東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

リアルがめっちゃ忙しい+難産で大変でした。申し訳ねぇ……!

今回はほのぼの(?)回です。

横島が色々と頑張っている理由が分かる……かも?

それではまたあとがきで。


第二十三話『必死な理由』

 

 横島が博麗神社を訪ねてから、また幾日かが過ぎた。

 

 特に語ることもないような穏やかな日々が通り過ぎ、彼もまた穏やかに毎日を過ごしている。

 

 ただ、一つだけ気になることというのもあるにはあった。それは新月の日、紅魔館を含めた幻想郷全てが何かに警戒をしているように思えたことだ。

 

 それについて横島は永琳に話を聞いてみた。曰く、前の新月の日に異変が起こったとのこと。横島は幻想郷では度々異変が起こると聞いていたし、なにより元居た世界からして異変が起こりっぱなしだったのだ。特に何も無かったのなら、横島の心に残ることなくその話は風化していった。

 

 しかし新月がまた巡ってきたということは、即ち横島が幻想郷に墜落して一ヶ月が経ったということなのであるが、彼がそれを意識しているかはかなり怪しい。

 

 いや、彼自身焦りを感じていないわけではないのだが、それよりも深刻な危機が目の前に迫っているが故にそれに意識を割けないでいるのだ。

 

「うんうん。大分様になってきましたね、横島さん」

 

「そ、そうか? 自分ではあんまり分かんねーけど……」

 

 横島は既に日課となっている美鈴との太極拳の套路をこなしている。指導者が優秀なおかげか、彼の武術における成長のスピードは目を見張るものがあった。ほんの一ヶ月で型が様になるなど、普通では考えられない。これは横島が武術においても非凡な才能を持っているから……では、なかったりする。

 

「あ、でももう少し脇を締めた方が良いですね」

 

「……っ!!」

 

 美鈴が背後から横島の体勢を整える。……その際に美鈴の豊かな胸が微かに横島の背中に触れる。

 

「もっと背筋を伸ばして、腰を落として下さい」

 

 美鈴が横島の腰に触れる。……先程よりも強く密着し、美鈴の柔らかな双丘が面白いように形を変える。

 

「うん、良いですね。カッコいいですよ」

 

 美鈴が上目遣いに微笑む。……その頬は横島に密着していたからか桜色に染まり、尋常でない可憐さを生み出している。

 

「……キツイなぁ」

 

「確かにこの体勢はしんどいですが、そうでないと鍛錬になりませんしね。頑張ってください」

 

「……ああ、そうだな」

 

 何か二人の間にはとてつもない溝があるようだ。

 

(うふふ、これなら大丈夫そうですね……)

 

 美鈴は横島から見えないようにほくそ笑む。どうやら横島に内緒で何やら怪しげな計画を立てているようだ。

 

「横島さん、咲夜さんの許可は取ってありますので、午後はちょっと私に付き合ってください」

 

「え? ……ああ、了解」

 

 横島は美鈴の様子を訝しんだが、既に美鈴は咲夜の了承を得ているのだ。それはつまりレミリアも承知であるということ。ここは素直に頷いた方が良いだろうと結論付けた。

 

「んふふ、今から午後が楽しみですねー」

 

「俺はちょっと不安だけどなー」

 

 横島にとって、その日の午後は本当に大変なことになるのであるが、それに彼が気付けるはずもなかった。彼の霊感は、こういう時だけ非常に鈍くなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そして午後。中庭にて横島はまたしても見物人に囲まれていた。と言っても今回は以前のように美鈴と組み手をするわけではない。それを皆知っているわけなのだが、要するに皆暇なのである。横島としては見世物状態なので堪ったものではないだろう。

 

「それで、何故私がここに居るのでしょうか?」

 

 疲れたように息を吐き、隣に居る美鈴に問いかけるのは妖夢だ。対する美鈴は元気一杯であり、キラキラと覇気を撒き散らせている。その様子が妖夢には何だか腹立たしかった。

 

「ふふふ、今回妖夢さんに来てもらったのは他でもありません。ズバリ横島さんに関することです!」

 

「……」

 

 美鈴はビシッ! と横島を指差す。ギャラリーはノリが良く、ここで『おおー!』と歓声を上げる。横島は嫌な予感が一杯で非常に嫌そうな顔だ。

 

「……それで、横島さんがどうされたんです?」

 

 妖夢は意識を切り替えて(諦めて)美鈴に尋ねる。何だかんだで横島のことは気になっているし、ここまで巻き込まれてしまったのなら、自分から突っ込んでいった方が有意義な時間を過ごせるかもしれない。妖夢の思考はやはり諦めの方が強かった。

 

「まずは妖夢さんに見てもらいたいんです。……横島さん、私と毎朝一緒にやっている太極拳の型を一人でやってみてください」

 

「うん? ……まあ、良いけど」

 

 横島は美鈴の言葉に首を傾げながらも言われた通りにする。彼の心境も妖夢と一緒で諦めが強い。

 

 妖夢は横島の動きを見る内に目を見開いていき、やがて真剣に見つめだす。横島は二本の腕、二本の脚、胴体、目をそれぞれ別々にゆっくりと動かしている。それは拙い部分も多々あったが、ひどく緩やかで流麗であり、ちゃんと型として成立している。

 

「……これは簡化24式太極拳という、健康法で有名なものです。覚えやすく、短時間で演舞出来るように纏められているのが特徴なのですが……」

 

 美鈴はそこで区切り、ちらりと妖夢を見やる。彼女は相変わらず真剣な目で横島を見ており、その瞳には強い光が宿っている。

 

「横島さんが私からこれを学びだしたのは、ほんの一月ほど前のことなんですよ」

 

「――――!!」

 

 美鈴は更なる爆弾を落とした。一瞬、妖夢の目に昏い光が灯るが、それはすでに純粋な輝きの前に打ち消されていた。

 

「……横島さんはまだ武術に必要な体が出来ていません。確かによく鍛えられていますが、まだまだの部分もある。所々体幹がぶれるのはそのせいでしょう……。しかし、それを抜きにしても……!!」

 

「この成長具合はまさに驚異的、ですね」

 

 美鈴の相槌に妖夢は頷きを返す。

 

「やはり横島さんは凄い人だったのですね……!!」

 

 妖夢の瞳が光り輝く。先ほどは嫉妬の念が彼女にも宿ったのだが、それも一瞬のこと。何とも人が良いが、それも妖夢の美点である。特に彼女は今、ある夢想を描いている。

 

――――もし、横島に自らの剣術を仕込むことができるならば。

 

 妖夢の背筋にゾクゾクとした刺激が走る。そう、妖夢は白玉楼の庭師であると同時に幽々子の剣術指南役。指導者でもあるのだ。目の前に存在する逸材に、自らの剣を教え込みたい。それは酷く魅力的に思えた。

 

「横島さんは、剣術の才もありそうですねー?」

 

 妖夢はあくまでもさりげなくを装ってそう口にした。

 

「んー、そうなんかなぁ? 元の世界では霊波刀ってのを使ってはいたけど……」

 

「霊波刀……ですか?」

 

「ああ。その名の通り霊波で出来た刀のことでさ、霊気の集束に特化してる俺の主要武器ってとこだな」

 

 横島の言葉に妖夢の目がますます輝きを増す。どんどん自分にとって有力な材料が出てくるのだから、それも仕方の無いことである。

 

「あの、もし差し障りが無いのであれば見せて欲しいのですが……」

 

「ん? ん~~~~……」

 

 横島は妖夢の言葉に演舞も中断し、考え込む。手を開いては閉じを繰り返し、調子を確かめている。

 

「あ、無理にとは言いませんので……」

 

「んー、いや。とりあえず一回やってみるか。俺も確かめたかったし」

 

 横島は妖夢の様子に決心を固める。何より妖夢の様な美少女が見たがっているのだ。ならばやってみせるのが男というもの。気になることもあるのだし。

 

「でも今の俺は力を上手く扱えないからさ、あんまり期待はしないでね」

 

「いえ、そんな……! 私の方こそ催促をしてしまって……!」

 

 横島の態度に妖夢は恐縮してしまう。そんな妖夢に横島は苦笑し、そのまま精神集中に入る。

 

「……」

 

 その雰囲気はまさに張り詰めた弦のようで。それにあてられたのか、ワイワイと騒いでいたギャラリーも静かに様子を見守る。

 

「……!!」

 

 そして、横島を中心に膨大な霊力が渦を巻く。

 

「……!? こ、これは……!!」

 

 それは妖夢にとって予想外の出力であった。強い強いとは思っていたが、この力は完全に人間の領域を超越してしまっている。それ程の領域に彼が居るとは考えてもいなかったのだ。

 

「……行くぞ、っと」

 

 その言葉を皮切りに、迸っていた霊力が一点へと集束していく。即ち、横島の右手に。

 

「凄い……!! これ程の霊力を自在に操るなんて……!!」

 

 妖夢は横島の霊力を操作する技術に感動を覚える。自分も霊力の扱いは上手い方だと自負していたが、それは自惚れだったのだと思い知る。だがしかし、それでも。

 

「あ、これは……」

 

 隣で美鈴が声を上げる。何だろうと思った瞬間、それは起こった。

 

「妖夢さん、こっち!」

 

「え?」

 

――――爆発!!!!

 

「きゃああああああああ!!?」

 

 凄まじい光と爆音が辺りを蹂躙する。幸いそれは物理的な被害は出さなかったが、霊的な感覚は完全に狂わされている。その初めての感覚に妖夢は何とも言えない気持ちの悪さを覚えた。

 

「……ごめん、やっぱしくった」

 

 やがて、今ももうもうと煙を上げる爆心地から表れた横島が謝罪した。少し涙ぐんでいるようだ。……しかし、こうなることをどこか知っていたかのような、微妙な言い回しである。

 

「やっぱ今のままじゃ無理っぽい。もう少し修行しないと駄目だな」

 

「そ、そうですか……。何か、すみません……」

 

「妖夢ちゃんは悪くないって。美鈴も大丈夫か?」

 

「はい、私の方は大丈夫です。でも、妖夢さんが……」

 

 美鈴の言葉に横島は改めて妖夢を見やる。するとなるほど、さっきは気付かなかったが、確かに少々顔色が悪くなっている。

 

「あ、もしかして半霊が今の爆発でダメージを負っちゃったのか!?」

 

「え、いえそういうわけでは」

 

「と、とりあえず永琳先生直伝のヒーリングをするから、もうちょっと我慢しててくれ!」

 

「いえ、そうではなくて……」

 

「行くぞ……!!」

 

「――――ッ!!?」

 

 それからの数分間は妖夢にとって甘い地獄であった。永琳直伝のヒーリングとは、リラクゼーション効果のある霊波動の強化版。その効能は凄まじく、妖夢はヒーリングによる快感どころか、もはや性感すら覚えてしまう程に強力だ。横島達ゴーストスイーパーの霊波は霊体・妖怪を始めとした霊的存在に特に強力に作用する。妖夢は半分は人間だが、もう半分は幽霊だ。

 

 結局横島がヒーリングを終える頃には全身を赤く染め、息は荒く、瞳は潤み、見た目年齢とは不釣合いな程の色香を纏ってしまうことと相成った。

 

「これで大丈夫とは思うけど……。まだ、キツイか? もう少し続けようか?」

 

「い、いえ! もう全然大丈夫ですから……!!」

 

 流石にこれ以上はまずいと判断した妖夢は、横島の申し出を断った。「まだまだ修行が足りません」とぶつぶつ呟いている。妖夢はどこからか木刀を取り出し、ふらふらとその場から離れる。

 

「ちょ、どこ行くんだ?」

 

「ちょっと、色々と発散してきます……」

 

「だ、大丈夫か……?」

 

「はい、少しだけここを離れますね」

 

 妖夢は少々おぼつかない足取りで中庭の隅へと向かった。そこで素振りをするようだ。

 

「妖夢ちゃん、大丈夫かな……?」

 

「……」

 

 一連の流れを間近で見ていた美鈴は横島の傍へと歩き、少し強めにその頬を抓った。

 

「いひゃひゃひゃひゃ!!? ちょ、ひゃにひゅんだよ!!?」

 

「知りません」

 

「はあ!?」

 

 依然抓る力は変わらず。美鈴は妖夢に恥ずかしい思いをさせた横島への折檻を、ついでに胸に湧き上がるもやもやをピンチ力(抓む力)に変えて八つ当たりをする。

 

 妖夢が帰って来るまでの間、その光景は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから十数分が経ち、妖夢が戻ってくる。その表情は心なしか明るい。横島のヒーリングの影響か、普段以上のパフォーマンスを発揮出来たようだ。

 

「お待たせいたしました」

 

 妖夢は二人にぺこりと頭を下げる。二人は「そんな畏まらないでも」と苦笑気味だ。三人は少々閑談した後、再度横島の剣術の才能について話し出す。

 

「とりあえず思うままにこの木刀を振るってみてください」

 

 妖夢はそう言って横島に先程まで使っていた木刀を差し出した。木刀を受け取った横島は「思うままつってもなぁ……」とぶつぶつと呟いていたが、妖夢達から距離を取り、言われた通りに振り回す。

 

「ふむ……」

 

 妖夢と美鈴は横島の動きを冷静に観察する。

 

「やはり何らかの流派に属しているわけではなさそうですね」

 

「ええ。本当にただ力任せに振り回しているだけのようです。……しかし、あの剣はそれだけでない、何か強かさのような物を感じます。恐らくは、あれが横島さんの言う霊波刀を使うときの動きなのでしょう」

 

 妖夢の言葉に美鈴は頷く。妖夢は横島の動きを見ながら、もし彼に対し指導をするならどういった物が良いかを思案する。あの動きを矯正するのは骨が折れそうだが、同時に自分も良い修行となるだろう。何せあの動きは横島が生き残る為に、それこそ必死になって見につけた『技術の結晶』なのだ。自らが学ぶことも大いにあるだろう。

 

「……」

 

 ふと、妖夢が苦笑を浮かべる。何を勝手にその気になっているのやら、と自分に呆れたようだ。気が逸りすぎている自分に修行不足を痛感してしまう。

 

 だが、次に横島が取った行動で、是が非でも彼に剣術を修めてもらいたいと思うようになる。

 

「……う~む」

 

 横島が突然うなり声を上げ、考え込んでしまったのだ。かと思えば木刀を正眼に構え、何度も振り続ける。

 

「?」

 

 妖夢も美鈴も頭に疑問符を浮かべたが、それは徐々に驚愕に塗り潰されることになる。

 

――――剣閃が一振りごとに洗練されていくのだ。

 

 それはもはや力任せではなく、たゆまぬ修練により得られるはずの太刀筋。

 

 今、横島は師匠の一人を思い返している。彼女に直接師事されたわけではないのだが、彼女が剣を振るう姿は目に焼きついている。

 

 それはただただ美しく、神懸り的という言葉はまさに彼女の為にあるように思える。

 

 武神にして竜神。音に聞こえた神剣使い。妙神山管理人・小竜姫。

 

 横島は小竜姫を思い浮かべているのだ。

 

(思い出せ……。小竜姫様が剣を振ってたところを……)

 

 横島は目を瞑り、暗闇の視界の中、鮮明に小竜姫を描き出す。それは本物と寸分の狂いもなく、女性にのみ発揮される彼の尋常でない記憶力だからこそ出来る技だ。

 

 横島はその小竜姫の動きをトレースし、現実へと昇華させていく。だが、それだけではない。

 

 横島の全身から霊気が放出される。それはつまり、煩悩が刺激されているということだ。

 

(思い出せ……! 小竜姫様を、小竜姫様の全てを……!!)

 

 横島はその類稀なる煩悩を以って小竜姫のイメージをより完璧にする。

 

――――思い出せ、小竜姫様の匂いを。汗の匂いが混ざりながらも、いつまでも嗅いでいたくなるような小竜姫様の香りを!! 服からチラチラとその存在を主張する腋を!! 剣を振り上げるときに筋肉と連動してツンと上を向き、剣を振り下ろしたときに両腕に圧迫されて谷間を深くするチチを!! 垂れることなく持ち上がり、動きに合わせて躍動するシリを!!! 激しい動きを支え、より強靭な行動を発揮する為に鍛えられながらも、柔らかさと弾力を残し、適度に脂肪を乗せた、キュッと引き締まったフトモモを――――!!!!

 

「――――!!」

 

 最後に振り下ろされた一刀は、まだまだ未熟ながらもまさに小竜姫の再現だった。横島はフッと笑みを浮かべ、突然ガクリと地面に膝を着く。

 

「ど、どうしたんですか横島さん!?」

 

 美鈴が横島に駆け寄る。肩を抱かれた横島は、涙ぐみながらも何とか答える。

 

「何か、全身のいたるところがめっちゃ痛い……」

 

「あー、なるほど。横島さんはさっきみたいに剣を振ったことはあまりなさそうですし、多分普段使っていない筋肉を痛めてしまったのだと思います」

 

「おおう、そういうこともあるのか……。まぁ、小竜姫様の動きだしなぁ……」

 

 横島は小竜姫の動きを再現したことにより、ある種の筋肉痛になってしまったようだ。全身が痛むことは痛むが、何も生活に支障は無く、執事としての仕事にも影響は無さそうだ。横島はゆっくりと立ち上がり、木刀を返そうと妖夢の方を見やる。

 

「……?」

 

 すると、妖夢は俯き、体を震わせていた。横島はそれを疑問に思ったが、美鈴はその限りではなかった。何せ剣術の素人があれ程までに洗練された剣を見せたのだ。自らを未熟と断じながらも十分に達人と言える実力を持つ妖夢からすれば、思うところもあるだろう。美鈴ですら先程の横島には多少ではあるが昏い感情を抱いたのだ。

 

 美鈴のその考えは間違ってはいない。……ある程度は、だが。

 

「妖夢ちゃん、どうかしたのか?」

 

 横島は妖夢の様子を訝しがり、心配そうに歩を進める。程なく目の前にまで辿り着いた横島は、妖夢の肩に手を触れようとしたのだが、その手を妖夢に両手でがっしりと掴まれた。

 

「横島さん……」

 

「お、おう。どうしたの?」

 

「わ、私の……。私の……!」

 

 妖夢は横島をくわっと見開いた目で捉え、その言葉を口にした。

 

「私の、弟子になってください!!

 

「――――ゑ?」

 

 まさかの弟子の誘いであった。

 

「横島さんには才能があるんです! これを伸ばさないわけにはいきません! さ、もう一度構えてください。まず、刀の持ち方ですが……」

 

「ちょ、ちょっとー? 妖夢ちゃーん?」

 

「柄尻を左手の小指・薬指・親指で包むようにですね……」

 

 妖夢は横島の言葉を聞かずに、勝手に指導を始める。ごくごく基本的な部分からとはいえ、横島は面食らってしまい、まともに相手をすることが出来ない。それほどに今の妖夢は暴走しているのだ。

 

 そして、そこに割り込む一つの影。

 

「ちょちょちょ、ちょーーーーーーっと待ってください!!!」

 

 美鈴だ。二人の間にダッシュで割り込み、妖夢の額を手で押さえている。何となく二人の距離を離したくなったらしい。

 

「横島さんの返事も聞かずにいきなり指導を始めるのは良くないと私は思います! そもそも、横島さんは私の!! この私の弟子なんです!! 師匠である私を差し置いて横島さんを弟子にしようだなんて、そうは問屋が卸しませんよ!!」

 

「くっ……!? 確かに、それは礼を失していました」

 

「……いつから俺は美鈴の弟子になったんだろーか?」

 

 何か釈然としない思いが横島の胸中を過ぎるが、美鈴が弟子だと言うのだからきっと自分は美鈴の弟子なんだろうと無理矢理納得する。元の世界でも横島はいつのまにか小竜姫の弟子ということにされていたし、美少女の師匠が増えることは横島にとっても歓迎すべきことではある。美鈴達の方も話が纏まってきたようだ。

 

「正直なところ、妖夢さんが横島さんの師匠の一人になるのは構いません。でもそうなると、他にも色んな武術を教え込みたくもなってきましたね」

 

「そうですね。とりあえず私の知り合いに空手の達人とムエタイの達人、柔術の達人が居ますので、その人達も……」

 

「たとえ連載されていた雑誌が一緒でもそれ以上はいけないーーーーーー!!」

 

 横島は謎の危機感を覚えたが、何とか二人の暴走を食い止めることが出来た。

 

 そして、何故か錘の付いた木刀を振ることになってしまった。

 

「……いや、マジで何で?」

 

「この振り棒をすることで、剣を扱う体を作るのです。私も幼い頃はこうして鍛えましたね……」

 

「んー、そっちじゃなくて何でその振り棒? をすることになったのかを答えてほしかったなー。ま、良いけどさ」

 

 横島はもう早々に諦めモードだ。大人しく妖夢が言うように木刀を前後に振る。本来なら始めのうちは錘は二キログラム程度の物を使用するはずだったのだが、美鈴がそれでは軽すぎるとして、いきなり十倍の二十キログラムの錘を使用することとなった。霊力を纏った横島にとってはあって無きが如くだが、それでも疲労は蓄積されていく。

 

「うーん、思ったよりもしんどいかな……?」

 

 次第に額に汗が滲んでくる。そんな横島を見ていた美鈴は何を思ったのか、応援を始める。

 

「横島さーん! 頑張ってくださーい!!」

 

 美鈴は横島を応援しながらピョンピョンと飛び跳ねる。その姿はまるでチアガールのようで、非常に可愛らしい。横島もついつい視線が美鈴へと向いてしまう。

 

 さて、ここで美鈴の服装についてお話しよう。美鈴はとある時期から横島に対して無防備な所を晒すようになった。今は秋も深まってきており、気温もそれなりに低い。だというのに美鈴は露出度の高い服を着ていた。

 

 見た目は普段着ている中華服に近いのだが、ノースリーブの脇からちらちらと見えるブラジャーの紐。生地が薄いのか、よく見れば形が分かるへそ。太腿がほとんど露わになるまでに入れられた深いスリット。そんな状態で美鈴はピョンピョンと飛び跳ねているのだ。

 

 ぶっちゃければ、横島の位置からは色んな物が見えてしまっている。

 

「――ふっ」

 

 横島はとても爽やかな笑みを浮かべた。彼の中で驚異的な煩悩が渦巻き始める。――――しかし。

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 横島は突如吼えた。それと同時に爆発的に振り棒の速度が上がる。横島は、抗っているのだ。

 

「よ、横島さん!? い、いけません! 振り棒はただがむしゃらにするものでは……!!」

 

 突然の変化に妖夢は面食らう。しかしそれも一瞬のこと。すぐに静止させようと声を上げるのだが、それは美鈴に止められた。

 

「美鈴さん!?」

 

 美鈴はゆっくりと首を横に振る。

 

「私も以前言ったんです。ただがむしゃらに行うのではダメなのだと。でも、横島さんはこう返したんです。……『俺はこうしないと自分を超えられない。自分を超えるには、こうするしかない』……と」

 

「……!!」

 

「横島さんがどんな自分を超え、どんな自分になりたいのかは私には分かりません。でも、思ったんです。横島さんが言った、横島さんを超えた横島さんを見たい、と。……勿論本当に危ないときは止めています。でも、それ以外のときは応援してあげてください。横島さんもそれを望んでいるのだと思います……」

 

「……はい」

 

 何やら二人は盛り上がっているが、横島はそれを気にしている余裕はなかった。ちらりと妖夢を見る。

 

「が、がんばれっ、がんばれっ」

 

 一体何がどうなってそうなったのか、妖夢は顔を赤らめながらも美鈴と同じように応援していた。……控えめながらも、飛び跳ねることによって上着がめくれ、可愛らしいへそがちらちらと覗く。スカートもめくれ上がり、健康的な太腿が露わになる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 結果、横島は血涙まで流し始めた。

 

 一連の流れを見ているギャラリーは、皆一様に横島に同情の視線を送っている。横島の血涙の意味が理解出来たからだ。

 

「横島……、哀れな奴……」

 

 本来、横島は鍛錬だとか修行だとかは嫌いである。痛いのも辛いのも嫌いだし、毎日続けるようなしんどいことも嫌いだ。

 

 だが、横島はこの世界に来て自分の置かれた状況を認識して以来、毎日欠かさず霊力の修行をしている。毎度毎度強すぎる力に苦戦し、時には体に傷を負おうとも努力を重ねてきた。

 

 それは、霊力の制御を完璧にするため。自らの切り札、文珠を創り出すため。文珠を用い、元の世界に帰るため。そして、あと一つ――――。

 

 横島は美鈴に拳法を学んでいる。それこそ元の世界の皆が見れば、本当に横島本人なのかと疑う程に熱心に打ち込んでいる。それは、偏に自分に打ち勝つために。皆に煩悩を向けないために――――。

 

つまり、だ。横島は見た目年齢が下の者に手を出さないようにするために、煩悩を運動で発散することにした。だが、横島が誇る煩悩を発散するとなれば、それは生半可なことでは効果は発揮されない。だから彼はがむしゃらなのだ。汗を流し涙を流し、時には血反吐を吐き、血涙を流しながら体を痛めつける。

 

 横島が自らの煩悩を発散させる。それほどまでに過酷な修行を行っているのだ。武術の腕も加速度的に上がろうと言うものである。

 

 煩悩を皆に向けない。それを成せれば、自らが『ロリ』という魔道外道に堕ちずにいられる。皆も安全安心だ。……こんな横島をどう思うかは人によるが、情けないとは言って欲しくないものである。

 

 

 

 

 体力も消耗してきた頃、横島は目を瞑れば美鈴達の姿に惑わされることが無くなるとようやく気付き、振り棒を終えた。

 

 しかし、何故か拳法も元の世界の師匠を再現することになってしまった。美鈴曰く「妖夢さんの剣術ばっかりずるいじゃないですか」とのことらしい。

 

「拳法……。師匠の再現……」

 

 横島は考える。拳法を操り、尚且つ自分の師匠と呼べる存在のことを。

 

「……猿じじい? いやでも流石にアレは無理だしなぁ……。となると、あいつか」

 

 流石の横島でも、文珠なしでは斉天大聖孫悟空の模倣は不可能であった。そこで思いついたのは自分のライバルであり、親友の伊達雪之丞。

 

「……」

 

 横島は目を瞑り、静かに構えを取る。そして、雪之丞の一挙手一投足を鮮明に思い浮かべる。

 

(思い出せ……!! 雪之丞を、雪之丞の全てを……!!)

 

――――むさ苦しく暑苦しく汗臭い雪之丞の臭い!! 時々ピクピクと動かして「お前にこれが出来るか?」とでも言いたげなドヤ顔でアピールしてくる大胸筋!! ピシャンピシャンと叩き、その強靭さに思わず恍惚の笑みを浮かべていたこともある存在を強烈に誇示してくる腹直筋!!! 銭湯などでたまたま目の前に現れやがった、不快なまでに引き締まり、無駄に男らしさを撒き散らす大殿筋――――!!!!

 

「おぼろろろろろろろろろろ」

 

「わーーーーーー!!?」

 

「きゃーーーーーー!!?」

 

 横島は吐いた。胸を焼くような不快感に涙を流しながら、胃の中の物を全て吐き出した。何で雪之丞のことなんか鮮明に思い出さにゃならんのか。覚えていろ、帰ったら絶対にぶん殴る。横島は決意した。

 

「す、すいません! さっき体力をかなり消耗していたのに無理をさせてしまって……!!」

 

「あ゛ー、いやいや。大丈夫だから。むしろ吐いた分だけすっきりしてるから。……こっちこそ、吐いた物の処理をさせちゃってごめん……」

 

「いえ、そんな」

 

「謝られるようなことではありませんよ」

 

「……何てええ子らなんや……!」

 

 横島の言葉通り、吐瀉物は美鈴達が嫌な顔一つせずに処理をした。その様は横島に感涙を流させるだけの威力があったようだ。

 

「とりあえず今日はここまでにしておきましょうか」

 

「そうですね。私も幽々子様の夕飯の仕込がありますし……」

 

 どうやら本日はここでお開きとなるようだ。二人とも横島の体調を慮ってくれたらしい。横島の中で二人の高感度が上昇していく。

 

「横島さん、あまり無理をしてはいけませんよ?」

 

 妖夢の言葉に横島は本当に理解しているのか、曖昧に頷く。それだけ彼が感動しているということなのだが、傍目からは分かりにくい。妖夢も横島は大丈夫なのか心配が募るが、ここには永琳もいるのだ。恐らくは大丈夫であろう。

 

「それでは私は戻ります。今日はありがとうございました」

 

「ああ、こっちこそな。気を付けて帰るんだぞー」

 

「はい。……では、これから週に三日はこちらに来ますので」

 

「……はい」

 

 横島の執事生活に、新たに剣術修行が加わった。

 

 そうして妖夢はレミリア達にも挨拶をし、白玉楼へと帰っていった。横島も執事の仕事に戻ろうとしたが、レミリアに呼び止められ、何故か哀れみたっぷりの視線で日頃の労をねぎらわれた。

 

「え……っと?」

 

 それはレミリアだけでなく、パチュリー、咲夜、小悪魔、紫、輝夜、永琳、鈴仙……。てゐは何故か永琳の腕の中で顔を蒼白にして意識を失っているが、皆がとても優しく接してくれている。……大半が横島の煩悩に理解のある者達であり、先程の光景はそれだけ哀れだったのだろう。

 

「何かよく分かりませんが、ありがとうございます」

 

 照れたように微笑む横島に、何とも言えない空気の沈黙が圧し掛かった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。執事の仕事を終えた横島は考え事をしながら自室への廊下を歩いていた。内容は自身の霊能である『栄光の手』について。

 

(今日のことではっきりと分かった。このままじゃ、栄光の手を制御するのは無理だ)

 

 横島は考える。以前もう少しで制御出来ると考えていたのだが、その『もう少し』が問題だった。それは現在の横島の力量では届かず、しかし決して不可能な領域でもない。チラチラと尻尾を見せては隠れてしまう、野性の獣のように横島の焦燥を煽る。

 

(コントロールはそんな得意じゃねーんだよな……。霊力を押さえ込みながら手に集束、それを維持しつつ必要に応じて形も変える……。今の霊力量で?)

 

 現在の横島の霊力量は膨大だ。有り体に言ってしまえば、それこそ『神魔級』である。突然それほどの霊力量を得た横島は、当然その全てを扱いきれない。更に言えば、横島は自分のことを全く信用していない。自分の力量に見切りをつけるのも早かった。

 

(俺の霊力が神魔級なら、神魔の力を頼ってみよーかな?)

 

 横島の得意技に他力本願がある。このとき横島の脳裏に浮かんでいたのは、彼のライバルである雪之丞。そして彼の代名詞である『魔装術』だ。

 

(パチュリー様や魔理沙にアリスちゃんの三人に研究してもらおうかな? 小悪魔ちゃんとか契約してくんねーかな。契約者が友好的なら制御も楽だろーし)

 

 横島は安易な思いつきで思考を巡らせる。魔装術に対する勘違いも多分にある。しかし、それは現在の横島の状態を鑑みれば、最善とは言えずとも正解の一つであることに違いはないのだ。たとえ間違った部分を含めても、だ。

 

 このまま修行という形を取っていれば、いつかは制御出来るかもしれない。だがそれは数年程度では済むまい。文珠を製作し、元の世界に帰れるようになるまでになることを考えれば、誰かの力を借りたくもなるというもの。

 

――――横島は気付いていない。いや、気付いていてそれを考えないようにしているのかもしれない。

 

 ゴーストスイーパーを代表とする霊能力者の力は、本人の『精神状態』が大きく関係することに。ならば、かつて神魔級の力を扱ったこともある横島が、元の世界に帰れるようになるために力の制御をしようとし、今尚失敗を続ける理由とは――――。

 

「……横島さん」

 

「ん?」

 

 横島は背後から声を掛けられ、振り返る。だが視界の中には何も居ない。次に視線をわずかに下げると、そこにあったのは伸ばし放題のゆるい三つ編み。三号が横島を見上げていた。

 

「お、三号か。どーした?」

 

 横島は三号の頭を優しく撫でながら問い掛ける。三号はその感触を一頻り堪能した後、か細い声で呟く。

 

「……一緒にお風呂」

 

「ん? ……あー、そういやまだだったな」

 

 三号の言葉に横島は約束を思い出す。何だかんだで流れてしまっていたが、それは元々プレゼントの代わりに三号が要求したもの。忘れてしまうなど、かなり失礼なことをしてしまっていた。

 

「ごめんな、今までほったらかしにしちまってて。……部屋、来るか?」

 

 横島は三号に謝罪をし、約束を果たすために部屋に誘う。当然三号に否やは無く、嬉々として横島の後について行った。

 

 

 

 

「ほれ、ばんざーい」

 

「……ん」

 

 横島の自室、その洗面所。横島は三号が服を脱ぐのを手伝っている。今まで待たされたから、とは三号の意見だ。横島も負い目からそれを了承し、存分に甘やかすつもりである。

 

 横島は三号の服を全て脱がせた後、自分も服を脱ぎ、三号と共に浴室へと入る。三号は横島の筋肉を見てうんうんと頷いている。また少し彼女の理想に近づいてきたようだ。

 

「んーじゃまずは髪から洗うからな」

 

「……ん」

 

 三号の髪にゆっくりとお湯を掛ける。お湯の刺激に三号は体をプルプルと震わせるが、次第にそれも収まり、弛緩していく。

 

「本当なら色々するんだろうけど、俺ってシャンプーとリンスくらいしか知らないからさ。それでも良いか?」

 

「……うん。私も全然興味ないし」

 

「そーなのか? せっかくこんなに長い髪なのに」

 

「……三つ編みの感触が好きだから」

 

「……ふーん?」

 

 微妙に噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない会話が続く。それでもその雰囲気は悪くなく、お互いにリラックスしている様子だ。

 

「お湯掛けるぞー」

 

 横島はシャンプーの泡を洗い流す。次に洗面器にお湯を入れ、そこにリンスを溶き混ぜる。

 

「確かこうするんだったかなっと」

 

 横島はそれを三号の髪に丁寧につける。三号は目に泡が入るでもないのに、キュッと目を瞑っていた。

 

「またお湯掛けるぞー」

 

 横島はリンスを丁寧に洗い流す。伸ばし放題とはいえ、三号の髪は触り心地が良い。自分のせいで三号の髪を傷めたくはなかった。

 

「……次は背中」

 

「へいへい」

 

 横島は三号の要求に苦笑しつつ、ボディタオルにボディソープを付け、泡立てる。

 

「んじゃいくぞー?」

 

 横島はそっと優しく、三号の背中に触れる。

 

「……っ!」

 

「痛かったりくすぐったかったら言えよ?」

 

 そう言う横島の手つきは非常に優しかった。三号はその心地よさに目を瞑り、何も言わずにされるがまま。そうなると当然素早く洗い終えることとなる。

 

「背中終わったぞー?」

 

「……じゃあ前も」

 

「流石にそれは自分でやりなさい」

 

「……残念」

 

 三号は特に残念がっている様子もなく、淡々と体を洗い始める。横島も洗髪をし始め、三号が体を洗い終える頃には同じく体も洗い終えていた。

 

「……早い」

 

「男はこんなもんじゃねーか?」

 

 横島は元の世界で友人達と銭湯に行ったときのことを思い出す。皆確かに自分と同じくらいのスピードだった。……余計なモノまで思い出し横島の気分が悪くなってしまう。未だ昼間のことが尾を引いているのだろう。

 

「……それじゃ、お風呂に」

 

「はいよ、お姫様」

 

 両手を横島の首に絡める三号を、横島はお姫様抱っこで抱き上げ、そのまま湯船へと入る。お互いに肩まで浸かり、同時に息を吐く。

 

「……気持ちいい」

 

「だなぁ……」

 

 二人をまったりとした空気が包む。三号は横島の首元に顔を埋め、横島もそれを受け入れる。お互いに言葉は無いが、その沈黙もまた風情があった。

 

 

 

 

「ほれ、ちゃんと髪を乾かさねーとダメだぞ」

 

「……めんどくさい」

 

「風邪引くぞ……」

 

 横島は三号の髪をタオルで揉むように拭いて水気を取る。

 

「取り出したるは電動式送風髪乾かし機~ってな」

 

 横島はどこからか人里でにとりから買い取った髪乾かし機……ドライヤーを取り出していた。スイッチを入れ、三号の髪に温風を当てる。長い髪が放射状に舞った。

 

「……ぉぉぅ、これは……」

 

 三号は未知の感覚に一瞬身構えるが、髪に触れる横島の手と温風の暖かさに妙な声を上げてしまう。全体的に半乾きになったら今度は冷風。またも違う感覚に三号は驚くが、温まった髪と頭に冷たい風が気持ちいい。それだけでなく、横島は櫛で髪を梳いていく。三号にとって櫛が髪を通る感触も中々に新鮮だった。

 

「……ふわぁ」

 

「ははは、眠たそうだな」

 

 横島は三号の髪を乾かし終わり彼女の手を引いて洗面所から出る。視線の先、自分のベッドの上にはまた別の人物が居た。

 

「……お待たせ」

 

「全然まってないよー?」

 

 パジャマ姿に着替えた妖精メイド、二号だ。

 

「……なるほど、二号もまだだったよな」

 

「そーいうことー」

 

 二号はベッドから降り、横島に抱きつく。気持ちよさそうに頭をぐりぐりと擦り付けるのだが、身長の関係でその場所はみぞおち付近になってしまう。我慢出来ない程ではないが、多少息が詰まる。

 

「……それじゃ、私は自分の部屋に戻るから」

 

「大丈夫か? ちょっとふらふらしてっけど」

 

「ここで休ませてもらったほうが良いよー?」

 

 二号が横島の了解もなしに言うが、横島も最初からそのつもりだった。いつも何人もの妖精メイドがくっついてくるのだ。今更一人増えようが何の問題もない。だが、三号はそれをやんわりと断った。

 

「……ううん。二号の邪魔は出来ないし。部屋もここから近いから、大丈夫」

 

 三号はそれだけ言うと出口へと向かう。ドアを開け横島達に振り向き、一言。

 

「……おやすみなさい」

 

 そう言って三号は部屋を後にした。残された横島達は顔を見合わせる。

 

「気をつかってくれたのかなー?」

 

「まぁ、そうだろうな。……んじゃ、どうする? もう寝るか?」

 

 横島の言葉に二号はしばし考える。せっかくだから少し夜更かしがしたい。そう思い、二号は横島に話をねだる。

 

「横島さんの世界のお話を聞かせてください」

 

「ん? んー、そうだなぁ」

 

 横島はそれを聞き、一体どんな話をすれば良いのか迷ってしまう。何せ元の世界は幻想郷以上にカオスな世界だったのだ。話のネタはありすぎるほどにあり、逆に困ってしまう。だから、横島はとりあえず自分の初仕事、鬼塚蓄三郎という悪霊の退治に関して話し始めるのだった。……妙に横島自身の行動が美化されているのはご愛嬌、ということで。

 

 

 

 

「……んー」

 

 話し始めて一時間と少し。傍らから聞こえた小さな唸り声の主を見てみれば、二号はこっくりこっくりと船を漕いでいた。妖精メイドは早寝早起きの者が多い。二号もその一人であり、今の時間に起きているのは辛いものがあるのだろう。しかし二号は頭をプルプルと振り、無理に眠気を吹き飛ばそうとする。

 

「あらら。時間も遅いし、もう寝ようか」

 

「むー……。まだ、おはなし、するぅ……」

 

 二号は頭を横島の胸に擦り付ける。他の妖精メイド達も気を使ったのか、二人きりにしてくれている。それに感謝し、もっと甘えたく思っているのだが、どうにも眠気の方は振り払えそうに無い。

 

 残念な気持ちを抱く二号に気付いたのか、横島は二号の頭を撫で、そっと諭す。

 

「ほら、無理して夜更かしして明日に響いたらどうするんだ? そんなんじゃ怪我しちまうかもよ?」

 

「でもぉ……」

 

「何も今回だけって訳じゃねーんだしさ、また次にいっぱい話せばいいんだし」

 

「……また一緒に寝てくれるの?」

 

 二号は横島を期待の篭った視線で見る。横島はゆっくり頷く。

 

「お前が嫌じゃなけりゃな」

 

「……じゃあ、今日はもう寝るー」

 

「ん。よしよし」

 

「……えへへ」

 

 二号は体全体で横島に抱きついた。腕と脚を横島に目一杯絡ませ、頭は横島の腕の上に。

 

(……逆に寝づらくないんだろーか?)

 

 無粋なことを考える横島だが、それを口に出すことは無かった。もし口に出していたらポカポカと殴られていたことだろう。横島の口から出たものは、また別のものだった。

 

「――――……」

 

 それは子守唄だった。

 

 元の世界でおキヌから教えてもらった、綺麗な歌だ。

 

 横島は小さな声で、優しく、優しく歌い上げる。次第に二号の体からは力が抜けていき、やがて可愛らしい寝息が聞こえてきた。

 

「……」

 

 横島は二号を起こさぬよう、気をつけながら窓の外を見る。その身のほとんどを隠し、空に亀裂を思わせる曲線として姿を見せる月だったが、それでもその月は綺麗だと思わせる魅力があった。

 

 その月を見て、横島は物思いに耽る。

 

(……何で、皆は俺をロリコンにしようとするんだろう)

 

 その内容は非常に狂っていたが。

 

(美鈴といい妖夢ちゃんといい、何なんだろうか。誘ってるんだろうか。男は常に切羽詰ってるよーなもんだというのに。ムラムラするじゃねーか。……まあ、二号と三号は大丈夫だったけど。あと五歳程年取ってたら分かんねーけど)

 

 ちょっと最低な部分が思考に混ざってきた。 横島は少し長めに寝たほうが良いのかもしれない。というか煩悩が発散し切れていない。

 

 だが、横島は月を見上げてニヒルに笑う。自分は勝つ。勝ってみせる。そのために横島は誓いを立てる。

 

(絶対、ロリの魅力に負けたりしない……!!)

 

――――訂正しよう。横島は誓いではなく、フラグを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話

『必死な理由』

~了~

 




お疲れ様でした。

横島を武術の達人にする……。YOKOSHIMA物では定番の一つですね。

煩悩漢でもやってやろうと当初から考えていました。

……私では横島が武術に打ち込む理由が、こんなのしか思いつかなかったんです……!!

それはさておき、次回はようやく会うよ会うよと言いながら出番が無かった慧音が登場します。慧音も可愛いよね。

それでは次回をお待ちください。

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