを開けた瞬間に、サッと身を屈めた。
「ぶへっ!!」
「うわっ!?」
俺が身を屈めて飛び掛かってきた束を避けたために後ろに居た千冬と束が正面衝突。そのまま束が押し倒すような形で廊下にバタリと勢いそのままに倒れ込んだ。
「ひどいよかーくん!! 束さんの愛をきちんと受け止めてよ!!」
「断固として断る」
千冬を下敷きにしたままの束が顔だけをこっちに向けて何やら言ってくるが、俺は押し潰されるのはゴメンだ。
「束! さっさと降りろ!!」
ごつんっ!!
千冬の拳骨が束の頭部に振り下ろされた。
「うぅ、ちーちゃんの愛が痛い~」
ぶたれた箇所を両手で擦りながら涙目で嘆く束を千冬は見事にスルーして、俺と共に部屋に入っていく。
「で、今日私たちを態々呼んだ理由はなんなんだ?」
ピンクで統一されたなんともファンシーな部屋の、これまたファンシーなもこもこベッドに腰を下ろした千冬が早速今日の本題になるであろう話題を切り出した。
これまでにも何度かこうして俺と千冬が束の部屋に呼ばれたことはあったが、どれも凡人には理解できないようなびっくり発明品を見せられ自慢気に紹介されるという類のものだった。
今回もそういったものである可能性は高いが、俺は心の何処かで言い知れぬ不安を感じていた。
――――もしかして、ISが完成してしまったんじゃないだろうか。
その線である可能性は高い、というかほぼ間違いない気がする。
だとするなら非常にマズイことになる。
いや、前々から何れそうなるであろうことは原作知識から理解していたが、いざ目の前に迫られてみるとやはり不安が大きい。
だって女尊男卑なんだぜ? 俺これから社会的地位が急降下していくんだぜ?
「ふっふーん」
そんな俺の心情など全く気にかけない千冬は立ち上がってふふんと鼻を鳴らして。
「ついに完成したんだよ! あれが!!」
あれ、とは最早聞くまでもない。束が幼稚園の時から構想を練り画面に出力し、何年もの歳月を経て製作した彼女の大発明。
「名付けてインフィニット・ストラトス!!」
……あぁ。
やっぱ予想通りだったか。
ばばーん!! という文字が束の背後に見えるような気がする。束が手元のディスプレイを叩くと、空間投影式の画面が頭上に現れた。
「これは……束と形無が二人で話し合っていたものか!?」
「そうだよちーちゃん。束さんとかーくんの合作、謂わばこれは愛の結晶!!」
「いや違うからな?」
大体、合作なんて言っているが九割九分九厘は束の頭脳が造り出したものだ。俺はそれに少し口添えをしただけ。合作なんて大したことはしていない。
「……これは一体どういう代物なんだ?」
ああ、そうか。
千冬は俺たちの会話に混ざってこなかった(ハイレベルすぎて混ざってこれなかったというのが正しい)から、これが一体どんな物なのかをいまいち解っていないんだ。
「これはねちーちゃん。『IS』ってものだよ!」
「IS……?」
「そう。正式名称はさっき言ったけど『インフィニット・ストラトス』。この束さんの頭脳を総動員して開発した、宇宙空間での活動を視野に入れたマルチフォーム・スーツなんだよ」
誇らしげに言う束からは『すごいでしょ! 誉めて誉めて!!』というようなオーラがさっきから全開だ。
いや確かにスゴい。
こんな代物、中学生が作れるレベルを遥かに超えているし、実際原作ではこれを発端として世界の軍事バランスは崩壊したのだ。
「……そんなものを作ってどうしようというのだ?」
ふむ。千冬の言うことも最もだ。
実際これが開発されて男からしたら良いことなんて一つもないしな。
だけど何年も束と過ごし、僅かではあってもこのISの開発に携わった俺から言わせて貰えば、開発した理由なんて言うまでもないし、確認するまでもない。
認めて欲しかったんだ。
周囲の人々から、認めて欲しかったんだよ束は。
天才であるが故の孤独というものなのだろうか、俺みたいな凡人にはきっと完全に理解することは出来ないんだろうけど、それでも大事な仲間がどんな想いでコレを作っていたのかが解らないほど、俺はバカじゃない。
束はその頭の良さ故に周りを突き放した。自ら。
それは同年代の子供たちがバカっぽくて一緒に居る気になれなかったというのも理由の一つに確かにあるが、本当は怖かったんだ。周囲から拒絶されるのが。自分の頭脳の異常さは自身もよく解っている。だからこそ、拒絶されるのを恐れた。
そして結論に至る。
拒絶されるのが怖いのなら、自分から拒絶してしまおう。
そうすれば他人のせいで自分が傷つくことはないのだから。
そんな考えを持っていた束の前に現れたのが、当時幼稚園児だった俺だ。
俺の頭の良さはあの時の束にとっては衝撃的だったらしい。なにせ異常だと思っていた自分の理論に付いてこれる幼稚園児が居たんだからな。
そこで束の指針は大きく変わる。
周囲を突放すのではなく、認めさせよう。
自分の存在を無視できなくなるくらいの発明をして、世間に認められよう。
そういった考えの結晶と言えるのがこのISなのであり、決して俺と束の愛の結晶なんかではない。
「すごいな……」
主なスペックを目にした千冬は思わずそう漏らす。
宇宙空間での活動を想定というが、間違いなくこれは地球上で最強の兵器になるであろうことに彼女も気付いたのだろう。基本性能、特性、装備、活動時間。どれをとっても現存するどの戦略兵器よりも上だ。それも圧倒的に。
「……で? 完成したはいいがこれからどうするんだ? まさか完成させて終わり、じゃないんだろう?」
「あったりまえだよかーくん!! 直ぐに日本政府とかにこのこと言ったんだよ!!」
「それで?」
「バカバカしいって一蹴された……」
当然といえば当然の反応だな。
いきなり宇宙空間で使用できる飛行パワードスーツを女子中学生が開発しましたなんて一報を入れて信じるほうがどうかしている。
「まあそれが普通の反応だな」
「だからね」
…………なんだかすごく嫌な予感がするんだが。
「これから日本に発射されるミサイルの雨を、このISを使って迎撃させようと考えたの」
ゑ? まさかのこのタイミングで?