東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

今回はとあるキャラが活躍しますー。
もしかしたら不快になる描写もあるかもですね。一応、お気を付けください。

それではまたあとがきで。


第六十九話

 

「紫いいいいぃぃぃっ!!!」

 

 悲鳴にも似た霊夢の声が聞こえる。

 目まぐるしく回転する霞んだ視界の中、泣きそうな顔の霊夢が必死に手を伸ばしていた。

 薄らいだ意識の中、何故そんな顔を、と考える。……自らの身体が視界に入り、「ああ、そうか」と納得できた。

 

 半身が、砕かれた。

 龍神に殺されそうになった霊夢を庇い、半身を凍らされ、それを砕かれた。その時のショック故か頭が働かなかったが、自覚すれば()()を認識できる。あるいは、認識できなかった方が良かったのかもしれないが。

 

 ――――これは……ダメね。

 

 紫は自らの死を悟った。如何な大妖怪と言えど、弱体化状態で何の対策もなしに半身を奪われればその生命(いのち)など保てるはずもない。

 既に力を入れるべき身体はなく、その力すらも零れて消えていく。それは生命の消失だ。

 せっかく戻った意識もどんどんと薄れていく。脳裏を過ぎるのは自らの生命で存在を維持している式――――藍と、その式である橙。自分が死ねば、この二人も存在を保てずに死んでしまうだろう。

 次に霊夢。彼女の泣きそうな表情というのは、素直に意外だった。普段はうっとおしそうにぞんざいに扱ってくるくせに、そんな顔をするのかと、どこか可笑しく思ってしまった。

 幽々子のこと。自分が死ねば彼女と同じような存在になるのだろうか。それを喜ぶのか、それとも悲しんでくれるのか。以前に冗談で尋ねた時には笑って「あなたも亡霊になりなさ~い」などと言っていたが……。

 

「……――――、……」

 

 意識は薄れていくくせに、思考だけは高速で回転していく。なるほど、こうしたものを人は走馬灯と呼ぶのかもしれない。

 視界の奥、霊夢よりも龍神よりも遠くにいるその男の子。全身を凍らされ、龍神に囚われている男の子。自分では助けることが出来ない男の子。

 紫が死ねば、彼は元の世界に帰ることが出来なくなってしまう。

 

 ――――横島君……!!

 

 それは駄目だ、と思うがしかし。もはや紫には何もできない。このまま死すのみだ。

 もうほとんど意識がない。思考も保てず、千々に千切れる。冷たい海に沈んだように、意識も思考も身体も凍える。

 

 そして、意識が完全に消えるその瞬間――――紫は、翡翠の輝きに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

第六十九話

『赤と翡翠』

 

 

 

 

 

 

 

「チルノちゃん、何を――――!?」

「チルノ!?」

 

 龍神(チルノ)の凶行を目の当たりにした大妖精やリグル達が龍神へと迫る。

 龍神は自らに向かってくる者たちを何の感情も読み取れない瞳で一瞥し、やがて怒りに顔を歪ませる。

 

「……邪魔をするなあああぁぁぁーーーーーー!!」

 

 不味い、と思考するよりも早く幽香は能力を使い、植物の蔦で大妖精達を引き寄せる。それでは足りないと日傘から砲撃を行い、龍神を牽制する。

 龍神が放った圧倒的な冷気。それから何とか大妖精達を守ることには成功したが、その代わりに自らの砲撃が凍らされ、散らされるという冗談のような光景を見せつけられた。

 

「……マイナスK、かしら」

 

 冷汗が流れて落ちる。龍神から放たれたそれは、()()()()()()()()()()。もはやチルノの意識はなく、完全に龍神に呑み込まれてしまったのだろう。

 

「貴方達は下がっていなさい」

「幽香さん……」

 

 先の攻撃に当てられたのか、大妖精達の身体は震えが止まらないようだ。友人の姿をした者からの本気の殺意をぶつけられたということも関係があるだろう。

 

「チルノ……」

 

 幽香は意識を切り替える。こうなってはもうどうしようもない。殺してでも止める。そうしなければ、幻想郷は終わってしまうだろう。それを、チルノにさせるわけにはいかない。

 

「私も行くよ」

「フランちゃん……ええ、分かったわ」

 

 戦える力を持つのは僅か二人。友人達を代表し、チルノと横島を取り戻さんと力を振るう。

 

 

 

 

「チルノの奴、まさか……!?」

 

 先ほどまでとはまるで違う、龍神の攻撃。紫が吹き飛ばされたのを見て妹紅は咄嗟に飛び出そうとするが、ほんの一瞬胸に強烈な痛みが走り、膝を着いた。

 

「ぐっ、今のは……?」

「ねえ、妹紅?」

「ん、ああ、何だ諏訪――――」

 

 妹紅の視線の先、そこにあったのは紛れもない“神”の姿。

 あらん限りの怒りを湛えた、畏るべき神である。

 

「妹紅の残りの霊力、全部私にくれないかな」

「……分かった。その代わり、横島とチルノを頼む」

「ん」

 

 妹紅は諏訪子の肩に手を置き、自らの霊力を限界まで流し込む。

 龍神の属性は水。対して妹紅が最も得意とする属性は火である。相性が悪いことは理解していた。だが、愛する男を自らの手で取り戻すのだと必死に意地を張っていた。……それもここまで。

 完全に覚醒しつつある龍神に、自分では対応することが出来ないだろう。

 諏訪子の有無を言わさぬ言葉に、妹紅は自らの役割を理解した。

 悔しさが募る。悲しみが溢れる。だからこそ、託すのだ。自らの想いを霊力に乗せて、妹紅は諏訪子に全てを託す。

 

 水が火を克すならば、火は土を生む。――――五行相生・火生土。

 大いなる神に、畏るべき神が挑む。

 

 

 

 

「紫っ!?」

 

 翡翠の光に包まれた紫を、霊夢は何とか抱え、地面へと降り立つ。その際にバランスを崩して紫共々倒れこんでしまったが、それでも自分を下にすることで紫に更なる怪我を負わせることだけは阻止できた。

 

「紫!! ゆか――――っ!!?」

 

 翡翠の光が消え、紫の全身が露になる。思わず、霊夢は絶句した。それはあり得ない光景であったからだ。

 砕かれたはずの紫の半身。それは、()()()()()()()()()()()()。傷がない……どころか、傷跡すらも残っていない。まるで幻でも見ていたのではないかと思ってしまうような状態ではあるが、それは確かに現実のことであったのだと、大半が消失した衣服が証明している。

 

「これは、どういう――――っ」

 

 考える暇など霊夢にはなかった。

 

「紫、ごめん!!」

 

 霊夢は紫を地面に寝かせ、大急ぎでその場から離れた。背後から迫る強烈な圧。幽香やフランを無視し、龍神が迫って来ているのだ。

 龍神の様子が変わったことに霊夢は気付いていない。しかし、自分に執着しているのは理解できた。

 何故自分を狙うのか。それはもうどうでもいい。

 

 ――――霊夢の周囲に七つの陰陽玉が現れ、光を放つ。

 

 自分を庇うという状況ではあるが、紫はその半身を凍らされ、ましてやそれを砕かれた。

 凍らせるだけでよかったはずだ。砕かずともよかったはずだ。

 一体どういった理由かは皆目見当もつかないが、それでも奇跡的に紫は助かったらしい。

 しかし、それは本来あり得ないことである。例え紫でもあのような状態になってしまえば確実に死ぬ。

 つまり、龍神(アレ)はそれを承知で紫を砕いたのだ。

 

 ――――ならば遠慮も情けも容赦も無用。ここで確実に仕留める。

 

 龍神から放たれる弾幕、その全てが霊夢へと殺到するが――――霊夢はそれらからも()()()()()()、すり抜ける。

 それは物理的なものだけではなく、ありとあらゆるものから浮かび上がり、霊夢の意識も、人間から上の段階へと浮かび上がった。

 

 

 

「――――『夢想天生』――――」

 

 

 

 自らの能力によって攻撃を回避し、自動展開弾幕によって相手を追い詰める。瞳を閉じ、無意識に相手を打ち倒す霊夢究極の奥義――――それが『夢想天生』である。

 如何な龍神と言えど、攻撃が当たらないのであれば霊夢を倒すことなど出来はしない。……かと思われた。

 

「……」

 

 迫りくる弾幕に、霊夢は手をかざして陰陽玉を割り込ませる。陰陽玉も『夢想天生』の一部であり、攻撃が当たることはない。しかし、龍神の弾幕は確かに陰陽玉に直撃し、僅かではあるが傷を付ける。

 どうということはない。ただ、龍神は自らの能力を以って攻撃が『命』『中』するようにしただけだ。

 

「――……」

 

 霊夢は円を描くように腕を動かし、やがて龍神に向ける。気付けば、龍神の周囲には夥しい程の霊符が檻のような形を作っていた。

 

「一気に行こうか」

「どうにかして止めないとね」

「チルノ……ただお兄様……!」

 

 いつの間にか霊夢の隣には諏訪子達三人の姿があった。龍神から大切な者を取り戻す。そのために集った少女達。

 各々から発せられる力の波動は先程までと比べるべくもなく、龍神も忌々しそうに顔を歪めながらも不用意に突っ込んでは来ない。

 一触即発の空気が周囲の空間を軋ませる。

 

 ――――同じ頃、上空の龍神達を気にしながらもてゐと小悪魔は自分達に出来ることを行っていた。

 彼女達の戦闘力は低い。霊夢達のように正面切って戦うことはできないが、それでも出来ることはある。

 

「パチュリー様……!! 咲夜さん、美鈴さん……!!」

「ほら、あんた達! ぼーっとしてないでこっち手伝って!」

「あ……っ、は、はい!」

 

 それは、怪我人達の保護だ。

 心配そうに霊夢達を見上げていた大妖精達も動員し、パチュリー達や早苗達など、龍神に倒された者達を比較的安全な所まで運んでいく。

 彼女達のほとんどは妖怪であるので、人を一人二人抱えて行動するのは問題ない。いくら弱小と呼ばれていても、基本的な肉体のスペックは人間よりも妖怪の方が上なのだ。

 さらにそこに妹紅が合流し、何とか一人ずつ抱えていけるようになった。

 ひとまず目指すは大きな力が集まっている場所。永琳達のいるところだ。

 

 妹紅に抱えられた紫の懐から、ガラス玉の様な物が二つ零れ落ちた。弱々しく翡翠に輝くその珠に誰も気付くことなく、皆は急ぎ足でその場を後にする。

 やがて輝きを失った珠はその役目を終え、静かに世界に満ちる霊気へと還った。

 その正体は、横島が紫に預けていた二つの文珠。刻まれた文字は『復』『活』の二文字。

 未だ凍り付いたままの横島が、それでもその力を振り絞ったのだ。

 

 

 

 

 上空の龍神との戦い。地上での怪我人の保護という名の戦い。赤い瞳は、その全てを見ていた。

 傷を負い、身体のいたるところが凍らされながらも必死に龍神へと食らい付き、奪われた者達を解放しようと戦っている者達。

 戦力外となった後も、自分に出来ることを行う者達。

 そして何より――――氷牢に囚われながらも、紫を救った横島のことを。

 狂気を操るのではない、真の能力の力で以ってそれを目の当たりにした。

 

 鈴仙の真の能力、それこそが『波長を操る程度の能力』だ。音や光、電磁波、物質や精神の波動というあらゆる波長、位相、振幅、方向を操る。

 狂気を操るのはこの能力のほんの一端に過ぎない。

 この能力を解放した眼で鈴仙はそれを見た。紫の身体が砕かれた刹那、凍り付いたはずの横島から鋭い意志の波長が矢の如き速度で紫へと向かい、何らかの力を発動させて助けた場面を。

 

 敵わない。本心からそう思った。

 横島と鈴仙は似ている。二人は臆病であるし、調子に乗りやすいし、上司に苦労しているし、本来の自分とは違った仮面(ペルソナ)を持っている。

 しかし、決定的な違いがあるとすれば――――最初の一歩を踏み出せるかどうか、と言ったところか。

 それは自分が追い詰められた時に勇気を持って前に進めるか否かだ。と言っても二人にそれほどの差は存在しない。要するに開き直れるかどうかの違いでしかない。

 そして、鈴仙は開き直るという行為が出来ない性質だ。本来の彼女は悲観的で自虐的で……つまりはネガティブな性格だ。

 ちらりと、強力すぎる結界によって時間軸すらずれてしまい動きがなくなった永琳を見やる。永琳は鈴仙にこう言った。

 

「龍神に対抗出来るのはあなたしかいない」

 

 ――――そんなわけがない!!

 鈴仙は声を大にしてそう叫びたかった。だってそうだ。神子も、白蓮も、レミリアも、諏訪子も、幽香も、霊夢も、紫も、妹紅も、輝夜も――――そして永琳すらも龍神には敵わなかったのだ。

 幻想郷が誇る最強格達。そんな彼女達が太刀打ちできない相手に自分が何を出来るというのか。

 

「相変わらずネガティブなことで悩んでそうね、鈴仙」

「姫様!? 姫様、一体どこに………………姫様、何て格好してるんですか」

 

 ぐるぐると思考の迷路に入り込んでいた鈴仙に正気を取り戻させたのは輝夜の言葉であった。当の輝夜は鈴仙のすぐ足元でうつ伏せの大の字で転がっている。少し大げさなまでに広げられた脚は、いやらしさというよりも滑稽さを高めている。

 

「……いや、こっちに来たのはいいけど走ってる途中で身体が動かなくなって、それで転んじゃって……」

 

 どうやら鈴仙が考え事をしていた時には既に倒れこんでいたらしい。地面に色々と擦れた跡があるのを鑑みるに、相当な勢いでこけたようであるが、鈴仙はそれに気付かなかったほどに追い詰められていたようだ。

 

「色々と悪く考えすぎるのが鈴仙の悪い癖……もっと自信を持ちなさい鈴仙。あなたは強いのよ?」

 

 その言葉は普段なら喜ばしいものであったが、今だけは聞きたくない言葉であった。

 

「……どこがですか。今だって結界に阻まれて行動できませんし。……普段だって私は私じゃなく、別の私に頼ってるんです。そんな私が強いわけがないじゃないですか」

「あなたの仮面のことは私も知ってる。けど、それだってあなたの力でしょう? 別の人格とかじゃなくて、あなたは一人。鈴仙は鈴仙でしかないんだから」

 

 忘れられがちではあるが、元々の二人の関係は月の姫とただの兵士である。月の兎……玉兎にとって輝夜の言葉は玉音に等しい。ましてやそれがただ一人の玉兎に掛けられるなど、本来ならばあり得ない話だ。もし今も月にいる玉兎達に同じことをすれば、たちまちの内に鼻息荒く龍神に突撃していっただろう。……それはそれで問題だが。

 

「……無理ですよ。師匠にも私しか龍神に対抗出来ないって言われましたけど、そんなわけがないんです。身体が震えて、竦んで、今も一歩だって踏み出せない……!」

 

 しかし、それも今の鈴仙には届かなかった。確かに罪人と言えど月の姫たる輝夜は玉兎達にとって雲の上の存在。身命を賭して忠を尽くす相手だ。しかし、鈴仙は一度それから逃げ出している。

 地上と戦争になると噂で聞き、恐ろしくなった鈴仙は月から逃げた。輝夜と同じ月の姫にして、当時の鈴仙の()()()であった綿月姉妹の期待を裏切ったのだ。

 鈴仙は未だ自責の念に囚われている。そしてそれから目を逸らし、ただ一人地上で平和な日々を過ごしてきた。本当の自分を、仮面で覆い隠して。

 

「鈴仙……」

 

 輝夜は名前を呼ぶしか出来ない。自分の言葉では鈴仙の心を動かすことが出来ないと痛感したからだ。鈴仙を動かすには月の民では駄目だ。もっと、鈴仙の心に切り込んでいけるような、そんな相手でないと――――。

 

「……ん?」

 

 思い悩む輝夜の耳に、何者かの足音が聞こえる。足音の強さ、間隔からしてかなりの速度で走っているらしい。龍神の結界に縛られていないかのようなその速度に輝夜は一体誰がこの場へ近付いて来ているのか疑問に思ったが、それはすぐに氷解した。

 

「鈴仙のおおぉ……スカポンターーーーーーン!!!」

「きゃああああぁぁぁーーーーーー!!?」

「ふぎゃあ!?」

「みぎゃあ!?」

 

 猛スピードで走り寄ってきたてゐが、そのままの勢いで鈴仙にドロップキックを叩きこんだのだ!

 何の抵抗も出来ずに吹っ飛ぶ鈴仙、荒い息を吐いて着地するてゐ、てゐに背負われていたのにドロップキックなんかかまされたせいで宙に放り上げられ、挙句頭から輝夜の背中に墜落した布都。遠くの方から「えええーーーーーー!?」と何人かの驚愕の叫びが響いた。

 

「いたたたた……い、いきなり何を……!!」

「うっさい!! このヘタレ兎!! みんな必死になって頑張ってんのになーにやってんのさ!!」

「うっ……」

 

 てゐの糾弾に鈴仙は言葉に詰まる。その通りだ。申し開きのしようもない。自分よりも弱く、小さな者達ですら必死にあの恐ろしい龍神と戦っているというのに、自分はこうしてただ震えているだけなのだから。

 

「お師匠様にあんたしか龍神と対抗出来ないって言われてんでしょ!? 少しは根性見せなさいよ!!」

「……!! てゐ、何でそれを……」

「てゐちゃんイヤーは地獄耳!! このふさふさな耳を嘗めるんじゃないよ!!」

 

 自慢の耳をぴこぴこと揺らしつつ、てゐは倒れた鈴仙を抱き起こして地べたに座らせる。じっと鈴仙を見つめるてゐに鈴仙は視線を合わせることが出来ず、俯いてしまう。

 こうなることは分かっていた。しかし、それでもてゐは鈴仙に動いてもらうしかない。それしか希望がない。だから、てゐは本当ならば使いたくなかった手段に出るしかない。

 

「お願いだ……お願いだよ鈴仙。鈴仙しか出来ないことなんだよ……!」

「ちょっ、てゐ……!?」

 

 てゐは鈴仙に頭を下げる。地面に膝を着き、手を着き、額を擦り付けて懇願する。土下座の体勢だ。

 

「私じゃダメなんだ。私じゃ龍神相手に何も出来ずに凍らされて終わっちゃう。私の能力だって執事さんに加護を与えている存在の規模を考えたら何の役にも立ってない! 私じゃあ執事さんを助けることが出来ないんだよぉ……!」

 

 てゐに出来ること。それは希望に縋るだけだった。自分の力は好きな男を助けるのに何一つ役に立たない。ただ永い時を生きただけの、ひ弱な兎でしかない。

 けれど、鈴仙は違う。鈴仙は地上の兎ではなく月の兎。そもそも生物としての性能(スペック)も段違いであり、戦闘に関する知識だって鈴仙の方がずっと上だろう。

 

「お願いだよ……お願いします……!! 執事さんを、助けてください……!!」

「……やめて……やめてよ……」

 

 鈴仙からは見えないが、てゐの双眸には止めどなく涙が溢れていた。あまりにも、あまりにも自分が情けなくて。

 こうすることで鈴仙が精神的に追いつめられると分かっていて、それでもてゐはこうするしかなかった。横島を助けるためには、鈴仙の心の弱さにつけ込むしかなかったのだ。

 てゐの必死の懇願に鈴仙はいやいやをするように首を振る。歯の根が合わず、カチカチと音が立ち、鈴仙は自分が震えていることに気が付いた。

 

「わた、しは……わたしは……!!」

 

 あの時のことがフラッシュバックする。兵士として、戦力として期待され、戦争の噂を聞きつけ地上に逃げて、夜ごと月を見上げては後悔と罪悪感と自責の念に圧し潰されそうになっていたあの時。

 自分を見つけてくれた恩人。自分を安住の地に案内してくれた恩人。文句を言いつつもずっと世話を焼いてくれていた恩人。その恩人であるてゐが、土下座をしてまで自分に懇願しているのだ。

 応えたいという思いがある。助けたいという思いがある。それでもこの身は動いてはくれない。

 ぐるぐると、今まで以上に思考が高速で巡る。その全てが自虐に染まり、自分から心を傷付けていく。

 

「……っっ!!」

 

 ついに鈴仙は頭を抱え、地面に這い蹲ってしまう。心臓は自らの鼓動の強さで破裂してしまいそうになるほどに早鐘を打つ。

 走馬灯のように過去の映像が脳裏を過ぎる。皆自分に期待してくれた。幻想郷の皆はこんな自分を好いてくれた。そのことを認識した瞬間――――とある言葉を思い出した。

 

「――――……」

 

 

 

 ――――俺は、皆の見る目が確かだったって事を、証明したかったんだ。こんな俺を傍に置いてくれる、こんな俺を思ってくれる……!! こんな俺を、好きだって言ってくれる、皆の……!!

 

 

 

 それは横島が『男』との戦いに赴く際に発した言葉だ。自らの身を文字通り食らった化け物、それと戦う決意の籠った力ある言葉だ。

 今改めて思い知る。横島は、あの時にこれほどの重圧を背負っていたのかと。

 

 

 

 ――――女の子の前ではさ、カッコいいところを見せたいじゃんか。

 

 

 

 ふと、横島の言葉の続きが頭に浮かんだ。そんなことで命を懸ける。いつ聞いても頭がおかしいとしか思わない言葉だ。しかし、鈴仙の頭の中で色んな人物の顔が浮かんでは消えていく。

 そして一人、自らの名前を呼ばせていない人物の顔が浮かんだ時に、何かが、胸にすとんと落ちた。

 

 

 

 ――――イナバちゃん。

 

 

 

 彼は朗らかに笑い、自分を呼ぶ。あの顔が見れなくなる。あの声を聴けなくなる。それは――――絶対に、嫌だった。

 

「……う、うう……っ! う、ううううぅぅぅ……っ!!」

「鈴仙……?」

 

 苦し気に唸る鈴仙に、てゐは思わず顔を上げた涙に濡れた顔はぐちゃぐちゃになっていたが、今更気にすることではない。問題は鈴仙の方だ。

 地に這い蹲っている身体ががくがくと大きく震え、荒々しい息遣いと共に唸りも大きくなる。

 

「お、おい鈴仙どうした!?」

「鈴仙さん!?」

 

 ようやくてゐに追いついた妹紅達も鈴仙の異常に慌てる。てゐとの会話は大凡の部分は聞こえていたが、それでどうしてこうなっているのかは理解が追い付かなかった。

 てゐは鈴仙の様子に心臓を潰されたかのような痛みを感じる。まさか……そう不安が過ぎった瞬間、鈴仙はがばりと身体を起こし――――。

 

「う……ああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に、両手で自分の顔面を張った。

 空気を引き裂くような音が鳴り響き、後に残ったのは鈴仙の先程とはまた少し違った荒い息遣い。相当痛かったのか、ちょっと涙目でぐすぐすと鼻を鳴らしている。

 いきなりの鈴仙の奇行に皆は言葉を忘れたかのように呆然と様子を見守る。

 

「つよ、く……」

「え……」

 

 鈴仙はゆっくりと立ち上がる。

 そうだ。自分は立ち上がれる。借り物に等しいものであっても、鈴仙は横島と同じ覚悟を得たのだ。そして、それを成すためには今のままでは不可能である。

 

「前へ……踏み出す……」

 

 恐る恐る、ゆっくりと。だが、鈴仙は確かにその一歩を踏み出した。

 鈴仙はてゐの想いに応えたいと思った。横島のことが頭に思い浮かんだ時、失いたくないと思った。形はどうあれ、一緒にいたいと思った。

 そのためには強くなくては駄目だ。強くあらねば駄目なのだ。だからこそ、まずはその一歩を。

 

「私は……ここで前へ進んで、強くなる……!!」

 

 刹那、鈴仙の身体から溢れるのは強力な霊波。それは龍神の結界の波長を完全に乱し、鈴仙は結界を置き去りに前へと歩き出した。

 

「鈴、仙……」

 

 土下座を止め、女の子座りをしたてゐが未だ溢れる涙を拭いもせずに、不安げな表情で見つめてくる。悲壮な表情だというのにどこか呆然としたように大口を開けているのが少しおかしかった。

 

「……待ってて、てゐ」

 

 鈴仙は恐怖で頬が引きつりつつも、それでも確かに宣言する。そこには、確かな感謝が込められていた。

 

「約束する……横島さんは、絶対に私が助けるから」

「鈴仙……!!」

 

 てゐの返事も待たず、鈴仙は跳ねるように地を駆け、あっという間に皆の視界から消えた。残ったのは話についていけなかった妹紅達と、戦いに赴いた鈴仙を思って胸を押さえるてゐ。

 てゐは今、己のやったことに必死に吐き気を堪えていた。発破を掛けたと言えば聞こえはいいが、てゐの行ったことは簡単に言えば友人を言い包めて死地に追いやっただけである。

 確かに鈴仙しか龍神に対抗出来ない。確かにてゐの力では何の役にも立たない。てゐの行動は確かに最善である。しかし、それが正しいとはどうしても思えなかった。

 罪悪感に苛まれるてゐの身体を、小悪魔が優しく抱きしめる。

 

「大丈夫ですよ、てゐさん」

「……」

 

 そっと語り掛けるも言葉は返ってこない。それでも静かに、小悪魔は言葉を続ける。

 

「鈴仙さんはとっても強い人です。私達は鈴仙さんを信じて待ちましょう」

「……うん」

 

 小悪魔の言葉にてゐは頷いた。心からの納得など出来はしない。それでも小悪魔の言葉にてゐは感謝を示す。

 信じて待つ。今の自分が出来ること、今の自分にしか出来ないこと。てゐは軋む心を抱え、じっと鈴仙が走り去った方向を見つめる。

 

 

 

 

 鈴仙は走りながら懐から三つの小瓶を取り出し服用する。それは永琳印の強壮薬である『国士無双の薬』。一本飲むたびに攻撃力と防御力が上がっていくという非常に強力な薬なのだが、使いすぎるとアレなことになる代物でもある。鈴仙が耐えられるのは三本まで。龍神を相手にするのに出し惜しみなど以っての外だ。

 

「……ふふっ」

 

 不意に笑いが込み上げてくる。先程まであれほど戦うことを恐れていたというのに、この落ち着きようは何なのだろうか。

 鈴仙は元々情緒不安定で感情の波が激しく、多面的な性格の持ち主であった。そんな彼女の持つ能力は波長の操作だ。いつの間にか自分の狂気の波長を増幅していた可能性も否定出来ない。

 彼女が持つ仮面は多種多様。普段時でも戦闘時でも、あらゆる使い分けが可能である。しかし今の鈴仙はそれに頼ろうとは思わなかった。

 自分でも不思議なほどの自然体。恐怖はある。しかし、それでも身体は動く。自分を動かすためにあのような行動を取らせてしまったてゐの苦しみを考えれば、どれほどのものだというのか。

 そして、てゐの言葉で一つの答えに辿り着いたからだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

「……見えたっ!」

 

 宙で激しくぶつかり合う龍神と霊夢達。激しい弾幕が森の一角を吹き飛ばし、極光が雨や氷を蒸発させながら空に上っていく。

 恐ろしい光景だ。しかしそれでも前へ。もはや何も考えない。臆病な自分は目の前の光景に恐怖する。足が竦む。身が震える。ならばいっそ――――何も考えない。

 ただ、心の中に決意と覚悟を抱えるのみだ。

 

「私は――――必ず!! 証明してみせる!!」

 

 赤眼の兎は地を蹴り、宙に跳ねた。――――さあ、ここからは兎の一人舞台だ。

 

「っ!!」

 

 霊夢達四人の弾幕が途絶えた刹那、龍神の眼前に鈴仙が躍り出る。

 

「れーせん!?」

「あの子、いつの間に!」

 

 龍神との戦いに集中していた四人は鈴仙の接近に気付いていなかったようであり、彼女の出現に虚を突かれたようだった。それは龍神も同じであるが、彼女は咄嗟に右腕を振るい、鈴仙に突き出す。

 触れれば凍結必至の拳だ。しかし、鈴仙は知らぬとばかりに左手で拳を弾き、そのまま同じ左手で龍神の頬を打つ。

 

「……っ!?」

 

 龍神の頭は混乱に支配される。負けじと突き出した左手は鈴仙に絡め取られ、そのまま関節を極めると同時に投げられた。体勢を立て直した時には膝で鳩尾を打ち抜かれる、

 それはいい。相手が格闘術の達人ならばこういった光景も見られるだろう。しかし、龍神が理不尽に感じたのはそれではない。

 

「……何で、()()()()()()っ!?」

 

 鈴仙の能力はおよそあらゆる物に作用する。当然、熱にもだ。鈴仙は龍神の放つ冷気の波長をずらし、干渉を防いでいるのだ。

 

「波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』!!」

 

 鈴仙の眼から放たれる波長が龍神の心身を乱す。今龍神の眼には複数人の鈴仙の姿が見えているはずだ。

 闇雲に放たれる弾幕、冷気、拳に蹴り。今の鈴仙にそれは通じない。能力を最大限に活用することによって、確実に龍神を削っていく。

 

「すごい、れーせんってこんなに強かったんだ……」

 

 初めて見る鈴仙の本気の戦いぶりにフランは開いた口が塞がらない。自分達の苦労が何だったのかと言いたくなるような翻弄っぷりだ。

 

「あの子、ここまで正面切って戦うような子だったかしら……?」

 

 博麗神社の宴会などで鈴仙のことを多少は知っている幽香が疑問を浮かべる。確かに弾幕ごっこなどでは調子に乗っているところを見たことはあったが、明確に自分より強い相手にはさっさと逃げ出していたことから臆病な性格なのだと考えていたのだ。

 しかし今の鈴仙に臆病な所は見られない。何か、強烈に心を揺さぶられる出来事でもあったのだろうか。

 

「……何にせよ、少しは休憩出来そうね」

 

 そう呟くのは霊夢だ。口では余裕そうなところを見せているが、彼女はもう限界を迎えつつあった。

 夢想天生の防御を抜けてくる龍神の強烈な攻撃。龍神の文珠(のうりょく)が使用されているせいか、それとも何か別の理由でもあるのか、霊夢への攻撃だけは他の者とは別次元の領域にあった。

 今まで皆が龍神と戦えていたのは攻撃のほとんどが霊夢に向いていたからであり、その攻撃が他の者に向かえば、たちまち戦線は瓦解していただろう。

 そして、霊夢は戦いのさなかだったからこそ動けていたのだ。夢想天生による無意識戦闘は自らの身体の限界を考慮しない。相手が倒れるまで行使される。

 しかし、それが何故か解除された。そして、意識していなかった今までの全ての負担が一気に襲い掛かって来ているのだ。既に霊夢に戦う力は残っていない。

 

「……軽く思考が誘導されてる? これも鈴仙の能力かな」

 

 諏訪子は頭を軽く押さえ、鈴仙の援護をしようと思わない自分への違和感に気付く。とにかく、少しでも休憩を取るように……そんな考えが強くなっていく。

 絶えず龍神と近距離で戦う鈴仙の姿に諏訪子は不安を覚えるが、諏訪子は鈴仙のしたいようにさせることにした。何の狙いがあるのかは分からないが、きっとこちらが不利になるようなことはないだろう。そう信じることにしたのだ。

 

「――――はっ、はっ、はっ……!」

 

 龍神との戦闘が始まって数分。鈴仙の息が早くも乱れてくる。

 強大な力を揮う龍神の懐に飛び込み、全力で能力を行使しながらの近接戦闘。極度の緊張状態の連続に心も身体も限界が近付いていく。

 

 ――――まだ……まだ……!!

 

 まだ自分の能力が届いていない。もっと強く。もっと強く! ズキズキと痛む頭と眼を無視し、鈴仙は必死に動く。

 龍神の爪を避け、飛来した氷柱を避け、鈴仙は懐から四本目の『国士無双の薬』を取り出す。それを察知した龍神は更に苛烈に鈴仙を攻め立てるが、それでもなおその攻撃は当たらない。

 鈴仙は『国士無双の薬』を呷る。瞬間、心臓が動く速度が尋常ではなく上昇しだした。自らの限界を超えた薬の服用、そして限界以上の能力行使。

 鈴仙の視界が赤く滲んでいく。両の眼から零れるのは涙ではなく赤い血だ。

 動けなくなるのも近い。ならば、後は全力の一撃を以って事に当たるのみ。

 

「ああああああっ!!」

 

 都合良く龍神が両手の爪を振るう。鈴仙は龍神の腕の付け根を押さえて攻撃を防ぐと、赤く光る眼を一度閉じ、力を溜める。

 

「私の全部をあげる。だから――――帰って来なさい!! 『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』!!」

「……うああああぁぁぁぁっ!!?」

 

 鈴仙が出せる最大出力。爆発的な閃光が迸り、暗い夜を赤く染め上げる。

 龍神を中心に全方位へ余波が広がり、様々な物が波長を乱して存在が移ろっていく。

 幻のように増えたり消えたりする木々。突然浮かび上がったと思ったら真横に吹き飛ぶ石。風が吹き荒れているのに、まるで無風であるかのように静かな空気。

 余波だけでこれだけの影響だ。中心部にいる龍神にどれだけの負荷が掛かっていることか。

 

「ぐうぅっ、ううううぅぅぅ……!!」

 

 だが、龍神は苦し気な声をあげるだけで耐えて見せている。それどころか押さえられている腕を逆に押し返していく。

 

「残念……だったね……!! 今の(あたい)とチルノは半ば同期している……!! いくらその力でもチルノを起こすのは難しいよ……!!」

「……っ!!」

 

 龍神とチルノ。この二人の波長はとある切っ掛けによって半ば以上にシンクロしてしまっている。そして鈴仙の能力の一端を理解した龍神は文珠を使って自身の波長の乱れを無理やり整えてしまった。

 

「くうぅっ、ぅぅぅうううあああああああーーーーーー!!!」

 

 最後の最後、全ての力を振り絞った閃光。それはまさに爆発であり、龍神と鈴仙の二人を容易く呑み込んだ。

 光が消え、夜の闇が世界を再び支配する。爆光に目を焼かれた霊夢達が目撃したのは、完全に脱力しきった状態で龍神に捕まってしまっている鈴仙の姿だった。

 

「れーせんっ!?」

「……う、く……っ」

 

 胸倉を掴まれ、そこを支点に吊り上げられている鈴仙は苦し気に息を漏らす。

 鈴仙の両眼からは血が溢れ出し、更には夥しい量の鼻血も流れ出ている。限界以上の能力行使と服薬の代償だ。今、鈴仙には絶え間なく激しい頭痛が襲い掛かっており、更にはその瞳に一片の光も浮かんでいない。鈴仙の眼は今や何も映さない。

 

「はー……はー……!! 惜しかったね……でも、(あたい)の勝ちだよ……!!」

 

 荒い息を吐きながらも、龍神は己の勝利を確信する。チルノと同期したことで能力を使用できるようになったのだが、その弊害か勝ち負けに拘る部分も出てしまったらしい。

 龍神からすればそれは本来邪魔な機能であるはずなのだが、理由と目的はともかく誰かと何かを競い合い、それに勝利するというのは彼女に新鮮な喜びを与えてくれた。

 胸に宿る喜び、満足感、優越感の味ときたらどうだ! 今までこれほどまでに甘美な物を得たことは一度もなかっただろう。それほどまでに勝利の美酒というものは蠱惑的であった。しかし――――。

 

「……めん、ね」

「ん……?」

 

 余韻に浸っていた龍神の耳に鈴仙の呟きが聞こえた。それは誰かに対する謝罪のようである。

 このような状態では仕方がないだろう。、自分に対する命乞いか、それとも誰かに宛てた最期の言葉か。ちゃんと聞いてやらねばならない。

 龍神は鈴仙の言葉を待った。そして、彼女の耳に飛び込んできた言葉は――――。

 

 

 

 

 

「ごめんね、チルノ――――あなたは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ――――耳を疑う言葉だった。

 

「人質を取った犯人が、一番嫌がること……それは、()()()()()()()()()()()()……」

 

 ビシリ、と――――。何かがひび割れる大きく乾いた音が龍神の背後で響いた。

 

「私が今まで能力で干渉していたのは、あなたじゃない。あなたの、背後(うしろ)

 

 音は断続的に響き、やがてひときわ大きな音が鳴ると、龍神の肩に誰かの大きな手が置かれた。

 それは、龍神が同期しているチルノが求めてやまなかった――――大きくて優しい、お兄さんの手だ。

 龍神は、ゆっくりと背後を振り返る。

 

 

 

「てゐ――――約束、守ったよ」

 

 

 

 肩に置かれた手に万力の様に力が込められた瞬間――――龍神が守っていた氷牢が爆ぜ、囚われていた男が復活した。

 ――――勝利したのは龍神ではない。

 そう、鈴仙にとって今回の戦いとは龍神を倒すことが目的ではなかった。横島を助けることこそが目的だったのだ。()()()()()()()()()()()()()

 

「――――うあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 裂帛の気合で氷牢を砕き、横島が神魔に匹敵する超常の霊力を放出する。超至近距離からその煽りを受けた龍神は手を緩めてしまい、鈴仙を手放してしまう。

 瞬間、刹那の速度で横島の腕が翡翠の鎧に覆われ、人外染みた膂力で以って龍神を投げ飛ばす。

 地に向かって吹き飛ばされた龍神は驚愕の表情を浮かべたまま何の反応も見せず、そのまま森に突っ込み、木々をなぎ倒しながら数十メートルもの距離を転がっていく。

 

「……イナバちゃん」

 

 意識が朦朧としてきた鈴仙の耳に、横島の弱々しい声が届く。泣きそうなその声は本当に近くから聞こえてきており、どうやら自分は横島に抱きかかえられているのだろうと察する。

 ほんの数時間ほど聞いていなかっただけなのに、それは随分と久しぶりに聞いたような声だった。第一声がそんな情けない声だというのは横島らしいと言えばいいのか、不思議と鈴仙の頬は緩み、笑みが浮かんでしまう。

 

 今、横島は一体どのような表情を浮かべているのだろうか。

 会いたいと思ったその少年。一緒にいたいと感じたその少年。

 横島に抱くその気持ちが何なのか鈴仙は分からない。しかし、横島の顔を見ることが出来ない今の状態を、鈴仙は酷く残念に思うのだった。

 

 

 

 

 

第六十九話

『赤と翡翠』

~了~

 

 




お疲れさまでした。

鈴仙は綿月姉妹のお気に入りだったので格闘もこなせるのだろう……と思ったので鈴仙は軍隊格闘術の達人ということでどうか一つ。
きっとナイフを持たせても強い。一秒間に相手を十回刺したりニードルナイフで相手を失血死させたりとかするんだ。

ちなみにですが当初鈴仙はもっとウジウジウジウジウジウジウジウジ悩む予定だったのですが、ノリノリで書いてたら鈴仙の葛藤だけで一万字突破しちゃったのでめっちゃ削りました。
おお、構成どうなっとんねん……。
すぐキャラをウジウジさせるのは私の悪い癖……。

それではまた次回。

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