東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

前回のあとがきで宴会を楽しみにお待ちくださいました皆様、申し訳ありません。

かなり中途半端な長さになるため、今回は途中で切り、完全に予告詐欺という形になってしまいました。

更にオリキャラがでしゃばってきますので、そういうのが苦手な方には辛いお話となりそうです。

どうか笑って許してやってください。

それでは、あとがきという名の言い訳でお会いしましょう。


第八話『宴会の準備――千里を走る、厄介な噂――』

 

 空を高速で移動する永琳と妹紅。二人は既に湖を通り抜け、人里にまで到達していた。

 

 昼を過ぎた現在、今朝と比べると人は多いが、やはり普段の様子から考えると少なく思える。

 

「……やっぱり、あれだけの異変が続けばこうなるか」

 

「流石の人里の住人も大分堪えたようね」

 

 幻想郷崩壊レベルの異変が二日続けて起これば、多くの逞しい人里の住人も塞ぎ込んでしまっている。むしろ今出歩いて談笑している人達の心境こそが謎である。

 

 しかし、そうした人達を見るからこそ二人は思うのだ。

 

「……何となく、救われた気分だな」

 

「ええ。……本当に何となくだけどね」

 

 少人数とは言え、彼等は笑いあっている。今塞ぎ込んでいる人達も、天の岩戸ではないが、彼等が居ればまた明るさを取り戻してくれるのではないだろうか。

 

 永琳と妹紅には彼等に対して負う責任などは無い。ともすれば筋違いの感慨であるのだが、だからと言って知らんぷりを決め込むほど彼女達は冷たくもなかったようだ。

 

 昔の彼女達を知る者が見たらどう思うのか……。喜ぶか、或いは呆れか失望か――

 

 少なくとも、今の彼女達の傍らに在る者達にとっては、歓迎すべきことであることに間違いはない。

 

 二人は何やら複雑な感情が去来する胸にむずがゆさを覚えながら、人里の上空を通過する。

 

 

 

 さて。そんなこんなで二人は迷いの竹林に到着したわけなのだが。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は動かない。何だかこれ以上進みたくない。頭には『これ以上進むと面倒臭い思いをするぞ』という直感から来る警告が鳴り響いている。

 

 吹き飛んだ竹は既に生え揃い、霧も竹林全体を覆っている。たった一晩で何もかも元通りだ。

 

 故に二人は空からではなく徒歩で竹林を進む。とりあえず直感の警告は無視だ。永琳はこれ以上うっかりをするわけにはいかないのだ。

 

 そうして辿り着いた永遠亭跡地。眼前に広がる光景は正に阿鼻叫喚の地獄絵図と言えるだろう。

 

 曰わく―――

 

「てゐ様あああああ!! あああああ!! うわあああああああああっ!!」

 

「目を……! 目を開けてくださいいいいーーーっ!!」

 

 ……とか。

 

「紫様あああああーーーっ!? 何処に行かれたのですかああああああ!!? 紫様あああああーーーーーー!!」

 

「藍様ーーー!! ゆかっ、紫様はどこですかーーー!? 紫様ーーー!!」

 

 とか。

 

「何で誰も居ないんですかっ!? 目を覚ましたら教えてくださいって言ったじゃないですか!? 夕刊に間に合わないじゃないですかぁっ!!? やだーーーーーー!!!」

 

 とか。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。特に永琳は『藍と文のこと……忘れてた』という思考が頭を過ぎる。

 

 いけない。私はこんなうっかりさんじゃない。それは紫の役目だ、と彼女は思う。―――が、時既に遅し。現在、幻想郷一のうっかりさんは永琳と認知されている。

 

「……永琳」

 

「……ええ。分かってるわ」

 

 二人は目を見合わせ頷き合うと、眼前の面倒臭い地獄に踏み出した。

 

 

 

 紅魔館の厨房にて、横島は咲夜の指示の下皿洗いをしていた。

 

 そのスピードはお世辞にも早いとは言えないが、丁寧に洗われた皿は光を反射し、綺麗に輝いている。

 

 それを見た咲夜は嬉しそうに頷いている。

 

「中々ね。後は慣れていけばスピードも上がる。……やっぱり妖精の子達とは違うわね……」

 

 咲夜の嫌にしみじみと発せられた言葉に、横島は疑問を持つ。

 

「妖精メイド達って、そんなに失敗とかするんすか?」

 

 横島の頭には自分を綺麗にした妖精メイド三人組の姿。彼女達は横島から見てもかなり手際が良かったように思える。

 

「そうね……。勿論人に依るけど、一番ひどかったのはお皿を十枚洗わせたら三十枚割られたわね」

 

「三倍!?」

 

「綺麗に洗えたからって喜んで、棚に突っ込んでぶちまけて……」

 

「おおう……。ま、まあ妖精達には大きすぎますしね……?」

 

 確かに現在紅魔館で使用されている皿は全て人間用であり、人間と比べて小柄な体躯をしている妖精達には少々大きすぎる。

 

 彼が顔も知らないその妖精を庇うのは子供好きの彼たる所以か、はたまた思い当たるような失敗の数々を思い出したのか。

 

 苦笑いを浮かべる横島に咲夜も同じような笑みを浮かべ、彼女はこれからの予定を確認すべく横島に向き直る。

 

「お皿洗いも終わったし、この後は人里の方へ買い物に行きましょうか。貴方の生活用品も買いたいけど、多分宴会の料理の材料でいっぱいになるだろうから、それはまた今度で良いかしら」

 

 確認ではなく断定的に話を進める咲夜だが、横島としても否やはない。寧ろ聞きたいことが出来た。

 

「それは良いんですけど、どうやって人里まで行くんです? 俺は空を飛べませんし……。まさか、咲夜さんが運んでくれるんすか?」

 

「それこそまさかよ。私達以外にも妖精メイドを何人か連れて行って、その子達に運んでもらうわ」

 

 ちょっとした期待と共に鼻の下を伸ばす横島だが、対する咲夜は澄まし顔。そして、パチンと指を鳴らす。すぐさまその場に現れるのは―――

 

「お呼びですかー?」

 

「はいはーい、お仕事ですかー?」

 

「……ふふふ、お久しぶり」

 

「ゲェーッ!? こ、この三人組は……!」

 

 そう、先程横島が思い浮かべた三人組の妖精メイド達である。

 

「え、ちょっと咲夜さん? まさかこの三人に……?」

 

「ええ。そのまさか」

 

 頭に疑問符を浮かべる三人組。横島としてはいくら三人とはいえ、妖精が人間を一人運ぶのは厳しいと考える。更に荷物も増えるのだから尚更だ。

 

 そんな思いが顔に出ていたのか、咲夜は横島がそれを尋ねる前に答えを言う。

 

「この三人は紅魔館の妖精メイドの中でもとびきり優秀な子達なの。妖精としての力は『氷精』には敵わないけど、それ以外では勝っているわ。ちなみに三人共成人男性よりも力持ちよ」

 

「力持ちはやめてくださーい」

 

 横島は「氷精って何だろ?」と首を傾げているが、力持ちの部分でなるほどと頷いた。それならば自分が力負けしても仕方ないだろうと。

 

 実際はまた異なる理由があるのだが、それは今は置いておく。

 

 咲夜は横島が考え事をしている間に、三人にこれからの仕事を説明していた。

 

 説明を終えた咲夜が三人を横島に向き直らせる。

 

「とりあえず自己紹介ね。この男性は執事として働くことになった横島忠夫」

 

「横島っす、よろしくー」

 

 ニカっと笑い、軽く頭を下げる。咲夜は一つ頷き、三人に顔を向ける。

 

「そしてこっちは……、手前から一号、二号、三号よ」

 

 咲夜は手前から順に番号を呼ぶ。

 

「……いや、咲夜さん。いくら何でもそれはちょっと……」

 

 横島はジトっとした目を咲夜に向ける。それを受けた咲夜は気まずそうに顔を背けるが、咲夜の隣にいる妖精メイド――一号と呼ばれた妖精――が元気よく挙手をしてから横島に話しかける。

 

「わたし達は紅魔館の妖精メイドでいちばんのふるかぶですからー。そのときにレミリアおじょうさまにあだ名をいただいたんですー」

 

「……それが、一号二号三号?」

 

「はいっ」

 

 一切の屈託も無しに笑って頷く一号。寧ろそのあだ名を気に入っていそうな勢いである。

 

「こほん。ではあらためまして、私は一号です。いつもはメイド長である咲夜さんのお手伝いをしてますー。よろしくおねがいしますねー?」

 

 一号が顔をにぱっと緩ませながら自己紹介をする。黒いセミロングの髪をポニーテールで纏めた、柔らかな笑みの似合う少女だ。次いで二号が一歩前に歩み出し、同じく自己紹介を始める。

 

「わたしは二号ですー。基本的にはめーりんさんのお手伝いをすることが多いですねー。庭のお手入れをがんばって、お花がいっぱいいっぱいなんですよー?」

 

 茶色のロングヘアをツーテールで纏めた、快活な印象を抱かせる少女。少し吊り目がちだが、それが彼女の可愛らしさを際立たせている。

 

「……私は三号。近頃はパチュリー様のお側に仕えさせてもらっています。……暇な時に体を触らせてください」

 

「なんでさ」

 

 最後に控えた三号も自己紹介を終えた。伸ばし放題の黒髪を緩い三つ編みで纏めた、無表情とジトっとした目が特徴である。彼女は横島を洗ったり着替えさせた時のことを思い出したのか、若干鼻息が荒い。筋肉が好きなのだろうか。

 

 一号は咲夜の手伝いが主な仕事であるためか手先が器用であり、二号は美鈴と庭の手入れをする影響で力が強く、三号はパチュリーの命で小悪魔と共に図書館の整理や本の修繕をするので、手先が器用で力も強い。もしかしたら、三号には二十六の秘密があるのかもしれない。

 

「さて、自己紹介も済んだし早速出掛けましょうか。貴方達は荷物を入れるバッグを持って来なさい。私達は先に門の所で待ってるから」

 

「はーい!」

 

「はやくはやく行きましょう」

 

「……ちょっと待っててくださいね」

 

 妖精達は軽く頭を下げたあと、それぞれバッグを取りに戻る。

 

 咲夜は横島を目線で促し、共に門へと向かっていった。

 

 

 

「うーん……。流石にこれは記事には出来ませんねぇ……」

 

 永琳から紫と横島に関する詳細な話を聞き終えた文は、メモ帳を見返しながら言葉をこぼす。

 

 眉は垂れ下がり、その小さな口から漏れ出るのは小さな溜め息ばかりである。

 

「そうしてくれると助かるわ。その代わり、てゐのことはいくらでも記事にしてくれて良いわよ?」

 

「それも遠慮します」

 

 永琳の発言にぐったりと倒れているてゐがピクリと反応する。あの後、永琳に気付け薬を直接鼻にぶちまけられ七転八倒しながら覚醒したてゐであったが、鼻を焼き尽くすような熱と頭部が破裂したかのような衝撃を受けた異臭と胃の内容物どころか内臓全てを吐き出したくなるような吐き気を訴え、さらに永琳の絶妙な匙加減のお陰で気絶することも出来なかったてゐは最終的には身じろぎ一つ出来ずに倒れ伏すしかなかった。これで一切の後遺症がないとは永琳の言である。

 

 文はそれを極力見ないようにして、夕刊のネタをどうしようかとどんよりと曇った表情で空を見上げた。

 

 文の気分とは裏腹に雲一つ無い快晴である。余談だが、藍と橙は紫が紅魔館に居ると分かった瞬間、文顔負けの超スピードで紅魔館へ飛んでいき、文のプライドを痛く傷つけた。曇った表情の半分以上の理由を占めていそうだ。

 

「……あ、とりあえず永遠亭がしばらく休業することを書いておきましょうか?」

 

 苦し紛れの文の提案に永琳はそれは名案とばかりに手をぱむと合わせる。

 

「お願い出来るかしら? 危険だから近付かない様にとも。これから私も色々と忙しくなりそうなのよ」

 

 文は頷き、永琳と詳細を詰めていく。記事の内容も固まり、夕刊を仕上げる為に飛び立とうとする文を引き止め、永琳はお願いごとをする。

 

「夕刊を配るついでに、今夜紅魔館で異変解決の宴会を開くことを皆に伝えてくれないかしら? 私達はちょっとやることがあって、手が離せないから」

 

「え? ……まあ、良いですけど。今度優先的にネタを回してくださいよ?」

 

「了解。交渉成立ね。……妹紅ーっ! そっちはどうかしらーっ!?」

 

 永琳は頷くと廃墟と化した永遠亭を調査中の妹紅に問いかける。ややあって、妹紅が戻ってきたが、その両手にあるのは横島の服と貴重品のみ。

 

「ダメだな。私から見ても無事そうな機材はほとんど無かった。まあ、永琳が見ないと確かなことは分からないけど……」

 

「はぁ……。分かってはいたけど、面倒ね。……やっぱり鈴仙も連れてきて雑用を押し付けた方が良かったかしら……?」

 

「ツッコミがいない状態で輝夜の相手をする方があいつにはしんどいと思うが……」

 

 思わずこぼれた言葉に呆れた風に言い返され、永琳はそれもそうかと考えを改める。

 

「ふう。それじゃ、さっさとやる事やりますか。……貴方、イナバ達を集めてきてくれる?」

 

 永琳は軽く息を吐いた後、近くに居たイナバに竹林に生息するイナバ達を集めるように言う。……何ともややこしい事だが、当の本人達は慣れたもの。たった数分で全イナバが集まった。折角だからと、文はその珍しい光景を写真に収め、カリカリとメモを取っている。

 

 そして永琳はイナバ達に『てゐの財産』を永遠亭の再建費用に充てることを伝え、「頑張って建て直してね」と熱心に『お願い』をした。

 

 永遠亭最強の存在によるお願いは、イナバ達の顔色を無くし、全身が自らの意志に反してガタガタと震えてしまう程の形容し難い『何か』が秘められており、イナバ達は永琳のお願いを『快く』引き受けた―――

 

「……そ、それじゃあ私は戻りますね。そろそろ記事を作成したいので。それでは!」

 

 永琳の放つ『何か』に耐えられなかったのか、それとも単に巻き込まれたくなかっただけか、文は近年稀に見るスピードでその場から飛び去っていった。

 

 妹紅はそれをどことなく羨ましそうに眺めた。流石の妹紅も今の永琳は怖いらしい。

 

 ややあって目線を永琳に戻した時、彼女は既に再建に関する注意事項を言い終えており、現在はイナバ達から質問を受け付けていた。

 

 イナバ達から寄せられるあらゆる疑問を淀みなく答えていく様は、彼女の叡智を証明している。

 

 粗方の質問も出尽くし、そろそろ紅魔館に戻ろうかと思った時に、一人のイナバがそろそろと手を上げた。

 

「あら、何か分からないところがあった?」

 

「いえ、その……。質問じゃなくて、報告なんですけど……」

 

 イナバが齎したその報告に、永琳と妹紅は思わず目を見合わせた―――

 

 

 

 

 人間の里、その端に、奇妙な一団の姿があった。それはメイド服を着た美少女一人、大きなリュックを背負った妖精が三人。そして執事服を着た少年が一人。

 

 咲夜率いる紅魔館の使用人達である。

 

 道を行き交う人々を避けつつ、田舎から出て来たおのぼりさんの様にキョロキョロと辺りを見渡す横島に、咲夜はキッと厳しい視線を投げかけ、紅魔館のメイド長として忠告をする。

 

「さて、横島さん。貴方は一般の人間ではなく、紅魔館の執事としてこの人里に来ているわ。貴方が何か問題を起こせば、それはお嬢様の恥になる……。分かるわね? 紅魔館の、お嬢様の執事として恥ずかしくない行動を心掛けなさい」

 

 その真剣な言葉に横島は表情を引き締め、ゆっくりと頷く。

 

「うっす、分かってます。お嬢様は俺を拾ってくれて、宿と職を与えてくれたんすから……。お嬢様に恥は掻かせませんよ。―――というわけでそこのおっ嬢さーーーんっ!! 僕と清らかな青春について色々と語り合いませんかーーーっ!!?」

 

 彼は走った。自らが誇りを以て『恥ずかしくない』と言える行いをするために。彼の魂の平穏のために。幻想郷で目覚めてそんなに時間が経ってないのに、周りがロリィな美少女だらけ(に見える)状態でなんやかんやダメージを負った正義を持ち直すために。

 

「……ふっ」

 

 ずどどどどっ! と土埃を上げながらナンパに走る横島の姿を見やり、何故かこみ上げた笑いを一つこぼして……。

 

 咲夜は、まるで時間を止めたかのように女性に声をかけようとする横島の前に回り込むと―――

 

「十六夜☆ブロウ!!!」

 

「ケ゛ハ゛ァ゛ッ゛!゛?゛」

 

―――腰の入った、強烈なボディブローをぶちかました。……ちなみに技名を考えたのは彼女の主であるレミリア・スカーレット……ではなかったりする。『レミリア・ストレッチ』を参考に、咲夜自身が名付けたようだ。

 

「ほほほ、嫌ですわ横島さん。今日は買い物の荷物持ちをしてくださる約束でしょう?」

 

「ぉ゛う゛っ゛」

 

 テキトーな理由を捏造し朗らかに微笑みつつ、咲夜は横島の腕を取り、捻って関節を極める。

 

 横島に声をかけられた女性はポカンと口を開けていたが、やがて横島の隣に居るのが咲夜だと気付くと、戸惑いながらも声を出した。

 

「あ、貴方は紅魔館のメイド長の十六夜さん……?」

 

「え? ……あら、貴方は雑貨屋の店員さん」

 

 今現在、咲夜は横島の関節をメキメキと締め上げている。こんな場面をいつまでも見せているわけにはいかないと、挨拶もそこそこにその場を辞した。……それが、間違いだった。

 

 横島に声をかけられた女性、彼女は確かに横島にも驚いたが、何よりも一番の衝撃を受けたのは咲夜にだった。

 

―――他の女をナンパ(?)した彼氏に嫉妬からか暴力を振るったが、やりすぎたと感じたのかすぐさま腕を抱き、体を擦り寄せ笑いかける。自分が挨拶をしても『二人の時間を優先』とばかりにそそくさとその場を後にした(ように見えた)。

 

 それが意味するところはつまり……。

 

「十六夜さん、彼氏いたんだ……」

 

 盛大な勘違いである。しかも間の悪いことに、呆然と立つ彼女を気にした友人の女性が話しかけてきた。

 

「ちょ、どうしたの雑貨屋の店員さん……?」

 

「え、あ、貴方は肉屋の店員さん。……いえその、さっき十六夜さんが彼氏とデートをしてて……」

 

「で、デートッ! あの十六夜さんが!? 彼氏持ち!!?」

 

「うん……」

 

 こうして、勘違いにより発生した噂は人里に蔓延していく。

 

 人の噂も七十五日。噂が無くなるまで……先は、まだまだ長い。

 

 

 

 

 

「恥ずかしくない行動を心掛けろって言ったでしょう!! 何いきなり恥ずかしいことしてるの!!」

 

「堪忍やーっ! 仕方なかったんやーっ! ロリっぽい子達に囲まれてたせいで我慢出来んかったんやーっ!!」

 

 咲夜は横島を人気のない場所に連れ込み、プリプリと説教をしている。対する横島はおろろーんと大量の涙を噴射し、恥も外聞もなく謝り倒している。ちなみに普段から全く我慢出来ていないのは公然の秘密だ。

 

 その情けない姿は咲夜の怒りを呆れに変え、妖精三人組は面白そうに眺めている。咲夜は深い深い溜め息を吐くと、ぴっと人差し指を立てた。

 

「今回は大目に見るわ。でも、これ以上醜態を晒すなら……分かりますわね?」

 

「はい」

 

 ニッコリと笑い、首筋に冷たくて尖っていて切れ味が凄く良さそうな銀の加工品を当てられては、即座に頷く他になかった。

 

 結局お目付役として一号と三号が横島と手を繋ぎ、二号が横島に肩車の形で乗っかっている。咲夜は自分が発案したその姿を見て、微笑ましい気持ちになってしまい、柔らかく微笑んでしまった。

 

 咲夜の噂に『既に三人の子持ち』という尾鰭がついたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 結局一行はその状態で色々と買い物をしていく。三人組のリュックがいっぱいになり、何とも重そうだ。それを見た横島は三人からリュックを預かることにする。

 

「いいんですかー? 三人分はかなりおもいですよー?」

 

「いーの、いーの。帰りは皆にもっと重たい思いをさせちゃうんだからさ。せめて今ぐらいは楽をしないと倒れちまうぞ?」

 

 横島は空を飛べない。今重い荷物を持って体力を消費しては、三人掛かりとはいえ横島を運んで紅魔館まで帰るのは難しくなる。

 

 それを負い目に感じた横島は、せめて今だけでもと荷物を持つ。それと一つ、試したいこともあったからだ。

 

 

 横島は遠慮がちに問いかけてきた一号の頭を優しく撫で、ゆっくりと、ゆっくりと魂から霊力を抽出し、霊的中枢(チャクラ)を回す。

 

 横島の体内に何故か存在する莫大な霊力を暴走させないよう、いつも以上に優しく、ゆっくりと全身に満たしていく。それはやがて彼の体を活性化させ、活力に充ちた体は普段以上の能力を発揮させる。最早彼には、荷物の重さなどほとんど感じていない。

 

(……良し、この位の出力なら暴走しねーな。後はこれから慣らしていかねーと……)

 

 普段彼は暴走を意識せずに霊力を扱う。それはつまり大雑把ということでもあり、まともな修練を受けることがなかったから仕方のないことではあるのだが、霊力を扱うセンスと、収束という一芸に天賦の才を持つ彼にはそれでも問題はなかった。

 

 しかし、今は違う。神社での一件もあり、自分でも総量を把握出来ない程の膨大な霊力は、初めて彼に暴走の恐怖を植え付けた。……実際は近くに式神暴走娘が居たり、焦って文珠を暴発させたこともあるのだが、この時の彼は都合良く忘れている。

 

 だから、優しく優しくという意識を込めてチャクラを回す。霊力とは魂の力であり、その者の放つ波動でもある。現在の彼をそういった事に敏感な者が見れば、非常に優しい、穏やかな霊波を放っていると感じるはずだ。そういった霊波は近くの者に感染し、気分を落ち着かせる。咲夜の機嫌がすぐに戻ったのも、無関係ではないだろう。

 

 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 

「……えへへへへ~」

 

 彼は、一号の頭を未だ撫でていたのだ。妖精である彼女にとって、とても心地良い波動を放ちながら。

 

 見事にふにゃけた顔を披露する一号を訝しげに見ながら、横島と咲夜達一行は帰路に着く。一号と同じく顔をふにゃけさせた二号と、普段より顔が赤らんでいる三号に気付くこともなく。

 

 

 

 

 

 妖精三人組は横島の霊波動を受けたせいか、妙に溌剌としており、三人掛かりとは言え荷物や横島の重さなど全く気にしていないかのようなスピードで紅魔館に戻ってこれた。

 

 しかし、三人は横島から離れず、体をぺっとりと擦り寄せたまま。これには横島と咲夜も首を傾げるしかない。

 

「咲夜さん、俺何かやりましたっけ……?」

 

「いえ、何もしていないと思う……けど……?」

 

 結局三人は紅魔館にあるパーティーホールの準備が終わるまで、横島から離れなかった。宴会の料理は全て咲夜と数人の妖精メイドに任せ、横島は力仕事が得意な妖精メイド達と共にパーティーホールの設営に入る。どうやら今回は立食形式のようだ。

 

 何をどこに用意するか、それはどこにあるかなどは横島に張り付いた三人組に教えてもらい、作業を進めていく。しかし、如何に横島とは言え、三人をくっつけたままで作業をするのは苦戦を強いられ、またも霊力で身体能力を上げることにする。そのせいで更にくっつかれるとは気付かぬままに。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……?」

 

 横島達より一足早く帰ってきていた永琳と妹紅、てゐの三人だが、現在は多少緊張した雰囲気に包まれていた。

 

 というのも、イナバからの報告を受けた永琳が、ずっと深刻な顔をして考え込んでいたからだ。

 

 そのイナバの報告も要領を得ない物であり、曰わく「何か分からない妖怪が永遠亭に侵入しようとしていた」というもの。

 

 何か分からないとは、見た者によって証言がマチマチだったからだ。「野犬のようだった」「蛇だった」「大きな鳥だった」等、枚挙に遑がない。

 

 妹紅はその証言から単なる野生動物か何かかと思ったのだが、永琳は何か気になることがあったのか随分と真剣に話を聞いていた。

 

 考え事をしつつ紅魔館まで戻り、美鈴と挨拶をしてゲストルームまで戻る。輝夜達は選んだ部屋を見に行っているようで、現在ゲストルームにいるのは永琳達三人だけ。何とも気まずい空気の中、妹紅は輝夜達が早く戻ってくるように願う。

 

 結局輝夜達は数分後に戻ってきて、ソファでぐったりとしているてゐを甲斐甲斐しく看病し、永琳の顔をだらしなく緩ませることに成功する。その後皆で部屋を確認しに行き、仲良く談笑して宴会開始までの時間を過ごしていった。

 

 

 

 

 そうして陽も完全に落ち、宵闇が辺りを支配する中、宴会に参加する者達が紅魔館に集まりだした。

 

 やはり異変が立て続けに起こったせいか、最終的な人数は毎度の宴会に比べて少なく見える。それでも紅魔館、永遠亭の主要メンバーを加えれば三十人近い人数なのだから、驚きに値するだろう。

 

 その者達は妖精メイドにパーティーホールまで案内され、ホール全体に広がる豪華な食事や酒に期待の眼差しを向ける。中には穏やかながらも優美さを感じさせる装飾に思わず唸りを上げる者もいる。各々好きなメンバーで固まって穏やかに談笑して始まりの時を待つ。

 

 そんな緩やかな雰囲気の中、貧乏生活をしているとある巫女さんや、その巫女と仲が良い鬼さん等は涎を垂らさんばかりだ。

 

 そんな風に飢えた者達が発する殺気というか鬼気というか、ともかくギラギラとした雰囲気を撒き散らしながら、まだかまだかとホール最奥の壇上を睨み付ける。

 

 本来ならばまだ開始の時間ではなかったのだが、飢えた狼を放っておくのは危険と考えたのか、今回の宴会の幹事であるレミリアが咲夜と横島を伴い、壇上に上がる。

 

 横島に対して訝しげな視線が集中するが、横島は涼しげな表情でそれをスルーする。内心美少女の注目の的なので喜びやら何やらが溢れ出さんばかりだが、そこは彼も男の子。クールな装いで女の子達をドッカンドッカン言わせよう等と画策している。

 

 ホール中の視線が集中する中、レミリアが大きく息を吸い、言葉を発する。

 

「本日は忙しい中集まっていただき、感謝する。度重なる異変のせいか来られなかった者もいるようだが、その者達の分も皆には楽しんでいただきたい。……えーっと、いい加減皆お腹空いてるだろうし、もう挨拶はいいや。それじゃ皆グラスを取って」

 

 最初は澄ました顔で軽やかに少々尊大な挨拶が始まったが、腹を空かせた狼達の危険な視線の圧力に負けたのか視線どころか顔ごと背けてちゃっちゃと切り上げる。

 

 若干投げやりなレミリアの言葉だが、皆は気にせず妖精メイド達が配ったシャンパン入りのグラスを手に取り、合図を待つ。

 

「こほん……。それじゃ―――乾杯!!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

 今ここに、宴会が始まる。

 

 

 

 

 

第八話

『宴会の準備――千里を走る、厄介な噂――』

~了~




お疲れ様でした。

いえ、今回の話なんですがね、例えば遠足とかでも家に帰るまでが遠足って言うじゃないですか。だからそれとおなじように宴会の準備と片付けだって宴会に含まれるわけで、つまり実際には別に予告詐欺でもないんじゃないかなぁ、とかね? ほら祭りは準備が一番楽しいとも言うし、宴会だってそうかもしれないし、今回のだって宴会なんだ! だから俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!!

すいませんでした(土下座)

笑って許してやってください。

オリキャラ三人ですが、これは都合の良い時に都合良く動かせる都合の良い設定を持った都合の良いキャラが欲しくて出しました。ですが出番はそんなに多くなりません。

宜しければいちごちゃん、ニコちゃん、V3とでも呼んでやってください。

長々と失礼しました。次回こそ真の宴会です。

次回の投稿をお待ちください。

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