双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#16 天災が見当たらないのはその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 弁当食べるのにあんなに冷や汗をかくなんて思ってもみなかった

 

 

 

 

 

 さて、現在俺は騎馬戦のときと同じく入場ゲート裏で整列し、午後からの第一種目である『二人三脚』の開始を待っている。

 

 もう言うまでもないのかもしれないが、うちの学校で行われる二人三脚が、そんじょそこらで行われているような二人三脚であるはずがない。

 

 先ず、前提が間違っているのだ。

 

 通常の二人三脚は二人の右足と左足を紐で縛り肩を組んだり背中に手を回すなり、協力して完走を目指すものだが、生憎うちはそんな生易しいものじゃない。

 

 二人の足を縛っているのは、チタン製のロープ。つまり、人間程度の力では絶対に切れたりほどけたりすることのない紐だ。これにより、紐に関連したリタイアは皆無となる。

 

 次にコース。通常の二人三脚であればグラウンドに描かれたトラックを一周、というのが定石だが、うちは校外を走る。交通機関も利用する。ゴールは学校から凡そ三キロ離れたテーマパーク。昔俺と親父、まだ赤ん坊だった姫無の三人が行ったところだ。

 

 そんなわけで最早ミニマラソンのような二人三脚。ゴールまでの道順は特に定められてはいない。更に交通機関の利用も自由。もちろんそこは自己負担だが。去年はタクシーを使う強者までいたような気がする。

 

 とまぁ色々言ったが、つまりこの二人三脚、めちゃくちゃ時間かかるし体力的にもキツイってことだ。去年は最後のペアがゴールした時はスタートから二時間以上かかっていた。

 

 当然それに比例して得られる点も高いんだが、はっきり言って割に合わない。

 

 太陽が丁度真上を通過しようというこの昼休み明けの時間帯だ。暑い、ひたすらに暑い。ただ立ってるだけなのに汗が滲んでいる。

 

 

 

 そんな過酷な二人三脚をだ。

 

 

 

「…………」

 

「なんだよじろじろこっち見るな馬野郎」

 

 俺はこんな残念な奴と走らにゃいかんのか。死ねる。相模に殺意を抱けるレベルだぞこれ、なんせ相模本人はのうのうとテント下で惰眠を貪ってやがるんだから。

 

「……はぁ」

 

 今日一日でもう何度目になるかわからない溜め息が俺の口から漏れる。

 もうこうなったら腹をくくるしかない。

 

「おい馬野郎」

 

「あん?」

 

 馬野郎って前々から思ってたけど何処から来た渾名なんだ?

 

「俺の足を引っ張りやがったら承知しねぇからな。精々必死に走れよ」

 

 …………。

 いや、うん。もう織村がこういう奴だってのは分かってるんだけどさ、何でこんなにも上から目線なんだ? 俺はそこまで気にしないけど他の奴らはそうとは限らないんだからもう少し友好的になってもいいと思うんだが。

 

「いいか。俺はこの二人三脚、絶対に勝たねばならん理由があるんだ」

 

 おいなんか饒舌に語り始めたぞ。

 どうしようこれ内容聞いた方がいいのか?なんかそんな雰囲気なんだが。

 

「その理由(わけ)……聞きたいか?」

 

 聞きたくないです。

 

「ふん。お前ごときに教えるわけないだろ」

 

 それは良かった。

 こっちとしても好都合だ。二人三脚前から何も疲れることもないだろ。

 

「……だがまぁ、一応お前にも関係なくはない話だからな、仕方ないから教えてやるか」

 

「いや俺は別に……」

 

「お前がどうしてもって言うからだぞ?心して聞け」

 

 いやまずお前が人の話を聞けよ。

 ……ダメだコイツ全然人の話聞いてねえ。

 

「俺はな、決めてるんだ」

 

 どうしよう話し始めちゃったぞこれもう収集つかねえよ。

 

「この二人三脚で一位を取ったら、彼女たちに嫁に来てもらうってな」

 

「…………は?」

 

 彼女たち――――というのはまぁ間違いなく千冬と束のことだろうな。これまでも散々アプローチしてたみたいだし。

 だが、それが上手く行った試しはこれまで一度もないように思うんだ、うん。千冬には本気でイヤそうな顔をされ、束に至っては取り合おうともせずにガン無視。

 

 なのにこうも自信満々に言い放てるコイツ、織村のこの自信は一体どこから来ているんだ。

 

「俺の夢を叶えるため、そして彼女たちと一緒になるため!! この二人三脚で俺は一位にならなければならんのだ!!」

 

「……言いたいことは分かった。いや分からんけど。でもさ、その嫁がどうとかって千冬たちには了承は得てんのか?」

 

 もしも、千冬たちがそれを了承しているのなら俺は別に何も口出しするつもりはない。まぁ、多分そんなもの取っていないんだろうけど。

 

「彼女たちは恥ずかしがりや、もといツンデレだからな。好きな相手の前じゃ素直になれないのさ」

 

 なんてめでたい思考回路の持ち主だ。織村にはマイナス思考とかネガティブ思考とかそういうものが備わってはいないらしい。

 

「というわけで、足引っ張んじゃねえぞ馬野郎!!」

 

「はいはい……」

 

 うんざりだ。

 これから俺はこんな残念な人間とチタン製のロープで足を縛られて校外を走らなきゃいけないのか。

 見せしめもいいとこだろ……。

 

『二人三脚に出場される選手の方々は北門に移動してくださーい』

 

 入場ゲート裏で待機していると体育祭の実行委員が拡声器を使って俺たちに指示して移動を促す。

 

 うん。移動してから足縛ってくれる?

 歩き辛くてしょうがないんだがこれ。隣の奴は歩幅合わせようともしないし。

 

「ちょっ、歩幅合わせてくれよ」

 

「あん? お前が俺に合わせればいいだろうが馬野郎」

 

「…………」

 

 此処はキレてもいい場面なんだろうか。

 俺滅多に怒ったりしないけど中々にフラストレーションが溜まってきているような気がする。

 

 と、そうこうしているうちにスタート地点である学校の北門に到着。周りをザッと見渡せば二百人、百ペアくらいはいるだろうか。周囲は人でごった返しているのでこの暑さと相まって熱気が半端ない。

 

 うわ俺の前に居るの相撲部だ。汗臭いからちょっと離れ……しまった織村の足に縛られたままだった。

 

『それでは、位置について――――』

 

 体育祭実行委員の制度がピストルを高々と掲げて耳を塞ぎ。

 

『よーい、――――ドン!!』

 

 パァン!! という小気味のいい発砲音とともに、総勢一〇〇ペアを超える生徒たちが一斉にスタートした。俺たちもその流れに乗って走り出す、が。

 

「おい馬野郎出遅れてんじゃねえか!!」

 

「織村出す足が逆だ逆!!」

 

 スタートダッシュは完全に失敗。最後尾のほうに一気に下がってしまった。

 

「チッ、馬野郎のせいで遅れちまったじゃねーか!!」

 

「お前のせいだよ!!」

 

 いつまで足を逆にしてんだ。普通お互いに確認し合って進むだろうが。一人で走りだそうとしてるコイツを誰か止めてくれ。

 

 そんな開始直後から仲間割れ寸前の俺と織村はやっとの思いで北門を出て、ゴール先であるテーマパークへと向かう。

 

 だが今まで組んだこともないような人間同士、そんなに上手くいくはずもなく、壊れかけのロボットのようにカクカクとゆっくり進んでいく俺たち。

 

「このままじゃ一位どころかゴールできるかどうかも怪しいなぁ……」

 

「おいブツブツ言ってないでちゃっちゃと走れよ!!」

 

「いやもう優勝は無理だと思うぞ? タクシーでも使えば話は別かもしれんが、それも誰かやってるだろうしな」

 

「ぐぬぬ……こうなったら逆転のためにはアレを使うしかないか……」

 

 なんか一人でぼやいてる織村は放っておくとして、これからどうしようか。

 実質的に一位はほぼ無理だと言っていいだろう。既に俺たちの周りには誰も居ないし、最後尾であることも間違いない。

 だがこの二人三脚の配点は高い。一位は取れないまでも、なんとかして得点圏内でゴールしたいところだが。

 

 となると。

 

(能力……使うしかないのかなぁ……)

 

 全く気乗りはしない。

 隣の織村にバレることになるし広まれば面倒なことになる。

 

 しかし解決策がそれ以外に思いつかないのだから仕方ない。

 

(走るようにしてベクトルを操作すれば……いけるか?)

 

 そんなことを考えている俺の隣で、織村がおもむろにズボンのポケットの中に手を突っ込んだ。

 

 そこから取り出されたのは。

 

「携帯……?」

 

「あぁ。これでヘリを呼ぶ」

 

 とんでもないことを言い出した。

 

「はぁ!? それルール違反だぞ!!」

 

「はん、んなもんバレなきゃいいんだよバレなきゃ」

 

 得意気に言い張る織村だが、コイツは二人三脚における監視の厳しさを理解していない。スタートからゴールまでの区間の至るところに監視カメラと監視員がつき、生徒たちに不正がないよう目を光らせているのだ。

 それを織村は何のことないと言うように携帯を取り出し、あまつさえヘリを呼ぼうとしている。

 

 

 

 ――――バカだろ。

 

 

 

「――――あ、もしもしポールか。至急ヘリを一台用意して…………って何だお前ら!! 離せ、離せよ!!」

 

 携帯を使用した瞬間、学校の教員数人が一気に織村を取り囲み、持っていた携帯を直ぐ様取り上げた。

 

「携帯の使用、及び交通機関以外の移動手段の使用はルール違反だ」

 

「あぁ!? 知るか、俺には果たさねばならない約束があるんだよ!!」

 

 両腕をガッチリとホールドされた状態で教員に食って掛かる織村に対し、教員たちは数秒目配せして。

 

「更識・織村組。ルール違反により失格とする」

 

「なっ!?」

 

「はぁ……」

 

 俺は織村が携帯を取り出した時点で薄々こうなるんじゃないかとは考えていたためそれほどの驚きやショックはないが、織村は信じられないものを見るかのように唖然としている。

 

「ふざけんな!! 失格なんて俺は認めねぇぞ!!」

 

 いやもう失格でいいよ。

 これ以上織村と一緒に居ると頭が痛くなってくる。

 

「教員に反抗。これもまたルール違反だぞ織村」

 

「うるせぇ!! 俺には待ってる人がいるんだ……あいつらのためにも、俺は一位でゴールしなくちゃならないんだよッ!!」

 

 足をチタン製のロープで繋がれたままなので織村の叫びがダイレクトで俺の耳に届く。耳キーンてなるからやめてほしい。

 

「……(すっ)」

 

 すると教員は無言で織村に向けて何かを差し出した。

 トランプのようにも見えるそれの特徴は、真っ赤であるということ。

 

 

 

 レッドカードだ。

 

 

 

 意味は言うまでもない。退場である。

 

 バツンッ、と俺と織村を繋いでいたロープを教員の一人が切り、織村を拘束して学校へと引きずっていく。

 

「なっ、離せ!!」

 

「織村、お前は一発退場だ。以後一切の競技への参加は認められんしグラウンドへの進入も禁止だからそのつもりでな。あぁ、更識はクラスのテントに戻りなさい」

 

 それだけ言って教員たちは織村と教官室のほうに消えていった。

 

「はぁ、出る意味なかったじゃねぇか……」

 

 今日一番の溜め息を吐いて、俺はとぼとぼと待機場所であるテントへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 もう織村と関わらないようにしようと誓いながら。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 二人三脚を失格になった俺はテントに戻って身体を休めることにした。当然そこで惰眠を貪っていた相模に多大なるダメージを与えてからだが。本当は身体よりも精神が疲れているんだが、このうだるような暑さのせいで体力とやる気も汗とともに外へ流れてしまっているかのようだ。

 

 結局一位でゴールしたのは我らが赤組の三年生で、時間は三十分と少し。例年に比べれば速いタイムだ。

 

 そんなこんなで残されている競技は残り一つ。体育祭の花形と言っても過言ではない、団別対抗リレーだ。

 

 この競技だけは他の学校とルールは同じで、赤組と白組から選出された生徒各十二名がリレー方式でトラックを一周ずつ走るものだ。

 例年この競技の盛り上がりは半端ではなく、しかも今年は稀に見る混戦でこれに勝った組が優勝だというから生徒たちの応援も最高潮に達しようとしている。

 

 そんな中、テントから出た俺はというと。

 

「形無。大丈夫か?」

 

「まぁ、二人三脚は参加してないも同然だからな。体力的には余裕だよ」

 

「そうか。ならいいんだが」

 

 現在俺はトラックの内側で千冬と会話中だ。選手に選ばれてしまった俺たちは四〇〇メートルを走るわけだが、こんな大声援の中を走るのは正直気が引ける。

 盛り上がるのはいいことなんだが。

 

 ……親父も盛り上がっているのが問題だ。

 

「形無ぃ!! 一位を取るんだ一位を!!」

 

 

 お前どっからそんなもん持ってきたんだとツッコミたくなるような代物、チアリーダーとかがよく使うポンポンを上下に振る親父はリレー開始前から既に暴走モードに発展。

 勘弁してくれ。

 

 因みにこのリレーにも選出されていた織村がレッドカードで一発退場を食らってしまったため、相模が二回走ることに。御愁傷様だな、ほんと。

 

「む、どうやら始まるみたいだぞ」

 

「お、」

 

 赤組の第一走者はサッカー部の相模だ。彼は二回走らなくてはならないためにこの走順に宛てられたんだが、スタートダッシュには持ってこいの人物だ。因みにもう一回はアンカーである。

 

『位置について、よーい――――』

 

 ドンッ!! という言葉と同時に赤組と白組の第一走者がスタートする。

 

 流石は抜擢されるだけのことはあり、二人とも俊足だ。

 

「流石はサッカー部一の俊足。はえーなぁ」

 

 白組の第一走者もバスケ部のレギュラーだが、やはり相模のほうが速くトラック半周の時点で一メートル程の差をつけている。

 

「頑張れよ千冬」

 

「あぁ、なんとしてもトップで帰ってくる」

 

 赤組の第二走者は千冬。正直相模から千冬へのバトンリレーは最強だと思う。なんてったって千冬は女子で学校一の運動能力を持ってるからな。

 

「織斑!」

 

「任せろ!」

 

 パシッ、と相模からのバトンを受け取った千冬は直ぐ様加速。みるみるうちに白組の女子を引き離していく。

 

 これはもう赤組(俺たち)の圧勝だろう。

 

 

 

 

 

 ――――そう思っていたんだが。

 

 

 

 

 

「……まじか」

 

 相模と千冬が作ってくれた約半周もの差が、第十走者にバトンが渡る頃には差がなくなり、あろうことか白組に逆転を許してしまった。

 

 第十一走者の俺は小さく溜め息。

 

「はぁ……、これ一番プレッシャーかかる場面じゃないか?」

 

 赤組のアンカーは相模だから滅多なことでは負けないと思うが、如何せん彼は既に一周走っている。その疲れを考慮するなら、ここは俺がもう一度逆転するのがベストだろう。

 

「しゃあない、頑張るか」

 

 少しだけずるさせてもらおうか。バトンを受け取った俺は足の裏にかかるベクトルを操作、流石に原作の一方通行(アクセラレータ)のように弾丸の如く突っ込むみたいなことはせず、以下にも走っていますという感じでスピードだけ上げている。うん、まぁ五十メートル五秒フラットくらいかな。

 

「うぉ!?」

 

 前方を走っていた白組の男子がそのあまりの速さに驚愕しているが、無理もない。こんなの普通の男子中学生が出せる速度じゃないからな。

 

 あっという間に俺は白組を抜き去り、再び赤組が一位に。

 

「流石『究極の帰宅部』だな更識!!」

 

「お前次にそれ言ったら殴るぞ!!」

 

 アンカーとしてスタンバっていた相模と軽口を叩き合いながらバトンパス。さっきの疲れを感じさせない走りを見せる相模がそのまま逃げ切って赤組が勝利し、総合優勝が決定した。

 

「お疲れさま」

 

「おう千冬。お疲れ」

 

 走り終えた俺のところに千冬がやってきて労いの言葉を掛けてくれた。

 

「しかしまぁなんだな。形無の運動能力は最早人外だな」

 

「お前には言われたくないんだけど」

 

 ――――ん?

 そういえば。

 

「束はどうしたんだ?」

 

「二人三脚が始まるまでは一緒にいたんだが、また日射病で保健室にでも籠ってるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

「んっん~」

 

 千冬の予想通り、束は保健室の一番端のベッドの上に居た。

 だが具合が悪く寝込んでいるとかいうことではなく、寧ろ今の束には一種の達成感に満ちた表情を浮かべている。

 

 束の視線の先には、空間投影式のディスプレイ。その画面の中央に表示されているのは『complete』の文字。

 

 束は『う~ん』と軽く背筋を伸ばして。

 

 

 

「できたっ♪」

 

 

 

 


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