東方煩悩漢   作:タナボルタ

36 / 96
お待たせいたしました。

モンハンクロスG発表はよ……はよ……。

今回はとあるキャラが大暴れしますー。
なので今回から数話シリアスが続く……かな?

それではまたあとがきで。


第三十一話『兇気、襲来』

 

 妹紅が横島に告白したその日。妹紅は紅魔館のとある部屋に拘束されていた。両手両足を縛られ、床に転がされている。

 

「……」

 

 妹紅は酷く憮然とした顔をしている。それも仕方がないだろう。横島に()()()()()をして逃げ出したというのに、気が付いたらこの状態なのだ。

 しかし、こんなことをしでかした人物には簡単に思い至った。和風に改装された部屋の内装、自分の意識が及ばないであろう()()

 

「……輝夜か」

「だ~いせいか~い!!」

 

 ぽつりと呟いた妹紅の背後から、間延びした能天気な声が響いた。それは紛れも無く蓬莱山輝夜の声だ。

 

「何のつもりだよ。流石にここまでされるようなことはしてないはずだぞ?」

 

 妹紅は身を起こしながら輝夜にそう文句を言う。相手が相手だけに言うだけ無駄だと理解してはいるが、それでもこのような理不尽な目に遭わされているのだ。せめて理由くらいは知りたくなるものである。

 だが、妹紅に返ってきたのは、輝夜のそれはそれはもうイヤラシイ笑顔だった。

 

「ふふふ……。妹紅……? 貴女、中々やるじゃないの……」

「……な、何が……?」

 

 妹紅の総身に悪寒が走る。今の輝夜から発せられる禍々しいまでのオーラは、妹紅に色んな意味で身の危険を感じさせる程の物だ。

 知らず、妹紅は喉を鳴らす。

 

「さっき、横島さんと『ちゅー』してたでしょ!」

「――――ん、なぁっ!?」

 

 妹紅の顔が一瞬にして深紅に染まる。それだけでなく、今にも全身から火を吹きそうなほどに熱が宿る。

 

「な、何で、それを……っ!!?」

「え? 何でって……」

 

 輝夜の予想外の言葉に心の底から驚愕した妹紅が何とか搾り出した言葉に、輝夜はきょとんとした様子を見せる。じっと観察してみても妹紅に虚勢を張っている様子は無い。そこから導き出される結論は1つ。

 

「妹紅、もしかして気付いてなかったの? 時計塔なんて目立つ所であんなことしてたんだから、あれを見た人はけっこう多いはずよ?」

 

 ビシリ、と。妹紅が石のように固まった。さらにプルプルと震え始める。

 

「うおおおおお……! おおおおおおお……!!?」

 

 そして今度はぐねぐねと悶え始める。

 

「うん。恥ずかしいのは分かるけど、その悶え方は女の子としてどうかと思うわよ?」

 

 妹紅に一定の理解を示している輝夜だが、その表情はとても楽しそうに歪んでいる。事実、輝夜はここ数10年……下手をすれば100年単位で1番楽しんでいるかもしれないのだが。

 

「それでー? 何がどうしてああなったのか、聞かせなさいよー」

 

 輝夜は瞳をキラキラと輝かせながら妹紅に強請(ねだ)る。

 

「な、何でそんなことまで教えなくちゃいけないんだ……!」

「教えてくれないと夕飯の時にこのまま皆の所に連行するわよ?」

「……それだけは勘弁して……!!」

 

 こうして妹紅は輝夜に屈服した。弱みを握られ、強請(ゆす)られたわけではない。無邪気(?)な少女のお強請(ねだ)りに負けたのだ。

 

 

 

 

 

 

第三十一話

『兇気、襲来』

 

 

 

 

 

 

 翌日。横島は痛んだ胃を気にしつつ仕事に励んでいた。昨夜の夕食時は横島にとって、酷いものだった。何か、皆から注視されているような気がしたからだ。

 何か失敗をやらかしたわけではない。だが、一部の者から好奇の眼差しに晒されているような、そんな感覚。別段嫌な気配というわけではないのだが、面白くないというのも事実だ。何より、このままではまた妙な扉を開きかねない。横島はそんな余裕なのか追い詰められているのか分からない感覚を持て余している。

 

「……」

「……」

 

 横島は各人が静かに食事をとっている中、一番強烈な視線を送ってくる輝夜に目を向ける。

 返ってきたのは沈黙だ。だが、ただの沈黙ではない。明らかに目が笑っている。それもニヤニヤとだ。しかし、流石は傾国の美少。そんな表情も何故か美しく見える。

 ただ、横島は冷や汗を流していたが。

 

(……もしかして、バレてんだろーか)

 

 横島は輝夜の視線の意味をそう解釈した。こういう場合、そのほとんどが弱気な男の思い込みによる被害妄想だったりするのだが、流石は霊能力者と言うべきか。その予想は当たっていた。

 しかし、前述した通り横島は案外気が弱い男だ。既に妹紅とのことは紅魔館中に知れ渡り、それにより皆が自分に注目しているのではないかと思い込んでしまう。

 

(ぬあああ……!? 何か、皆の視線が痛いよーな気がする!! 特に美鈴とか小悪魔ちゃんとかフランちゃんとかてゐちゃんとか……!! そういえば妖精メイド達の視線も何か怖いよーな気があああああ……!!)

 

 横島は疑心暗鬼になり、悪い方に悪い方に物事を考えていく。そのほとんどが思い込みなのだが、それに横島が気付くことはなかった。それどころか、何故か妙な罪悪感まで胸に突き刺さってきたのだ。

 横島は胃に痛みを覚え、腹をさする。心因性の胃潰瘍になる日も、近いかもしれない。

 

 ちなみにこの時妹紅は輝夜の部屋で夕食をとっていた。皆の前に顔を出すのが恥ずかしいからだ。とある事情で顔が緩んでしまうのを知られたくないという理由もある。

 夕食後、妹紅は輝夜と徹夜のガールズトークをすることとなる。その際に輝夜オススメの()()()()()()()()()()()を読まされることになる。その結果は……『勉強になった』ということにしておこう。

 

 そうして時が経ち、妹紅は輝夜の手引きにより人知れず帰っていった。その際に輝夜から「これでもっとお勉強しなさい!」と、()()()()()()()()()が大量に入った袋を手渡される。そのずっしりとした重みに少し気圧されるが、正直に言えば妹紅は興味津々だった。こういった娯楽に触れることは今まで無かったことであるし、何より明確に好きな男が出来たのだ。漫画とはいえ、勉強になることは違いない。

 

「……ふっ」

 

 輝夜が妹紅に気付かれぬように邪悪な笑みを浮かべてさえいなければ。

 

 

 

 

 そうして午後。妹紅は慧音の家に居た。寺子屋も終わり、ゆったりと翌日の授業の内容を考えていたところに、妹紅が何やら漫画が大量に入った袋を下げてやって来たのだ。

 慧音は妹紅を家に入れ、共にお茶を飲んでいる。慧音から見て、妹紅は非常に落ち着きがなく、今もずっとそわそわと体を揺らしている。何か話したい事があり、それでも言い辛いのか。はたまた何か後ろ暗い事があったのか。とにかく、慧音は話を聞いてみることにした。

 

「……で、何かあったのか? 随分と落ち着きがないが」

「うぇ!? あ、あー、いやえっとその……!」

 

 ふむ、と慧音は片眉を上げる。妹紅の顔は真っ赤に染まり、今にも湯気を出しそうなほどに茹だっている。視線も色々な方向に泳いでいることだし、これは尋常な事ではない。

 

「……横島、か?」

「――――!!?」

 

 ボンッ! という爆発音の後に妹紅の頭から湯気が昇る。ここまで分かりやすいリアクションもないだろう。慧音は思わず生暖かい視線を妹紅に向けてしまう。

 

「……~~~~~~っ!!」

 

 慧音の視線に耐え切れなくなったのか、妹紅は顔を押さえて畳に倒れ込み、悶え始める。相変わらず酷い恥ずかしがり方だな、と慧音は思った。

 

「……いや、慧音にはちゃんと話しておこうと思ってたんだけどね」

「なら早くちゃんと座れ。髪や服がぐしゃぐしゃになるぞ」

 

 慧音の言葉に妹紅はのそのそと起き上がる。そして億劫そうに髪を手櫛で整えると、こほんと咳払いを1つ。

 

「……えー、と。実は――」

 

 妹紅は昨日の出来事を慧音に話し始めた。最初はうんうんと頷きながら話を聞いていた慧音だったが、話しが進んでいくごとにどんどんと俯いていく。その様子は妹紅をして恐怖を覚えさせる程の物だった。

 そして妹紅は核心に触れる。横島とキスをし、想いを伝えたことを。

 

「――――妹紅!!」

「はいっ!!?」

 

 慧音は妹紅の肩をガシッと掴んだ。それに妹紅は驚き、素っ頓狂な声を上げてしまう。力強く肩を掴んでいる慧音の手はやがてプルプルと震え、それに比例するかのように妹紅の心拍数が上がってゆく。ほんの一瞬のはずなのに、あまりにも長く感じてしまうこの数秒。妹紅が極度の緊張からか、生唾を飲み込む。それが切っ掛けとなったのか、慧音がついに口を開いた。

 

「――――よくやった!!」

「……はぇ?」

 

 その言葉はあまりに予想外だったのか、妹紅がまたもおかしな声を上げる。

 

「あの人見知りでまともな知り合いが私と永遠亭の数人だけだったお前が、まさか男に対してそこまでのことが出来るようになるとは……!! 私は嬉しいぞ、妹紅!!」

「……」

 

 慧音の物言いに妹紅は引きつった笑みを浮かべる。事実だけに反論し辛いのがもどかしい。とはいえ、自分の1番の親友が喜んでくれているのだ。妹紅はこの祝福を素直に受け取ることにした。

 慧音は妹紅の話でテンションが上がり、過去の偉人達がどのような恋愛をしてきたかを熱く語り始めた。慧音の豊富な語彙力を駆使した長い話は絶え間なく続き、妹紅の精神をすり減らしてゆく。そうして慧音の話は幻想郷についてまで及び、ここ数十年男が徐々に減ってきているという、人口問題に対する言及にまで発展していた。妹紅からすれば色んな意味で「知らんがな」といった内容になっている。

 こういう時の慧音を相手するのは非常に面倒だ。妹紅もわざとらしく咳払いをして気を引こうとしたり、しきりに時間を気にする仕草を見せるようにする。話に夢中になっている慧音がそれに気付くかは運次第なのだが、今回は気付いてくれた。

 

「――っと、すまないな。ついつい夢中になってしまった」

「あー、うん。大丈夫大丈夫。でも、結構話し込んでたけど、時間は大丈夫?」

 

 妹紅に問われた慧音は時計を確認する。すると、午後の3時をとっくに過ぎていた。これはいかんと慧音は焦りを見せる。

 

「しまった、もうすぐ約束の時間になってしまう」

「誰か訪ねてくるの?」

「ああ。今日は阿求が来るんだ」

「へー、あの子が」

 

 阿求とは、1000年以上続く家系の稗田家当主、9代目阿礼乙女『稗田阿求(ひえだのあきゅう)』のことである。見た目は10歳そこそこの少女だが、実際には約1200年前から転生を続けている存在だ。

 稗田家には『御阿礼(みあれ)の子』と呼ばれる子供が数十年~百数十年単位で生まれ、稗田家に代々伝わる『幻想郷縁起』という書物を編纂している。阿求はその9代目というわけだ。

 慧音との関係についてだが、慧音が寺子屋の授業で使う資料などはその大半が稗田家が纏めてきた物であり、頻繁に顔を合わせることから2人の仲もそれなりに良いものとなっている。特に2人とも知識が深く、話しが長くなりやすいという共通点もあったので、それが友好に一役買ったのだろう。

 

「うーん、あの子何となく苦手なんだよな……」

「ん? そうだったのか?」

「うん。嫌いってわけじゃないんだけど……」

 

 妹紅は首を捻り、うーんと唸る。それは無意識からくる苦手意識……というよりも、ある種の遠慮なのかもしれない。何せ『御阿礼の子』は30年程しか生きられないからだ。何故そうなのかは判明していない。だが、代々短命の御阿礼の子である阿求に対し、永遠の命を持つ蓬莱人の妹紅がどう対応していいか分からない、というのも仕方がないことではある。

 

「とりあえず私は帰るよ。何というか、今日は早めに休みたい」

「ああ、分かった。ちゃんと布団で休むんだぞ」

「はーい。それじゃ、また」

 

 妹紅は慧音の言葉に手をひらひらと振りながら答えた。その態度に慧音は多少不安になったが、今の妹紅には横島という想い人がいるのだ。そうそうだらしのない格好は見せないだろう。

 

「……ん?」

 

 妹紅が帰り、部屋の片づけをしていると、大きな袋がそのまま置いてけぼりになっているのを発見した。

 

「妹紅の奴、忘れていったのか。……最後辺りは落ち着いていたようだが、実際はまだまだ正気じゃなかったのかな?」

 

 慧音は重い袋を取って考える。今すぐこれを届けてやるか、それともまた翌日にするか。慧音は数秒迷ったが、また翌日に届けることにした。忘れ物に気付いたら自分から取りに来るかもしれない。今回は阿求との約束を優先し、慧音は袋を隅に寄せた。

 

 

 

 

 

 

「……あ、慧音の家に漫画忘れてきちゃったか」

 

 妹紅は迷いの竹林にある自宅への道の途中、慧音の家に漫画を忘れてきてしまった事に気付く。「バレたら確実に怒るだろうなぁ」と呟きながら道を進むが、それは結果的には()()()()()()()

 

「……で? さっきから私の後をつけてきてるのは誰だ?」

 

 全身に霊力を漲らせ、妹紅は振り返った。風に揺られ、さわさわと音を立てる竹林。その一画に、いつの間にか『男』が立っていた。

 『男』は猫背がちで完全に俯いており、その顔を妹紅に見せてはいない。妹紅が視覚で読み取れるのは『男』の衣服が平安時代によく見た狩衣と呼ばれる物に酷似していること。背格好が横島と同じくらいだということ。

 

(ま、私に男の知り合いはほとんどいないからなぁ……)

 

 こんな状況でも浮かんでくるのは横島の事。妹紅は改めて自分が如何に横島に惹かれているのかを思い、苦笑する。

 しかし、妹紅のそんな思考も驚愕に染まることとなる。

 

「――――!?」

 

 『男』が顔を上げた。ただそれだけの事で妹紅は驚愕を露にする。それは『男』の顔つきが横島に酷似していたからだ。見た目の年齢だけなら倍以上か。横島が老ければこういう顔つきになるだろうと思われる人相だ。

 その『男』の目が妹紅を真正面から捉える。そのがらんどうのような、それでいて異様な程に粘着質な印象を与える不快な瞳に、妹紅は心の底から嫌悪を覚えた。

 

「おいおい……横島に似た顔でそういう目はやめてくれよな……」

 

 妹紅は思わず愚痴を呟いてしまう。一瞬横島が『男』と同じ目をしている所を想像してしまったのだ。それは色々な意味でゾクゾクとする妄想ではあったが、この場においては関係がない。

 

 『男』の表情が変化する。首を傾げ、何やら訝しげに妹紅を見つめる。それは、何かを思い出そうとしているように見えた。

 

「――――まぁ、いいか」

 

 『男』が口を開く。酷くゆったりとした口調で、感情の起伏が感じられない。『男』は『蛇』のように長い舌で舌なめずりをする。

 

「お前は、美味そうだ」

 

 その時、初めて『男』の目に色が宿る。それは抑え様ともしない、純然たる欲。食欲だ。

 

「……ちっ、話しを聞きそうにないな、こいつは」

 

 妹紅は臨戦態勢に入る。目の前の『男』の正体も何も分からないし、姿が横島に似ているのも気になる。だが、だからと言って穏便に済ませようと言う気は妹紅にはなかった。何せ相手は自分を食らうつもりなのだ。そんな奴とまともに語り合う気は起きない。何より、妹紅はこれから始まるだろう戦いが、()()()()()()()()()ことを直観していた。

 

「――ゥゥォオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

 『男』が雄叫びを上げながら突進してくる。そのスピードは驚異的であり、瞬きの速さで彼我の間合いを詰める。だが、妹紅はそれを確認すると同時に後退。何とか間合いを維持しようとする。

 

「食らえ!!」

 

 妹紅はもんぺのポケットから取り出した10枚程の御札を『男』へと投げつける。ただ愚直に突進してくる『男』には対抗の手段が無いと思われた。だが、それは誤りである。

 

「急々如律令!! 霊符の力を散らしめよ!!」

「なっ!?」

 

 妹紅の放った御札が、『男』が腕を振るっただけで無効化された。『男』はそのままの勢いで両手からいくつもの霊波弾を放つ。

 

(私の札が……!? いや、札に込められた霊力を散らされたのか! これは、たしか平安の……!!)

 

 妹紅は驚きつつも思考を考察に割く。こういった戦闘において、最も大切なのは冷静さを失わないことだ。妹紅は激しやすい心を何とか落ち着かせ、『男』の攻撃に対処する。そうして観察している内、『男』に異変が起こる。

 

「……グゥゥゥウウウウウアアアアア!! ぎいいいあああああああ!!!!」

 

 『男』が苦しみに満ちた叫びを上げる。それと同時、『男』の右腕が変化を始めた。太い枯れ木が折れた様な音を何度も響かせ、硬い繊維が千切れる様な音を何度も響かせ、分厚い風船が破裂する様な音を何度も響かせ、『男』の腕は大きな『獣』の物へと姿を変えていた。

 

「何だ、こいつ……!?」

 

 妹紅は知らぬことだが、『男』は人間の力を使えば使う程に人間の部分を失ってゆく。最早『彼』には人らしい心もほとんど残っていない。狂おしい程に求めた『彼女』の事も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのほとんどの記憶を失っている。

 最早その身に宿るのは妄執のみ。やがては全てを失い、正真正銘の化け物と化すのだろう。

 

「あああああああああああああっっっ!!! ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 『男』の腕が更に変化していく。

 それは、まるで木の根の様に広がっていく。いくつにも枝分かれし、その範囲を広げていく。やがてそれは『男』の前面を覆う程にまで成長していった。

 

 妹紅はどんな攻撃にも対応出来る様に更に全身に霊力を漲らせ、防御を固める。そして『男』の腕が変化した木の根の様な物を注視した。

 

 ――――()()()()()()()()()()

 

「――――ひっ!!!?」

 

 瞬間、妹紅に襲い掛かるのは圧倒的な生理的嫌悪感。それは魂をも竦ませる程のおぞましい物だ。妹紅は()()の正体を看破する事は出来なかった。だが、それでも心に掛かった負担は膨大な物である。結果、妹紅は恐怖に囚われ、『男』の事を一瞬忘れてしまった。

 

「い゛あ゛あ゛あ゛あああああ!!」

「あ――――っ」

 

 すぐ近くから聞こえてきた咆哮により、妹紅は正気を取り戻す。だが、全ては遅かった。妹紅は全身を襲う圧倒的な衝撃に吹き飛ばされ、その意識を一瞬の内に刈り取られたのだから。

 

 

 

 

 『男』は荒い息を吐きながら、今しがた吹き飛ばした妹紅に近付いていく。強力な霊波弾によって吹き飛ばされた妹紅は数本の木々をなぎ倒す程の勢いで強かに全身を打っていたのだが、それでも命だけは何とか取り留めていた。恐らくは強力な霊力を纏っていたのが功を奏したのだろう。だが、それも時間の問題だ。

 妹紅の手足の骨は折れ、内臓を損傷したのか口からは血を流している。蓬莱人であり、自己治癒能力が高い妹紅でも、このままでは死は免れない。

 何より、ここには『男』が居るのだ。

 

「……」

 

 『男』は妹紅を乱暴に仰向けにさせ、服を破り捨てる。そうして妹紅の腹を露出させた『男』は荒い息をそのままに、不気味な笑みを浮かべた。ご馳走を前にした顔だ。『男』の歯が鋭くなっていき、やがて牙となる。『男』は涎を垂らし(はらわた)を食する為に、妹紅の腹に食らい付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨコシマ・キーーーーーーーーーーーーック!!!!!!」

「――――っっっ!!!?」

 

 だが、それは1人の少年に防がれた。顔面に思い切り強烈な飛び蹴りを食らった男は、もんどりを打って吹き飛ばされる。少年はそれを確認もせず、妹紅に必死に声を掛ける。

 

「おい、妹紅!! 大丈夫か、おい……!?」

 

 執事服を纏った、人間としては規格外の霊力を持つ少年。横島だ。横島は妹紅の怪我の状態を見て、絶句する。明らかに致命傷だ。普通の人間ならば即死しているだろう。それほどの大怪我だ。

 妹紅は蓬莱人だ。例えこの怪我で死んでもまた新たに肉体を復活させ、生き返る事が出来る。それは横島も知っている。知っているのだ。

 

 ――――だが。だが、である。

 

「今すぐ、治してやるからな……!!」

 

 横島は何の躊躇いも無く文珠を取り出し、それに『癒』と念を込め、発動した。その効力は凄まじく、妹紅が負った傷を一瞬で癒した。その効果に横島も驚くが、これは却って好都合。横島は文珠をもう1つ取り出し、今度は『護』と念を込めて発動した。妹紅を護る結界である。

 

「は、はははははははは……!!」

 

 背後から『男』の笑い声が響く。『男』は完全に曲がってしまった鼻をそのままに、狂喜の笑いを上げている。

 

「見つけた……!! ついに……ついについについについについについについについに!! ついに、見つけたぁ!!」

 

 『男』から強大な霊波が迸る。それは、人間の物ではない。妖怪の物でもなく、そして魔族の物でもない。

 ――――例えるならば、それは神族の放つ物に似ていた。

 『男』は全身に霊力を漲らせ、横島へと飛び掛る。

 

「それを……!! 『文珠』を寄越せええええええええ!!!!」

 

 『男』の爪が横島へと伸びる。しかし――――。

 

「っっっ!!?」

 

 『男』は横島から振り向き様に拳を顔面に叩き込まれ、またも吹き飛んでしまう。

 

「……テメーが誰かは知らねーけどな」

 

 横島の全身に、まるで炎の様に霊力が揺らめきだす。

 

「テメーが何で文珠を欲しがってるかも知んねーけどな……」

 

 それは、横島の憤怒の霊気。

 

()()()()にこんなマネして、ただで済むと思ってんじゃねーだろうな……!!」

 

 横島の体に、限界以上の霊力が迸る。

 『男』は横島の逆鱗(トラウマ)に触れていた。()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 横島の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。()()()()()()()()

 

 『男』が立ち上がる。その表情は横島と同じく憤怒に染まっている。

 横島はきつく拳を握り締め、『男』に大きく気を吐いた。

 

「このGS(ゴーストスイーパー)横島忠夫が、テメーを地獄に叩き堕としてやるぜ!!」

 

 横島が『男』――――かつて『高島』と呼ばれていた男へと拳を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

第三十一話

『兇気、襲来』

~了~

 




お疲れ様でした。
ついに横島と『高島』が出会っちゃいました。
さて、一体どうなってしまうのか……。

それでは次回をお待ちください。












???「やめて! 『高島』の特殊能力で、横島の動きが止められたら、内臓を抉り出されて殺されちゃう!
 お願い、死なないで横島! あんたが今ここで倒れたら、妹紅やフラン達への返事はどうするの?
 文珠はまだ残ってる。ここを耐え切れば、『高島』に勝てるんだから!
 次回「横島 死す」。デュエルスタンバイ!」
(タイトルは変更される可能性があります)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。