東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

そして、お気に入り件数がついに1000件を突破しました。
これも皆さんが応援してくださったおかげです。ありがとうございます。

それでは本編をお楽しみください。

今回は慧音が登場します。

でh、またあとがきで。




第二十四話『慧音先生の家庭訪問』

 

 秋も深まってきた幻想郷のとある日。一人の少女が人里から霧の湖を目指して空を進んでいた。

 

 腰まで届く、青のメッシュが入った銀の長髪。赤いリボンを付けた帽子。胸元が大きく開いた、上下一体の青い服。人里に存在する寺子屋の教師、上白沢慧音だ。その手には人里で買った土産の饅頭が入った袋がある。

 

「ふう……。ようやく時間が取れた。皆が頼ってくれるのは嬉しいが、こうまで忙しくなると少々考え物だな……」

 

 慧音は疲れたように息を吐き、愚痴を零す。いや、実際に疲れているのだ。およそ一月前に起こった二つの大異変(ゴ○ブリ異変・大結界の亀裂)のせいで、人里の住民は長らく平時とは違った顔を見せていた。

 

 死人こそ出なかったものの、二つの異変は分かりやすく幻想郷の最後を連想させる物であったため、多くの者がこれからの幻想郷での生活に不安を抱いたのだ。またそれとは反対に、あれだけの異変が起こったのにそれをわずかな時間で治めた、博麗の巫女を始めとする秩序を重んじる者達の活躍を見た住民達は『彼女達がいれば安心だ』との思いを抱いている。

 

 この両極端な考えを持つ住民達は普段は変わりなく生活しているのだが、時折互いの考え方の差によって言い争いが起こり、多くの人を巻き込んだ喧嘩にまで発展することがある。そうしてそれを鎮圧するのに駆り出されるのが人里でも有数の人格者達。例えばそれは命蓮寺の聖白蓮であったり、寺子屋の慧音であったりするわけだ。……時々妖怪の山から現れた八坂神奈子が説教をしたり、同じく妖怪の山から現れた『仙人』である茨華仙が説教をしたり、どこからか現れた豊総耳神子が説教をしたり、これまたどこからか現れた『閻魔』である四季映姫・ヤマザナドゥが説教をしたりといったことがあるようだ。中には六人全員に一度に説教を食らったものもいるという。

 

 そうした説教の効果もあり、以前から住民から頼られていた慧音は更に頼られることとなる。連日に及ぶ住民達の相談で慧音はプライベートな時間を中々取ることが出来ず、最近になってようやく人里も本来の姿を完全に取り戻すことが出来た。……彼女達の属する宗教に対する信仰が膨れ上がったのは余談である。

 

「本当に里の皆ときたら……。こちらの予定もあるというのにそれを考えず……。おっと、いかん。これだから一人暮らしは……」

 

 慧音はぶつぶつと独り言を言っていたが、途中でそれに気付き、口をへの字に結んで黙り込む。人里の住民達に対する陰口を叩いてしまったのも原因の一つだろう。慧音の生真面目さが窺える。

 

「……っと、ようやく着いたか」

 

 慧音が空から見下ろす先、そこにあるのは霧が立ち込める湖。そしてその霧の向こう、島の部分に存在する紅い館、紅魔館。それを見つめる慧音の視線は鋭い。慧音は使命感に燃えていた。

 

(ようやくここに来ることが出来た……。さあ、待っていろ横島忠夫! お前が妹紅に相応しいかどうか、この私が確かめてやる!! ……まずは紅魔館での仕事ぶりや収入、対人関係など、勤務態度と素行調査からだ!!)

 

 慧音は実に生真面目で現実的であった。

 

 

 

 

 

 

第二十四話

『慧音先生の家庭訪問』

 

 

 

 

 

 

 

「さて、正式なアポは取っていないのだが、入れてくれるのだろうか……?」

 

 休暇が取れたことで喜び勇んで紅魔館に来たのはいいが、慧音は妹紅に『近いうちに訪ねる』と言伝を頼んだだけであり、いつに訪れるのかは伝えていなかった。人里で予想以上に時間を取られたからか、慧音にしては珍しいミスである。

 

「まあ、ここで悩んでいても仕方がないか。駄目なら駄目でまた出直すとしよう」

 

 慧音は考えを纏めると正門の門柱の前、丁度美鈴の正面へと降り立った。

 

「おや、こんにちは。お久しぶりですね」

 

「ああ。久しぶりだな、美鈴。レミリアは元気にしているか?」

 

「はい、いつも元気いっぱいです」

 

 互いに挨拶を交わし、ちょっとした世間話をする。美鈴は以前人里によく出向いていたので、慧音とは顔見知りであり、お互いの人柄から友好な関係を築けていた。

 

「さて、妹紅さんからお話は伺っています。紅魔館にようこそ、慧音さん」

 

「すまないな、正式なアポも無しに。……ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

 

「……何です?」

 

「ここで執事として働いている、横島という男についてなんだが……」

 

「横島さん……ですか?」

 

 美鈴は首を傾げている。

 

「ああ。あのレミリアが咲夜以外の人間を雇ったと聞いたからな。少し気になって」

 

「なるほど……」

 

 美鈴は慧音の言葉に頷いている。これは横島のことを聞き出すために、それらしい話題を出したに過ぎない。しかし特におかしな理由でもなく、またお人好しな嫌いのある美鈴は疑うことなく横島について話していく。

 

「いやー、凄い人ですよ横島さんは。優しいし面白いし、仕事も出来るし細かい気配りも出来ますし。武術の才能もありますし、ちゃんと日々の努力も欠かしませんし」

 

「……それはまた凄いな。それほどの人物だったのか、横島という男は……?」

 

 慧音は横島をべた褒めする美鈴に少々の驚きを抱く。妹紅もそうだったのだが、彼に対する評価がかなり高い。慧音の中で横島という人間のイメージが偏った物へとなっていく。しかし、どんな人間でも悪い部分は必ず存在するものだ。慧音は主にそこを聞き出したい。

 

「ふーむ、あのレミリアに気に入られるだけはあるということか。やはり横島も咲夜と同じように完璧で瀟洒だったりするのか?」

 

「うーん、流石にそこまではいきませんよ。横島さんにも困った部分はありますしね」

 

「ほほう?」

 

 慧音の目に怪しい光が灯る。それを待っていたのだ。

 

「何と言いますか、ちょっと助平なところがあるんですよねぇ」

 

「……まぁ、男だしなあ」

 

(妹紅もそう言っていた。横島への評価が高い二人がそう言うなら、この情報は真実だろう。では、その度合いはどうだ……?)

 

「皆の、その、下着がチラッと見えたときとかは必ず反応してますし、私のときも食い入るように見てきましたし……」

 

「……ほほう」

 

 慧音は横島の所業に少々の怒りを滲ませる。同じ女性としてそういったことは看過出来ないのだ。横島は妹紅から話を聞く限り思春期真っ盛りの、少年と言ってもいい年齢だ。その年頃ならばある程度仕方がないこととは言え、やはり気分が良いものではない。……もっとも、美鈴の場合自分から見せ付けたのであり、それを慧音が知ればまた違った反応があったかも知れない。恐らく頭突きは免れない。

 

「でも反応してしまう自分に自己嫌悪してると言うか、『俺はロリコンじゃないー!』って感じで。ちょっと失礼しちゃいますよね。あ、ロリコンっていうのは幼い女の子が好きな人のことだそうです」

 

「……ん? それはどういうことだ? 皆の方がずっと年上のはずだが」

 

 慧音は美鈴の言葉に疑問を持つ。横島は皆が人間ではないことを承知で紅魔館の執事になったはずだ。ならば何故そのような言葉が出るのだろうか。

 

「あー、横島さんって見た目が自分より下だとその相手を子供扱いするみたいで。私は見た目年齢が近いほうなのであまり気にしませんが、お嬢様やパチュリー様はそれに時々腹を立てているみたいで」

 

「ふーん……? 今考えてみれば、妖怪とは言え幼い者に反応するのはちょっと不味いか? 横島は外の世界の退魔師だったと聞くし、そこらへんはここと外の常識の違いか……?」

 

 幻想郷では年の差カップルなどはそこまで珍しいものでもない。それは幻想郷が出来た当時の日本の習慣や風習が未だに残っているからであり、閉鎖的な幻想郷では仕方の無いことだと言える。慧音も外の世界のことは詳しい方ではなく、恋愛や結婚観などは幻想郷に住む他の人間達とあまり変わらない。

 

「でも何て言うんでしょうねー。横島さんのそういうところって、ちょっと可愛く見えるんですよね。背伸びをしてるように見えちゃって」

 

「……ん、んん?」

 

「ちょっとエッチなところもそれだけ自分を熱心に見てくれている証というか、必死に我慢している姿が凄く良いというか……」

 

「お、おーい……?」

 

「皆をそういう目で見ないように見ないようにってしてるのに結局そういう目で見ちゃって、『俺はー』って悩んでいるところも可愛いなーって、こうギュッとしてあげたくなるんですよ」

 

「……そ、そうか。興味深い話だが、そろそろレミリアに挨拶に行っても良いだろうか? 自分から聞かせてもらっておいてなんだが、あまり待たせてしまってもいけないし……」

 

 慧音は目を逸らしながら言葉を搾り出した。美鈴の惚気(?)に耐えられなかったのではない。このまま聞いていれば思わず突っ込んでしまいそうだったからだ。――――『あんたベタ惚れやないかい』と。

 

「あ、っと。すいません、何か夢中になっちゃって。普段はこうじゃないんですけどねー。何故か横島さんが絡むとついつい……」

 

「……ああ、なるほど」

 

「……? 何がなるほどなんです?」

 

「いや、気にしないでくれ。ちょっと、な」

 

「はあ……? 分かりました。それじゃあお入りください。正面玄関に妖精メイドが居るはずですので、案内はその子に」

 

「ん? いつもの……二号、だったか? あの子はいないのか?」

 

「二号は一号達と横島さんとで人里に買い物に行ってますよ」

 

「おや、件の横島と入れ違いになってしまったか」

 

 慧音はそのまま美鈴と挨拶を交わし、紅魔館へ足を踏み入れる。正面玄関への道すがら、慧音は先程の美鈴の様子を思い浮かべる。

 

(……どうやら、横島は思っていた以上に女誑しのようだな。いや、それだけ魅力的な人物という可能性もあるが……)

 

 美鈴の言葉、表情。それらから連想出来るのは、美鈴が横島に惹かれているということ。これに関しては慧音はどうこう言うつもりはない。恋愛は自由であるし、何より多くの者を惹きつける人物だというのなら、妹紅に相応しいと言える。それが、悪意の無い行動の結果ならば。

 

(……いかんな。どうも悪い方に悪い方に考えてしまう。――――この私が嫉妬とは)

 

 慧音は横島に嫉妬している。横島に対してネガティブなことばかりを考えるのはそのためだと慧音は自己を分析する。事実、それは確かなことなのだろう。慧音は妹紅の一番の理解者だと自負している。長い間彼女の傍に居り、互いに無上の信頼を置いてきた。そこに現れたのが横島であり、彼は自分が見たことの無い表情を妹紅から引き出した。そして、一番重要なこと。

 

(……もし本当にそうなら、どうか幸せになってほしいものだが)

 

 慧音の懸念。それは横島が()()()()()()()だ。人と人外の寿命の差など、考えるまでもない。特に妹紅は蓬莱人だ。一瞬と永遠では、もはや笑ってしまいたくなる。願わくば、妹紅と共に永遠を。そう考える慧音は、考えてしまった慧音は深い自己嫌悪に陥った。

 

「……はぁ。私も、中々ひどいことを考えるものだ」

 

――――妹紅は、それを望まないだろうに。

 

 慧音が深い溜め息を吐き、視線を上げると正面玄関はもう目の前だった。慧音は軽く深呼吸をして意識を切り替える。表情を元に戻した慧音は、ドアに付いているドアノッカーを鳴らした。

 

 ややあって、ドアの向こうから『はーい』という間延びした声が聞こえてくる。

 

「どちらさまですかー?」

 

 ドアを開いた妖精メイドは元気良く来訪者に問い掛けた。

 

「私は上白沢という者だが……」

 

「あ、あなたがけーねさんですね。お話はうかがっています。どうぞお入りください」

 

「ああ、失礼するよ」

 

 妖精メイドは慧音の言葉を遮ってしまうが、慧音はそれに苦笑を浮かべつつも妖精メイドの言葉に従う。そそっかしいところもあるが、これはこれで可愛いものだ。

 

「とりあえず、レミリアの下に案内してもらえるかな?」

 

「はい、お任せください」

 

 挨拶もそこそこに二人は歩き出す。しかし、それに待ったをかける人物が現れる。

 

「あら、お嬢様の所へなら、私が案内するわよ?」

 

「うひぇ!?」

 

 その人物は、あたかも最初からそこに居たかのように存在した。それは完璧で瀟洒なメイド、咲夜だ。

 

「また、心臓に悪い登場の仕方をするな……咲夜」

 

「ふふ、お久しぶり」

 

 澄ました笑顔を浮かべる咲夜に慧音は驚き、呆れる。彼女は時折妙な悪戯を仕掛けてくる。大抵は先ほどのように能力を使って突然現れるというものだが、能力が能力だけに予想が困難なのが恨めしい。

 

「さ、慧音は私が案内するから貴女は仕事に戻っていいわよ」

 

「はーい。それでは失礼しますー」

 

 妖精メイドは深々とお辞儀をし、元の仕事に戻っていった。慧音の意思などは完全に無視されているが、この方が効率が良いため仕方が無い。慧音は軽く溜め息を吐いた。

 

「あら、溜め息を吐くと幸せが逃げるわよ?」

 

「誰のせいだ。……まあ、いいか。これは土産のお饅頭。それで、レミリアの所に案内をお願いしても良いだろうか?」

 

「あら、ご丁寧にどうも。……お嬢様は大図書館に居られます。どうぞこちらへ」

 

 慧音の言葉に咲夜は恭しく頭を下げ、先導する。

 

 

 

 

 

 

「しかし……紅魔館も変わったな」

 

「あら、そうかしら?」

 

 咲夜の先導で図書館に向かう途中、慧音は変わり果てた紅魔館の様子に首を傾げていた。

 

「何というか……随分と騒がしくなったな」

 

「……」

 

 慧音の言葉に咲夜は苦笑い。今もそこかしこから妖精メイド達の雄雄しくも可愛らしい叫び声が聞こえてくる。

 

「おりゃああああああ~~~~~~!!」

 

「とりゃああああああ~~~~~~!!」

 

「何か微妙に間の抜けた感じだけど……。レミリアは何も言わないのか?」

 

「まあ、これのおかげで仕事の効率が上がってるからね。多少は大目に見るって言っていたわ」

 

「そうか……。叫んだ方が気合が入るのだろうか……?」

 

「さあ、それは何とも……」

 

 その後も二人は他愛の無い会話を交わしながら図書館へと向かうのだが、その途中にある部屋から、尋常でない叫び声が聞こえてきた。

 

「アッーーーーーー!!? ちょ、やめてーーーーーー!!?」

 

「な、何だ!?」

 

「あー……」

 

 ドア越しに聞こえてくる絹を引き裂くような悲鳴。それに驚いた慧音は何があったのかとその部屋に入ろうとする。だが、それを止める者が居た。悲鳴を聞いても冷静だった咲夜だ。

 

「お、おい、何故止めるんだ!? 今の悲鳴は尋常じゃなかったぞ!!」

 

「うん。貴女の言いたいことも分かるわ。でもね、これは割と日常茶飯事なの」

 

「なに……?」

 

 咲夜の発言に慧音は唖然とする。そんな慧音を無視し、咲夜は聞き耳を立てるように言った。慧音は冷静さを欠いたままだったが、それでも咲夜の言うとおりにする。勿論、本当に危険そうなら乱入するつもりだ。

 

「……!!」

 

「――――!?」

 

 ドアに耳をくっつけてみると、何か言い争うような会話が聞こえる。

 

「てゐ、何故この薬を持ち出したのか、理由を聞かせてもらおうかしら」

 

 とある部屋の中、何かとても硬くてギザギザした座布団の上に正座したてゐを、腕を組んで仁王立ちした永琳が見下ろしている。永琳が片手に持っている何かの薬の小瓶。中にはいくつかの錠剤があり、そのラベルにはハートの中に髑髏をあしらった絵が描かれていた。

 

「……えっと。最近、執事さんには疲れが溜まってるように思えて。ちょっとでも強力そうなのが必要かなって。……まぁ、違う方も元気になればチャンスもあるかもしれない、っていうのもあったけどさ」

 

「まあ、確かに貴女のように性的魅力の乏しい体では、横島君はその気にならないでしょうね」

 

「師匠、いくら何でもひどくない?」

 

 永琳の言葉のナイフにてゐの心は傷つけられる。だが、永琳の瞳に宿る冷たい炎はてゐの文句程度ではこ揺るぎもしない。

 

「さて、貴女が持ち出したこの薬。これは確かに人間用だけど、その効果は妖怪用に近い。たったの一錠で三日三晩は繋がり続けられるような代物だからね。……まだ、懲りてなかったのかしら? こんな強力な薬を使おうだなんてね……!?」

 

「ひぃ……っ!? い、いや、ちょっと待って!! 私もそんな強力な物だとは知らなかったんだって!! ちゃんと普通の精力剤の棚から取ったんだよー!?」

 

 永琳がてゐに向かってほぼ全力のプレッシャーを放つ。てゐは一瞬意識が飛びかけたが、強烈なプレッシャーが気絶することすら許さない。てゐはがたがたと震えながらも必死に弁解を試みる。一応てゐが言っていることは真実だ。しかし何故いかにも怪しい髑髏マークの物を持ち出したのか。

 

「はあ……。別に薬に頼らなくても良いでしょうに。もうちょっとプラトニックに進展させようとは思わないの?」

 

 永琳は溜め息混じりに問いを投げかける。それに対してゐは視線を逸らし、「……執事さんの童貞って、美味しそうじゃない?」と答えた。

 

「アウトね」

 

 永琳はどこからか注射器を取り出した。それには既に何らかの薬品が入っており、マーブル調の色彩が命の危険を連想させる。

 

「待って!? 待って待って!!? お願い待って!!!」

 

「待つ理由が無いわ。大人しく注射されなさい」

 

 てゐは何とか永琳の手を止める。しかし存外に永琳の力は強く、ともすれば押し切られそうだ。てゐは生命の危機に思ったことを全てぶちまける。

 

「い、良いじゃないかー!! 執事さんとの初めての濃厚な(ピー)を夢見たってさー!! 執事さんの(ピー)を(ピー)してあげたりとか、そのまま(ピー)させてあげたり、逆に執事さんに(ピー)してもらったりとか、(ピー)を(ピー)して(ピー)から(ピー)とか、女の子ならそのくらい普通でしょー!!?」

 

 てゐは必死なあまり願望が駄々漏れになってしまっている。好きな相手と結ばれたいと思うのは当然ではあるが、てゐは普通と言うにはレベルが少々高すぎた。

 

「ちょちょちょちょちょちょ!!? 強い強い強い!! 力強い!!!?」

 

 永琳が持つ注射器はてゐの抵抗など無いかのように迫る。もはやゼロ距離であり、てゐの顔は恐怖に歪む。

 

「怖いかしら」

 

「そりゃ怖いよ!!」

 

「やめてほしいかしら」

 

「やめてほしいやめてほしい!!」

 

 永琳の問い掛けにてゐは必死に頷く。いつものように回らない口に、本気の焦りが窺える。その必死さは永琳にも伝わったようで、永琳は一つ頷いた。

 

「――――駄目よ」

 

「そ、そんなぁっ!!?」

 

 現実は非情であった。永琳の力が更に強くなる。既に針先はてゐの皮膚に触れている。

 

「う、うわ、ちょっ!? やめてとめてやめてとめてやめてぇ!!」

 

 てゐの抵抗も空しく、針は皮膚を貫き、静脈へと薬剤を投与した。

 

「とめった!!」

 

 注射の痛みと絶望により、てゐは叫びを上げる。そして投与された薬剤は瞬く間に全身を駆け巡り、その威力を発揮する。

 

「う、うう……っ!?」

 

 てゐは胸を押さえる。何か心臓の鼓動がやけに耳につく。まるで、今にも破裂しそうで――――。

 

「ばっう!! か……が……!?」

 

 てゐは胸を衝く未知の感覚にがくがくと震える。明らかに何かがおかしい。体内で感じる鼓動も、際限なくその速度を上げていきそうだと錯覚してしまう。

 

「な、に……これ……!?」

 

「それは私がかつて究明した新秘薬『激振剤』よ。最初は恋のときめきを再現する薬を作ろうとしてたんだけど、何か強力になりすぎちゃって」

 

 息も絶え絶えなてゐの問いに、永琳は何でもないかのように答える。

 

「乙女チックなようでマッドだった……!? あ、ああ、やばい! 何がやばいって死にそうにやばい!! 何か凄くやばい!!」

 

「やばいしか言ってないわよ?」

 

「いいから早く、解毒剤かなんかを……!! 本当にやばいから……!?」

 

 胸を押さえてびくびくと震えるてゐが永琳に助けを乞う。しかし、永琳はゆっくりと首を振る。

 

「激振剤を解く薬は存在しないわ。別に死にはしないわよ。ただ死にそうになるくらい苦しいだけ。諦めて我慢してなさい」

 

「そ、そんな……!?」

 

 告げられた言葉にてゐは愕然とする。こんな苦しみをまだ味わわねばならないのか。てゐの過去に負ったとあるトラウマが刺激される。

 

「こ、こんなことで……! こんなことで死んでたまるかー!! 私はまだ執事さんと(ピー)してないんだー!!」

 

 てゐのお下品な叫びに呼応し、彼女の体から力が溢れ出る。それは何か横島の煩悩の光によく似ていた。

 

「……! それよ、てゐ!! その横島君と(ピー)したいという執着が秘薬を封じる強烈なパワーを生むかもしれないわ!! さあ、秘薬を破ってみせなさい!!」

 

「う、うううううおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「気力よ!! 気力で秘薬の効果を防いでみせなさい!!」

 

 二人は妙な方向へと、際限なくヒートアップしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 慧音は耳をドアからそっと離す。慧音は数秒間目を閉じて深呼吸をし、決意を固める。彼女は目をカッと見開いた。

 

「……そっとしておこう!」

 

「賢明な判断ね」

 

 慧音の決断に、咲夜は真顔で頷いた。三日に一回はこんなことが起こるのである。放っておいた方が精神衛生的にも良いだろう。ただ、今回の永琳のお仕置きの苛烈さには少々引いたが、ある種納得もしていた。

 

(精力剤での失敗でなければ、ここまではいかなかったんでしょうね。……てゐが舞い上がる気持ちも、分からないでもないけど)

 

 咲夜は横島に今晩てゐを慰撫するように頼むことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 慧音達が永琳達が盛り上がっていた部屋から更に歩くこと数分。二人はようやく大図書館に到着した。慧音はキョロキョロと大図書館内部を見回し、その規模に驚きを隠せずにいる。

 

「でかいとは聞いていたが、まさかここまでとは……」

 

「あまり周りを気にしてると、転ぶかもしれないわよ?」

 

 咲夜の言葉に慧音は佇まいを正すが、それも一瞬。慧音は興味に負けてやはり周りを見てしまう。咲夜はそんな慧音に苦笑しきりだ。

 

 だが、それもここまで。二人はついにこの館の主の下にまで辿り着いたのだ。

 

「――――あら、随分と時間が掛かったわね、咲夜」

 

 声の主は視線を寄越さず、紅茶を片手に本を読んでいた。一見行儀の悪いその姿だが、それは何か、その少女の放つオーラのような物により見る者に美しさすら感じさせる程の魅力があった。

 

「途中、ちょっとしたことがありまして。……お客様をお連れしました」

 

 そう言って咲夜は一歩分道を空ける。慧音はそこを通り、レミリアへと歩み寄った。

 

「こうして会うのは随分と久しぶりか。今回は正式なアポも無しに訪ねてしまってすまなかったな、レミリア」

 

「ああ、気にすることはないわ。妹紅から話は聞いてたし、何より最近はそういうのを気にするのも馬鹿らしくなったのよね」

 

 慧音の言葉にレミリアはようやく視線を寄越し、ぷるぷると首を振る。

 

「そうなのか?」

 

「ええ。フランのお友達連中が時々訪ねてくるようになってね。いちいちアポを取ってたら面倒くさいことこの上ないし。……何より、あいつらにそれだけの頭がない」

 

「……随分な物言いだが、そうか。あの子にも友達が出来たのか」

 

 何でもないことのように語ったレミリアだが、その裏に確かに存在する喜びを、慧音は見抜いていた。フランのことも姿は幾度か見ているがその内情を噂程度には知っていたため、現状がレミリアにとってどれほど喜ばしいことか想像はつく。故に自然とその頬は緩んでいた。

 

 レミリアは慧音の表情に少々居心地が悪くなったが、何かに気付くとその視線を慧音の背後へと向けた。

 

「噂をすれば、だな。フランがこっちに来た」

 

 その言葉に慧音が振り向けば、そこには両手にたくさんの本を抱えたフランがパタパタと小走りで向かってきていた。

 

「あれ、お客様? 私フランドール! よろしくね!」

 

 フランはにっこりと笑みを浮かべ、元気良く慧音に挨拶をする。慧音もフランにつられ、更に笑みを深くし、挨拶を返す。

 

「私は上白沢慧音。……実は何回か会っているんだが、これからよろしく」

 

「ええ!? あ、あれ!?」

 

 フランは初対面だと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。あわあわと慌てふためく姿は慧音の笑みを更に深くした。

 

「ご、ごめんなさい。私、全然覚えてなくて……」

 

「いやいや、会ったことがあると言っても、実際は宴会などで挨拶を少し交わした程度だからな。覚えてなくても無理はないさ」

 

 上目遣いに謝るフランを慰めながら、頭を撫でる。少々癖があるが、その髪は中々に綺麗に整えられていた。

 

「あら、珍しいお客さんが居るのね」

 

 和やかな雰囲気を醸し出していた慧音達の背後から、更に声が掛かる。皆が振り向けば、そこに居たのは薄い紫色の衣服を纏った魔法使いと、その使い魔だった。

 

「今日は千客万来ね」

 

「少なくとも私はお客じゃないけどね」

 

「私もいますよー」

 

 パチュリーと小悪魔、この大図書館の真の主と言える二人。その二人は慧音と挨拶を交わし、レミリアの向かいの席へと腰を下ろす。

 

「アンタ達も座ったら?」

 

「……そうするか」

 

 慧音とフランはレミリアの言葉に頷き、腰を落ち着ける。すると咲夜がいつの間にか用意した紅茶を差し出してきた。見れば他の皆にも行き渡っている。相変わらず心臓に悪いメイドだ。

 

 慧音は次々とタイミング良く現れる紅魔館の住人達に驚いたが、同時にこれをチャンスと見ていた。

 

(さて、これだけの面子が揃っているんだ。横島の更なる情報を得るためにも慎重にいかねば……)

 

 気分はスパイといったところか。慧音は如何に話題を繰り出すか思考を巡らせる。しかし、慧音が口を開く前にレミリアが問い掛けてきた。

 

「ところで、今日はどうしたんだ? 何か緊急の用事があったようにも見えないが」

 

 来た。慧音はこれ幸いと居住まいを正す。

 

「ああ。今回は謝罪と感謝とを、な。二度も宴会に誘ってくれたにもかかわらず、まともな連絡も無しに来れず仕舞いですまなかった。人里の方がごたごたしていて、時間が取れなかったんだ」

 

「ま、あんだけの異変があればねぇ。特にいらないけれど、謝罪は受け取っておくわ」

 

 レミリアはクスクスと苦笑している。「律儀なことだ」と口には出さず、心の中で呟いた。

 

「それから、妹紅が随分とこっちで世話になっているようみたいで。本来私が口を出すべきことでも無いんだが、それでもありがとうと言わせてもらうよ」

 

 慧音は頭を下げた。慧音の言うとおり、彼女が礼を言うことでは無いのだが、それでも慧音はレミリア達に感謝しているのだ。あまり社交的ではない妹紅が、誰かのところに遊びに行き、時には泊り込む。自分以外でそういった相手を見つけたと聞いたときには、不覚にも涙が出る思いだったのだ。

 

 妹紅には「慧音は私のお母さんか」と呆れられたものだが、その時の心境に偽りは無い。そして、今レミリア達に感謝しているという気持ちも嘘ではないのだ。

 

「ふむ。そこまで感謝されると居心地が悪くなるわね……。あんまり気にしすぎるとハゲるわよ?」

 

「それは勘弁願いたいな。では、このことは今ので終わりにしよう」

 

 慧音はレミリアの気遣いに感謝しつつ、紅茶を啜る。咲夜の紅茶は慧音の緊張を和らげてくれた。

 

「……妹紅はこっちで何か問題とかを起こしてはいない、よな?」

 

 慧音はまず妹紅のことを聞いてみることにした。気になっていることは気になっているし、何かあるようなら久々に説教をしに行かなくてはならない。

 

「アンタは妹紅の母親か……。いや、あいつは特に問題になるようなことは起こしてないわよ。時々、輝夜と喧嘩するくらいか」

 

「……喧嘩してるのか?」

 

「輝夜が嫌いな野菜を妹紅の皿に入れたりとかでね。あと風呂で輝夜に悪戯されたとか何とか」

 

「……喧嘩?」

 

 慧音は首を捻った。とりあえず今度妹紅に詳しい話を聞くこととする。

 

「妖精メイド達を構ってくれたりするし、暇な時には横島……新しく雇った執事の手伝いもしてくれるしな」

 

「っ! そうなのか……?」

 

 レミリアの言葉にピクリと反応を示す。レミリアは一つ頷き、紅茶を口に含み、唇を湿らせる。

 

「横島の仕事量は咲夜程ではないが、それでも膨大でね。皆の洗濯物を運ぶとか、簡単だけど妖精メイドでは時間が掛かる仕事とかを手伝ってくれるのよ。こっちとしては客にそういうことをさせるわけにはいかないんだけど、本人が楽しそうだしね」

 

「……そうなのか」

 

 意外、と言えば意外だった。慧音は妹紅の家に何度も行っているが、彼女の特殊な生活ぶりから『生活感』というものがあまり感じられなかった。妹紅の変わりに掃除や洗濯をしてやるのもしばしばだ。そんな妹紅が率先して紅魔館の家事を手伝っているというのは、驚きに値する。

 

「これも横島の影響かな?」

 

「……何?」

 

 何やら聞き捨てならないことが聞こえた。一体誰の影響を受けたというのか?

 

「いや、ああ見えて妹紅はおしゃべりな性質のようでな。横島と色々と駄弁っている時に如何に掃除やら洗濯やらが大変かを聞かされていたみたいなのよ」

 

「愚痴を聞かされていた、と?」

 

「いや、世間話の範疇だろう。その時に妹紅が『自分もそういうのが苦手で、いつも慧音に迷惑を掛けている』と話していたみたいでな。それで横島がちょっとくらいなら教えてやれると先生役を買って出たみたいだ」

 

「な、なるほど」

 

 妹紅が横島に家事を教わっている理由に胸が熱くなる。自然と頬が緩んでくるが、それも仕方がないだろう。

 

 ……そこまでであれば、この笑顔が凍らずに済んだのだが。

 

「妹紅も何だかんだと()()()()()()()()を楽しんでいるようだしな」

 

「……ゑ」

 

 慧音の表情が凍りつく。凍りついたまま吐息のような言葉を発するのは非常に不気味な光景だ。フランと小悪魔が体をビクリと震わせてしまっている。

 

「妹紅は案外不器用なのか失敗することも多いみたいなんだが、それを横島が手取り足取り根気良く教えているみたいでな。妹紅は距離の近さに頬を赤らめながらも、その表情には笑みが浮かんでいて……」

 

「マジでか」

 

「マジでよ。……横島もそんな妹紅の反応に色々と戸惑ったりもしてるけど、基本的にはまだ仲の良い友人の域を出ていないわね。アンタが心配しているような展開は今のところは無し。横島もちょっと助平なところはあるけど、好意に値する人間ね。仕事良し。収入良し。人格も……まあ良し。個人的にはそれなりに優良物件だと思うから、妹紅とくっついたって問題は無いんじゃない?」

 

 そこまで言ってレミリアは紅茶を啜る。慧音は彼女の言葉を聞き、心底から安堵する。凍っていた表情が元に戻り、大きな息を吐いた。

 

「そうか。それはなによ……り?」

 

 ふと、慧音は言葉に詰まる。今、何かがおかしくなかったか? 

 

 違和感が命じるままに顔を上げてレミリアを見る。すると彼女はとても偉そうな感じに椅子にふんぞり返り、その顔を『ドヤァ……』と歪めていた。フランや小悪魔は何のことか分からなかったようだが、よくよく見ればパチュリーもニヤニヤと笑っているし、咲夜も澄ました顔をしていながらも口角は微妙に上がっている。

 

 つまりはそういうことだ。

 

(全て、見透かされていた……!?)

 

 失態らしい失態は犯していないはず。どうしてバレてしまったのか、慧音は理解が追いつかない。

 

「な、何で……?」

 

 結果、彼女から出たのは純粋な疑問の声だった。レミリアはそれを待っていたのか、指をピッと立て、解説していく。

 

「なに、アンタ達二人の性格が分かれば簡単なことよ。さっき私は妹紅をおしゃべりだと言ったわよね? つまり妹紅の性格についてはこっちで把握済み。何せ時間は結構あったからね、アンタのことも色々と聞いてる。それを考えれば、アンタがこっちに来た時に妹紅お気に入りの横島について色々探りを入れてくるだろうと予想出来る……。図星だったみたいね?」

 

「……」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことか。慧音は沈黙し、視線を逸らすことで肯定の意を示した。

 

「ふわあ……。わ、私には全然分かりませんでした。お嬢様凄いです!」

 

「ふふふ、安楽椅子探偵レミリアと呼んで」

 

「それは違うでしょ」

 

 小悪魔は純粋にレミリアを尊敬し、レミリアは調子に乗り、パチュリーは突っ込みを入れる。非常に居心地が悪くなる慧音であったが、そんな彼女の肌がピリピリとした魔力の波動を感知した。

 

「……」

 

 フランである。彼女は慧音を半目で睨み付け、むっすりとした表情を隠そうともしない。今、フランは非常に不機嫌になっていた。

 

「……フラン?」

 

 急に不機嫌になった妹を訝しむレミリア。フランはふいと慧音から視線を外し、棘のある言葉を呟く。

 

「……こそこそと嗅ぎまわって、そういうのっていやらしいよね」

 

「む……っ」

 

 フランの言葉に慧音は何も言い返せない。フランの突然の変わりように驚いたというのもあるが、痛いところを突かれたからだ。慧音はそれを受け止めるが、反論は別の所から出てきた。

 

「ちょっとちょっとフラン、根暗で引きこもりな本性が出てきてるわよ? いつも被ってる猫はどうしたのよ」

 

「ねく……!? べ、別に猫被ってないもん! 普段のが普通だもん!」

 

「さぁて、それはどうかしらねぇ?」

 

「むむむ……!! お姉様だってただお兄様とかチルノ達の前では変にカッコつけた話し方してるくせにー!! あれ全然似合ってないよ!!」

 

「何ですってぇ!!?」

 

「何さー!!?」

 

「ひえぇっ!? お、お二人ともー!!?」

 

 突如として始まってしまった姉妹喧嘩。周りの者は完全に置いてけぼりになり、姉妹がポカスカと争う姿を見ているしかない。……割って入れば、恐らく骨の数本は物理的に折れるだろうから。

 

「……なあ」

 

「何?」

 

「フランは横島のこと……」

 

「ぞっこんみたいよ? そこでオロオロしてる小悪魔もだけどね」

 

「そう、なのか……」

 

 慧音はパチュリーにフランの気持ちを聞き、同じく小悪魔の気持ちを知ることが出来た。何人もの少女が惹かれる横島とはどんな人物なのか、より興味がわいてくる。

 

「あのね、フラン。アンタ横島に似たようなことをされたことがあったでしょーが!!」

 

「ううう!? そ、それは……!!」

 

「横島だから~とかそんなのは無し!! 言っとくけど、そういうのは駄目なのよ!? 私は分かっててやってるから良いけど、無意識にそういう風に考えるのは危険なんだから!!」

 

「……!!」

 

「いや、何でそんな衝撃を受けてるの。それからレミィも無茶苦茶言わないの」

 

 フランの気勢が削がれた瞬間を見計らい、パチュリーは何とか仲裁に入る。姉妹は肩で息をしながら、お互いに謝り合っている。慧音はフランへと歩み寄り、頭を下げた。

 

「すまなかった。ああいうことはもうしないよ」

 

「あ……うん。私も、えっと……ごめんなさい」

 

 慧音はフランに謝り、フランは慧音に謝った。仲直りはこうして成功した。

 

「本当なら横島に謝るべきなんだろうが、な」

 

「別に良いんじゃない? ぶっちゃけこっちだけの話だし。あいつも戸惑うだろうしね」

 

 レミリアは手をプラプラと振り、この話はここまでと区切りを入れる。咲夜はその隙に皆のカップに紅茶のおかわりを注ぎ、大図書館では珍しい、客を交えてのお茶会が開始された。話題は勿論、横島についてである。聞きたいなら聞かせてやろうとレミリアが話題を振ったのだ。

 

 和気藹々とした空気の中で、レミリアはふと()()()()の客を思い浮かべる。

 

(あいつもこっちに来ればいいのに……。皆に遠慮をしてるのか、それともまだ紫の奴と話し込んでるのかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館のゲストルーム。そこでは紫が一人の少女とお茶を飲んでいた。紫の対面に座るその少女は、普段自分が飲んでいる紅茶とは味わいが違うことに感動し、何度も頷きながらも余韻を楽しむ。

 

「……こちらのお茶は美味しいですね。普段飲んでいる物とは大違いです」

 

「そっちでは茶葉の栽培は中々難しいでしょうしね。あの異変から()()は緩くなったとはいえ、そういった物を持ち込もうにも、環境が環境だしね」

 

 少女は紫の言葉に頷きを返す。彼女が普段住んでいる場所は、緑を育てるに適していないのだ。

 

「貴女には感謝しています、八雲紫。私がこうしてここに来るのに、色々と骨を折っていただいたようで……」

 

「気にしないで。それより、ごめんなさいね。私の個人的な頼みを聞いてもらうために、貴女をこっちに連れて来たりして」

 

 目を伏せ、紫は少女に申し訳なさそうに謝る。しかし眼前の少女は笑みを浮かべ、首をゆっくりと横に振った。

 

「それこそ気にしないでください。私も趣味で書いている小説が詰まってしまったので、気分転換がしたかったんですよ。()()()()()()()()()()と美味しい紅茶で、すっかりリフレッシュ出来ました」

 

 にこやかに語る少女に、紫は救われた気持ちになる。何せ、彼女はその能力故に表に出ることが酷く辛いのだ。にも関わらず、彼女はこうしてこちらに来てくれた。紫は何も言わず、紅茶を一口啜る。

 

「それに、貴女の話を聞いて、少し興味を持ちましたから。『彼』のこと、本当に大切に思っているんですね。それが()()()()きますよ」

 

「……少し、恥ずかしいわね。とにかく、その時が来たらお願いね。貴女の『能力』、頼らせてもらうわ。――――古明地さとり」

 

「ええ。任せてください」

 

 幻想郷の遥か地下、地底に存在する旧地獄。そこには怨霊も恐れ怯む少女が住んでいる。『心を読む程度の能力』を持った、さとり妖怪。地霊殿の主、古明地さとり。

 

 さとりは目を閉じて地上の紅茶の芳醇な味わいを堪能しつつも、自らに存在する器官、『第三の目』(サードアイ)によって、絶えず紫を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

第二十四話

『慧音先生の家庭訪問』

~了~

 




お疲れ様でした。

今回はサプライズ的にさとりさんが登場しましたね。
……その代わりに横島の出番が消滅してしまいましたが。

さとりさんと横島君、そして慧音の絡みは次回に持ち込みです。

それと、てゐにもそろそろ美味しい目にあってもらいます。

虐げられているてゐは可愛いが、幸せそうなてゐはもっと可愛い。

それでは次回をお待ちください。

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