前回のあらすじ
体育祭がカオスの予感しかしない。
そんなこんなで始まってしまった体育祭。俺が出場する最初の競技でもある全学年男子参加の『騎馬戦』で、同じクラスである織村一華が自滅した。なんとも言えない雰囲気がグラウンドを支配しているが、そんなことは気にせず再びサングラスをかけた闘いが始まった。
「形無右から来てるぞ!!」
「了解!」
騎馬の先頭を務める相模の報告で俺は右前方から鼻息荒くしてやってくるデカイ白組へと視線を向ける。
いや、まじでデカイな。
三年生か? 下の騎馬今にも潰れそうになってんだけど大丈夫か?
「グラサン寄越せやガキぃ!!」
オイオイ俺のことガキ呼ばわりですか。
「寄越すわけないでしょう……が!!」
俺は突き出された腕をいなし、逆に相手のサングラスへと腕を突き出す。
「うぉ!?」
まさかカウンターを食らうと思っていなかったのかバランスを崩す三年生。それを俺が見逃す筈もなく。
「よいしょっと」
すかさずサングラスを奪い取った。サングラスしてたら太ったエグ○イルのア○シみたいだったけどサングラス取ったらクロちゃんじゃねえか。
「さすが更識。この調子で次行くぞ」
相模がそんなことを言っているが、正直俺はあまり目立ちたくない。
何故かと言うとだ。
「おぉ形無!! 見事な切り返しだぁ!! そのまま全滅させてしまえッ!!」
……あのクソ親父が五月蝿くなるからだ。
頼むから身を乗り出して手をこっちに振らないでくれ。関係者だと思われたくない。
「……はぁ、」
既に暴走気味の親父に溜め息をもらしつつ、俺は次の騎馬からサングラスを奪うべく進んでいった。
◆
結果から言えば、俺たち赤組は白組に勝利した。この騎馬戦は時間制限がないため相手の大将となる騎馬を倒した方が勝ちになるんだが(大将はサングラスの淵が金色)それを赤組が先に討ち取ったのだ。
俺は別段活躍する、というわけでもなく向かってくる相手を迎撃していたから余り目立っていない……だがあの親父のせいで全て台無しだ。周りからの視線が痛い。
ほんと、帰りたくなってきた。
「お疲れ形無」
「おう千冬。サンキュー」
退場ゲートをくぐると千冬がタオルを渡してくれた。今日は日中三十度近くまでになるって言ってたが、既に暑い。俺の額にも大粒の汗が浮かんでいる。
「流石だな。最後まで脱落せずに相手の騎馬を十一も倒すなんて」
「数えてたのかよ。……それはいいんだがアレがなぁ……」
「……やはり凄かったな、楯無さん」
「もう勘弁してくれ……」
親父をこういう行事に連れてきたらダメだということを再認識する。次からは来ないように言うか?
……ダメだなあの親父のことだ何があっても来るだろう。
あの親父は子供のためなら平気で国の重要案件をすっぽかすような親バカだ。それこそ母さんが止めてもきっと止まらない。
結局、こういう結果になるってわけかよ。
「あ、そろそろ私も行かなくては」
「次は千冬が出るのか?」
「あぁ。借り物競争だからな」
『またな』と言って入場ゲートのほうへと走り去っていく千冬を見送って、俺は指定されているクラスの待機場所へと歩いていく。
すると。
「おい」
すたすたすた。
「おいってば」
すたすたすた。
「待てよおい」
すたすたすた。
「待てっつってんだろうが馬野郎ッ!!」
……、馬野郎?
何だよその呼び名は。
ようやく足を止めた俺に満足したのか叫んだ少年、最早言うまでもないだろうが織村一華は得意げにこちらに向かってきた。
「さっきはラッキーだったな」
「……は?」
ラッキー? 一体何の話をしているんだコイツは。などと考えていると、更に織村の口から言葉が吐き出される。
「俺がアイツらの気を引いたおかげで幾つかサングラス取れただろ」
アイツらって、ああ。
白組のことを言ってんのか。いやいやアレは完全にお前のミスだしアレのお陰でサングラスを奪えたなんて俺だけじゃなくきっとコイツを除く赤組の全員が思ってないと思うんだが。
「そんなMVP並に活躍した俺に何か言うことはないのか?」
……?
俺は織村の意味の分からない発言に思考がストップしそうになる。言うことって『鼻痛くないか?』とかでいいのか? アレは絶対に痛いだろうからな。
「…………」
「何かあるだろう?」
訳が分からず黙りこくっている俺にイライラしてきているのか足の爪先を執拗に地面にトントンと叩きながら織村が言うが。
「……悪い。何のことを言ってんのか俺にはさっぱりわかんねぇ」
しょうがないだろ。
分からないものを言えって言われても言えるわけがない。
と、そんな俺の態度が気に食わなかったらしい織村が再度噴火。そして。
「千冬と束から手を引くって言えよ!!」
今度こそ、俺の思考が停止した。
「この際だから言わせてもらうが、いい加減に
「…………、」
アレなのか。
俺の周りにはまともな人間というのが一人としていないのか。
第一、俺は千冬や束に手を出した憶えなんてこれっぽっちもないし、ましてや縛り付けている事実などどこにも存在しない。
であるにも関わらずこんな根も葉も無いことを真剣に訴えてくる目の前の少年。
結論。
コイツはアブナイ人。
こういう人種とは関わらないのが一番、そう思い至った俺は踵を返して再び待機場所へと向かって歩き出す。
「あ、待てよ!! 自分の立場が悪くなったからって逃げんじゃねぇ!!」
逃げてないし立場を悪くした憶えもない。
背後でぎゃーぎゃーと喚く織村を無視して、俺は待機場所へと戻っていった。
◆◆
騎馬戦を終えた俺は、現在進行形で行われている借り物競争を各クラスに宛がわれたテントの下で相模と二人で観戦していた。
この借り物競争のルールはどこの学校でもやっているような普通の借り物競争と同じだ。
ただし。
借りてくるものがとんでもなくハードルが高いことで有名だ。
……ほんとにまともな競技が最初の準備体操くらいしかないのかこの学校は。
去年の例で言えばブルドッグ、ポケベル、自分と身長がミリ単位で同じ人などなど。中にはスキー板などそれ絶対学校にねえだろという物まで出題されていた。
「お、次に走るの織斑じゃないか?」
「ん、ほんとだ」
スタート位置についていた千冬を相模が発見する。スタートの合図である空砲が響き、千冬を含めた六人が一斉に走り出す。
やはりと言うべきか千冬がダントツに速い。他の五人にみるみるうちに差をつけていく。そこらの男子なんかよりよっぽど速い。
そうして一番に紙を取った千冬は――――。
「……?」
――――何だかいきなり顔が赤くなった。
一体何を出題されたんだと俺が思っていると。
「……え?」
何故か一目散に千冬がこっちに走ってきた。こっちに借り物があるってことなんだろう。俺は後ろを振り返って近くに何があるのかを確認してみる。
しかし、背後はフェンスしかなくこれといった借り物のお題に出されそうな代物は見受けられない。
何がお題なんだ。
なんて安易に俺が思っていると。
ガシッ
「……え、」
「い、いくぞ」
千冬が俺の腕を掴んで強引に立たせる。
……今年の借り物競争って個人名まで書かれてんのか? それとも俺に関係するお題なのか?
尚も腕を引かれたまま走る俺は千冬とともにそのまま一着でゴール。親父が何か喚いてたけどどうせ碌でもないことだろうかスルーしておいた。
一着の旗を貰って前方を歩く千冬。なんだかまだ顔が赤いようだが、一体何が書いてあったんだろうか。
ううむ、気になる。
「なあ」
「ひゃいっ!?」
軽く肩を叩くとビクッと上ずった声を上げた。
「な、なな何だ形無!?」
「その紙に何が書いてあったんだ?」
右手に持っていた紙を見ようと俺がそれに手を伸ばすと。
サッ
「……、」
避けられた。
スッ
サッ
「……なあ」
「何でもない! 大したものではなかったんだ!!」
いやいや、その挙動不審っぷりじゃあ説得力0だぞ千冬。
「そ、それよりももうすぐ徒競走じゃないか!?」
「いやそれまだ時間あるから」
「アップは必要だ!! さぁさぁ、もう行ったほうがいいぞ!?」
ダメだ。
こうなったらテコでも千冬は動かないし譲らない。
「……はぁ」
小さく溜め息を吐いて俺は内容を諦めた。だって今の千冬顔赤くして瞳潤んでんだもん。なんかこれ以上踏み込んだらヤバい気がしたんだ。
しょうがないので、そのまま俺はクラスの待機場所へと戻ることにした。
しっかし、一体何があの紙には何が書いてあったんだ?
気になるなあ。
◆◆◆
「ふぅ、」
形無が去っていったことを確認して、私は安堵の息を漏らした。
キツく握り締められた右手の中にあった紙に視線を落とし、ゆっくりと折り畳まれたそれを開き。
そこに書かれていたのは。
『想い人』
カアッ、と顔が熱を帯びていくのを感じる。
こんなもの形無に見せられるわけがない。
見られたら最後、私は恥ずかしさで死ぬかもしれない。
少なくとも、今はまだ。
「全く、罪作りな男だ……」
ポツリと千冬の口から漏れたそれは、誰に聞かれることもなく青空の中へと消えていった。