東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。
仕事に忙殺されて趣味も何も出来ませんでした……
でも何とか楽になりそうな兆しが見えてきたので何とかなるんじゃないかなきっと。


そんな状態でしたが今回もけっこう長めです。

愛する者を救う為、ラブホテルの中に入らんとする少女達……!
……なんか酷い字面だなぁ。誰だよこんな設定にしたのは。

それではまたあとがきで。


第八十六話

 

 目の前の建造物を見て、ヒャクメ――分霊体――は改めて苦笑を浮かべる。

 これを目にしたのは二度目であり、もう二度と目にする事は無いと思っていた横島の精神構造のイメージだ。

 心の形というものは千差万別。人によって構築されるイメージ像は様々だ。

 例えば城塞。例えば迷宮。例えば職場。例えば自宅。

 その中でも横島のイメージ像は最後の自宅に近い。というのも――――。

 

「うーん、お城にしてはちっちゃいね」

「お城そのものというより、出城みたいなものでしょうか?」

「あ、それっぽいかも」

 

 デザインだけを見れば自分達と程近い文化様式なので、それが二人の心の琴線に触れたのだろう。フランと小悪魔は少し嬉しそうにその城について語り合っていた。

 尤も、実情を知るヒャクメからすればやはり苦笑を浮かべるしかないのだが。

 何せ実際のデザイン元はお城型ラブホテルだ。見る者が見れば「どんな精神構造をしているんだ」とツッコミを入れる事だろう。

 

「……なるほど。これほど横島の精神構造に相応しい建物も無いだろう」

「レミリアさん?」

 

 独り言であろうレミリアの声は皆にも聞こえ、「まさか知っているのか?」と驚愕したヒャクメだけでなくその場の全員の注目を集めた。

 

「どういうことです、お嬢様?」

「ん? あー、いや……」

 

 美鈴に理由を問われ、一瞬話すかどうか迷ったレミリアであるが、皆も気になっている様であるし、まあいいかと説明する事にする。

 

「普段の横島を見てれば分かるけど、アイツは臆病で小心者でしょ?

 だからこんな風に小さくて簡単に逃げ出せそうな外観をしてる」

「あー」

 

 レミリアの言葉に皆はなるほどと頷いた。皆に嫌悪感は無く、横島のそういった部分も普通に受け入れられている事にヒャクメは嬉しくもあり、何だか少し情けなくもあり。

 

「それにほら、そんな風な性格してるくせに変に頑固で、誰かの為に自分が傷付いていく」

 

 レミリアは(ホテル)の壁を見やる。

 

「ぱっと見では分からないけど、随分と細かな傷が多いみたいね。これはアイツが今まで心に負った傷を表してるんでしょう。

 でもこれは心の表面。多分それほど深刻なものじゃなくて、普段の生活でのちょっとしたストレスとか不満だと思う」

 

 言われてみれば、確かに壁には細かな傷が多い。だがどれも小さく浅く、(ホテル)の中には何の影響も感じさせない。

 

「次にこのケバケバしい色合いと派手な照明だけど……」

 

 蛍光色――特にピンク――が多く使われた目が痛くなってくる様な装飾の数々と、それらを照らすいくつものスポットライト。

 小心者である横島にはあまり似合わない様に思える。

 

「横島は承認欲求の塊でしょ? 特に女からの。

 これは少しでも自分を良い風に見てほしいっていう欲求が形になったんでしょうね。

 ……まあ、これでそういう風に見てもらえるかは置いておいて」

 

 改めて装飾を見る。一つ一つは確かに可愛らしく、色合いも鮮やかで女性受けしそうではあるが、それらが一つに密集することで可愛らしさは毒々しさに変わり、どうしても一般受けしそうにない。

 

「それから……ほら、門柱のとこのこれ」

 

 レミリアは休憩・宿泊に金銭が必要である事を示す看板を指差す。

 

「ここの料金の部分だけど、○○円ってなってて具体的な値段は書いてないでしょ?

 これはアイツの懐の深さを示していると私は思う」

「……何で?」

 

 妹紅は首を傾げた。料金を取るのなら逆ではないのかと言いたいのだろう。

 ヒャクメが視線をやれば、他の皆も分からないという表情をしている。

 本当なら理解出来ている事が理解出来ていないようだ。

 

「ま、こんな風に料金表があるせいでしょうけど……。

 アイツは自分の内側に誰かを招くのに対価を要求しない。

 そりゃ何でもかんでも信用する訳じゃないだろうし、拒絶する事もあるだろうけど……それでも、アイツは受け入れる。

 例え敵対していた相手でも、そこに何かの理由があれば、その手を取るでしょうね」

「……」

 

 そう言って笑うレミリアの顔には、どこか苦い物が含まれている様に見えた。

 妹紅、美鈴、てゐにはその理由が理解出来る。

 横島の性質上、一度受け入れた者は絶対に見捨てないだろう。

 例え自分に不利益、不都合であったとしても、その手を離す事は絶対にない。

 そう、例えそれが世界を滅ぼさんとする魔神の娘達であったとしても――――。

 

「つまりこの看板は横島の懐の深さ、優しさの象徴にして……“甘さ”の象徴でもある」

「む……」

 

 レミリアの言葉に恋人達が眉を顰める。それを見て一つ溜め息を吐くと、レミリアは言いにくそうに口を開いた。

 

「あんまり言いたくないんだけどね……自分達が横島にした事、見せた物を思い出してみなさいよ」

 

 その言葉に恋人達五人は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。

 

「だだ甘でしょ?」

「……」

 

 誰も言葉を返す事は出来なかった。

 横島の恋人達五人はそれぞれが横島に対して強い罪悪感を持っている。

 横島を蓬莱人にした事。

 横島が幻想郷に墜落する原因の一つである事。

 己の心の弱さによって、横島の心を傷付けた事。

 永遠の命を得た横島に対し、喜びを見出した事。

 狂喜に囚われて横島と決闘し、愛の告白と共に顔面に拳をぶち込んだ事。

 ……一人だけベクトルがおかしな方向に向いているがそれはともかく。

 そういった事があってもなお自分達を受け入れ、愛してくれる事に五人は改めて気付かされた。

 横島自身は最早気にしていないのだが、本人達がどう思うかはまた別問題だ。

 ヒャクメは這い蹲る五人に苦笑を浮かべる。分霊である彼女は心眼の能力に著しい制限が掛けられている。

 だが、目の前の五人の心は能力を使うまでもなく手に取るように分かる。

 そう、今この場でヒャクメが心を読み切れないのは一人だけ。誰あろうレミリアだ。

 さしものヒャクメも永琳の心を読むのは容易ではなく、常に全力に近い能力行使を以って何とか読み切ったのだ。

 世界の違いによる『格』の向上が無ければ読み切れなかったであろう、異常なまでの思考数であった。

 おかげでその他の者の心を読むのにも時間が掛かってしまう。その場に紫が居た事も要因の一つだ。

 故にレミリアの心の全てを読み切った訳ではなかった。自分に対して妙に当たりが強かったのでついつい後回しにしたのが悪かったのか。

 とにかく、この場の誰よりも――ヒャクメ本体よりも――横島の事を理解しているレミリアの心に、今更ながら興味が湧いてきたのだ。

 

 ――――うーん、精神構造のイメージを見て、一瞬であそこまで横島さんの心を把握しちゃうとは……。

 

 ヒャクメの見解もまたレミリアと同様であった。

 ヒャクメはその能力で以ってあらかじめ横島の心を見ていたから納得は出来た。

 しかしレミリアは一度見ただけで的確に横島の心を把握した。

 はたしてレミリアは横島に対し、どのような感情を懐いているのか。

 

 ――――八雲藍さんや橙ちゃんみたいに分かりやすい……というより、理路整然とした思考なら分霊の私でも何とか読めそうなんだけど……。

 

 式神という性質上、藍と橙の思考はコンピューターのそれに近い。一見複雑そうに思えるが、見る者が見れば非常に読みやすい部類と言える。

 

「おいヒャクメ」

「ひ、ひゃいっ! な、何なのねー、レミリアさん?」

 

 レミリアの心を読もうと集中していた時に声を掛けられた為、ヒャクメの声は思わず上ずってしまう。

 それを不審な目で見やるレミリアだが、「まあいいか」と気にしない事にし、背後の(ホテル)を指差す。

 

「で、どうやって中に入るんだ? 門も扉も開けられないみたいだが」

「あ、あー……」

 

 レミリアの言葉に(ホテル)を見やれば、てゐと小悪魔が門を開けようと押したり引いたり四苦八苦している。

 他の四人では力が強すぎる為に二人が担当したのであろうが、ここはそもそも心の中。

 力で門を開けようとする事自体が間違いなのだ。

 

「うーん、そうね。この中の誰かが声に霊波を乗せて開けてって言ったらすぐに開くと思うのねー」

「……本当か?」

 

 レミリアを始め、全員が今の言葉を疑っている。その懐疑的な視線にヒャクメは泣きたくなってくるが、疑う気持ちも理解出来る為、文句は言わない。

 

「さっきレミリアさんが言っていたように、みんなの事は横島さんの魂に刻み込まれているのね。だから声を掛けるだけで大丈夫」

「そ、そっか……」

 

 横島の恋人達が照れる。先のレミリアもそうであるが、改めてヒャクメに同じ事を言われて実感が湧いて来たらしい。

 ヒャクメは「照れる暇があるならさっさと声を掛けなさい」とフラン達を呆れた目で眺めているレミリアに視線を向け、口を開く。

 

「……レミリアさんでも開くと思うけど」

「え、私でも?」

 

 きょとんとした顔で驚くレミリアにヒャクメは頷く。

 

「だって横島さんからレミリアさんにかなり強い信仰が流れていった形跡が残ってるし、この感じからかなり崇拝してたみたいなのねー」

「信仰って……あれマジだったの!?」

 

 冗談だと思ってたんだけど!? と狼狽えるレミリアの姿は、ヒャクメにとって初めて可愛い女の子として映った。

 

「それで、誰が声を掛けるのねー?」

 

 急かすようなヒャクメの声に、皆は目を見合わせ、やがて一人へと集中した。

 そう、レミリアである。

 

「いや、何でよ。恋人であるアンタらの誰かが声掛けなさいよ」

 

 尤もなツッコミである。だが、彼女達にも言い分があるのだ。

 

「いや、だって信仰って聞いたら……」

「やっぱりお姉様に声を掛けてもらった方がって思っちゃって」

「お嬢様を差し置いて自分達が声を掛けるというのもちょっと……」

「あはは……ですよねぇ」

「一回レミリアで門が開くか試してみてほしい」

 

 五人共目を逸らしてそう答えた。つまりこういう事である。

 

「……自分が声を掛けて開かなかったらどうしようって怖がってるのねー」

「――――この……ヘタレ共ッ!!!」

 

 ごめんなさーい!! と謝る姿にヒャクメもレミリアも溜め息が出る。

 心情的にそういった事態を怖がるのは理解出来るが、横島を助ける為にここまで来たというのにこんな事で尻込みされてはどうしようもない。

 

「あーもう……! それじゃ、全員せーので一緒に声を掛けるわよ。文句を言ったらぶっ殺すけど、それでいいわね?」

「はい」

 

 ちょっと本気の殺意が漏れ出てしまったレミリアの心からの説得に、皆は頷くしかない。

 それほど誠意が込められた言葉だったのだ。皆の後ろで(ホテル)が及び腰になってガタガタと震えている様な幻覚が見える。

 

「ほら、全員覚悟を決めなさい」

「わ、分かってるよ」

 

 気合いを入れる為か、頬を叩いたり深呼吸をしたりしている五人に発破を掛け、タイミングを計る。

 レミリアはどうして自分が、とついつい考えてしまうが、ここまで来ればもうヤケクソだ。

 

「……せーのっ!」

 

 

「――――開ーーーけーーーてーーーっ!!!

 

 

 

 レミリアのおかげで全員の声が綺麗に揃った。と、次の瞬間。

 

「……おおっ!?」

 

 門が中央から割れて左右にスライドして開き、その奥の扉からが勢い良く開くと、中からレッドカーペットがころころと転がりながら敷かれていき、ちょうどレミリアの前で完了する。

 カーペットから視線を上げて扉の方を見れば、少し上方に「おいでませ!」と書かれた看板が新たに設置されており、どこからか飾り付けられたクラッカーがパンパンと乾いた破裂音を鳴らしている。

 ちなみに門柱にはいつの間にかくす玉が用意されており、中からはカラフルな紙吹雪と「いらっしゃ~い」と書かれた垂れ幕が下りていた。

 

「……どうなっているんだ、コイツの精神は」

 

 そのレミリアの呟きは、皆の心の声とピタリ一致していたのであった。

 

 

 

 

 

第八十六話

『記憶を求めて』

 

 

 

 

 

「……ま、まあまあ。扉も開いたんだし、早く入るのね」

「あ、ああ。そうだな」

 

 流石のレミリアも動揺が抜けておらず、どこかおっかなびっくりとした様子で(ホテル)内部へと入っていく。

 (ホテル)の中は暗かった。だが、全員が中へ入ると扉がひとりでに閉まり、灯りが点いた。強い光に目が少々焼けるが、それも気にならない程に予想外な光景が目に飛び込んできた。

 

「これは――――紅魔館のエントランス……?」

 

 そう、そこは(ホテル)の中にも拘わらず、内装は紅魔館のエントランスに酷似していたのだ。しかし、この場のほとんどの者は紅魔館の住人。すぐに本物との差異に気が付いた。

 

「いえ……ところどころ装飾が違いますね」

「んー……まるで他の家の一部をムリヤリくっつけたみたいだね」

 

 全体的な装飾は洋風で統一されていると言える。だが紅魔館の()()とそれ以外とでは、そもそもの規模がまるで違っていた。

 そしてその装飾はヒャクメにとって、()()()()()()となっている。

 

「……これは、まさか」

 

 他の者が内装の違いに疑問を抱く中、レミリアはある事に気付き、愕然とした声が出る。

 

「……? どうしたの、お姉様?」

 

 その声が聞こえたフランがレミリアに声を掛けるが、レミリアはそれに取り合わず、ヒャクメへと向き直る。

 

「ヒャクメ……この内装は……」

「……レミリアさんが考えている通りなのね」

「……やっぱり、か」

 

 ヒャクメに問い掛け、自らの考えが正しかった事を確信したレミリアはそれきり黙り込んでしまう。

 放置された形のフランも、ヒャクメとのやり取りでレミリアの様子に気付いた他の者達も、レミリアが何に気付いたのかが分からずに困惑する。

 皆の目はヒャクメに集まり、それを受けたヒャクメがレミリアに代わって一体どういう事なのかを説明する。

 

「ここはね、私が以前来た時と内装が全然異なっているのね」

「そうなの?」

「ええ。この場所は()()()()()()()()()()()()()()と認識している場所が反映されているの」

「それって……」

「うん。横島さんは紅魔館が自分の帰るべき場所と思っているみたいね」

「そうなんだ……!」

 

 ヒャクメの言葉にフランと小悪魔は嬉しそうに相好を崩す。紅魔館は自分達の家だ。愛する人も己と同じ認識であるというのは確かに喜ばしい事である。

 しかし、他の三人……妹紅、美鈴、そしててゐはヒャクメの言葉にどこか違和感を覚えていた。

 

「紅魔館が……横島の……」

 

 小さく呟く妹紅。一体どこに違和感を覚えたのか。

 

「横島……紅魔館……内装……?」

 

 何かが引っ掛かり、やや俯きながらぶつぶつと呟く。美鈴とてゐは声こそ出さないが、同じ様に考え込んでいる。

 

「紅魔館……帰るべき場所……以前とは内装が……――――っ!?」

 

 ()()を口にした瞬間、三人は同時に顔を上げた。

 

「ヒャクメ! ……さん。ちょっと聞いてもいいかな?」

「何なのね?」

「も、妹紅……?」

 

 勢い込んでヒャクメに詰め寄る妹紅。後に続くのは当然美鈴とてゐの二人だ。フランと小悪魔の二人は三人の様子に戸惑ってしまう。

 詰め寄られた当のヒャクメは……どこまでも冷静だ。

 

「前の時も今回と同じ方法で治療しようとしたんだよな?」

「そうなのね」

「その時は今と内装が全然違ってたんだよな?」

「そうなのね」

 

 妹紅の問いにただ淡々と答えるヒャクメ。その姿に妹紅達三人は確信を深め、フラン達二人はようやく違和感を覚える。

 

「……じゃあ以前の」

 

 やけに乾燥する喉を潤す為、妹紅は唾を飲みこむ。ほとんど効果を成すことのない行為であったが、それでもそれを口にする為の心の準備は整える事が出来た。

 

「以前の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――――あ……」

 

 そう。皆は気付いた。気付いてしまったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その異常性に。

 

「以前私が来た時の内装は、横島さんの元の世界での職場、『美神除霊事務所』だったのね」

「……っ!」

 

 横島が自分の帰るべき場所……自分の居場所と認識していたのは住んでいるアパートでも、かつて両親と暮らしていた家でもなく――――美神と、おキヌと、シロと、タマモと、人工幽霊一号と多くの時間を共にした、事務所だった。

 ヒャクメは知っている。横島が事務所の皆を異性として意識しながら、それと同じくらいに家族の様に思っていた事を。

 だからこそ、美神除霊事務所が横島にとって帰るべき場所だった。心休まる“家”だったのだ。

 だというのに、それが今や()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは横島が元の世界への未練を、想いを捨て去る事と等しい。

 今、横島は元の世界を――――美神達への想いをすら、失いかけているのだ。

 

「それ、は……」

 

 ヒャクメから聞かされた内装の変化が示す横島の思考の置き換えにてゐは愕然とし、ふらりとよろめく。小悪魔が背後から支えたおかげで倒れる事は無かったが、てゐの身体は震えている。てゐを支える小悪魔も同様だ。そして、それはこの二人だけでは収まらない。

 妹紅も、フランも、美鈴も。心の奥底より来たる恐怖にも似た感情により身体が震えてしまっていた。

 横島の恋人達五人は思い至ったのだ。横島が幻想郷に墜落してから今まで、自分達の言葉が、行動が、想いが――――。

 横島の無意識の侵食を助長していたのではないかと、そう思い至ってしまったのだ。

 

「……お前は随分と冷静なんだな、ヒャクメ」

 

 青を通り越して白い顔となっている五人を横目に、レミリアはヒャクメに声を掛ける。

 ヒャクメが横島とそれなりに親しい間柄――――おそらく友人関係である事は皆もその言動から理解している。

 しかし、それにしては余りにも妙だ。()()()()()()()()()()()

 ヒャクメは横島の心に入る前、横島を助けてほしいと涙を流して妹紅達に頼み込んだ。

 感情が表に出やすいタイプなのだろう。今までの言動を鑑みても、努めて冷静に……感情を押し殺している様にも見えない。どちらかと言えば、むしろ今のヒャクメは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは、今の私は本体との接続が一時的に切れている状態にあるからなのね」

「……と言うと?」

 

 分霊のヒャクメは表情を全く変えず、身振り手振りを交えつつ説明を始めた。

 こちらの世界に来てから、ヒャクメは横島の心を深く探ってはいなかった。読み取ったのは精々表層程度。今の人格が有するパルスィとの生活、パルスィへの想い……その程度の情報だけだ。

 永琳や紫などの心を読み続ける事に力を割いていたというのもあるが、それを行わなかった理由はもっとちっぽけで、しかし重大なものだった。

 ――――怖かったのだ。

 あちらの世界からこちらの世界へ来た事で、横島の心がどのように変化したか――――変化してしまったのか。それを『視る』事が恐ろしかったのだ。

 そして何よりも自分が視ていると知られた場合、横島の心がどうなってしまうのかが分からない。()()()の再現などごめんだ。

 分霊の目を通して横島の心を『視た』ヒャクメが受けた衝撃は如何ばかりか。

 ()()を頭で認識してしまう前に分霊を独立化させなければ今頃分霊は消え、イメージ化した(ホテル)も維持出来ずに妹紅達は一時の間横島の心に取り残される事となってしまっただろう。

 それほどまでにヒャクメにとって受け入れがたい現実であったのだ。事実、本体のヒャクメは今床に這い蹲り、嗚咽を漏らしている。そのせいで場は一時騒然となったが、それは紫と永琳が治めてみせた。

 二人にはヒャクメが取り乱した理由が瞬時に理解出来た。ヒャクメがこうまで心を乱す理由など、一つしか考えられない。それは決して他人事ではなく、もしかすればいつか自分達にも訪れてしまう未来なのかもしれない。

 それを考えれば、ヒャクメを支える事は当然だ。

 改めて紫達は妹紅達横島の恋人と、主君たるレミリアに希望を託す。どうか横島と――――そして、パルスィとヒャクメを救ってほしいと。

 

 

 

「本体との接続は切れちゃってるけど、これからみんなにしてほしい事は指示できるのねー」

 

 分霊(ヒャクメ)は全く変わらない表情で全員を見やる。感情表現豊かな本体とは違い、どこまでも平坦な感情にどこか不気味さを覚える。

 

「これからみんなには横島さんの深層意識に潜ってもらうわ。……残念だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、ここから先はみんなだけで頑張ってもらわないといけないの」

 

 ヒャクメの言葉に皆が頷く。以前ヒャクメが横島の深層意識に潜った際、自我と無意識が反発し合い、精神が崩壊しかけたという。

 ならば分霊と言えどヒャクメが今こうしてこの場に居れる事自体が奇跡にも等しい。

 本当ならば自分の手で救いたい。しかしそれは出来ない。だからこうして妹紅達に望みを託し、任せるのだ。

 横島の為、自分達の為――――そしてパルスィとヒャクメの為にも、必ずやり遂げてみせる。そう決意を新たにし、妹紅達はヒャクメの指示を頭に刻み込んでいく。

 

「初めにこの(ホテル)――――ううん、紅魔館はこのエントランスを除いて完全な別物である事を認識しておいてね。

 あなた達がまずすることは、横島さんの記憶を呼び起こすこと。その為には紅魔館内にある『記憶の部屋』を開放していかなくちゃいけないのね」

「記憶の部屋?」

 

 聞きなれない言葉に妹紅はつい聞き返してしまう。

 

「うん。この紅魔館の全ての部屋には横島さんの全ての記憶が封印されているの。

 それらを開放していくことで横島さんの記憶は徐々に取り戻されていくわ」

「……」

「特に重要な記憶――――横島さんにとって何か大きな出来事に関わる部屋を開放すれば、連鎖的に多くの記憶が蘇ることになる。

 それだけ情報量が多い……心に焼き付いた記憶ってことだからね」

 

 皆はなるほどと頷いた。

 記憶が鮮明であれば鮮明であるほど情報量が多いのは当然の話だ。それを思い出せば、関連する記憶、類似した記憶も一気に蘇る。

 妹紅達にも似た様な経験があり、記憶を取り戻す為の方法として有効であると納得した。

 

「問題はその重要な記憶とやらをどうやって見付けるか、か。

 手当たり次第に開放していってもいいけど、それだとかなり時間が掛かるし……」

 

 横島の記憶に興味はあるが、だからと言ってその全てを覗きたい訳ではないし、何よりそんな事をしている時間は無い。

 いくら横島とてレミリアやフランといった強力な吸血鬼を長時間精神に受け入れられるとは思えない。

 先程は変な所で時間を取られてしまったが、この治療法はもっと効率良くスピーディーに執り行わなければならないのだ。

 

「その辺は大丈夫なのね。みんなが横島さんの精神に入る前に、本体の私が横島さんに暗示をかけたのね。

 だから重要な記憶の部屋にはそれと分かるような変化があるはずよ」

「暗示……? そんなのでどうにかなるもんなの?」

 

 首を傾げて問うてゐにヒャクメは首肯を返す。

 

本体(わたし)はそういうの得意なのね。

 それに横島さんは臆病で警戒心が強いのに心は霊的に無防備……というか、抵抗力があんまり無いの。

 話によれば敵の死霊術師(ネクロマンサー)に簡単に操られちゃったこともあるみたいなのねー」

「そ、それはまた……」

 

 基本的に横島の精神防壁は弱い。これは基礎を学ぶ前に一足飛びで高難度の技術ばかり体得していった弊害である。それでも元の世界で美神が改善させようと頑張っていたのだが、どうも()()()()()()()であるらしく、あまり上手くいってはいなかったのだ。

 ゴーストスイーパーとしては余りにも巨大な弱点であるが、一応メリットも存在している。

 

「ああ、なるほど。それでですか」

「……? 何がですか?」

 

 美鈴には心当たりがあるのか、一人納得していた。隣の小悪魔がそれを尋ねると、美鈴はいつかの修行風景を語る。

 

「以前横島さんが“小竜姫”様という武神の剣筋を再現した事がありまして。

 今思えばあれは自己暗示だったのかなー、と」

「あ、なるほど。そういうことですか」

 

 横島の想像力はある種異様なまでに高い。それは彼の奥義である『煩悩全開』にも活かされている。

 その想像力を以って自らの中に特定の人物(美女・美少女限定)を創造し、その動きは自分も出来ると自己暗示する(おもいこむ)事で実際に再現してみせるのだ。

 そしてその状態の横島の精神は完全にその一点にのみ集中しており、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ま、そういうことだから重要な記憶を探すのは問題ないと思うの。

 ある程度の数を開放したら深層意識に繋がる“穴”のようなものが顕れるはずなのねー」

 

 少し本題から外れた話をヒャクメが修正する。美鈴は申し訳なさそうに頭を下げると、一歩後ろに下がった。これ以上話の腰を折らないという意思表示だ。

 

「そして、記憶の部屋を開放するにあたってみんなに気を付けてほしいことがあるの」

 

 一つ指を立て、皆を見回してヒャクメはそう告げる。

 その声音は何の感情も有していない平坦なもののはずなのに、どこか真剣みを帯びている様に聞こえた。

 

「重要な記憶の部屋を開放した場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけ強く心に焼き付いてるってことだからね。

 ……そして、今のみんなは精神体。そういった物の影響を受けやすい状態にあるの」

「……それ、は」

 

 驚きに目を丸くし、恋人達は目を見合わせる。

 そしてそんな彼女達をレミリアは苦虫を噛み潰した様な表情で見つめていた。

 

「……」

 

 ()()()()は、間違いなく横島にとって最も重要な記憶の一つだ。()()()()の部屋を開放し、もしその時の想いが、感情が流れ込んだら……。

 フラン達は、正気でいられるだろうか――――?

 

「……」

 

 頭を振って弱気になる自分を外に追い出す。ここまで来たのだ。後は信じて行動するのみである。

 

「……他に注意点は?」

「あなた達の行動によっては心の防衛機構が働くかもしれないのね。

 横島さんの()()がどういったものになるかは……ごめんなさい。分からないのね」

「そうか……」

 

 横島の心を探索するにあたっての注意事項の最終確認を済ませる。

 ここに来て懸念事項も増えてしまったが、これでヒャクメを責めるのは酷というものだ。

 レミリアは横島の恋人達を見やる。

 妹紅、フラン、美鈴、小悪魔、てゐ――――。皆、覚悟を持った目をしている。次にヒャクメと視線を交わし合い、互いに頷いた。

 

「今回の横島さんの一連の出来事は、本を正せば全て私達が蒔いた種。

 それなのに、あなた達に全てを託し、私は見ていることしか出来ないのね。……本当に、ごめんなさい」

 

 本体との接続が切れているはずの分霊(ヒャクメ)が、まるで本人であるかの様に沈痛そうな表情で頭を下げる。

 分霊を作った際の本体の精神状態が反映されているのか、それともまた本体と繋がったのか、その判断はレミリア達にはつかない。

 だが、どちらでも彼女達には構わない。ヒャクメはヒャクメだ。ならば、ヒャクメに掛ける言葉も決まっている。

 

「気にするな。横島は既に()()()()()()()()()()()。なら、助けるのは当たり前だろう?」

 

 まずはレミリアが応える。次いで恋人達だ。

 

「横島は私の半身だ。……いや、それがなくても私は横島を助けるさ。横島はみんなの――――私の、大切な人だから」

 

 胸に手を当て、そこに在ったはずの何かを感じながら。

 

「ただお兄様はいつも私を助けてくれた。今度は私が大好きなお兄様を助ける番だもん」

 

 物を壊す為でなく、護るために両の手をぎゅっと握り締めながら。

 

「横島さんを助けるのは師匠として、そして恋人として当然のことです。あなたが気に病むことではありませんよ」

 

 自然体でありながら、その総身に気と、そして想いを漲らせながら。

 

「私にとって横島さんは憧れの人でもあります。私は横島さんの傍に居られるような、そんな自分でありたいと思っています。

 ……横島さんの為にも、自分の為にも、私は愛する人を助けます」

 

 かつての様に己の願望を押し付けるのではなく、共に想いを分かち合う為に。祈る様に両手を胸の前で組みながら。

 

「……執事さんがこっちの世界に墜ちた原因の一つは私なんだ。それなのに執事さんは私の気持ちを受け入れてくれた。私のことを好きになってくれたんだ。だから、私は執事さんの心に報いたい。

 ――――ううん、違う。……そんな気持ちじゃない。好きだから。大好きだから助けたいんだ」

 

 些細な悪戯のつもりだった。笑い話で済むはずだった。だが、結果としてそうはならなかった。

 それを成した己の掌を見つめ……ぎゅっと、握りこんだ。この手は、愛する人を助ける為にある。

 

 言葉も理由もそれぞれ違う。しかし、根底にある想いは誰もが同じ。

 ――――ただ、愛する者を救いたい。それだけだ。

 妹紅達の言葉、想い。それを受け、ヒャクメは深く頷いた。

 最後にレミリアを見つめ――()()()()()()()()()()()()()も察し――再び、ヒャクメは頭を下げる。

 

「それじゃあみんな――――よろしくお願いします……!!」

「――――はいっ!!」

 

 ヒャクメの想いに応え、少女達は横島の心へとその一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 変わらぬ景色の中を歩き続ける事、体感時間にしておよそ十分。

 

「……重要な記憶の部屋は見れば分かる様になってるって言ってたけど、今の所それらしいのは見えないね」

「そうですね……」

 

 横島の心の中――――紅魔館のエントランスから中に踏み込めば、眼前に広がっていたのはどこまでも続く長い廊下だ。

 十メートル、あるいは十数メートル間隔で廊下の両側に配置されている部屋は、どれも変わり映えせず、とても重要な記憶が封印されている様には見えない。

 恐らくは日常の何でもない記憶なのだろう。

 

「この廊下、どこまで続いてるのかな……?」

「うーん、何でか遠くの方は良く見えないんだよな」

 

 フランと妹紅の視線の先、数十メートルから先の廊下は陽炎の様に景色が揺らいでおり、全容を窺い知る事が出来ない。

 ヒャクメならばまた違った世界が見え、自分達を導いてくれたかも知れないが、それも叶わぬ事。今はただ真っ直ぐに進んでいくしかない。

 そしてそれから五分ほど。

 

「……ん? どうやらようやく変化が訪れるみたいよ」

「あ。本当ですね、お嬢様」

 

 レミリアが指差す先、そこに陽炎は無く、存在したのはいくつもの分かれ道。一つが二つに、二つが四つに、四つが八つにと、さながらアリの巣……否、これは最早迷宮と言ってもいいだろう。

 

「ふむ……流石に手分けして探索……というのはしたくないんだけどね」

「そうですね。現実世界ならともかく、ここは精神世界ですから。なるべく一塊で行動するべきでしょう」

「どうする? 端っこから虱潰しに探索する?」

 

 レミリア、美鈴、フランがどう探索するかを話し合う。他の三人は道の先を注視し、何か変化がないかを確認している。

 

「……ん? んんー……あ! み、みんな! アレ見てアレ!!」

 

 そんな中、てゐが何かに気付き、皆を呼び寄せた。てゐが指差す道の先。そこは今までの廊下と比べて薄ぼんやりと光っている。

 

「もしかしてあれが……!?」

「と、とにかく行ってみよう!」

 

 妹紅の言葉を合図に皆が走る。ようやく見つけた一つ目の重要な記憶の部屋。横島を救う、最初の一歩だ。

 

「これが、重要な記憶の部屋……」

 

 特に何らかの妨害に合う事もなく、皆はその部屋にまで辿り着いた。

 装飾などは他の部屋と変わりはないが、部屋の扉が光を放っている。

 

「……よし。みんな、覚悟は良いわね?」

 

 一度大きく息を吸ったレミリアが扉のレバーに手を掛け、皆に振り返り是非を問う。しかし、答えなど分かり切っている。

 

「行こう」

 

 皆を代表し、妹紅がただ一言そう告げた。皆の強い意志の籠った視線がレミリアに覚悟を伝える。レミリアは一つ頷き、扉を開いた。

 この先にどのような記憶が待っていようと、やるべきことは一つだけ。ここから全てが始まるのだ。

 

「……っ!!」

 

 強い光が部屋から迸り、思わず目を閉じてしまう。塞がれた視界の中、肌で感じる。明らかに空気が変わった。

 

「な、ん……何だ――――っ!」

 

 ぎゅっと閉じられた目を意志の力で無理矢理にこじ開ける。何があるか分からないのだ。少しでも情報は手に入れたい。

 そうした六人が何とか目を開いて最初に飛び込んできた光景。それは――――。

 

 

 

 

 

「のっぴょっぴょーーーーーーん!!!!!!」

「うわーーーーーー!!?」

 

 鬼気迫る……というか、何と言うかこう……とにかく凄まじい表情で意味の分からないことを叫ぶ横島のドアップだった。

 

 

 

 

 

第八十六話

『記憶を求めて』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。
横島にとって重要な記憶、その記念すべき一つ目はパイパーとの戦いの時のアレです。

個人的にあの時の戦いって結構意味があるものだと思うんですよね。
美神が子供と化して頼れない。唐巣神父にピートにと、頼れる仲間も子供にされてしまって、頼れる者が誰もいない。横島が頑張るしかない。
極めつけにパイパーとの直接交渉、しかも美神を人質にした恐ろしい悪魔に対して強気に出なければならない。

「ゴーストスイーパーは悪魔の言いなりにはならない……!!」

ギャグテイストだったけど普通にかっこよかったよ……。


次回辺り、そろそろ核心に迫る……かな?

それではまた次回。

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