東方煩悩漢   作:タナボルタ

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皆さんお待ちかねぇ!!
狂気に囚われた美鈴に立ち向かう横島!!
その中で、横島は美鈴の気持ちを知らされるのです!!
そして美鈴は、彼に気持ちを伝えるため、必殺の一撃を放つのです!!
東方煩悩漢第四十三話、『横島散る! 美鈴愛の必殺拳』(嘘タイトル)にぃぃ、レディィィィ……ゴオオオォォォーーーーーー!!


第四十三話『月明かりに照らされて』

 

 陽も完全に落ち、夜の帳が下りた紅魔館の中庭に、多くの人影が存在した。

 そのほとんどが紅魔館の妖精メイド達であり、これから始まるある種の見世物に対し、個々人が期待を込めて騒ぎの中心にいる二人を眺めている。

 妖精メイド達とは逆に気の毒そうな目でその二人を見つめる者達も存在した。レミリアを筆頭とする紅魔館の首脳陣、そして永琳を筆頭とする永遠亭の首脳陣だ。さらにここに妹紅と天狗三人娘が加わる。ちなみにだがチルノは話の展開についてこれていない。

 

 中庭の一画には長机と椅子が置かれており、そこにはてゐと椛、文、はたてが着席している。机の端には実況席と書かれた札が置かれており、そういったディティールに拘るてゐには苦笑が送られている。

 ざわめきが中庭を支配する中、てゐは机に置かれているマイクを握り、静かながらも熱のこもった声で語り始める。

 

「さあ、“紅魔館の執事”横島忠夫と、“紅魔館の門番”紅美鈴による決闘が、ここ紅魔館の中庭にて行われようとしています。実況は私因幡てゐ、解説は犬走椛さんが務めます。椛さん、よろしくお願いします」

「……ああ、はい。了解しました」

 

 てゐの言葉に、椛は何かを諦めたかのような虚無的な微笑みを浮かべて頷いた。この辺りの順応力は前回解説を務めた妖夢よりも上だが、最終的に妖夢はてゐも驚くほどに順応していたのだ。これからもっと経験を積めば、恐らくどんなことでもアルカイックスマイルで受け入れる聖人のようになれるだろう。もちろんそれが幸せとは限らないが。

 

「中庭の中心にいる二人はまさに対極。男と女、静と動、やる気無しとやる気有り。一体どのような戦いになるのか、興味が尽きないところです」

「そうですね。やる気などの精神的な違いは戦闘力に直結するのですが、聞けば横島さんは前回も特にやる気のない状態で美鈴さんの猛攻を凌いだとのこと。恐らくですが、今回は美鈴さんが狂気に囚われていることが勝敗に響くのではないかと思われます」

「なるほど。やはりあの状態……いわば暴走状態では真の実力は発揮出来ないと?」

「その通りです。真の実力とは完全なる理性の元に発揮されるもの。狂気に囚われていてはただ本能のままに突っ込むだけですからね。それでは猪も同然です」

 

 椛の言葉にてゐは頷く。てゐは視線を横島達に向け、彼等の様子を確認するのだが、何やら面白いことになっていた。

 

「横島さん!! さあ、ファイトしましょう!! 私と、私とファイトしましょうよ……!!」

「……」

「さあ、ファイトしましょう横島さん!! ファイトしましょう!! 私とぉぉぉ!!」

 

 瞳……どころか、眼球そのものが赤い光を放ち、髪の一部が逆立っている美鈴の姿はどこからどう見てもバーサーカーだ。そんな美鈴を死んだ魚のような目で見つめる横島という対比は、シュールを超えてもはやギャグの領域にまで高まっている。

 

「……とりあえず、お師匠様、一言どうぞ」

「鈴仙は後でお仕置きね」

「――――ッッッ!!!」

 

 永琳の言葉に、鈴仙は深い絶望に包まれる。美鈴がああなってしまった原因であるので、もう諦めてもらうしかない。絶望に打ちひしがれる鈴仙を見て周りの者が朗らかに笑う中、それを知ってか知らずか横島達は互いに構えを取る。二人から発せられる雰囲気に、妖精メイド達のざわめきが止む。

 

 

 

 

 

 

 

第四十三話

『月明かりに照らされて』

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 二人が構えを取り十秒、二十秒……。皆が固唾を呑んで見守る中、てゐが持っていたマイクが卓上スタンドに触れ、音を立てる。それが切っ掛けとなった。

 

「ファイトしましょおおおおおっ!!」

「まだ言ってんのか……!!」

 

 美鈴の活歩から繰り出される瞬間移動と見紛わんばかりの一撃。理性を失っているとはいえ……否、理性を失っているからこそ計り知れない威力を持っているその拳を、横島は真正面から受け止めて見せた。美鈴の一撃の威力を吸収し、自らの威力に転化するその技術――化勁を、横島は成功させたのだ。

 

「執事さん、美鈴の強烈な威力を持った拳を難なく受け止めたああぁ!! 前回では避けるしかなかった美鈴の拳!! しかし男子三日会わざれば刮目して見よ!! これが、これが今の執事さんの実力だぁぁぁああ!!」

 

 てゐの実況に歓声が上がる。瞬間、まるで分裂したかのように美鈴の腕が走る! 五条十条と風を切り裂く美鈴の掌、拳、肘。しかし横島はそれらを全て弾き、逸らし、受け止める。かつての横島の醜態を知っている者達からすれば、今の横島は本物の横島なのかを調べたくなるほどに何もかもが違っている。

 

「執事さんに迫る美鈴の拳の速射砲!! しかし、執事さんはそれをかわし続けるーーーー!!」

「……驚きですね、まさか彼にこれほどの格闘技術があったとは。彼が武術を始めて長いんですか?」

「いえ、執事さんが武術を習いだしたのは大体ひと月半ほど前のことですね」

「ひ、ひと月半ですか……!? そんな馬鹿な……」

 

 椛とて剣術を修めている者。横島の技術の高さを見て、恐らくは十年単位で修行していたのだろうと思っていたのだが、実際は信じられないほどにまで短期間で得たものだったのだ。

 

「一体何をすればひと月半であれほどの強さを……?」

「えっと、詳しくは第十一話と第十八話と第二十三話を参照してほしいんだけど……まあ、簡単に言いますと。執事さんは煩悩が凄い。禁欲のせいで見た目が幼い妖精メイド達に襲い掛かってしまうかもしれない。そうだ、武術に打ち込んで煩悩を発散しよう……そして今に至ります」

「そんな馬鹿な……!!」

 

 やはり横島を余り知らない者が信じることは難しいようだ。ちなみにはたては素直に感心し、文は高速でメモを取りながら写真を撮りまくっている。

 椛の疑問をよそに、横島と美鈴の戦いは更にヒートアップしていく。正気を失っているとは思えない程の攻撃を繰り出している美鈴だが、その攻撃は非常に単調だ。フェイントも何もない、真っ直ぐな攻撃。ついに、横島の反撃が始まる。

 

「――――ッ!!」

 

 ここだ、と判断した。横島は美鈴の右の拳を右の掌で跳ね上げ内側に弾き、身を屈めて左半身を美鈴の懐へ潜り込ませる。そして肩と背中という大面積を使い、強烈な靠撃を叩き込む!!

 

 ――太極拳・野馬分鬣(イェマフェンゾン)!!

 

「……ッ!!」

 

 美鈴はその一撃に数メートル程吹き飛ばされ、観客達は思わぬ展開に大いに沸いた。

 

「執事さんの何だか良く分からない攻撃が美鈴にヒットーーー!! しかし美鈴も然る者、瞬時に体勢を立て直して再び執事さんに向かっていくーーー!!」

「今のは素晴らしい反撃でした。どうやら相手の懐に潜り込んで体当たりを食らわせる技のようですが、かなり洗練されています。手足の動作と身体の向きが同時に変わっていく……中々面白い武術ですね」

「ねー、執事さん凄いよね。ね、ね?」

「何でアンタがそんな嬉しそうなのよ、てゐ……」

 

 椛の解説にレミリア達を含めた観客も同意する。先ほどの横島のカウンター攻撃は確かに洗練されていた。ここに妖夢がいれば、手放しで褒め称えるだろう。これにはちゃんとした理由があるのだ。

 そもそも横島は靠撃そのものが初めから上手かった。美鈴もこの才能に喜び、長所を伸ばす修行を横島に課していく。では、何故靠撃が得意だったのか。

 ――簡単な話だ。靠撃を美鈴に当てれば、彼女の豊満なチチが! 乳房が!! おっぱいが!!! 肩と背中という大面積に強かに触れるからだ!!!! ……所詮横島とはそういう男である。

 いつもならば靠撃を当てるたびに横島の顔はだらしなく歪んでいた。今回も歪んでいる。歪んでいるのだが……何かがおかしかった。

 

「……ぅ~~」

「ん? どうしたチルノ、そんなにそわそわして」

 

 今まで静かに横島達の戦いを見学していたチルノだが、何やら挙動不審気味に体を揺らしている。彼女の隣で観戦していたレミリアが何があったのか聞き出すのだが、どうにも要領を得ない。

 

「ん~、何かお兄さんを見てると体がチクチクするっていうか、どんよりしてくるというか……」

「なに……?」

 

 チルノの言葉に視線を横島へと戻す。相変わらず横島は美鈴の攻撃をかわしながら、隙あらば負けじと攻撃を繰り出していく。

 

「……いや待て、()()()()()()()()()()()()だと?」

「あ」

 

 レミリアが気付いた事実に、周囲の皆が声を上げた。以前美鈴と組み手をした時には“女の子だから”という理由で一切の攻撃をしなかった横島だが、今回はそういった素振りを見せず、美鈴に攻撃を加えている。クリーンヒットは先ほどの野馬分鬣のみであるし、積極的な攻撃ではなく狙っているのも腕や足といった人体の末端部分なのだが、それでも横島が美鈴に攻撃を加えている姿には違和感があった。

 

「……そういえば、横島の霊波がいつもより攻撃的だな。言われるまで気付けなかった」

「うん。それに、お兄様の雰囲気がいつもより怖い……というよりは、重いかも」

 

 更に加えられる横島の情報。どうやら横島も普段通りというわけではないようで、妹紅とフランが感じ取ったものを言葉にする。そこから分析できるのは、横島が怒っている……ということだろうか。

 

「いや、怒ってる、ではなく……。怒ってはいるのか? でも、それ以上に、何だろ……落胆、かな? 落ち込んでるのか?」

 

 横島とラインが繋がっている妹紅は横島の思いを感じ取れるのだが、互いが互いを思っている時の様にダイレクトに伝わってこず、表層の部分のみしか読み取れない。怒りや落胆、それ以外の感情が混ざり合い、余計に複雑にしている。

 

「……それにしても良く分かったな。横島が普段と違うことに」

「んんー……なんか見てるともやもやして……」

 

 チルノは未だに体を揺らしている。どうやら相当に居心地が悪いようだ。そんなチルノを見て、レミリアは不審に思う。

 

 ――こいつ、本当に妖精か?

 

 妖精とは自然の化身。顕在化した世界の触覚だ。頭の出来は良いとはお世辞にも言えないが、妖精は時に人を惑わせ、時に人を導く存在。

 では、チルノはどうか。妖精の中でも別格の力を誇るはずの大妖精を遥か後方に追いやるほどの強大な力に加え、自分達が気付かなかった横島の感情の機微を誰よりも早く捉え、ついでに霊波の操作にも詳しいときている。

 一つ一つは特に問題はない。どれもが妖精の特徴に当てはまるだろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 しかしレミリアはそれをおくびにも出さず、チルノの頭をぐわしと掴み、そのままやや乱暴に撫でる。

 

「んんっ、なにすんのさ?」

「いやなに、中々凄い奴だと思ってな。これからもフランをよろしく頼む」

「……? うん、分かった」

 

 チルノはレミリアの言葉を疑うことなく頷き、されるがままになる。レミリアの手がチルノの冷気に晒されるが、レミリアは上級の力を持つ悪魔にして吸血鬼。その程度の冷気は何の意味も持たない。

 

「……チルノって凄い奴だったんだな。私なんて言われるまで全然気付かなかったのに……これでも彼女なのに……ラインが繋がってるのに……」

「……私と違ってチルノってお兄様のことが良く分かってるんだね……。私だって恋人のはずなのに……」

 

 横島の変化に気付くことが出来なかった妹紅とフランが、膝を抱えて落ち込んでしまった。二人からはどんよりとしたオーラが漂い、その一画だけ別世界のように重い雰囲気を纏っている。早速妹紅には輝夜が、フランには小悪魔が慰めに走ることとなった。

 

「……!! くっそ……!!」

 

 観客達が繰り広げる寸劇を知らぬ横島は、苛立ち混じりに吐き捨てる。美鈴は相変わらず苛烈な攻撃を繰り出し、その一撃一撃が横島の心に波を立てる。

 横島は怒り、落胆、疑問、それぞれが入り混じった感情に翻弄されていた。

 何故自分に決闘を申し込んできたのか。何故これほどまでに重い一撃を放ってくるのか。何故これほどまでに攻め立てられねばならないのか。美鈴は、自分に何を望んでいたのか。

 

 正直な話、横島は調子に乗っていたと言える。妹紅とフランと特別な関係になり、更に小悪魔やてゐ、妖精メイド達といった女の子から向けられる好意に、横島は知らずの内に根拠のない全能感に浸っていた。そして、美鈴も自分に特別な感情を抱いているのだろうと考えていたのだ。

 その矢先に正気を失っているらしい美鈴から決闘を挑まれ、苛烈な攻撃に晒され、それが今現在も続いている。

 正気を失っているとはいえ、何故決闘を挑んできたのか。美鈴は普段から自分と戦いたがっていたのは知っている。しかし、それでも。何故ここまで強烈な攻撃を打ち込んでくるのか。

 攻撃を弾くたびにビリビリと痺れが走り、攻撃を避けるたびに空気を切り裂く音が鳴り響き、攻撃を受け止めるたびに骨が軋みを上げる。

 

 ――横島は思う。美鈴は、もしかしたら自分を嫌っていたのではないか? と。そう考えてしまうほどに、美鈴の攻撃は容赦がないものだった。

 

 横島は自分勝手に“期待させやがって”と怒りを抱く。怒りを覚え、“何でここまでされなくちゃいけないんだ”と疑問を抱く。そして、“()()()()()()()()()()()()()()”と、落胆する。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 横島の思考に、一瞬の空白が出来る。

 

「横島さあああぁぁぁん!!」

「のわああああっ!!?」

 

 その一瞬の隙を突き、美鈴が横島に強烈な拳を叩き込む。間一髪防御は間に合ったが、威力を殺しきれず、そのまま思い切り吹き飛ばされる。

 夜の空、地面、観客達と目まぐるしく視界が移ろう中、横島の思考は先ほどのことで埋め尽くされていた。

 無意識に考えていたこと。当然とばかりに思っていたこと。だからこそ、怒り、落胆した。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――つまりだ。

 美鈴が自分に惚れているのではなく、()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……」

 

 それを理解すると共に、胸の中で渦巻いていた様々な感情が鳴りを潜める。納得できた。だから、自分はああまでおかしくなっていたのだ。

 改めて美鈴を見る。目は赤く光り、髪の一部は逆立ち、狂気に囚われて訳の分からない事を口走っているその姿は、正直百年の恋でも冷めてしまいそうな姿だ。

 

 ――それでも。それでも横島には、横島にとっては、そんな彼女が愛しく見えた。

 

「……しかし、どうしたらいいんだこれ。そもそも何を以ってこの決闘は終了すんだよ」

 

 頭の冷えた横島は美鈴の動きに注意しながら考えを巡らせる。何とかして美鈴を正気に戻す手段はないものか。どうしたらこの決闘を終わらせることが出来るのか。横島には皆目見当がつかない。

 美鈴に攻撃を加えて気絶させるのは却下だ。幾度も攻撃を加えておいて今更ではあるが、やはり好きな女の子を攻撃するのは嫌だ。では美鈴の攻撃を素直に食らってしまうのがよいか? これも却下だ。今の美鈴の攻撃をまともに受ければ、死んでしまうかもしれない。蓬莱人ではあるが、死の感覚を受けるのは嫌だ。

 

「……本当どうしよ」

 

 横島がどうにか穏便に事を済ませられないか考えているのと、美鈴の体が小刻みに震えだした。

 

「……ぅして……」

「……何だ?」

 

 それは小さな声だったが、やがて声量を増していき、ついには叫びとなって横島へと叩きつけられる。

 

「どうして!! 私の気持ちを受けてもらえないんですかあああぁぁぁ!!!」

「……ん?」

 

 どういうことだろう、と横島が首を傾げる。ちなみに観客の皆も同じように首を傾げていた。

 

「私は……! こんなにも……!! 横島さんへの想いを拳に込めているのにっ!!!」

 

 美鈴は叫ぶ。どうやら美鈴の一撃一撃が重いのは、横島への想いを込めているかららしい。

 美鈴の言葉を訳せば、つまりは大人しく私の攻撃を食らいなさいということなのだろうか。横島としてはご免被りたいところである。

 

「もういいです!! 直接言葉にしてあげましょう!! 横島さんはそのままで聞いてください!!」

「え、あ、はい」

 

 虹色のオーラを全身から発する美鈴の迫力に圧されたのか、横島は素直に構えを解き、聞きの体勢に入る。美鈴はオーラこそ荒々しいが、先ほどまでのように正気を失っているような雰囲気ではなく、もしかしたら狂気が抜けたのかもしれない。

 

「横島さん……私は洒落た言い回しとか、奥ゆかしい言い方とかは出来ない女です。ですから、こんな言い方しか出来ません……」

 

 突如始まった美鈴の告白(?)に実況も解説も仕事を忘れ、食い入るように二人を見つめる。観客達もここは空気を読み、固唾を呑んで静かに見守る。

 ……そして、その時は訪れた。

 

「私は……」

 

 美鈴が瞬間移動したかのように横島の間合いに滑り込む。――活歩。

 

「へ?」

「私は!!」

 

 爆発呼吸と共に震脚、十字勁によって威力を増した掌底が横島の鳩尾に叩き込まれる!! ――打開。

 

「ぐぶぇっ!!?」

 

 油断しきっていたところに入った強烈な一撃は、横島の意識を闇の中へと容易く追いやるほどの威力を持っている。しかし、横島の意識は未だ絶えず。

 

「貴方のことが!!!」

 

 美鈴は勢いを殺さず、自らの身体を回転させて肩と背中という大面積を横島の胸へと叩きつける!! ――貼山靠。

 

「あ……が……!!?」

 

 威力が完全に横島の身体を貫通し、彼が倒れるよりも先に美鈴の拳が唸りを上げて顔面へと迫る。視界の全てを美鈴の縦拳が覆い尽くす前に見えた美鈴の瞳は、未だ赤い光りを放っていたのだ。

 

 ――まだ、正気に戻ってなかったの……?

 

 警戒を解いたことを後悔する間もなく、横島の顔面に美鈴の拳が叩き込まれ、彼の体を軽々と大空へと吹き飛ばす!!! ――揚炮。

 

「――大・好き・ですッッッ!!!!」

「うっぎゃあああああああああああああああああ!!!?」

 

 横島は美鈴の絶招の一つ“熾撃『大鵬墜撃拳』”によって意識ごと吹き飛ばされ、頭から中庭に着地することとなった。

 静寂が中庭を支配する。皆色んな意味で開いた口が塞がらないようだ。そんな異様な雰囲気の中、残心を解いた美鈴は横島へと向き直る。

 

「横島さん、私の気持ちを受け止めて――――死んでる」

 

 死んではいない。ぴくりとも動かないが死んではいない。顔にトーンが貼られていないので死んではいないのだ。

 力なく倒れ伏す横島に狂気が段々と抜けてきた美鈴が駆け寄り、抱き起こす。

 

「誰が……一体誰がこんな酷いことを……!?」

「お前だ」

 

 上手く事情を読み取れない美鈴の頭に、レミリアの“ツッコミグングニル”がぶっ刺さる。

 

「あふん」

 

 美鈴は横島と折り重なるように倒れ伏した。横島の頭部は美鈴の豊満な胸に押し潰され、このままでは呼吸困難に陥ってしまうだろう。しかし、横島の表情は嬉しそうだった(周りからは見えないが)。好きな女の子の、しかも巨乳に押し潰されているのだ。顔が綻ぶのも仕方がないだろう。何せ横島は健全な男の子なのだから。

 

 

「……」

 

 二人が倒れ伏しても、尚沈黙は続く。しかし、てゐだけは己の職務を全うしようとマイクを強く握り締める。

 マイクを通してカタリと音が鳴り、皆が徐々に正気を取り戻していく。それを確認したてゐは大きく息を吸い、決闘の終了を宣言する。

 

「決まったーーーーーー!! 執事さん対美鈴!! この決闘を制したのは――――レミリアお嬢様だあああぁぁぁーーーーーー!!!」

「えええええぇぇぇーーーーーー!!?」

 

 てゐの言葉に椛は驚くが、他の皆は何ら疑問に思うことなくレミリアを称えている。いつの間にか流れが変わっていたらしく、まるでその為の右手と言わんばかりに拳を振り上げている。その姿は中々に神々しかった。

 

「意外な結果に終わった決闘でしたが、彼等の熱い戦い、そして決着。これらは皆さんの心に永遠に刻まれることでしょう。椛さん、今回はありがとうございました」

「えぇ……!? いや、良いんですかアレで!?」

「皆様、願わくば第三回目でまたお会いしましょう。実況は私因幡てゐ、解説は犬走椛さんでお送りいたしました」

「ちょっと皆さんスルースキル高過ぎません!?」

 

 てゐの言葉を皮切りに、皆が撤収作業に入る。ちなみにだが横島は妹紅とフランが、美鈴は永琳と鈴仙が永琳の部屋へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の光が室内を淡く照らす深夜。美鈴はふと目を覚ました。

 

「あれ、ここは……」

 

 未だ眠気が宿った目で周りを見れば、そこは見知らぬ部屋の中。はて、自分は一体何故こんなところで寝ていたのだろうか。

 上手く回らない頭で考えを巡らせるが、一向に答えは出てこない。それどころか眠気が意識を侵略してくる始末。そうして少々頭がふらついてきた時に、美鈴へと何者かが声を掛けてきた。

 

「目が覚めたのか?」

「うひぇ!?」

 

 一瞬で目が冴える。その声の持ち主は自分の隣のベッドに寝転がっていた。その声の主とは、もちろん横島である。

 

「よ、横島さん!? い、一体どうして横島さんが――」

「静かに。今はもう夜の二時過ぎてんだ。あんまり大声は出さないようにな」

「……!!」

 

 横島の言葉に徐々に記憶が甦ってくる。鈴仙に相談しに行ったこと。狂気の瞳の能力で正気を失ったこと、横島に決闘を申し込んだこと、そして、横島へと自分の想いを(文字通り)叩き付けたこと――。

 

「……!!」

 

 暗闇の中、美鈴の顔が赤く染まる。幸い明かりがないお陰で横島にばれることはないが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 ――どうして正気を失っていた時の記憶があるの!? こういうのって覚えていないものじゃないの!?

 

 美鈴は顔を押さえて身悶えする。羞恥やら罪悪感やら何やらで、胸が張り裂けてしまいそうだ。隣のベッドでそれを眺めている横島は美鈴の姿に苦笑を浮かべる。

 

「お互い今日は大変だったな。もう身体は大丈夫なのか?」

「は、はい! 大丈夫です!」

 

 美鈴は声を掛けられて身体を震わせる。声も上ずり、どもり気味だ。そんな美鈴の様子を見ない振りをし、横島は美鈴へと爆弾を投げる。

 

「なあ美鈴。()()()()()()なんだけどさ」

「……っ!!」

 

 横島の言葉に、美鈴の身体が硬直する。

 

「……本気、ってことで良いんだよな?」

 

 言いながら、横島は自分が寝ていたベッドから降り、美鈴のベッドへと腰を下ろす。隣に座られた美鈴は身を硬くするが、それも一瞬のこと。数秒の間を置き、美鈴は恥ずかしそうに小さく頷いた。

 

「……私は、横島さんが、好きです。いつの間にか、好きになってたんです」

「……」

 

 美鈴は横島に自らの想いを、狂気によってではなく、ちゃんと正気のまま言葉にする。今まで様々な葛藤があったのだろう。美鈴は体を震わせ、弱々しく俯いていく。

 

「私、三人目でもいいから横島さんの恋人になりたくて、でも一人じゃ勇気が出ないから鈴仙さんに相談して……そしたらあんなことになって……」

「あー……」

 

 横島は目を赤く光らせ、髪を一部逆立たせた美鈴の姿を思い返す。何であんなことになったのだろうか、疑問は尽きない。

 

「……でも、ご迷惑でしたら、全然、その……えっと……」

 

 美鈴の言葉が尻窄みに小さくなっていく。“断ってくれていい”と言いたいようだが、それを言葉に出来ない。言葉にしたら、自分は泣いてしまうだろうから。これ以上、好きな人に迷惑を掛けたくないのだ。

 

「……美鈴」

「……はい」

 

 横島に名前を呼ばれ、美鈴は顔を上げる。

 

「――――?」

 

 横島に向き直った瞬間、視界には彼の顔しか映らなかった。暗闇が支配する部屋の中でも、淡い月の光がその暗闇を和らげる。視界にはいっぱいになった横島の顔。そして、自らの唇に触れている、横島の唇。

 

「――――!?」

 

 キスをされた。

 気付いた時には既に横島は離れており、唇に微かなキスの余韻が残っているのみ。美鈴は信じられないとばかりに唇を押さえ、混乱が支配するままに横島を見る。

 

「俺も……」

 

 横島が真っ直ぐに美鈴を見据え、口を開く。

 

「俺も、美鈴が好きだ」

「……!!」

 

 美鈴の胸を、生涯初めての衝撃が襲う。今まで感じたことがないほどの、大きな大きな衝撃が。

 知らず、美鈴の頬を涙が伝う。それは嬉し涙。横島は申し訳無さそうに美鈴の涙を拭い、優しく抱き締める。横島が齎す温もりは、美鈴に安らぎを与えてくれる。

 

「……ごめんな、美鈴一人だけを選べなくて」

 

 横島から出た言葉は謝罪。美鈴は横島の腕の中で首を横に振り、気にしていないことを伝える。横島は妹紅、フラン、そして美鈴に罪悪感を抱きつつも、それでも傲慢に彼女達を自らのものであると心に刻む。

 

「……こんな俺で良ければ、傍にいてほしい」

「……はい。これからもずっと、傍にいさせてくださいね、横島さん……!!」

 

 月明かりが照らす室内。二つの影はもう一度だけ重なり合い、やがてまた二つに戻る。美鈴は横島の腕の中で安らぎに包まれたまま眠りに落ち、横島はそんな美鈴をベッドに横たえさせ、自らはしばらく美鈴の寝顔を観賞したあとで自分のベッドに戻る。

 

「明日目が覚めたら、理不尽な理由で攻撃しちゃったことを謝んねーとな」

 

 美鈴を見ながらそう呟いた横島も、やがて睡魔に負けて眠りに着く。

 

 二人の顔は安らぎに包まれている。

 月はそんな二人を淡く、優しく照らし続ける。

 それはまるで、二人を祝福しているかのように――。

 

 

 

第四十三話

『月明かりに照らされて』

~了~

 

 




そんなわけで美鈴も横島の恋人になりました。
彼女の胸囲的な戦闘力は、横島の理性を苦しめていくでしょう。



友人に「何でお前の書くチルノは強そうな雰囲気になってんの?」と聞かれました。
やだなあ、何を言っているんだ。チルノったら最強なのよ?
きっとレティだって敵わないさ。

……チルノ編はまたいつか遠い彼方。

次回は影狼さんの出番かなぁ……。



ちなみに野馬分鬣ですが、実は『鬣』という漢字は使われていないんですよね。環境依存文字だったので『鬣』という漢字を使いました。大丈夫、意味は同じです。

それではまた次回。

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