東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

すいません、天狗3人娘は尺の分量を盛大に間違えたせいで、多分次回の登場になります。多分。
天狗3人娘の登場を待っていた方々には申し訳ありませんが、多分次回に登場しますので。
多分。多分ですが、次回までお待ちください。次回こそは多分。


第三十八話『青天の霹靂』

 

 文達が話していた時より、時間は少々巻き戻る。

 『男』の異変が解決した日の翌日、時刻は午前の8時。その時間に、1人の男が目を覚ました。

 紅魔館の執事、横島忠夫である。

 普段の彼からすれば、それは余りにも遅過ぎる起床だ。しかし、これにはちゃんとした理由がある。

 横島は自らの主、レミリアから2日程休みを言い渡されたのだ。

 横島は『男』との戦いで瀕死の重傷を負い、挙句蓬莱人へとその身を変化させた。身体のダメージは蓬莱人の特性故にすぐ治ったが、それでも精神的な疲労は色濃く残る。

 だからレミリアは横島に休養を取らせたのだ。その時の横島の目に涙が溜まっていたのは、気のせいではあるまい。

 

「ん……」

 

 声にもならぬ吐息が漏れた。目覚めた横島がまず最初に感じたのは、身体の重み。それは精神から来る重みでも、肉体のダメージから来る重みでもない。何かが上に乗っている、物理的な重みだ。

 

「……やっぱりこいつらか」

 

 視線を自分の身体へと移す。まず目に入ったのは、自らの身体の上ですやすやと寝息を立てる三号の姿。その後右腕と左腕に目をやれば、腕に抱きつくように――というよりは巻きつくように寝ている一号と二号の姿。感触からすれば、脚にも誰かが抱きついているようだ。

 

「ふうー……」

 

 横島は大きく深呼吸をし、全身の霊力を活性化させる。そのまま霊力を身体の表面に纏う。これにより、横島は霊力による膜を形成した。この膜の効果により、横島と一号達の間にごく僅かな隙間が出来た。

 

「――ふっ」

 

 その隙を見逃す横島ではない。横島は一瞬の内に脱力し――“にゅるん”と、まるで軟体動物のようにベッドから抜け出した。相も変わらず人間離れした男である。

 その後横島は伸びをして身体の凝りをほぐし、カーテンを開けて朝の陽光を部屋に取り込んだ。

 

「おー、いい天気だ。昨日の雨が嘘みたいだな」

 

 爽やかな朝の日差しを浴び、横島の身体が徐々に覚醒していく。そしてその陽光は未だ眠っている一号達の意識も覚醒へと導いた。

 

「……あれ、よこしまさん……?」

「お、目が覚めたか?」

 

 横島は眠そうに目を擦る一号の頭を撫でる。わしゃわしゃという、その少し強い感触が一号の眠気を体外へと押しやった。

 

「あ……おはようございます横島さん。もう身体のほうは大丈夫なんですか?」

「おう、へーきへーき。たっぷりと寝たし、暴れたりとかしなきゃ問題ねーよ」

 

 一号の問いにそう返した横島は、また一号の頭を撫でる。心配してくれたのが嬉しかったのだろう。一号もご満悦だ。

 横島達がそうして和んでいると、他の3人も目を覚まし、もぞもぞとベッドから這い出てくる。

 

「んー……」

「おはようございますー……」

「執事さん、身体は大丈夫なの……?」

 

 眠そうにしながらも二号と三号が横島へと頭を擦り付ける。これは妖精メイド達の中で流行っている行為で、ようは「頭を撫でろ」という意味だ。横島は少々呆れた顔をしつつも2人の要望に応えてやり、多少荒っぽく撫でてやる。哀れ2人の頭が揺れ動き、髪は起き抜けというのを差し引いてもボサボサとなってしまった。

 

「お、脚にくっついてたのはてゐちゃんだったのか。身体は問題ないよ。特にしんどいってのもないしな」

「……ん、それなら良かったよ」

 

 横島の返答に納得したのか、てゐは二号達に倣うように横島へと頭を擦り付ける。これには横島も苦笑を浮かべ、てゐの頭を撫でてやった。二号達とは撫でる強さが違ったので、二号達に贔屓だ何だと騒がれたのは止めてほしかったが。

 

「……」

 

 そんな二号達に絡まれている横島を、てゐは神妙な表情で見つめる。てゐが横島のベッドに潜り込んだのにはある思惑があったのだ。

 それは、横島に自分の能力を浸透させること。てゐの能力は『人間を幸運にする程度の能力』だ。横島が重傷を負った時に自らの能力を使っていれば、と考えたのを実行に移したのである。

 そうして深夜にベッドに潜り込み、横島の身体に抱きついて能力を行使。これで彼は幸運に恵まれるはずだ……と思ったのだが、どうにも妙な感覚に囚われる。

 それはてゐにも上手く言葉に出来ないような感覚だ。ほんの僅かな、ともすれば全く気付かなくてもおかしくはないような、些細な違和感。

 そう、それはまるで大き過ぎるが故に相手の存在に気付かないような。自分の能力なぞ歯牙にもかけないほど強力な存在に()()()()()()()ような、そんな感覚。

 てゐはその感覚に数分程悩まされたが、それでも横島に自らの能力を発動した。彼には自分が幸運を授けるのだと、巨大な何かに宣言するかのように。自らの愛する者の、助けとなるために。

 

「ま、何かの足しにはなるでしょ。継続は力なりってね」

 

 てゐは自らの能力の出力の弱さに溜め息を吐きたくなるが、それでも前向きに考えることにする。毎日同じようにすれば塵も積もって山になるだろう、と。

 

「さて、朝飯の時間まであと少しだし、とっとと用意して食堂に向かおうぜ」

「はーい!」

 

 横島の音頭に皆が元気良く返事をする。洗顔、歯磨き、着替え。それらを済ませた一行は、一塊となって食堂へと向かった。ちなみに横島の服装は紫が用意してくれたTシャツとジーパン。髪も最近では珍しく下ろしているので、いつもの大人びた雰囲気ではなく年齢相応の外見となっている。そんないつもとは違った魅力を放つ横島が隣にいるのだから、一号達はるんるん気分で鼻歌なぞ歌っている。

 

 ――食堂にて横島に負担をかけたとして、咲夜から大目玉を食らうとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

第三十八話

『青天の霹靂』

 

 

 

 

 

 

 食堂に着いた横島は食堂の雰囲気……というか、紅魔館そのものに漂う雰囲気に冷や汗を流していた。

 

 ――っべー、何だよこの雰囲気。まじ、っべーわ。

 

 余りの動揺に言葉使いが乱れている。それもそうだろう。食堂に着くまでに、横島は妖精メイドの何割かに何かを期待するような目で見られた。

 それはやたらと熱が篭っていたというか、想いが篭っていたというか……。今もそんな目で見られている。しかも妖精メイドだけでなく、小悪魔やてゐ、そして他の者達よりは格段に劣るが美鈴にも。ちなみにだがフランはまだ意識が戻っておらず、妹紅はすやすやとおやすみ中である。

 

 理由が分からない横島は気分を変えるためにとある場所を見る。そこは食堂の隅。その場所には頭に特大のたんこぶを乗せた一号達が折り重なるように倒れていた。

 咲夜によるお仕置きの結果である。既に完治しているとはいえ、昨夜とんでもない重傷を負った横島に対して負担をかけた事を咎められ、げんこつを受けたのだ。

 横島の視線に釣られたてゐが一号達を見て、頬を引きつらせる。今回は理由が理由だけに見逃されたが、一歩間違えれば自分もああいう目に遭っていたのだ。しかも咲夜ではなく永琳の手によって。もしかしたら冗談抜きで命拾いしたのかも知れない。

 

 さて、朝食はそのまま恙無く終了し、一応はまったりとした空気が流れている。だが、良く見ると横島の様子がおかしい。注意して観察してみれば、彼は紫と永琳にアイコンタクトを試みているようだ。

 当の紫達は勿論横島の視線に気付いている。気付いているのだが、横島の慣れていないサインの出し方が面白くて、少しの間だけ静観しようとしているのだ。

 横島は妖精メイド達に絡まれつつも、時折紫達をチラチラと見ながら“バチーン”とウインクを決めている。その様が面白いのだ。

 横島は紫達が気付いているのに動いてくれないことに気付いているので、少々焦って若干涙目になってきた。パチュリーはそんな横島を眺めて頬を紅潮させ、「むきゅー」と鼻息を荒くしている。

 

「あー、横島? 後で話があるからいつものゲストルームに来なさい。皆もそろそろ仕事に戻るように」

 

 さて、そんな横島の様子を見かねて助け舟を出すのはこの方、レミリアお嬢様だ。横島がレミリアに抱く感情が感謝や尊敬、それに類する物から崇拝に変わるのは、そう遠い未来ではないのかも知れない。

 

「何だ、つまらないの」

「永琳……まあ、私も人の事は言えませんけれど」

 

 いつもなら不満そうに呟く永琳を咎める紫だが、今回はそうもいかない。永琳と一緒に横島を苛めたのは自分である。しかし、紫はパチュリーが横島を苛めたいと言った気持ちが分かるような気がした。彼の涙目は可愛い。これは是非とも旧地獄に住んでいる友人、さとりにも見せてあげたい。紫は密かに横島の泣き顔にはまりつつあった。

 

 一方その頃の地霊殿。趣味の小説を執筆していたさとりは何故だか急に頭に“ピキュリリリリリンッ!”と飛び込んできた謎の映像を見て、一切の動きを止めた。数秒……あるいは数分間が経ち、さとりは頬に手を当てて、熱が篭ったように呟く。

 

「……可愛い、ですね」

 

 ほぅ……と息を吐くさとり。彼女の肌は、心なしか先程までより艶めいているようだった。

 

 

 

 

 所変わってゲストルーム。そこには横島とレミリア、咲夜。紫と永琳。そして何故かパチュリーがいた。

 

「何でパチェまで?」

「暇つぶしに」

 

 何とも単純明快な理由であった。それを聞いて横島が数少ない窓の向こうを見つめる。彼の心とは裏腹に快晴だ。

 

「それで、一体どうしたの? 紫達に下手糞なウインクまでして」

「あー……簡単に言えば、いつも通り相談事、っすね」

 

 レミリアの問いに、横島は視線を逸らして答えた。それを見て、紫と永琳がピクリと反応する。どうやらたったあれだけの仕草で大体の見当を付けたようだ。

 

「相談事ね……。それはともかく、妹紅と恋人同士になったんですって? おめでとう、横島君」

「ああ、そういえばそうだったな。おめでとう」

「いやあーそんな! うは、うははっ!!」

 

 永琳は一先ず話題を逸らし、横島と妹紅の関係が進展したことを祝福する。永琳に倣い他の皆も祝いの言葉を贈り、それを受けた横島は大変照れ臭そうに頭をガシガシと掻き、妙な笑い声を上げている。このように妹紅の事を考えるだけで心がどうしようもないほどに熱を帯びるのだ。()()以来の感覚に、横島も浮き足立っているのかも知れない。

 

「――で、その妹紅に関して何か後ろ暗い感情があるのかしら?」

「――ッ」

 

 ピシリ、と。永琳の言葉を受けて横島が石化した。レミリアとパチュリーは単純に興味深そうに、紫と咲夜はそんな横島を冷ややかな目で見つめる。

 

「それで、どういうことなの? 妹紅のことが好きじゃない、ってわけじゃないんでしょ?」

「そ、そりゃー勿論っすよ! 俺はアイツのことが好きっすから! ……はっ!?」

 

 横島は全てを言い終えてから気付いた。皆がニヤついているのである。全ては横島をからかうための布石だったのだ。

 

「あああああああああ!!?」

 

 横島は真っ赤になった顔を両手で隠して床をゴロゴロと転がる。その様は非常に楽しいものだったのだが、パチュリーが「埃を立てるな!」と横島を魔法陣から射出した鎖で拘束。椅子に雁字搦めで縛りつけた。両手も後ろ手に縛られているので顔も隠せない。

 

「それでー? 妹紅の何が不満なの?」

 

 再度の永琳の問い。横島は暫くの間口を開閉したりしてもごもごとしていたが、やがて覚悟を決めたのか、ゆっくりと話し始めた。

 

「いや、妹紅に不満がある訳じゃないんすよ。何つーかですね。妹紅って何か知らないんすけど、ハーレム容認派みたいでして」

「ああ、彼女は一夫多妻制だった平安時代の人間だからね」

「え!? 平安時代ってそうだったんすか!?」

 

 現代日本の結婚制度は一夫一婦制が法的に定められている。妻が2人以上存在すると重婚とみなされ、違法となってしまうわけだ。だが、平安時代では一夫多妻であることが一般的であり、男は妻を何人娶っても良いとされていたのだ。

 より多くの女性を養うこと。それが当時のステータスだったのである。

 しかし正妻は1人だけであとは妾。妹紅と輝夜が話していた知性や家柄で正妻が決まるのだ。そして全員が一緒に住むわけではなく、夫が妻のもとへと赴く“通い婚”が主流だった。

 

「――という訳で、現代と平安時代では結婚観そのものが違ったの。もっと細かいルールもあったのだけれど、今回は省きましょう」

「ほぇー、なるほど。さすが紫さん。物知りっすね」

「ふふ、ありがとう」

 

 紫が平安時代の結婚について皆に説明をする。横島はどことなく馬鹿にしたような物言いをしているが、彼は紫に本気の賛辞を贈っている。紫もそれを理解しているのでにこやかに感謝を述べるのだった。

 

「んーで、話を戻しますけども。その、妹紅とそういう関係になったばっかなんすけど、他にもその……かなり気になる子がいまして……」

「ああ、なるほどね」

 

 特定の女の子と恋人関係になったというのに、他の女の子にも惹かれていたら、それは後ろ暗いなんてものではないだろう。いくら妹紅がそういうのに寛容な価値観を持ち、横島がハーレム願望を持っているとはいえ、いざ本当に別の女の子にも手を出すとなると、非常に重い罪悪感を抱いたようだ。

 

「あー、妹紅が気にしなくても、お前の方がかなり気にしているわけか。何というか、かなり意外だな」

「そうね。横島のことだから、皆まとめてワイのもんやー、とか言って一気に食い散らかすと思ってたんだけど……」

「分かってはいましたけど酷くないっすか……」

 

 レミリアとパチュリーの言葉に横島はるーるーと涙を流す。自分でも理解はしているのでダメージは少ないが、それでも傷は受けるのだ。

 

「それで、気になる子っていうのは誰のことなの? やっぱり、順当にいって輝夜かしら?」

「美鈴じゃないの? 普段から仲が良いし、本命ってことで」

「じゃあ私は大穴で鈴仙で」

「それじゃあ私は小悪魔で」

「皆さんノリノリですね……」

 

 皆がそれぞれ予想を立てている様を、咲夜は冷や汗混じりに見つめる。皆が互いの名前を出さないのは、もし当たっていた場合、色々と困ってしまうからだろうか。咲夜としては案外レミリアがそうなのではないかと思っている。まあ、当たっていた場合には冷静さをかなぐり捨ててしまうかもしれないが、誰かを想うことに罪は無いだろう。

 咲夜もそれは理解している。理解しているがそれを飲み込めるかは別問題だ。なので、自分の予想が当たっているか横目に横島を観察してみると、何やら面白いことになっている。全身を冷や汗で濡らしているのだ。もしかしたらこれは当たりだろうか?

 

「どうしたの、横島さん?」

「ぅえっ!?」

 

 咲夜は少々大きめの声で横島に話しかける。その声に横島はびくりと身体を震わせ、予想を言い合って楽しんでいた他のメンバーも横島に注目することとなる。

 

「あら、これはもしかして……」

 

 永琳が横島の様子を見て、もしや自分達が出した予想の中に答えが出ていたのではないかと思う。それは皆も同じだったのか、皆の表情が瞬間的にニヤニヤとしたものに変わる。

 

「で? 誰なのよ、言ってみなさいよ」

 

 レミリアが横島を肘でつつきながら催促をする。その表情は実に楽しそうだ。横島はそんなレミリアの顔を真っ直ぐに見ることが出来ない。彼は()()()()()()後ろ暗い感情があるのだ。横島は思わず両手で顔を押さえてしまう。

 

「――ちゃん、です」

「んー?」

 

 覚悟を決めたのかは定かではないが、横島は搾り出すようにその相手の名前を出す。上手く聞き取れなかったレミリアはより顔を近づける。そして、その名前を聞いた。

 

「気になってるのは……フランちゃんなんです」

「――」

 

 先程よりも大きな横島の声。それはその場にいた者達の鼓膜を震わせ、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚を抱かせた。

 

「――――えええぇぇ!?」

 

 皆の悲鳴のような声が部屋中に響く。

 

「横島君、ついにそっちに目覚めたのね!!」

「あれほど自分はロリコンじゃないって言っていたのに……2人の間に何があったのか、気になりますわね」

「私の予想も、けっこう好い線を行っていたのね……」

「……というかいつの間に私の拘束を外したのよ!? さりげなく物理法則を無視しないでくれる!?」

 

 皆が口々に驚愕の声を上げる。それもそうだろう。紫の言うように、横島は自分はロリコンではないと頑なに主張していた。そしてそれが真実であることも皆は知っている。少なくともフランくらいの見た目年齢の少女を恋愛対象として見たり、性的興奮を覚えたりはしていなかった。

 となれば、自分達が知らない間に2人に何かがあったと考えるのは自然なことだ。それが一体どんなことなのか気になるのは当然のこと。しかし、今はそれよりも気になることがある。

 レミリアだ。ご存知の通り彼女はフランの姉であり、妹を大切に想っている。フランに仇なす者がいるのなら、レミリアはその者を生かしてはおかないだろう。横島が全身を濡らす程に冷や汗をかいていたのはそのためだ。

 自分は一体どんな仕打ちを受けるのか……それを考えると震えが来る。横島と他の皆はレミリアに注目する。――しかし。

 

「……ふむ。そうか、フランのことが気になるのか」

 

 レミリア、意外にもこれを冷静に受け止める。これには皆も拍子抜けだ。横島は恐る恐る彼女に意見を聞く。

 

「あ、あの~……。俺に対して何かお仕置きはないのでしょーか……?」

「あー?」

 

 その横島の言葉にレミリアは「何言ってんだこいつ」といった表情を浮かべる。

 

「いや、別にアンタがフランに恋愛感情を持ったくらいでそんなことはしないわよ。第一フランはアンタに惚れてんのよ? アンタがフランの気持ちを踏みにじったりとかそういうことでもしない限り、私は応援するわよ? ……アンタのことは信頼してるしね」

 

 何とも大人な意見を言ってくださった。レミリアのフランに対する愛情の程が窺える。そして、横島への信頼もだ。

 フランは元々情緒不安定であったため、かつてのままだったならばレミリアもこれを良しとはしなかっただろう。だが、現在のフランはレミリアと横島の尽力で格段に安定している。

 横島ならば、良いだろう。それがレミリアの結論だった。

 

「お嬢様……!!」

 

 その自分に対する多大な信頼に、横島は感動する。横島は涙を浮かべ、俯いてしまう。巨大な感動と、それと同じくらいの()()()()()でまともに顔を見れないのだ。

 レミリアの顔を見れないのは横島だけではなかった。他の皆も同様にレミリアから視線を逸らしている。彼女の言葉を聞き、何だか無性に自分が恥ずかしくなったのだ。咲夜は「これが天使……」などとわけの分からないことを呟いている。

 

「まあ、あれよ。私は2人の仲を……3人? 3人の仲を応援してるからさ。私に遠慮せずにフランに気持ちを言ってやってよ」

「お嬢様……」

 

 レミリアは横島の肩をポンと叩く。まるで彼女の気持ちが伝わってくるかのような、暖かさが宿ったその手。横島はその手を認識しながら、血を吐くような思いで自らの更なる心情を吐露する。

 

「お嬢様……俺は、迷ってるんすよ。確かに俺はフランちゃんのことが気になってますし、フランちゃんが俺のことを……好きだってことも知ってます。でも、それでフランちゃんの気持ちを受け入れていいものかどうか……」

「ほぅ……?」

 

 ミシリ、と。横島は自分の肩の骨が軋みを上げる音が聞こえた。

 

「あんなことを言っておきながら、フランを受け入れないと……?」

 

 横島は冷や汗が止まらない。相変わらず肩には激痛が走っている。爪が皮膚に食い込んで……というか、突き破っている気がする。でも恐怖でそこを見るのが怖い。もしかしたら既に肩そのものが握りつぶされ、千切れ飛んでいるかもしれないからだ。

 

「まずは理由を言ってみろ。何を迷うことがあるんだ? あんまりふざけてるとグングニるわよ? 思いっきりグングニるわよ?」

 

 横島の恐怖が加速した。横島の肩を掴むレミリアの手に、誰かの手が触れた。咲夜が割って入ってきたのだ。助けが来たのだろうか?

 

「お嬢様、まずは理由を聞いてみましょう。グングニるのはその後でもいいはずです」

「……そうね。グングニるのは理由を聞いてからにしようか」

「グングニるの前提で話を進めるのは止めてくれませんかねぇ……」

「ていうかグングニるって何よ……」

 

 グングニ・る【グングニる】

 [動ラ五詞]

 神槍『スピア・ザ・グングニル』を相手に投げつけること。また、神槍『スピア・ザ・グングニル』を相手に突き刺すこと。

 類語→ドリる

 

「それで、何で迷ってんのよ?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないレミリアに、横島は罪悪感が募る。だが、これだけはどうしても必要なことなのだ。どうしても、言っておかなければいけないことなのだ。

 

「……フランちゃんって、見た目10歳くらいですよね」

「あん? ……そうね」

「……フランちゃんが気になるっていうのは、つまり俺の守備範囲がそれだけ下方向に拡大しているということ」

 

 横島のその言葉に、部屋が異様な雰囲気に包まれる。誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。何故か皆に緊張が走っているのだ。

 

「そんな状態でフランちゃんを受け入れたら……受け入れたら……他ならぬ俺の手によって、妖精メイド達を含む紅魔館の住人全てに貞操の危機が訪れてまうやないですかあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」

 

 ――ガラタアアアァァァァンッ!!!

 

 横島の魂の叫びに呼応するかのように、突如空から雷光が迸った。

 窓の外を見れば、いつの間にか空には分厚い雷雲が立ち込めている――ように見えた。ほんの一瞬だけ。

 

「OH……」

「……確かに、とんでもない問題ではあるなぁ、これは……」

「ええ、流石に……ねぇ」

 

 横島が話した理由。それに皆は納得を示した。彼女達は横島が妹紅に飛び掛ったり紫や永琳に飛び掛ったりしたところを見ている。それが紅魔館の住人全てに行われるとなると……。

 

「あー……躊躇する気持ちは分かるなぁ。これはちょっと、ね」

「ですよね!? 考えてもみてくださいよ!! 例えば俺がお嬢様に血を吸われている時に、その時の体勢を利用してお嬢様の身体をまさぐったりとか!!」

「……ほほう?」

「永琳先生をマッサージしている時に『おーっと手が滑ったー!!』なんつってそのチチを揉んだり!!」

「……へぇ?」

「パチュリー様の本を取ってくるついでにパチュリー様の耳元で官能小説の内容を囁き続けたり!!」

「むきゅぅ……」

「咲夜さんに料理とか教えてもらいながら油とかでヌルヌルの手でシリやフトモモを触りまくるかも知れないんすよ!!?」

「なるほどね。それはそれとして、貴方は私のナイフを食らいなさい」

「ありがとうございまア゛ア゛ァーーーーーーっ!!?」

 

 横島はちょっぴり漏れ出した煩悩のままにあるかもしれない可能性を挙げていく。皆はそんな横島に女としての危機感を抱きながらも、それ以上に「しょうがない奴だな」といった呆れた視線を送る。咲夜はその視線と共にナイフを3本程プレゼントしたが。

 横島は頭部にナイフが突き刺さりながらも咲夜に感謝する。それは頭に煩悩と共に上りすぎた血を抜くことが出来たからで、決して咲夜にナイフで刺されたことが嬉しいわけではない。決して咲夜にナイフで刺されたことが嬉しいわけではないのだ。

 

「……横島君の言い分も分かるけれど、それでフランの気持ちを受け入れない、と言うのもねぇ……」

 

 事の重大さを理解しつつも、紫はフランのことを考えて溜め息を吐く。振られる理由がこんなのでは、自分だったら相手をスキマ送りにして()()を施してしまうだろうと思い至る。フランはそんなことをしないだろうが……あるいは、また地下に引きこもってしまうだろう。

 横島も迷っている、自分たちに相談する、ということからフランに対する想いは受け入れる側に比重が置かれているのだろう。問題は、受け入れた後の自分の振る舞いというわけだ。何とも、何とも妙な話である。

 

「……取り合えず、一度フランに会ってから決めたらどうかしら?」

 

 一先ず問題を先送りにし、パチュリーが提案する。

 

「永琳の見立てでは、フランは午後には目を覚ますんでしょ? だったらその後のフランのお世話を横島に任せて。……休養中の横島には悪いけどね」

「ああ、いえそんな。……でも、良いんですかね? 俺がそんな……」

 

 パチュリーの言葉に横島は恐縮する。レミリアに目をやれば、彼女は「うーん」と唸りながら思案中のようだ。それから数秒、ゆっくりと目を開けたレミリアは横島に向き直り、彼に頼みごとをする。

 

「悪いけど、パチェの言う通りフランのお世話をしてもらうわ。『アイツ』との事であの子も色々とアンタに話したい事もあるかもしれないしね」

「……そうっすね。『あのヤロー』との事に関しては、俺もフランちゃんに話したいことがありますしね」

 

 果たして、レミリアはその事を知っていたのだろうか。ともかく、横島はフランと一度話をしようと心に決める。そう考えるだけで彼の心は熱を持つようになっているのだが、彼はその事に気付いているのかどうか。

 恋人となった妹紅の事を考えるのと同様に、フランの事を考えるだけでそうなるということは、つまりはもう答えなどとっくに出ているのだということに。

 

 

 

 

第三十八話

『青天の霹靂』

~了~

 




お疲れ様でした。

ちなみに横島の気になる相手についてそれぞれ

紫→輝夜
レミリア→美鈴
永琳→鈴仙
パチュリー→小悪魔

こんな感じで予想していました。

さて、横島君はどうなってしまうのでしょうか。



ところでニュータイプの音って文字に表すの難しいですよね。一説(?)によればキロリロリーンだとかティキーンだとからしいですが、個人的にはピキュリリリリリンと聞こえます。


……いや待てよ? 今回の話と絡めて考えてみよう。
横島がロリに堕ちかけている。効果音がキロリロリーン
横島……ロリ……キロリロリン……

横島……キミ、ロリ……!?

(いや、よそう、俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない)

それではまた次回。

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