東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

携帯が壊れるわパソコンが壊れるわで今までかかってしまいました。申し訳ねぇ……!

そんなわけで鬱憤が溜まってたので今回は何か変なテンションになっています。

ドンと来い! という方はあとがきでお会いしましょう。

Don't来い! という方には申し訳ねぇ……!


第六話『おいでませ紅魔館』

空を行く横島達一行。今現在彼等の雰囲気は和やかなものだった。

 

 数分前までは横島に不安と恐怖が宿っており、そういった感情に聡い紫や永琳は、積極的に横島に話しかけることで悪い雰囲気を払拭しようとした。

 

 そこで大きな働きをしたのが、輝夜であった。

 

 彼女は横島の世界について数多くの質問をした。元の世界にはもう帰れないと言われた横島にその質問は鬼門であり、紫や永琳のみならず、妹紅や鈴仙もハラハラとしたものだが、彼は意外にもその話題に乗ってきて、何でも聞くように言ってきた。

 

 ゴーストスイーパーとしての仕事や事件、彼が通っていた学校のこと。輝夜が興味を示した女性関係等もだ。そこまで話している内に、妹紅の好奇心がムズムズと鎌首をもたげてくる。

 

「なぁ、横島。お前の家族ってどんな人達なんだ?」

 

 気付けば言葉に出していた。妹紅が一番気になっていた彼の家族のこと。彼はその質問に腕を組み、うーんと首を傾げた後に、ぽつりと呟いた。

 

「なんというか……規格外、って感じだな」

 

「……規格外、というと?」

 

 ただでさえ目の前の彼も規格外なのだ。その彼が言う規格外とは一体どんな物なのか、彼女達はちょっとした期待を募らせる。

 

「あーっと、まず第一に、会社とか株とかって分かるか?」

 

「あ~……、まぁ、それは何とか」

 

 視線を逸らしつつ妹紅は言うが、幻想郷には会社が存在しないので、知っているだけでも凄いことではある。後で横島が聞いたところ、永遠亭で希に開催される『永琳先生のはちみつ授業』なる勉強会で学習したようだ。彼は何がどう『はちみつ』なのか非常に知りたがっていたのは甚だ余談である。

 

 横島は知っているのなら話は早いと頷き、非常識な両親の事を語り始める。

 

「俺の親父は村枝商事っていう会社に勤めてたんだけど、派閥争い? っつーのかな、それでナルニアっていうジャングルしかないような国に飛ばされたんだよ」

 

「ふんふん」

 

「一応支社長らしかったんだけどな、言っちまえば田舎だし、親父を飛ばした奴も安心つーか油断してたんだろうな。でも親父のやつ、そこでレアメタルの鉱山見つけたんだよ」

 

「あら、まあ」

 

 ここまでで、少女達の反応は乏しい。確かに凄いことではあるが、規格外という程でもなく、言ってしまえば拍子抜けといったところか。多少がっかりとした空気が流れるのだが、話の本番はここからだった。

 

「んで、日本に一時帰ってきた時に本社の専務にそれの書類を拳で以て文字通り叩きつけて……」

 

「……ん?」

 

「あー、そういやナルニアでテロリスト集団と渡り合ったとか、壊滅させたとか……」

 

「……それはそれは」

 

「あと、霊能力者でもないのに気合いだけで悪霊を殴り飛ばしたりしてたな……」

 

「ええー……。本当に人間なんですか、それ」

「霊能力を持たない人間が悪霊を殴り飛ばすだなんて、こんなの普通じゃ考えられないわ」

 

 長い時を生きてきた輝夜だが、流石にそんな人間は見たことがないらしい。妹紅は輝夜の言葉に頷き、鈴仙は本当に人間か疑っている。

 

 横島は次いで更に非常識な母について話そうとしたが、視界の隅に映る白い靄を確認した。

 

「ん……? 霧が出てきたな」

 

「ええ、まずは紅魔館のある『霧の湖』に到着よ」

 

 横島の声にレミリアが振り向き、尊大な微笑みを湛えて語りかける。

 

 その表情と『吸血鬼』であるレミリアが語りかけてきたことから、横島はこの霧を発生させているのはレミリアだと判断する。そして、これほどの広範囲に力を行き渡らせ、涼しげな顔をしているレミリアの底知れぬ魔力に、戦慄に近い物を抱く。

 

 結論から言えばそれは大きな勘違いであるのだが。

 

 『霧の湖』に存在する霧は全て自然発生したものであるし、レミリアが涼しげな表情をしているのは、霧で日差しが翳り、実際に涼しくなったからに過ぎない。決してレミリアが紅魔館の防衛の為に発生させている訳ではないし、人を迷わせる為でもない。それは寧ろ妖精の仕業だったりする。

 

 とにかく、横島はレミリアの力量や性格を勘違いして畏怖の念を抱き、そのレミリアが全幅の信頼をおく咲夜にも逆らわない方が良いと結論付けた。それが結果として横島にとって良い方向に進むのはまた後の話である。

 

「……それで、お母さんはどんな人だったの? お父さんより凄いの?」

 

 視界の悪い霧の中を進む途中、輝夜は中途半端なところで中断されていた横島の親についての話をねだりだした。随分と気になっていたようで、どことなくソワソワとしている。因みに妹紅もそうだったのだが、周りが何も言わないので何となく言い出しにくい空気になっていたから話を切り出せないでいた。永遠亭のメンバー以外には、押しが弱いようである。

 

「あ、そうでしたね。えーっと、俺のお袋は親父の上司だったみたいなんすけど……。なんつーか、何をしても会社の利益になったらしいっす」

 

「何をしても……?」

 

 よく分からない話に輝夜は首を捻る。妹紅もそうだが、他の面々は大体理解出来たようだ。

 

「何でも『村枝の紅ユリ』とかいうあだ名で呼ばれてて、村枝商事が世界的大企業になれたのはお袋のお陰とか何とか……」

 

「はー……、それは普通に凄いな」

 

 妹紅は横島の母親の話に感嘆の声を出す。しかし、当然また斜め上を突き進む話が展開されるわけなのだが……。

 

「あと何かお袋が村枝の本社に訪れただけで株価が上がったりとか……」

 

「ん、んん……?」

 

「何かよく分からないんだが、何かの書類を……訂正? したら利益が数十億円上がったとか……」

 

「数十億!?」

 

「それから、霊能力を持ってないのに気合いだけで俺の上司、世界でもトップクラスのゴーストスイーパーである美神さんと渡り合って空港……いや、巨大施設を破壊したり……」

 

「……横島さん、貴方本当に人間から産まれたんですか……?」

 

「俺も両親も人間だっての! ……多分」

 

 最後には目を逸らしてしまう横島であった。

 

 余談ではあるが、横島は幻想郷の住人に空港は分からないだろうと考え、巨大施設と言い直したが、それによって皆が抱いたイメージは、幻想郷など歯牙にも掛けないほどのSFチックな超巨大構造物を破壊する『おばさん達』である。美神は業界でトップクラスだと言うからにはそれなりに年齢を重ねていると思ったのだろう。確かに横島の母、百合子はおばさんと言って良い年齢だが、美神は未だ二十歳のうら若き乙女なのだ。この想像が本人に知られることがないのは、非常に喜ばしい限りである。

 

「さて、楽しい歓談もそこそこにしておこう。もうじき、霧を抜ける」

 

 レミリアが発した言葉に、皆が前を見る。そこに一陣の風が吹き、薄くなっていた霧のベールを散らしていく。

 

 まず目についたのは、未だ遠くながらも館の規模が分かる程の巨大さと、その館の色であった。

 

―――紅。

 

 屋根も壁も何もかもが紅に染まった巨大な洋館。それが紅魔館である。

 

「うっは、これはまたデカくて赤い……。いやこれは寧ろ『紅』いの方が似合う」

 

「ほう……? 若くしてそれが理解出来るとは素晴らしい。あれは赤より赤い『紅』だからな」

 

 レミリアと横島はうんうんと頷いているが、端から聞いている他の者はチンプンカンプンだ。レミリアに仕える咲夜はすぐに理解出来たが、妹紅達三人には何が何だか分からない。紫と永琳は言葉のニュアンスで理解したが、何ともややこしい話である。

 

「何というか、目に痛い館だな」

 

「何を言うか、お前の名前にも『紅』の字が入っているというのに」

 

「いや、それは関係ないんじゃ……」

 

 何故か妹紅の名前についての議論が始まり、横島はそれを苦笑しつつ眺めていたのだが、突如彼の額に稲妻のような閃光が『ピキィィィン!』と走る。

 

「この感覚……まさか!?」

 

 突然緊迫した空気を醸し出す横島の声を皮切りに、他の皆が臨戦態勢を整える。紫を始めとした少女達の感覚に触れる脅威は感じられないが、横島は霊能力者であり、怪異との戦いのエキスパートである。その彼の霊感は信用出来る。出来るのだが……。

 

「この感覚……間違いない! 近くに美少女がいる!!」

 

「……あん?」

 

 彼が察知したのはまた別の存在であった。

 

「十三ある煩悩技(リビドーアーツ)の一つ、『心眼・横島アイ』!!」

 

 説明しよう! 『心眼・横島アイ』とは、彼が雑踏の中で美女美少女を見極めるために鍛えた眼力のことである!

 

「ふふ、見えすぎるぜ……! 俺様の眼力(インサイト)からは逃れられねぇ!」

 

 彼は右手の人差し指と中指を鼻筋に沿わせたポーズを取っている。どことなく彼のキャラクターも変化しているようだが、周りからは大変に白けた視線を送られていることに気付いていない。横島アイの弱点とは、一点に集中するあまり、周りへの注意力が散漫になることである。

 

「……ちなみにどんな子なの?」

 

「えぇー、話を広げるんですか……?」

 

 話を聞くのはやはり輝夜。鈴仙は随分と投げ遣りな感じに輝夜に問いかけるが、それが彼女の耳に入ることはない。

 

「んーと、緑のチャイナ服っぽいのを着てる女の子ですね。紅魔館の門柱に寄りかかって、腕を組んでます」

 

「ここからそこまで見えるのか?」

 

 見えすぎるというのは伊達ではないようだ。妹紅の問いかけに横島は大きく頷く。

 

「ああ、よく見える。……それにしても、デカい。腕組みで強調されてるとはいえ、あれは中々の大きさ―――あの、妹紅さん、指が食い込んでます」

 

「あ゛?」

 

「いえ、何でもありません……」

 

 妹紅に運んでもらっている横島は、脇に指がメリメリとめり込んでいるのを伝えるが、彼女の迫力に屈し、口を噤んでしまう。自分が気にしていることを何回も指摘されている妹紅としては、それ位我慢しろということなのだろう。例えイラついて渾身の力で指を食い込ませていたとしても。

 

 だが、実際に横島とて余裕があるわけではない。妹紅の身長は横島から見て、頭一つ分程低い。ということは腕の長さもそれに比例するわけで、現在横島の背中から後頭部には、妹紅のお腹から胸の部分が当たっている。確かに妹紅は胸が小さめだが、全く膨らんでいないということではなく、輝夜や鈴仙には劣るが柔らかな曲線を描いた二つの丘が存在しているのだ。それが当初からぽよぽよと当たっているのだから、横島には堪らない。妹紅の見た目が自分よりも幼い物であるため、彼に取っては生殺しもいいところである。

 

「……それにしても、随分と気持ちよさそうに寝てるな、あのチャイナっぽい子」

 

 横島は何かを誤魔化すように話題を変えたが、それに真っ先に反応したのはレミリアに日傘を差している咲夜だった。

 

「ちょっと待ちなさい。寝ているのは門の前にいる緑色のチャイナ服を着た子なの?」

 

「え? ええ、そうっすよ。それはもうすやすやと安らかに……」

 

「そう……。ふふふ、あれほど昼寝するなといったのに美鈴ったら……」

 

 余りにも急激に雰囲気が変化した咲夜に横島は多少驚くが、咲夜のセリフから彼女の失態であると判断し、同情する。かなりこっぴどく怒られそうだ。

 

 そして、そうこうするうちに紅魔館の門前までたどり着いた一行なのだが、一名が発する怒気がどんどん上がっていることに気付く。

 

「……ここまで来ても起きないとは」

 

 門柱に寄りかかって眠る少女、紅美鈴は未だすやすやと寝息を立てている。そんな彼女を見た咲夜はどこからともなくナイフを取り出すと、それを美鈴の額目掛けて投擲した。

 

「はうっ!?」

 

 狙い違わずナイフは美鈴の額に突き刺さり、哀れ彼女は地面に倒れ伏してしまう。

 

「ちょーっ!? な、何やってんすか咲夜さーん!!?」

 

「仕事をせず、昼寝をしていた彼女が悪いのです」

 

 慌てて問い詰める横島に、咲夜は何とも涼やかに言い放つ。こういった相手の反応は元居た世界で自分がよく味わっていたものだ。横島は文句もそこそこに美鈴へと駆け寄って抱き起こす。

 

「大丈夫か、大きな乳―――じゃなくて、お嬢さん!! ナイフが根元まで突き刺さってるけど傷は浅いぞーっ!!」

 

 人それを致命傷と言う。

 

 だが、美鈴は多少身じろぎした後、閉じていた目をすっと開いた。

 

「うーん、痛たたた……って、えっ? あ、あの、貴方は……?」

 

「俺は横島忠夫。今度紅魔館に雇われることになった人間だよ。……そんなことより、大丈夫か? いくら妖怪とはいえ銀のナイフが刺さったらまずいんじゃないか? 血も大量に出てるし……」

 

「……え?」

 

 美鈴は紅魔館に新しく人間が雇われることに驚くが、それと同時に妖怪である自分をここまで心配してくれる横島にも驚いた。

 

 美鈴は少女の姿をしているが歴とした妖怪であり、肉体の強靭さは人間とは比ぶべくもない。だというのに、目の前の男はそれを知っていてもなお、自分を心配してくれているのだ。

 

 美鈴は人間とも友好的であり、人間の里には友人も居る。中には彼女に武術の試合を申し込んでくる者も居り、人間と妖怪の共存に一役買っている。

 

 しかし、彼女が妖怪と知っている者は、美鈴が怪我をしてもそれを気にする者はあまりいない。特に親しい人物ならばその限りではないが、無意識下に存在する人間の妖怪に対する意識がそうさせているのだろう。

 

 彼女はそういったことに敏感であるが、特に気にする程でもないので頭の隅に追いやっていたが、今、初対面にもかかわらず自分を妖怪だと見抜いたうえで、自分を心配してきた男に出会ったのだ。割と長生きしている美鈴も、こういった人間と会ったのは初めてであった。

 

「え、あ、えっと……。はい、大丈夫……です。慣れてますから」

 

 横島は美鈴が額にナイフが刺さるのに慣れていることに驚愕する。ああ、やはり自分と似たような立場なのかと。美鈴は少々困惑しつつ、額に突き刺さったナイフをズボッと抜いた。その拍子に血が噴き出し、横島の顔に多少付着してしまう。

 

「あっ! す、すいません!」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。それよりもこれ貼っとくといいよ」

 

 そう言って横島が懐から取り出したのは、『永遠亭印の強力大判絆創膏。ナイフで刺されてもこれでバッチリ!』と書かれた箱だった。横島は絆創膏を一枚箱から出し、美鈴の額の傷に優しく貼りつけた。血は既に止まっていたようだ。

 

「あ……」

 

「ん、これでOKっと。あんまり触れないようにな」

 

 横島は最後に頬にかかっていた髪の毛をそっと撫で下ろした。

 

 横島忠夫という男は、女の子に良いところを見せようとすると斜め上の行動を取り女の子から顰蹙を買うが、特に意識せずに行う場合は好意的に取られることが多い。

 

 今回の行動も結果的には美鈴の髪を触ってしまってはいるが、彼の気遣いと、彼から感じる優しい気の波動で嫌悪感は湧かなかった。どちらかと言えば、彼女は多少の高揚を覚えたほどだ。

 

 それを遠目で見ていた咲夜は驚愕した。

 

(まさか……私がナイフを持っていると気付いてあの絆創膏を……!? 横島忠夫……やはり、侮れないわね……)

 

 何やら彼女も盛大な勘違いをしているようだ。

 

 先程の行動は少し軽率だったかと横島は思ったが、どうやら嫌がってはいない様子。それを確信した横島は調子に乗って将来の為に美鈴に話しかけようとするのだが、その前に割り込んできた者がいた。

 

「随分と優しくしているのね?」

 

「それはもう! 美女美少女には優しくしないといけませんからね!」

 

「男らしいですわ。……それで、一体何が目的で?」

 

「そりゃあもちろん好感度が上がれば将来的にデートの一回や二回はしてくれると……はっ!?」

 

「なるほどね」

 

 割と困ったさん、八雲紫である。

 

 単純な横島は、問い掛けられるままに考えをペラペラと話してしまった。

 

「くっ……! まさか、この俺が誘導尋問に引っ掛かるだなんて……! これが、『妖怪の賢者』の知略……!!」

 

「いえ、こんなことでそんなことを言われても……。ところで、よく絆創膏なんて持ってたわね?」

 

「ああ、永遠亭の俺達が寝かされていた部屋に落ちてたのを拾っておいたんすよ、こんなこともあろうかと」

 

 紫としては苦笑するほかない。どうやら本当に種族は関係ないようだ。紫は横島に抱き起こされている美鈴の手を取り立ち上がらせ、横島を紅魔館内に促す。

 

「ほら、あまり門前に居るわけにもいきませんわ。早く中へ入りましょう」

 

「え、あ、はい……。そうっすね」

 

「別にいいけど、なんであんたが仕切ってんのさ」

 

 紅魔館の主を差し置いて、とレミリアは文句を言うが、その表情に不満はあまり無いようだ。門を開け、全員に手招きしてさっさと中に入っていく。

 

 レミリアに皆が続き、横島も門の中へ入ったとき、横島は「そうだ」と言って美鈴に振り向いた。

 

「そういえばさ、名前聞いてなかったよな? 教えてくんない?」

 

「え、あ……」

 

 言われて気付いたが、美鈴は名前を尋ねたというのに、自分は名乗っていなかったことを思い出す。礼を失したと自省しつつ、彼女は胸に手を当てて名前を告げた。

 

「私は紅美鈴。紅魔館の門番をしています」

 

「紅……美鈴、ね。そんじゃ、これからよろしくな。怪我してるんだから、あまり無茶なことはしないよーになー」

 

 横島忠夫と名乗った男は、そう言って門の向こう側へ歩いていった。

 

 門を閉じ、美鈴はまた門柱に背を預け、空を仰ぎ見る。昨日一昨日と立て続けに異変が起こった割に、空の機嫌は良く、青空が広がっている。

 

「……」

 

 美鈴は絆創膏をコリコリと掻く。既に痛みもなく、傷も治っているので絆創膏を貼っておく必要はない。だが、美鈴はそれを剥がす気にはならなかった。

 

 自分を介抱してくれた横島の顔を思い出す。彼は妖怪である自分を、本気で心配していたようだ。他の妖怪からすればなんて事はない事柄なのだろうが、美鈴は何故か微笑みが浮かんでくるのを止められなかった。

 

「……よしっ」

 

 気合いを入れ直し、空に一言。

 

「今日は昼寝をせずに仕事を頑張りますか!」

 

 何とも当たり前なことをおっしゃった。

 

 

 

 所変わって紅魔館内。一行はゲストルームを目指して歩いている。横島は頻りに館内を見回し、中と外で広さがまるで違うことに首を傾げている。

 

「ふふ、言っただろう、激務だと。どうする? 今ならキャンセルも考えてやってもいいが……」

 

「い、いや大丈夫っすよお嬢様! 多分慣れれば大丈夫ですよ。だから最初辺りは優しくしてください!」

 

「了解了解。さて、咲夜。私はフランとパチェを連れてくるから、そこの大きめのゲストルームに皆を招待してあげて」

 

 咲夜はレミリアの言葉に一つ頷き、皆を案内する。

 

「畏まりました、お嬢様。それでは皆さん、こちらです」

 

 レミリアは一行と別れ、廊下を進んでいく。横島達一行は咲夜の案内の下、ゲストルームに到着した。そこは三十畳程もある大きな部屋で、豪奢なシャンデリアや煌びやかな家具類、ドアを挟んで大きなバスルームもあるようだった。

 

「はぁー、凄いなこれは……」

 

「うわぁ、目がチカチカする」

 

「大丈夫ですか、姫様?」

 

 妹紅は普段縁の無い洋室に圧倒され、輝夜はシャンデリアをまともに見てしまい目をこすり、鈴仙はそんな輝夜を心配している。紫と永琳はそんな彼女らを微笑ましく見つめ、横島は部屋のあまりの高級感に気後れをしてしまっている。

 

 咲夜は腰に下げている懐中時計で時間を確認し、不敵な笑顔で横島に話しかけた。

 

「失礼ですが、横島様。先程の門番の返り血を含め、随分と汚れていらっしゃるようですね」

 

「あー、確かにそうっすね。すんません」

 

「いえいえ、お気になさらず。……お嬢様もまだ時間がかかりますし、入浴などはいかがでしょうか?」

 

 咲夜の目に怪しい光が宿る。妙に改まった態度で怪しさ倍増だ。だが、横島はそれに気付かない。あからさまに怪しくても、相手が美女美少女ならば怪しみつつも喜んで突っ込んでいく横島に気付けというほうが無茶かもしれないが……。

 

「え、良いんすか? まあ確かに風呂には入りたかったっすけど……」

 

(……その言葉を待っていました)

 

「畏まりました。……妖精メイド達!」

 

 咲夜が指をパチンと鳴らすと、幾人かの妖精メイドが部屋に入ってきた。見た目は十歳前後と言ったところだろうか、メイド服に着られている感じがあり、中々に可愛らしい。……可愛らしいのだが、ここで横島に極上の悪寒が背筋を駆け巡る。

 

「こちらの男性は横島忠夫様。今度紅魔館で働くようになったの。……でも、彼は今たくさん汚れているから、貴方達が綺麗にしてあげてくれるかしら?」

 

「~~~~~~っっっ!!? さ、咲夜さん何を言って……!?」

 

「はーい」

 

「わかりましたー」

 

「がんばります……」

 

 咲夜の言葉に横島は悪寒の正体を悟り、驚愕に動揺しながらも抗議の声を上げるが、それよりも早く妙に張り切った妖精メイド達が横島を取り囲んだ。

 

(速っ)(逃げっ)(回り込まれ)(抜け出せ)(無理)(捕まっ)

 

 逃げようとする横島だが、何故だか異様な素早さを発揮する妖精メイド達に捕まり、胴上げの要領で運ばれてしまう。大ピンチに思考が加速して様々な言葉が頭を巡るが、そのどれもが無意味な物だった。

 

「や、やめろぉー! 離せ、人の心があるのならーーーっ!!」

 

「わたし妖精ですー」

 

「わたしもー」

 

「わたしも……」

 

「そうでしたねコンチクショー!!」

 

 涙と叫びを轟かせ、横島はバスルームへと連行された。

 

 他の皆は横島がバスルームに連行されるのを見守るしかなかった。

 

 バスルームからはドタバタと音がし、横島の涙ぐんだ叫びが聞こえてくる。

 

『やめろー! 脱がせるなぁー!!』

 

『脱がなきゃはいれませんよー?』

 

『さっさと脱いでくださーい』

 

『ん、なかなかの筋肉……』

 

『いやぁぁああああーーーっ!!? 妖精は弱いはずなのにとんでもなくパワフルーーーっ!!?』

 

 響きわたる声に何だかイケない場面を想像してしまう少女達だが、実際にイケない場面なので仕方がない。

 

『や、やめろ……っ! 来るな……! オレのそばに近寄るなああーーーーーー!!!』

 

 これもある意味断末魔の叫びなのだろうか。バスルームから横島の一切の声が消えてしまった。

 

 何となくホラーな雰囲気も漂いはじめたのだが、永琳は咳払いをし、咲夜に問い掛ける。

 

「こほん。それで、何で横島君にあんなことを?」

 

 咲夜も頬が赤く染まっているが、永琳の問いには確固たる意志を以て返答する。

 

「彼はあの時言ったわね。お嬢様を美幼女と言い、『ロリコンになってしまうかもしれない』と……」

 

「レミリアだけに言った訳じゃないけどね」

 

「だからこう考えたのよ。『小さい女の子にトラウマを刻まれれば、お嬢様や妹様を彼の毒牙から守れるのではないか』……と」

 

 その言葉に皆は押し黙る。咲夜はその様子から、自分は間違っていないのだと考えたが、実際は違った。

 

「あのー、咲夜さん?」

 

「何かしら、蓬莱山輝夜」

 

 輝夜がこめかみを押さえつつ挙手をして咲夜に問う。

 

「これが切欠で横島さんがロリに目覚めたらどうするの? 小さな女の子に無理矢理服を脱がされ、全身を隅々まで洗われるとか目覚めてもおかしくないシチュエーションよ? えっちな漫画本的に考えて」

 

 その言葉に咲夜の時間が止まる。

 

(……輝夜、そういう漫画持ってるのかしら)

 

 永琳の胸中は複雑なものと化しているが、逆に言えばある意味健全な証拠であるとも言える。とりあえず、今度永遠亭が再建されてしばらくしたら輝夜の部屋を漁って、机の上に置いてやろうと決めた。

 

「……」

 

 咲夜の時間は未だに止まっている。輝夜も咲夜の目を見て、じっと佇んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あっ」

 

 咲夜、つい「やっちゃった」とばかりに声を出してしまう。

 

「おい……。今の『あっ』は何だ、『あっ』は」

 

「ほほほ、聞き間違いではないかしら」

 

「なら私の目を見て言えよ、えぇ、完璧で瀟洒なメイドさんよぉ?」

 

 思い切り目を逸らす……どころか、首や腰まで捻って明後日の方向を見る咲夜に、妹紅は容赦なく絡んでいく。いくらなんでもこんな形で友人となった変人が危険人物に進化するのはいただけない。

 

 喧々囂々と騒いでいると、ゲストルームの入り口が開き、妹のフランドールと親友のパチュリーを連れたレミリアが入ってきた。

 

「遅くなって悪いわね……って、何を争っているのかしら?」

 

「咲夜、けんか?」

 

「お嬢様、妹様、パチュリー様……」

 

 咲夜は入室した面々を見て、顔を強ばらせる。その様子をレミリアは不審に思い、永琳から聞くことにした。

 

「で、これは何の騒ぎなの、永琳」

 

「……ちょっとね。横島君をお風呂に案内したのよ。……妖精メイド達が」

 

「ふーん? なら、もう少しかかりそうか……」

 

 レミリアが顎に手を当て、待ち時間をどう過ごすか思案し始めたが、意外にも横島はすぐに部屋に戻ってきた。衣装を変えて、行きと同じように妖精メイド達に運ばれて。

 

「おわりましたー」

 

「きれいきれいです」

 

「……色々と役得」

 

 横島は床にドサリと降ろされた。その服装は永琳が着替えさせた浴衣ではない。

 

 黒いジャケットにタイにベスト、白いシャツと手袋、ポケットチーフなどなど……いわゆる『執事服』を着用していた。

 

 彼は体を横たわらせ、起きようとしない。目は死んだ魚の様に濁り、何か別次元のモノを見ているように感じられる。

 

「……ご苦労様。貴方達は戻っていいわよ」

 

「はーい」

 

「失礼しますー」

 

「またやらせてください……」

 

 咲夜の言葉を受け、妖精メイド達は退室していった。廊下からは『大きかったねー』『うん、大きかったー』という声が聞こえてくるが、それは勘違いだと思いたい。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 場を沈黙が支配する。横島が平常なら執事服なこともあり、先程までとは違う精悍さや大人っぽさを醸し出していたのだろうが、今の彼から醸し出されているのは腐臭や瘴気といった物だ。何やら呪詛のような物まで聞こえてきた。

 

 とりあえず妹紅達三人娘は紫と永琳の方を見る。二人は頷き、横島の元に向かい、呪詛の内容を確認したり、目を覗き込んだりした。そして出した結論は……。

 

「「セーフよ」」

 

「「「ほっ……」」」

 

 一安心。

 

 永琳は懐に忍ばせていた気付け薬をハンカチに染み込ませ、横島の鼻に近づける。

 

「エンッ!!!」

 

「お目覚め?」

 

 横島はパッチリと目覚めたが、鼻を押さえドッタンバッタンと床を転げ回る。妹紅達は永琳の所業にドン引きし、レミリア達は頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「……そろそろ話をしたいんだけど、良い?」

 

「あっ、も、申し訳ありませんお嬢様。ほら、横島さん」

 

「ぅえっ? あ、はいすんません」

 

 咲夜に促され、横島はピシッと姿勢を正す。表情もキリリと引き締め、服装と相まって出来る大人の男性といった風情だ。それを見た少女達は思い思いに感想を語り合う。

 

(真面目にしてれば結構いい感じなんじゃないか?)

 

(確かにそうだけど……。でも、普段が普段だし……姫様はどう思います?)

 

(私としてはそのギャップが面白いんだけど……)

 

 概ね好意的な感想を貰っている横島だが、頭は別のことを考えている。

 

 即ち、『さっきので時給が下がってなかったら良いなぁ』という暢気なものだ。

 

 と言うのも、この横島忠夫という少年、美神の元で働いていたときは昇給と減給を繰り返していたのだ。実力をつけ、知識を身につけては昇給し、色香に迷い、金に目が眩んで美神を裏切って失敗しては減給された。そして、最終的には255円に落ち着くのだ。

 

 それだけ失敗しても裏切ってもクビにならないのは、彼の霊能力がずば抜けて優れているのと、彼自身の優秀さ、そして安くこき使えることとお互いに存在する信頼感や姉弟のような親愛からである。

 

 一時お互いの関係があやふやな物になったこともあるが、とある事件を切欠に関係が微妙に変化したのだ。

 

 向こうの世界には信頼と親愛と安心があった。だが、『こちら』は違う。幻想郷に墜落してすぐに職にありつけたのは良いが、元々横島はレミリアの気紛れによって雇われたと言ってもいい。ちょっとした失敗で減給や、最悪クビの可能性だってある。彼は最終的に物を言うのは金銭だということを美神の下で学んだ。

 

「ふむ、色々と契約に関しては後にしよう。まずは自己紹介よ、フラン」

 

「はーい!」

 

 レミリアの隣にいた、金髪の少女『フランドール』が元気よく手を上げて返事をする。

 

「私はレミリアお姉様の妹のフランドール・スカーレット! フランって呼んでね。よろしく、執事のお兄さん」

 

 まさに天真爛漫といった笑顔で自己紹介をするフランに、横島もついつい頬が緩んでしまう。

 

「ああ。……じゃなかった。はい、よろしくお願いします。フラン様」

 

 そう言って頭をすっと下げる。背筋もピンと伸ばしているので、中々に様になっている。

 

「次は私の親友の番ね」

 

「ん……。私はパチュリー・ノーレッジ。パチュリーでいいわ。普段は紅魔館の図書館に引きこもってる。……喘息持ちだから、私の周りで埃は立てないようにね」

 

「はい、了か……じゃなくて、畏まりましたパチュリー様」

 

 次は全身を淡い紫の衣服に包んだ少女パチュリー。少々ふっくらとした少女で、体が弱いのだろう、その身からは余り気力を感じない。その表情は特に感情を表さず、入室当時から無表情のままだ。

 

 ここでレミリアは横島の言葉遣いに苦笑を浮かべる。彼女は、正直に言えば余り畏まったような言葉遣いは好まない。出来れば適度に敬意を表すくらいでいい。

 

「という訳で、私達にそんな言葉遣いはしなくても良いわよ。適度に敬い、適度に砕けなさいな」

 

「うっす、了解っすお嬢様! いやー、執事っぽい口調なんてなんも思いつかなくて困りましたよー。……っていうか、俺って執事なんすかね?」

 

「いきなり変わりすぎでしょう……」

 

 咲夜はあまりの変わりっぷりに嘆息する。自分もそれほど畏まった口調ではないが、横島のはあまりに軽すぎる。

 

「ふふ。私が言い出したとはいえ、こうもあっさりだと逆に頼もしく思えるな……。それはともかく、横島忠夫。お前には想像通り執事をやってもらう。咲夜の下について、仕事を教えてもらうといい。……ま、本来なら執事の方がメイドより立場は上なんだけど……細かい事はいいわ。とりあえず紅魔館の案内と、雇用契約とかを済ませましょうか。……そうそう、永琳達との話も、後でね」

 

 そう言ってレミリアは身を翻し、永琳達の返事も聞かずにドアを開ける。側にはいつの間にか咲夜が控えている。レミリアは横島を横目に言葉を紡ぐ。

 

「どうした? 契約はまだだが、お前は私の執事なんだ。私の側に居なくてどうする?」

 

 その言葉に横島は、目を丸くするが、レミリアの意図に気がつくと、しっかりと返事をする。

 

「はい! お側に仕えさせていただきます、お嬢様!」

 

 部屋から出て行くレミリアの表情は、楽しそうに微笑んでいる。

 

 この日、吸血鬼の少女レミリア・スカーレットは『右腕』である十六夜咲夜の対となる『左腕』……横島忠夫を。

 

 

幻想郷に墜落した少年横島忠夫は多くの友人と就職先と、仕える主を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、紅魔館に執事服なんてあったのね……」

 

「―――えっ?」

 

 

 

 

 

 

第六話

『おいでませ紅魔館』

 

~了~




雑にフラグをばら撒く男、スパイダーマッ!

私はもやし派ではなくぽちゃりー派です。

横島の時給や美神との関係は独自設定ですのでご了承ください。

それにしても咲夜さんのキャラが安定しません。
これは今後の課題ですね。

それではまた次回お会いしましょう。

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