東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

数か月も間が開いてしまいました……正直に言えばモチベーションが死んでました。
何かもう仕事とか何やかやで何もする気が起きませんでした……。



今回は短めだった前回の大体二倍くらいの長さになります。
妹紅はどうなるのか、あのルシオラの正体は?

それではまたあとがきで。


第九十話『それはとても我が儘で、利己的で、自己中心的で、残酷で、醜悪で、最低で、最悪な』

 

 頭を抱え、胸を掻き毟り、叫びとも呻きともつかない声を発しながらのたうち回る妹紅を、『ルシオラ』は冷めた目で見下ろしている。

 その目に宿るのは妹紅に対する侮蔑の感情なのか、それとも何の感慨も抱いていないからこそ冷たく見えてしまうのか。それすらも傍目には判別することが出来ない。

 ただ、()()()()()()があって、妹紅の前に姿を現したのは想像に難くない。

 では、その目的とは一体何だと言うのだろうか。一歩、『ルシオラ』はその足を妹紅の下へと踏み出した。

 

 

 

 

 

第九十話

『それはとても我が儘で、利己的で、自己中心的で、残酷で、醜悪で、最低で、最悪な』

 

 

 

 

 

 カツカツと『ルシオラ』が一つ歩く度に甲高い音が響く。胸を衝く罪悪感、自己嫌悪に苛まれている妹紅にその音は届いていないのか、反応を示すことなく苦しみ、もがく。

 だが、あまりにも明瞭に()()()が妹紅の鼓膜を確かに震わせた。

 

「────()()()()

「────!?」

 

 ()()が聞こえた瞬間、妹紅は思わずその身を起こした。

 目の前にはすらりと伸びる長い脚。視線を上げていけば、スレンダーながらも大人の女性であると分かる肢体が目に入る。

 それは、先程自分達を横島の下に案内した女性の姿である。

 

「……ルシ、オラ」

「……」

 

 息も絶え絶えに妹紅が名を呟いても、『ルシオラ』は何の反応も示さない。

 互いに互いを見つめ合うこの状況において、妹紅の脳内は混乱の極みにあった。

 横島はどこに行ったのか。先のルシオラと目の前の『ルシオラ』は同一人物なのか。他の者はどうなったのか。先程まで見ていた光景、感じ取った想い……。

 それら以外にもどうでもいいような思考も含め、全てが同時に頭を巡る。

 思考しているようで何も考えることが出来ていない状態。────故に、反射的に身体が動いたのは運が良かったと言えるだろう。

 

「……」

 

 『ルシオラ』が妹紅に手を翳す。────瞬間、眩い光が妹紅を襲った。

 

 妹紅は後ろに飛び退いてから驚愕を覚える。

 

「────、な、ぁ……!?」

 

 よろけながらもなんとか着地する妹紅に、幾筋もの光が殺到する。『ルシオラ』の魔力砲だ。

 

「……う、く……っ!?」

 

 混乱をしていても、妹紅は千年という時を戦って生き抜いた歴戦の猛者だ。考えるよりも先に身体が反応し、やがて身体の方に精神が追い付いてくる。避けられる物は全て避け、躱し切れない物は両の手で弾いた。

 

「つ……っ」

 

 ビリビリとした痛みが手に走る。見れば、皮膚が少し焼け爛れていた。が、すぐにそれを意識から外す。この程度の傷は蓬莱人の特性により、すぐに治るからだ。

 

「……」

 

 妹紅へと降り注ぐ光はその数を減らしていき、やがて消え去った。『ルシオラ』は妹紅へと向けていた手を下ろし、またも無言で妹紅を見つめ続ける。

 

「……ルシオラ」

 

 妹紅は『ルシオラ』の名を呟き、複雑そうに顔を歪めて視線を返す。反撃はしない。

 ルシオラにとって、自分は許し難い存在であろうから。

 

「……」

 

 しかし、このままでいるわけにもいかない。自分たちは横島を助けに来たのだ。たとえ相手がルシオラであったとしても────否、ルシオラであればこそ、横島を救う為に力を借りねばならぬ存在なのだ。

 

「ルシオラ! アンタは横島の中で生きていたんだろう!? だったら今の横島の状態も知っているはずだ!!」

「……」

 

 『ルシオラ』は応えない。

 

「……横島はとある事が切っ掛けで精神が崩壊しかけて、それを防ぐ為に記憶を失った! 私達はそれを何とかする為にここに来たんだ!」

「……」

 

 ほんの僅か。ほんの僅かだが、『ルシオラ』の意識と呼べるものが己へと向けられた事を妹紅は感じ取る。

 

「私達は横島を助けたいんだ! ……でも、肝心の横島の意識は目覚めてくれない……!」

 

 『ルシオラ』を説得するのは今しかないと、妹紅は言葉を重ねていく。

 

「だからお願いだ! 私を許せないのは百も承知だ! それでも……それでも、横島を助けるのに協力してほしいんだ!!」

 

 妹紅は膝を着き、痛む手を地面に付け、土下座にも近い形で頭を下げる。

 相変わらず『ルシオラ』からの動きはないが、それでも妹紅は頭を下げ続ける。

 そうしたまま何秒が経っただろうか。ついに()()は妹紅の耳に飛び込んできた。

 

「────ヨコシマを、助ける……?」

「……!!」

 

 ()()は『ルシオラ』の発した声だ。がばりと頭を上げた妹紅の目に映るのは、自分の姿を見つめる『ルシオラ』だ。『ルシオラ』の目はしっかりと妹紅を捉え、その瞳に何らかの感情の色が宿っているように見える。

 

「お前達が……ヨコシマを……」

「……! そうだ、だから、アンタに手を貸してほしいんだ。どうすれば横島を目覚めさせる事が出来るのか、アンタなら何か知って────」

 

 す、と。妹紅の言葉を遮るように『ルシオラ』が手を差し出してくる。

 

「……!」

 

 その手を見て思わず硬直してしまう妹紅。『ルシオラ』の顔を見ても、表情に一切の変わりはないが、それでも自分の説得を聞き入れてくれたのかと嬉しくなる。

 妹紅は差し出された『ルシオラ』の手を取ろうと同じく手を伸ばし────。

 

「────無理よ、お前達には」

「え────」

 

 『ルシオラ』の手から放たれた魔力砲よる爆発によって吹き飛ばされた。

 

「うああああああっ!!?」

 

 威力はそこまででもなかったが、それでも妹紅の身体は何度も地面を跳ね、勢いよく転がっていく。

 ようやく止まった時には全身に大小様々な擦過傷が出来、いたる所から血が滲んでいた。

 

「ぅ……っ、く────!?」

 

 何とか起き上がり、『ルシオラ』に目をやれば、『ルシオラ』はまるで機関砲のように魔力砲を連射してくる。

 

「そもそもお前達には迷いがありすぎる」

「……!?」

 

 あまり狙いは良くないのか、大半が見当違いの場所を通り過ぎる光の弾丸。それを躱していく妹紅の耳に、連続する発射音をすり抜けてきたが如く、『ルシオラ』の言葉が届いた。

 

「お前達は覚悟があると嘯くけれど、ヨコシマの記憶を見て何度迷ったの? 何度気を入れ直したのかしら?」

「……っ」

 

 攻撃の範囲が狭まってくる。先程まで大量にあった逃げ道はその多くが塞がれてしまった。

 

「それに」

 

 『ルシオラ』の掌より、今までとは比較にならない程に鋭い砲撃が放たれる。

 既に逃げ道は塞がれ、完全に直撃するであろうその一撃。妹紅は霊力を込めた拳で弾き返そうと両の手に力を込め────。

 

「────()っ!?」

 

 それは完全に予想外の痛みだった。電気の様に速く鋭く、そして全身を侵す毒の様にじくじくと広がる痛みだ。

 その痛みを感じた瞬間、身体はほんの一瞬だけ硬直する。それは人間の生理的な反応だ。────そして、それが命取りになる。

 

「ぅあ────っ!!?」

 

 右肩に突き刺さる魔力砲。その強烈な威力に逆らえず、踏ん張ることも出来ずに妹紅は吹き飛ばされた。

 先のように地面を跳ね、転がり、さらに傷を増やしてようやく止まる。

 

「……く……そ……っ」

 

 思わず悪態をついてしまう。何度も吹き飛ばされたせいか、視界がぐらついて定まらない。それでもこのまま伏していればいいように嬲られるだけだ。

 妹紅は痛む身体に鞭を打ち、左手を支えに身体を起こそうとしたのだが────。

 

「────ぇ……あ……?」

 

 べちゃ、と。力なく地に倒れ込んでしまう。まるで痺れたように身体が動かない。

 そうして倒れ伏す妹紅の下に、『ルシオラ』がゆっくりと近付いてくる。

 

「私は蛍の化身。光を操り、獲物に麻酔する」

「……っ! 麻酔……だと……!?」

 

 先程右肩を貫いた魔力砲。あれには『ルシオラ』の能力の一つである“麻酔”の力が込められていた。それ故に妹紅の身体は言うことを聞かなくなっている。だが、解せない。

 

「私は“蓬莱人”だぞ……!? 麻酔、なんて……効くはずが……!!」

 

 そう、妹紅は蓬莱人だ。あらゆる毒も薬も効果がない、不死身の存在。少しずつ、少しずつ薄れていく意識を奮い立たせ、麻酔に抗おうと全身に力を籠め────そこで、ようやく気が付いた。

 

「…………………え?」

 

 それはたまたま視界に入った左手の甲。『ルシオラ』の魔力砲を弾いた際に負った、痛々しい傷跡が目についた。

 普段ならば既に塞がりつつあるだろうその傷。だが、その傷は未だ塞がっておらず────それどころか、()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 頭が真っ白になる。どっと冷汗が噴き出る。心臓が早鐘を打つ。呼吸が早く、浅くなる。

 ────それは、何百年も前に忘れ去ったと思っていた感情だ。

 

「その手の傷は治らない。それどころか、お前を侵し、()()()()()

「……」

 

 妹紅の全身が震えだす。果たしてそれはいかなる感情によるものだろうか。

 

「それは私が再現した妹の能力。妖蜂が持つ()()()()()()()()()()()()()()()────!!」

 

 空っぽの頭に『ルシオラ』の言葉が染み込んでくる。

 脳裏に浮かぶのはいつかの夜、蛍の化身────ルシオラが自分の命を賭して己を助けてくれたのだと横島が話してくれた時のこと。

 

()()()()()()()を元に私の麻酔と混合させた毒よ────とは言え、本当なら()()()()()()()でお前が本当の死を迎えるはずがないんだけど」

「……え?」

 

 『ルシオラ』のその言葉には呆れとも侮蔑とも取れる響きが込められていた。

 

「運が悪かった……いえ、良かったのかしら。ヨコシマとパスを繋いだお前が肉体を置き去りに、魂だけでヨコシマの精神世界に入ってきた。だからこうなった」

 

 妹紅にはそれがどのように作用して今に至るのか、まるで分からない。ただ『ルシオラ』の言葉を待つしかない。そして『ルシオラ』は今までの沈黙が嘘のように、饒舌に語りだす。

 

「いくら不滅の蓬莱人と言っても、魂だけの状態ではその性能(スペック)を十全に発揮することは出来ない。当然肉体もまた同じ。(よう)(いん)、二つが揃って不死足りえる存在」

 

 だが、ここは横島の精神世界。ここに入る為には当然肉体を持ち込むことなど不可能だ。故に肉体から離れ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。────これが要因の一つ。

 次に『ルシオラ』の攻撃に妖毒が込められていたこと。ベスパの妖毒は霊基構造────つまり魂を破壊する性質を持つ。

 かつて横島はその毒を受け、霊基構造が連鎖崩壊していき、すんでの所でルシオラに大量の霊基構造を分けてもらうことで一命を取り留めた。

 『ルシオラ』が再現した妖毒はそれと比べるまでもなく弱い毒であったが、その毒の効果は魂を侵食し、崩壊させることである。つまり、今の妹紅にとっては絶対に受けてはならないまさに致命の一撃だったのだ。────これが要因の二つ目。

 そして、何よりも。

 

「お前は────()()()()()()()()()()()()()()()

「……!?」

 

 何よりもそれが────最大の、要因なのである。

 

「ヨコシマとお前の間にはパスが通っている。互いの感情や、大雑把な思考の方向性……“痛み”すらある程度伝わってくる」

「……」

 

 どんどん、どんどんと鼓動が、呼吸が早くなる。妹紅はその()()に行き着いた。

 ────なぜか、気が昂っている。正体不明の感覚とは裏腹に集中していく意識の中で、妹紅は『ルシオラ』から“答え”を聞かされる。

 

「お前の魂がヨコシマの精神(なか)で死んでも、お前の肉体はそれに気付かない。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の肉体は、(あるじ)亡きままそこに残り続けるだけになる」

 

 ────それは、本来ならば有り得ないことのはずだった。天文学的確率の、決して起こり得ないはずの()()()

 蓬莱人の中でただ一人、妹紅にのみ許された()()()()()()()

 

 ────その()()()が、妹紅の眼前に突き付けられた。

 

「そう。お前は今、この場でなら永遠の安らぎを手に入れることが出来る。……かつて失ったはずの、当たり前の死を取り戻すことが出来る」

「……っ!!」

 

 その言葉は妹紅の心に沁み込んでいく。それは甘い毒だ。

 

「蓬莱の薬を飲んで、千と数百年……。その間に何度死んだのかしら? 何度殺されたのかしら?

 ……その度に生き返り、死にそびれ、()()()()()()()()()()()()……。それを、今、この場でなら────終わらせることが出来る」

 

 ただ優しく。『ルシオラ』は優しく優しく囁きかける。霊基構造を侵食していく妖毒のように、『ルシオラ』の言葉は妹紅の心を蝕んでいく。

 

「────っ!?」

 

 ドン、と。強い衝撃に妹紅は吹き飛ばされる。『ルシオラ』の魔力砲だ。

 見えていたそれを、何とか避けられたはずのそれを、妹紅は躱すことが出来なかった。

 

「げほっ……! な、なん……っ、なん、で……」

 

 なぜ避けられなかったのか。妹紅は朦朧としつつある頭で考える。『ルシオラ』の攻撃を受けすぎた? 妖毒によって身体が完全に動かなくなった?

 ────否、だ。

 

()()()()()()()()()()────それが答えよ」

「────!! ……っ」

 

 咄嗟の反論も出来なかった。確かにそれはあの日以来、ずっと抱えていた望み……願いだ。

 あの日から三百年、自らの選択を悔やみ、死を望んだ。妖怪と戦う術を身に着け三百年、妖怪の不可思議な“能力”による死を願った。

 戦いの日々に飽き、人々と寄り添い、または離れて生きる三百年。訪れることの無い死を待った。

 そして、それからの三百年────。幻想郷に流れ着き、親友と呼べる者と出逢い、復讐の相手を見付け、殺し合い、それでも互いに絆を深めていき────その果てに、妹紅は自らの死について考えるのを止めた。()()()()()

 それからは楽になった。ただ目の前の、日々の出来事を楽しむことが出来た。

 今までにない、千年を超える人生で、ようやく思い出した(あじわった)幸せな生。

 

「……」

 

 それが、終わる。ようやく生を終えられる。

 目の前の『ルシオラ』が終わらせてくれる。

 

「お前の今までの人生はきっと辛いものだったのね。私は創られて(うまれて)すぐに死んでしまったから、長い生は羨ましくもある────まあ、これは体験していないからこそ言えるセリフだけど」

 

 そう。その生に何を想うのかはその本人にしか分からない。

 

「……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。妹紅は今終焉を迎えようとしている己の生をどう想うのか。

 

「……」

 

 思考が乱れる。思考が連続せず、千々に細切れていく。何を考えているのか、何を想っているのか、自分ですら把握出来ない。

 ただ一つだけ理解出来ることがあるとすれば、それは今から自分が死ぬということ。永遠の安らぎを取り戻すということだ。

 乱れに乱れた思考の中で()()が共通しているということは、やはり()()を無意識下で望んでいたということだろう。

 身体から力が抜けていく。既に目は閉じられている。もはや音もまともに聞こえない。

 

 

 

 ────妹紅は、死を受け入れた。

 

 

 

「────」

 

 『ルシオラ』が何かを言っているが、それももう認識することが出来ない。

 ────だというのに、()()()()は雷光のような閃きを以って妹紅の心に突き刺さった。

 

()()()()()()()の中で────死になさい」

 

 そして────。

 

 

 

 

 爆炎が、『ルシオラ』を飲み込んだ。

 

「────っ!!?」

 

 声にならない叫び。炎にまかれた『ルシオラ』は吹き飛ぶかのように後方へと跳躍し、その身を焼く炎を地に転がることで鎮火した。

 

「あ……っ、ぅ……!」

 

 喘ぐようにか細く、頼りない呼吸しか出来ないのが苦しくもどかしい。

 震える身体に鞭を打ち、睨むように妹紅へ視線をやると。

 

「……」

 

 妹紅は立ち上がっていた。その身からゆらゆらと炎を靡かせ、暗い罅割れた空を見上げていた。

 

「私は、本当に、大馬鹿だ」

 

 心の底から絞り出すように、妹紅はそう呟いた。

 確かにかつては死を望んでいた。だが、今ではそうではないはずだ。

 自分は何をしに()()まで来たのか。何の為に()()まで来たのか。────当然、自分が死ぬ為では断じてない。

 

「……だっていうのに、目の前の餌に動揺して、飛び付いて……」

 

 自らの心を、想いを欺き、誤魔化し、()()()()()と思い込んで。

 

「私は……」

 

 妹紅は俯き、両の掌を見詰め、ぎゅっと握り締める。

 

「私は────死にたくない」

 

 そう呟き────すぐに、頭を振った。

 

「……違う。“死にたくない”んじゃない。私は────私は、“()()()()()()()”んだ」

 

 その身に纏う炎が勢いを増していく。

 

「変わらないと思ってた。見飽きたと思ってた。でも、違ったんだ。色んな物が色付いて見えた。目に映るもの、みんな輝いて見えたんだ……!!」

 

 今までのことが嘘のように思考がクリアになっていく。心が晴れ渡っていく。

 身体に染み込んだ毒も、心を蝕んだ毒も、まるでその炎が浄化しているかのように消え去っていく。

 

「みんなが私を変えてくれたんだ。心の中では死を望んで、表面を取り繕ってただ流されるままに生きてきた私を、みんなが変えてくれたんだ……!」

 

 視線を上げ、『ルシオラ』を見やる。それなりに苦しそうに荒い息を吐いているが、それでも既に立ち上がっている。ただ俯いている為にその表情を見ることが出来ない。

 

「私はみんなと生きていきたい! 慧音と、輝夜と、永琳と……! フランと美鈴、小悪魔とてゐ! 鈴仙とレミリアもそうだ!!」

 

 炎は既に業火となり、妹紅を包み込む。

 

「パチュリーも、紫も、藍も、橙も……! それだけじゃない、私が出逢った、私を受け入れてくれた幻想郷のみんなと……!!」

 

 ────やがて、それは現れる。妹紅が生み出したその爆炎は形を変え、(せな)より噴き出し、安定化する。

 そう、その威容は────正しく、不死鳥である。

 

「そして何よりも────誰よりも!!」

 

 思い浮かぶのはあの時の言葉。彼に心を奪われた、始まりの言葉だ。

 

 ────些細なことでも笑って、喜んで。食事を抜いたり寝なかったりもしてたりしますけど、妹紅はそれも全部ひっくるめて今を楽しく生きてると思うんすよ。

 ────アシュタロスみたいに死にたいなんて思ってたら、あんなに生き生きと笑えないんじゃないっすかね?

 

「横島と一緒にこの永遠の命を生きていきたいんだ!!」

 

 妹紅は叫ぶ。嘘偽りのない、心からの想いを。

 『ルシオラ』はそれを聞き────当然のように感情を爆発させた。

 

「ヨコシマを永遠の呪いに閉じ込めたお前の言えることかああああぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 『ルシオラ』の身体から魔力が暴風の如く吹き荒れる。まるで嵐のように噴出する魔力は翼にも見え、妹紅と『ルシオラ』の姿はまるで鏡合わせのようである。

 二人は同時に飛び出し、真っ向からぶつかり合う。炎と魔力は鬩ぎ合い、打ち消し合い、喰らい合い、吞み込み合い────。

 

「お前はそれがどれだけ残酷なのか……! どれだけ苦しむのかを知っているのに……!! それをヨコシマに押し付けて……!! ただ自分の為だけに……!!」

 

 『ルシオラ』の言葉が妹紅の心に深く突き刺さる。その通りだ。反論なんて出来るはずもなく、どれだけ横島の命と心を踏み躙っているのかも理解しているつもりだ。

 しかし、それでも、言いたいことは一つだけ存在した。

 

「……仕方ないだろ」

「……!?」

 

 炎の出力が増していく。その強さ、その輝きはもはや今までの比ではなく。

 

「だって、私は────」

 

 

 

 それはとても我が儘で、利己的で、自己中心的で、残酷で、醜悪で、最低で、最悪な────。

 

 

 

「私はそれだけ────横島のことが好きなんだからああああぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 

 

 ────愛の、告白であった。

 

 

 感情の昂りと共に妹紅の霊力が爆発的に出力を増す。それを受けた『ルシオラ』は。

 

「────ふふっ」

「────え?」

 

 

 

()()を言えるようになったのなら……認めてあげる」

 

 すべての魔力を消し去り────業火の中へと吞み込まれていった。

 

「ル────」

 

 その身を焼かれ、吹き飛ぶ『ルシオラ』。しかし、その顔に浮かぶのは苦痛ではなく。

 

「ルシオラぁーーーーーー!!」

 

 儚くも優し気な、微笑みであった。

 

 

 

 

 

「ルシオラ……お前、何で」

 

 地に落ち、倒れ伏す『ルシオラ』に駆け寄り、上半身を抱えるように助け起こす。不思議なことに『ルシオラ』の身体は傷一つなく、綺麗なままだ。気が付けば妹紅も傷が完全に塞がっており、もはや妖毒の影響は感じられない。

 『ルシオラ』は閉じていた目を開け、妹紅の目をまっすぐに見詰める。

 

「……私が知っている強い(ひと)達は、みんな強烈なエゴを持っていたわ。溢れんばかりの魂の輝き。……あの人達の強さを支えるもの」

「お、おい……何の話を……?」

「ヨコシマは煩悩が強いわ。誰かを思い浮かべることで、自らを高める。でも、そこに自分は含まれない」

「……」

 

 『ルシオラ』は妹紅の静止を意図的に無視し、語り続ける。必要なことなのだと、伝えねばならないのだと、そんな意志を感じた妹紅は口を噤み、真剣に耳を傾ける。

 

「ヨコシマが強くなるのはいつだって誰かの為だった。いつかの事件で誰かを見返してやりたい、なんて理由で自分から修行することもあった。でもね、根底にあるのは誰かの役に立ちたいって、そんな思いからだったの」

 

 確かに、それは横島の記憶で見た覚えがある。文珠に覚醒した切っ掛けの事件だったはずだ。

 

「誰かの為に強くなる。それはとても立派なことよ。……でもね、それでヨコシマは傷付いてしまう。死地に向かってしまう」

 

 ……確かにそうだ。それにも覚えがある。

 

「う○こ食べれば助かるなら食べちゃうかもしれない、なんて言いながら、結局ヨコシマは自分から危機に立ち向かってしまう」

「お、おう」

 

 今の空気でそれを言ってほしくはなかったが、それ程までに臆病だと公言している男の言動の矛盾を表しているのだといえば、これほど的確なものもないだろう。多分。

 

「……そうして、ヨコシマは()()()()を助ける為にその身を投げ出した。結果、本当に死ぬところだった」

「……」

「……だから」

 

 ここで『ルシオラ』は妹紅の胸に手を添える。それは心臓の位置。“心”があるとされるところ。妹紅と横島が繋がっているところ。

 

「お前が……お前達が、ヨコシマを守ってあげて。私と違って、お前達ならそれが出来る」

「……それは。それは、アンタが……アンタだって……!! 今までずっとルシオラが横島を……!!」

 

 横島を守ってきただろう────それを口にすることは出来なかった。『ルシオラ』が妹紅の唇に指を添えたからだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……自らの心を守る為の、仮面(ペルソナ)の一つ。ヨコシマの自己防衛機能」

「……!!」

「私はヨコシマの為になることなら何だってする。()()()()()()()()使()()()()()……」

「そんな……そんな、それじゃあアンタは……」

 

 己の言葉に愕然とする妹紅を見て、『ルシオラ』はくすりと笑みをこぼす。

 

「お前のすること。お前達がしなければならないこと。それは簡単なこと」

 

 『ルシオラ』は自らの胸に触れる。それは先と同じ、心のありか。

 

「伝えてあげて。私にしたみたいに。お前の────お前達の、想いを」

「……」

 

 何を言うでもなく、妹紅は頷いた。何を言えばいいのかまるで分らない。ただ、『ルシオラ』を思えば思うほどに胸が痛くなる。この痛みは────。

 

「今のヨコシマは自分を今まで支えてきた土台が崩れそうになっている状態なの。何せ自分の中にいたルシオラが本物のルシオラではなく、自分が生み出した偽物の『ルシオラ』だったんだもの。当然と言えば当然だわ。だから、お前達には────」

「横島を支える。横島を形成する土台が崩れそうだっていうなら、それを支えてあげればいいんだろう?」

「……ええ、その通り」

「……大丈夫。分かってる。分かっていたんだ。分かっていたのに……!」

 

 それはいつかのお茶会で永琳に言われた言葉だ。あの時既に永琳は横島に……自分達に必要なものを示唆してくれていた。流石にこのようなことになるのは想定していなかっただろうが、きっと似たような未来を想定し、自分達にそれとなく教えてくれていたのだろう。

 今更悔やんでもどうしようもない。行動で示すしかない。だから、妹紅は改めて宣言する。

 

「横島のことは私達に任せてくれ。必ず助ける」

 

 想いを受け取った。やるべきことが分かった。ならばやろう。自分達にはそれが出来るのだから。

 

「……お願いね」

 

 『ルシオラ』が笑みを浮かべ、そう言った。瞬間、『ルシオラ』が、この空間が光を発しだす。徐々に光は強くなり、じきに目を開けていられなくなる。

 ……まるで、消えてしまう前の、最後の輝きのように。否、事実そうなのだ。

 

「行きなさい。ヨコシマはお前達を待っているわ────ヨコシマと、幸せにね」

 

 その言葉を最後に、光が爆発した。妹紅の意識が薄れていく。と同時に、目が覚めるかのような感覚もある。

 

 ────なあ、ルシオラ。やっぱりアンタは本物のルシオラだよ。

 

 言葉になっているかは分からない。既にこの空間は消えているのかもしれない。それでも、妹紅はそれを言わずにはいられなかった。

 

 ────横島の想いがアンタを生み出したんだろう? 今でもずっと、ずっとアンタを想ってる横島が。

 ────()()()()()()()? なら、アンタは本物のルシオラと何も違わないじゃないか……!!

 

 その言葉が『ルシオラ』に届いたのかは分からない。でも言わずにはいられない。同じ男を愛した女性に、ただそれだけは伝えたかったのだ。

 

 

 

 

 

 拳と槍、蹴りと十字架が幾度もぶつかり合う。小悪魔やてゐでは既に目で追うことさえも出来なくなった戦闘は今も続いている。

 現状は互角。必殺の武器を振るうレミリアであるが、やはり心理的なブレーキが掛かっているのか、その動きは防御や回避に寄っている。

 その一方で『横島』は遠慮というものが存在しない。振るわれる拳も蹴りも、その全てが容赦なくレミリアの急所を穿とうと繰り出されていた。

 

「くっそ……! 何がどうなってんだか分かりゃしない……!」

 

 レミリアに助太刀を制限されたてゐではあったが、本当にレミリアが窮地に追い込まれた時にはその言葉を無視して助けに入るつもりであった。それはてゐだけでなく、その場の全員がそうである。

 しかし、レミリアと『横島』の戦闘は既にてゐ達が介在出来る領域を遥かに超えてしまった。誰も割って入れない。唯一対応出来るのは美鈴であるのだが、彼女が受けた一撃は外よりも内に作用するものであり、そのダメージは外見よりもずっと重いものだ。

 だが、美鈴は二人の戦闘を目で追えている。いざという時にはその身を擲ってでも割り込むつもりであり、その為にも気力を溜めている。

 

「────わっ!?」

「も、妹紅さん!?」

 

 と、今まで沈黙を保っていた妹紅が急に立ち上がった。キョロキョロと辺りを見回し、レミリアと『横島』が戦っているのを確認すると少し驚いた顔を見せる。その行動はてゐ達からすれば意味が分からない行動だ。まるで今の今まで眠っていたかのようにも見える。

 

「い、いきなりどうしたのさ妹紅?」

「……」

「も、妹紅……?」

 

 てゐの言葉に答えず、妹紅は横島の恋人達の顔をじっと見つめる。次にまたレミリア達の方へと視線を動かし、うんと一つ頷いた。

 

「もこ────ぅわあっ!!?」

「ちょ────!?」

 

 そして妹紅は掌をレミリア達に向け────強力な炎を撃ち出した。

 

「────っ!?」

「────あっつ!?」

 

 炎はちょうど二人の間に撃ち込まれ、分断することに成功する。二人は互いに後方へと跳躍し、妹紅へと顔を向ける。

 

「あっぶないわね! いきなり何すんのよ!!」

「あー、悪い。でも私は足が遅いからめちゃくちゃ素早いお前を止めるにはこうするしかなくてさ」

 

 レミリアの文句に頭を掻いて謝罪する妹紅。今までの緊迫した空気が霧散していくような、どこか気楽な雰囲気を纏っている。

 当然いきなりのんきなことを言い出した妹紅に戸惑いの視線が集中する。だが、これから妹紅が起こす行動に、先程のような空気は似合わない。……適度な緊張は必要ではあるのだが、何となくこんな空気こそが相応しいのかもしれない。

 

「……で、何をする気? 私を止めたってことは打開策があるってことなんでしょ?」

「ああ、話が早いなレミリア。流石は私のお姉ちゃんだ」

「……まさかあの時の冗談を聞いてたの?」

 

 恥ずかしい独り言を聞かれていたと知り、レミリアの頬が赤くなる。ちなみにだが妹紅はそれを聞いていたわけではなく、横島と自分達恋人はやがて結婚する=フランと同じレミリアの妹になるという認識を持っているのだ。

 妹紅はレミリアの前に立ち、『横島』と対峙する。『横島』は襲ってこない。最初と同様、妹紅達の様子を観察している。動きがないのは好都合。妹紅は気合一閃、両頬をパチンと叩く。

 

「みんな、少しの間だけ、私のことを見ていてほしい」

「何をする気なの……?」

 

 フランが妹紅に問い掛けるが、妹紅はただ微笑むのみ。

 

 ────さあ、始めよう。これから行われるのは()鹿()()()()()

 それはとても我が儘で、利己的で、自己中心的で、残酷で、醜悪で、最低で、最悪な────。

 

 ────けれど。とても、とても大切な。

 

 ────愛の、告白だ。

 

 

 

 

 

第九十話

『それはとても我が儘で、利己的で、自己中心的で、残酷で、醜悪で、最低で、最悪な』

~了~

 




お疲れ様でした。

そんな訳で妹紅は何とか立ち直りました。……開き直ったとも言う。

補足になりますが『ルシオラ』の正体は本文中で示唆されていた通り、横島が『模』で読み取ったアシュタロスの知識+横島の仮面の一つです。
だから蓬莱人である妹紅の殺し方を知っていたわけですね。
その蓬莱人の殺し方の一つですが、煩悩漢においては『誰かに生き胆を食べさせて蓬莱人にし、パスが繋がるようにする+魂を肉体から離し、パスが繋がった相手の精神世界に入り込む+そこで霊基構造を破壊する妖毒を魂に直接ぶち込んでもらう』というそんなん絶対無理やんという設定になってます。
本文通り「妹紅ただ一人にのみ許された死」です。……いや、これで死ぬかな……死ぬかも……。

で、『ルシオラ』撃破について。これはね……もうね……自分でも「お前それでええんか?」っていうのがね……タイトルに表れてますね……。
しかしですよ、『ルシオラ』が言う強い(ひと)達ですが、これは美神親子なわけです。あの二人を見てたらね……もっとエゴ出していこうぜ! ってなると思うんですよ……。

さて、精神世界での戦いももうすぐ終わります。どんな決着になるのかお楽しみに。

それではまた次回。

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