皿は大人気、はっきりわかんだね。
皿式鞘無にとって、自分以外の男性操縦者など居なければいい。そう考えている。
この世界の主人公である織斑一夏だけは居ても問題ないが、他の二人など不必要である。更識楯無も織村一華も、鞘無の理想の世界には不要な存在だ。鞘無が望むこの世界のゴールは、自身が女性と幸せな家庭を築くこと。明確な相手など決まっていないが原作のキャラクターであれば誰であろうと構わなかった。取り分け容姿が整っているのはシャルロットやセシリア、更識姫無であるが彼女たちとはクラスが違う。唯一同じクラスになれた簪とも最近は必要最低限の会話しか交わさなくなっていた。
このままではまずい。彼の直感がそう告げている。これまでも幾つかの戦闘で実力を証明してきたつもりであったが、それだけでは彼女たちの評価を大きく上昇させることは出来ないようだ。ここらで一度大きな見せ場を作っておく必要がある。鞘無が織村の分かり易い挑発に乗ってみせたのはそのためだった。
思い返してみれば鞘無はまだ試合で勝利したことがない。簪に敗れ、一夏との試合は中断し、タッグマッチでは結果だけを見れば敗北している。
運がない、と鞘無は内心で自嘲気味に呟いた。幾ら実力があろうと明確な実績が無ければ評価されないのはこの世界でも元の世界でも全く同じ。試合内容を全く知らない人間がその結果だけを見ればどういう評価を下すのか、某掲示板に連日張り付いていた彼は良く理解していた。
だからこそ、この辺りで周囲の評価をひっくり返しておく必要がある。
(世界で二番目の男にしてアメリカの国家代表。上等だ、俺の実力を世間に知らしめるための礎となってもらうぜ……!)
IS学園初代生徒会メンバーにして現アメリカ代表。前回のモンド・グロッソでの活躍ぶりは、未だ多くの人間の記憶に新しいことだろう。そんな大物を倒すことで、己の知名度を上げる。鞘無はその光景を想像して大きく口元を歪めた。
数秒後、試合開始を告げるブザーがアリーナに響き渡る。
直後、鞘無は愚直なまでに一直線に敵目掛けて突っ込んでいった。
◆
(さてと、どう動くか)
試合開始直後、
そんなものが、織村に通用する訳がない。空中で静止したまま、ゆっくりと腕を持ち上げる。
「先ずは小手調べといこうか」
瞬間。
鞘無を包む空気が歪んだ。
「ッ!?」
「オイオイどうしたよ。そんなにスピードを殺したら突撃の意味がないぜ」
鞘無は何が起こったのか全く理解出来ていない様子だった。それもその筈で、織村は自身の能力を使用している。『
強度の反転。一は百に、百は一に。百の速さで突っ込んできた鞘無の速度は織村の作り出した空間でのみ反転する。謂わば擬似ベクトル操作。十年以上の年月を経て研鑽された第二位の能力は、既に第一位のレベルにまで届きうる代物へと昇華していた。
開始直後の速攻は、織村の眼前で勢いを無くしのろのろと進むだけに留まる。そんな無防備に等しい敵を前にして何もしない理由が無い。突き出していた掌を握って、鞘無へ告げる。
「手始めだ。精々絶対防御が発動しないように上手くいなせよ」
そんな織村の言葉に鞘無が何か言い返すよりも速く、織村が振り抜いた腕が鞘無の装甲を打ち抜いた。
碌に防御態勢も取れずに攻撃を受けた鞘無は身体をくの字に折り曲げて内壁へと叩きつけられる。その衝撃まで殺しきることが出来なかったのか、口からは荒い息が漏れた。そのままずるずると地面に倒れ込むかと思われたが、意外にも両の足で持ち堪えているのを見て、内心で織村は少しだけ彼のことを見直した。
(六割くらいの力とは言え、普通の国家代表クラスなら今ので終わりなんだけどな。耐久性だけは高そうだ。つっても、あれは操縦者の技量云々じゃなくて単純な機体性能の高さ故なんだろうが)
皿式鞘無の駆るサンライト・トゥオーノを開発製造したのはY・C。正式名称は『Yuzuriha Company』という日本の企業だ。この企業は社長がぶっ飛んでいることと機体性能の高さで有名で、アメリカにもファンが多勢いたことを覚えている。そんな企業が鋭意開発した最新型だ。一発でノックアウトになど出来るはずがないかと織村は思い直した。
かといって今の一発が全く効いていないわけでもない。傍目から見ても衝撃を殺しきれなかった鞘無はダメージを受けているし、シールドエネルギーもかなり削られただろう。戦闘自体は続けられるだろうが、鞘無の身体と機体のエネルギーが切れるのは時間の問題だ。
口内が切れたのか溜まった血を吐き捨てる鞘無は、余裕綽々の態度を崩すことなく内心で叫び散らしていた。
(はえぇぇええええッ!! 何だありゃ、ほんとにただの拳か!? 俺の眼で捉えきれないって余程の速度だぞ! 生徒会長のミストルティンの槍だって肉眼で見切れるレベルだってのに!!)
この時点で鞘無は勘違いをしていた。世界で二人目の男性IS操縦者、織村一華のレベルの高さ。これまでIS学園でしか戦闘を行ってこなかった鞘無は、世界レベルというものを体感したことがない。原作の知識で千冬が世界最強レベルだということは理解していたが、直接刃を交えたわけではないためにその正確な強さというものを知らなかったのだ。故に、これまで彼の中では生徒会長たる更識姫無が頂点として君臨していたのである。よって織村一華の強さは、それと同等だと思っていた。勝手に決め付けていた。学園最強、ロシアの国家代表である彼女と同レベルであるなら、自分にも勝機はあると。
ここでもう一つ鞘無の勘違いを正すとすれば、それは国家代表のレベルが国ごとに異なるという点である。当然ある一定の水準以上であることに違いはないが、IS開発に同時に心血を注ぎ始めたわけではないのだから、操縦者の育成に力を入れ始めた時期によってその国のレベルというのは違ってくる。過去二回のモンド・グロッソがその国家間の力量差というものを如実に表しており、現在世界のトップをひた走るのはV7と呼ばれる世界最高峰の操縦者を有する国家。日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリアの五カ国だ。残念ながら、ロシアはその枠組みに入っていない。
というかそもそも、国家の力量差を埋めるために姫無はロシア側から呼ばれたのだ。その点を理解していない鞘無がそうした難しい事情など知るはず無いが。
そんな訳で現在、今正に。鞘無は紛うことのない世界最強クラスと相対しているのだった。先程の一撃を受けたことで、ようやく鞘無も目の前の青年が生徒会長よりも数段強いことを理解し始める。
そして同時に思う。
(……こりゃ本気でかからないとやばいな)
あたかも以前の姫無戦は本気ではなかったと言いたげな発言ではあるが、今の言葉に他意はない。純粋に全力で挑まなければならないと思っての言葉だった。逆を言えば、これまでどこか本気で挑むということを認めていなかった鞘無にここまでの覚悟をさせた織村の実力が窺える。
ゆっくりと正面を見据えて、演算を開始する。
前回のように充電不足などという阿呆な真似はしない。昨日は快眠、これでもかという程の睡眠を取った。おかげで朝寝坊して朝食抜き、千冬からのありがたい拳骨を頂戴したが愛の鞭として甘んじて受け取っている。コンディションは良好。機体も替えのパーツが届いたことで肩も装甲で覆われ、予備パーツも準備してある。
これだけの中で全力で挑み、もしも負けてしまったのであれば。
(もうこりゃ機体が俺についてこれてないって認めないとな)
認める方向を盛大にはき違えていた。
一般的に考えれば新型の第三世代型を使いこなせていないという結論に達する筈が、鞘無の脳内では自身の高すぎるスペックに機体がついてこれないという結論に辿りついていた。
が、全力でかかることに違いはない。鞘無はゆっくりと右腕を持ち上げ、肩の装甲を引っペがした。
「認めるぜ先輩。アンタは強い。でもな、俺にだって負けられねぇ理由くらいあるッ!!」
トラックのタイヤ程の装甲を上へと投げて、落下点へ思い切り拳を叩き込む。瞬間的に周囲に紫電が走り、爆発的な光が広がる。その光は瞬く間に装甲を包み込み、次いで音速の三倍の速さで一直線に発射された。
皿式鞘無が得意とする超高火力攻撃。常人では反応できない速度で発射された弾丸はフレミングの法則に則って相手に叩き込まれる。
食らえばひとたまりもないそんな弾丸を前に、しかし織村は揺らがない。寧ろその背後にはゆらゆらと怒気が立ち上っているようにも見えた。鞘無の言葉を聞いていた織村は俯いてポツリと呟く。
「……負けられない理由だ?」
心の内から、どす黒い何かが溢れ出してくるようだった。それはついに決壊して織村の口から溢れ出す。
「俺にだってあるさ。……どっちかっつうと、負けたくない理由だけどなッ!!」
秒速1080メートルの弾丸を、織村は躊躇なく殴り飛ばす。
生身の人間にはまず不可能な芸当。当然ながら彼の能力を使えばこそ出来る荒業だ。未元物質を使用して超電磁砲の核となる装甲に異物を混入。触れただけで崩壊してしまうほどの脆い物質へと造り変えた。それは織村の拳に触れた瞬間跡形もなく粉微塵に崩れ去った。
だが。しかし。
鞘無の攻撃は、ここでは終わらない。
「分かってたよ。アンタが俺の超電磁砲を防いじまうことくらい」
超電磁砲を放った直後、鞘無はそのまま織村との距離を詰めるためにスラスター全開で突っ込んでいた。超電磁砲の散らす閃光が隠れ蓑となって、今鞘無は織村の間合いにまで詰めてきている。彼我の差は殆ど無いと言っていい。思わず鞘無の口角が吊り上がる。
――――
間髪入れずに腕を突き出し、織村の操縦する『蒼天使』の装甲に触れる。これで十億ボルトもの電撃をぶつけてやれば、間違いなく絶対防御が発動する。厳密には鞘無の放つことの出来る電撃は最大で六億ボルトだが、四捨五入すれば十億だと己に言い聞かせて納得させる。昂る衝動そのままに、鞘無は吠えた。
「っ喰らえ!!」
◆
「どう見る?」
「どう見るも何も、まだ織村さんの方は攻撃らしい攻撃はさっきの打撃だけじゃないか」
観覧席の一角。専用機持ちたちが集まるその席の中でラウラが一夏に問いかけた。その問いかけに意味を見いだせなかったらしい一夏はそう答えるが、どうやら代表候補生たちには目の前の戦闘が一夏の見ているものとは全く違って見えているらしい。
一夏が答えた後、口を開いたのはセシリアだった。
「……怪物ですね」
「全くもって同感だ」
冷や汗でも流しそうな程に顔を強ばらせて言うセシリアにラウラも首を縦に振って同意した。セシリアの意見に概ね賛成なのか、シャルロットや鈴、簪も特に別の意見を述べる様子はない。
意味が分からないままに、一夏はラウラに尋ねる。一体何が見えているのかと。
「一夏、お前は武道を嗜んでいるんだったな。お前から見てあの人の動きはどう見える」
「どうって……。重心がブレてないのは流石だけど、それだけじゃないか? 動きからして武道をしているわけじゃないみたいだし、ISの操縦が上手いのは認めるけど」
思ったままに言う一夏の意見を耳にして、ラウラは静かに腕を組んだ。眼前で繰り広げられている戦闘から目を離さないままに、一夏の意見に言葉を返す。
「そうだな。確かにあの人は武道の心得があるわけじゃない。相手があの男だから尚の事解りづらいかもしれんが、あの人の足元を見てみろ」
「……足元?」
そう言われて視線を地面へと向けたことで、一夏はようやくその違和感に気がついた。
おかしい。これは明らかにおかしい。通常ISでの戦闘を行えば必ず地面にはその爪痕が残るものだ。なのに、どうして。
織村一華の周囲に、
「どういう、ことだ?」
「見たままだ。あの人は試合開始から今に至るまであの場から動いていない」
ラウラの言ったことが事実だと示すように、アリーナの地面は彼の周囲だけ綺麗に均されたままだった。鞘無の周囲に足跡や攻撃の爪痕が残っているのに対して、余りにも異質に一夏は感じた。
ということは、織村はその場から動くことなく鞘無の攻撃を受け、逆に攻撃していたというのか。
「そんなこと、出来るもんなのか……?」
「言っただろう。相手があの男だから解りづらいかもしれんと。まぁ私と一夏の実力差程度では到底出来る芸当ではないがな」
全く、教官の世代は化物揃いだなとラウラはそう付け足した。うっすらとその額に浮かぶ汗は、その実力の高さを垣間見た故のものなのだろう。見ればセシリアや鈴、シャルロットも口を閉じて目の前の戦闘に釘付けになっていた。
そんな中にあってただ一人、更識簪は事も無げに頬杖をついて試合を観戦していた。他の代表候補生たちとは明らかに違う態度。それを訝って一夏は尋ねた。
「簪はこの試合どう思うんだ?」
「……どうって?」
質問の意味が理解出来ていないのか、聡明な彼女にしては珍しくこてんと首を傾げる。
「織村さんの戦いだよ。簪には、どう見えてるんだ?」
ラウラやセシリアが『怪物』と称した織村一華。その凄さを目に見える形で見せつけられた。他の代表候補生たちは皆一様に固唾を飲んで試合を見つめている中、簪だけが眠気眼を擦りながら、退屈そうに頬杖をついていたのは何故なのか。
その返答は、やけにあっさりとしたものだった。
「……どうって、見たまま。実力差がありすぎる試合程、つまらないものもない」
それに、と簪は言葉を付け加えて。
「あの人よりも強いお兄ちゃんが身近にいるんだから、今更あの程度で驚いたりしない」
そんな言葉を受けて、そりゃそうだとやけに納得している自分がいることに一夏は気がついた。ラウラたち他の代表候補生が更識楯無という男の実際の戦闘能力というのを知らない。以前の無人機を相手取ったときでさえ恐らくは五割程度の力だったであろう彼の全力。当然、身内である簪は知っているのだろう。だからこそ桁外れの力を見せられてもここまで平然としていられるのだ。そう一夏は結論付ける。
「……ただ、」
納得した一夏を再び混沌に叩き落とすような、そんな声が届く。
「あの人昔お兄ちゃんとすごく仲が悪かったのに、今はすごく仲が良い。…………それが気に入らない」
今のは聞かなかったことにしよう。実の兄が絡むと簪は冷静さを失うから。そう心に固く決めて、一夏は後ろの簪を視界に収めようとはしなかった。背後で蠢くどす黒い何かを感じながら、一夏は戦局が動いたのを感じる。鞘無が得意技である超電磁砲を放ったのだ。当然のように躱されると思ったが、織村はそれをどういう理屈なのか弾き飛ばした。もう理解の範疇を突き抜けている。しかしそれは鞘無も想定していたことだったらしい。超電磁砲の軌道とは別の方向から織村の背後へと回り込み、その蒼の装甲に手を叩きつけたのだ。
鞘無の表情は喜悦に満ちている。恐らく狙いが功を奏したのだろう。
そして――――。
◆
「あ」
何処か呆けた、間の抜けた声だとは自分でも自覚していた。皿式の放った超電磁砲を能力ありきの拳で弾き飛ばした織村。しかしどうやらそれすらも計算の内だったのか背後に回り込んだ皿式が蒼天使の装甲へと触れた。
それは、丁度スラスターの部分だった。
それがどういうことを意味するのか知らない皿式は、この管制塔からでもはっきりと分かるほど口元を歪めていた。あの部分だけを切り取って見ていれば完全に悪役のそれである。
「アイツ、織村の戦闘資料とか見たことないのか?」
俺とは違いアメリカの代表である織村の資料映像はそれこそMyTubeにも溢れかえるほどある。モンド・グロッソを観戦したことがあるのなら嫌でも目にするだろう。一度でも映像を見たことがある者が今の光景を目の当たりにすれば、きっと俺みたいに間の抜けた声を出してしまうに違いない。
織村の背中の部分にあるスラスター。そこはある意味、最も危険な場所だ。
隣で食後のコーヒーを啜りながら試合を観戦していた千冬も俺と同じ事を考えていたのかなんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。因みに未だ真耶とナタルは部屋から出てこない。一応起きてはいるので最悪この試合が終わってからもう一度様子を見に行ったほうがいいだろうか。束特製のアルコールを大量摂取した真耶は勿論、それに加えて時差の影響も受けているナタルもそれなりに心配ではある。
「決まったかな」
「そのようだな」
俺の呟きに千冬が同意する。正直な話、織村がアレを出すと相当厄介だ。小手先で突破できるような生半可なものではない。
学園時代は俺も苦労したなアレ、などと物思いにふけながら試合の行く末を見守る。
次の瞬間、アリーナを包み込むような莫大な光が瞬時に広がった。
◆
何が起きたのか全く理解出来なかった。
超電磁砲を弾かれた。そのこと自体に問題はない。元よりそのつもりで撃ったのだし、まだ予備はある。重要なのはそこから先、超電磁砲を打った直後に加速し、相手の背後に回り込む。ここまでは実に順調、思い描いていた通りの展開だ。後は装甲を通して電撃をぶち込めばあっさりと勝負は決まる。そう思っていた。
だが次の瞬間、鞘無の身体はアリーナの外壁に叩きつけられていた。
「……? ……っ?」
頭から疑問符が消えない。一体何が起きたのか数瞬前のことが綺麗さっぱり消えてしまっているかのようだった。そこから更に数秒を要して、ようやく鞘無はアリーナの中心に立つ織村の出で立ちが変化していることに気がついた。
白。白。白。
どこまでも混じり気の無い純白の翼がそこに顕在していた。出処は織村の背中。丁度鞘無が手を叩きつけて電撃をお見舞いしてやろうとしていた箇所だった。ここでようやく先程の衝撃が翼によるものだと理解する。あの一瞬で翼を出した織村が、片翼を使って鞘無を吹き飛ばしたのだ。
「……っつーかよぉ」
酷く平坦な声だった。
「俺はムカついてんだぜ。いくら取り繕ったところで過去は消せねぇ、そんなことは解ってんだ。でもよ、だからってよ。こんな
織村が何を言っているのか鞘無には半分も理解出来ていない。それでもその口調から大層ご立腹であるということくらいは察することが出来た。
しかしそれが何だと鞘無は己を鼓舞する。姿形が変わっただけで強くなるというのなら誰だって苦労はしない。結局最後にモノを言うのは個人の技量なのだ。
(俺は転生者。そこいらの人間とは根本的なスペックが違う。第三位の能力を使用できることだって大きなアドバンテージだ!)
立ち上がり、正面を見据える。視界の端に表示されているエネルギー残量は今の一撃で既に三分の一にまで減っていたが、それよりも先に相手のシールドエネルギーを削り取れば良い話。先程背後に回り込めたことで、妙な自信を芽生えさせていた。
そんな鞘無の心の内を知ってか知らずか、織村が口を開いた。
「なぁ、こんな言葉を知ってるか」
「…………?」
「『一位以外に意味はない。二位も最下位も同じ弱者』ってよ」
一体何を言ってるんだ、と言い返そうとして。
この時、この瞬間。
初めて鞘無は身の毛が総毛立つというのを体感した。
――――可笑しいよな。
「――――最下位よりも、三位よりも。二位の方が強いに決まってんだろうがッ!!」
ぞわり、と。危機察知能力の低い鞘無ですら感じる圧倒的な威圧感と恐怖。それら全てを薙ぎ払うように、織村の背中から伸びる翼の枚数が変化した。左右一対から左右二対、計四枚の翼がそれぞれ五メートル大にまで広がる。
「後輩のよしみだ。全力は勘弁しといてやる」
危険だと察知した鞘無がもう片方の肩の装甲を剥がし超電磁砲を放つよりも速く、純白の翼が縦横無尽に降り注ぐ。柔らかな羽は未元物質と強烈な烈風によって幾千もの刃となり、鞘無の機体を貫いた。
時間にしてたった数分。目も眩む光量がアリーナから消えたときには、ISが強制解除された鞘無がそこに蹲っていた。
◆
「準備は整った」
「我々にはもう後がない」
「それは君も同じだということを理解しているかね。ミス・ヘクマティアル」
「ええ、それはもう。私も死ぬのは嫌ですので」
円卓に並ぶ五人の男を前にして、スーツ姿の白髪の女は妖艶に嗤う。
「ご心配には及びません。両国ともに攻略済みです。まぁ、ゆっくりと詰んで行きましょう」
――――翌日。
IS学園を離れている更識楯無のもとへ、一通の連絡が送られる。
その内容を示すメールの頭には、こう記載されていた。
英、米両国の専用機が強奪。
任務レベルSS。
臨海学校のピークはここじゃないんです。寧ろここからなんです(震え声