東方煩悩漢   作:タナボルタ

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どうも、お待たせしました。

最近になってモンハン3rdにはまっているタナボルタです。

一番好きなのはジンオウガです。


今回のお話で導入部分みたいなのはお仕舞いです。
と言っても横島はあれですが。

それではまたあとがきでお会いしましょう。


第三話『長かった一日が終わって』

 逢魔が時にほど近い空。黒と朱の空の合間を、少女の一団が文字通り飛んでいる。目指す先は迷いの竹林。その中に存在する永遠亭だ。

 

 藍の隣を飛んでいる霊夢は、藍が抱えている橙について質問を投げかける。

 

「今更だけどさ、アンタさっき橙は置いていくって言ってなかったっけ?」

 

「ん? ああ、私も最初はそのつもりだったんだが……。あんなことが起こったからな。紫様に命の危険が無いのは伝わってくるんだが、橙も紫様の側に居たいだろうし、な。……というか置いていく方が心配になって……」

 

「ああ……。確かに……」

 

 藍からの返答は実に理解出来るものだった。何だかんだ言っても藍は過保護なのだ。それは自らの主に対してもそうだし、橙に対しても変わらない。だからこそ彼女は心労を溜める一方なのだが……。彼女はどことなく、それすらも楽しんでいるような節が存在する。もしかしたら『マ』のつく人なのかも知れない。

 

 一団の最前列を飛行する妹紅と輝夜。彼女達はお互いに横島を気にしながらも雑談を続けている。

 

「で、どうなんだ輝夜? こいつの顔に覚えはあるか?」

 

「う~~~ん……。多分だけど、無いと思う。私達は長いこと永遠亭に引きこもってたから、他の誰かと会うことも無かったし……。まあ、妹紅が帝から強奪したみたいにお爺さんとお婆さんに渡した蓬莱の薬を奪って飲んだっていうのなら、私が知らなくても当然なんだけど……」

 

 輝夜は自らを養ってくれた老夫婦を思い出したのか、表情が曇る。後で聞いた話だが、あの二人は何者かにより殺されたらしい。その犯人がこの男なのだとすれば、自分は迷わずこの男を殺すだろう。何度も何度も、殺して殺して殺し尽くす。自分が蓬莱人となったのを後悔させ、心も殺し、絶望すらも枯れ果てるまで、殺して殺して殺し尽くす。

 

「ま、この人が犯人だったらだけど……」

 

「あん……? まあ見覚えがないならいいけど……。今思えば、こいつは『蓬莱人』ってわけじゃなさそうだな。私達やお前んとこの薬師みたいな感じはしないし……。妖怪でもないみたいだし、恐ろしく頑丈な人間……なんじゃないかなぁ、多分」

 

 流石の妹紅も自信はないらしい。確かに石畳に頭部が完全にめり込む程の勢いで墜落したというのに、本人は気を失う程度で済んでいるのでは、自分達と同じ『蓬莱人』であると疑うのも仕方がない。

 

 蓬莱の薬を飲んだ者は蓬莱人と呼ばれる存在となる。それは所謂『不老不死』だ。肉体ではなく魂を主軸とし、如何なる場所にでも肉体を復活させることが出来るという。

 

 今現在蓬莱人は幻想郷に三人が存在する。即ち藤原妹紅、蓬莱山輝夜、そして八意永琳である。その内妹紅と輝夜は過去のとある出来事から憎しみ、殺し殺され合う関係だったのだが、最近はその感情も昇華されたらしく、『仲良く喧嘩する(殺し合う)』仲となっている。語弊があるが、簡単に言えばお互いに多少デレたということだ。

 

「師匠なら何か解りますかね?」

 

「まぁ、解るでしょうね。なんてったって永琳だし」

 

「だろうなぁ」

 

 そんな『喧嘩するほど仲が良い』を実践している二人に問いかけるてゐを背負った鈴仙は、妹紅に担がれている横島を今更ながらに観察していた。

 

(あ、もう血が止まってる……。本当に人間なのかしら……?)

 

 鈴仙は横島の人外じみた回復力に舌を巻く。師匠なら面白がって解剖しようとするだろうなぁ……、なんて考えていたりもするようだ。そして、永琳のことを思い描いたせいか、鈴仙は何故か先程から背中にしがみついているてゐの様子を訝しく思う。

 

「……何かブルブル震えてるけど、何かあったの? 背骨に液体窒素を流し込まれたような、みたいなこと言ってたけど……。ていうか何で背中にしがみついているのよ?」

 

 てゐは鈴仙の背中に埋めていた顔を上げ、顔をこちらに向けている鈴仙と目を合わせる。

 

「いや、何か分からないけどとてつもない悪寒が……。くそ、マジに震えてきやがったウサ……」

 

 てゐは動揺のあまり語尾がウサになっている。普段の飄々とした姿からは想像が出来ない程の狼狽えっぷりだ。

 

 流石に気になったのか、最後尾に付いていた文と魔理沙も横に並ぶ。

 

「アレだよ、もしかしたら永琳に悪戯したとか、薬を入れ替えたとかそんなんじゃねーのか?」

 

「そうですね、もしかしたら今回の原因もそれかも知れませんね。あははは」

 

 魔理沙と文はそう冗談めかして笑う。だが、てゐはその発言にどこか心当たりがあるのも確かだった。

 

(まさか……。いやでもあの薬は鈴仙用の分かりやすい罠だったはずだし、何よりあのお師匠様が引っかかるわけないし……。ああ、でも天才すぎて一周回ってるところもあるしなぁ……)

 

 ぐるぐると頭を過ぎるのは永琳が分かりやすい罠にハマった姿。不安もあるが、てゐはこのまま永遠亭に向かうことにした。ここで逃げては後でもっと『大変な目』に合う……。そんな予感がしたのかもしれない。

 

 各々が雑談しながらも飛ぶこと更に十数分。ようやく迷いの竹林が見えてきた。

 

「うわぁ……」

 

「ふむ……。今回は道案内は必要ないな」

 

「あやややや、丸見えですね」

 

 そう。文の言うとおり、永遠亭の姿が晒されている。

 

 普段ならば鬱蒼と茂った竹や、竹林を覆う霧のせいで、例え上空からでも永遠亭の姿を見ることは叶わない。だが、今は違う。永遠亭の周囲20メートル程の竹は吹き飛び折れ曲がり、霧に至っては竹林から消え失せている。

 

 また、永遠亭の状態も酷いものだ。診察室の天井が紫の妖力の柱で吹き飛ばされたのか、破片が永遠亭全体に降り注ぎ、場所によっては完全に崩れてしまっている。それ以外でも被害を受けていない場所など無く、ほぼ全ての壁面には大きな罅が入っていた。

 

「あ、あわわわわ……! し、師匠!? 師匠ーーー!!」

 

「わ、私のコレクションとか……大丈夫かなぁ……?」

 

 ボロボロの永遠亭を見た鈴仙は大慌てで飛んでいく。輝夜もここまでの惨状は想像していなかったのか、顔色を蒼白にしている。ただ、彼女の持つ神宝等は特別頑丈な部屋に置いてあるのが救いか。

 

「師匠ー! 大丈夫ですかー!? 師匠ー!」

 

 鈴仙は声を張り上げ、てゐを半ば振り回しながら永琳を探す。その大声を聞いたからか、お目当ての人物はすぐに現れた。

 

「はいはい、私は無事よウドンゲ」

 

「師匠! 良かった、無事でしたか……」

 

 永琳の普段と変わらぬ様子にホッと息を吐く鈴仙。その周りに他の者達も降り立った。

 

「突然大勢で押し掛けて申し訳ない。紫様の無事を確認しに来たんだ。それと急患を連れてきた。それで、紫様は無事なのだろうか? いや無事なのは分かっているんだが、やはり不安でな。貴女の腕を疑っているわけではないのだが、これは仕方ないことだよな? だから紫様は無事なのかどうかを確認したいんだ。どうなのだろうか。何があったのだろうか。紫様がこんな大変なことを起こすなんて……。一体何があったんだ? 見ろ、橙もこんなに震えてしまっている。紫様が無事かどうか心配なのだろう。ああ、私だって心配だ。で、紫様は無事なのか?」

 

「紫が心配なのは分かったから落ち着きなさいな、八雲藍」

 

「むぐぐぐぐっ!? ……ふぅ」

 

 橙を抱きかかえて永琳に詰め寄る藍の顔に、永琳は何か液体の染み込んだ布を押し当てた。それだけで藍は何かスッキリしたかの様に落ち着いた。一体如何なる薬を用いたのだろうか。

 

「それじゃ紫が休んでる部屋まで案内するわ。そこならその人の治療も出来るしね」

 

 その言葉と共に永琳は屋敷の体裁を保っていない永遠亭へと歩き出す。鈴仙達は不安を顔に滲ませながらもついていく。

 

(ふふふ……逃がさないわよ、てゐ)

 

「ウサァッ!? ま、また悪寒がぁ!!?」

 

「ちょ、耳元でうるさい!」

 

 てゐの叫びが皆の不安を煽る。しかし、程なくして目的の部屋にたどり着き、その感情も紛れていった。

 

「輝夜、あなたの能力でこの部屋を『保たせて』ちょうだい。ウドンゲはもう一組布団を、てゐは皆の分の座布団でも用意して」

 

「はいはーい」

 

「了解です」

 

「わ、分かったよ」

 

 鈴仙とてゐは部屋の押し入れから布団と座布団を出し、妹紅が横島を布団に寝かせた。てゐは一人一人に座布団を渡していく。そして輝夜は永琳に言われた通りに能力を行使する。

 

 彼女の能力は『永遠と須臾をあやつる程度の能力』である。永遠とは一切の変化を拒絶し、永遠に姿を変えることのない状態にする力。この力は蓬莱の薬を作るのにも使用されている。

 

 対する須臾とは、人が認識することが出来ない程の一瞬を指す。乱暴に纏めてしまうならば、輝夜の能力とは時間を操ることとも言える。

 

「うーん……うーん……」

 

「凄い……私、寝込んでるやつが『うーん、うーん』って魘されてるの初めて見た」

 

「ああ、私もだぜ……」

 

「何に感動してるんですか、お二人共……」

 

 霊夢と魔理沙のどこかズレた反応に、メモ帳にネタを書き込んでいる文が苦笑しつつ答える。

 

「紫さま……。藍さま、紫さまは大丈夫でしょうか……?」

 

「ああ、私はラインが繋がっているからな。紫様は大丈夫だ」

 

 藍と橙はすぐさま紫の様子を確かめる。どうやら魘されている以外に目立った外傷は見当たらない。実は頭部からかなりの勢いで血を噴射したりしたのだが、もう既に治ってしまったようだ。紫の体が驚異的な回復力を持っていたのか、それとも永琳の薬が効いたのか……。

 

「八雲紫が大丈夫なら、そろそろこいつの治療をしてほしいんだが……」

 

 妹紅は横島を指差し、永琳に目を向ける。この放置されっぷりは流石に哀れに思ったのだろう。

「ふむ。――でもその前に……これで良しっと♪」

 

 永琳は横島の頭部の傷をちらりと見て、その後すぐに行動に移る。

 

「……あの、お師匠様」

 

「何かしら、てゐ?」

 

「いや、何で私の手足を縛って……?」

 

 ただし、それはてゐの両手足を複雑に縛り付け、自由を奪うことだった。てゐの言葉に眉をピクリと動かし、懐から何かを取り出す。

 

「理由は『これ』よ」

 

「げえっ!? そ、それは……!」

 

 永琳が取り出した物。それは、てゐが栄養剤とすり替えた精力剤のビンだった。それは紫が中身を飲み干したはずが、何故か半分近くまで液体が入っている。

 

「ま、まさかお師匠が引っかかった!? 分かりやすくラベルをズラして二重にしたり、下の文字が透けて見えるようにしてあったのに……!?」

 

「はいドーン」

 

「んむぐぅっ!?」

 

 てゐ曰わく分かりやすい罠に引っかかった腹癒せか、永琳はそのビンをてゐの口に突っ込み、中身を無理やり飲ませる。

 

「あなたのせいで紫があんなことになったんだから、ちゃんとお仕置きはしないとね」

 

「う、ぅおぉぅ……!? か、体が熱い……! これは、キツいぃ……」

 

「あぁ……本当にてゐさんのせいだったんですねぇ」

 

 てゐは手足を縛られていて動けず、モジモジと身じろぎすることしか出来ない。文はその様子をメモ帳に書き記しながら苦笑するしかない。

 

「はい、猿轡して押し入れにポイッと」

 

「ふむぅうう~~~!」

 

 てゐを押し入れに押し込めた永琳は『良い仕事をした』と言わんばかりにかいてもいない額の汗を拭う。拷問は皆がいないところで、ゆっくりと行うのだろう。今現在もかなりキツいようだが……それでもまだ足りない。

 

「ふ~ん……。これが原因だったのね……」

 

 輝夜は永琳からビンを受け取り、しげしげと眺める。

 

「ふむ。『ヌカロクは固いウサよ』か。ま、ヌカロク出来るんならそれはもうさぞかしカタいんでしょうね!」

 

 ぷふふーっと笑いを吹き出す輝夜に、鈴仙他の少女達は苦笑いだ。彼女程の美貌を持つ少女がこんな下品な下ネタを言うとは誰も思うまい。

 

「……」

 

「ん? どうかしたの、妹紅」

 

 妹紅は先程の輝夜の下ネタにも動じずにいた。彼女は輝夜のビンを眺めている。そして、輝夜にこう問い掛けた。

 

「なあ……、ヌカロクって何だ?」

 

「えっ? あんた千年以上生きてて知らないの?」

 

 そう、妹紅はその言葉を知らなかった。純粋無垢な視線が輝夜を射抜く。

 

(まさか千年生きててそういうのを全く知らずに過ごしてきたのかしら……。ああ、でも妹紅はずっと私に復讐することで頭がいっぱいだったみたいだし……。うーん、それにしてもこの純粋な視線……。イイなぁ、汚したくなるなぁ、じゅるり)

 

 中々に下品な発想をする輝夜姫。彼女は妹紅の手を取って歩き出す。

 

「私が教えてあげるわ。ここじゃなんだし、他の部屋に行きましょう」

 

「え、いや何でここじゃ駄目なんだよ? ああ、分かったから引っ張るな」

 

 二人は連れ立って出て行った。

 

「教えてやるって……何する気なんだ、輝夜のやつ」

 

「そりゃあ……、ナニなんじゃない?」

 

 部屋に残った少女達が若干顔を赤らめる。すると、少し遠くから妹紅の声が響いてきた。

 

「―――え、おい何で服脱いで……。ちょっ!? バカやめろ何で私の服を脱がせようと……!? あっ、や、やめ―――アッーーーーー!!?」

 

「……」

 

「……」

 

 少女達は沈黙するしかなかった。程なくして、『フジヤマヴォルケイノーーー!!』という叫びと、まさに火山の噴火の様な轟音が響き渡った。

 

「いやー、あっはっは。まいったわー、一回死んじゃったわー」

 

「お前は死なないだろうに……」

 

 少ししてカラカラと笑う輝夜と、顔を真っ赤にした妹紅が戻ってきた。一体ナニがあったのか、妹紅の服は乱れ、胸を隠すように両手を置いている。

 

「はいはい、戻ってきたところ悪いけど、今からこの子の治療をするからね。どうやら頭だけじゃなくて全身に傷があるようだし、女の子には見せられないわよ」

 

 手をパンパンと叩き永琳が号令をかける。その言葉に文と霊夢に魔理沙、藍と橙と妹紅は部屋から出て行く。残ったのは治療をする永琳、助手(雑用)の鈴仙、暇つぶしに輝夜だ。

 

「あ、鈴仙は他の部屋からこの子が着れる服を探してきてくれる? この子の服は血で汚れてるし、着替えさせないといけないから」

 

「はい、探してきます」

 

 鈴仙が部屋から出ていく。それを横目に永琳はまず横島の頭部の傷を確かめる。

 

(……思った通り傷はほとんど塞がっている。服に付いた血の跡からしてかなりの出血のはずだけど……)

 

 永琳は傷の処置をしながら考えを巡らせる。永琳からすれば簡単な処置とはいえ、そのスピードは驚異的だ。

 

「輝夜、この子の服を脱がせるからちょっと手伝ってちょうだい」

 

「りょうかーい」

 

 こう見えても輝夜は力持ちだ。以前にも、皆に見せびらかすために『金閣寺の一枚天井』という巨大構造物を両手で持ち上げている。そんな怪力の持ち主である彼女にとって、見た目よりは重いとはいえ、横島程度の体重は有って無きが如しであった。

 

 二人はひょいひょいと服を脱がしていく。横島はあっという間に下着を残して裸となった。

 

「ふむ。着痩せするタイプというか、思ったよりも筋肉質なのね」

 

「輝夜、傷口近くをつつかないの」

 

 輝夜は筋肉の感触を確かめるように横島の体をつつく。ただし、その場所は永琳の言うとおりに傷口付近だ。輝夜がつつく度に横島から軽い呻きが漏れる。

 

「全身の傷も塞がってきている……。驚異的な回復力ね、本当に人間なのかしら」

 

(ああ、永琳が解剖したそうに彼を見ている)

 

 横島の回復力に永琳のマッドな部分が反応したようだ。

 

「ん? 案外際どいところまで怪我してるわね」

 

「あ、本当だ。えいっ」

 

 永琳がとある場所の傷を見つける。それを確認した輝夜が『治療するためだもの、仕方ないわ。私は悪くない』といった感じで下着を思い切りずらす。

 

「Oh……、I was very surprised……」

 

「ちょっ、いきなりどうし……。Wow……、This is very big……」

 

 一体ナニがどう『big』なのか、それは彼女達にしか分からない。一つ言えることは、横島が意識を失っていることが幸運であるということだ。もし意識があったのなら、彼は新たな自分を発見していたのかもしれない。

 

「師匠、遅くなってすみません。無事なのは大きめの浴衣くらいしかありませんでした……って、何かあったんですか?」

 

「いえ、何もないわよ?」

 

「ええ、その通りね」

 

 鈴仙が戻ってくる前に既に治療は完了していた。横島の回復力のお陰か、処置はすぐに終わったようだ。勿論下着もちゃんとはかせている。

 

 永琳は鈴仙と一緒に横島に浴衣を着せる。鈴仙は横島の体に多少顔を赤らめるが、その手は淀みなく動く。こういった場合は彼女の性格とは無関係に動けるらしい。

 

「よし……。これで紫もこの子も大丈夫ね。後は二人が目を覚ますのを待てばいいんだけど……」

 

 永琳は部屋を見渡す。いくら永遠の力でこの部屋を保っても、これでは精神衛生上良くはない。永遠亭の被害も馬鹿にならないし、これでは修復するより建て直した方が早いし、金銭的にも安くすむだろう。

 

「その場合はてゐの財産から資金繰りしましょうか……」

 

 押し入れからてゐの嘆きの声が聞こえてくるようだ。鈴仙はてゐに同情の念を抱いたが、これも自業自得。仕方のないことなのだ。

 

「……そういえば、私達今夜どこで寝るの? 被害が少ない部屋はここくらいだし、かと言ってここはかなり狭いし……」

 

 そう。この部屋は狭い。元々ここは単なるデッドスペースだったのをリフォームした末に作られた部屋だ。それ故に横島と紫の二人のスペースくらいしかないほどに狭い。

 

「ねぇ、皆はこの後どうするの? 流石に今の永遠亭には泊まれないわよ?」

 

「ああ、私はもう帰るわよ。紫の無事も確認したし、異変の原因も分かったし。……まあ、紫の意識が戻ってないから帰るとも言うんだけど」

 

「私もだなー。これ以上ここに居ても面白いことは無さそうだし。輝夜のお宝を借りていこうかと思ったけど見つからないし」

 

「貸さないわよ」

 

 輝夜の言葉に真っ先に反応したのは霊夢と魔理沙だった。

 

「私もお二方の意識が戻らないと取材は出来ませんしねぇ。他の方は先程済ませたのですが……」

 

「我々も戻るしかないな。本来なら側に居たいところだが、生憎私達では八意永琳の足を引っ張ることしか出来ない……」

 

「藍さま……」

 

「まぁ、私の家はすぐそこだし……」

 

 それに他の皆も帰るようだ。輝夜はそれを聞き、妹紅に視線を合わせる。

 

「ねえ、妹紅」

 

「ん?」

 

「私達、泊めてくれない?」

 

 輝夜はそう要求した。永遠亭は既に崩壊寸前。永遠の力で保たせている部屋も狭く、怪我人を寝かせておくくらいのスペースしかない。ならば、輝夜が妹紅の家に泊めてほしいと言うのは、ある種必然であった。

 

「はぁ? いや、そんなこといきなり言われても……。っていうか私『達』って……」

 

「それは勿論私と永琳と鈴仙だけれど」

 

 つまりてゐ以外の永遠亭メンバーを泊めろということらしい。これには妹紅も困惑する。

 

「あ~……。まぁ確かに永遠亭はズタボロだしなぁ……。とは言うが、私の家も相当狭いけど」

 

 妹紅は視界に広がる永遠亭を見やる。安全な場所など何一つ無い。あるのは廃墟にしか見えない無惨な爪痕のみだ。

 

「あ、私は紫達の様子を見てないといけないから、輝夜とウドンゲだけでも泊めてあげられないかしら?」

 

 永琳が律儀に挙手をしてから発言をする。

 

 妹紅は考える。いきなり住んでいる家が崩壊したのだ。すぐに代わりの住居なぞ見つかるわけもない。今必要なのは最低限の安全性があり、比較的永遠亭に近い場所。

 

「となると私の家しかないか……。分かったよ、ウチに泊まればいいさ」

 

「おぉ! ありがとうもこたんっ!!」

 

「もこたんは止めろ」

 

 妹紅の両手を握り喜びを表す輝夜に皆は苦笑を浮かばせる。もうすっかり夜は更け、月が空にぼんやりと輝いている。

 

「あやややや、もうこんな時間ですか。それでは私は帰りますね。お二人が目を覚ましたら教えてください、すぐに取材をしに伺いますので。それでは!」

 

 文はそれだけ言うとかなりのスピードで空に躍り出た。もはや付近に姿は見えず、彼女の黒い翼は夜の闇に溶けて消えている。

 

「では我々も失礼しよう。八意永琳、紫様をくれぐれもよろしくお願いします」

 

「ええ、任せておきなさい」

 

「ふふ……。では、これで。行くぞ、橙」

 

「はい、藍さま。皆さん、さようなら」

 

 藍と橙の二人も、夜の空を飛んでいく。橙は紫のことを気にしてか、何度も永遠亭を振り返っている。

 

「んじゃ、私達も帰りましょうか」

 

「そーだな。それじゃあな、皆。次に会うときは紫達も元気なことを祈ってるぜ」

 

「……紫が目を覚ましたら、神社に来るように言っといてね」

 

 霊夢、魔理沙も帰路につく。霊夢は申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、全ては紫が目を覚ましてからだ。それまで彼女の表情が晴れることはなさそうである。

 

 そして残ったのは妹紅、輝夜、鈴仙の三人だ。

 

「あー、それじゃあ二人はこっちで預かるな」

 

「ええ、よろしく。二人共、あまり彼女に迷惑をかくないようにね」

 

「勿論です、師匠」

 

「はーい。ふふっ、お泊まりなんて初めてだから楽しみね♪」

 

 若干緊張気味の鈴仙に対し、輝夜は如何にも楽しそうにしている。永琳も妹紅だから許可したのか、他の者ならば鈴仙を、ましてや大事な主である輝夜を預けたりはしないだろう。

 

 永琳は遠ざかっていく三人に、微笑みつつ手を振っている。それに鈴仙は軽く、輝夜は思い切り手を振り返す。

 

「ふふふ……。さて、こっちの二人は、と」

 

 永琳は横島と紫の額の汗を拭う。二人共顔色も回復し、もはや魘されてもいない。どうやら互いに飛び抜けた回復力の持ち主のようだ。

 

「私は楽出来るから良いけど……。―――二人共解剖しちゃ駄目かしら……?」

 

 駄目に決まっている。押し入れからそんな言葉が聞こえたような気がした。

 

 

 

 迷いの竹林の奥地、永遠亭から離れること数メートルのところから覗く、夜の闇に紛れた視線。永琳はそれに気付かなかった。

 

 

 

 ―――そして今、長い一日は終わりを告げ、夜は明ける―――

 

 

 

「ん……。ぅあ……? どこだ、ここ……」

 

 スキマによって幻想郷に墜落した一人の少年、横島忠夫がついに目を覚ました。

 

 

 

第三話

『長かった一日が終わって』

 

~了~




お疲れ様です。

いやぁ、すいません。

次回から、次回から横島君が本気を出しますので。

ついでに余談になりますが、このお話の登場人物は皆それなりに仲が良いです。

妹紅と輝夜が特に顕著ですね。

これから先横島が絡んでくることになりますので、物語がドタバタとしていくことになります。

それでは、また次回。

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