前回のあらすじ
体育祭って、完全に親父の暴走フラグやん。
そんなわけで現在六限のHR。俺は自分の教室の席に着き、教壇に立って何やら力説を始めた体育祭実行委員の話を聞いていた。
「いいか!! 我々赤組は今年こそ総合優勝を勝ち取る!! その為には団体競技はもちろん、個人競技でも上位に入賞することが優勝のための必須条件だッ!!」
こんな風に如何にして優勝するかを熱く語っているのはクラスが新しくなって俺の初めて友達、相模(さがみ)だ。サッカー部に所属している相模は当然のようにイケメンで、こういう人を纏める仕事は得意な人間だ。
こういう人の前に立つという点においては千冬も相模以上の素質があるんだが、彼女は現在部活動で行う体育祭の仕事の打ち合わせに招集されていてこの教室に姿は見られない。
本来なら部長を含めた三年生が招集されるんだが、どうやら千冬は二年生にしてその地位にいるようだ。
さて、相模の話に耳を傾けようか。俺は頬杖をついて、教壇のほうへと視線を移した。
「というわけで、俺たち体育祭実行委員のほうでどの個人種目に誰が出るかを決めさせてもらった!!」
ざわっ、と教室全体がどよめいた。
無理もない。みんな仲の良い友達同士で参加しようとしていたのだ。それを向こうで勝手に決められたとあっては文句の一つも出てくるものだ。
「なんでだよー」
「私たちもう何に出るか決めてたのに」
「こっちで決めさせてくれよ」
などなど様々な文句が発せられている。
まぁ俺としても出来ることなら自分で出る競技を選びたかったが、あの親父が来る時点で俺の体育祭には暗雲しか立ち込めていない。どの競技に出ようが待っているのは羞恥のみだ。
だから別に俺としてはどれでもいいんだが。
「まずはポイントのでかい団対抗リレー。出るのは俺、更識、織斑に織村の四人だ」
なんだあれに出るのか。まぁ走るだけならいいか。
「次に騎馬戦。これは男子全員参加な」
騎馬戦か。
まぁ全員参加なら仕方ない。ケガしないように逃げ回ろう。
「んで200m走。これは50m走のタイム上位二十人な」
俺のタイムは六秒前半。上位二十人どころか陸上部に混じってトップ三に入っている。
「んで二人三脚。これはもうペアをこっちで作ったから、この紙を見て出ることになってる奴は確認してくれ」
クラス全員に紙を配る相模。前の席の女子から回ってきたその紙には。
『更識形無・織村一華』
…………。
もしかしたら偶然かもしれないし、相模にも悪いかなあとか思ってここまで何も言わなかったが、もう限界だ。
「相模」
俺は挙手して立ち上がる。
「ん? どうした更識」
「ちょっと言いたいことがある」
「なんだ」
「なんで俺全種目出ることになってんだよッ!!お前ですら二人三脚はエントリーしてねぇのに!!」
「お前の運動神経がいいからに決まってんだろうが。帰宅部のくせになんだそのデタラメな運動能力」
さらっと相模に返され、俺は言葉に詰まってしまった。
今相模が言ったが、俺は中学ではこれと言った部活に所属していない。所謂帰宅部というやつだ。入学当初は千冬に熱心に剣道部に勧誘されたが、俺には更識柔術の修行もあるし、超能力を自分のものにするための訓練する時間も必要なのだ。部活に割ける時間は残念ながら無いに等しい。
「デタラメとか言うな!」
「だからたまには学校にその運動能力で貢献しろってんだよ」
相模から折れることはなさそうだ。
結局、俺はこういう押しというか頼みみたいなものには弱い。最近つくづく思うが。
「……はあ、わかったよ」
「よし。じゃあそんな感じで頼むわ」
相模がこう言って会を締め、この日は解散となった。今日の授業はこれで終わりなので、机の横に掛けてあった中身が入っていない学生鞄を担ぎ、教室を後に――――
「あ、待ってよかーくん束さんを置いていかないで!!」
――――しようとした所で、天才(災?)科学者に捕まった。
「いやぁずっと熱心にウィンドウ見てたから邪魔しちゃ悪いかなあと」
「うそだ。束さんの目は誤魔化せないよかーくん。絶対先に帰ろうとしてたでしょ」
「……、いや?」
「その間は絶対そうだっ!!」
いやだってさっきの体育祭云々の話とかクラスでしてるときも全部無視してひたすら空間投影式のウィンドウ開いてISの開発してんだぞ。集中してるところに声掛けるなんて野暮なことできるわけないじゃないか。
因みに束のこのIS開発だが、実際のところもうすぐ完成というところまで来ている。幾度となく質問や提案されてISの設計に少なからず関わってしまったので分かることだが、下手したらこれ中学卒業までに完成してしまうかもしれない。
……原作って高校生のときじゃなかったか?
「まぁいいや。帰ろうかーくん」
「おう」
?
何か今日はやけに上機嫌だな。何か良いことでもあったのか?
上機嫌で俺の腕に自分の腕を絡めてくる束を見てふと思ったが、聞くのもなんだか憚られたのでそれ以上は聞かず、そのまま俺たち二人は教室を後にした。
◆
今、私はすごく機嫌がいい。理由は簡単で、かーくんと二人っきりで帰れるからだ。
さっきかーくんにスルーされて帰られそうになったときは本気で泣きそうになったけど、この後のことを思えば何てことはない。
なんてったって今日はかーくんと二人“きり”で帰ることが出来るのだ。
いつもならかーくんとちーちゃんと三人で帰るんだけど、生憎今日ちーちゃんは部活動の打ち合わせか何かで下校が遅れる。
これは思ってもみなかったラッキーだ。
ちーちゃんには悪いけど、今日は束さんがかーくんを一人占めしちゃうね。
ぎゅっと絡めた腕の力を強めると、困った顔をしながらもかーくんは受け入れてくれる。それが私にはたまらなく嬉しいんだ。
「かーくん」
「ん?」
「束さん将来は女の子が欲しいなあ」
「ぶはっ!? いきなり何言い出すんだお前は!!」
照れてるのか焦ってるのか、かーくんの顔は真っ赤だ。
でも気付いてる?
何気無く言ってみた私の顔だって、かーくんに負けないくらいに真っ赤なんだよ。
◆◆
憎い。
今の俺の心境を率直に述べるとこの一言に尽きる。
先程終わった体育祭の種目決め。俺は運動神経がいいから当然のごとく全種目出場だ。ま、俺がいれば総合優勝なんざ楽勝だよ。
だが。
同じクラスにいる馬野郎と二人三脚だけは願い下げだ!!
何で俺があんな帰宅部の陰キャラと一緒に走らにゃならんのだ!!
しかもあんな奴のどこがいいのか、俺の嫁は馬野郎と腕を組んで二人で帰りやがった!!
憎い!!
これが妻を寝取られた夫の心境ってやつなのか!!
……見てろよ。
俺がお前よりも優れてるってことを、体育祭で思い知らせてやる。
嫉妬の炎を燃やし、俺は体育祭での活躍を誓った。
◆◆◆
「じゃあバイバイかーくん!!」
「おう、また明日な」
束と別れた俺は家の門をくぐり、玄関の戸を開く。
「ただいまー」
「あら。お帰り形無」
「ただいま母さん」
「今日も部屋で修行するの?」
「うん。集中したいから今日も誰も部屋に入れないように頼むよ」
「分かったわ」
そんな会話の後、俺は自室へと向かいその戸を開く。学生鞄を適当に放り投げ、学生服を脱いで部屋着に着替えて母さんの言う『修行』の準備を始める。
この修行だが、言ってしまえば超能力を制御できるようにするための訓練だ。
小学校の六年間、全くと言っていいほど使えなかった超能力。一時期はほんとに才能ないんじゃねえかと挫折しそうになったが、中学生に上がるのと同時期に一方通行(アクセラレータ)の『ベクトル操作』を行うための演算を脳が出来るようになったのだ。やはり脳の容量が足りなかったみたいだ。
いやさ。
自分であのオッサンにこの能力くれってお願いしといて言うのもなんだけど本当に『これなんてチート』状態だよ。
だってデフォで反射に設定しとけばほぼ殺されることはないんだぞ。この安心感は半端ない。一方通行が能力に依存しちまうのも無理ないな。
流石に常に能力を展開しておくのはまだ厳しいので必要時のみだが、いやはや使えるようになって良かったよほんと。
これまで諦めずにやってきたことが報われた。
このままでIS完成してしまったら万が一ISとの戦闘になった時俺の前には死の一択しかなかったろうし。
「さて、」
俺は脳に意識を向け、演算を開始する。
今日は何のベクトルを操作してみようか。
やっぱ男ってこういうのに憧れるよな。
マンガの主人公みたいだし。
そんなことを考えつつ、俺は意識を集中させていく。
『ベクトル操作』を完璧に使いこなせるようになる日も遠くはなさそうだ。
そして週末。
いよいよ、それぞれの欲望渦巻く体育祭開幕である。
次回。
新世紀カタナシゲリオン
瞬間、心重ねられず