東方煩悩漢   作:タナボルタ

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新年明けましておめでとうございます。
新年遅れまして申し訳ございません。

今回もかなりの難産でした。

途中であれ? となる場面がありますが、あとがきのほうで解説します。


またあとがきでお会いしましょう。


第五話『二つの不安と二つの恐怖』

「永遠亭が再建されるまで、私の紅魔館に住まないか?」

 

「……うーむ……」

 

 レミリアの爆弾発言から数秒、永琳は悩んでいた。

 

 確かに永遠亭を再建するまでの間の住居をどうするか、それは迷っていた。

 

 妹紅の家では狭すぎるし、新しく家を探すにもそう簡単に見つかる訳もないだろう。最悪何日かは野宿を覚悟しなければならない。

 

 だが永琳はそんなことをする気はさらさらなかった。

 

 野宿? 馬鹿を言うな。そんなことをすれば輝夜にどんな悪影響があるか分からない。体調を崩すかもしれない。風邪を引くかもしれない。

 

―――考えただけで嫌になる。

 

 永琳はいっそのこと、輝夜だけでも妹紅の家に預けようと考えていた。今でもたまに思い出したかのようにちょっとした小競り合い(殺し合い)を始めることもあるが、別に二人は心底憎み合っているわけでもない。

 

 それは『あの時』を境に昇華してしまったようだし、これから先あんなことが幾度も起きてはたまらない。出来るならば『仲良く喧嘩する関係』が良いのである。

 

 だから今回が良い機会とばかりに輝夜達を妹紅の家に泊めさせてもらったのだ。……どうやらある意味期待以上の結果だったようだが。

 

―――しかし、しかしだ。

 

 永琳は思った。

 

『あれ? このままじゃ私だけ除け者……?』

 

 輝夜、妹紅と同じ蓬莱人であり、数億年を生きる永琳。流石の彼女も一人だけ仲間外れになるのは嫌だった。

 

「……理由を聞いても良いかしら?」

 

 本当なら「喜んで」と即答したいところだが、過去の襲撃やレミリアの性格からちょっとした不安を覚えた永琳は、如何にも訝しんでますといった表情でレミリアに問いかける。

 

「うん、あー……その、だな」

 

 途端に視線を逸らし、言いよどむレミリア。余程言いにくい理由でも存在するのか、永琳は本格的に訝しみはじめる。

 

「あーっと……ちょっと、耳を貸してもらえる?」

 

 レミリアは頬をポリポリと掻きながら、ちょいちょいと手招きをする。

 

「……?」

 

 永琳は首を傾げながらもレミリアに歩み寄り、腰をかがめて耳をレミリアへと寄せた。

 

「実は……」

 

 レミリアは声を潜め、こしょこしょと理由を語り始めた。

 

 

 

 一方、輝夜達三人は目を回して気絶している横島を囲み、頭を悩ませていた。

 

「しかし、横島の奴……。女好きだったのかな?」

 

「まぁ衆道よりは健全よね」

 

「そういう問題ではないと思いますけど……」

 

 妹紅は苦笑を浮かべ、輝夜は横島の台詞から男女関係が気になったのか、頻りにソワソワとしている。鈴仙は相変わらず引いているようだ。鈴仙の人間嫌いが男性嫌いになるのは近いのかもしれない。

 

「それにしても女好き……。なら、誰か膝枕でもしてあげれば起きるんじゃないかしら」

 

「膝枕ですか……?」

 

「膝枕、ねえ」

 

「膝枕ですと!?」

 

「「「え?」」」

 

「……あれ?」

 

 突如がばぁっと上体を起こした横島に、三人は驚きの声を上げる。横島はと言うと、疑問の声を上げた後、何故かふるふると震えはじめる。一体どうしたのかと三人が訝しんでいると―――

 

「ああーーー!! 俺のアホーーーっ!! もう少し気絶しとったら三人の内誰かが膝枕してくれたかもしれへんのにーーー!? 俺のバカッ! バカッ!! バカーーーッ!!!」

 

 うおぉんと涙を撒き散らし、ガンガン石畳を殴りつける横島。

 

 その姿に妹紅は呆れ、鈴仙はやはりドン引きし、輝夜はお腹を抱えて笑い転げている。どうやら彼の様子が輝夜のツボにはまったようだ。

 

「あっはっは! 貴方面白いわねー、気に入っちゃった。後で本当に膝枕してあげましょうか?」

 

 輝夜は「んふふっ」と笑い、目を細め、唇をにんまりと歪める。更に指を唇に添え、小悪魔めいた表情でそんなことを言う。

 

 輝夜から醸し出される色気に触発されたのか、横島は鼻息荒く輝夜に振り向いた。

 

「い、良いんすか!? マジで良いんすか、輝夜様!!」

 

「うむ、様付けとは苦しゅうない。別に私以外でも良いのよ? ここには妹紅も鈴仙もいるしねー♪」

 

「え、私も?」

 

「わ、私もですかぁっ!?」

 

 輝夜は妹紅と鈴仙の腕を抱き寄せ、横島に笑いかける。その屈託のない笑顔は実に美しく、横島の頬は徐々に赤く染まっていく。

 だが、急に巻き込まれた二人の表情は輝夜とは逆に渋いものだ。鈴仙などあからさまに嫌がっている。それに対する妹紅だが、彼女の場合はまた違う理由が存在した。

 

「いや、私なんかに膝枕されたって横島は喜ばないだろ? 別に可愛いって訳でもないんだし」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「……?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのが輝夜。以下鈴仙、横島の順である。

 

 そう、妹紅は自分の容姿にイマイチ頓着がなかった。また、千年以上生きている彼女の、通常とは違う価値観からくるものなのかもしれない。

 

「いやいや、妹紅さん。貴方はけっこうな美少女だと思うんだけど……」

 

 輝夜は妹紅に対して率直な意見を述べる。鈴仙も隣でうんうんと頷いている。

 

「そう言われてもな……。鈴仙は可愛いし、輝夜に至ってはアレだし……。二人と比べると私なんてさぁ……」

 

 妹紅はどんどんと俯いていく。どうやら彼女は輝夜達にコンプレックスを抱いているようだ。

 

 確かに輝夜は傾国の美少女だ。妹紅も、自分の父が輝夜に求婚したと聞いたときは、正直なところ「うわぁ……」と思ったものだが、その後彼女の姿を見て、父の気持ちが理解出来たのも確かだ。

 

 復讐の対象に対して納得(それ)が出るというのは、妹紅にとっても驚きであっただろう。

 

 そんな妹紅に対して、横島は何となく親近感を覚えていた。

 

 理由は全く異なるが、彼も美形に対してコンプレックスを抱く身。

 

 幼い頃から幼なじみの少年と容姿を比べられて育ってきている。

 

 一度は離れたが、再会した時にはその幼なじみは今をときめく美形俳優として名を馳せていた。

 

 同じ美形にコンプレックスを抱く者同士。もしかしたら二人の相性は良いのかもしれない。

 

「妹紅……。イナバちゃんは確かに可愛いよな。何というか守ってあげたくなるんだが、それと同時にいじりたくもなるというか、そんな雰囲気もあるし」

 

「ええっ!?」

 

 突然誉められた鈴仙は驚きに顔を染める。それは「急に何言ってんのこの人?」といった表情であろうか。しかし後半の部分はいただけない。ある意味認めたくない自分の立場を一目で見抜かれたようなものだ。輝夜も「よく分かってるじゃない」とばかりに頷いている。

 

「輝夜様も凄いよな。一挙一動が様になってるし、どんな言動を取ってもそれが輝夜様の新しい魅力になるし……」

 

 横島は腕を組み、短いながらも輝夜の行動を思い浮かべていた。

 

 コロコロと表情を変え、そのどれもが彼女の美を引き立てる。それこそが傾国傾城の美少女たる輝夜の魅力のほんの一つなのであろう。横島は少しだけ、タマモのことを思い出した。彼女もかつては傾国の美女であったらしいからだ。

 

 妹紅もそれには異論はない。寧ろ現実を突きつけられたようなものだ。彼女は目をそらし、拗ねたような表情を見せる。

 

「でも妹紅だって可愛いじゃん」

 

「……え」

 

 思いもかけない言葉に妹紅は横島の顔を見上げる。

 

「いやー、何つーかさ。眉もキリッとしてて鼻筋も通ってて、かっこいいって感じなんだけどさ。ほら、さっき妹紅ちょっと拗ねたような顔したじゃんか。それがめっちゃくちゃ可愛くてなぁ……。何だろう、こう……そそると言うか……」

 

「ああ、分かる分かる……じゅるり」

 

「え……え、えっ?」

 

 突然のべた褒めに妹紅はたじたじだ。輝夜も横島の意見に賛成なようで、今まで妹紅を可愛いと思った瞬間を反芻しているようだ。鈴仙は輝夜のよだれをそっと拭っている。

 

「い、いやでも……」

 

「うーん、これがギャップ萌えってやつなのかしら……。しおらしい妹紅って可愛らしいわ……。ちょっとお姉さんとイイコトしない……?」

 

 横島曰わくキリッとした眉も、今は八の字を描き、頬どころか、耳や首まで真っ赤に染まっている。そんな可愛らしい様子を見せる妹紅が輝夜の琴線に触れたのか、彼女は手をわきわきと動かしながらにじり寄る。

 

「ちょ、な、何する気だ……!」

 

 思わず自分の胸を抱えて後ずさる妹紅。それを見た横島は「二人に挟まれたいなぁ」という感想と共に、とあることに思い至る。

「ふむ。それにしても……」

 

 横島は妹紅の胸をジーッと見つめる。妹紅はその意図に気付かないが、輝夜と鈴仙の二人は気付いた。横島は二人にも視線を注ぐ。

 

「……!」

 

「……ほっ」

 

 鈴仙は自分の体を隠すように輝夜の後ろに隠れ、輝夜は頭と腰に手を当て、どこかとぼけたようなセクシーポーズを取る。

 

 ここにきて、妹紅は横島の視線の意味にようやく気付いた。

 

「妹紅ってさ、スタイルは二人に完全に負けてるよな」

 

 妹紅の燃える拳が横島の顔の中心に突き刺さった。

 

 横島が吹き飛ばされ、妹紅が涙目になりつつ追撃を仕掛けようとしている様を、霊夢と紫は穏やかに談笑しつつ眺めていた。

 

 霊夢が紫を気にかけ、素直な対応をしてくるなど今までにあっただろうか? 紫は度重なる不幸の中に、霊夢という幸福を感じる。横島への罪悪感と責任感を背負い、霊夢の気遣いを支えとする。彼を送り返す方法を模索する意志を強固にした。

 

「あら、随分と和んでいるのね」

 

 紫が決意を新たにした横から、永琳の声が掛かる。隣にはふてくされたようなむくれ顔のレミリアと、主とは正反対の笑顔を浮かべた咲夜が居た。咲夜はレミリアの可愛らしくむっすりとした表情がお気に召したのか、いつもよりも笑顔が深い。

 

「そっちの話も終わったの? 何かレミリアが不機嫌そうだけど……」

 

「ええ、私達は紅魔館でお世話になることにしたわ」

 

 霊夢の後半の質問はスルーする永琳。そこに触れられたくはなかったのか、レミリアの表情は少しだけ明るくなる。

 

「永遠亭再建はイナバ達に任せることになるから、少し長くなるだろうけどね」

 

「あんなポインポイン跳ねてる妖怪兎に任せんの? 大丈夫なのそれ」

 

 霊夢の頭に浮かぶのはキャーキャー言いながら跳ね回り、仕事もしないで遊び回っている兎の姿。可愛らしくはあるのだが、どう贔屓目に見ても大工の真似事など出来そうもない。

 

「大丈夫よ、本気を出せば人型になるから」

 

「そうなの!?」

 

 衝撃の事実が発覚した。だが、これで永遠亭再建の人材は揃った。資金はてゐの財産を切り崩せばいい。これで残った心配事は一つだけ。

 

「彼は、これからどうするのかしら」

 

 永琳の言葉に、皆の視線は横島の方へと向く。彼はうつ伏せに倒れ、背中には半泣きになった妹紅が馬乗りになり彼の頭をポカスカと叩いている。「やめてー!」という声は聞こえてくるが、どうもあまり堪えた様子はない。寧ろ妹紅が背中に乗っかっているのが嬉しそうだ。妹紅は半泣きではあるのだが、二人共どことなく楽しそうにしている。端から見れば、仲の良い兄妹がじゃれ合っているようにも見える。

 

「……何かよく分かんないけど、えらい馴染んでるわね」

 

 霊夢の言葉に、皆は一様に頷いた。霊夢は先程の紫との会話で横島がどういった立場にいるのかを聞いている。反面レミリア達はまだ知らないが、彼はこの幻想郷から出るどころか、自分が元居た世界に帰ることが出来ないのである。だというのにあれだけはっちゃけているということは、何か帰る為の秘策があるのか、それとももうすっぱりと諦めたのか。もしくは―――

 

「まさか、忘れてたりとか?」

 

「いえ、いくら何でもそれは……」

 

 永琳の言葉に紫は苦笑混じりに返す。レミリアは置いてけぼりを食らっているので不満顔だ。咲夜は喜んでいるが。

 

「とりあえず、彼にこれからどうするか確認を取りましょう。まずは彼の意志を尊重しないと」

 

 そう言って紫は横島の元へと歩いていく。他の皆もそれに続き、レミリア達も空気を読んで後を追った。

 

「はいはい、そこまでにしておきなさい」

 

 横島をポカスカ叩いている妹紅を止めたのは永琳だ。その顔は苦笑を浮かべ、微笑ましい気持ちを代弁しているかのように見えた。

 

「それで、横島君。貴方はこれからどうするの? この幻想郷から出られないなら、身の振り方を考えないと」

 

 永琳の尤もな意見に体を硬直させる横島。だが、その硬直は永琳の言葉の意味とは別のものだ。

 

「ああーーー!? わ、忘れとったーーー!!」

 

 頭を抱え絶叫する彼に、皆は「だあぁっ!」とずっこけた。まさかの予言的中である。

 

「何でそんな大事な事をポンポン忘れられるの……」

 

「仕方ないんやー! 美少女の膝枕の前には霞んでまうんやー!」

 

 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた紫の問いにそう返す横島は、実はかなりの大物なのかも知れないと、月の頭脳は思った。

 

「はぁ……。それで、どうするの?」

 

 深い深い溜め息を吐く紫の問いに、横島は軽く考えを巡らせる。

 

(……文珠なら何とかなるかな? 二文字までなら同時に使えるから……とりあえず『帰』『還』を試してみるか。それで駄目なら修行か……? やだなぁ……したくないなぁ……)

 

 あまりやる気を感じられない思考だが、当の本人は至って真面目である。彼は自分の意識下にストックしてある文珠を確認する。

 

(ん……? あれ、ストック無かったっけ? まぁいいか、新しく作れば)

 

 横島は軽く深呼吸し、精神を落ち着ける。

 

「今からちょっと帰れるか試してみます。まぁ、帰れなかったら帰れるようになるまで修行するしかないんすけどね……」

 

 修行の部分だけ殊更嫌そうに発音する彼は、掌を上に向け、霊力を集中し始めた。

 

―――そして、異変は起こった。

 

「……っ!? んな……っ!!」

 

「―――っ!!?」

 

 突如辺りに巻き起こる圧倒的な霊力の暴風。それは物理的な衝撃をも発生させ、博麗神社の境内に局地的な嵐を齎す。

 

 その人間の領域を遥かに飛び越えた、余りにも暴力的な霊力の奔流に一番驚愕を示しているのは、何を隠そうこの現象の発生源である横島忠夫本人である。

 

「な、何だっ!? この霊力量……! いつもと違う……!!」

 

 自らの体から迸る莫大な霊力に驚愕を浮かべ、何とかコントロールしようとするが、今の彼にはそれだけの技術が足りない。何せ、普段文珠を作る時の数倍……否、それ以上の霊力が渦巻いているのだ。その結果―――

 

「ぬぉおおおーーー!? と、飛んでけ! 飛んでけーーー!!」

 

 境内で大爆発が起こる。その威力は凄まじく、文珠の様に全ての霊力が爆発したわけではないが、それでも境内全域に行き渡る大爆発であった。

 

 横島がとっさにかなりの高さに霊力を放出し、霊夢と紫が結界を張らなければ、博麗神社すらも吹き飛んでいただろう。

 

「……っ、あんた、この神社を吹き飛ばす気!?」

 

「ち、違うんやー! 今のは何かの間違いなんやー!!」

 

 霊夢は横島の襟首を掴み、前後にガクガクと揺らす。横島は大量の涙を噴出し、事故であることを主張する。

 

「落ち着きなさい、霊夢」

 

 紫は霊夢の肩に手を置き、霊夢を落ち着かせる。そして、横島に今のは何だったのかを問いかけた。

 

「い、いや、その……。今のは俺の霊能を使おうとしたんすけど、何かこう、いつもより霊力が強すぎたっていうか……」

 

 これには流石の横島もしどろもどろにしか話せない。彼の話を信じるならば、彼は突然以前よりも遥か高みにある霊力を手に入れたことになる。だからコントロールに失敗したのだと。

 

「だからあんな爆発が起こったっていうの……?」

 

 霊夢は訝しげだ。それもそうであろう。霊力が突然爆発的に増大するなど有り得ない。霊力とは魂の力。いくら横島が石畳に突き刺さって死にかけることによって魂に負荷が掛かっても、あの霊力量にまで高まることは有り得ないはずなのだ。

 

 しかし、それよりも重大な問題がある。

 

「霊力が全くコントロール出来ないってことは……まさかっ!?」

 

 横島は右の掌に自らの防御の要『サイキックソーサー』を作ろうとする。だが、思ったように霊力が調整出来ず、大きさは一メートル以上にもなる巨大な盾が形作られた。しかも霊力は集中しておらず、所々にブレが生じている。

 

「……っ! マジかよ……」

 

 これには横島もショックを隠せない。彼にはまだ栄光の手という霊能があるが、このサイキックソーサーは彼が初めて覚えた霊能であり、栄光の手共々自信を持って扱える霊能だったのだ。それが、この体たらく……。

 

 何らかの原因で霊力は遥かに増したが、ゴーストスイーパーとしては遥かにパワーダウンをしたことになる。

 

「コントロールが上手くいかない……。文珠も使用出来ない……! このままじゃ……!!」

 

 横島の体が恐怖に震える。自らを囲うのは、見た目よりも遥かに長い時を生きる人外の存在達。

 

「ちょっと、大丈夫……?」

 

 彼の様子が変わったのを感じた紫が横島の肩に触れようとするが、横島はバッと身を翻し、その手を避けた。

 

「近寄るなっ!!」

 

「―――っ!?」

 

 彼から発せられた信じられない言葉。それに射抜かれた紫はそれ以上動くことが出来なかった。

 

「他の皆もだ! それ以上こっちに来るな!!」

 

 横島の目は、恐怖と警戒に染まっている。

 

「……っ」

 

 その場に居る人外の者は息を呑む。やはり、彼も我々のような存在は排除すべき対象なのだろう。今まで友好的に振る舞っていたのは、助けてもらった恩からか、それとも油断させるためだったのか。

 

 理由はいくつか思いつくが、ここにきて敵対の意志を見せたのは、やはり自らの霊能が使用不可能だと悟ったからなのだろう。

 

 皆の心に暗澹たる感情が過ぎる。だが、それを受け入れられない者も居た。

 

「お、おい……横島」

 

 それは、藤原妹紅である。彼女は今日知り合ったばかりであるにも関わらず、彼に対して友情を感じていた。それも、長年一緒にいたかのような親しみを、だ。

 

「……来ないでくれ」

 

「……っ、ごめん……」

 

 しかし、横島から出されたのは拒絶の言葉だった。

 

 横島も自分と同じような友情を抱いてくれてはいなかったのか……?

 

 妹紅は力無く俯いてしまう。それを見た輝夜が感情を爆発させようとするのだが、それよりも前に、横島の言葉が紡がれる。

 

「それ以上近寄られたら……。近寄られたら……!!」

 

 ぶるぶると震える横島の体。彼は心からの恐怖を声に宿し、血を吐く様に絶叫する。

 

「それ以上近寄られたら……ワイがロリコンになってまうかも知れんやないかあああああああーーー!!!!」

 

 横島の魂を揺さぶる絶叫。それが皆の心に染み渡ったとき、時は氷の様に凍りついた―――。

 

「……。……ん? えっと―――え? えぇ……? あれ?」

 

 妹紅、大混乱。いや、妹紅だけでなくその場の全員が混乱しているのだが、横島はそれを意に介さず妹紅を指差す。

 

「妹紅、美少女」

 

「ぅえっ? えー……っと、あり、がとう……?」

 

 横島の突然のほめ言葉に反応が遅れる妹紅。横島は妹紅だけでなく次々と指を差していく。

 

「輝夜様、美少女。イナバちゃん、美少女。永琳先生、美少女」

 

 未だ混乱が解けていない三人だが、輝夜と永琳は少し気を良くしていた。

 

「紫さん、美少女。紅白の……巫女? 巫女さん? 美少女」

 

 一瞬疑問に思いながらも霊夢を巫女と判断する横島。霊夢は「間違うことなき巫女よ」と言っている。対する紫は永琳達と同じく少し気を良くしていた。いつも年寄り扱いされるからであろう事が推測される。

 

「メイドさん、美少女。吸血鬼の女の子、美幼女」

 

「誰が幼女か」

 

 横島は誰だか分からなかったが、この場に居るのだから関係者だろうと判断し、彼女達にも指を差す。それに対し咲夜は「初対面の者に指を差すとは失礼な」と気分を悪くしているが、レミリアは幼女扱いされたことを不満に思うと共に、自らを吸血鬼と看破した 彼に驚いていた。

 

 外の世界にとって、吸血鬼とは最早伝説の存在となっているので、それも仕方がないことなのかもしれない。

 

 横島は皆を美少女認定した後、じりじりと後ずさり、間合いを広げていく。とりあえず横島の言動の意味が分からない全員を代表し、輝夜が挙手をして質問を投げかけた。

 

「えーっと、皆が美少女だっていうのは分かったけど、それが何か問題でもあるの?」

 

「分からないんすか、輝夜様!」

 

「分かるわけないでしょ」

 

 横島のあんまりな返答に輝夜はツッコミを返すしかない。横島は「良いですか?」と、指を立てて説明を始める。

 

「俺の周りに居るのはみーんな美少女。しかも見た目俺より多少年下か同い年くらい。ここまでは良いっすよね」

 

 質問というよりは断定的に確認を取る横島に、皆は頷きを以て返す。ただ、妹紅と鈴仙は少し恥ずかしげだ。

 

「恐らく巫女さんとメイドさんを除いた皆は見た目以上の年だろう……。力の大きさから言って、百年以上……もしかしたら、千年とか生きている人も居るかもしれない」

 

 その推察に皆は驚きを隠せない。単なる変な人かと思っていた男が、皆の力の強大さを見抜いていたのだ。これには紫と永琳も感心を示す。

 

「だからマズいんだ……!」

 

「……だから、何が?」

 

 いまいち要領を得ない彼の答え。霊夢などはそろそろイラつき始め、腕を組んで横島を睨みつけ始める。

 

「つまりだ……」

 

 ようやく核心に触れるのか、場の空気が変わる。誰かが息を呑む音が聞こえてきた。

 

「俺はロリコンじゃない。だが、これ以上皆みたいな美少女が近くに居たら、見た目ロリッぽいのに年齢が上ならギリギリセーフなんじゃないかなぁ……なんていう結論に行き着いてまうかもしれんやないか!!」

 

「……」

 

 くわっ! と目を見開いて叫ぶ横島への視線は、一様に冷たい。だが、横島のヒートアップはまだ止まらない。

 

「しかも、俺の霊力源は煩悩だ! 今、俺の霊力は何故か爆発的にパワーアップしている……。それはもしかしたら、もしかしたら……!!」

 

 語気が強くなるにつれて、彼の体の震えも強くなる。そして、その横島の言葉の意味に気づいたのは、紫と永琳だった。

 

「そういうことね……」

 

 困ったような苦笑を浮かべ、納得を示す二人。だが他の者はまだ理解が追いつかず、首を傾げている。とりあえず永琳達は皆に説明をすることにした。

 

「彼の霊力源は煩悩……。彼の霊力は何故かパワーアップしている。しかもコントロールが効かない状態……」

 

「それはつまり、煩悩の方も強力になっているのではないか。自分は幼女趣味ではないが、コントロールが効かないのならば、もしかしたら手を出してしまうかもしれない……。彼が危惧しているのはそういうことですわ」

 

 つまりそういうことだ。

 

『霊力が強いなら、煩悩も強くなったんじゃないか? 皆美少女だから襲っちゃうんじゃないか?』

 

 たったこれだけのことを説明するのに、随分と回りくどいことをしたものである。

 

「いやぁ、妹紅達が近くにいるだけでも煩悩が刺激されてたからなぁ……」

 

 何故か爽やかな笑みを浮かべ、遠くの空を見上げる横島。妹紅と鈴仙は思わず体を腕で隠し、咲夜はレミリアの前に出る。

 

「ん、あれ? 近くに居るだけでそうなら、さっき私が上に乗ってたのって……」

 

 それに気付いた妹紅の顔が朱に染まる。横島は鷹揚に頷く。

 

「ああ。俺はバインボインのお姉様が好みだからな。―――妹紅のチチが小さめで助かった」

 

 妹紅は横島を殴った。無表情でひたすら殴った。先程のようにポカスカとではなく、響き渡る効果音は「ボグゥッ!」や「ゴキャアッ!」や「バゴォッ!」といった、およそ彼女の細腕からは想像出来ないような鈍い音である。

 

 たちまち横島は血溜まりに沈み込む。辺りを静寂が包み、何とも言えない空気が広がる。

 

 永琳が咳払いを一つ。

 

「それで、彼をどうしようかしら。帰れないのならどこか住居を探してあげないと……」

 

「そうっすね。修行もしないといけないっすけど、流石にずっと野宿ってのは……」

 

「うわぁっ!?」

 

 一瞬で再生した横島に悲鳴を上げる妹紅。本当に人間か疑わしいほどだ。

 

「……」

 

 と、ここで今まで傍観者だったレミリアが前へ出る。

 

「よく分からないが、行く当てが無いのならそいつもウチで預かろうか?」

 

「っ!?」

 

 これには咲夜も表情を崩してしまう。声には出さないが、自らの主の正気を確かめたい気持ちでいっぱいだ。

 

「もちろん色々と仕事を手伝って貰ったりはしてもらうつもりだが……。ああ、何なら日雇いの扱いで給料も出そうか?」

 

 レミリアは咲夜の方をチラッと見る。その表情は崩れ、顔色も少々青い。レミリアは『やはり』と思った。結果的にそれは勘違いなのだが、それにレミリアは気付かない。レミリアの考えを読み取ったのは、レミリアと秘密のお話をした永琳だけであった。

 

「彼の住居は御阿礼の子に探してもらおうかと思っていたけれど……」

 

 紫は横島に対し、自分が何も出来ていないことに負い目を感じるが、横島はそもそも紫に対して悪感情など抱いてはいなかった。敵対しないかぎり、横島は美女美少女に弱いのである。

 

「そこまでしてもらって良いのかな? ……ところでお給料とはいかほどで……?」

 

 紫の考えていることなどまるで理解していない横島は、住み込みで雇うと言ってくれたレミリアに、揉み手をしながら近寄っていく。咲夜は気付かれないようにナイフをその手に持つ。

 

(あんなこと言っておきながら、自分から近づいてる……)

 

 輝夜は横島にツッコミたかったが、話がややこしくなりそうなので止めた。そしてそれは皆もそうだった。

 

「ふむ……」

 

 ここでレミリアに悪戯心が湧いた。どこまでの薄給に耐えられるか試そうと考えたのだ。

 

「そうだなぁ……。我が紅魔館にはこの咲夜しか人間が居らず、周りは強力な化け物ぞろい。仕事は館内の掃除や食事の用意などもしてもらうが、中は空間が外見以上に広がっている。正に激務と言ってもいいだろう。それを踏まえて……給料は、時給千円でどうだ?」

 

 その言葉に皆は呆れ返る。あの紅魔館の掃除を含めた内容で時給千円は割に合わなさすぎる。レミリアは不自然なまでの笑顔を浮かべているので、これは横島に対して悪戯を仕掛けているのだろう。これは流石に断る。皆はそう考えたが、横島は一味違った。

 

「犬とお呼び下さい、お嬢様」

 

 彼は即答で返した。皆は忘れていたが、そもそも横島は紅魔館の中の広さどころか、外面すらも知らないのだ。どれだけ広いのかを知らない横島は、多少軽い気持ちで了承の意を示す。

 

「いや……うん、まあ良いんだけど。それじゃあ交渉成立……?」

 

「うっす、よろしくお願いしますお嬢様!」

 

 正直レミリアは複雑な思いでいっぱいだが、本人がやる気になっているので飲み込むことにした。彼が近くに居れば、少なくとも退屈することはないという期待もあった。

 

「……」

 

 咲夜も横島には複雑な感情を抱いているが、全ては主が決めたこと。不満と不安はあるが、自分が彼を抑えつければ何とかなるだろう、と結論付けた。

 

 そして、ここで永琳が横島に疑問を呈す。

 

「ところで横島君。貴方、ゴーストスイーパーっていう退魔師じゃなかったの? 彼女は吸血鬼だけど、それでも厄介になるのかしら?」

 

 その発言にまたも場の空気が変わる。妹紅は「また話をややこしくしやがって!」と不機嫌になるが、永琳としてはここで不安要素を消しておきたかった。後でいざこざがあった場合、どちらに転んだとしても傷跡が残る。自分でも厄介な事をしたと思うが、膿みは出しておかなければならない。

 

「そりゃもちろん! 住み込みで雇ってくれる上に時給は千円! これはかなりの好待遇じゃないすか!」

 

 違う、そうじゃない。永琳が言いたいのはそういうことではない。彼女はこめかみを押さえつつ、もう一度質問する。

 

「そうじゃなくて……、貴方は悪霊や妖怪を祓う職業に就いているんでしょう? そんな貴方が吸血鬼の世話になっても良いの?」

 

「ああ、なるほど」

 

 横島はようやく合点がいったらしい。彼はケロッとした顔で答えを返す。

 

「まぁ、別に良いんじゃないっすかね? ゴーストスイーパーだからって妖怪や魔族と仲良くしちゃ駄目なんてことはありませんし……むしろ妖怪だろうが魔族だろうが、美女美少女ならウェルカムッて言うか……!」

 

 最後の部分を特に強調する彼の目は、キラキラと純粋に輝いている。煩悩も純粋過ぎれば美しいということなのだろうか。

 

 つまり、彼にとって、美人なら妖怪だとか魔族だとか、そういったしがらみなど存在しないということなのだろう。退魔師としてはその考えは間違っているのかも知れないが、ある意味人も妖怪も魔族も、全てを平等に考えているということなのだ。彼の言葉から察するに、『美女美少女かそれ以外か』という区分けはあるかも知れないが。

 

 だとすれば、此処に居る皆は横島にとって、是非とも仲良くしたい存在であると言えるのではないだろうか。自分から近寄るなと言っておきながら、自分から近づいていくという彼の言動は中々に前後不覚だが、それは彼の煩悩の成せる業なのだろう。びっくり箱のような物だと考えれば楽しみにすらなりそうだ。

 

「……貴方が居た世界は、皆同じ様な考えの人間が多かったのかしら?」

 

「いや、流石に俺みたいのは業界でも特殊というか、異端というか……。まぁ、身内は似たようなもんだったっすけどね」

 

 少し寂しそうな笑顔を見せ、自分の世界に思いを馳せる。

 

―――報酬さえ貰えれば神魔人妖関係無し、美女美少女ならば神魔人妖関係無し、戦えるのならば神魔人妖関係無し、美形の男ならば神魔人妖関係無し―――

 

「ほんっと、似たようなもんだよなぁ……」

 

 横島の最後の呟きは聞こえなかったが、彼のこういった価値観ならば問題は無いだろう。女性関係というある種さらに厄介な問題が出るかも知れないが……彼も男だ。潔く責任を全うしてもらうしかないであろう。

 

「ふむ……。これで話は終わりでいいな? それでは紅魔館に向かうぞ」

 

 レミリアは翼を広げ、空に舞い上がる。皆もそれに続くが、妹紅は空を飛べない横島の元に向かった。

 

「また運んでやるよ。私はスタイルが悪いから、お前も暴走の危険がなくて安心だろ?」

 

「すんまっせんした」

 

 ギヌロという効果音で下から見上げるように睨みつける妹紅に、横島は謝るしかなかった。輝夜はそんな妹紅を微笑ましく見守っている。

 

(なんだかんだ言いながらも世話を焼くのね……)

 

 あの妹紅が、随分と早く人間と打ち解けたものだ。鈴仙も珍しい物を見たかの様な顔をしている。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

「ああ、よろしくな、妹紅」

 

 妹紅達も空へと飛び上がり、準備は整った。

 

「行ってらー」

 

 霊夢は気怠げに手を振り、紅魔館へと飛び去る皆に声を掛けた。やがて皆の姿が視界から完全に消え去った後、周囲を見渡し溜め息を吐いた。

 

「掃除……面倒だなぁ」

 

 博麗神社の境内は、横島の霊力の爆発で悲惨な状況にあったのだった。

 

 

 

―――空を行く横島は景色を堪能しつつ、そっと溜め息を吐いた。

 

(もう少しテンション上げとけば良かったかな……。帰れないかも、ってしか考えられねえわ)

 

 特に会話が交わされることのない現在、彼の心の内は先程までとはまた別の、不安と恐怖で染め上げられていた。

 

 

 

 

 

第五話

『二つの不安と二つの恐怖』

 

~了~




お疲れ様です。
今回かなりグダりました。申しわけねぇ……!

では、ちょっとした解説を。

煩悩漢の世界は東方本編よりも、うどんげっしょーの世界に近いです。
なので蓬莱人である永琳達も風邪を引いたり、体重が増減したりします。

また、迷いの竹林のイナバ達も普段はうどんげっしょーの兎さんですが、本気を出せば儚月抄の人型に変化する……という感じです。

それでは皆さんお疲れ様でした。
今年も東方煩悩漢をよろしくお願いします。

それでは、また次回。

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