「はあ……なんで………なんで俺がこんなことしなくちゃなんねえんだよ!」
「なんでって言われても……仕方ないだろう?他でもないーーーーの命令なんだから」
「いやいやいや、いくら命令とは言え、なんで俺が爺のお守りしなくちゃなんねえんだよ!?」
「……まあ良いではないか若いの。儂の足として存分に振るうがよい」
「爺は黙っとれ!……てかやろうと思えば普通に走れるだろうが!?」
「それを言うならお前の方がお守りするのに一番向いてるじゃないか?」
「うぐ……!」
「奴は狙撃手としては完璧だが……」
「移動時がなあ……」
「ぐっ……!分かった。分かったからその期待で満ちた目でこっちを見んじゃねえ!」
セイバーが謎の男の会談をこなしている頃、永時は着替えることもせずにある場所へと足を運んでいた。
「………」
「あれぇ?永くん、キャスターは〜?」
「……キャスターならさっきセイバーがやったよ。お前も使い魔飛ばして見てたんだろ?」
「あれぇ?バレてた〜?……じゃあ、本題は別なのかな〜?」
「ああ、そうだな……」
部屋に入って早々、ヅカヅカとベルフェのところへと歩み寄り、いつもの場所で横になっていた彼女の胸ぐらを掴んだ。
「どういうことだ?」
「な……、何のことかな〜?」
「分かってんだろ……『イーヴィル計画』のことだ」
「………」
その名を聞くや否、彼女から笑みが消えた。
「俺が知る『イーヴィル計画』で誕生したのは三人だけじゃなかったのか?」
「……私が確認したのは確かに“この間”までは三人だったよ?」
「“この間”?」
「……本当は三人だけじゃなくて、他にも何人かいたらしいんだよね」
ベルフェの一言にやっぱりかと思い、さっきまで募っていた怒りが胡散し、掴んだいた手の力を緩めて拘束を解く。そして逆に冷静になってしまった自分自身に嫌気を感じた。
「……で、今回現れたリヴァイアサンって……」
「レヴィとの娘だね」
「やっぱりか……」
嫉妬を司る悪魔レヴィアタン……永時が知っている魔王の一人で魔王たちの中でまだマシな方だが、性格に問題がある人物である。
というのは置いといて、問題は彼女のもう1つの姿……リヴァイアサンのことである。
旧約聖書において最高の生物と記されるヘビーモスに対し、リヴァイアサンは最強の生物と記され。内容通りその強靭な巨体と頑丈な鱗の前にはいかなる武器も通さず、一度殺りあった永時としては二度と戦いたくはなかったのだが、残念ながらそうは言ってられない状況になっていた。
そんな彼女との血を持ち、
「どうする………消す?」
「すぐにその発想になるのはやめろ」
「でも……」
「とにかくこれからどうするかだが……」
言葉を区切り、ヒョイっとその場から軽やかに横に移動するとさっき彼が立っていた場所が穴だらけと化した。そして上手くそれを避けた永時は原因であるベルフェを軽く睨みつけた……とは言っても正確には彼女の横で揺らめき、黒く光る空間から出ているガトリングを警戒しただけだが。
だがその睨みに怯むことはなく、寧ろゲーム機をいつの間にか取り出してピコピコと遊んでいた。
「……相変わらずいきなりだな」
「ん〜、その身体能力は相変わらずなんだね〜。良かったぁ」
「良かったって……こっちは殺されかけた身なんだが?」
「えっ……?だって永くん、死なないじゃない?」
「いや、そうだけどさ」
確かに不老不死の体になっているといっても、ガトリングを普通に受けて喜ぶようなマゾではない。ましてや、体は人外だが精神は普通の人間と変わらないため、肉体的に耐えれるかもしれないが精神的に死んでしまう。
「まあそれは置いといて……」
「おい」
「永くんに〜、私からの〜、プレゼントがありまーす!」
「ーーーという名の実験だろ?」
「えっ!?なんで分かったの!?」
「……それなりの付き合いだから嫌でも分かる」
「そう。ならこの後の展開は分かってるよね?」
「ああ、俺の予想が正しければーーー『ガコン!』……って、おい!?」
永時が何かを言う前にベルフェはボタンを押し、永時を強制的に下の階へと落とした。
「あれ?今なんか別のが落ちたような………気のせいかな〜?」
怠惰の司るベルフェゴール。普段怠け者な彼女は永時を一人の人として、一人の異性として、そして……“実験対象として”興味を持つ科学者である。
「……チッ、ベルフェの奴………後で覚えてろよ」
何とか着地し事なきを得た永時。普通の人ならばパニックになるところだが、生憎永時は元軍人。非常事態には慣れており、“こういう事”は過去に結構あったため意外と冷静でいられた。
「しかし、暗えな……」
永時としては状況確認をしたいところだが、完全な暗闇の中。そのせいでこの部屋の規模が理解できず、下手に動くことができなかったーーー
「訳はない」
現在戦闘服のため持っていた暗視ゴーグルを装着した。
はっきりとした視界が捉えたのは数十メートル四方の巨大な部屋。障害物が何もなく、真っ平らなその場所の隅っこらしきところに永時はいた。
しかし、あまりの広さにある疑問が生まれた。
「ちょっと広すぎだろ……」
そう、永時が知っている部屋でこんな規模の部屋に覚えがなく、こんな規模を作り上げるための余分な土地はなかったはずだったのだが……。
「……いや、あいつなら可能か」
彼女の能力を用いれば……と推測する。
考察はここまでにして今はとにかくここから脱出するため、永時は拳銃を取り出しゆっくりとした足取りで暗闇の中へと足を進めていった。
彼女の能力?実に怠惰な彼女らしい能力だと語っておこう。
「お母様、少しよろしいですか?」
「ん〜?どうしたのネルフェちゃん?」
「実は……お母様から頂いたあの子、ドリーちゃんが見当たらないのですが知りませんか?」
「……いや、知らないよ?」
「そうですか……」
「最後に見たのはどこ?」
「ええっと……さっきドリーちゃんを連れてアスモさんとこの辺りで遊んでいたら見失ったのですが……」
「ッ!?ま………まさか、ねぇ……?」
「………で、俺を呼び出した理由はなんなんだ?」
永時はそう言って後ろで佇む
「……目的は何だ?実戦データなら聖杯戦争前に取ったはずだが?」
正解なのか急に動き始め、横から近接用のガンブレードと頭部の部分からバルカン砲をこちらに向けてくる発砲するーーー前にバチバチと体から電気を帯電させて殴りつけた。
「……ふむ、昔よりは威力が上がっているな。しかし……反応速度がやや落ちたってところか?いや、この場合……勘が鈍ったってところか」
体から電気の音を鳴らし、手を開いたり閉じたりしながら自身の実力を再度確認する。
「ここ数年研究漬けの日々だったしな………丁度いいや。ここらで慣らしておくか」
「そう思わねえか?……ニル」
「……よく分かりましたね」
ただ広いだけの部屋に響く足音が一つ。そして目の前から自分とほぼ同じ姿をした愛弟子が拳銃をこちらに向けながら歩いてきた。
「俺の実戦データを取るんだ。機械では俺に対抗できない。なら機械以外にすればいいと考え、尚且つ俺と互角に殺り合える人物はと考えたら、な。それに、組手としてやればお前のレベルアップにもなる………と踏んだところか?」
「まあそんな感じです」
「ん、大体は理解した……」
彼女に向かって一歩踏み出し、彼女は距離を取るために一歩下がる。一歩踏み出し、一歩下がる。また一歩踏み出し、一歩下がる。
しばらくそれを繰り返し続けていたが永時が先に動いた。
「ッ!?」
大きく踏み出し、彼女の懐に入り込もうとする。それに対して彼女は持っていた拳銃を構えて発砲した。
だが永時は慌てずに弾道を予測し身体を右に捻って避け、そのまま彼女の懐に入り込み二発目を撃たれる前に左手で銃を抑えて銃身を外側へ逸らす。
そして空いていた右手で彼女の肩を全力で押し、床に叩きつけた。
「がはっ……!」
彼女の肺から酸素が強制的に吐き出される。だがすぐ様足を広げて下半身を上に上げ、そのまま捻って回転蹴りを繰り出すが永時は掴んでいた手を離して一歩下がることで簡単に避ける。しかし彼女はその隙を突いて立ち上がって銃を構えた。
「……近接格闘において、ハンドガンよりナイフの方が有利だと教えたのを忘れたのか?」
「ッ!?いつの間に……」
のだが肝心の銃は永時の手にあり、しかもたった今目の前で分解されたためこの組手では使えなくなってしまった。
「Mk.22 Mod.0って……懐かしいもの使うんだな」
「師匠の愛銃ですからね……てか、師匠がこの銃を勧めてきたのです、よっ!」
「残念ながら俺の愛銃は……蠍だぜ?」
すかさずナイフを抜き取り横に薙ぐように振るう。対する永時は床に落ちた石ころを拾うような仕草をし、ナイフは宙を切った。そしてそのままナイフを奪い取ろうと腕を伸ばすが意図に気づいた彼女はすぐ様手を引っ込めることで逃れ、後ろへバック転をして距離をとった。
「……流石は師匠。とても“鈍ってる”とは思いませんよ」
「いや、この時点でお前を組み伏せてないからダメだ……」
「全盛期には程遠いと?」
「ああ……このざまだとあいつらに瞬殺されるのが目に見えてるな」
「そ、そうですか……」
彼らを基準にしたらおかしいのでは……と内心ツッこむ。
前に師匠から聞いたところによると……
一人目は基本何でも出来てしまう万能チート。
二人目は最高速度がマッハを超える速度チート。
三人目は普通に恋い焦がれる異常な防御チート。
そして、四人目である永時……そんな化け物達と同じ道を渡り歩いたのだ。チートでなければ対等になることは出来ないだろう。
永時曰く実力として 三人目≒一人目>二人目>>>永時 らしい。
更に部隊長経験を生かして主に参謀役としてこの化け物達の指揮を取っていたようだ。
それを聞いた時は改めて師の凄さを感じとったのは言うまでもないだろう。
そんな人が今鈍ってる状態で最優のサーヴァントと互角。つまり鈍りが消えれば……と考えただけでゾッとした。
「A……aa………」
アインツベルン城のある一室で痛みに堪えるビギナーの呻き声が響いていた。
とは言っても先程ベルフェゴールにやられた傷は体質が体質なだけにすぐに塞がっているため特に問題はなかったのだが、問題は自身が元々持つものによる痛みであった。
ボロボロになってしまったダークスーツの隙間から見える脈のように見える赤黒い刺青。血脈のようなそれは心臓の鼓動と同時に蠢き、彼に激痛を与えていた。
「……」
久々に感じたこの痛みに思わず失笑してしまう。
異常を嫌い、避けてきた自分が自ら望んで手に入れた異常。
大切な友を守るために手に入れたというのに肝心の友はもう居らず、残ったのはこの呪いに近いもののみ。しかもマスターの魔力不足のせいで自身の抵抗力が下がっておりいつ暴走してもおかしくない状態になってしまっている。
その証拠として本来ないはずの狂化スキルが存在しており、現に何回が暴走しかけているのが現実である。
こんな状態で令呪で発動なんか命ぜられれば……
「…Haaaaaa………」
ありえそうな未来に思わず溜め息をついてしまう。
一度ああなってしまえば暴走するのは明白、そうなった場合自身を止めてくれる存在は恐らくかつての仲間ぐらいの実力が必要であろう。だが現時点においてそれに値するのは一人のみ……かと言ってここで自害しては目的が達成できなくなる。
……願わくば、最後までもってくれますように。
そう思いながら深い溜め息を吐いた。