今回は人里でのお話です。
さて、陽も空の頂点に昇り、その熱と輝きを容赦なく地上に降り注ぐ時間帯。
横島達四人とチルノや文達天狗三人組は紅魔館の正門の前に集合し、ちょっとした雑談で盛り上がっていた。
例えばフランが差している日傘のこと、文やはたてのカメラについてや椛の剣術について、チルノに簡単なクイズを出してみたりと各々が楽しんでいる。
「お待たせー」
そこに背後から声が掛かった。正門の内側から声を掛けたのは妹と同じく日傘を差したレミリア。その後ろには咲夜に紫、永琳もいる。四人は美鈴の代わりに門番を務める二号に小門を開いてもらい、そこから横島達へと合流する。
「何やってたんです?」
「これよ、これ」
横島の問いに答えるのはやはりレミリア。彼女は顎で自らの背後を示し、咲夜に注目を集める。咲夜は主人のその仕草を合図に前へと歩き、手に持った二つの小さな箱を横島へと手渡した。
「お土産のケーキよ。それぞれの箱に二つずつ入っているわ。もちろんケーキと合う茶葉も選んであります」
「あっと、すんません。任せっきりになっちゃって」
横島は差し出された箱を恐縮しながら受け取る。その姿に咲夜は苦笑を浮かべるが、執事としての自覚が出来てきたのかとも思う。まるで大人が子供に対するような感想だが、精神的な年齢という意味では大差はないと思われる。
「あなたはまだケーキを作れないでしょう? そもそもこういうのは私の仕事なんだから、そう気にしなくても大丈夫よ」
澄ました顔でそう告げる咲夜に横島は「うっす」と短く答えた。
ケーキを渡し終えた咲夜はすっと後ろに下がり、レミリアの背後へと佇む。その姿は相変わらず様になっており、その在り方に椛は感嘆の息を漏らす。普段妖怪の山に引きこもっているせいか、レミリアと咲夜の主従関係には大いに興味があるようだ。
椛は階級の低い下っ端哨戒天狗。上司への媚びへつらいの研究には余念がない。……階級社会とはとても厳しいのだ。
「それじゃあスキマを開くわね。人里の中でスキマが現れたら混乱が起きるかも知れないし、出口は人里から少し外れた小道にしておくわね」
「ありがとうございます、紫さん」
礼を述べる横島ににっこりと微笑み、紫はスキマを開く。相変わらずスキマの内部は眼がギョロギョロと蠢いており、何度見ても慣れないその光景に横島は精神的に半歩下がってしまう。
横島はもう一度紫の方を盗み見し、彼女の柔らかな微笑みで心を癒しつつ一歩を踏み出した。
「んじゃ、行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい」
そうして横島は妹紅達と共にスキマの中へと消えた。それを各々見送ったあと、それぞれが思い思いに午後からの時間を過ごす。
例えば椛は咲夜と侍従についての話をするために共に紅魔館へと入り、文とはたては良い機会とばかりに妖精メイドに普段の紅魔館の様子、そして横島が紅魔館に来たことでどんな影響があったのかの取材を敢行する。最大の敵は妖精メイドの語彙力と、自分達の翻訳力だ。
そして意外な組み合わせ。レミリアと、チルノ。
「……」
「……ふう、そう寂しそうな顔をするな」
スキマが消えたあともその場所をじっと見つめ続けていたチルノ。その戸惑いを含みつつも悲しげな、そして寂しげな横顔を見たレミリアは、チルノの頭に自分の手を乗せ、わしわしと強めに撫でる。
「せっかくだ。お前のお友達連中を連れてくるといい。おやつの時間には咲夜特製のケーキと紅茶を用意するし。何なら夕飯も食べていってもいいぞ?」
「いいのっ!?」
「ああ、構わん」
レミリアの提案にチルノは急激に元気を取り戻し、鼻息が荒くなる。前回のパーティに招かれて以来、チルノ達は咲夜の作るお菓子と料理のファンになっていたのだ。
チルノ達は紅魔館に遊びに来るたびにおやつをご馳走になっている。最も頻度が高いのはチルノであり、他の者はあまり訪れようとしない。その理由は大妖精達が未だにレミリアのことを恐れているからなのだが、それに関してはレミリアは狙って怖がらせていたりする。
大妖精やリグル達という
それで勝手に自爆するのならそれでもいいが、それはフランが望まないだろう。
そんなわけでレミリアはフランをダシに使っているのだ。『フランの友達だからある程度は許すが、あまり調子に乗っていると……』という具合である。
「そんじゃみんなを誘ってくるね!」
「ああ、行って来い」
「また後でねー!!」
挨拶もそこそこにチルノは“バビューン”という効果音と共に飛んでいった。その速度は本来妖精には出せないほどの猛スピードだったのだが、これもチルノが妖精の域を軽々と超える規格外の存在だからか、それとも単純に咲夜のおやつと晩ご飯の誘惑に取り憑かれているからなのか。……チルノならば後者だろうか。
「……ふう」
レミリアは軽く息を吐く。頭の中ではどうやって大妖精達を怖がらせようかと様々な案が浮かんでは消えていく。いつしか口元には邪悪な笑みが張り付き、発せられるオーラも黒々とした如何にも悪役然としたものになっている。
ナニをしてやろうか、とレミリアが手を顎に持っていった時、レミリアは自分に起きていた異変にようやく気が付いた。
「――冷たっ」
驚いて手を見ると、そこには表面がいくらか凍りつき、薄い氷の膜が張ってあった。
――私の魔力を抜いた……?
レミリアは普段から魔力を纏い、ちょっとした危険から身を守れるほどの魔法障壁を展開している。当然それは気候や寒暖による影響も受け付けず、吸血鬼の弱点である日光や流水などにも効果を発揮する。
その強度は特別強いとは言えないが、それでもチルノが発生させる冷気などは寄せ付けないくらいにはある。しかし、チルノが無意識に発生させていた冷気がその障壁を抜いたのだ。
「……へえ」
レミリアは凍った手をあっさりと回復させ、邪悪な笑みを引っ込めて代わりに楽しそうな笑みを浮かべた。
もしかしたら、新しく
変わっていつもの紫と永琳の二人組み。紫は何やら眼を閉じて集中し、永琳はその様子を何も言わず、じっと見つめている。
それから数分、ようやく紫は深い息を吐くと同時に眼を開いた。その眼には何かを掴んだという確かな光が宿っている。
「……どうだった?」
「ええ――
永琳の問いに紫は短く答える。彼女の顔には笑みが浮かんでいた。そして、それは答えを聞いた永琳にも広がる。
「そう。やっぱりてゐの言っていたことは本当だったのね」
「ええ。横島君に私達では及びも付かない高次の存在が加護を与えているのは確かみたいよ。といっても、それは細い細い糸のような物だけれどね」
紫はてゐから横島を取り巻く何らかの強大な力を感知したことを聞いていた。だからそれを確認するためにスキマで送ることにしたのだ。
その結果はてゐの報告通り。確かに高次の存在の力を確認した。通常の空間では欠片も気付けないその力だが、スキマという空間を通すと、ごく僅かであるが確かに力を感じる事が出来る。
これは横島がスキマを通って元の世界から幻想郷へと墜落したことが関係しているのだろう。また、てゐにのみその力を感知することが出来たのは、横島へと働きかけている力が“加護”“祝福”もっと単純に“幸運”を授けることに特化したものだからだろう。
同じように幸運を授けることが出来るてゐだからこそ気付くことが出来たのだ。
「……これで、横島君を元の世界へ還すことが出来るかも知れないわ――」
紫は力強く手を握り締める。それはようやく掴んだ手がかりを逃さないために。掴んだ糸を離さないために。この糸を辿っていけば、横島の元の世界に繋がっていると信じて。
「……まあ、先は長いんだけど」
掴んだ糸は細い。それこそカンダタが掴んだ蜘蛛の糸のように。それはこの世界と横島の世界の距離を想像させるには充分なものだった。
神魔の支配力が酷く弱いこの世界と、神魔が未だ健在で支配力も強大な横島の世界。一体どれほど隔絶しているというのか。それを考えるとこのことをみだりに横島へ伝えるのは躊躇われる。それに――。
「……それに、
ぼそりと呟いた言葉は風に消え、永琳以外には届かない。永琳は眼を細め、青い空を仰いだ。
「……ままならないものね」
第四十五話
『見つけた』
人里から少々離れた小道、その空間に亀裂が走り、数人の男女が現れた。言うまでもなく横島達だ。
「んー、人里に来るのは随分と久しぶりですねー」
美鈴は大きな胸を揺らしながら伸びをし、体のコリをほぐす。特に長時間固まっていたわけではないのだが、気分的なものなのだろう。横島と妹紅は美鈴の揺れる胸に釘付けになり、フランは「おっきい……」と羨ましそうに呟いている。
「昔はよく人里に来てたんだっけ?」
フランと同様に羨ましそうに、そして何よりも妬ましそうに顔を歪めながらもそう質問をする妹紅。美鈴はそれに気付かず肩や腕もほぐし、その度に強調されたり形を変えたりする胸を張って答える。
「ええ。昔はよく買い物に来たり試合をしたりしてましたね。まあ昔ってほど前でもないですけど。最近は妖精メイド達や横島さんが買い物に行ってくれたりしてくれますので、あまりこっちに来ることもなかったんですよねー」
ちょっともったいなかったかな? と美鈴はしめる。なるほど、と横島と妹紅は揺れる胸に合わせて頷いた。いくらなんでもそろそろ気付いたほうがいいと思うが、美鈴の性格上それは仕方のないことなのかもしれない。
「ねえねえ、早く人里に入ろうよ! ほら、ただお兄様も!!」
「ちょっとちょっとフランちゃん、引っ張んなって……」
この四人の中で唯一人里に来たことがない……というか遠出をしたことがないフランは溢れる期待に頬を綻ばせ、横島の腕を引いて小走りに人里へと向かう。普段人見知りで引っ込み思案なフランだが、初めての遠出と横島とのデートに興奮し、純粋にはしゃいでいる。
その様は大変可愛らしく微笑ましいのだが、興奮のせいか力加減を誤っており、掴んだ横島の腕から『メリッ』『ゴリッ』『ミチミチッ』という異音が鳴り響いている。
横島は明るい笑顔を浮かべるフランに絆され、何とかこの笑顔を曇らせないように頑張っているのだが、もうそろそろ彼の涙腺も限界だった。もう少しで肉とか骨とかもぶっ千切れたり砕け散ったりしてしまうだろう。
「はいはい、はしゃぐ気持ちは分かるがもう少し落ち着きなさい。横島の手が紫色に変色してるぞ?」
「えっ? ……キャアア!? ごめんなさいお兄様ーッ!!?」
そうなる前に止めてくれたのは妹紅だった。今はフランの手にやんわりと自分の手を重ね、嗜めるように叱っている。さすがはこの中でぶっちぎりの年長者といったところか。……その割りに世間知らずで経験不足なのは考慮しない方向で。
「どうせならフランが腕を掴むんじゃなくて、横島に手を握ってもらったらどうだ? それならさっきみたいなことにはならないだろ……多分」
最後に小声で不吉なことを付け加えていたが、フランはその魅力的な内容に眼を輝かせる。その視線を受けた横島はケーキを妹紅に預かってもらい、フランの手を優しく握る。途端に笑みが深まるフランに、妹紅も美鈴も同じく笑顔を浮かべる。
こうなると妹紅や美鈴も横島と手を繋ぎたいところだが、生憎と横島の手は二本しかなく、余っているのは一本だけ。しかし二人ともこれを鮮やかにスルー。
今回は初めての外出であるフランを横島に任せようというのだ。もし何か起こったとしても横島が手を繋いでいれば暴走はすまい。少し不安がないこともないが、最近は本当に精神が安定している。こうして手を繋いでいる限り、フランは可愛らしい女の子のままでいられるだろう。……横島に何かあったりしなければ、だが。
「もうちょっとで人里の入り口……ねえねえお兄様、人里にはどんなお店が――?」
人里を囲う様に存在している柵。それを抜ければついに人里だ。フランは逸る気持ちを抑えながら横島へと質問を投げかけるのだが、隣を見ても誰もいない。
「あ、あれ!? ただお兄様!!?」
「ふおおっ!?」
「き、消えたっ!!?」
どうやら妹紅や美鈴にも察知出来なかったらしい。三人の背筋に冷たいモノが走るが、人里の中からとある叫びが聞こえてきた。「おっ姉さーーーーーーんっ!!!」と……。
「あ、あの一瞬であんなところまで!?」
「まずい、早く横島を止めないと……!!」
まさしく神速と言える速さで好みのお姉さんのところにすっ飛んでいった横島。早く彼の行動を止めないと紅魔館の評判が斜め下なことになってしまう。恐怖の対象と言えばレミリアにとっては聞こえはいいだろうが、その実『女性に飛び掛る執事を雇っている恐怖の館』という嫌な恐怖の対象だ。そうなる前に何とかして止めねばならない。
「私に任せてください! こんなこともあろうかと、咲夜さんに対処法を聞いています!!」
妹紅達にそう言って美鈴は先行していった。嫉妬のパワーも関係しているのか、そのスピードは横島よりも速い。身内ならまだしも、名も知らぬ女性に手を出すのは許しがたいらしい。何ともよく分からない基準である。
「ぬおおおお!! そこのお姉さーーーーーーん!! 俺と“外見年齢の差はどこまでが許容範囲なのか”について静か且つムーディーな場所で二人きりで語り合いませんかーーーーーー!!?」
それは本当に口説き文句なのだろうか。何だかとっても切羽詰ったような声でナンパ(?)をしてくる横島の姿に、声を掛けられた人里に存在する雑貨屋『横流し』の店員(二二歳・女性)は驚きに眼を見開いた。
店員のお姉さんの前に、突如人影が現れる。それは長く赤い髪を棚引かせた、少女の姿をしていた。少女は一歩を力強く踏み出すと、拳を矢のような速度で繰り出し、横島へと命中させた。
「咲夜さん直伝!! 十六夜☆ブロウッ!!!」
「ホ゜ン゛ケ゛ン゛ッ゛!!?」
十六夜☆ブロウと言ってはいるが、それはどこからどう見ても形意拳の崩拳だった。横島の腹に深々と突き刺さったそれは、横島を軽々と吹き飛ばして地面へと熱烈なキスをさせる。その威力は咲夜の十六夜☆ブロウの二倍! いや十倍はある!!
まるでボイルドしたたまごのような話だが、格闘の素人の咲夜と達人の美鈴ではそもそも威力の桁が違う。更に付け加えれば、咲夜は非力な人間だが、美鈴は強力な妖怪である。その膂力の差は言わずもがな。むしろ美鈴が手加減をしているからこそ十倍程度の威力で収まっているのだ。もし美鈴が本気を出していれば、横島の体は拳を受けたところを中心に大穴が空き、真っ二つに裂けていただろう。
美鈴は横島が動きを止めたのを確認した後に残心を解く。店員のお姉さんへと振り向き、頭を下げて今回のことを謝罪した。
「どうもうちの横島さんが失礼しました。なんというかこう、色々と追い詰められていたようでして……」
「は、はあ……いえ、それは構わないのですが……」
店員のお姉さんは吹っ飛んで行った横島の事を思い出した。以前横島が咲夜と共に人里へと来た時に女性をナンパ(?)したのだが、その時の女性こそがこの雑貨屋『横流し』の店員(二二歳・女性)なのである。
店員のお姉さんが少々呆けていると、横島の元へ二人の少女が駆け寄ってきた。その内の一人はこの人里では知らぬ者はいないと言っても過言ではない少女、藤原妹紅。もう一人は始めて見る顔だが、美鈴と妹紅に劣らぬ美少女だ。
その二人が横島を抱き起こしたり、名前を呼んだりしている。しかも、そこには並々ならぬ想いが窺える。
――この時、店員のお姉さんに電流走る。
先ほどの横島の口説き文句(?)、美鈴の拳に込められた何らかの熱、現れた二人の少女、そして三人が横島へと寄せる想い――!!
店員のお姉さんは、大凡のことを察した。察してしまったのだ。
「全くもう、私達がいるとゆーのに……」
「なるほどなるほど、やっぱりそういうことなのね
その言葉に美鈴の肩が跳ねる。ちらりとお姉さんの顔を盗み見てみれば、好奇心いっぱいに輝く笑みを浮かべている。
「い、いやあのこれは……」
「大丈夫、何となくだけど分かってるわ。大方藤原さんや紅さん、そしてあの金髪の子と執事の……横島さんだっけ? その横島さんと恋人とかそういう仲になったんだけど、横島さんは見た目の年齢とかを気にする人で、好き同士ではあるのに良心の呵責やら罪悪感やら本来感じなくてもいい罪の意識に囚われてしまっていて、それから何とか逃れたくて今回のような行動に走ってしまったのね?」
「本当に大体のところは理解してた!?」
恐るべきお姉さんの理解力。お姉さんはうんうんと頷き、ここにはいないとある少女達を思い浮かべていた。
――なるほどね、十六夜さんと一号ちゃん達も苦労するわけだ、これじゃ。
咲夜に関する誤解は未だ解けていなかった。むしろ今回のことで余計に誤解は深まったと言えるだろう。即ち、紅魔館の女性陣は一人の男性にメロメロである――と。
知らないところで巻き込まれるレミリアとパチュリー、そして咲夜が不憫でならない。
「あ、あははははは、それじゃあ私達は色々と用事がありますのでー!! 失礼します!!」
「え、ちょっと……もう行っちゃった」
引き止める間もなく美鈴達は風の速さで去っていってしまった。もっと聞きたいことがあったのに残念に思うお姉さん。しかし、こんなことでお姉さんはめげたりしない。とりあえずは今回得た情報を仲良しの肉屋の店員さん(三一歳・女性)へと流すのであった。
「ここまで来れば大丈夫ですね……さて、横島さん?」
逃げて隠れて人気のない道の隅。美鈴はそこで一息吐き、横島へと説教をする。
「私が何を言いたいのか、分かりますか……?」
一文字一文字に強烈なまでの力が宿っている。思わず横島は唾を飲み込み、恐る恐る口を開く。
「……美鈴達がいるのに、他の女の人に声をかけました。……フランちゃんの手も離しちゃったし」
正座をし、どんどんと小さくなっていく。彼も一応は反省をしているみたいだ。その姿に美鈴は大きく息を吐く。それに過剰に反応して体をびくりと跳ねさせるのは何故か妹紅とフラン。ここまで怒っている美鈴は見たことがないのだろう。
美鈴は正座をしている横島の前にしゃがみ込み、視線を合わせる。彼の眼を十秒ほど見つめた後、もう一度息を吐いて横島の両頬を引っ張った。
「次に同じことをしたら威力が倍になりますよ」
「肝に銘じます」
「よろしい。それじゃあお昼ご飯を食べに行きましょうか」
美鈴が立ち上がり、明るい声で提案をする。妹紅とフランはほっと息を吐き、体から力を抜いた。横島以上に緊張していたらしく。冷や汗までかいている。
「何で二人が俺以上にまいってんだよ」
「だってめーりんがあんな風に怒ったところって見たことないし……」
「あれだな、美人が怒ると怖いってやつだな」
「えへへ、いやあそんな美人だなんてえへへ」
妹紅の言葉に照れる美鈴だが、それは怖いと言われていることに気が付いていない証拠でもある。こういうところも美鈴の長所の一つではないだろうか。
「んーじゃ、適当に店に入るか。お金はけっこう持ってきたからある程度高級な店でも任せとけよー」
「え、出してくれるのか?」
「そりゃーな。やっぱりほら、彼氏としては出さないとかっこつかないじゃんか」
少々照れながらの横島の発言。妹紅と美鈴の頬が赤く染まる。“彼氏”。何と甘美な言葉か。愛する男が自分の恋人であるという証。そしてそれを言ったのは他ならぬ横島なのだ。自然と頬が緩んでくる。
「それじゃご飯行こう? 何がいいかな?」
フランが上機嫌に横島の手を取って催促する。横島は照れつつも妹紅と美鈴に目配せし、食事が出来る店を探しに歩く。
「みんなは何が食べたい?」
「んー、紅魔館では食べられない料理があればいいんですけどねー」
「私は特に思いつかないけど……横島は?」
「俺は肉以外なら何でもいいや」
「……本当、ごめん……」
店を探す最中、妹紅の地雷をマッハで踏み抜く横島の姿が確認された。
「ほら、ちゃんと食事はとらないと駄目だ」
「……」
昼も過ぎ、料理店から人がまばらになってきた頃、二人の少女がなにか食事をとろうと大通りを歩いていた。片やろくろ首の赤蛮奇。片や人狼の今泉影狼だ。
影狼が目覚めた後、赤蛮奇は影狼を食事へと誘った。影狼は食欲がないと断ったのだが、彼女は“化け物”に襲われて命からがら逃げてからまともな食事をとっていない。これでは近く倒れてしまうと考えた赤蛮奇が無理矢理に連れ出したのだ。
影狼の気持ちも分かる。だからと言って、このままでいいはずがない。何よりこれで影狼が体を壊せば、“恩人“が影狼を助けた意味がない。
赤蛮奇は心を鬼にして、影狼に嫌われても彼女を立ち上がらせようとしている。影狼も赤蛮奇が自分のために厳しく接しているのを理解している。その気持ちは嬉しく思う。嬉しく思っているが……それでも、やはり今は遠慮したかった。
「……もうすぐ店に着く。そこは私のおすすめだ。安いし早い。味も
聞いてはいないだろうが、それでも赤蛮奇は影狼に話しかける。相変わらず影狼は俯いたまま。表情は窺い知れないが、きっと暗く沈んでいるのだろう。
――まさか、ここまで根が深いとはね。
知らず、赤蛮奇は空を仰ぐ。自分達の心の模様とは裏腹に青く晴れ渡っている。中々に憎たらしい。そよそよと髪を流す風も、今は忌々しいくらいだ。
「……ん?」
気が付けば、影狼が歩みを止めている。何か信じられないような、愕然とした表情を浮かべていた。
「影狼、どうし……」
どうした、と言葉に出す前に、影狼は走り出した。赤蛮奇を置き去りに、一心不乱に。
「おい、影狼!?」
遅れて赤蛮奇も走り出す。
人の間を走りぬけ、ただまっすぐ、その場所へ。影狼は走っていく。走って走って走って――そして、
「――――」
目の前には、自分をきょとんとした眼で見つめる彼の姿。あの時と変わらず……いや、あの時と比べて穏和な表情で。
涙が溢れる。生きていた。生きていてくれた。ぽろぽろと、涙が溢れて止まらない。
「――見つけた……」
人狼の女の子は、助けてくれた人間の男の子を見つけることが出来ました。
第四十五話
『見つけた』
~了~
お疲れ様でした。
何でサブタイトルがホラーみたいなんでしょうね。
それにしても、何だか影狼がヒロインみたいだなー。
これは予定になかった展開になってきちゃったぞ……?
それではまた次回。