何というか激務が続いていまして……六月は更にやべーことになりそうです。
何とか隙を見つけて投稿出来ればいいんですが……。
今回も時間が大分かかった割に結構短いです。
それはさておき、果たしてこいしはどうなっちゃうのか。
こいしは目の前の光景に理解が追い付かなかった。
自らの姉であるさとりが、地上から来た客人達に頭を下げている。
悪いのは自分だ。彼に……横島忠夫に余計な茶々を入れて問題を引き起こしたのは自分なのだ。
なのに、どうして。どうして、自分の代わりに
「本当に申し訳ありません。全ては、私の責任です」
「さとり……」
さとりは誠心誠意頭を下げる。彼女は自分の情けなさに涙が出る思いだ。
レミリア達に信頼されて横島を地霊殿で静養させてたというのに、彼の身に重大な
全ては自分のせいである。妹の精神に問題が発生していることを把握しながらも、時間が解決してくれると、いずれ理解してくれる日が来ると楽観視し、具体的な解決を図ろうとしてこなかった己の因果が巡って来たのだ。
何もせずに解決することなど何もないと、当の昔に思い知っていたというのに。
拳をきつく握りしめ、身体を震わせて頭を下げるさとりを見るレミリアの瞳は、意外にも同情的な色を帯びていた。
レミリアとさとりの立場はよく似ている。理由は違えど最愛の妹の精神に異常が発生してしまい、その治療を施してきた。
幸い……と言えば語弊があるだろうが、レミリアの妹であるフランは自らの特異性を理解し、自分から地下へと引きこもることによって他人を巻き込まぬように己の心を閉じ込めた。
こいしは地底を飛び出し、あらゆる場所に自由気ままに繰り出した。彼女の能力もあってか、捜索はほぼ不可能だと言っても過言ではない。こいしの無意識のよる行動は、こいし本人でさえ考えが及ばないことをしでかすことがままあり、その事後の顛末が唯一の手掛かりになっていたのだ。
レミリアはさとりに怒りを抱いている。だがそれと同時に既に許そうという思いも持っている。今回の発端は自分であるとも言えるし、何より事が事なのだ。今は責任の追及などしている場合ではなく、協力して一刻も早く横島を見つけるべきである。
レミリアの心が読めるさとりは彼女の心を知り、その深く大きな器に畏敬の念を抱く。そして、レミリアの内心を知って心の片隅で安堵を覚えた自分に巨大な嫌悪感を。
「さと――――」
「違うのっ!!」
さとりに声を掛けようとしたレミリアの前に、こいしが躍り出る。
「ちがっ、違うの! お姉ちゃ、お姉ちゃんは悪くな、いの……! わ、私が……! 私がっ、悪くて……!!」
視線は泳ぎ、声は震え、全身からは冷汗が噴き出している。自分に集中するいくつもの眼、その責め立てるような視線の圧に、こいしの緊張は極限まで高まり、精神は限界にまで達する。
「ご……、ごめ……!!」
視界が滲む。呼吸が上手く出来ない。やがて、ついに――――。
「……ごめんなさいいいぃぃぃーーーーーーっ!!!」
――――こいしの心は、決壊した。
第八十一話
『暴走する心と感情』
「……」
皆は何も言うことが出来なかった。
地面にぺたりと座り込み、わんわんと大泣きするこいしの姿に呆気にとられたのだ。
こいしがその“眼”を閉ざして以来、これ程までに大きく感情を露にするところなどさとりですら見たことがなかった。
自らの行いの是非、さとりの言葉、周囲の視線……そして罪悪感。それらが余程堪えたのか、こいしの幼く未熟な精神は悲鳴を上げ、ついには大泣きという形でその感情を爆発させた。
「こいし……」
湧き上がる大量の感情を処理しきれず、ただどうすることも出来ずに泣くこいしの姿に、かつての自分の姿を重ねる少女が居た。フランである。
フランの姉であるレミリアとさとりの立場が似ているように、フランとこいしの立場もまたよく似ている。
自らの特異な能力のせいで精神を病み、己を閉じ込めることを選んだ。フランは自らが誰も傷付けないように、地下深くに自分自身を。こいしは己が誰かに傷付けられぬように、自らの心を閉じ込めた。
肉体と精神、他人と自分。それらに違いはあれど、フランがシンパシーを覚えるには十分だった。
もし自分がこいしと同じ能力を持っていたら、同じように心を閉ざしたかもしれない。いや、もっと酷いことになっていたかもしれない。
フランは己の中に潜む凶暴性を知っており、それによって引き起こされるかもしれない“もしも”を想像し、背筋を震わせる。
フランには暗い闇から引き上げてくれる人達がいた。こいしにも当然それをしてくれる人はいるだろう。だが、未だその時は訪れていなかった。
こいしとフランの決定的な違いはそこだった。
「……こいし」
フランは歩を進め、泣き続けるこいしの肩に手を添える。
「こいし……こいし」
自分の存在に気付かないこいしにそれでも声を掛け続け、自分のことを認識してもらうまで、根気よく名前を呼び続ける。
フランの行動は皆も予想外であり、誰もがフランの行動に注視した。何をするのかは分からないが、邪魔だけはしてはならない。それが皆の頭に浮かんだ共通事項。真っ先に飛び出そうとして鈴仙にその身を抑えられたてゐも、何も言わず大人しく見守る程にその認識は強く固いものだった。
「……っ、……っ、……ひっ、……ぅ」
時間にして数分も掛かっていないだろうが、ようやくこいしはフランの呼びかけに気付き、しゃくりあげながらも顔を向ける。こいしの目には恐怖が宿っていたが、それでも目を逸らさずにフランと視線を交わす。
こいしの心は未体験の痛みに悲鳴を上げ軋んでいる。しかし、こいしは誰からの、どんな罵倒でも身に受けなければいけないと考えていた。そして、そんなこいしにかけられたフランの言葉は想像の埒外のものであった。
「ねえ、こいしはどうしてお兄様に能力を使ったの?」
「え……?」
フランからの問い掛け。さとりから事態の説明を聞き、その理由を知っているはずの彼女から、その問いは投げられた。
「それ、は……」
「……それは?」
大きく呼吸を繰り返しながら、こいしは何とか声を絞り出す。どうして能力を使ったのか。震える身体を抑えつけ、こいしはそれでも必死に言葉を紡ぎだす。
「それは……その時、は……それが、正しいことだと思ってた、から。本当の、心の声を浮かび上がらせれば……それが、答えになるって思ってたから……!」
再び、こいしの目に大粒の涙が滲み、ぽろぽろと零れだす。
「でも、私は間違ってたんだ……! 心の声を浮かび上がらせて、それが、真実だなんて……!! 私は、
こいしはかつて姉であるさとりと同じ能力を持っていた。だが、その能力のせいで他者から嫌われ、その瞳を閉じた。そうして新たに手に入れたのが“無意識を操る程度の能力”だ。
そう、こいしは誰よりも知っていた。誰かの心の声を知ることの怖さを。本人も気付いていない本当の心を知った時の恐れを。
――――全て、忘れてしまっていた。嫌なことから逃げ出した末の結果がこれだったのだ。
こいしの悲鳴にも近い叫びに誰も声を出すことが出来ない。こいしの中の後悔や絶望の感情を感じ取ったからだ。しかし、誰もが動けない中で、ただ一人だけ動く者がいた。
「間違ってた……か。私もね、ずっとそうだった」
そう、フランである。
「私もずっとずっと間違ってきた。今までみんなの声を聞かないふりして、ずっと嘘の自分で過ごしてきて……それで、もっと酷い間違いもしたんだ……」
フランの脳裏に浮かぶ、数百年にも及ぶ間違いの歴史。自分の為を思う姉の心を、周囲の声を知らぬ、聞かぬと地下に籠り続け。本来の自分を隠し、偽りの自分を創り出した。そして、あの『男』との戦い。それらの全てが間違っているわけではないが、“今”のフランはそれを正しくはないと感じている。
「でも、そんな私を引き上げてくれた人がいるの。お姉様みたいに助けてくれたの」
こいしの目が、大きく開かれる。それが誰の事か理解したからだろう。
「……私はまだただお兄様に何も返せてない。ずっと助けられてばかりで、甘えてばかりで……!」
フランの胸中に蘇る横島との様々な思い出。
手を繋いでくれた。頭を撫でてくれた。抱きしめてくれた。誰かを好きになること、誰かを愛することを教えてくれた。心を満たしてくれた――――救ってくれたのだ。
「私はお兄様を助けたい……間違ったままで終わらせたくない……!」
こいしの肩に置かれたフランの手が、いや、全身が震える。俯いたフランの顔から雫が零れ、こいしの膝を濡らした。再び上げたその顔、涙で滲んだ瞳は、それでもこいしの目を真っ直ぐに見つめている。
「こいしは……こいしはどうしたい?」
「え……」
その問いかけに言葉が詰まる。正直なことを言ってしまえば、その言葉の意味が分からなかったと言ってもいいだろう。フランはこいしが己の言葉の意味を飲み込むのを待つように、じっと目を見つめて口を閉ざす。その強い意志の宿る眼に、こいしは強く惹き付けられる。
自分はどうしたいか。誤った形で能力を使い、多くの人の人生に干渉してきた……そして、大きな過ちを繰り返した自分が何をしたいか……何をするべきなのか。
「私、は……」
俯いている場合ではない。己が今すべきことはそんなことではない。
前を見る。己のしてきたことと向き合い、その結末の責を負う。そして、今の自分がしなければいけないこと――――。
「私は……お兄さんに、横島さんに、謝りたい……」
震えながら、つっかえながら……弱々しく、しかしはっきりとこいしはそう口にした。
「私のせいで横島さんにも、他の人達にもすごい迷惑を掛けて……! だから、謝りたい……横島さんに、みんなにちゃんと謝りたい……!」
またぼろぼろと涙を流しながら、こいしは必死に自分の心情を吐露する。
自分は許されないことをしてしまった。取り返しのつかないことをしでかした。今己が考えていることは許されることではない。望むべきことではない。それでも、もし許されるのならば――――共に、横島を見つけたい。そして、心からの謝罪を。
「……そっか」
己の心と向き合い、自分がすべきことの答えを絞り出したこいしに、フランは笑い掛ける。こいしの肩から手を離し、今度は固く握られているこいしの手を優しく包んだ。
「……?」
優しく、温かで柔らかな感触に、こいしは疑問を浮かべる。自分を見つめるフランの眼差しは、柔らかなものに変わっていた。
「お兄様を一緒に探してほしいの。私じゃあどうすることも出来ないから……こいしも、一緒に」
「……!! で、でもっ、私は……!?」
フランの言葉にこいしは面食らう。自分は横島が消えた原因である。その自分に共に横島を探してほしいと頼むフランに、こいしはただ驚くばかりだ。
だが、同時にフランの願いはこいしにとっても望ましいものだった。許されるのならば自分も横島を探したいと、そう思っていたことは紛れもない事実である。
「……いいの?」
震えた声で、こいしは問う。
「……いいの? 私も、横島さんを探しても……?」
震え、怯えを帯びた声。その問いかけに、フランは。
「うん。一緒にお兄様を探して」
一切の躊躇いもなく即答した。
「……っ」
ふにゃり、とこいしの表情が歪む。また涙が滲んできた。そうして何度目かも分からぬ涙を零し始めると、フランではない誰かがこいしの頭を優しく撫でる。
涙で歪む視界のままに、その人物を見上げる。優しい手の主はフランの姉であるレミリアのものだった。
「アンタの気持ちは分かったわ。……フランもこう言っていることだし、アンタにも横島の捜索に全力を注いでもらうわよ」
その言葉、そして自分を撫でている手に、こいしはきょとんとした表情でレミリアを見つめる。その間の抜けた表情にレミリアは思わず噴き出してしまう。
「え……っと、その」
「あー、言わんとしてることは分かるわ。けど、フランがこうしてアンタを許してるんだ。私からは何も言わない。……ついでに言えば、他の誰にも文句を言わせないさ」
そう言うと、レミリアは視線を皆に向ける。その視線を受け、皆は一様に頷いた。フランに免じて、ということである。
レミリアはフランの言葉を聞き、その成長を嬉しく思っていた。以前のフランならばさとりやこいしの言葉を聞いた瞬間に暴走し、今頃は血みどろの戦闘が始まっていたことだろう。
だが、フランは思うところはあるだろうが、それでもこいしを許し、彼女の思いを受け入れた。
――――本当に、涙が出る思いだ。
だから、フランの望む通りにする。
なに、もし何かがあったとしても……自分が、その責を負おう。何せ自分は、フランの姉なのだから。
さとりは、こいしの言葉、その思いに彼女の成長を見た。
人は何かを間違えた時、その次の行動によって真価を問われる。
以前のこいしならば何も気にせず、記憶にも残さず、また気ままに無意識に遊び回っていただろう。だが、今のこいしは確かに以前のこいしとは違っていた。
今回失敗したのは確かであるが、それでも良き師との出会いがあったのだろうと推測出来る。
成長を促したのが自分でないことは残念であるが、それはそれだ。
今、この場において問題があるとすれば――――。
さとりは、ちらりと
「……」
その少女は俯き、自らの身体をその両腕で抱き締めるようにしてじっと
「……大丈夫、妹紅?」
隣に立っていた輝夜がその少女、妹紅に声を掛ける。
「……ああ。大丈夫。私は大丈夫だ。……大丈夫」
少しの間を置き、妹紅は力のない微笑みを浮かべながら、そう答えた。それはまるで己に言い聞かせるような言葉だ。
そう、今この場において最も精神的に危うい状態なのは妹紅なのである。今の彼女の心はとてつもない不安と恐怖に圧し潰されそうになっている。
かつて、妹紅が輝夜に復讐を果たそうと死を失ってからの日々は、輝夜への復讐心がある種の支えとなって千を超える年月を超えさせた。
横島と過ごす日々は彼女の失った支え……心の穴を埋めていた。それだけでなく、彼女は知らず、横島に依存するようになっていたのである。
今の妹紅は己を支える愛しき人、己の半身を失った状態と言える。
フランと妹紅。人は愛を知ることで強くなり、そして弱くもなるのだ。
「……」
さとりは唇を噛む。今の妹紅に何を言っても慰めにもならない。彼女を癒せるのは横島のみ。一刻も早く、見つけなければならない。
……だが。さとりの決意を嘲笑うかのように、数日が経っても横島は見つからなかった――――。
時は遡り、横島が気絶するかのように眠りに就いた直後。パルスィは横島を再び布団に寝かせ、彼の吐瀉物を処理すると、一人思案に暮れていた。
「守るとは言ったけど……一体何をどうすればいいの……?」
どうやらパルスィは何も考えていなかったらしい。
そも、守るとは何なのか。横島を守るのならば、彼が住んでいる紅魔館に連絡を入れるのが一番だ。話によれば横島はレミリア・スカーレット、八意永琳、そして八雲紫の庇護下にあるという。この面子を相手にバカをする者など、そうそういるわけがない。
確実を取るならそうするべきだ。そうするべきなのだが……。
「……」
パルスィは横島の寝顔を見やる。我知らず、手が横島の頬に伸び、そっと触れた。
――――何故か。そう、
「……あるいは、私が地底を滅ぼすことになったりしてね……?」
おどけたような口調で最悪の未来を口にする。しかし、彼女の背にはそれこそ言葉にすることも出来ないような“何か”が圧し掛かってきていた。
口内は乾き、呼吸は出来ず、脳裏には少ない友人達の顔が浮かんでは消える。内臓は凍ってしまったかのように冷たく感じられ、今にも千切れてしまいそうなほどの痛みを覚える。
腹から何かが込み上げる。だが、パルスィはそれを無理やり飲み込んだ。
「……構うものか」
全てを振り切り、呟く。
「……たとえ、どんな手を使っても……!!」
――――我は嫉妬の化身、水橋パルスィ。地底に充ちる妬心を束ね、我が力の糧とせん……!!
地底の片隅で、誰に知られることなく一人の少女がその心を暴走させる。横島との出会いがそうさせたのか、彼に降りかかった事態が切っ掛けだったのか。……あるいは、そもそも関係などなかったのか。ともかく、パルスィは目の前の総てを失った少年を守ると、心に強く強く刻み込む。
それは、彼女にとって初めての……そう、初めての
第八十一話
『暴走する心と感情』
~了~
お疲れ様でした。
今回、「タイトルは『Silent Jealousy』が良いかな? それとも『Jealousy of silence』が良いかなー?」とか考えてたんですが、本編最後の一文を読み直して「嫉妬じゃねーじゃん」ってなりまして。
一番暴走してるのはパルスィじゃなくて私。そして本編の展開。
……美鈴や小悪魔やてゐの活躍はまだ先です……。
それではまた次回。