東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回は番外編です。

時間的には横島が穴に落ちたすぐ後ですね。

今回も独自設定がてんこ盛りですので、そういうのが苦手な方はご注意ください。

それではまたあとがきで。


番外編

 明け方に程近い夜の道路を、法定速度をぶっちぎって美神達が乗ったシェルビー・コブラが疾走する。当然後ろからはパトカーが警告を発しながら追い掛けてきており、助手席に座るおキヌは涙目となっている。

 

「ひーん、どうするんですか美神さーん!?」

 

 おキヌは美神に非難がましい目を向け、警察への対応をどうするのかを問う。

 

「大丈夫よ、悪霊の除霊中だったってことにするから!」

 

 美神はパトカーのサイレンの音や、風に負けないように少々大きめの声で答える。美神の膝の上に居る狐の姿のタマモは、胡散臭そうに美神を見上げている。

 

「いくら何でも、それは無理なんじゃないの? 悪霊なんてそう都合良く出てくるもんじゃないし……」

 

 タマモは鼻をすんすんとひくつかせる。臭いで周囲に悪霊の気配がないかを探っているようだ。

 

「タマモ……、何の為にアンタが居ると思ってんの?」

 

「え、私?」

 

 美神の言葉は予想外だったのか、タマモは戸惑いの声を上げる。おキヌの膝の上に居る狼の姿のシロも首を傾げている。

 

「まさか……、幻術ですか?」

 

 美神の意図に気付けたのは、やはり付き合いの長いおキヌであった。半ば確信を得ている外れていてほしい予想を、美神に対してぶつけてみる。

 

「当然! タマモの幻術で凶悪な悪霊の姿を後ろの奴らに見せて、私がそれを退治したように見せる! 完璧な作戦だわ! 唐巣先生の話を聞いてて良かった!」

 

「やっぱりですか!?」

 

「私、そんなことをする為にお世話になってるんじゃないんだけど!?」

 

「誤魔化す為にはそれしかないのでござろーか……」

 

 師匠である唐巣から聞いた母の過去を元にした美神の作戦に、それぞれが反応を示す。

 

 おキヌは予想が当たった事に頭を抱え、タマモは美神に示された役割に悲鳴を上げる。何気に現代の常識が身に付いてきたのか、自らの立場を客観的に見れるようになっている。

 

 唯一理解を示しているような発言をしているシロだが、それは理解と言うより、どちらかと言えば諦念に近い呟きのように聞こえる。シロも美神と横島の影響により、多少は擦れてきたようだ。

 

 結局美神の作戦に対する対案は出ず、都内の事務所に近い場所で作戦は決行された。

 

 追ってきた警察も除霊に必要な行為だったのだと納得(洗脳)させられ、簡単な問答を行ってすぐに帰っていく。これは心霊現象に対するゴーストスイーパーの除霊に関して、法律がまだ曖昧にしか制定されていないからであった。

 

 それを見送るおキヌとシロの視線は、実に痛ましそうだったという。

 

 警察とのやりとりを終えた美神達はコブラをガレージに停め、事務所に入り最低限の荷物を用意して再びガレージへと戻る。

 

 おキヌはコブラの助手席に用意した荷物を置くのだが、そこに美神が待ったを掛ける。

 

「おキヌちゃん、妙神山にはコブラでは行かないわよ。こっちよ、こっち」

 

 美神が指差す方向、そこにはまるで大型のオートバイのような形状をした魔法の箒、『カオスフライヤーⅡ号』があった。

 

「何時間も掛けて山を登るのは避けたいしね。空から直接向かうわよ」

 

 そう言う美神はごく少ない荷物をポーチに入れ、腰に下げている。確かに余計な時間の浪費は遠慮したい。

 

「シロ、タマモ。悪いけど、アンタ達は動物の状態で布で私達の体に固定するわ。人型だと定員オーバーだし、留守番はしたくないんでしょ?」

 

「当然でござる! 横島先生の危機に、じっとしていられないでござるよ!」

 

「一人だけ置いていかれるのは嫌だしね。……何だかんだで横島には世話になってるし、私も行くわ」

 

 二人の言葉に頷いた美神は大きめの布を用意する。運転を担当する美神がタマモを体の前に、大型犬に近い体躯を持つシロを背負う形でおキヌに固定する。

 

「重たいだろうけど、我慢してね」

 

「申し訳ないでござる、おキヌ殿」

 

「ううん、大丈夫だよシロちゃん。……美神さん、行きましょう」

 

 美神に倣い少量の荷物をポーチに入れ、美神を促す。美神も頷き、二人はカオスフライヤーⅡ号に跨がる。ガレージのシャッターがゆっくりと上がっていく。

 

「それじゃ、行ってくるわ。お留守番お願いね、人工幽霊一号」

 

「――――お任せください、オーナー」

 

 美神の言葉に、事務所に宿った霊的存在『渋鯖人工幽霊一号』が答える。

 

「それじゃ、妙神山に向けて発進!」

 

 ガレージから飛び出したカオスフライヤーⅡ号は、風を切るような速さで空を行く。それを見守るのは人工幽霊一号ただ一人ではない。

 

 朝日は既に、顔を出していた。

 

 

 

 

 

 

 日本のどこかに存在する霊能力者の修行場『妙神山』。

 

 その門に取り付けられている鬼の顔、『鬼門』の二人は暇を持て余していた。

 

「……なあ、左の」

 

「……何だ、右の」

 

「……暇だの」

 

「……その話は何回目だろーか」

 

 もはや数え切れぬ程に繰り返されているらしい。その原因は霊能力者として優秀な者達が、美神達を除いてとんと現れなくなったからだ。

 

 偶にやって来る霊能力者は修行場に辿り着いた時点で完全に疲れきっており、鬼門達に軽くあしらわれる。ちゃんと体力を回復させてから臨む者も居るには居るが、それでも秒殺される程度の腕前でしかない。

 

 妙神山修行場は世界でも有数の修行場の一つ。当然鬼門も修行場の門番としては優秀であり、彼等を突破出来るのは一流の証拠となる。

 

 そんな一流が、自らの生死を賭けて修行をする場なのだ。鬼門からすれば、登山程度でコンディションを崩すような輩ははっきりと言って未熟者であると認識している。

 

――――しかし。

 

「……ん? 左の、あれは……?」

 

 右の鬼門が目線で空の一画を示す。目線を追った左の鬼門が見たものは、太陽の光を反射し、キラキラと輝いている飛行物体だ。

 

「何だ、あれはもしやゆーふぉーとかいうやつではないか?」

 

「おお! 未確認飛行物体というやつだな、左の」

 

 鬼門達がどこで知ったのかは定かではないが、徐々に現代の知識を吸収しているらしい。

 

 鬼門達が見守る中、謎の飛行物体はぐんぐんと近づき、やがてその全貌を明らかにする。

 

「――――やっっっと着いたーーー!!!」

 

 鬼門達の眼前で停止する飛行物体。それは妙な外観の魔法の箒であり、それに跨がっていたのは鬼門達とも親交がある存在、美神令子達であった。

 

「おお、美神か! 久しいな」

 

「アンタ達もね、鬼門」

 

 暇を持て余していた二人には嬉しい来客だ。例え美神がすぐに修行場の中に入ったとしても、自分達の上司である小竜姫に話を聞くことが出来る。何より美神が来るということは騒がしくなるということが、過去のデータから立証されている。

 

 とある存在が現在妙神山に居ないのも、美神の来訪を喜ぶ理由だろう。

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

「おお、おキヌか。お前も来ていたのだな」

 

「実に久しぶりの来客だ。……ん? どうやら、見慣れない者達が居るようだが。珍しいな、人狼に妖狐か」

 

 鬼門は美神達との挨拶を済ませ、彼女達の胸や背中に固定されているシロとタマモに気付く。どうやら二人が妖怪であることも見破っているようだ。

 

 長年門番をしていた経験が活きているのだろう。もしかしたら過去に人狼や妖狐といった犬神族が修行に訪れていたのかもしれない。

 

「案外聡いわね……。それより、私達を中に入れてくれない? 小竜姫に緊急の用事があるのよ」

 

「ふむ……」

 

 不安げな表情をしているおキヌ達を代表し、美神が要件を告げる。美神の言葉に考えること数秒。鬼門は一つ頷くと、美神に声を掛ける。

 

「本来なら美神以外の者には我らの試しを受けてもらうところだが、今回は緊急の用事とのこと。分かった、入るが良い」

 

 そう言って、門を開いた。途端に美神達の表情は明るくなる。それを見た鬼門達は、やはりと内心で呟いた。鬼門達は正確に読み取っていたのだ。普段通り冷静に振る舞っている、美神の内心の焦りを。

 

「サンキュー! お礼に今度お酒をたんまり持ってくるわ!」

 

「ぬ!? う、うむ。楽しみにしておく……」

 

 口々に礼を言い、足早に門をくぐり抜けていく美神達を見送る鬼門達だが、彼等は美神の言葉に強い衝撃を受けていた。

 

 あの美神が、自分達に礼を言い、あまつさえ酒を持ってくるという。

 

「……なあ、右の」

 

「……何だ、左の」

 

 一流を超えた一流、美神令子。

 

「……一体何があったのか……?」

 

「……うーむ……」

 

 その彼女がこれほどまでに精神を乱される程の緊急事態とは、どういうものなのか。鬼門達はただただ首を傾げるのみであった。

 

 

 

 

 

 

 美神達が門をくぐってしばらく、修行場の戸の前に立った美神はそれを開けようと戸に手をかけようとする。だが、それれよりも早く戸は開き、中から修行場の管理人が現れた。

 

「おはようございます。お久しぶりですね美神さん、おキヌちゃん。……どうやら初めましての方も居るようですが、今日はどういったご用件でしょうか?」

 

 凛としたたたずまいに全身から漲る竜気、神としての秘めたる、圧倒的な威圧感。一分の隙もない、シロやタマモがそう本能的に感じてしまうほどの存在。

 

 それは武神にして竜神。『人間界』に存在する中では、最高に近い力を誇る神族。――――小竜姫である。

 

「小竜姫!」

 

「小竜姫様!」

 

 美神とおキヌは声を上げる。小竜姫はそれに微笑みを浮かべているが、やがて首を傾げたあとにキョロキョロと辺りを見回し始める。

 

「……どうしたのよ?」

 

「いえ、いつもなら横島さんが『神と人間の禁断の愛にぼかぁもうっ!』とか言いながら飛びかかってくるので……」

 

 小竜姫は横島が飛びかかってこないことに疑問を覚えている。神がそうなるほどにまで飛びかかる横島という存在に、美神達は頭が痛む思いだが、今日はその横島に関して力を借りに来たのだ。そのことを思い出したおキヌは小竜姫に縋りつく。

 

「し、小竜姫様! 横島さんが……横島さんが大変なんです!!」

 

 目に涙を浮かべ、必死に小竜姫へと訴える。その尋常ならざる様子に、小竜姫は顔をキリリと引き締め、美神に詳しい話を聞く。

 

 その前にとシロとタマモは人型を取り、小竜姫と挨拶を交わす。二人共に恐縮しきった様子だが、小竜姫を見る目は強い。

 

 美神から詳しい説明を受けた小竜姫は深く考え込む。

 

(……結果的に、あの子が魔界に行っていて助かりましたね。こんなことが知れたら、また修行場が全壊していたかもしれません)

 

 小竜姫はその光景を思い浮かべ、顔を歪める。その様子を不安げに見ていたシロとタマモの頭を優しく撫で、小竜姫は柔らかく微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。横島さんはきっと無事です。今までどんなに絶望的な状況でも生還してきたのだから、今回も大丈夫です」

 

「し、しかし……」

 

「横島さんを信じてください。彼のことだから、きっと今頃『あー、死ぬかと思った』って言いながらピンピンとしていますよ」

 

 尚も不安が募るシロに、小竜姫はそう語る。それは易々と思い浮かぶ、楽観的な想像だ。だが、それは確かに有り得ることである。通常ならば考えられないことなのだが、これも全ては横島だからか。

 

「私の友人に物事の調査が得意な者が居ます。現在妙神山には居ませんが、呼べば数分としない内に現れるでしょう」

 

 その言葉にシロとタマモの表情が明るくなる。タマモはあまり表情を出さないようにしているが、小竜姫にはそれもお見通しだったようだ。

 

 対照的に表情が優れないのは美神だ。小竜姫の言う友人に色々と振り回されたことのある彼女は、今回のことで役に立つのかどうか懐疑的だった。そんな美神をおキヌはとりなしているが、そんなことをするおキヌも多少はそう思っているのかもしれない。

 

「どうせならジークを呼んだ方が……」

 

「ま、まーまー。ヒャクメ様でも大丈夫ですよ、きっと」

 

 小竜姫は後ろから聞こえてくる二人の会話には苦笑を浮かべるしかない。何故なら小竜姫自身もそう思っているからだったりする。

 

「では、ヒャクメを呼んできますね。美神さん達は居住区の居間で待っていてください。大丈夫、あの子だってやれば出来る子です。真面目にやれば大丈夫ですよ、きっと」

 

 半ば自分に言い聞かせるように呟きながら小竜姫はその場を後にする。美神達は小竜姫を見送り、言われた通りに居住区の居間で待つ。そこには小さめのちゃぶ台と何枚かの座布団があり、彼女達はそこに腰を下ろした。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配している。普段元気が有り余っているシロには辛い状態だが、流石に今は騒ぐ気になれないのか、膝を抱えて大人しくしている。

 

 沈黙が続く中、おキヌはその静けさに違和感を覚えた。いくら何でも、人の気配が無さ過ぎると。

 

「あれ……?」

 

「どうしたの、おキヌちゃん?」

 

 美神はおキヌに問い掛ける。

 

「いえ、確か妙神山にはパピリオちゃんが居るはずですよね……? そのわりには静か過ぎるような……」

 

「……そういえば」

 

 おキヌの言葉に美神は頷く。彼女は見た目も性格も遊びたい盛りの幼い少女のそれと同じ。ここまで静かなのは考えにくいし、霊気を探ってみても彼女の巨大な魔力は感じられない。

 

「……誰? そのパピリオって」

 

 美神達の話に聞き慣れない名前が出たことで、タマモの興味を引いたようだ。見ればタマモだけでなく、シロも美神達を見ている。

 

 美神とおキヌは思わず目を合わせたが、同時に頷くと美神が説明を始める。

 

「パピリオっていうのは、ここで預かってもらってる横島君の妹みたいな子よ」

 

「先生の妹、でござるか……? 妹御がおられたとは、初耳でござる」

 

「いや、今の口振りだと本当の妹ってわけじゃなさそうだけど。そんな子もいたんだ」

 

「……まあ、話すとかなり長くなるし、今は勘弁してね。何なら横島君が帰ってきてから話してもらえばいいし」

 

 美神の言葉に二人は頷く。その光景を思い浮かべ、ぎこちなくだが笑みも浮かぶ。

 

「それにしても遅いわね。何やってんのかしら、小竜姫は」

 

「まあまあ、まだ二十分も経ってませんしそんなにカリカリしなくても――――」

 

――――瞬間、悲鳴が響いた。

 

「ひゃーーーー!?」

 

「っ!?」

 

 悲鳴に反応し、美神達は立ち上がる。その声は待ち人であるヒャクメの声に酷似していたからだ。

 

「行くわよ!」

 

「はいっ!」

 

 美神の号令に皆は頷く。居間を飛び出して悲鳴が聞こえた場所へと走る。先頭を行くのは犬神族の二人だ。

 

「ここでござる!」

 

 シロは襖を開け放つ。神族の家での振る舞いではないが、緊急事態なので許してはもらえるだろう。

 

 そして、そこで見たものは。

 

「んなっ!?」

 

「ひ、ヒャクメ様!?」

 

 目をぐるぐると回して倒れ伏しているヒャクメと、そのヒャクメの様子に泡を食う小竜姫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 そこは光に包まれた空間だった。

 

 一体どこから光が放たれているのか、あるいは空間そのものが輝いているのか。とにかくそこは光に満ち、形ある物の輪郭を浮き彫りにする。

 

「……」

 

 輝く空間の中央に、巨大な構造物があった。それは遠目には何やら茸のような形をしており、柄の部分はパイプオルガンのような構造をしている。そこには空間にも負けず光り輝く男が佇んでいた。

 

 その背後、男と同様に輝きを放つ存在が現れた。

 

「――――ただいま、っと」

 

「ああ、お帰りなさい」

 

 二人は挨拶を交わす。二人の語調には差異があり、後から現れた男の声は沈んでいた。

 

「その様子では、やはり間に合わなかったようですね」

 

「ああ……。ワシが駆け付けた時には『落ちて』いきよったとこでな。思わず涙ながらに敬礼してもうたわ」

 

 冗談めかして語る男だが、それは言葉だけだった。彼から滲み出る気配は重く、語らずとも暗澹たる心情を表している。

 

「……ふう。まさか、こんなことになるとは思いませんでしたね、サっちゃん」

 

「流石になぁ。やっぱ、ことの発端はこれやろか、キーやん?」

 

 サっちゃんと呼ばれた男、魔界の最高指導者は眼前の巨大構造物を見上げる。神界の最高指導者、キーやんもそれに続いた。

 

「劣化品とは言うても、やっぱ使うべきやなかったかな。この――――宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)は……」

 

 二人は無言で宇宙処理装置を見つめる。

 

 二人……否、神界と魔界が宇宙処理装置を劣化品とはいえ組み直したのには、ごく単純な理由があった。

 

 人間界に干渉可能なレベルの『神魔族デタント推進派』が、アシュタロスとの戦いで極端に減少したからだ。

 

 人間界に干渉出来る神魔族は殆どが下級に属している。中には小竜姫や斉天大聖といった例外も存在するが、大きすぎる力によって宇宙のバランスを壊さないようにする為に配慮されているのだ。

 

 しかしそれもアシュタロスとの戦いの後から激変。人間に祝福を与えるべき神族も、人間に適度な刺激を与える魔族も、人間界から姿を消してしまっているのが現状だ。

 

 勿論全てが滅ぼされたというわけではない。寝返ったわけでもない。問題は、人間界の方にあったのだ。

 

 アシュタロスとの戦いは色々な者達に色々な傷を付けた。魔神という訳の分からない存在の恐怖。魔神という訳の分からない力の恐怖。

 

 しかし、それ以上に顕著なのが神族への不信だ。

 

 あの戦いの中、人々は口々に叫んだ。「神は我等を見捨てたのか」「これが神の意志なのか」と。神族への信仰が弱りだしたのだ。

 

 これにより神魔族間のパワーバランスに変化が生じている。魔神と呼ばれ、魔界の六人の実力者に数えられるアシュタロスを失った『今』の魔界と同程度の力関係になるまでに信仰は低下しているのだ。妙神山で保護観察処分を受けているはずのパピリオがいないのも、これが理由である。

 

 これを好機と見たのは神族のデタント反対派だ。人間の信仰の低下は魔族のせいであり、今こそ奴らを滅ぼすべきであると声高に叫ぶ。

 

 当然それはすげなく却下されたのだが、次に標的とされたのは人間であった。

 

 特にアシュタロスと戦ったゴーストスイーパーを例に出し、『金や煩悩にまみれた者達が魔族と心を通わせたのが間違いなのだ』『このように人間は簡単に邪悪に染まる。このままでは魔族の力ばかりが強くなる』と言って憚らない。

 

 こういったものは唾棄すべき意見であるのだが、賛同する者が一定数存在するのもまた事実だ。

 

 特に今回の戦いで主流派であるデタント推進派の力は弱まっている。その焦りから一部の者達が目を付けたのが、宇宙処理装置であった。

 

 完全に破棄される予定であったそれを回収し、徹底的に精査して様々な条件付けを施し、干渉出来るのは神魔族にとってはほんの些細な因果律。ただし、その範囲は人間界全土だ。それを以て人間達を導く……。はっきりと言えば、穴ばかりが目立つ。

 

 しかし、宇宙処理装置の威力を知っている者からすれば、それこそ些細な問題だった。

 

 結局の所はデタント反対派の中の中立寄りの勢力が推進派に流れ、反対派が押さえ込まれる形で案が採用された。

 

 宇宙処理装置の使用を強硬に反対していた神魔の最高指導部も、結局は折れたのだ。宇宙処理装置を使用出来るのは最高指導部だけ。それが決め手だった。

 

 現在反対派は息を潜めている。今すぐどうこうしようという動きは無いようだ。それが百年保つか、千年保つか。これらのことを知るのは神魔族の上層部のみ。一介の調査官では知る由もないことだ。

 

「ワシらが宇宙処理装置で行ったんは、人間にささやかな幸福を与えること」

 

「今の駐留神族では、とてもまかないきれませんからね」

 

 サっちゃんの言葉にキーやんが相槌を打つ。

 

「特にあの坊主……横島忠夫にはどえらい迷惑かけてもたからな」

 

「ええ……。だからこそ、宇宙処理装置の出番だったのですが……」

 

 キーやんは表情に陰を湛える。今の人間界では、横島は良くも悪くも有名だ。

 

 前者は高校生の少年でありながら単身敵地にスパイとして潜り込み、アシュタロスと最後まで戦い続けた英雄の一人として。

 

 後者はゴーストスイーパーでありながら世界を裏切ってアシュタロス側に付いた、人類の裏切り者として。

 

 当然横島のことは敵地から帰還した時から活躍を報じ、彼が英雄的偉業を成し遂げたことを広く流布している。

 

 だが、彼がスパイ中に襲撃した人間の中に奈室安美恵やクワガタ投手といった著名人が混ざっていたのが不味かった。

 

 奈室やクワガタは横島を擁護し、恨むどころか逆に尊敬しているとさえ言ってくれた。だが、ごく一部の『熱心なファン』はそれを『無理矢理言わされている』と感じたのだ。

 

 横島は気付いていないが、彼は密かに警察やオカルトGメンに守られている。何度か襲撃も合ったようなのだが、いずれも未然に防ぐことが出来た。神魔の最高指導部はこれを重く見ていた。

 

 今回の戦い、突き詰めれば悪いのはアシュタロスと、アシュタロスを止められなかった神魔族である。

 

 大した力を持たないはずの人間、ゴーストスイーパー達が不甲斐ない自分達の尻拭いをしてくれたのだ。

 

 特に、横島忠夫。彼の顛末を知る最高指導部はこれ以上彼に辛い思いをさせたくはなかった。だからこそ、宇宙処理装置を使って彼に『幸福の加護』を与えようとしたのだが……。

 

「まさか、『落ちて』いくとは思いませんでしたよ」

 

「……まるで、『こっちの世界』では幸せになれへんみたいな感じやな」

 

「思い当たる節はありますね……」

 

 サっちゃんの憮然とした言葉に、キーやんは頷く。「劣化品だから、というのも否めませんが」とも呟いた。

 

「エネルギー源の『感情の結晶』の方はどうやったん?」

 

「何も問題はなし。本体含め、呪的トラップの痕跡もありませんでした」

 

 感情の結晶。それは劣化版宇宙処理装置のエネルギー源だ。

 

 世界中に散らばる悪霊の、『悪意』を抜き取り、浄化して純粋な感情エネルギーへと変えた代物である。純正の『魂の結晶』と比べれば出力は数段落ち、これも最高指導部が使用を決定した決め手の一つでもある。

 

 本来悪意を抜かれた悪意は成仏して輪廻の輪に戻るのだが、いくつかの悪霊は成仏せず、心に刻まれた行動を繰り返す存在と化した。それはまるで『技術の化け物』に酷似しており、美神達が戦った忍者の悪霊もこれに当たる。宇宙のバランスを取るため、宇宙意志が介入したのだろうというのが最高指導部の予測だ。

 

「まあ、『落ちて』いったわけやからこの世界よりは神魔の支配率は低いやろうし、何よりワシが全力で祝福したから、幸運には恵まれるはずやけど……むしろ死者の蘇生とか極端な願い以外は叶うんちゃうか?」

 

「あの一瞬でよく出来ましたね。それならば少しは安心出来ます。向こうの世界の支配率が低いなら、この世界の私達の力は絶大な威力を発揮しますからね」

 

 神魔の支配率とは、言い換えれば信仰の度合いだ。この世界は神魔が人と共に在る世界であり、当然それに比例して信仰も厚い。現在は信仰が薄れていってはいても、未だに支配率は高いとも言える。

 

 逆に水が低きに流れるように、信仰が薄まれば支配率も下がる。

 

 横島忠夫という少年は神魔を知っているが、信仰はしていない。

 

 世界の『隙間』に飲まれた時、『落ちて』いったのはそういうわけだ。

 

「捕捉は出来てるんか?」

 

「一応……ですね。手出しが出来ない状況ですが」

 

「支配率が低いとはいえ、別の世界やからなぁ……。その分ワシの祝福は格段に効果を発揮するやろうけど……」

 

「そういった世界の場合、何らかの形で我々の世界より突出した何かがありますからね。ひとまずは今回の原因を調べないといけませんし、しばらくは様子見となりますか……」

 

 キーやんの言葉が示す通り、今出来ることはそれしかない。神魔の最高指導者とはいえ、出来ることにも限りがある。それを痛いほどに理解している二人は溜め息を吐いた。

 

「……まあ、そういうことです。分かりましたか――――ヒャクメ?」

 

――――!?

 

 この空間を覗いていた何者かの気配が、途端に大きく揺らぐ。

 

「アシュタロスとの戦いの功績があるから今回は大目に見たるけど、次やった時にはワシらが直々にお仕置きしたるからな。気ーつけなあかんでー?」

 

――――ひゃーーーー!?

 

 キーやんに続いたサっちゃんは、この空間を覗いているヒャクメにちょっとした魔力をぶつける。それだけでヒャクメは気を失ったようだ。

 

「……まさか、覗かれるとは思わんかったな」

 

「ええ。彼女の能力を甘く見ていたようです」

 

 目を回したヒャクメの様子に、二人の顔に苦笑が浮かぶ。困った部下だが、少し気分が軽くなった。

 

「横島忠夫……、彼はデタントの象徴とも言えます。私達としても、彼にこんな形で死んでほしくはありません」

 

「いつ頃になるかは分からんけど、必ず助けたるさかい、もうちょっと待っとってや」

 

 キーやんとサっちゃんは横島を助けることを誓う。

 

 人間を助ける為に神魔が手を取り合う。これもデタントの一つの形なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに最高指導者達の会話を盗み見していたことがバレたヒャクメは、小竜姫によって未だかつてない、聖書級崩壊(ハルマゲドン)と錯覚せんばかりのお仕置きを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編

『神魔の裏事情』

~了~




お疲れ様でした。

今回は煩悩漢ではこんな設定ですよ、というお話。

あれ? 美神達の、話……?

最初はどこまで書くか迷いましたが、たいした秘密でもないのでほぼ全バラしです。

二話の敬礼してる人の本当の正体とか十四話の世界の在り方を書き換える何かとか、GS世界の謎は大体明かせました。

今後は東方世界の伏線ですねー。(伏線と言えるか自信はありませんが……)

次回、ついに横島の煩悩が女の子(ロリ)達に……!?

それではまた次回。

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