東方煩悩漢   作:タナボルタ

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今回、ある意味横島のキャラが崩壊しています。ご注意ください。
(どんな風に崩壊しているかを言わずに不安を煽る外道)




第六十話

 

 魔法の森の入り口にある道具屋、“香霖堂”。

 その店の中で、少女の笑い声が響く。それは女の子が上げるには少々品のない笑い声であり、その少女自身腹を抱えて床をバンバンと叩いているのだから、なお性質が悪い。

 その少女の名を霧雨魔理沙というのだが、彼女が普段こうして馬鹿笑いをするというのも珍しいことだ。余程、友人である菫子に仕掛けた悪戯が成功したのが痛快だったに違いない。何とも趣味の悪いことである。

 

「はあ、まったく……」

 

 そんな魔理沙を見てやれやれと首を振り、溜め息を吐くのは彼女がまだまだ幼かった頃からの付き合いである霖之助。魔理沙の兄貴分である身からすれば、一体どこで育て方を間違ったのだろうかと考えずにはいられない。まあ、自分が育てた、と言えるほど四六時中一緒に過ごしたわけでもないのだが、それはそれだ。

 霖之助は今更ながら横島が先ほどまで自分達の質問に答えるために喋り通しだったことを思い出し、席を立ってお茶を用意しに店の生活スペースへと戻る。

 横島は霖之助に礼を言ったあと、抱きかかえていたチルノを下ろし、目線を合わせて改めて注意をする。

 

「いいか、店の商品を見たり触ったりすんなとは言わねーけど、あんまり乱暴に扱ったりはしないようにな。珍しい物が沢山あってテンションが上がるのは分かるけど、店の人……森近に迷惑を掛けないようにすること。いいな?」

「……はーい」

「ん。……んじゃ、今まで押さえてて悪かったな。色々と見てきていいぞ。ほら、フランちゃんも」

「はーいっ。えへへ、チルノ、いっしょに見よ?」

「うん!」

 

 チルノは少々不貞腐れた様な顔をしていたが、横島に促され、フランとチルノは大妖精と合流し、商品を物色し始める。ただしこの香霖堂は非売品が多く、買い物の楽しさを学ぶには少々適さないかもしれない。

 霖之助は元々道具の蒐集家であり、店もお金や生活の為に経営しているのではなく趣味で営んでいるのだ。とはいえ一応商売する気はあり、最近は菫子と出会った事によって商売人としての意気も取り戻したのだが……蒐集家が関係しているのか、断捨離の出来ない人間だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

第六十話

『胸を張って』

 

 

 

 

 

 

 

「待たせてしまってすまないね。魔理沙や霊夢はともかく、こうして普通のお客様にお茶を出す機会に恵まれていなくてね。湯飲みを探すのに少々手間取ってしまったよ」

「んな気にすることでもねーけど……お茶、サンキュ」

「あ、ど、どうもありがとうございます」

 

 横島とはたて、二人分の温かいお茶を持ってきた霖之助の言葉に、横島は苦笑を浮かべる。本来なら人数分用意するべきなのだろうが、子供たちは商品を見て回るのに夢中だ。それを邪魔するのも悪いだろう。

 横島は早速お茶を一口啜る。最近は気温も下がってきており、こうした温かいお茶は嬉しいものだ。腹の中からじんわりと熱が広がり、身体を温める。

 

「それにしても……さっきはありがとう。チルノ君を押さえてくれて」

「ああ、いいよ別に。気にしなくて。俺も商品を買うのならともかく、壊して弁償ってのは嫌だからな」

 

 改まって礼を言う霖之助に、横島は気にするなと手をひらひらと振る。お茶を啜りながらであるため行儀が悪いが、それは照れを隠しているようにも見え、次の瞬間にははたてがカメラのシャッターを切っていた。今回の案内ではたての撮影技術もどんどんと洗練されていっている。

 

「それもあるけど……本命はそっちではなく――――菫子君のためだったんだろう?」

「……」

 

 横島の態度を気にした様子もなく、霖之助は核心を突いた。横島が動きを止め、やや見開いた目で霖之助を見やる。それに対して、霖之助は微笑みを浮かべる。

 

「菫子……あの子がどうしたの? チルノと何か関係が……?」

「そうだね。本当ならこういうことはしないけれど……今日は、特別かな」

「おいおい……」

 

 疑問に首を傾げるはたてに霖之助は上機嫌に返す。それを見る横島の頬は引きつっている。これから話されるだろう内容が嫌でも想像でき、何やら気恥ずかしくなってくる。

 

「彼女……菫子君は超能力者でね。サイコキネシスやテレポートなど、様々な超能力を使えるんだが……それでも、身体は普通の人間なんだ。チルノ君の冷気に、彼女は耐えられないだろう」

「あ……」

 

 霖之助の説明に、はたてはなるほどと得心する。確かにチルノの冷気は強烈だ。何の防寒もしていない人間が彼女に近寄れば、たちまち風邪を引いてしまうどころか、命の危機に直面しかねない。

 

「だから、横島君はチルノ君を押さえてくれたんだろう? 彼女の冷気が漏れないように、自らの霊波でチルノ君を包み込んで」

「そっか、だからチルノは大人しかったのね。横島さんの霊波は妖精には心地いいものだっていう話だし、チルノが不貞腐れたような顔をしてたのは怒られたからじゃなくて、自分を包んでいた横島さんの霊波が無くなったからなんだー」

「……別に、そう大したこっちゃねーだろ。相手が美女美少女ならなおさらだ」

 

 眩しいものを見るかのような二人の視線に横島は居心地が悪くなる思いだ。まさか目の前で自分の行動の意味を説明されるとは思わなかった。何も悪いことをしていないのに理不尽な罰ゲームを受けたような、横島はそんな感想を抱く。

 横島は自己顕示欲の強い人間だ。自らの善行を喧伝し、賞賛を受けたいとは何度となく思ったことではあるのだが、こういう彼自身にとって特に何でもない行動を褒められるのは、どうにも羞恥が強かった。身体のいたる所がむず痒くなってくる。

 

「君にとってはそうかもしれないね。でも、それを実行に移せる人がどれだけいるかというと、実際あまりいないものなんだ。たとえ下心があったのだとしても、それを実行出来るのなら、そしてそれを続けることが出来るのなら――――それは、本当に凄いことなんだよ」

「……」

 

 柔らかな微笑みを浮かべ、まるで子守唄を歌うかのように優しい声音で霖之助は語る。それは彼の生きた永い時を連想させる程に深みを感じさせる。

 これまでの会話で霖之助は横島が強いコンプレックスを抱えていることに気が付いた。横島の言葉から強い虚勢と自信の無さを感じ取ったのだ。

 だからこそ、彼を認める。彼が自分を卑下するのなら、それは違うと言ってやる。それは小さなことかもしれない。小さなことかもしれないが――――積み重なれば、それは一つの山となるのだ。

 積み重なった一つ一つが彼の血肉となり、自信に繋がれば――――彼は、より魅力的な存在となるだろう。その一助となれば……。そう思えるくらいには、霖之助は横島に好意を抱いていた。

 霖之助は横島に手を伸ばし、その頭をくしゃりと撫でる。

 

「“それ”が出来るのはほんの一握りだけ。そして、君もその中の一人なんだ。もっと胸を張ってもいいんだよ」

「――――……っ」

 

 真っ直ぐな霖之助の言葉が、ふわりと横島の胸に届く。

 横島は目を見開き、動揺から目を泳がせ、やがて赤くなった顔を隠すかのように俯いて口元に手を翳す。

 

「……男に撫でられたって気持ち悪いだけだっつーの」

 

 それはとてもか細い声だったが、霖之助にはしっかりと聞こえていた。霖之助は一瞬だけ、まるで子供のように笑みを深めると、「それは悪かったね」と言い、最後に乱暴に横島の頭を撫でる。

 二人の様子は傍から見れば兄弟か、あるいは親子のやり取りに見えたかもしれない。長きを生きた者が年若い者を導く。彼等の場合は、そんな関係に見えてしまう何かがあったのだろう。

 そして、そんな二人を間近で見ていたはたては何やらとても複雑な表情でカメラのシャッターを切りまくっている。

 

 ――――何だろう。何だろう何だろう何だろうこの胸の中に生まれてくる熱は……!! そう、これはまるで私の中で何かが誕生するような、新たな扉が開きそうな、そんな胸のざわめき――――っ!!?

 

 それ以上いけない。

 はたてが何やら新たなときめきに眩惑されている背後で、大妖精は顔を赤らめて横島達の様子を眺めていた。彼女の目は輝きに満ち、まさに喜色満面といったところ。どうやら彼女は少々お腐りなされているようである。

 

「それに比べて……」

 

 と、ここで霖之助が再び溜め息を吐く。横島とはたては疑問符を浮かべるが、その溜め息の理由は簡単に判明する。

 

「へっくしっ! んあ゛ー、ちょっと寒くなってきたな。火、火っと……」

 

 いつの間にかチルノ達と共に商品を物色していた魔理沙が豪快にくしゃみをし、懐からミニ八卦炉を取り出して、その文様の上に小さな火を灯しだす。

 

「うわ、八卦炉から火が!?」

「ふいー、これこれ。そうだ、チルノも来いよ。どうだ温かくなったろう(笑)」

「熱っ! あっつ!? やめっ、やめろぉー!!?」

「チルノー!?」

「チルノちゃ-ん!?」

 

 魔理沙はミニ八卦炉から出ている火をチルノへと翳す。氷精であるチルノにとって、火は天敵だ。流石に溶けたりだとかそういったことにはならないが、熱に対するダメージは他の妖精達よりも大きいのだ。

 

「それに比べて、魔理沙は本当にもう……!!」

「……ふぅー」

 

 霖之助の嘆きの声が響く中、その光景を目撃した横島が深く長い息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。そして楽しげにしている魔理沙に背後から近付き、強かに拳を振り下ろした。

 

「げ ん こ つ ! !」

「あ()ーーーーーー!!?」

 

 流石に火遊びは許されない。横島のげんこつによって、魔理沙の頭にはとても大きなたんこぶが出来ました。

 

 

 

 

 

「ぐすん……」

「よしよし、もう大丈夫だからな……まったく、魔理沙のいじめっ子め」

「ごめんなさい……」

 

 現在、魔理沙は涙目で床に正座をしている。彼女の頭部には大きなたんこぶと小さなたんこぶの二段こぶが出来上がっている。横島のげんこつを食らった後、霖之助からもお叱りを受けたのだ。何だかんだ魔理沙に甘い霖之助だが、流石の彼も店内での火の使用と、それを人に向けて遊んだのは看過出来なかった。珍しく本気での叱責である。

 フランは魔理沙の正面に仁王立ちして「がるる」と威嚇し、大妖精は横島の腕の中にいるチルノを後ろから抱き締めている。丁度横島と大妖精でサンドするような形だ。

 

「まったく……あんなことをさせる為にこのミニ八卦炉を造ったわけじゃないんだがね」

「……あんたが製作者だったのか」

 

 霖之助は魔理沙から没収したミニ八卦炉を手で弄びながら溜め息を吐く。今日だけで何回目の溜め息だろうか。一体どれだけの幸せが逃げていったのだろう。そう考えるとまた溜め息が出てきそうになってしまう。とんだ悪癖の出来上がりだ。

 横島は腕の中でいじけているチルノを慰めながら、ミニ八卦炉を造ったという霖之助の言葉に驚きを隠せないでいた。

 思い出されるのは先日の命蓮寺での白蓮と神子との談笑。西遊記に出てくる八卦炉は、本来ならば上手く()ることさえ出来ればあの斉天大聖ですら焼き殺せるのだという。

 魔理沙の持つ、霖之助が造ったというミニ八卦炉は恐らく贋作、あるいは模造品の様な物なのだろうが、それでもその最大火力は山を一つ消し飛ばすことが出来るほどのものらしい。

 

 ――――どうやってそんな物騒なもんを造ったんだ? まさかこいつは天界の出身で、実物の八卦炉を見たことがあるとか……?

 

 横島の中で霖之助の過去が捏造されていく。よくよく見れば彼の服装は中国っぽいと言えば中国っぽいと言えるような気がしないでもない。彼は中国出身だったのか……? どんどんと新たな設定が組み込まれていくが、もちろん何の根拠も無いただの憶測である。

 

「明日の朝刊かなぁ……でも間に合うかなー?」

 

 益体も無いことを考えている横島の隣では、はたてが魔理沙の様子を写真に収め、明日の新聞に載せようか迷っている。時間を考慮するならば、恐らく間に合わないだろう。何せ今日は()()()()()()()()()。流石に深夜と呼ばれるような時間帯まで遊び呆けるわけではないが、それでも明日の新聞を作ることが出来るほどの時間は確保出来ないだろう。

 

「やれやれ、これじゃあミニ八卦炉が泣いているよ。子供に火を向けたり、地脈の力を撃ち出したり、やってられないとね」

「人に向けるのは弾幕ごっこの性質上仕方ないんじゃあ……?」

「それはそれ、これはこれだよ。もう何度目になるか分からないけど、無闇に人に対して使用しないこと。雑な扱いや無茶なことは控えること。いいね?」

「分かったぜ……」

 

 霖之助からミニ八卦炉を返され、魔理沙は神妙に頷く。久しぶりに本気で叱られ、反省をしたのだろう。それがいつまで続くのかは分からないが、今後はこういったことが起こらないことを霖之助は願う。

 

「なんか物騒なことが聞こえたな、地脈の力を撃ち出すとかなんとか……」

「それって危ないことなんですか?」

「そりゃーな。地脈ってのは簡単に言えばこの大地を巡る“気”の通り道でな。そこに流れる力はとんでもないものなんだよ。それこそ人間がどーのこーの出来ないくらいには」

 

 大妖精からの質問に、横島は簡潔に答える。かつて自分も師匠である美神に教えられた。香港での元始風水盤事件で興味を抱いた横島が、珍しく美神に教えを乞うたのだ。……風水を学べばモテるようになるのではとか、そんな下心は一切無かった。一切無かったのだ。

 

「まあ、地脈の力を操るってのは本来なら神魔族でも難しいはずなんだけど……なに、魔理沙ってそんな凄い魔法使いだったのか?」

「いやぁそんな……うふ、うふふふ」

「魔理沙、キモい」

「流石にそれは酷いんだぜ」

 

 正確には何人もの“神魔級”の大妖怪達の力のおかげなのだが。その時のことを魔理沙が説明すると、横島は感心して何度も頷き、賞賛を送る。そして思った以上に凄い魔法使いであった魔理沙とパチュリー、アリスの三人、そして傾国の美女である藍と酒飲み妖怪萃香、貧乏でお肉大好きな霊夢に改めて尊敬の念を抱く。

 

「しっかし、幻想郷の地脈か。地脈の上にこの幻想郷を造ったくらいなんだから、きっととんでもなく上等な代物なんだろうな」

「ほう? 横島君、興味があるのかい?」

 

 ぽそりと呟いた横島に、霖之助が耳聡く反応する。見れば彼の眼鏡が光を放っており、なにやら妙な圧を感じる。その様子の変化に皆は首を傾げるが、魔理沙だけは「あちゃー」と天を仰いでいる。

 

「ふむ。さて、地脈……これには別名があってね。それを龍脈というんだが――実際には別物だという話だけどね――とにかく、この流れは僕達が住んでいるこの国、“日本”を縦断している。

 さて、ここで問題だ。この日本という国の形……実は、ある生物に酷似している。それが何か分かるかい?」

 

 やけに熱く、饒舌に語りだした霖之助。彼はどこからか取り出した日本の絵が描かれているフリップを取り出し、皆にクイズを出す。既に魔理沙はげんなりとした表情をしており、はたてや大妖精などは突然の展開について来れていないが、横島はその順応性から空気を読んで答えを考え始め、チルノとフランはクイズに目を輝かせて回答を捻り出そうとしている。

 皆が考え始めて十数秒、チルノが元気よく手を上げた。

 

「はいっ!」

「はい、チルノ君」

「答えは“ドラゴン”ね!!」

「うん、正解だ」

「やったっ! やっぱりあたいは天才ね!!」

 

 見事チルノが正解を導き出す。

 ドラゴン――――その答えに横島は首を捻るが、言われてみればそんな形をしているかもしれない。子供の頃、そんな漫画を読んだような気がする。ツンツン頭の少年侍が、伝説の玉を探す旅に出る……そういった内容だったはずだ。

 

「そう。この国の形はドラゴン……龍に酷似している。ここで思い出して欲しいのは、この国を流れている龍脈の存在と、この幻想郷における最高神のことだ。

 横島君、君は幻想郷の最高神が何かは知っているかい?」

「……えーっと、確か龍神だったと思うけど。人里にでかい像があったし」

「そう、その通り。龍神様なんだ。龍の形をしたこの国、日本。そこを流れる強大な龍脈。そしてその上に造られ、龍神様を最高神としている幻想郷!

 僕はここに何らかの関係性があると考えているんだ。龍神様は普段空の上に住んでおり、時折地上の様子を見に来られるというが、本当にそうなのだろうか? 実際に龍神様と相対したことがある者はあまりにも少なすぎる。それはこの幻想郷の創始者達である妖怪の賢者達だ。彼女達――――例えば八雲紫だが、彼女に龍神様のことを聞いても何も教えてくれない。そして商品も買ってくれない。何か知られてはいけないような、そんな事実が眠っているのだろうか? そして何故うちの商品を買ってくれないのだろうか? 非売品が多過ぎる? いやいやそれは関係ないだろう。非売品を除いてもうちには素敵な商品がたくさんあるんだ。一つや二つくらいなら彼女のお眼鏡に適う物があるはず――――なに、それが非売品だって? それじゃあ仕方ないね。おっと、流石に話が脱線し過ぎていたね。どこまで話したか……そうそう、何か知られてはいけないような事実があるのかどうか、だったね。これは僕の考えなんだが、実は龍神様は普段からこの幻想郷に――――」

 

 実に、実に楽しそうに霖之助は熱弁をふるう。しかし、彼の周りはどうだろうか? 誰も今の霖之助のテンションについてこれていない。

 はたては最初興味深そうに霖之助の演説をメモに取っていたのだが、今ではその手も止まっている。彼女は普段あまり取材をしないので、彼の話すスピードについていけなくなったのだ。

 チルノとフラン、大妖精は横島の元から離れ、先ほどまでのようにまた商品を物色している。可愛らしい髪留めを見付けたのか、皆でキャイキャイとはしゃいでいる。

 

「お? なんか良いもんあったのか?」

「あ、ただお兄様。うん、この髪留めなんだけどね」

 

 横島は霖之助が話に熱中している隙に、フラン達と合流することにした。流石にいつまでもあんな話を聞いていたくはなかったのか、彼の耳は既に霖之助の声を完全にシャットアウトしている。何とも器用な男だ。

 フランが示す髪留め。それらはシンプルな作りであり、それぞれオレンジ色の三角形、赤い丸型、そしてひまわりの花の形をしている。他に種類はないのか探してみたが、どうやら現在店内にあるのはこの三つだけであるようだ。

 値段も安く、どこか色あせている様子から新品ではないことが窺えるが、彼女達はそれを気にしておらず、どれが誰に似合うかを楽しそうに話している。

 

「……欲しいなら買ってあげようか? このくらいなら全然大丈夫だし」

「え、あの。い、いいの……?」

「そりゃもちろん。チルノと大妖精もな」

「あたい達も……?」

「そんな、悪いですよっ」

 

 横島の言葉にフランは遠慮がちながらも嬉しそうに、チルノや大妖精は戸惑いや遠慮の方が大きいらしい。だが、ちらちらと視線を髪留めに向ける姿は微笑ましいものがある。

 

「ほれ、遠慮すんなって。大妖精には迷惑掛けてるし、チルノは俺達を案内してくれたし……まあ、これがお詫びとかお礼の品になるのかは分かんねーけど」

「い、いえっ、そんな! ……あの、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「ははは、急に畏まったな」

「……むぅ」

「悪い悪い、冗談だって。……ほれ、チルノも」

「あ……うん。ありがとう、お兄さん」

 

 どこかぼうっとした様子で横島に礼を言うチルノ。彼女の視線は横島を向いた後、すぐに髪留めへと移動した。そしてその髪留めを買ってもらえるのだと理解し、どんどんと口角が上がっていった。

 

「おうおう、さっきの泣き顔も個人的には好きだが、やっぱチルノはそういう風に笑ってんのが一番可愛いな」

「え……」

「んじゃ、俺は支払いしてくるからちょっと待っててな。……おーい、森近。精算頼むー――――」

 

 最後にチルノの頭を一撫でし、横島は髪留めを持って未だ何かを語り続ける霖之助の下へと向かう。が、熱はまだ冷めていなかったのか、霖之助はまるで気付かず、代わりに魔理沙が非常に面倒臭そうな顔をしつつ業務を代行した。

 三つ合わせても五百円もしないような安物だが、それでもそれが大切なものになるかは当人達が決めることだ。

 

「ふふ。可愛いだって、チルノ」

「……うん」

「むぅ……私の方がもっと早くチルノちゃんが可愛いって知ってたもん」

「ありがと、大ちゃん。大ちゃんも可愛いよ?」

「そ、そんなっ、私なんて……!?」

 

 顔を赤くしたチルノ、笑みを深めたフラン、嫉妬にむくれる大妖精と、三者三様の様相を見せる彼女達。

 普段と変わらぬ仲の良さだが、その内で、徐々に変わっていくものが存在している。

 チルノの中で芽生えたもの。チルノの中で育つもの。それは、どんどん強く、大きくなっていく。

 

 そう、どんどんと強く。どんどんと、大きくなっているのだ――――。

 

 

 

 

第六十話

『胸を張って』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

霖之助の方向性はこれでいいのか迷いましたが、こんな感じでいこうかと。
多分今後時々……たまに……稀に? 出番が来ると思われます。多分。きっと。

次回はみんな大好き守矢神社です。
ロープウェイはどうしようかな。ありでいくかなしでいくか。




※裏話※

一連の『男』を巡る話ですが、実はけっこうな部分を削ってます。
どれだけ削ったかというと九割以上削ってます。
色々やりたいこととかいっぱいあったんですが、あまりにも長すぎるのと様々な地雷要素から削ったほうがいいかと決めました。

今は削ったことを凄い後悔しているので、チルノ編ではやりたいこと詰め込んでやりたい放題やらかします(白目)



では、最後に一言。


横島君はなぁ、“受け”なんだよぉ!!


それではまた次回。

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