今回もそこそこ長いです。本当は分割しようかなーと考えたのですが、ここに来て分割するのもなあ、とも思ったので長めになっちゃいました。
物語も遂に核心へと迫りますよ。
それではまたあとがきで。
目の前に突如として空いた、横島の深層意識へと通じる穴。
何故今までと毛色が違い過ぎるこの部屋にこれがあるのか、レミリア達には分からない。
しかし、目的の物が見つかったのならばやる事は一つ。皆は目を見合わせ頷き合うと、その穴に飛び込んでいく。
まるで水の中に入るかの様な感覚。六人は横島の意識の中へ沈んでいく。
六人が穴の中に入り終わると同時、その穴は消えた。
――――否。部屋そのものが消失した。まるでそこには初めから何も無かったかの様に、何の痕跡も残さずにその部屋は消えた。
深い深い水底の様に、一切の光も差し込まない世界。それは深淵の闇。
まるで深海の様に暗く、静かなその世界に六人はゆっくりと沈んでいく。
底の無い奈落の穴に落ちていくかの様な感覚。しかし、
「ここが……横島の深層意識、か」
何も無い。辺り一面真っ暗闇だ。
「……ふむ」
皆も何か無いか周囲を見回し、レミリアは何となしに上部に視線を向けてみた。そこに何かが見えた気がした。
それを形容するならば『つぎはぎの空』とでも言えばいいだろうか。
レミリアの見つめる先、心の外殻とも言えるそれ。まるで割れたガラスを接着剤で無理に修復したかの様な歪さを感じる。
――――いえ、そもそも……。
その『つぎはぎ』は本当に外殻だけのものなのか。もしかしたら目の前の闇、否、それどころか今まで見て来たものすべてに
ちらり、とレミリアは横を見る。その視線の先には妹紅がいる。
「それにしても……本当に何も見えませんね」
「うん。でも真っ暗なのに私達はお互いに見えてるんだよね。何か不思議」
「おお、言われてみれば確かに」
「私達の身体が光ってるわけでもありませんしね」
キョロキョロと頻りに辺りを見回す小悪魔にフランが疑問を呈した。その疑問にてゐがポンと手を打つと、小悪魔やフランの周りをくるくると回りだす。何かを検証している様だが二人には何がしたいのかよく分からず、頭に疑問符を浮かべるしかない。
一方美鈴も自分の手や身体を見たり触ったりと、色々と確認をしていく。こちらは大変分かりやすい。
「……ふーん?」
そういった四人の話を聞き、レミリアの頭に一つの閃きが走った。
その内容は『実はこの場所は暗いわけではないのではないか』というものだ。
この場所にも光が降り注いでおり、様々な物を照らし出しているのだが、この場に存在する色は眼前の黒というか闇というか、その一色だけしか無いのである。
そんな場所に
「……だからどうしたって話よね」
レミリアは短く息を吐いた。
「どうかしたの、お姉様?」
その小さな溜め息を耳ざとく聞きつけたのか、フランがレミリアに近付く。何となく先程の想像を知られる事が気恥ずかしく、レミリアは何でもない様に手を振った。
「ああ、いや。別に何でもな――――」
その瞬間、フランの背後に小さな灯りが現れた。
「フラン、後ろ」
「え?」
レミリアに指摘され、フランは後ろを振り返る。その灯火――――
それは女性の姿をしている。黒いショートボブの髪。儚げながらも整った美しい顔立ち。ただ、その女性は少々奇抜な格好をしていた。
何らかの機能を有しているだろう機械のバイザーを額に装着しており、身に纏うのは身体のラインが浮かぶぴっちりとしたボディスーツ。装飾なのか腰元には蛍の羽の様な形状のマントが付いている。
「お前は……」
レミリア達の前に現われたその女性は、まるで眠っているかの様に目を閉じている。
今まで見た事も会った事も話した事もないその女性を、しかし、レミリアは確かに知っていた。
以前さとりが紅魔館に訪れた際に聞いた、とある女性の話。横島を愛し、横島を守る為にその命を散らした女性。
「そうか、お前が――――
そう、その蛍火の女性の名は“ルシオラ”。かつて、横島の恋人だった女性である。
第八十八話
『抱える闇』
レミリアの言葉に応える様にルシオラは目を開ける。レミリア達を見つめるその瞳には、何も映していない様に思える程、静かな所作。
あまりにも静かなその雰囲気に、自我や自意識といったものが存在していないのではないかとすら思える。
「……」
皆は動かず、ルシオラの動きに注視する。自分達の前に現われたのならば、当然それには何らかの意味があるはずだ。
「……」
ふと、ルシオラは皆から視線を外し、背中を向けてどこかへと歩き始める。かと思えば数歩進んだだけで止まり、振り返って再び皆に視線を向ける。
ルシオラはそれを二回、三回と続けた。ここまで来ればその意図も理解出来る。
「ついて来い……って事でしょうね」
美鈴の言葉に皆は頷く。自分達をどこに連れて行こうとしているのか。良き未来に繋がるのか、それとも悪しき未来に繋がるか。
それを確かめる為にも、今は前に進む時である。皆はルシオラに続き、歩き始めた。
「……ねえ、お姉様」
「んー?」
ルシオラの後ろについて行くこと数分、フランがレミリアに声を掛けた。
「さっきは聞ける雰囲気じゃなかったから黙ってたけど……ルシオラっていうのはあの人の名前なんだよね? どんな人……っていうか、何でお姉様が知ってるの? あと何でここに居るの?」
「……あー、そういえばアンタらはアイツを知らないんだっけ?」
ポリポリと頭を掻きつつレミリアが皆に目を向ければ、全員が頷いた。尤も、美鈴やてゐといった聡い者達は大体の予想が付いている様ではあるが。
「んー、どう説明したらいいのか……。とりあえずアイツの名前は“ルシオラ”。
「え……っ!?」
ルシオラの背中を指差しながら、レミリアは答えた。フランと小悪魔はかなり驚いた様であるが、美鈴とてゐは「やはり」と頷いている。
「ほら、例のパーティーの後で横島から色々と話を聞いた事があったでしょう? あの時に話してくれた蛍の化身ってのがあのルシオラなの」
「そうだったんだ……」
目を真ん丸と見開き、フランはルシオラを見つめる。横島からあの話を聞いた時は思わず泣いてしまったものだが、その本人が目の前に居る、と言われても実感が余り湧いてこない。
「それで何でここに居るのかだけど……正直、私にもはっきりとした事は何も言えない。
思い当たるものはいくつかあるけど……どれもしっくり来ないというか何というか……」
腕を組み、レミリアは唸る。ちらりと空を見上げると、そこには変わらずつぎはぎが見える。
そのつぎはぎの接着面――――線に見えるその場所とルシオラを形作った蛍火の色は同じものに見えた。
さとりから横島とルシオラについて詳しく聞いているレミリアはいくつかの推測を立てる事は出来る。だが、どれも何となくしっくりと来ない。
安楽椅子探偵を自称する程度には洞察力、推理力に自信のあるレミリアであるが、流石に今の状況でまるで確信の無い推理を披露する気にはなれなかった。
何より横島の恋人達は直情的な者が多い。永遠亭に於いても裏で色々と暗躍している節のあるてゐですら横島が絡むとポンコツになるのだ。
ここで余計な事を言い、それが正しいと思い込まれてしまうのは非常にまずい。それに囚われて咄嗟に動く事が出来なくなっても困る。
皆には考える事を止めないでもらいたいのだ。
「……」
ちらりとレミリアは妹紅を見やる。
考える、という事については今この場で最も頭を働かせているのはレミリアと妹紅だろう。
妹紅は先程から一言も声を発していない。ただルシオラの背中をじっと見つめている。横島とのラインはまだ復活していないはずだが、それでも何かを感じ取っているのか。
「……ん?」
ルシオラが歩みを止める。当然皆も止まり、そして気付く。ルシオラの目の前の空間には、何か壁の様な物がある事に。
「見えない壁……? いえ、違いますね。壁というよりは何か膜の様な……?」
「結界みたいな物でしょうか……?」
美鈴は目を凝らしてそれの正体を探り、小悪魔はその知識から類似する物を挙げる。少なくとも二人はそれを『行く手を阻む物である』と認識した様だ。
「もしかしたらこの中に執事さんを元に戻す為の何かがあるのかも……!?」
「じゃあこれはそれを守る為の物って可能性もあるんだね」
一方でてゐとフランはこれを何かを隠す、あるいは守る為の物だと感じた様だ。
「……」
ルシオラが壁の様な物にそっと手を翳す。すると、まるで弁が開くかの様に通り穴が出来、それを悠々と通っていった。
「おお……!」
驚きの声が上がる。ルシオラは数歩程進むと足を止め、また皆を振り返る。来い、という意思表示だ。
皆は警戒しながらも通り穴を抜ける。始めに美鈴と小悪魔、次にてゐとフラン、そして最後に妹紅とレミリアだ。
穴を抜けた先も同じく闇の世界。レミリアの背後で穴が閉じる気配がした。――――瞬間。
「……っ!?」
この暗闇の世界が突如として色彩を放ったのだ。
――――それは記憶。
横島の記憶がまるで曼荼羅の様に、万華鏡の様に映し出されている。
その圧倒的な光景に皆は驚き、足を止めて見入ってしまう。見れば見るほど、そして知れば知るほど皆の胸にある想いがどんどんと湧き上がってくる。
「……みんな、分かってるわね?」
固く拳を握りながら、レミリアが問う。
「ああ――――必ず、横島を連れて帰ろう」
問いには妹紅が皆を代表して答えた。レミリアは妹紅、そしてフラン達を見やる。
皆の目から伝わってくる。どうやら思いは一つの様だ。
「それじゃあ行きましょうか。きっとこの先に」
「ああ。この先に――――横島が、居る」
理由は定かではない。だが、確かにそう感じた。この場所、恐らくは中心点。そこに
一行は横島の記憶を心に刻みながら歩を進める。そして、やがて辿り着いた場所にそれはあった。
どこかで見覚えがある場所。それは当然だろう。そこはこの深層意識へと通じる穴が出現した部屋で見た場所だ。
あの部屋の記憶で見た、何らかの施設と思しき場所。そこに背を預けて座り込む、
「横島……!」
「ただお兄様!」
「執事さん!」
横島の姿を見た瞬間、フランとてゐが飛び出し、ここまで案内をしてくれたルシオラを追い抜いて駆ける。その後ろに小悪魔と美鈴、そして妹紅とレミリアが続く。
六人が駆け寄っても横島は反応を示さない。そのあまりにも静かな様子は嫌な想像を掻き立てられるには充分だ。
「お、お兄様……?」
フランが恐る恐る横島の肩を揺する。横島はそれでも動かず――――否、揺すられたが故に壁に沿ってゆっくりとその身体を横たわらせていく。
「横島さん!!」
倒れゆく横島の身体を小悪魔が受け止め、自らの膝に横島の頭を置く。
背筋が凍る様な感覚に、皆は横島に殺到する。この精神世界がどの様にして成り立っているのかは分からないが、それでも主たる者がこの場に居り、もしその者が
「……横島、さん……?」
美鈴が震える手で横島の口許に触れる。もし息をしていなかったら――――。
「――――ZZZzzz……」
「……」
ちゃんと呼吸をしている。というか大きくはないがいびきをかいている。どうやら横島の精神は眠りに就いているだけの様だ。
「……よ、良かったぁ……」
フランの言葉を皮切りに皆が大きく息を吐く。とりあえずは一安心といったところか。
「とはいえ、厄介な情態なのは変わらないか。多分この横島を起こせばいいと思うんだけど……普通にやって起きる……の、かな?」
腕を組み、レミリアが疑問を呈した。
「どう……なんでしょうね? 今も少し騒がしくしてますけど起きる様子はありませんし」
小悪魔の膝上の横島の顔を覗き込むが、変わらず寝息を立て続けている。頬をムニムニと触っても効果はない。
「……殴れば起きるかしら?」
「それは最終手段でお願いします」
とりあえず、といった感じで暴力的な提案をするレミリアを、美鈴が宥める。
「もっといい方法があります。横島さんも大喜び間違いなし、かつ私達も大満足なロマンチックな方法が……!」
と、ここで小悪魔が自信満々に声を上げる。
その言葉、このシチュエーション。答えに行き着いた皆がハッと息を呑む。
「そう――――王子様ならぬ、『お姫様の目覚めのキス』、です!」
「おお……!!」
皆が感嘆の息を上げる。
「た、確かにその方法なら横島さんも起きてくれそうですね……!」
「定番中の定番……! ダメなパターンも多いけど執事さんなら……!」
小悪魔、そして美鈴とてゐの三人は成功を確信した。何せ横島は煩悩の塊の様な男だ。これで目覚めないならそれは最早横島ではない別の何かなのではないだろうか。そう思わせる程の男なのである。
「……では、誰がするかですけど」
「私っ!! ……と、言いたいところだけどねー」
小悪魔の言葉にてゐが真っ先に手を上げる……が、すぐにその手を下ろし、とある人物に視線を送る。
それはてゐ一人ではなく、その人物以外の全員だ。
「……私?」
皆に注目され、少したじろぎながら己を指差すのは妹紅だ。
「やっぱり本命はパスが繋がってる妹紅だからね」
代表して答えるてゐに皆が頷く。誰も異論は無い様だ。
「……」
皆からの視線を受け、妹紅は改めて横島を見やる。
小悪魔の膝の上の彼は相変わらず安らかな寝息を立てている。こうして近くにいても断絶しているパスに変化はない。
もし口付けを交わして何も変化が無かったら……そう考えると恐怖が鎌首をもたげ、身体の自由を奪ってくる。――――しかし。
「横島……」
そんな程度では妹紅は止まらなかった。妹紅は小悪魔の――――横島の膝を着き、身を乗り出す。
まだ少年らしいあどけなさを残す寝顔。その頬に触れる。
早く起きて、その目で自分を見てほしい。その声で名前を呼んでほしい。その手で触れてほしい。その腕で抱き締めてほしい。
頭に思い浮かぶのは自分の事ばかりでどうにも自己嫌悪が尽きない。しかしこうも思う。それはお互い様なのだ、と。
横島という男は
それを互いに嬉しく思える。だから
「……」
自分と、そして皆の想いも伝える様に、妹紅は覆い被さる様にして横島と唇を重ねる。
鼻先がくっついてしまいそうな、自分達らしい不器用な形で。
口付けを交わすこと数秒。まるで時間が止まったと錯覚してしまうほどに長く感じた数秒間が終わる。
妹紅が唇を離す。と、胸に何か温かな火が灯った様な感覚を得た。思わず力が抜けて座り込む。
「……妹紅?」
周りの声にも反応出来ない。今、妹紅の胸中には激しい歓喜が湧き上がっていた。
――――知らず、涙が零れる。
「……また、繋がった」
「それって……!」
「また、横島とパスが繋がった……!」
ぼろぼろと涙を流し、顔をくしゃくしゃに歪めながらも妹紅はそう言った。瞬間、恋人達から歓声が上がる。皆自分の事の様に喜び、妹紅に祝いの言葉を掛けていく。
「やりましたね妹紅さん!」
「良がっだでずねぇ……!」
「おめでとぉー!」
「うわぁっ!?」
美鈴は妹紅の手を取り、小悪魔は涙を流し、そしてフランは横から妹紅にダイブした。
地面(の様な何か)に座り込み、美鈴に手を取られていた妹紅にそれを避ける事は出来ず、フランの強烈なタックルを脇腹に受けて倒れてしまう。
ちなみに美鈴はさっさと退避している。
「痛ってて……何すんだよフラ――――」
たまらず文句を言う妹紅だが、それも途中で止まってしまう。
「……うぅ~」
自分に抱き着いているフランが震えているからだ。震えながらも自分に強くしがみつき、何か言葉とも嗚咽ともつかない声を発して胸に頭を擦り付けてくる。どうにも感情を処理し切れていないらしい。
妹紅はフランの頭を優しく撫で、落ち着きを取り戻すまで待つ事にする。
「……ふぅー」
妹紅達の様子を確認し、レミリアは長く深い息を吐く。
「まずは一安心といったところかな?」
「そうね。……
横島の元から離れ、隣に座り込むてゐからの問いに答えつつ、レミリアはてゐに訝しげな目を向ける。
「……で、アンタは何してんの? 何でこっちに来たのよ?」
「いやぁ。安心したら腰が抜けちゃってさ。今骨盤の仙骨の位置調整を頑張ってるところ」
「私、そっちの意味で腰を抜かした奴を見るのは初めてだわ」
もちろん冗談である。てゐは直情的で暴走しやすい横島の恋人達の中で『最も理性的な者』であると自認している。(笑いどころ)
皆が喜びに沸いている今こそ冷静であるべきなのだ。
「妹紅と執事さんのパスが復活したのは喜ばしいんだけど」
「ええ。――――
問題はそこだ。
レミリア達は横島の記憶を取り戻す為に精神世界の記憶の部屋を開放してきた。そうして今はこの深層意識にまで来る事に成功している。
その中で恐らくは主人格と思しき横島を見付け、妹紅とのパスも復活した。だが、まだ横島は目覚めない。
「……何かが足りないのかしら?」
だとすればそれは何か。レミリアは思考を巡らせる。と、そうしていると隣のてゐが徐に立ち上がり、真剣な表情でこう言った。
「きっとエッチな刺激が足りないんだよ」
「はぁ?」
レミリアの底冷えするような声も無視しててゐは続ける。
「だって執事さんだよ? このまま寝たふりを続ければもといっぱいエッチな事をしてもらえるかもとか考えてそうじゃんか」
「それは……まあ、うん」
レミリアは賃上げで横島が心肺停止状態に陥った時の事を思い出し、その妄言を咄嗟に否定する事が出来なかった。
あの時は
「そんなわけで今から私がめっちゃディープなちゅーをしてあげるからねー!」
「そこでディープキスどまりなのか」
微妙にヘタレつつ、てゐが小走りで横島に覆い被さろうと――――した、瞬間。
「っ!?」
てゐ目掛け、強力な霊気の塊が撃ち出された。
「美鈴!!」
鋭い声でレミリアが叫ぶ。その時既に美鈴はてゐを庇う為に立ち、構えを取っていた。
突き出していた左手に霊気塊が触れる。勢いをそのままに、威力をそのままに、ただ流れを変える。受け流された霊気塊はあらぬ方向へと飛んで行く。
左手を頭上に、右手を前に。それは先の構えと対照的なものだった。
霊気塊が遠くの地面に着弾し、同時に爆発。すると、横島の身体がびくんと跳ね、苦しげな声を漏らした。
「横島さん!?」
「そうか、ここは横島の精神世界! それに傷が付くという事は……!!」
今この場において、横島を害そうとする者は一人もいない。誰もが皆横島を想っている。
「……一体何のつもりだ?」
レミリアは先の攻撃の主を睨む。その者は答えない。表情を変えず、ただじっとレミリアと妹紅達横島の恋人達を見つめている。
「何のつもりかと聞いているんだ……」
じわり、とレミリアの身体から魔力が漏れ出す。レミリアだけではない。妹紅達からも力が放出されていく。
「さっさと答えろ――――ルシオラァッ!!!」
それに対し、即座に行動に移ったのは二人。レミリアと美鈴がルシオラと相対する様に前に出る。
ここに来てルシオラがようやく反応を示す。その身から霊力が滲みだしたのだ。――――瞬間、美鈴は活歩によってルシオラの懐に飛び込んでいた。
繰り出すは崩拳。外しようのないタイミング。絶対に当たると確信したその拳はしかし、躱された。否、防がれたのだ。
「――――っ」
突き出された右の拳を左手で外から内に逸らし、その勢いを利用して回転、美鈴の顔面目掛けて強烈な裏拳を放つ。
「な……っ!?」
何とか拳を引き戻してガードに成功したが、美鈴の心には強い動揺が走る。それを振り払うかの様に拳を、蹴りを放つが、その悉くが躱され、受けられ、逸らされた。
「美鈴、何をやって――――っ?」
今の美鈴の動きは明らかに精彩を欠いている。その様子に苛立ちを抑えられないレミリアは美鈴を叱責しようと声を上げるが、すぐに美鈴の様子が尋常でない事に気が付いた。
それは不安や絶望に近い色をしていた。
「めーりん……?」
「ちょ、ちょっとヤバくないかなこれ」
フランやてゐも美鈴の様子に気付いたらしく加勢に行こうとするが、レミリアが腕を広げ、それ以上前に出られずに抑えられた。
「お姉様……!?」
「レミリア、何を……!?」
二人から抗議の声が出るが、レミリアはそれを完全に無視する。あと少しで何かが分かりそうなのだ。
「……っ!」
ギシギシと奥歯が音を立てる。美鈴の心は目の前の現実を受け止める事が出来ず、否定の言葉ばかりに埋め尽くされていた。
そんなはずはない。こんな事はありえない。あってはならない。……大凡はそういった内容だ。
だがそれらも時が経つにつれてその数を減らし、遂には底を突いてしまう。
カチカチと音がする。それが自分の歯が鳴らしている音だと気付いた時には、もう遅かった。
「――――がっ!!?」
胸部から腹部に掛けて爆発が起きたかの様な衝撃。ルシオラによる
美鈴の身体は軽々と吹き飛ばされ、猛烈な勢いでレミリア達の元へと迫る。それを、レミリアは受け止めた。
相応の衝撃があるはずだが、それを感じさせない軽さで。
「……ハッ、……ハッ」
美鈴は信じられない……信じたくないといった表情でルシオラを見る。何度も何度も「何で」「どうして」と呟きながら。
――――そこに、ピシ、という音が鳴った。美鈴に意識を割いていたレミリアもその音の発生源――――ルシオラを見る。
美鈴が吹き飛ばされる直前、偶然にも拳が当たっていたのか、
ピシリ、ピシリと罅が広がり、やがて顔全体を覆いつくす。
そして、ガラスが割れる様な音が響き――――
「―――――え?」
それは誰が発した言葉なのだろうか。
その場の誰もが“それ”を理解出来ないでいた。眼前に存在していたはずのルシオラ。その姿が消えてしまった。
――――否。消えたのではない。
「え、そんな、うそ」
少しくたびれた白のワイシャツ。随分と履いてきたのか、少し色が落ちているジーンズ。袖や裾に少々のほつれが見て取れるジージャン。
「なん、なんで……なんで、なんで」
そして、額に巻かれた赤いバンダナ。
そこに居たのはルシオラという女性ではなく、妹紅達が愛する少年だった。
「なん……だと……!?」
レミリアから驚愕の声が漏れる。この場において、最も横島の心情に詳しいのはレミリアである。それは以前さとりから横島の過去とその当時の感情を聞いていたからだ。その彼女でさえ、こんな事は予想出来なかった。
ルシオラ――――横島が残心を解き、ゆっくりと姿勢を正す。その立ち姿は皆の記憶の中にある横島と完全に一致している。偽物ではない。こちらの横島も本物の横島なのだ。
「……」
誰も声を出す事が出来ない。呼吸も忘れている者もいるだろう。誰もが何も考えられない様な衝撃を受けている中、それでもレミリアの脳は今までに類を見ない程に高速で回転していた。
さとりから聞いた横島の過去、その当時の感情、今まで見てきた横島の記憶、深層意識で垣間見た更なる記憶、普段の横島の言動、時折見せた異質な表情と感情――――。
「……まさか」
掠れた様な声がレミリアの喉から漏れる。視線は目の前の横島から、ゆっくりと小悪魔の膝で眠る横島へと移っていく。
「まさか……まさか、お前は……」
横島を見つめるレミリアの表情は歪んでいる。信じられない様な、困惑している様な、憐れむような、いくつもの感情がごちゃ混ぜになる。レミリアは
その思考の流れを、感情の変遷を理解出来ぬままに理解した。
敵の美女美少女三姉妹に攫われてペットにされた。その後一度皆の元に帰る事が出来たが、スパイとして再度潜り込む事になった。いつ殺されるかも知れない恐怖を抑え込んでスパイ活動をするが、世界中の人達からは裏切り者として酷い罵詈雑言を浴びせられてしまう。でもまあそれはどうでもいい。
スパイ生活の中で俺の家族や友人達を人質に取られ、あやうく敵だった頃のルシオラ達ごと殺されそうになった。何とか助かったが、本当にあともう少しで死ぬところだった。でもまあそれはどうでもいい。
ルシオラを好きになった。その為にアシュタロスと戦うと決めた。そして皆の元に戻り、本気で戦う決意を表明した。結果、偽物と判断されて釜茹でにされそうになった。でもまあそれはどうでもいい。
南極でアシュタロスを倒して日常に戻った。俺の活躍も色々と報道された様だけど世間の目はそれほど変わりはしない。未だに俺の事を裏切り者と蔑む奴だって居る。でもまあそれはどうでもいい。
実はアシュタロスは生きていた。いや流石にふざけんな。
ルシオラを庇って死に掛けた。でもルシオラが逆に俺を助けてくれた。そのせいでルシオラが死んでしまった。
何で俺が選ばなくちゃなんねーんだ? ルシオラか世界かって、何で選ばなくちゃなんねーんだよ。ルシオラを取るならみんな死んで、世界を取ったらルシオラを殺す事になる。ふざけんなよ。やめてくれよ。
宇宙処理装置もぶっ壊れてアシュタロスも死んだ。と思ったら生きてて究極の魔体だとかいうのになって世界を滅ぼそうとしだした。いい加減にしろよ。ルシオラが守った世界なんだぞ? 本当に勘弁してくれ。
ルシオラ復活の目は残っていた。散らばった霊基構造をかき集めれば、時間は掛かるが復活する事が出来るらしい。でも復活に必要な量の霊基構造はまだ集まり切っていないようだ。頑張ってくれ。
とりあえずアシュタロスのヤローは何とかなった。でもルシオラの霊基構造は集まらなかった。本当にあと少しだって……俺の中には大量にあいつの霊基構造があるってのに、俺が人間だからそれを少しでも取り除いたら死んでしまうらしい。また俺のせいじゃねーか。
何でだよ。ラスボスをぶっ倒してヒロインも復活してハッピーエンドでいいじゃねーかよ。何でルシオラ達だけがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ。ルシオラもベスパもパピリオも失くしてばっかじゃねーか。ちょっとくらい見返りがあったっていいじゃんか。
隊長が過去の時代に帰る日が来た。最後の時間移動で帰ったと思ったら現在の隊長が入れ替わりで姿を現した。何か色々と丸くなってたっつーか、張り詰めたものが無くなったような感じだった。……いや、お腹が張り詰めてたし物理的に丸く大きくなってた。
どうやらお腹に赤ちゃんがいるらしい。まんまると大きなお腹だ。旦那さんと仲良くやってたんだろう。
俺はルシオラを喪った。俺が殺したんだ。そんな俺の前に幸せそうな隊長が居る。恋人を喪った俺の前に、愛する人との愛の結晶をお腹に宿した隊長が居る。
美神さんがその隊長を見て、俺に可能性を見出してくれたんだ。俺の子供ならルシオラは転生する事が出来るかもしれないそうだ。最初聞いた時は戸惑ったけど、形は違えど俺はルシオラを幸せにする事が出来るかもしれない。またベスパとパピリオを、ルシオラに会わせてやる事が出来るかもしれない。
隊長は俺にそれを教えてくれたんだ。流石隊長だ。やっぱり亀の甲より年の……いえ何でもありません。
俺はルシオラを幸せに出来る。それが分かったんだ。悲しんでいる暇なんてない。悲しんだってルシオラは喜んでくれないだろう。だから俺がするべきはなるべく早く子供を作る事。そう、これはルシオラの為なのだ。そんな訳で美神さん、俺と一発!!
ぶん殴られた。当たり前だよな。
時折俺の中のルシオラと会話することが出来た。会話って言ってもほんの一言二言くらいのもんだけど。一時期全然あいつの声が聞こえなくなったから焦ったけど、また会話が出来るようになった。
今まで見たいに頭に響いてくるような感じじゃなくて、例えば夢を見てる時とか、俺の意識がちょっと薄らいだ? 時に色々と話が出来る。多分心の奥の方で存在が安定化されたんだろう。一心同体って言うのはこういうのを言うのか?
――――ん? 何か違和感があるな。まあ気のせいか。気のせいだな。だってルシオラはここにいるって言ってくれたし。
小さな指が額に触れる。
何か蓬莱人ってのになった。永琳先生や輝夜様、そして妹紅と同じ不老不死の存在だ。魂が存在の主で肉体が従になるらしい。全然分からん。先生から色々と話を聞いたが、一番衝撃を受けたのはやっぱりアレだな。
……蓬莱人は子供を作れないそうだ。
いやいや待て待ていくら何でもそれはないだろう。またか? また俺はあいつらからルシオラを奪うってのか? 勘弁してくれよ、何でなんだよ。あいつらから父親を奪って、姉を奪って、今度は転生の可能性まで奪うってのか? 俺は何なんだ? 俺が居なけりゃあいつらも幸せだったんじゃないのか?
――――お前は喜んでくれるのか? 俺とずっと一緒なのが嬉しい? ……そうか。俺も嬉しい。俺だってお前とずっと一緒に永遠を生きられるのは嬉しい。あ、でも妹紅は分かってくれるかな? 俺とお前の関係について詳しく話してねーし……出来る事なら飲み込んでほしいけど。
小さな唇が意味ある言葉を紡ぎ、その
ルシオラにはいつも助けてもらってるなぁ。俺のせいで死んじまったのに、俺の中に居てくれて、俺を愛してくれて。いつも励ましてくれてありがとうな。お前が居てくれるから今の俺があるんだ。俺の傍にお前が居てくれると安心するよ。
しかし妹紅達にはどう説明しようか。そのまま普通に話せばいいんだろうか。受け入れてくれるかな? ……そうだな、受け入れてくれるよな。妹紅も、フランちゃんも、美鈴も、小悪魔も、てゐちゃんも。みんなお前を受け入れてくれるよな。
ああ、そうだ。俺とお前はずっと一緒だ。この永遠をずっと一緒に生きていくんだ。
この永遠の生を。
死 が ふ た り を 分 か つ ま で ――――――――。
「本能『イドの解放』――――」
「……あ。――――ああ、ぁ?」
違う。違う違う違う。こんな事があるはずがない。こんなの嘘に決まってる。そうとしか考えられない。だってそうだ。ルシオラはいつも俺の傍に居てくれる。いつだって俺の傍に居てくれたんだ。だからこれは間違ってる。正しくなんかない。ありえない。信じられない。信じたくない。本当じゃない。真実じゃない。嘘だ。これは嘘だ。違うんだ。現実じゃない。違う。嘘だ。違う。嘘だ。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う違う違う違う違う――――。
「――――ヨコシマ」
声が聞こえた。俺が好きな、ルシオラの声だ。本当なら、もう聞く事の出来ない声。
振り向くな。/何でだよ。
振り向けば壊れてしまう。/何がだよ。
振り向いたら。/俺には縋るものが必要なんだ。
/俺がルシオラの声を無視するなんて出来るはずがない。
「――――
だから、振り向いた。
「――――――――――――ぁ」
振り向いたその先。ルシオラが居るはずのそこに。ルシオラは居なかった。
その代わりに――――
「……」
“俺”は何も語ることなく俺をじっと見つめている。ああそうか。そういうことか、と。俺は理解した。
まるで深海の様な意識の底に佇むルシオラ。俺と永遠を共に生きるルシオラ。
――――そのルシオラは決して
――――そのルシオラは横島を罵倒せず。/称賛する。
――――そのルシオラは横島を疑わず。/信じ込む。
――――そのルシオラは横島を叱咤せず。/激励する。
――――そのルシオラは横島を愛している。/愛している。
――――そのルシオラは横島を愛している。/愛している。
――――そのルシオラは横島を愛している。/愛している。
――――そのルシオラは横島を愛している。/愛している。
――――そのルシオラは横島を愛している。/愛している。
――――そのルシオラは
そう。そのルシオラは――――横島忠夫だったのだ。
それを理解した瞬間、横島の心は悲鳴を上げた。彼が今まで信じて来たもの、生きる支えにしてきたもの、それらが根底から覆された。
そもそもの話、
「横島……お前が、抱えていた
横島は一連の事件で自分が受けた被害などどうでもよかった。ルシオラが居てくれればそれでよかったのだ。
ただ、横島が絶対に許せなかったのは自らのルシオラへの仕打ちだったのだ。
横島忠夫は愛するルシオラを殺し、転生の未来を奪っただけでなく。自らの中に完全なる味方として都合のいい偽物を生み出し――――
――――これが、横島忠夫が抱えている闇である。
第八十八話
「抱える闇」
~了~
お疲れ様でした。
そんな訳で横島君が要所要所で会話していたルシオラは全て横島君の(ある意味)一人芝居です。
言わばイマジナリーフレンドみたいな存在ですね。
こいしが切っ掛けだったのにはこういう理由もありました。
煩悩漢の横島君はヤンデレです。妹紅達の事を愛していますが、ルシオラの事も未だに愛し続けています。
こういう事に順位は付けたくありませんが、一番の愛を注いでいると言っても良いでしょう。それはルシオラが死んでしまっているのも関係しています。
では、そんな彼の愛するルシオラが既に消滅しており、彼の傍に在り続けた彼女は自分が生み出した偽者であると自覚してしまったらどうなるか?
それが現状に繋がっています。
どうすんだこれ。(無責任)
ちなみにですがイマジナリールシオラ(横島)が放った霊力塊はサイキック・ソーサーです。
地底編もそろそろ佳境を迎え……る、のかな?
どうかハッピーエンドを迎えてくれ……!()
それではまた次回。