東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

ボークスさんのキャラグミンで美神・おキヌちゃん・横島がフィギュア(ガレージキット)化!!
ブラボー! おお……ブラボー!!


第七十八話

 

 横島の旧地獄旅行四日目の朝。

 地霊殿の中庭にて、横島は振り棒を行っていた。

 

「……」

 

 この数日間、お燐とお空によって横島に降りかかったTO LOVEるは数知れないが、こうして木刀を振っている時は無心になれる。

 お燐は初日に横島に撫でまわされてぐでんぐでんにされてしまったのが余程気に入ったのか、隙あらば横島に近付いてもう一度撫でまわされようとする。それも猫形態であれば特に問題は無いのだが、横島の煩悩を見抜いたお燐は人型の状態で横島にすり寄っていく。

 お燐はお胸が大きい。すり寄ると自然にお胸が触れてしまう。その度に横島が壮絶な顔芸を披露するのが面白いようだ。

 近頃は横島の発情した匂いを何度も嗅いでいることで色々と持て余しており、だからこそ横島を狙っているのかもしれない。

 お空の場合は打算も何もなく、単純に横島の放つ霊波動に惹かれているようだ。よく横島にくっついている姿が地霊殿のそこかしこで目撃されている。

 お空はお胸がとても大きい。くっつくと当然ながらとても大きなお胸が触れてしまう。その度に横島は鼻血を噴いたり奇声をあげたり壮絶な顔芸をしたりと大忙しだ。そんな横島を楽しい人物と慕い、無邪気に追いつめる天然さんである。

 暑いからと無防備にも横島の前で服を脱ぎだしたり、暑いからとスカートを手ではためかせたり、暑いと言っているのに横島にくっついたりしている。

 どうもお空は誰かにくっつくのが好きなようで、普段はさとりやお燐によくくっついていたようだ。

 

「……」

 

 骨休めに来ているはずなのに余計な血を流し過ぎているような気がするが、それでも横島にとっては心安らかに過ごせている。

 ひたすらに木刀を振るう。振るう。振るう。振り棒が終われば次は最近ようやく教えてもらえるようになった型の稽古だ。本来型稽古は二人で行うものだが、今は横島一人しかいないので想像で補う。

 

「……むー」

 

 目を瞑って妖夢の姿を脳裏に浮かべ、それから繰り出される攻撃を防ぐ。それを繰り返し、最後に横島が反撃を繰り出し、そこで型の一つが終了。

 妖夢の扱う剣術は大雑把に言えば一刀で三十手、二刀で十八手の計四十八手の型が存在する。しかしこれは元々妖夢のような半人半霊の者が扱う剣術であるようで、横島の様に一般の人間(?)が完全に習得するのは不可能であるらしい。

 そこで妖夢は人間でも習得できる型を選別し、横島に教え込むことにした。そのとりあえずの型の一つが横島が行った型稽古である。

 

「すーーー、ふーーーーーー」

 

 呼吸を整え、もう一度。型稽古は反射の域に至るまで続けなければ意味がない。横島がその域に至るのは、一体どれほど先の話になるのか。

 

「……」

 

 脳内の妖夢の姿がより鮮明になっていく。妖夢の攻撃は激しくなり、横島は必死にその攻撃を防ぐ。

 妖夢の身体が汗できらめく。シャツがめくれ、おへそが見える。スカートが翻って中のパンツがちらりと見えた。何故か妖夢の後ろにお燐が妖艶な笑みを浮かべてスカートをたくし上げ、その反対側には何故かお空が何もわかってなさそうな顔で大きなお胸を露出していた。

 

「……やっぱり妖夢ちゃんは健康的な色気があるというか、そーゆーのにけっこう気を付けてそうなのに不思議と無防備な瞬間があってけしからんというかありがとうございますというか……お燐ちゃんはけっこう露骨な誘惑とかしてくるタイプだったのは意外だったな。やっぱり猫だからだろうか……いや意味が分からん。でもやっぱり可愛いしチチも大きいし。お空ちゃんは何であんなに純粋なんだ。男は常に切羽詰まってるよーなもんなのにあんなにぽんぽんぽんぽんチチを見せられたら暴走してしまうやないか……でも毎回チチを見せてくれてありがとう。これからも純粋にチチを見せてくれるお空ちゃんであってくれ……」

 

 振り棒の時は無心になっていた横島であるが、脳裏に妖夢を思い浮かべたことが影響したのか、ぶつぶつと煩悩にまみれた呟きを放っていく。型稽古を行いながらのその姿はまさに異様であり、そして不気味であった。

 最後、反撃を加えて稽古を終了し、大きく息を吐く。じわりと身体に熱以外の何かが広がっていく感覚。最近、横島はこの感覚を心地よく思うようになってきた。

 

「……ふう」

 

 身体から力を抜き、眼を開く。その視線の先にはきょとんとした顔で首を傾げるお空と、にやにやとした笑みを浮かべるお燐、そしてとてつもなく冷たい目をしたさとりが立っていた。

 

「――――ほわぁっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

第七十八話

『家族』

 

 

 

 

 

 

 

「さ、三人ともいつからそこに!?」

「えー? 横島さんが“やっぱり妖夢ちゃんは~”って言ってたところからだけどー?」

「い、いやーーーーーー!? 声に出してたーーーーーー!?」

 

 正直な話しいつものことなのではあるが、それでもやっぱり三人もの美少女に己の薄汚い欲望を表白したことに項垂れてしまう。

 

「なになにー? 横島さん、欲求不満なの? あたいが解消してあげよっかー?」

「横島さん、私のおっぱい見たいの? 別に見てもいいけど……?」

「あーっ!? やめてーっ!! 俺を傍に近寄らないでーっ!!?」

 

 胸の下で腕を組み、その大きなお胸を更に強調させながら迫ってくるお燐と、横島の言葉の意味をまるで理解しておらず、とりあえずおっぱいが見たいのなら見せてあげようとシャツのボタンを外しながら近付いてくるお空の二人に、横島は頭を抱えながら鼻血を噴き出しつつ両目を見開いて二人のお胸を凝視するという器用さを見せる。

 そしてお燐のお胸が横島に触れ、お空がシャツのボタンを外し切る前に、背後から二人の肩にさとりが手を置いた。それだけで二人は動きを止め、ささっと迅速な動きで道を開ける。

 

「さ、さとりちゃん……」

「……」

 

 横島の前に立つさとりの目は横島の恐怖を駆り立てる。まるで変態を見るかのような冷たい目だ……残酷な目だ……。「かわいそうだけどあしたの朝には留置場の牢屋に入れられる運命なのね」って感じの!

 

「……いいんですよ、横島さん。年頃の男の子なんですから、そういった欲を持つのはごく普通のことです」

「うわあああああああっ!!? そんな目で俺を見ながら優しい言葉を掛けないでええええええっ!!?」

 

 冷たい目をしながらも、優しい笑みを浮かべて優しい言葉を掛けるさとりに横島の良心が悲鳴を上げる。背伸びをしてよしよしと頭を撫でてくるさとりの手を、いやいやとむずがるように泣きながら避ける。横島の精神的なダメージが存外高いのは、さとりやお空が“セクハラをしたら悪者になるタイプ”(個人の感想です)の女の子であるからだ。……お燐はノリが軽い(個人の感想です)ので除外されている。何とも失礼な話だ。

 

「ああ……っ!! でも……この視線は癖になるぅ……っ!?」

 

 しかし横島、根っこの部分はやはり被虐嗜好なのか、さとりの冷たい視線に快感を覚え始める。その様は紛うことなき変態そのものであるが、さとりは横島の歪んだ性癖に理解がある。

 承認欲求が強い横島は視線――――つまり見られることに飢えており、“己を見てくれる”“己を認識してくれる”ことにも快感を覚えるのだ。

 横島の深層心理まで読み取ったさとりはこういった性癖を持つに至った理由(過去)も熟知しており、それを否定することなど欠片も思いつきはしなかった。()()()()()()()()()()()()()()

 では、何故今こうして横島をいじめているのか……。それは単純であり、要はちょっと意地悪したくなった、というもの。何となくそうしたくなっただけであり、特にこれといった理由は存在しないのだ。

 別にお燐やお空が“そういう対象”として見られているのに自分はそうと見られていないとか、妖夢がいいのなら自分も対象になるはずなのでは? だとか、そんなことは一切考えてはいない。一切考えてはいないのだ。

 

「……ふふふ」

 

 やがてさとりの目は冷たいものから温かなものに変わる。元々さとりは嗜虐趣味ではないし、“(さとり)妖怪”としては穏やかで優しい性格をしていると言える。横島をこんな風にいじめるのは今回が初めてであり、普段は世話を焼いていることがほとんどだ。例えば昨日にはこんなことがあった。

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

 昨日の午後四時ごろ。さとりは廊下に備え付けてあるソファーで昼寝をする横島を見つけた。その姿は常ならぬものであり、思わずさとりも笑みをこぼしてしまうほど。

 大型の犬が枕変わりとなって横島の頭の下で丸まり、その横島の身体の上には猫や鼠、うさぎやフクロウ、そしてハシビロコウさんがそれぞれ乗っかり、眠っている。文やはたて、永琳が見ればカメラのシャッターを切りまくるでだろう可愛らしい状態だ。

 犬がさとりに気付く。彼はさとりの顔をじっと見、さとりは頷いた。どうやら彼は身体を動かしたいらしく、さとりに助けを求めたのだ。それを読んださとりはすぐさま了承、横島の頭を少し持ち上げ、犬を脱出させる。……そしてさとりは犬が寝ていた場所に腰を落ち着け、自らの膝の上に横島の頭を乗せる。

 

「……意外と起きないものですね」

 

 かなり大きく身体を動かしたはずだが、それでも横島に起きる様子はない。余程深く眠っているのだろう。のんきに寝ている横島の頭を撫で、さとりは柔らかく笑った。――――どうでもいいが横島に乗っている動物たちも微動だにせず乗っかったままである。

 

「……ん」

 

 およそ十数分後。横島の目がわずかに開かれる。廊下の明かりを遮る何かの影。ぼやけた視界の焦点が合わさり、その正体がはっきりと目に映った。それはまっすぐに自分を見つめているさとりの顔だった。

 

「あ、起きましたか」

「………………………………さとりちゃんっ!!?」

「はい、さとりお姉ちゃんです」

 

 己の視界に広がるさとりの顔に驚き、思わず身体が跳ねる横島。この時には既に横島覚醒を感じ取っていたのか、動物たちは横島の身体から下り、それぞれ思い思いに散っている。

 

「なっ、なん……何っ!?」

「膝枕です。横島さんが起きるまで暇だったので寝顔を眺めてました」

 

 横島の顔をじっと見つめながら何でもないように言うが、その頬は若干の赤みを帯びている。お燐やお空、動物たちによくしてやっているが、男性に膝枕をするのはこれが初めてで少々感覚が違ったらしく、その違いが妙に気恥しかったのだ。さとりはその気恥ずかしさを紛らわせるために横島の髪を撫でる。驚きに身を硬直させていた横島もそのむず痒いような感触に身を捩じらせ、やがてこんな機会は滅多にないと考えて身体から力を抜き、身を委ねる。

 静かな時間が流れる……が、そんな優しい時間は調子に乗った横島が「今なら偶然を装ってさとりちゃんのお腹に顔を埋めることが出来るのでは?」と考えたことによって終了してしまったが。

 

「あああああ俺はさとりちゃんになんてことをぉ……!!」

「堕ちてきてますねぇ」

 

 この日心に負ったダメージも中々に大きかった。

 

 

 

 

 

 さて、新たな扉を開きかけている横島をこのままにしておくのは少々まずい。さとりは皆の注目を集める為にぱんと手を打ち鳴らし、朝食を促す。

 

「さ、冗談はここまでにして朝ごはんにしましょう。横島さんも早く正気に戻ってください」

「はーい」

「おおおおお……!! そのジト目が俺の心を狂わせ……え、朝飯? しまった、早く準備しねーと!」

「横島さん、ここは紅魔館じゃないよー?」

 

 咄嗟のことになると相変わらず働こうとする横島に、お燐のツッコミが入る。そのままお燐とお空に連れられ、横島は「あああ両腕に二人のおっぱいがあああ……!!」と悶えながら食堂へと消えていく。自分のペットである二人が横島によく懐いている姿には素直に嫉妬を覚えてしまう。その嫉妬が()()()()()()()()()()()()()()()()はさとり自身にも定かではない。しかし、さとりにとって横島は既に大切な存在であることは確かである。

 さとりは三人の後を追い、中庭を後にする。この日の朝食も、ここ数日と変わらぬ騒がしさであり、さとりはその騒々しさに呆れつつもどこか楽しんでいた。

 

 

 

 時は午後の三時過ぎ。さとりは自らの書斎で趣味の小説の執筆に勤しんでいた。昼食を終えて数時間が経ち、何となく口寂しくなったさとりは休憩に入っていた。今日のおやつはどら焼き。普段は洋菓子を好んでいるが、時折和菓子を食べたくなるのである。

 横島が来てからの数日間で、さとりは大幅に筆が進んでいた。横島との触れ合いが良い刺激になり、次々に新たなアイディアが湧き出て止まらないのである。そのおかげか執筆中のさとりの機嫌は良く、時折鼻歌も口ずさむほど。

 

「……ふむ」

 

 ここで、さとりに悪戯心がむくむくと膨れる。横島のことを思い浮かべたせいか、現在横島が何をしているのか気になってしまったのだ。

 

「……ちょっとくらいなら良いですよね」

 

 結果、さとりは特に迷うでもなく横島の心を読むことにした。出会った当初はともかく、現在の横島はさとりに心を読まれることに忌避感を抱いていないので、ついつい遠慮を忘れてしまう。横島の厚意に甘えていると言えるのだが、その久しく忘れていた感覚に抗うことは難しかった。

 

「……む。距離があるせいか鮮明には聞き取れませんね」

 

 横島の心を読もうと意識を向けるが、横島の位置が書斎から離れているせいでほとんど聞こえない。そこで諦めればいいのだが、さとりはここで止めるのは何か負けた気がしてしまい、全意識を読心に傾ける。少し意固地になってしまったようだ。

 

 ――――さ……ゃ……――――

「捉えました。後は集中すれば……」

 

 ノイズの様な雑音交じりに横島の声が聞こえてくる。より精度を上げるため、さとりは妖力を高めて集中する。本気になり過ぎな気がするが、今のさとりにその自覚はない。やがて途切れ途切れではあるが、横島の声が先程よりも鮮明に聞こえるようになった。

 

 ――――さとりちゃ……。

「私……? な、何か横島さんの気に障るようなことでもしてしま――――」

 ――――さとりちゃん……すき……――――

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

「~~~♪ ~~~~♪」

 

 書斎前の廊下を口笛を吹きつつお燐が通る。最近は灼熱地獄の熱も安定しており暇な時間が多い。そんな時は地上に上がって死体漁りをするのが常なのだが、ここ数日……横島が地霊殿に来てからは地上に上がっていない。横島への興味が趣味を押しのけているからだ。

 横島の霊力は心地よく、また猫の扱い(意味深)も上手い。将来的にかなり上質な死体になりそうであるし、お燐の興味を惹くのは当然だった。何よりさとりが心を許しているというのが大きい。

 こう見えてお燐は色々なことに鼻が利く。さとりが横島に対して何やら特別な気持ちを抱いているのも薄々勘付いている。それが男女間の思いであるかまでは分からないが、()()さとりが好意を持つ人間を嫌いになどなれない。

 

「ふんふふ~んふんふ~ん♪」

 

 次はどんなことをして横島を誘おうか、と考えていたお燐の耳に。

 

 ズダダダダダダンッ!! という轟音が届いた。

 

「にゃあああああああああんっ!?」

 

 まるで本棚が倒れたかのような音に、お燐は驚きで飛び上がる。音がしたのはさとりの書斎。まさかさとりの身に何かが? そう考えたお燐は慌てて書斎に向かう。

 

「さ、さとり様ーっ! 大丈夫ですかー!?」

 

 扉をあけ放ったお燐が見たものは、床に散らばった何冊もの本と、その横で何故か顔を押さえて悶えるさとりの姿であった。

 

「な、何があったんですかさとり様!?」

「何でもない……何でもないのよ……」

 

 お燐はさとりに駆け寄って事情を聞くが、さとりは何でもないと言うばかりで決して話そうとしない。幸い本人は怪我などもなく、挙動不審な所を除けば問題が無いように思える。

 今は何を聞いても答えてくれそうにないことが分かり、お燐は散らかった部屋の掃除を手伝い、部屋を後にした。心配そうな顔で何度も振り返るお燐を見てさとりの心が痛くなるが、今のさとりにそれを気にするだけの余裕がなかった。

 

「さ、ささささっきの横島さんの声は一体どういう……レミリアさんの手紙によれば横島さんは何人か恋人が出来たはず……まさか私もその一人に……? こここ告白とかされたらどうしましょう心の準備が……」

 

 割座で赤くなった頬を押さえるさとりは意味もなく部屋中に視線を彷徨わせる。自分以外この部屋の中に誰もいないというのに、何故か誰かの視線を気にしてしまう。

 

「落ち着きなさい。……そう、落ち着くのよさとり。まずは深呼吸をして――――もう一度横島さんの心を読むの」

 

 座ったまま深呼吸し、もう一度横島の心に集中するさとり。もう横島の心が気になって気になって仕方がないという状態だ。横島に対して恋愛感情は抱いてはいないが、それでも憎からず思っている男性に好意を抱かれていたと分かればそれはそれで嬉しいもの。

 

「そ、それでは……!」

 

 緊張からごくりと喉を鳴らし、どうしてか高鳴り続ける胸を押さえ、さとりは横島の心を読む。自分のことを嫌っていないでほしい。好きでいてほしい。

 さとりは自分を女の子として見てくれる横島に、我知らぬ執着を持っている。それに気付いた時、さとりは己の心とどう向き合うのか。ひとまず、今横島の心の声に()()()()()()さとりの心は――――。

 

 ――――さとりちゃんって髪ボッサボサだからな……。()きたいんだけどお願いしたらやらせてくれっかな……。でもそれも失礼な気がするしな……――――

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

「うーにゅにゅっうにゅ~♪」

 

 書斎前の廊下をお空が鼻歌交じりに通る。お空はここ最近妙に機嫌が良い。それは横島が来たからだ。

 お空は間欠泉地下センターの最下層である核融合炉で働いており、それだけの知識と技術を持つ才媛――神由来ではあるが――なのだが、彼女は非常に短絡的で調子に乗りやすい性格であり、少々天然(おバカ)の気がある。そんなお空が横島のことをどう思っているかと言うと、ずばり“好き”の二文字である。恋愛感情はともかく、お空は横島のことが好きなのだ。

 何せさとりが心を許している相手だ。それに加えて横島の発する心地よい霊波。これだけでもお空が横島を嫌いになるはずがないのである。さとりとしてはもう少し警戒心を持てと言いたいところであるのだが、それほどまでに自分を慕ってくれているのは素直に嬉しかった。

 さて、そんなお空が上機嫌で吹けない口笛を吹こうと頑張りながら歩いていると。

 

 ズダダダダダダンッ!! という轟音がお空の耳に届いた。

 

「うにゅうううぅぅっ!!?」

 

 いきなりの騒音に驚いて尻もちをついてしまったお空は、その音の出元がさとりの書斎だと気付くと大慌てでさとりの安否を確認しに向かった。

 

「さ、さとり様ー! 大丈夫ーっ!?」

 

 己の主の危機に半泣きになりながら書斎に飛び込んだお空が目にしたのは、床に散らばった何冊もの本と、その傍らにうつ伏せで倒れ込むさとりの姿であった。

 

「さとり様ー!?」

「う、うう……」

 

 慌ててさとりを抱き起こすお空の耳に、さとりの小さな呻きが聞こえる。

 

「い、今の時代になんて古典的な……! もはやベタを通り越してる……! まさか私の能力を逆手にとってるんじゃ……!?」

「さ、さとり様……? なに言ってるの……?」

 

 妙なことを口走りながら誰かに向かってぶつぶつと非難を口にするさとりに、お空は戸惑い気味だ。さとりの期待は裏切られた……しかしある意味ではお約束通りである。お空にはどういった展開があったのかは分からないが、とにかくさとりは何かをして何かにショックを受けたらしい。それが分かったお空は、とりあえずさとりをあやすべく身体を軽く揺すったり、頭を撫でたりと手を尽くす。

 

「……子供じゃないんだからそういうことはしないように」

「ごめんなさい、さとり様……」

「あ、いや怒ってるわけじゃなくて……」

 

 さとりの言葉にしょんぼりと落ち込んでしまったお空を慰めるのには、少々時間が掛かるのだった。その後お空に部屋の片づけを手伝ってもらい、さとりはお空に一つ質問をする。

 

「ねえ、お空。私の髪ってボサボサかしら?」

「? うん、ボッサボサだよ?」

「………………そう」

 

 何ら悪意のない純粋な心からの即答をするお空に、さとりの心は少し傷ついた。

 

「いいでしょう、横島さん。あなたの望み、叶えてあげましょう。ふふ……ふふふ……ふふふふふふふ……」

「今日のさとり様、なんか変だね」

 

 お空のツッコミが胸に刺さる。

 

 

 

 

「……ふう」

 

 夕食を終え、現在は食休みの時間。さとり、お空、お燐、そして横島の四人は一緒のテーブルを囲み、食後のお茶を堪能していた。

 お茶を飲んで一息吐くさとりは、お燐とお空に絡まれている横島に目をやり、小さな笑みを一つ浮かべる。

 今日の様に激しく心を動かされたのは一体いつぶりであろうか? 期待と不安、そして裏切り(笑)。まるで普通の女の子の様に色々な感情が揺り動かされた一日だった。

 目を瞑って朝のひと時を、午後の出来事を反芻する。途端、湧き上がってくる想い。それは決して受け入れられることはない。しかし、それでも期待せずにはいられない。

 ()()()()()()。一度想像してしまえば、抗うことはもう出来なかった。――――想いが溢れ、口から零れ出てしまう。

 

「……横島さん。少し、大切な……大切な、お話があります」

「……ん?」

 

 さとりの真剣な声音を聞き、お燐とお空に抱き着かれて鼻の下を十センチほど伸ばしていた横島は瞬時に顔を引き締める。お燐たちも空気を読み、自分達の椅子に戻っていく。それを目で追う横島は少し残念そうな顔をするが、それも一瞬。横島はさとりの話を黙って待つ。

 

「横島さんが地霊殿に来て、もう四日。旅行の日程は五泊六日ですので、明後日には紅魔館に戻るんですよね?」

「ああ、うん。そうだけど……?」

 

 それは初日に確認済みのこと。さとりの意図が読めず、横島は首を傾げる。

 

「お空もお燐も、それだけでなく地霊殿のペットたちみんなが横島さんに懐いています。勿論妖精たちも。みんな安らいでいる……癒されています」

 

 見れば、横島の周囲には何匹かの動物が集まっていた。頭の上には「ここは自分の場所である」と言わんばかりにハシビロコウさんが止まっている。

 

「そして、それは動物(ペット)たちだけでなく――――私も、なんです」

「え……」

 

 目を伏せ、頬を赤く染めたさとりの言葉に、横島の胸が高鳴る。初対面の時こそ色々あったが、横島はさとりのことを嫌っていない。それどころか好意を抱いていると言ってもいいだろう。そんな少女にこんなことを言われたのだ。横島が思わずときめいてしまっても仕方がないだろう。

 

「突然こんな事を言われて、戸惑いもあるでしょう。でも、あなたの答えを()()()()()()()()()()

「……!」

 

 さとりは大きく息を吸い、そして、真っ直ぐに横島の目を見て自らの想いを告げる。

 

「横島さん……。あなたは、地霊殿に必要な方なんです。私の――――私の、家族(ペット)になってくれませんか?

「――――――!!」

 

 さとりは、横島と過ごして抱くようになった想いを告白する。この告白劇にお燐とお空は「キャーッ!」と顔を赤らめ、はしゃいでいる。横島はと言えば、さとりの言葉を聞き、それを受け入れた際の未来を思い浮かべる。

 きっと楽しい日々になるはずだ。時々事件が起きたりと騒々しい日々ながらも、皆で笑い合えるような、そんな毎日が続くはずだ。……しかし。

 

「……」

 

 きっとさとりは既に横島の心を読んでいるだろう。だが、言葉にしなければならない。さとりは“答えを聞かせてほしい”と言った。心を読むことの出来るさとりが、聞かせてほしいと望む。それには、大きな意味がある。

 横島は大きく息を吸い、さとりの目を真っ直ぐに見つめ返す。例え既に心を知られていても、言葉にして返す。それが礼儀と思ったから。

 

「……その、ありがとう。さとりちゃんにそーゆー風に言ってもらえるのは正直嬉しい」

「はい」

「……でも、今の俺には紅魔館が――――レミリアお嬢様がいるから」

「……はい」

 

 二人の会話をお燐たち、そして動物たちが固唾を飲んで見守る。彼女たちも、横島が言わんとしていることが理解出来た。

 

「きっと、お嬢様に出会う前の俺だったらここでさとりちゃんの家族(ペット)になっていたと思う。……でも、そうはならなかった。俺は――――俺は、レミリアお嬢様の執事(いぬ)だから

「……」

 

 それは最早、横島の誇りとまで言えるものに昇華されていた。尊敬し、敬愛し、崇拝するレミリアの執事(いぬ)であること。それは横島のアイデンティティーとなっている。

 さとりは横島の言葉を聞き、眼を閉じて想いの籠った言葉を反芻すると、柔らかく微笑んで横島を見つめ返す。

 

「……レミリアさんが羨ましいです」

「あー、何つーか……ありがとうな、さとりちゃん。俺を誘ってくれて」

 

 申し訳なさそうにそう言う横島に、さとりは気にしていないと首を振る。地霊殿での二人の関係は、さながら手の掛かる弟とそれを甘やかす姉といった風情である。それは先程の問答を経ても変わることはない。

 二人のやり取りを見て、ゾンビフェアリーはこう思う。――――「ひょっとして、この人たちってとんでもないアホなのでは?」――――と。

 

「さとり様からのお誘いを断るなんて、横島さんのくせに生意気だ―!」

「生意気だー!」

「あっ!? ちょっ、やめーーーーーーっ!!?」

 

 横島は誘いを断ったことにより、お燐とお空にぽかぽかと叩かれることになる。お燐は色々と情報を持っているので冗談交じりに軽く叩いているだけであるが、お空はその辺りのことをまるで分っていないのでわりと本気で殴っている。そろそろ肋骨が悲鳴を上げているぞ。

 

「ふふふ、ざまぁないですね。もっとやってあげて」

「ちょっ、さとりちゃげふうっ!?」

「乙女心を弄んだ横島さんが悪いんです」

「何の話っ!?」

 

 ちゃっかりと昼間の仕返しをするさとりであった。人それを逆恨みと言う。

 

 

 

 

「ぶぇー……ひどい目に遭った……」

 

 あれから二人に解放された横島は客室に戻り、ベッドの上に身体を放り出している。二人に、特にお空に殴られたところが鈍い痛みを発している。お空はあの後色々と横島の事情を聞かされ、すぐさま頭を下げて謝った。お燐から教わった通り、目に涙を溜め、上目遣いで胸を押し付けるようにして誠心誠意謝った。当然横島はデレデレになり、一秒でお空を許す。

 動物たちはお燐たちとは逆に静かなものだった。ただ、横島が帰ると知り、悲しそうに泣き声を上げていたのが少し嬉しかった。

 この後の横島の予定は特にない。精々が風呂に入るくらいのものだ。動物たちが居れば構ってやったりで時間も潰せるのだが、あいにく今は一匹もいない。パチュリーによく読書を勧められるが、こういう空白の時間が出来ると、何かお勧めの本でも貸してもらえばよかったと思ってしまう。まあ、横島の性格的に大人しく読書が出来るのかは別問題であるが。

 とにかく何かをしたくなった横島は、いっそのこと鍛錬でもしてやろうかと考え始める。痛いのも辛いのも嫌いな横島がこうも変わるとは、元の世界の仲間たちでも予想出来ないだろう。

 鍛錬のことを考え始めると、何だか身体がむずむずしてきた横島は、ひと汗掻いた方が風呂も気持ちがいいだろうと身体を起こす。そして何気なく部屋の扉の方に目をやると――――。

 

「お姉ちゃんの誘いを断るなんて、人間のくせに生意気だ―」

「――――っ!!?」

 

 自分の視界いっぱいに広がる少女の顔。一体いつからそこにいたのか、横島は声にならない声を上げて、座ったままの姿勢で壁まで飛びのいた。

 

「あはは、すごいすごーい!」

「え……な、なん……!? 誰だお前は!?」

 

 横島は驚きすぎてキャラがおかしくなっている。もしこれが小傘の仕掛けた悪戯であれば、さぞ空腹は満たされただろう。

 けたけたと笑っていた少女は横島の誰何に首を傾げ、そのまま笑顔で名を告げる。

 

「私は“古明地こいし”。さとりお姉ちゃんの妹だよ」

「い、妹……? あ、そういやいるって言ってたっけ」

 

 横島はさとりとの語らいを思い出し、納得。にこにこと笑顔を浮かべるこいしの見ていると、どこかで見たことがあるような気がしてくる。果たしてそれはどこだったか。

 

「……おかしい、俺がこいしちゃんみたいな美少女を覚えていないはずが……」

「?」

 

 突然ぶつぶつと呟き始める横島にこいしは疑問符を浮かべる。こいしは横島をじっと見つめると、かなり余っている袖で横島を指した。

 

「それで、お兄さんのお名前は? 人に名前を聞くときは自分から名乗るものだって聞いたよ?」

「あ、っと。悪い悪い、俺は横島忠夫。地底には旅行に来ててな、さとりちゃんの厚意で地霊殿(ここ)に泊まらせてもらってるんだよ」

「おお、そうだったんだ……!」

 

 何が珍しいのか、こいしは横島の言葉に大きなリアクションを返す。藍から聞かされていたが、さとりは地底では嫌われているらしく、それが関係しているのだろう。

 横島は改めてこいしを見る。緑の髪に黄色い服、花柄のスカートと、もし本当に以前会っていたというなら、横島でなくてもそうそう忘れることはないだろう出で立ちだ。更に付け加えるならば頗る付きの美少女でもある。これほどの美少女ならば、横島は決して忘れないだろう。だというのに、会ったことはある、という認識が存在し、その記憶は残っていない奇妙な感覚だけが残っている。こいしの能力か何かなのか。横島の思考は回り始める。

 だが、そんな横島の考察をよそに、こいしは横島をつつき、意識を己に向けさせる。

 

「ねね、色々とお話を聞かせてほしいんだけど、いいかな?」

「あー……いいぜ。何を聞きたいんだ?」

「えっとねー、えっとねー」

 

 手をパタパタと振り、こいしは横島から話をねだる。横島もちょうど暇を持て余していたのだ。遠慮なく自分の話し相手になってもらう。どうやらこいしは聞き上手だったらしく、横島の話が止まることはなかった。こいしは相変わらずオーバーリアクション的な身振りで楽しそうに話を聞いている。

 

「――――そして俺はこう言ったんだ。“ゴーストスイーパーは悪魔の言いなりにはならない……!!”」

「わー、お兄さんかっこいいー!!」

 

 自分の活躍を盛りに盛り、気持ちよく語る横島。こいしからの称賛もそれに拍車をかける。

 今横島が話しているのは元の世界の話だ。こいしに自分の身の上を話し、それならと元の世界の話をねだられたのだ。

 やがて話にもひと段落付き、横島は満足そうに息を吐く。何せとことんにまで自分を美化した話を聞かせたのだ。それはもう満足だろう。この話を萃香や勇儀が聞いていたら、それぞれが三歩ほど助走をつけてぶん殴ってくるかもしれないが。

 こいしもこいしで何度も頷き、満足そうにしている。やはり自分が知る世界とは大きく違う世界の話は、それだけ面白かったのだろう。と、こいしはここで大きく首を傾げる。それは全身で疑問を表しているようで、可愛らしくもあるが少々滑稽な姿に見える。

 

「ねえ、お兄さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え……」

 

 それは誰もが思いながら、しかし誰も聞くことがなかった問いだった。横島の()()を共有した紫たちによって、一先ず先送りにされた疑問。優先すべきは横島の心のケアであると考えたからだ。

 横島の心……精神は大きく傷ついており、一見安定しているのだが、その実いつ綻びが生じてもおかしくはない状態なのだ。

 ぎしり、と横島は己の内で何かが軋む音が聞こえた気がした。横島の脳裏に元の世界の様々な思い出がフラッシュバックする。

 

「……、………………。……っ、……、………………」

 

 先程まで自分は得意げに前の世界での活躍を話していた。その時は平気だった。なのに、何故今の自分はこれほどまでに胸を締め付けられているのだろう。どうしてうまく呼吸をすることが出来なくなっているのだろう。どうして身体が震えてくるのだろう。

 

「………………分か、らない」

 

 そうして、何とか絞り出せたのはその一言だった。今の横島の目には現実は映っていない。今の彼は、既に幻となった過去を見ている。そう、それは()()()()()()()()――――。

 

「そっか。それじゃあ本当はどうしたいのか、その本心を私の能力で引き出してあげるね」

「え……?」

 

 こいしはにっこりとした笑みを浮かべ、横島の額に右手人差し指を付ける。その感触に正気を取り戻した横島は、何をされるのか理解出来ずにただこいしの顔を見つめるだけだ。

 

「本能『イドの解放』――――」

 

 こいしの指先から何らかの“力”が横島に流れ。

 

「……あ。――――ああ、ぁ?」

 

 

 

 

 結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――ぁ」

 

 

 

 

 そして、横島は地霊殿から姿を消した。

 

 

 

 

 

第七十八話

『家族』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

横島とさとりが何かどんどんやばい奴になってきてしまいました。

でもさとりのペットになりたい人は多そうですね。

さて、横島は一体どうなってしまうのか。

それではまた次回。

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