東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

ドラクエ6にもはまっているタナボルタです。
好きな呪文は極大爆裂呪文(イオナズン)です。超便利。

今回は色々難産でした。

横島どうなるのでしょう?

それではまたあとがきで。


第四話『幻想になった横島』

 目覚めて初めに見た物は木組みの天井だった。

 

 屋敷の主の趣味か、それとも大工の趣味なのか、それは竹をふんだんに使用した竿縁天井だ。平時ならば、それは天井板の美しい木目を鮮やかに飾る極上の額縁だったのであろうが、今は竹縁が所々で折れ、天井板は外れ落ち、無惨な姿を晒している。

 

 また、天井だけでなく、壁にも亀裂が入っており、さながら廃墟一歩手前の和室といった風情だ。

 

「ん……。ぅあ……? どこだ、ここ……」

 

 当然、彼、横島忠夫にとってそこが見覚えのない部屋であるのは確かだ。横島は自分の服が浴衣になっているのを訝しんだが、それも数瞬。キョロキョロと辺りを見回し、隣に敷かれている布団に眠る自分とは色違いの浴衣を着た少女、八雲紫をその視界に捉えた。

 

「ん? おお! か、可愛い!!」

 

 横島の煩悩センサーに早速の反応。だが、それには問題があった。

 

「可愛い……。確かに可愛いのだが……! くっ、惜しい!! あともう少し色々と育っていれば飛びかかっても問題無かったのに……!!」

 

 大問題である。

 

 そんな横島が発する邪な気配に敏感に反応したのか、紫の体が無意識にビクッと跳ね上がった。ただし、意識を取り戻すほどの気配ではなかったようで、今は変わらず可愛らしい寝息をたてている。

 

「う~む、美少女の寝顔観察も良いのだが……。―――あの押し入れ、何かすげえ気になるな……」

 

 横島の視線の先にある押し入れ。何かそこから怪しげなオーラが発せられている気がする。それは何というか、ピンク色のオーラというか、妙な熱気と陰気を放っているというか。陰気というか淫気というか。

 

「しかし……。うーん、何か開けたら良い目を見れるような気もするし、逆に落ちるところまで落ちてしまう気もする……。いや、落ちるって何だ?」

 

 横島は自分の霊感に引っかかる何かに首を捻る。考えても考えても答えが出ないので、その内横島は考えるのを止めた。

 

 すると、どこからか足音が響いてくる。横島がその方向に振り向くと同時に、視線の先の襖がスッと開かれた。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

 涼やかな声を響かせるのは八意永琳。彼女も美少女なため、当然横島の煩悩センサーが反応してしまう。

 

(ぬおぉ!? こ、この子もかなりの美少女やないか! 嗚呼、でも……やっぱり色々と足りん!! チチとかシリとかフトモモとか!! あと年齢とか!!!)

 

 本人を前にして失礼なことを声に出さないようになったのは、彼にとって劇的な成長と言っても良いだろう。ただし、横島が考えていることには間違いがあるのだが……。

 

 失礼な考え事をしているとはつゆ知らず、押し黙って自分の顔に見入る横島を不審に思ったのか、永琳は頬に手を当てて推測を口にする。

 

「……? 大丈夫? やっぱり、どこか痛いところがあるのかしら……」

 

「ぅえっ? えっと、どういうことでしょう……?」

 

 どうやら横島は墜落した時の記憶が飛んでいるらしい。あれほど強かに頭を打てば、多少の記憶の混乱も仕方がないだろう。永琳は横島の治療中に輝夜から聞いた事の顛末を話してやった。

 

「……という訳で、貴方はこの屋敷、『永遠亭』に運ばれてきたの。ちなみに貴方の服は血まみれだったから、洗濯して今は乾くのを待ってるところ」

 

「あー……、そうだったんすか。確かにそんなことがあったよーな……。いやー、とにかくありがとうございます。怪我の治療どころか、服の洗濯までしてもらっちゃって……」

 

 頭を掻きながらも愛想良く笑顔を浮かべて礼を言う横島。永琳はその礼を受け取りながらも、彼の口調に違和感を持った。

 

「どうでもいいことなのだけど……、どうして敬語なのかしら?」

 

 ほんの少しの疑問。普段なら永琳は子供扱いとまではいかずとも、やはり見た目相応の対応を受ける。永琳と初対面でありながら敬語で話されるのは、実はこれが初めてのことであった。

 

「え、あー……。そういや何でっすかね? 何となくですけどそうしなきゃいけないような気が……」

 

 横島はまたも首を捻る。どうやら、横島は無意識の内に永琳が自分よりも上の存在だと感づいたのだろう。力でもそうだが、実は年齢でもそうだ。八意永琳―――彼女は数億年を生きる、幻想郷一のお姉さんなのである。

 

「ふむ……。あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は八意永琳。この永遠亭の薬師―――分かりやすく言えばお医者さんかしら」

 

 うっかりしてたわ、と遅れながらも自己紹介をする永琳は、どこかおキヌとはまた違う天然の気配を漂わせている。

 

「あ、永琳先生っすね。俺は横島忠夫。こう見えても資格持ちのゴーストスイーパーなんすよ!」

 

 ふふんと胸を張り、得意満面で自己紹介をする横島。本来は未だ見習いの身なのだが、そこはそれ。美少女の前で見栄を張るのはいつものことだった。

 

 しかも彼の頭の中では「ええっ!? ゴーストスイーパーだったんですか! すごい、抱いて!!」と自分にしなだれかかる永琳を妄想している。それに対し自分が『ふふ……、いけないよお嬢さん。君にはまだ早いんだ。君が大きくなって、また僕と出会うのを楽しみにしているよ』と返すところを美化百二十パーセントでお送りしている。よくもまあ『色々足りない』などと考えられたものだ。

 

「……ゴースト、スイーパー?」

 

 横島のドヤ顔に対し、永琳は頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。いや、言葉の意味は分かるのだ。ゴーストスイーパーというからには悪霊祓いや退魔師を指すのだろう。だが、資格持ちというのが分からない。自分達が引きこもっている間に、いつの間にかそのような制度が幻想郷に存在していたのだろうか?

 

「あ、あれ? ゴーストスイーパー知らないんすか? おっかしいな……。あんな事件もあったし、国家資格だし仕事のギャラも高額だしで世界的に有名な資格のはずなんだけど……」

 

 彼の後半の呟きが本当ならば、自分が知らないのは確かにおかしい。第一、妖怪の山に存在する神社『守矢神社』の風祝(かぜほうり)にして現人神である東風谷早苗がその資格を持っていないのはおかしい。更に言えば、悪霊祓いや退魔師が国家資格として存在するのならば、あの二柱がこの幻想郷にやってくるのも変だ。彼女等程の神族ならば外の世界で信仰を得られないはずがない。

 

 いよいよもって永琳の疑問は確信へと変わってくる。それについて横島に確認せんと声を出そうとしたとき、永琳の耳は遠くから永遠亭に向かってくる少女達の会話を捉えた。

 

「いやー、お泊まりってこんなに楽しいのねー♪ また妹紅の家に泊まらせてもらってもいいかしら?」

 

 弾んだ調子で問いかける輝夜に対し、妹紅は顔を赤らめ、ジトッとした視線で睨みつけている。

 

「お前は二度とウチには泊めん……」

 

「ちょっ、あれ!? 私なんかおかしなことしちゃった!?」

 

「そりゃあんなことしたらそうなりますよ……」

 

 妹紅の言葉にショックを受ける輝夜だが、妹紅と同じく赤ら顔の鈴仙からのダメ出しに更に表情を崩れさせる。

 

 昨夜、輝夜のテンションはやけに高かった。本人達は否定するだろうが、生まれて初めて友人の家に泊まることになったのだ。それが嬉しくてたまらなかったのだろう。

 

 だが、彼女は少し調子に乗りすぎたのだ。皆で風呂に入るとき、妹紅に背中を流すと言って泡にまみれた自らの肢体を以て妹紅の体を洗おうとした。

 

 寝る時にも布団が二組しかないからと、妹紅と一緒の布団に潜り込み、妹紅の寝巻きに手を突っ込んだり顔を埋めたりした。

 

 そんな風なことを今まで繰り返していたのだ。妹紅が輝夜を出入り禁止にするのは当然と言えよう。

 

 しかし、輝夜は輝夜で言い分があるようだ。

 

「そ、そんな……。ああすれば『色々と盛り上がって楽しい夜を過ごせる』って、前々からてゐに教わってたから恥ずかしいのを我慢して試したのに……」

 

「「またあいつか」」

 

 妹紅と鈴仙の声が重なり、今ここにてゐの未来が決定した。

 

 輝夜のことになると超人的な地獄耳となる永琳が、その会話を一言一句逃さずに拾ったのだ。

 

「……」

 

「ぅひぃっ!?」

 

 突如として永琳から吹き上がる強烈な怒気。その重厚な圧力に横島は恐怖の呻きを上げる。しかし、外の歩みに淀みはない。どうやら押し入れに向かって放たれているようだが、哀れなのは永琳と押し入れに挟まれた横島と紫である。

 

「お仕置きは十倍ね……」

 

「―――ッ! はっ!? こ、ここは……!!?」

 

 永琳の口から微かに拾えた声は、聞く者全てを凍らせるような、絶対的な何かがあった。それは今まで眠っていた紫を強制的に目覚めさせるほどだ。そして押し入れから迸るのは桃色オーラではなく、既に絶望のオーラへとその感情の色を変えている。何とも感情表現豊かな押し入れがあったものだ。

 

「―――ん、あら? 目が覚めたのね、紫」

 

「え……。あ、え、ええ。お、おはよう……?」

 

 紫は額に浮かんだ汗を拭いながら目覚めの挨拶をする。前髪の幾筋かが額や頬に張り付き、急に目覚めたせいか激しい動悸からくる上気した頬から匂い立つ見た目年齢不相応な色気は、横島の煩悩を激しく刺激する。

 

(くぅ……っ! 見た目年下やと言うのに……、何ちゅう色っぽさや!!)

 

 このままでは横島の煩悩が炸裂してしまいそうだが、それよりも前に、襖が多少強い音を出して開かれた。

 

「ただいまー、永琳!」

 

 輝夜姫一行の帰還である。

 

「っ!!?」

 

 横島が輝夜を見た瞬間、彼はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 

(な、何やこの子!? 可愛い……なんて次元やないぞー!!? 見た目シロやタマモより多少年上くらいやのに……!? よく見たら後ろの二人もかなりの美少女やし……! ありがとう! 俺の人生にありがとー!!)

 

 どうやら横島にとって、輝夜は煩悩よりもまず戸惑いと、何かに対する感謝の方が強くなるほどに美しかったらしい。

 

 しかし、それは当然だ。何せ彼女はかぐや姫。生まれ変わったばかりのタマモと違い、完成された傾国傾城の美少女なのだから。

 

「あ、起きてたんだ。二人ともどう? 体に異常はないかしら」

 

「ええ、多分……」

 

「は、はいっ! 大丈夫です!!」

 

 紫は胸を押さえつつ、横島は妙に上擦った声で返事をする。横島の様子は普通ならば変に映るのだろうが、こと輝夜が相手だとそうではなくなる。時の有力者達に求婚された輝夜の美貌は伊達ではないのだ。男が輝夜にこういった反応を示すのはもう見慣れた光景なのだろう。

 

「それじゃあ皆自己紹介してね。色々と長い付き合いになるかもしれないしね」

 

 永琳が胸の前で両手をぱむと鳴らす。輝夜達は永琳の言葉に顔を見合わせるが、自分達では永琳の考えることをそう簡単に理解出来るとは思っていない。なので、その言葉に従うことにした。

 

「あ、最初は紫からお願いするわ」

 

「え? ええ、別に良いけれど……」

 

 紫は寝起き故か未だ頭が働かず、機敏な対応が出来ずにいた。そんな自分を他人に見られるのが恥ずかしいやら悔しいやらで眉を顰めるが、それすらも紫の美貌の引き立て役となる。横島はもはやいっぱいいっぱいだ。

 

「私は八雲紫。この幻想郷の創始者の一人よ」

 

「紫さんっすね。で、幻想郷……って何すか?」

 

 永琳同様に紫に対しても砕けた敬語で応対する横島。まずは永琳も話していなかった幻想郷の説明を受けることになる。

 

「幻想郷とは、結界で覆われたこの土地のことよ。大した広さではないけれど、それでもそこそこの広さはあるわ」

 

 横島は他にも日本のどこかの山奥に存在することや、妖怪や妖精、神や悪魔といった現代における『幻想の住人』が幻想郷に存在していることを聞く。

 

 そこで横島は最初の違和感を得る。『現代における幻想の住人』? 確かに彼等は幻想の住人であるとは言える。だが、『現代』とはどういうことであろう。横島の周りには人ならざる者が大勢居る。それは世界に認知されている。

 

 何せ魔神が人間界に侵攻してきたこともあったのだ。前言を撤回することになるが、もはや彼等は幻想とは言えないのではないか。

 

 ―――何よりも。

 

「……」

 

「……どうかしたかしら?」

 

 珍しく真面目に考え込んでいた横島だったが、紫の訝しげな声に考えのほとんどが霧散した。

 

「いやぁ、別になんともないっす」

 

 なはは、と多少大袈裟に笑った横島は、軽く息を吐くとぼそぼそと何事かを呟く。

 

「結界に覆われた土地……。妖怪とかが住んでる……。人狼の里みたいなもんかな? ……でも」

 

 ほとんどは自分で噛み砕いて理解するための物だったようで紫は多少拍子抜けしたが、後に続いた言葉によって紫の余裕は粉々に吹き飛んだ。

 

「でも―――神魔族に知り合いは多いけど、幻想郷なんてこと誰も教えてくれなかったな……」

 

 その言葉を聞いた紫は、目を見開いて永琳へと顔を向ける。永琳は真剣な眼差しを返したあと、ゆっくりと頷いてみせた。それを確認した紫は深刻な様子で俯きだした。

 

「あ、あれ? どうかしました……?」

 

「……ああ、いえ。何でもないの。後はそっちの三人ね」

 

 紫は誤魔化しつつ横島の意識を三人に向けさせる。紫は思考の直中へと没入することにした。

 

「えーっと、私は藤原妹紅。気を失ったあんたをここに運んできたのは私なんだよ」

 

「えぇっ!? ちょ、大丈夫だったのか? 俺、結構重かったと思うんだけど……」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。私はこう見えて健康マニアだから」

 

 自らを運んできたという妹紅を横島は心配するが、妹紅は余り関係のなさそうな答えを返す。その表情は何でもなさそうな笑顔だ。

 

「うーん、何ともないならいいけど……。とりあえずありがとうな、えっと、妹紅……ちゃん?」

 

「あー……、どういたしまして。でも、ちゃん付けはやめて。呼び捨てでいいから」

 

 横島の礼を受ける妹紅だが、ちゃん付けには苦笑を浮かべる。彼女はそのまま鈴仙を促した。

 

「私は鈴仙・優曇華院・イナバ……です」

 

 人見知りであり、人間嫌いである鈴仙は目線を逸らしつつ名乗る。それに対し横島は若干困り顔だ。

 

「えっと……、何て呼べばいいかな?」

 

 先程の失敗を活かしたのか、単に名前が長いからなのか、横島は彼女にお伺いを立てる。

 

「じゃあ……イナバで」

 

「ん。分かったよ、イナバちゃん」

 

 横島は鈴仙の様子から人見知りが激しい子であると判断し、優しげな笑顔と、柔らかい声音で了解する。一方鈴仙はちゃん付けが恥ずかしかったのか、顔を若干赤らめ、そっぽを向いた。

 

 永琳は紫が見ている側の表情を真顔に、輝夜達が見ている側の表情をデレデレの笑顔にするという神業を人知れず披露していた。鈴仙の様子が余りに微笑ましかったらしい。

 

 そして、三人娘の最後の一人に番が回ってきた。

 

「ついに私の番ね。私は蓬莱山輝夜。何と、あの『なよたけのかぐや姫』本人よ」

 

 ふふんっと胸を張って元気よく自己紹介をする輝夜。表情も『さあ驚け』とばかりに得意顔だ。しかし、その表情はすぐに消え果てることとなる。

 

「あぁなーんだ、迦具夜様だったんすか! いやー最初誰だか全然分かんなかったすよ!」

 

「―――え?」

 

 そのたった一文字の言葉は、一体誰が口にしたのだろうか。

 

「神無や朧は元気にしてます? あ、そうそう月警官のねーちゃん達も! いや、それにしても……随分思い切ったイメージチェンジっすね? メドーサに言われたこと気にしてたのかな……?」

 

 笑顔で親しげに話しかける横島に対し、輝夜は困惑している。彼女は彼に覚えがない。だが、『彼は彼女を知っている』―――?

 

「ちょ、ちょっと待って! ちょーっと待って!!」

 

 輝夜は両手を突き出して横島を止める。横島はそれに対し素直に応じるが、きょとんとした表情を浮かべている。

 

「良い? いくつか質問するわよ? ―――まず一つ。貴方の名前は?」

 

 輝夜は真剣な表情で問う。

 

「いや、名前って……。横島っすよ、横島忠夫。まさか忘れたなんて言うんじゃ……」

 

 横島は情けない表情を浮かべ、輝夜に問い返す。それに返す答えはこうだ。

 

「いえ、忘れたわけじゃないわ。―――私は貴方の事を『知らない』の」

 

 ……『知らない』?

 

 まさかこの人は自分の事を知らないとでも言うのか?

 

 輝夜の言葉の意味を理解したとき、横島が感情を沸騰させた。

 

「な、何でじゃー!!? 月に魔族が攻め込んできた時に一緒に戦った仲やないすか!! あの戦いからまだ一年も経っとらんとゆーのにー!! あれほどの八面六臂の大活躍を『知らない』とかあんまりやぁあああーーー!!」

 

 横島はうおおーんと大量の涙を噴出させながら叫ぶ。確かに横島は誰しも忘れられぬ大活躍を演じた。

 

 メドーサとディープキスしたり、女性しか居ない月警官をナンパしたり、メドーサを腹を痛めて(主に美神のせい)出産(?)したり、メドーサのパンツをガン見したり、メドーサに蹴りを食らわせようとして、間違えて自分の○○○○が手痛いダメージを受けたり、メドーサの顔を自らの股間に押し付けたり、生身で大気圏に突入したり……。

 

 これだけあれば忘れるどころか知らないはずはないはずなのだ。だが、輝夜の表情は真実味を帯びている。そして、輝夜には先程の横島の台詞に聞き捨てならない物があった。

 

「月に魔族が攻めてきた……? それはもしかして吸血鬼かしら……?」

 

 輝夜はなるべく落ち着いた様子で横島に問いかける。横島もそれを見て、多少は落ち着いたようだ。

 

「いえ、蠅男と蛇女っすけど……」

 

 やはり、輝夜はそれを知らない。第一、輝夜は千年以上前からずっと地球に居たのだ。仮に横島の言っていることが本当なのだとしたら、月には自分以外の『かぐや姫』がいることになる。

 

 だが、それは有り得ない。有り得ないはずだ。

 

 輝夜は必死に考える。だが、冷静になろうとしても中々上手くはいかない。こんな時に落ち着いて対処するために輝夜が取る手段は一つ。

 

「……助けて、永琳」

 

 宇宙一頼りになる自分の従者にブン投げることだ。

 

 そんな輝夜の悪癖に永琳は苦笑を浮かべるが、可愛い主の頼みを断るわけにはいかない。

 

 永琳は紫と視線を合わせる。

 

「……八意永琳」

 

 すると、紫が永琳の名を呼んだ。

 

「何かしら、八雲紫」

 

 互いに視線を外さぬまま、数秒が過ぎる。紫は一つ息を吸うと、おもむろに問いかける。

 

「彼がどうしてここにいるのか……出来るだけ詳しく話してもらえるかしら」

 

「……ええ。まず、私が渡した薬を飲んだのは覚えているかしら?」

 

 こくりと頷く紫。それを見た永琳はそれからのことを話していく。途中で『化学反応』とか『スパーク』とか、永琳にしては異様に曖昧な言葉もあり、輝夜と鈴仙が大いに驚愕する場面があったのは甚だ余談である。

 

 そして、最後に。

 

「そうしたら妹紅達が彼を担いで来てね。博麗神社に開いたスキマから落ちてきたそうよ」

 

 全てを語り終えた永琳はそっと息を吐く。紫は目を閉じ、大きく息を吸ったあと、ゆっくりと吐いていく。

 

「……そう。そういうこと」

 

 紫が目を開いた。妹紅達三人や横島は、紫と永琳から発せられる雰囲気に飲まれたのか、声を出せずにいる。

 

 紫は横島を見る。

 

「博麗神社に行きましょう」

 

 そう言った。それで、はっきりするのだと。

 

「スキマは開けるの?」

 

「……」

 

 永琳の簡潔な問いに沈黙を以て返す。手を握り、開き、力の感触を確かめる。

 

「もう、二日~三日はやめておいた方が良さそうね。ここから、飛んで行きますわ」

 

 最初は眉を顰めていたが、最後には軽く笑顔を見せる紫。だが、それは彼女らしくない強がりめいたものだった。

 

「さて、妹紅。私も手伝うし、また彼をお願いしてもいいかしら?」

 

「ん? ああ、別にいいけど」

 

 どうやら永琳は妹紅と二人で横島を持ち上げるようだ。

 

「あー……。よく分からんのだが、俺はどうすれば……?」

 

 横島は妹紅に声を潜めて聞く。妹紅からの答えは『脇を持ってやるよ』というものだった。

 

 紫一行は取る物も取りあえず空を飛んでいく。

 

「すげえ……マジで飛んでる」

 

「あんまり暴れるなよー?」

 

 横島は羽根もなく、神魔族でもないのに空を飛ぶ一行に目を見開く。彼の周囲で空を飛べるのは神魔族を除けば数少ない。これなら訓練すれば自分も空を飛べるのではないか? 横島は子供の頃の憧れを思い出した。

 

「あと少しで着くわ……。ちょうど下が人間の里よ」

 

 紫のその言葉に、横島は視線を下方へと向ける。

 

 大小様々な民家が並び、所々に店と思しき物もいくつかあった。だが、人の姿は殆どなく、今がまだ早朝と言える時間帯とはいえ、その様は異常と言える。

 

「なんか、こう……寂しい感じっすね?」

 

「立て続けに異変が起こったからね。まだ警戒しているのよ」

 

「異変……っすか」

 

 それを最後に会話は途切れる。別に気まずくなったわけではないのだが、横島には何となく話題が見つからない。

 

 そうこうしているうちに、視界の先に真新しく造営された神社が見えた。

 

「ここよ。ここが博麗神社」

 

 紫は降り立って一言告げる。横島はキョロキョロと辺りを見渡し、自分が落ちてきた場所だと気付く。

 

 彼の視線の先には、石畳に空いた頭一つ分の穴がある。それを見た横島のこめかみには汗が伝っている。

 

「さて、横島忠夫。あそこの鳥居を見て」

 

 紫は人間の里の反対側に存在する鳥居を指差す。横島は鳥居の位置に違和感を持ったが、それも一瞬。これからどうするのか、視線で紫に問いかける。

 

「あの鳥居をくぐれるかしら」

 

「……? くぐれば良いんすか?」

 

 横島の問いに頷く紫。横島はしきりに頭を捻りながらも鳥居に向かう。

 

 そして、鳥居をくぐろうと一歩踏み出した―――

 

「いっ!?」

 

 だが、くぐれなかった。

 

「えっ? あ、あれ!?」

 

 何か、不可視の壁に阻まれるかのように、横島の体は鳥居から先に進むことは出来ない。

 

 妹紅達三人はそれを見て驚愕し、永琳は目を伏せ、納得を示す。

 

「やはり、そうなのね」

 

 紫の声が横島に届く。

 

「どういうことなんすか、これ? 何か結界みたいなのがあるんですけど……」

 

 横島は自身に訪れた事態が未だ分からずにいる。紫はそんな彼に、今現在の彼の状態を語る。

 

「横島忠夫。貴方は―――この幻想郷から出ることは叶わなくなりました」

 

「……。―――え?」

 

 ―――貴方は『ここ』とも、『外』とも違う、どこか別の世界から連れて来てしまった―――

 

 幻と実体の境界。博麗大結界。幻想郷はこの二つの結界に覆われている。

 

 それは幻想と現実を別つ物であり、例外を除いて『外』の者が幻想郷に入ることはない。

 

 その例外とは偶然に偶然が重なる……。さながら『奇跡』のような物であったり、『神』のような超自然的な力、またはそれがその者の『運命』であったりする物だ。

 

 そこにもう一つ、加わるモノがある。

 

 それが、『八雲紫』―――神隠しの主犯だ。

 

 彼女は偶に外の世界から人を攫ってくる。それは外の世界で神隠しと呼ばれ、恐れられた。

 

 神隠しに合った人間がその後どうなったのかは定かではないが……。それは、八雲紫の意志を以て行われたことだ。

 

 ―――だからこそ、八雲紫は横島忠夫に頭を下げる。

 

『!?』

 

 八雲紫を知る者は皆一様に驚いた。永琳もこれは予想には無かったのか、珍しく目を見開いている。

 

「申し訳ありません、横島忠夫。全ては私の責任です」

 

 本来ならばいくら紫とはいえ『別の世界』に無理矢理スキマを開くのは不可能だ。月へ行くよりも遥かに長い準備期間がいるし、何より力が足りない。

 

 それは、別の『世界そのもの』に喧嘩を売る行為にも等しいからなのだが……、何らかの要素で、爆発的に能力が上昇すれば。

 

 奇跡のような偶然に偶然が重なり、神の如き力を以て、数奇な運命を持つ者が存在し、導かれるように世界と世界の境界にスキマが開いたならば。

 

 その瞬間だけならば、不可能など無くなるのではないだろうか。

 

 故に彼は博麗神社に墜落した。外の世界には知る者など誰一人いない、真の幻想に等しくなった彼は、幻想と現実の狭間に落ちたのだ。

 

 だからこそ、八雲紫は横島忠夫に頭を下げる。

 

 薬のせいとはいえ、自らの意志を無くし、力を暴走させ、あまつさえその被害者に対して知らぬ顔を決め込むことなどは。

 

 ―――たった一人だけしか存在しない、一人一種族の妖怪『八雲紫』としてのプライドがそれを許さなかった。

 

「……そうだったのね」

 

 だから、と。輝夜は得心した。彼が自分を知っていたのは他でもない。彼が居た世界に存在していた『かぐや姫』だったのだ。

 

「……」

 

 横島は紫の謝罪を静かに聞いている。彼の頭を巡るのは、美神を始めとする仲間達の姿だ。

 

 幻想郷から出られない。元の世界に帰れない。

 

 八雲紫を見る。彼女は横島の目から見て、本当に真摯に謝っているように思える。永琳達の反応からもそれが分かる。

 

 だからこそ、横島に去来した感情は怒りではなく、どうしようもない悲しみであった。

 

「もう……会えない?」

 

 横島の掠れた声に、紫は顔を上げる。

 

「もう……、皆に、会えない……?」

 

 横島の目に止めどない涙が溢れる。

 

 それを見た少女達は沈痛な表情を浮かべ、紫はまた謝罪の言葉を口にしようとする。

 

 だが、それよりも早く、横島の言葉が紡がれた。

 

「もう……、美神さんのチチもシリもフトモモも拝むことが出来ない……?」

 

「申し訳―――ん?」

 

 聞き間違いかな? と思った紫は横島を見やる。

 

「もう美神さんの体を見ることが出来へんやなんて……! おキヌちゃんや小竜姫様の慎ましやかながらも均整の取れた体を見られへんやなんてー!! エミさんや冥子ちゃんやマリアやワルキューレやベスパや魔鈴さんや小鳩ちゃんや愛子や弓さんや一文字さん達と仲良く(意味深)しとらへんとゆーのにぃいいい!! あとシロとタマモとパピリオ!」

 

 横島忠夫の、男の慟哭が木霊する。涙はブシャァアアア! と噴出している。

 

「あ、あれ? 横島ってそういうキャラだったのか……?」

 

「いや、錯乱して訳の分からないことを叫んでるだけかも……」

 

「いやいや、錯乱してるからこそ本音がだだ漏れになってるのかも……」

 

 妹紅達は突然のことに困惑し、ひそひそと話し合っている。

 

「……。…………。………………」

 

 紫に関してはもはや呼吸すら止まっている。ちなみにその後ろで永琳が笑いを堪えている。彼女は横島の為人を見抜いていたのか、もしくは怪しげな寝言を聞いていたのか、『そういう』性格であることは見抜いていたようだ。

 

「こうなったら……!」

 

「っ!?」

 

 突然泣き止み、視線をキッと強くして紫を睨む横島。それは何だか無駄に格好良く見える。

 

「チチとかシリとかフトモモとか見た目年齢とか少々物足りないが、この責任は貴方の体で払っていただきますゆっかりさはーーーーーん!!」

 

「ええええええっ!? っていうか失礼なー!!?」

 

 大変失礼な事を叫びながら突如高く飛び上がり、綺麗な放物線を描きながら紫に対してダイブをする横島に、紫は驚きと抗議の声を上げる。

 

 しかし、いつもは年寄り呼ばわりされることが多い彼女は、年少に見られたのが少し嬉しいようだ。

 

 このままでは横島のダイブが決まり、十八才未満お断りなことになってしまう。(実は十八才未満は横島だけ)

 

 しかし、彼のそういった行動は実らない運命にある。

 

「うぅるっさいのよ朝っぱらからーーー!!」

 

「こ゛ほ゛ぁ゛あ゛っ゛!?」

 

 とある少女の雄叫びと共に飛来した陰陽太極図が描かれた、拳大の玉。それが横島の顔面に突き刺さり、彼はまた綺麗な放物線を描きながら人間の里に続く階段の先へと落ちていく。

 

「ああああああ~~~……」

 

「「「よ、横島(さん)ーーー!?」」」

 

 三人娘の叫びが辺りに響く。その様子を見ていた、陰陽玉を放った少女、博麗霊夢は欠伸をしながら紫に問いかける。

 

「何かあったの? うるさかったから取りあえず陰陽玉飛ばしちゃったけど……」

 

「……ちゃんと確認しなさいな」

 

 紫は石畳にぺたんと座っている。横島の行動は思いの外驚いたようだ。

 

「ふふ……。流石の妖怪の賢者も、あれには驚いたようね」

 

「……」

 

「?」

 

 永琳の言葉に顔を赤らめ目をそらす紫に、何も分かっていない霊夢。

 

「……えーっと、そのー、紫……?」

 

 霊夢は取りあえず先日のこともあるので紫に声をかけるのだが、それを遮るように幾人かの足音が響く。

 

 妹紅達が横島を救出に向かったのだが、それよりも早く横島は帰って来たのだ。

 

 日傘をさしたメイドの少女の傍らに居る、小さな吸血鬼の主の肩に担がれて。

 

「……レミリア? 何か用でもあったの?」

 

「ん? ああ、今日は霊夢じゃなくて、こっちの薬師達の方にね」

 

 レミリアは肩に担いだ横島を妹紅達に渡す。彼は目を回し、またもや気絶している。

 

「……流石に哀れだな」

 

「まあ、自業自得だけどね……」

 

 鈴仙は横島に少し引いているようだが、妹紅と輝夜は苦笑気味だ。

 

「それで、私達に何の用なのかしら」

 

 かつての経験からか、永琳は警戒を滲ませる。それに対しレミリアは両手を上げ、敵対の意志は無い事を示す。

 

「なに、簡単なことだよ。昨夜コウモリを通して見たけど、あの屋敷はズタボロで、再建しなくちゃいけない」

 

「……まあ、そうね」

 

 永琳の肯定にレミリアは満足そうに頷く。

 

「それで、何が言いたいのかしら」

 

 先を促す永琳だが、その表情から半ば確信を持っていることが分かる。

 

 レミリアはにっこりと笑い―――

 

「永遠亭が再建されるまで、私の紅魔館に住まないか?」

 

 ―――そう言った。

 

 

 

 

 

第四話

『幻想になった横島』

 

~了~




お疲れ様でした。

あれですよ。紫は自分の知らないところで完全にやらかしちゃった場合、凄い真摯に対応すると思うんですよ。

今回は独自色が強かったでしょうか……?


今回が今年最後の更新になります。
また新年からも東方煩悩漢をよろしくお願いします。

それでは皆様、良いお年を。

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