東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

この煩悩漢も、ついに10万UAを突破いたしました。

これも応援してくださっている皆様のおかげです。
これからも東方煩悩漢をよろしくお願いいたします。



さて、今回は過去最大の文章量となっています。
何か回を追うごとに増えているような……?

それではあとがきでお会いしましょう。


第二十話『きっと空を飛べるはず。多分。恐らく。』

 

 パチュリー・ノーレッジの朝は遅い。

 

 朝早くから仕事のある咲夜達メイドや美鈴は当然だが、レミリア、フランの二人も吸血鬼ではあるが朝には強い。

 

 レミリアの場合は周りに合わせる為に早寝早起きを心掛け、フランは夜に活動するのが自分一人なのは寂しいと、生活サイクルを改めた。

 

 それに比べてパチュリーは夜更かしをして本を読んでいることが多く、当然朝にちゃんと起きられない日々が続く。

 

 特に最近は横島の体を調べたり、横島から聞いた『向こうの世界』の魔法の再現、更には紫からの依頼で平行世界についての調査などで深夜遅くまで起きていることもざらだ。

 

 パチュリーの使い魔である小悪魔も主に付き合い、ここ最近は寝不足の日々が続いている。

 

 健康的な生活を送り始めた紅魔館の中で、尚も不健康な日々を邁進する二人に、永琳の雷が落ちる日は近い。

 

「ん……」

 

 ベッドの上で少女から吐息に近い声が漏れる。覚醒が近いのだ。

 

 何度か寝返りを打ち、そのまま微睡みの中を漂っていたかったようだが、不意に顔に差した陽射しのせいで意識が完全に覚醒してしまう。

 

「……ふあぁ、んぅ」

 

 のっそりと上体を起こし、欠伸を一つ。そのまま窓に目をやれば、太陽は燦々と部屋を明るく照らしている。

 

「……いつもより、大分早く目が覚めたわね」

 

 太陽の位置から現在の時刻を割り出した少女は、着崩れた寝巻きのネグリジェを直しつつ、ベッドから下りる。

 

 こうして、パチュリーはいつもとは少し違う朝を迎えた。

 

 パチュリーは部屋の隅にあるクローゼットからいつも着用している服を取り出す。

 

 パチュリーは衣服に対してあまり関心がない。勿論服の数はそれなりにあるのだが、彼女はついつい着慣れた物を選んでしまう。ちゃんと魔法で清潔にしているし、補強もしているので新品のように綺麗でありながら、着古した服のように体に馴染む。その特殊な感覚が好きなのだ。

 

 パチュリーはその服を近くの椅子にかけ、先程直したネグリジェを脱ぐ。

 

(……別に直さなくても良かったかしら)

 

 少々回転が鈍くなっている頭でそう考えるが、無意識の行動故に思考が挟まる余地がなかった。

 

「……」

 

 パチュリーの裸体が晒される。彼女は小柄でありながらも肉感的な魅力に溢れ、ややふっくらとした柔らかな線を描く肢体は、見る物の目を惹き付けるであろう色香を放っている。

 

 少々ぷっくりと出てしまっている腹をさする。永琳達が紅魔館に住んで以来、不健康な体質が改善されてきた為か、食欲が増進されている。

 

 パチュリーは運動が大の苦手であるので普段は屋内に引きこもっているし、運動しないで食べるだけなのでは当然太る。

 

 では食べずにいれば良いという風に思い、捨食の魔法も用意しようとしたところで迷いが生まれ、結局流れた。

 

――――だって咲夜のご飯は美味しいんだもの。

 

 心の中で誰に言うでもない言い訳を呟きながら、いつもの服を手に、今度は横島から贈られた服を見る。

 

 現在絶賛箪笥の肥やしとなっているこれらのセクシーな洋服だが、パチュリーはこれらを見る度に溜め息が出てしまう。

 

それは「着たい」とか「ひと月前なら」などといった念が込められており、もし聞く者が居れば、その者は心から重苦しい気分に溺れることになるだろう。

 

 まあ、簡単に言えば太ってしまったのだ。

 

 別段見苦しいわけでもないし、彼女の身長から割り出されるベストな体重より多少重い程度だったのだが、このまま行けば不味いことに変わりはない。昨日もバーベキューということで、ついつい食べ過ぎてしまったのだ。

 

「……こっちも、育ってはいるんだけどねぇ」

 

 パチュリーは腹から手を離し、今度は胸を持ち上げる。特に下着も付けず、だというのに形が崩れることもなく、つんと上を向いた綺麗な釣り鐘形をしている。

 

 手にずっしりとした重みと、指が沈み込んでいくような柔らかさを感じる。しかし柔らかいだけでなく、内側から反発するかのような張りもあり、大きさに至っては紅魔館の中では一二を争う。羨望の眼差しを受けたのも百や二百ではきかない。……特に親友とメイド長からの視線が凄い。

 

「こっちは大丈夫よね……?」

 

 次に手が触れたのは臀部と太腿。パチュリーはさすさすと手を動かし感触などを確かめるが、勿論大丈夫ではなかった。

 

 そもそもパンツが少しキツい。痛みを感じるほどではないが、それでも締め付けられ、盛り上がった部分が少々目立つ。

 

「……」

 

 その部分を指でつつき、その感触に溜め息が出る。だがそれが良い、という人も居るのだろうが、生憎とパチュリーは贅肉がお嫌いであった。そもそも太ったのは本人であるし。

 

「はぁ……。ちゃっちゃと着替えよう」

 

 せっかく珍しく早起き出来たというのに、朝から憂鬱になってしまった。早起きは三文の徳というが、これではまるで反対だ。

 

 パチュリーは椅子にかけた服を手に取りそれに着替えようとしたが、部屋のドアからノックの音が響き、動きを止めた。ゆっくりトン、トン、トン、トンと四回のノック。咲夜が起こしに来たのかと思い、着替え中だと声を出そうとした瞬間、ガチャリという音と共に扉は開いた。

 

「失礼しまーす。パチュリー様、朝飯の時間っすよー……って、――――え?」

 

「……」

 

 入室してきたのは咲夜ではなく横島。横島はパチュリーを見て固まっている。パチュリーも同様に固まってしまい、動けずにいた。

 

 横島はパチュリーの姿に驚き、混乱の直中に居る。だというのにぐちゃぐちゃな思考とは無関係に視線は動き、パチュリーの裸体に注目してしまう。

 

 やや丸みを帯びた、全てが柔らかそうな肢体。少々余り気味の贅肉が只ならぬ色気を醸し出し、否応無しに横島の煩悩を高ぶらせる。

 

「あ……っ」

 

 そして横島の視線が小柄な体躯に似合わぬ豊満なバストと、その先端にある桜色の突起に集中した時、ついに限界が来たのか、横島の鼻から鮮血が溢れ出た。

 

「――――!!!」

 

 瞬間、二人の感情は同時に爆発する。パチュリーは羞恥から手に持った服で体を隠し、横島は煩悩に染まった理性と煩悩そのものと言っても過言ではない本能でもってパチュリーに飛びかかる――――!! ……その刹那、体を隠している側とは反対の手が目に入り、瞬時に冷静さを取り戻した。

 

「パッチュリー様あああああ!! ………………………………あの、その手に燃える火球は何でございましょうか……?」

 

 パチュリーの手にはメラメラと……ゴウンゴウンと唸りを上げながら膨張していく炎の塊が存在した。その輝きは、まるで星々を照らす太陽のようで。

 

 投げかけた質問には一切答えず、ただパチュリーの魔力に比例して巨大化していく。

 

「……あの、流石にそれは俺だけじゃなく紅魔館もヤバいんじゃ……」

 

 既に横島は涙目であり、腰が思い切り引けてプルプルと震えている。そんな彼にパチュリーはようやく口を開いた。

 

「……大丈夫よ。今アンタ以外の周りの物全てに耐火魔法を掛けたから」

 

「俺以外!? 俺は!? 肝心の俺は!!?」

 

 横島の目から涙が迸る。パチュリーはにっこりと笑った。

 

「煉獄っていうのはね? 罪を火で浄める場所のことなのよ?」

 

「の゛お゛お゛お゛お゛お゛ーーーーーーぅ゛!!!?」

 

 それはもはや、死刑宣告に近いものだった。――――つまり、今ここが煉獄(そう)であると。

 

 パチュリーは両手を広げ、炎の魔力を爆発させる。

 

「日符『ロイヤルフレア』!!!」

 

「り、両手を広げたら色々と丸見え――――あ゛あ゛ーーーーーー!!!!!?」

 

 太陽の爆発が如き爆炎が迸り、紅魔館を激震させる。パチュリーの魔法によって周囲は火に焼けることもなく無事だったが、その衝撃は凄まじい。

 

 いつもとは違う朝。パチュリーは色々と損をし、横島は久々に『炎の目』を見た。

 

「な、何事ですかー!?」

 

 開けっ放しだったドアから妖精メイドの一人が入ってくる。そこで彼女が見た物は、何やらいい感じに焦げている横島と、腕を組んでぷんすかと怒っているいつもの格好をしたパチュリーだった。既に着替えは終わったらしい。

 

「……一体何が?」

 

 極力横島を視界に収めないようにしつつパチュリーに訊ねると、彼女は一言でこう返した。

 

「お仕置きよ」

 

「……横島さん、あまりパチュリー様を困らせないようにしてくださいねー?」

 

「……少しは心配して」

 

 妖精メイドは部屋を出て、集まって来ていた他の妖精メイド達に事情を説明し、その場を離れる。その際「横島さんがお仕置きされてた」「なーんだ」「心配して損したー」という言葉が聞こえてきたのは、横島にとって聞き間違いだと思いたい。妖精メイド達は横島の回復力のデタラメっぷりをいつも間近で見ているので、もはや心配するだけ無駄と感じているようだ。

 

「くっそー、あいつらめ。しばらく『なでなで』は無しだ」

 

 横島は薄情な妖精メイド達への愚痴を言いつつ、徐に立ち上がる。自らだけでなく、何気に執事服まで完全にリカバリーしている。だんだんと持ち主に似てきたようだ。

 

「……あれを食らってもうピンピンしてるんだから、本当理不尽よね。これで蓬莱人じゃないんだから、世界は謎で満ちてるわ」

 

 パチュリーは怒りの形相から呆れの表情へと変わる。その際に思わず呟いた言葉は横島にも聞こえ、彼に疑問を抱かせた。

 

「ほーらいびとっすか? 何です、その……何となく美味そうなの。肉まんですか?」

 

「肉まん……? いえ、蓬莱人っていうのは『蓬莱の薬』を飲んで不老不死になった存在のことよ」

 

「不老不死……! やっぱこっちにもそういうのは居るんすね」

 

 パチュリーの説明に横島はしきりに頷く。頭に浮かぶのは、ドクターカオスという千年を生きる錬金術師。尤も、彼の場合は不老でも不死でもない不完全なものなのではあるが。

 

「こっちにも、ということはそっちの世界にも存在するのね……! 出来れば詳しい話を……おととっ」

 

「パチュリー様!?」

 

 横島の話に食い付きを見せたパチュリーだったが、突如体をふらつかせ、ぺたんと床に座り込んでしまう。それを見た横島はすぐさま駆けつけ、パチュリーの容態を確認する。

 

「大丈夫っすか!? 何か体におかしな所はないっすか!?」

 

「あー、大丈夫大丈夫」

 

 横島はパチュリーを支えるように片腕で肩と背中を抱く。予想外にガッシリとした感触にパチュリーは少々横島を意識してしまうが、それをおくびにも出さず、パタパタと両手を振って誤解をとく。

 

「起き抜けに魔力を使いすぎたからね。ちょっとした立ち眩みみたいな物よ。特に心配はいらないわ」

 

「……なら、良いんすけど。どうします? 念の為、このままお休みしますか?」

 

「んー、別に深刻な物でもないし、大丈夫よ。食欲もあるし、とりあえず罰も兼ねて食堂まで運んでもらおうかしら」

 

 どうやら本当に問題はないらしく、ニヤリとした笑みを浮かべながら食堂まで運ぶように要求する。

 

 横島はパチュリーに対して苦笑を浮かべるが、結局は「りょーかいっす」と承諾し、背負おうとする。しかし、それはパチュリーから却下されてしまった。

 

「あ、おんぶじゃなくてお姫様抱っこね。私ってノーブラ派だから、おんぶだと色々アレだし」

 

 両手でバツを作り、お姫様抱っこを要求するパチュリーだが、横島はというとその後の言葉によって先程の光景を反芻し始め、その顔をだらしなく歪ませる。

 

「……」

 

「いひゃいいひゃい!? ひょ、はひゅりーはまひゃめてっ!?」

 

 パチュリーは横島が何を思い返しているのかを察して顔を赤く染め、己が全力を以て横島の頬を抓る。彼女の握力は存外強く、横島はすぐに涙目となった。

 

「まったく……! 部屋に勝手に入ったり無遠慮に人の裸を思い返したり、親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないの?」

 

「すんませーん……」

 

 頬を赤く染めたパチュリーが、全く別の意味で頬を赤く染めた横島を叱る。その様はどことなく姉弟のようにも見える。

 

 パチュリーは未だ機嫌が直らないが、いつまでもこうしていては仕方ないと大きく息を吐く。そして「んっ」と言って、横島に対して両手を向ける。

 

「……? えっと、何です、パチュリー様?」

 

「……いや、だから食堂まで運びなさいって。朝食の時間なんでしょ?」

 

「あ、あー。すっかり忘れてました」

 

 横島はぽんと手を打ち鳴らす。そしてパチュリーを抱え上げようと改めてその姿を見るのだが、上目使いに両手を伸ばしているその姿は非常に可愛らしい。それはまるで、兄に抱っこをねだる妹のように見えて微笑ましかった。

 

「……何よ?」

 

「いえ、別に。んじゃ、持ち上げますよー?」

 

 そう言うと横島はパチュリーの返事も待たず、肩と膝裏に手をやり、『ひょい』と抱き上げる。

 

「む、むきゅっ!?」

 

「なるべくゆっくり行きますけど、気分が悪くなったりしたら言って下さいねー」

 

 そして横島は歩き出す。ゆっくりと上下に揺れ、しかし不安定ではないという矛盾を感じながらパチュリーは唸る。

 

「むむむ……。これは……!」

 

 気分が悪くなるなど、それどころではなかった。むしろ心地がよい。ゆらゆらと揺れる体は、まるで揺り籠に揺られているようで。

 

(お姫様抱っこって不安定だと思ってたけど、結構安定してる……?)

 

 お姫様抱っことは、何も両腕だけで抱えているわけではない。抱える対象の重心を自らに寄せ、腕というよりはむしろ『腰』で抱えていると言ってもいい。更に重心が抱える側に傾くということは、より相手の胸に密着するということでもある。

 

 パチュリーは横島の逞しい腕、胸部、そして温もりに少々鼓動が早くなるのを自覚した。

 

(これは……! さすが女子の憧れと言われるだけあるわ……!)

 

 想像以上の感覚にパチュリーは「むきゅー」と息を吐く。色々と考えに耽る彼女と同様に、実は横島も色々と思考が加速していた。

 

(あったかいなー! やーらかいなー!! えー匂いやなー!!! 普段あまり表情を変えることの無いパチュリー様が、まるで借りてきた猫のように大人しく、そして照れたよーな表情を見せている!! あああ、かーいーなーーーー!!!)

 

 相変わらず煩悩にまみれた思考様式だが、無意識の内に口走っていたかつてよりは成長しているのだ。例え、その顔がだらしなく緩んでいても。

 

「……その、重くない?」

 

「んぇ? いえ、別に。どうしたんです? 太ったんすか?」

 

「……だからアンタは礼儀を知れと……!!」

 

 そうしてまたも横島の頬を抓る。見ようによっては恋人同士がいちゃついているようにしか見えないが、二人の雰囲気はそういった物ではなく、本人達も全くそんな気は無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー様遅いねー」

 

「横島さんもねー」

 

 食堂の扉の前、待機している妖精メイド達は雑談に花を咲かせている。

 

 それはいつも通りの光景であり、誰もそれを咎めない。流石に食堂の中では妖精メイド達も大人しいが、変わりに主人達が騒々しく過ごしていることもある。

 

 とにかく、退屈を紛らわせることに忙しい妖精メイド達は、こういった場合は話の方向を色恋へと向ける。

 

「実はパチュリー様と横島さんがくっついてたりしてねー」

 

「うわあ、『なんてこった』な事態だよそれ」

 

 この紅魔館の中に於いて、横島の人気はかなりの物がある。……まあ、紅魔館には男性が横島しか居ないのも関係はあるが、特に重要視されているのは『なでなで』であった。

 

 彼が纏うオーラによって齎される癒やしの波動は妖精達には効果覿面であり、暇が出来れば「撫でれ」とばかりに頭を擦り付けてくる者も居る。

 

 そんな技能を持つ横島が、もし誰かに独占されてしまったら、自分達が『なでなで』される機会が無くなってしまうのではないかと妖精メイド達は危惧している。

 

 何ともエゴイズムに溢れているが、妖精メイド達にとって、横島とはそれだけ多大な影響を与える存在なのだ。

 

 もしそんな存在が、誰かを抱えてやって来たら。しかもそれが『お姫様抱っこ』だったら。

 

「お待たせー。ドア、開けて」

 

「あ、パチュリー様お待ちしてまし――――なんてこったぁっ!?」

 

 妖精メイド達が受けた衝撃は、如何ばかりか。

 

 

 

 

 

 

「パチェ、遅いわね」

 

「お腹空いたー……」

 

 壁に掛けられた時計を見て呟くレミリアの横で、フランが空腹からテーブルに突っ伏している。『食事は皆が揃ってから』というルールが設けられている紅魔館では、しばしばこういった光景が見られる。

 

「横島さんが燃やされたとは聞いたけど……他にも何かあったのかしら?」

 

「パチュリーは体が弱いんだろ? 昨日のバーベキューではしゃぎすぎてたり、さっきの力の爆発とかで体調を崩したんじゃ……」

 

 輝夜の疑問に返したのは妹紅。昨晩は紅魔館に泊まり、色々と眠れぬ夜を過ごしたのか、目元にはうっすらと隈が出来ている。最近は慧音の説教によってちゃんと寝ていたのだが、また悪い癖が出てくるかもしれない。

 

 ちなみに幽々子と妖夢も泊まり、食堂に集まっている。幽々子は空腹なのか大人しくしており、妖夢は幽々子が食べ過ぎないように祈りを捧げている。これ以上紅魔館に迷惑を掛けたくない一心からの行動だ。……祈る時点で、諦めているのかも知れないが。

 

 そんな中でそろそろ待つのも限界に達したのか、レミリアが咲夜に確認に行かせようかと決めた瞬間、食堂のドアが開き、そこからパチュリーの声が響いた。

 

「ごめん、待たせちゃったわね」

 

「遅いわよ、パチェ。何かあったのかと――――なんてこったぁっ!?」

 

 パチュリーの姿を認めた瞬間、レミリアは叫ぶ。それだけではない。現在食堂の内外から「なんてこった……」「なんてこった……」と、いくつもの呟きが聞こえてくる。

 

 現在この場を支配している雰囲気はカオスの域に突入し、当事者たる横島達は狼狽えるばかりだ。

 

(良いなぁ、パチュリー様……)

 

(うーん、私も後で執事さんに抱っこをねだってみようかな?)

 

(あ、私もそうしよーっと。ただお兄様なら二人でも三人でも大丈夫だよね)

 

 主の衝撃的な姿を、小悪魔は指を銜えて羨ましそうにしている。実は彼女もお姫様抱っこをされているのだが、意識が朦朧としていたせいかそのことを覚えていない。何とも残念なことだが、今の小悪魔にはパチュリーとは他に、気になることがあった。

 

 横島達に向かう興味と同時に、もう一人にも興味が集中している。

 

 その対象とは、妹紅だ。

 

 昨夜のバーベキューに於いて、妹紅は横島から贈られた口紅を付けて来た。彼女の様子からそれがどういう意味を持つかを知っていると察した周囲は、妹紅はもうそういうことなのだろうと認識した。

 

 実際にはまだそこまでに至ってはいないのだが、あんな雰囲気を撒き散らされては皆が誤解するのも致し方ないところ。

 

 そういった理由で注目を集めていた妹紅だが、別段嫉妬を露にすることもなく、何か感じ入るかのように頷いている。

 

(輝夜から借りた漫画で見たことあるけど、これが実際のお姫様抱っこか……。女子の憧れって言われてるのが何となく分かるような……)

 

 横島達を見る妹紅の目が若干キラキラと光を放っている。輝夜から色々と漫画を借りている影響か、それとも横島という男性と親密になったからか、今まで隠れていた少女らしい夢見がちな部分が表出しているようだ。

 

(ところで妹紅、あれを見てこう、嫉妬みたいな気持ちがあったりする?)

 

(え、何で?)

 

(……んー、何でもない)

 

(……?)

 

 輝夜は問いに対する返答で、妹紅が横島に対して恋心を抱いていないのだと判断した。もしかしたら気付いていないだけかもしれないが、どちらにせよ横島との親交は妹紅にとって良い経験になりそうだ。

 

 少々寂しい気持ちもあるか、輝夜は妹紅がどう横島と関わっていくか、見守ることにする。

 

(……近くで引っ掻き回す方が面白いかしら)

 

 輝夜は娯楽に飢えているようだ。

 

 そんなこんなで皆が衝撃を受けている最中、横島はパチュリーを席へと運び、咲夜と同様に定位置へと着く。

 

 そのまま食事は開始されたのだが、その雰囲気は何か形容し難い物だった。

 

「……あの、横島さん」

 

「ん……?」

 

 背後から横島の服の裾をちょいと引っ張る者が居た。振り返って見てみれば、そこには横島を見上げる一号の姿。

 

「おねがいがあるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、あーん」

 

「あー、んっ。んふふふふ~」

 

 ここは妖精メイド用の食堂。ここでは妖精メイド達がローテーションで食事を取ったりなど、休憩の時に使う場所だ。普段咲夜や横島もここで主人達より後に食事を取るのに使用しており、様々な小物が置かれていることもあって居心地の良い空間なのだが、現在は異様な雰囲気で満たされていた。

 

「ちゃんと噛んでから飲み込めよー?」

 

「はーい」

 

 理由は至って簡単だ。横島が一号を横抱きで膝に抱え、あーんで食事を食べさせている。つまりはそういうことだった。

 

 横島は一号に食べさせながら、時折頭を優しく撫でたりもしている。その感触に一号は骨からぐにゃぐにゃに溶け、ふにゃふにゃにとろけた笑顔で横島に甘え倒している。

 

 それを見せつけられた他の妖精メイド達は、羨ましいやら妬ましいやらで異様なオーラを噴出しているのだ。

 

 そんな状況にも咲夜は苦笑を浮かべるばかり。むしろ微笑ましいと言えるだけの余裕を持っていた。

 

「しっかし、朝食だとすぐに終わっちゃうな。これは元々一号へのプレゼントなんだし、今日のおやつと昼食夕食もこうやって食べさせてやろうか?」

 

「え!? い、いいんですかっ!?」

 

「おう。まあ、一号さえ良ければな」

 

「お、おねがいします!!」

 

 横島の提案に一号は食い付いた。その浮かれっぷりは傍目からでも幸せ一杯といった風情だ。

 

「ずるーい!」

 

「えこひいきー!」

 

「私もー!」

 

 しかし、当然周りからの不満は出てきてしまう。それに対して横島は困り気に返すのみだ。

 

「んなこと言ったってお前ら具体的な要求してこなかったじゃん。頭撫でろとか飯作れとか、ほとんどそんなんばっかだったろ?」

 

「う~……」

 

 横島からの指摘に妖精メイド達は唸ることしか出来ない。確かに自分達がもっと直接的な要求をしておけば良かったのだが、それでも羨ましい物は羨ましい。

 

 そんな妖精メイド達に味方をしたのは、彼女達を纏めるメイド長、咲夜だ。

 

「はいはい、皆そこまでにしなさい。横島さんも、あまり意地悪を言わないの」

 

「メイド長~……」

 

「いや、意地悪っつーか……」

 

 妖精メイド達は泣きそうな表情で咲夜を見つめ、横島はばつが悪そうに言いよどむ。

 

「だったらこうしましょう。ちゃんと仕事が出来たり、何か良いことが出来たらご褒美として横島さんがご飯をあーんで食べさせる」

 

「えー?」

 

 咲夜の提案に横島は「何でそうなるんだ?」と首を傾げるが、妖精メイド達は目を輝かせ始める。

 

「勿論ケンカしたり誰かの足を引っ張ったりは禁止。あくまでもいつも通りに仕事をして、その中で頑張った子にご褒美をあげる。分かった?」

 

「はーい!」

 

 横島を放って話はどんどん進む。咲夜がこう言っている以上、この話は決定だ。『紅魔館真のトップ』と妖精メイド達に言われている咲夜の決定は、レミリアでも覆すのは難しい。

 

「あー……、まあいいか。咲夜さん、それには一号達も含まれるんすよね?」

 

「ええ、当然よ。またあーんをしてもらいたいなら、頑張ってお仕事しなさい」

 

「はいっ!」

 

 一号含め、妖精メイド達の声が重なる。皆やる気に満ち溢れ、仕事に対するモチベーションが上がっているのが分かる。これによって、横島は咲夜の狙いが分かった。

 

(これでこいつらは真面目に仕事するようになるんかな?)

 

 妖精は飽きっぽく、紅魔館では仕事を辞めるのも自由だ。そんな形態を執っている為、今まで負担の全ては咲夜にのしかかっていた。だが、今回こうやって『ご褒美』を用意することで人員の削減を防ぎ、やる気へと繋げたのだろう。

 

 横島は苦笑を浮かべる。

 

(ま、皆がやる気になるってんなら止めることもないか。咲夜さんも今まで大変だったろーし)

 

 腕にすっぽりと収まっている一号を見やる。

 

 先程は真剣な表情をしていたが、今ではまたも骨抜きになったかのようにふやけた笑みを浮かべている。

 

 横島はそんな一号を一つ撫で、ある決意を抱いた。

 

(皆が頑張るってんなら、俺も頑張んないとな)

 

 横島は午後に訪ねてくる予定の、紫を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――♪」

 

 八雲紫は鼻歌を歌いつつ、日傘を差して空を飛んでいた。見るからに上機嫌と分かるその様子は、最近では珍しい姿だ。

 

 珍しいと言えば、彼女の現在の服装もそうだ。お気に入りである紫色のワンピースドレスや、中華風の服ではない。

 

 紫色を基調としたワンピースドレスという点では同じだが、コルセットにスカートの裾から覗くパニエ、タイツやセパレートになっている袖、更には手袋など、所々に白をあしらい、またリボンには赤を使用している。

 

 それは紫の美しさではなく、彼女が持つ『幼さ』、『可愛らしさ』を強調した物だ。

 

 しかし、上機嫌である理由は何もいつもと服装が違うからではない。

 

 横島から贈られた『プレゼント』が、思った以上にこの服に似合っていたのだ。

 

 それは、紫が差している『日傘』である。

 

 全体的に白を基調とし、レースフリルをあしらい、縁に紫を配している。持ち手の部分はやや前衛的に曲がっているが、その曲線は全体の調和を乱す物ではなく、地味ながらも可愛らしい印象を持たせることに成功していた。

 

 紫は横島からのプレゼントと自分の服が、一つのセットであるかのように嵌まっているのが嬉しかったのだ。

 

「……着いた、と」

 

 紫は鼻歌を止め、空中に制止する。彼女がやって来たのは当然紅魔館だ。いつもならスキマによる移動で済ませているのだが、せっかくプレゼントされた日傘があるのだから、それを使いたかったのだ。

 

 以前レミリアから「お前ならいつでも、どこからでもウチに上がってきていいぞ」と言われた紫は遠慮無しにそのまま敷地内へと移動する。

 

 まさかレミリアからここまでの信頼を寄せられるとは思っていなかった為、最近の紫は紅魔館で過ごす時間が癒やしへと変わっていた。

 

 正門から本館への道の途中に降り立った紫は、日傘を差したまま本館へと向かう。何やら正門の方が騒がしく思えたが、今の紫は気にも留めない。

 

 紫は今日のコーディネートに対して、横島からの感想を聞いてみたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の正門にて、小さな影が五つ存在していた。

 

 いずれも幼い容姿をした少女であり、正門に向かう一人を残りの四人が押し止めているようだった。

 

「チルノちゃん、やめようよー……」

 

「そうだよ、いくらこの前パーティーに誘われたからって、また中に入れてくれるとは限らないんだよ?」

 

 緑色の髪をし、羽根を生やした少女と、こちらも緑色の髪をした、マントを羽織り、頭に触角を生やした少女が青色の髪と、氷の羽根を生やした少女を説得している。

 

 前者は大妖精とリグル。後者はチルノだ。後方にはミスティアとルーミアが呆れるようにチルノを見ており、既に説得は諦めている。

 

「もー、大ちゃんもリグルも、行ってみないと分かんないじゃんか。もしかしたらアタイ達は歓迎されるかもしれないし」

 

「何でそんな根拠の無い自信に満ち溢れているのかな、チルノは?」

 

「だってアタイは最強だもの! 当たって砕けなきゃ!」

 

「砕けたら意味がないし、そもそもそれじゃ最強じゃないよチルノちゃん」

 

 二人の言葉も何のその。チルノはいつも通り我が道を往く。

 

「でも本当に大丈夫なの? 門番の人は素手で分厚い鉄板に穴を開けるって聞いたことがあるけど……」

 

「そーなのかー? 私達の体じゃ、貫通しちゃう……?」

 

 人里に流れる噂の内容に、ミスティア達は震え上がる。彼女達は妖怪の中でも力は弱い。鉄をぶち抜く拳などを食らえば、即死は免れないだろう。やはり噂話とは背鰭尾鰭が付くものだ。

 

「大丈夫! アタイの腹筋は固いから!」

 

「……ぷにぷにだよ、チルノちゃん」

 

 ぺちーんと自らの腹を叩くチルノに、大妖精は疲れ果てたかのようにうなだれてしまう。いつも通りと言えばいつも通りの光景なのだが、今回はそれがまずかった。

 

 チルノは大妖精とリグルをすり抜け、正門へと一直線に向かう。

 

「あ、ちょ、チルノちゃんっ!?」

 

「あわわっ、チルノ、待ってー!?」

 

 皆が止めるがもう遅い。チルノは既に正門に立つ門番たる少女、美鈴の前へと躍り出ていた。

 

「たのもー!!」

 

「……ん? あら、あなたは……」

 

「こんにちは! アタイはチルノ!」

 

「はい、こんにちは。私はこの紅魔館の門番を務める紅美鈴です。……この前のパーティー以来かな? 今日はどうしたの?」

 

 大妖精達が追い付いた時には既にチルノが名乗りを上げた後であった。

 

 美鈴はチルノと目線を合わせる為に屈み、にこやかに応対していたのだが、大妖精達にはその様子が「ワレ、紅魔館にカチコミ掛けてくるとはええ度胸やないかい! ただで帰れる思うなよゴラァッ!?」とガン付けしているようにしか見えなかった。思い込みとはかくも恐ろしい物である。

 

「アタイ達をこーま館に入れてください!」

 

「紅魔館に?」

 

「わ、私達まで!?」

 

 チルノは元気いっぱいに挙手をし、自分達を紅魔館に入れてほしいと要求する。巻き込まれた形の大妖精達は顔が真っ青に染まる。

 

「ふむ……」

 

 美鈴はチルノの要求を聞き、顎に手を当てて考え込む。その時にチルノの背に隠れるように密集している大妖精達に目をやると、「ひっ!?」という小さい悲鳴と共に顔を隠された。美鈴の心に小さくない傷が出来る。

 

「ん~……二号?」

 

「はーい!」

 

「っ!?」

 

 美鈴が背後に向かって声を掛ける。すると門柱から二号がひょっこりと顔を出し、元気よく返事をした。

 

「お嬢様に確認してきてくれる?」

 

「りょーかいですっ!」

 

 二号はビシッと敬礼を決め、本館に居るレミリアの下へと飛んでいく。

 

 その後、美鈴が大妖精達にビクビクと怯えられながらも挨拶を済ませてすぐに二号が戻ってきた。

 

「随分早かったけど、どうだったの?」

 

「かまわない、だそうです」

 

「なるほど。それならば……」

 

 二号からの報告に、美鈴は門を開く。チルノは目をキラキラと輝かせていたが、大妖精達は信じられないとばかりに目を見開いている。

 

「――――ようこそ、紅魔館へ。貴方達を歓迎致します」

 

 美鈴はチルノ達へ頭を下げる。大妖精達は最早パニックに近い。しかし、それでもチルノは物怖じしない。

 

「おじゃましまーす!」

 

「あ、ち、チルノちゃん待ってー! 置いていかないでー!?」

 

 チルノはずんずんと歩を進め、大妖精達は慌ててチルノの後を追う。美鈴は彼女達の姿を見て、紅魔館が周りにどう思われているかを知り、少し憂鬱になった。

 

 とにもかくにも、チルノ達は前庭を抜け、本館へと入る。

 

「おじゃましまーす……」

 

 流石のチルノも少し緊張しているのか、扉を開けつつの声には少々張りがない。扉を開いたその先、ロビーと言えるその場所に、何故かフランと咲夜、そして永琳を傍らに置いて玉座にふんぞり返るレミリアが居た。

 

「で、出たー!?」

 

「命だけは!? 命だけはーっ!!?」

 

 そして大妖精達は大パニックである。そこまで恐れるなら何故ここまで付いて来たのか、チルノには分からなかった。

 

「……別に取って食ったりはしないって」

 

 レミリアは呆れたように声を出す。これで相手がノリの良い人物なら「ぎゃおー! 食ーべちゃうぞー!」とはっちゃけるのも有りなのだが、目の前の少女達にやった場合、大惨事になりかねない。

 

「――――ようこそ、紅魔館へ。お前達を歓迎しよう」

 

 レミリアは気を取り直して王気(オーラ)たっぷりにチルノ達を迎える。台詞こそ美鈴とほぼ同じであったが、彼女達が受ける威圧感はそれこそ段違いだ。

 

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

 目に涙が溜まりつつある大妖精が礼を言い、それに倣って他の四人も礼を言う。それを受け満足気に頷いたレミリアは、まずは改めて自己紹介をする。

 

「既に知っているだろうが、私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主だ。隣に居るのは妹のフラン……フランドール・スカーレット。それから私の従者の十六夜咲夜、客分の八意永琳だ」

 

 レミリアの紹介にそれぞれが頭を下げる。大妖精達は恐縮しきりで狼狽えてばかりだが、チルノだけは元気によろしくと挨拶を返していた。

 

「ははは、元気の良いことだ。……フラン」

 

「う、うん」

 

 レミリアに促され、フランはチルノ達に歩み寄る。大妖精達四人はレミリアに匹敵するであろう力を持つフランに怯えるように体を竦ませるが、チルノは「どうしたのかな?」と首を傾げるだけだ。

 

「え……っと、ね。私、フランドールっていうの。……チルノ、だったよね?」

 

「フランドー……フランね。うん、アタイはチルノ! 最強の妖精なのよ!」

 

 フランはもじもじとチルノに話し掛け、チルノは元気いっぱいに返答する。見た目といい、何かと対照的な二人だ。

 

「えっと……、その……」

 

「? ……うん」

 

「あ、の……」

 

 フランは何かを言いよどむばかりで言葉が出ない。遂にはチルノの不思議そうな視線に負け、フランはレミリアに視線で助けを要求する。だが、レミリアの目は「頑張りなさい」と如実に告げていた。

 

 そもそも何故チルノ達は紅魔館に入ることが許されたのか。フランは何を言いたいのか。全ての答えは数日前のレミリアと永琳の会話にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランちゃん、かなり精神が安定してきたわ」

 

「……そうなの?」

 

 いつものお茶会にて、レミリアは永琳からフランの精神状態について聞かされていた。

 

「ええ。妖精メイド達との触れ合いや、横島君との出会いも良い影響を及ぼしてくれたようね。……勿論、妹思いのお姉ちゃんの頑張りが一番でしょうけどね?」

 

「……ふん」

 

 レミリアは顔を赤く染めてそっぽを向く。その非常に微笑ましい姿に永琳は頬が緩むばかりだ。

 

「まあ、これからは少しずつ外に慣らしていかないと。いつまでも引き籠もってばかりじゃ駄目だしね」

 

「ふむ……。となると、精神年齢が近い友達が外に居れば良かったんだけど……」

 

 レミリアは外に慣らす方法について考える。外に友人が居れば自然と外出するようになるだろうが、フランの周りに居る人物達はそのほとんどがレミリアの関係者だ。一番近いのは霊夢や魔理沙だが、レミリアは正直この二人はフランに悪い影響しか与えないのではないか、と危惧している。

 

「妖精メイド達はここに住んでるし、イナバ達は迷いの竹林に居るし……」

 

 永琳も誰か都合の良い人物が居ないか考えるが、思い付く者は皆無。永遠亭自体長い間引き籠もっていたので、その弊害が現れた形だ。

 

「……あ、あいつらが居たな」

 

 ぽつりと、レミリアが呟く。

 

「誰か居たの?」

 

「ええ。この前のパーティーの出席者。確かチルノとか大妖精とか言ってた」

 

 レミリアはチルノ達を思い浮かべる。彼女達は霧の湖周辺に住んでいるらしく、見た目年齢も精神年齢もフランと似たような物だ。

 

「なら、近い内に招待する? 別に急がなくても大丈夫と言えば大丈夫だけど」

 

「……いや、あいつらが訪ねてきたら、その時に入れてやろうかな。紅魔館を探検したがってたみたいだし、そろそろ忍び込もうとでもしてくるんじゃないか?」

 

 永琳の提案にレミリアはあまり乗り気ではない様子。永琳は一呼吸置いた後、ズバリ聞いてみた。

 

「で、本音は?」

 

「私自らあいつらを招待するのは何かやだ」

 

 何ともどうしようもない理由であった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして今日、レミリアが睨んだ通りにチルノ達はやって来た。忍び込もうとせずに、真正面から「紅魔館に入れてほしい」と言ってきたのは予想外であり、だからこそレミリアのチルノに対する心証は良い。フランに対して物怖じしないのも高得点だ。

 

(……案外大物かもな、あいつ。もしくはただ単にバカなのか)

 

 レミリアはフランの助けを求める視線をスルーし、チルノに注目している。そして皆の関心を受けるチルノは、ここで驚きの行動に出た。

 

「……フラン」

 

「え、な、何?」

 

 チルノはゆっくりとした動作で両手を上げる。その手は流れるように前進し、フランの胸へと着地した。ついでに指がむにむにと動いている。

 

「――――……」

 

「ひぃっ!!?」

 

 レミリアから爆発的に殺気と魔力が湧き上がり、それを敏感に察知した大妖精達四人が悲鳴を上げる。その怯えようは今にも失神してしまいそうな程だ。

 

 フランはチルノの行動に驚き、動けずにいた。もしかしてこれは挨拶の一つなのだろうかなどと、益体もないことを考える。

 

 やがてチルノはフランの胸から手を離し、今度は自分の胸に触れる。レミリアは非常にクールな頭の中で、一つのことを決定した。

 

――――次の言動次第ではチルノを消し飛ばそう、と。

 

 皆が見守る中、チルノは大きく頷き、フランの両手を取った。

 

「アタイ達は親友だよ、フラン!」

 

 キラキラとした目がフランを見つめる。

 

「――――う、うん! 私達は親友だよ、チルノ!」

 

 何だかよく分からないが、『親友』というフレーズに反射的に応えてしまうフラン。今ここに、二人は親友関係となったのだった。

 

 チルノはフランと手を繋いだままに大妖精達の下へと駆け寄り、そのまま交流を開始した。大妖精達がフランに自己紹介をしている。どうやらレミリアが怖すぎた為に、やや内向的なフランは姉と違って怖くないのだと認識したようだ。

 

「……永琳?」

 

「何かしら」

 

 殺気も魔力も霧散させ、レミリアは隣に居る永琳に問い掛ける。

 

「……喜んで良いのかしら?」

 

「……うーん。まあ、良いんじゃないかしら? 形はどうあれ友達は五人出来たわけだし」

 

「……うーん」

 

 この出会いが良い物かで悩むレミリアの下に、フランが駆け寄ってくる。

 

「あのね、お姉様。私これから皆に紅魔館を案内してくるね?」

 

「え、ああ、うん。構わないわよ。……お前達!」

 

「はいっ!?」

 

 笑顔で報告するフランに、考え事のせいかレミリアは少々反応が遅れてしまうが何とか了承する。しかしそれだけに留める訳にはいかず、レミリアはチルノ達に声を掛ける。

 

「紅魔館を回るのは良いが、あまりハシャぎすぎないようにな。フランに迷惑を掛けることも許さんぞ」

 

「は、はいぃ!」

 

 レミリアからの注意に大妖精達は竦み上がる。それを見たフランは少々ご立腹だ。

 

「もー、大妖精達が怖がってるからやめて! ……大丈夫だからね? お姉様にいじめられないように、私が守ってあげるから」

 

「ふ、フラン……!」

 

 この時のフランは、まるで天使のように見えたという。レミリアとフラン、無意識の飴と鞭によって大妖精達の中でフランの株が急上昇したのだった。

 

 フランはチルノ達を連れ、紅魔館の案内に赴いた。その笑顔は眩しく、レミリアに見せる物や横島に見せる物ともまた違う笑顔だった。

 

 レミリアはフランの笑顔を思い起こしながら、隣の永琳へと声を掛ける。

 

「……永琳?」

 

「何かしら」

 

「実は私、友人って胸を張って言えるのはパチェしか居ないのよね」

 

「……私は貴女のこと、大切な友人と思っているわよ?」

 

「……ありがと」

 

 友人に囲まれるフランを見て、喜ぶと同時に寂しさが過ぎったようだ。

 

 どうか長続きしてほしい。レミリアはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランとチルノ達が紅魔館を探検している頃、紫は中庭で横島を見つけた。丁度休憩中らしく、横島は笑顔で紫に歩み寄る。

 

「こんちはっす、紫さん! 日傘、使ってくれてるんすね」

 

「こんにちは。ええ、時間が掛かったけれどようやくこの日傘に合う服が見つかってね。……似合うかしら?」

 

 紫は柔らかな笑みを浮かべ、スカートの裾を持ち上げる。その可憐な姿に横島は顔をだらしなく歪めるばかりだ。

 

「ええ、似合ってますよ! 何つーか、いつもの紫さんは綺麗とか美人って感じっすけど、今は可愛いとか、お人形さんみたいっつーか……。とにかく可愛いっすよ!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 横島の上手くはないが、心からの賛辞に紫は頬を染める。可愛いと言われたい相手にそう言われることは、紫の心を暖かくする。

 

 その後しばらく世間話をした後、横島は紫に対してあるお願い事をする。

 

「あの、紫さんに頼みたいことがあるんですけど」

 

「私に?」

 

「はい。……俺に、空の飛び方を教えてほしいんですよ」

 

 横島のお願いに紫は目を丸くする。

 

「空の飛び方……。確かに教えてあげられるけど、どうして私に?」

 

 紫は真っ先に疑問に思ったことを聞いてみる。その質問に横島は不思議そうな顔をしつつも、簡潔に答える。

 

「え? いや、紫さんはこういうのを教えるのが上手そうだなーってイメージがあって。紫さん、頼りになるし」

 

「――――!!」

 

 その答えに、紫の体に電流が走る。

 

 そうだ。何故紅魔館で過ごす時間が癒しの時間だと感じていたのか。答えはこれだったのだ。

 

 紫は普段から『胡散臭い』『信頼どころか信用も出来ない』『お茶飲んだらさっさと帰れ』などと言われている。ところが、目の前に居る男はどうだ?

 

 自らの失敗によって彼をこの世界に引き込んでしまった。彼はそんな自分を許し、あまつさえ純粋に信頼し、笑顔を向けてくれる。

 

 紅魔館での時間だけが癒しなのではない。横島忠夫と過ごす時間が、八雲紫の癒しの時間へとなっていたのだ。

 

「……どうかしました?」

 

「いえ、何でもありませんわ。……空の飛び方でしたわね?」

 

 訝しげな視線を送る横島に一つ微笑み返しつつ、紫は確認をする。

 

「では、横島君はどうすれば空を飛べるようになると思う?」

 

「え……?」

 

 紫の問いに横島は考え込む。

 

 

「そりゃやっぱり全身から霊波とかを放出して……ブワーっと?」

 

「確かにそういうイメージはありますわね。でも違います」

 

 横島の答えに紫は左右の人差し指でばつを作る。横島はならばと、知り合いのロボット少女を参考にする。

 

「じゃあ、足の裏からジェット噴射みたいな感じで?」

 

「足の裏だけだとバランスが取れないと思いますけど……それも違います」

 

 横島は目を閉じて考え込む。言われてみれば、知り合いの神魔族は全身から霊波を放出していなかった。では一体どうやって飛んでいるのだろう。

 

 紫は「むむむ」と考え込む横島を、微笑ましく見守っている。しかし横島の休憩時間はどんどん過ぎていく。紫はここらでヒントを出すことにした。

 

「……横島君、サイキックソーサーは出せるかしら?」

 

「ぅえ? はい、出せますけど……」

 

 紫に言われ、横島は左手にサイキックソーサー・プラスを無造作に作り出す。強化されたことにより丸みを帯びた円形の盾は、掌の数センチメートル上に浮かんでいる。

 

「あら、もうそんなにスムーズに出せるようになったのね」

 

「ええ、一度作り出せたら後はすぐでしたね。この上のもあともう少しって感じなんすけど……。それで、サイキックソーサーがどうしたんすか?」

 

 横島は紫の意図が読めなかった。紫は横島のサイキックソーサーを指差す。

 

「そのサイキックソーサーが、空を飛ぶ為のヒントです」

 

「ええ……? これが?」

 

 横島は自らが生み出したサイキックソーサーを見やる。

 

 何の変哲もない、いつも通りに作り出したサイキックソーサーだ。変わったところと言えば、強化されて円形になったぐらいである。

 

 いくら見てもやはり何か関係がありそうには見えない。サイキックソーサーはいつも通り、掌から浮いている。

 

「……待てよ? 浮かん……でる、よな」

 

 横島は何かに気付き、紫は笑みをより一層深くした。

 

「……」

 

 横島の頭にいくつものピースが揃っていく。そしてそれが一つの形を形成しようとした時、横合いから声が掛かった。

 

「ただお兄様ー!!」

 

「っ! フランちゃん……?」

 

 本館の方を見てみると、フランが以前パーティーで見た少女達を連れてこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。集中が途切れたせいか横島の手からサイキックソーサーは消失し、頭に浮かんできていた一つの形もそれを成す前に霧散してしまった。

 

 紫はそれを察知したのか、額に手を当て「あちゃー」という表情をしている。服装の影響か、今日の紫は幼い仕草が多いようだ。

 

「えへへ、お兄様、私友達がいっぱい出来たんだよ」

 

「おー、そうなのか! 良かったじゃん」

 

 笑顔で報告してくるフランに、横島も笑顔で返す。くしゃくしゃと頭を撫でられ、くすぐったそうにするも、フランはそれを嬉しそうに享受する。

 

「皆、久しぶりだな。そっか、皆フランちゃんと友達になったんだな」

 

 横島はフランから手を離し、チルノ達に向き直る。フランは物足りなさそうな顔をするが、それも一瞬。フランは横島にチルノ達のことを聞く。

 

「ただお兄様、皆のこと知ってるの?」

 

「ああ、前のパーティーの時に。……チルノちゃんに大妖精ちゃんに、ルーミアちゃんにミスティアちゃん、そんで……リグルちゃんだよな。いらっしゃい、紅魔館へようこそ……ってな」

 

 話について行けず、置いてきぼりにされていたチルノ達は、おどけたように歓迎する横島とそれぞれ挨拶を交わす。

 

「いやー、ごめんなミスティアちゃん。屋台に行くって言っときながらまだ行けてなくて。昼間の買い物とかで人里にはよく行ってるんだけど、見つかんなくてさ」

 

「あ、私の屋台は夜に営業してますから仕方ないですよー」

 

「この前の砂糖水、美味しかったです。砂糖水作るの上手なんですね!」

 

「ん、いやー、砂糖がかなり上物だったみたいだし、それが一番の理由だと思うけどなー」

 

「ちょっと体が大きくなった……? 太ったのかー? ちょっと美味しそう……」

 

「おい、止めろ。太ったんじゃなくて筋肉が付いたみたいだな。……それにしてもルーミアちゃんとフランちゃん、ちょっと似てる……?」

 

「そーなのかー?」

 

「そうなのかな?」

 

 横島はフラン達と世間話に興じる。大妖精は内向的な性格の為かあまり積極的に横島と話さないが、彼女には気になることがあった。こういう時に真っ先に元気よく話をしそうなチルノが、頭を捻ってうんうんと唸っているのだ。その様子は横島も気になっていたのか、チルノにどうしたのかと聞き出す。

 

「……大丈夫か? チルノちゃん、何かあったのか?」

 

「んー……」

 

 チルノは目を瞑って考え込んでいたが、やがて目を開き、横島に問い掛ける。

 

「何かおにーさんって、リグルと話す時に変な感じがするんだけど」

 

「――――……!」

 

 そのチルノの言葉は、それを聞いた横島と紫に多大な衝撃を与えた。

 

「え、そうかな……? 普通だったと思うけど……?」

 

 リグルは先程の横島との会話を思い出す。特に変わった様子もなく、ごく自然な物だったように思えるのだが、チルノはそうではないようだ。言葉に表すことは出来ないようだが、それでも違和感を覚えるらしい。

 

「……あー、うん。なるほどなぁ……」

 

 リグルとは逆に、横島はチルノの言葉に納得していた。リグルは横島を見やる。

 

「いや、実はさ。リグルちゃんって俺の死んだ知り合いにちょっと似てるんだよね」

 

「え……」

 

 その声は誰の物だったのか。その場が静寂に包まれる。

 

「重ねないように重ねないようにって意識してたんだけど、それが悪かったのかね? ……ごめんな、リグルちゃんも良い気分にゃならないよな」

 

「そ、そんなことないですよ! その、そういうのは仕方ないと思いますし、私も気にしませんし……」

 

「そっか……。ありがとな?」

 

 横島はリグルに謝罪し、リグルも慌てるが悪感情などは抱いていない。むしろどんな所が似ているのか、少し気になったぐらいだ。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

 裾を引っ張られる感覚に下を向くと、チルノが申し訳なさそうに俯き加減で横島の服の裾をつまんでいた。

 

「えっと、あの……ごめんなさい」

 

 チルノは横島に頭を下げる。その様子は普段いつも側にいる大妖精が見たことも無い程に萎縮している。それを見た大妖精の胸に、チクリとした痛みが走る。

 

 パーティーの時。いつか、遠い過去に触れたかもしれない温もりを、チルノは失うのを恐れている。だからこそチルノは素直に謝ったのだ。

 

 そんなチルノの頭を、横島は優しく撫でる。その感触に驚いたチルノは顔を上げ、横島を見る。

 

「まあ、知らなかったんだからしょうがないって。あんな気にしすぎないでもいいし、ちゃんと謝れたんだからそれで良いよ」

 

「……」

 

 自らの頭を撫でる、優しい温もり。それは抗い難く、チルノはその温もりに身を任せる。リグル達は見たことがないチルノの姿に、ただ驚いている。

 

 そして、それは紫もだ。ただし、チルノに対してではなく、横島に対して。

 

 紫は愕然とした様子で横島を見ている。横島の『それ』に気付けたのは永きに渡って人間と触れ合ってきたからなのか、それとも『境界を操る能力』を持っているからか。

 

 紫はひとまず気を落ち着かせ、気持ちを切り替える。今は良い。永琳と毎回確認しあっているが、横島は非常に『安定』しているのだ。ケアとて一瞬で終わるわけではない。原因の一端に気付けたのだ。ゆっくりと、確実にケアを施す。紫は改めて決意し、また横島を見る。

 

「ねえ、ただお兄様。結局紫と何をしてたの?」

 

 その言葉に紫はフランを見る。今更ながらに何か邪魔をしてしまったのではないかと気になったようだ。

 

「あー、空の飛び方を教わってたんだよ」

 

「空の飛び方?」

 

 横島の言葉にフランは首を傾げる。リグル達も話に混ざり、手本として実際に浮かんだりしているが、どうも上手く説明が出来ないようで、頭を捻っている。

 

「アタイに任せて!」

 

 そこでズイと出てきたのはチルノだ。その顔は自信に満ちており、皆の期待を一身に受ける。

 

「空の飛び方はね。――――シュイーンってした後にぶわっとして、グンってやったあとギューンってすれば大丈夫!!」

 

――――その場の全員が、首を傾げた。

 

 ある意味期待通りの結果に大妖精は苦笑を浮かべる。リグルが「擬音語ばかりで分からない」と言えば、チルノは「ぎお……何が?」と返す。ただ横島だけは真剣に考えてくれているようだ。

 

「あの、横島さん。あまり本気で考えなくても……」

 

 大妖精は横島にそう言うが、横島はポンと手を鳴らす。

 

「つまり……、こーいうことかぁあああああ!!」

 

 横島が気合いを入れて霊力を身に纏った直後、横島の体は地面から数十センチメートルほど浮かび上がる。

 

「浮いたあああああああああ!!?」

 

 横島とチルノ以外の言葉が重なった。

 

「まっ、いや、えーっ!?」

 

「なん、何で浮かべるんです!?」

 

「チルノの説明で分かったのかー!?」

 

「擬音語ばかりだったのに!?」

 

「ただお兄様凄い!」

 

「やっぱりアタイの説明は最強ね!」

 

「わ、私の立場が……!?」

 

 中庭はカオスに包まれる。大妖精達は混乱し、フランは横島を賞賛し、チルノは自らの最強を誇示し、紫は地面に手と膝をついて打ち拉がれる。

 

 横島は数十秒程浮かんでいたが、集中が途切れ、地面に着地する。

 

「ふーっ。慣れてないせいかかなりしんどいな。これも修行が必要か……」

 

 横島は額に浮かび上がった汗をハンカチで拭い、息を整える。紫はそんな横島によろよろとよろけながらも質問をする。

 

「ど、どうやって浮かべたの……? 彼女の説明で分かったの……?」

 

「あー、まあそうっすね」

 

 横島が肯定したことで紫に更なる精神的ダメージが入る。しかし横島はそれに気付かず、何故浮かべたのか説明を始めた。

 

「えっとですね、まずチャクラをシュイーンと回して霊力を全身にぶわっと広げる。そんで全身に浸透した霊力を『体ごと』グンと持ち上げて……って感じっすね。流石に初めてでギューンは無理でした」

 

 横島は自分の説明にうんうんと頷いている。チルノの説明を理解しきった横島に、周りは感心するやら呆れるやらといった様子だ。

 

「そ、そうなの……」

 

「まあ、紫さんのヒントが無かったら理解出来なかったでしょうけどね。……っていうか紫さん、服が汚れてますよ? どうしたんすか? せっかくの可愛い服なのに……」

 

 横島は紫の服に付いた汚れを払い落としていく。その際の紫を持ち上げる発言と気遣いの言葉によって、紫は先程のダメージが癒えていくようだった。

 

「とりあえず霊力は重力の干渉を受けないみたいっすね。それでサイキックソーサーも浮かんでるみたいですし」

 

「その通りですわ。空を飛ぶのに必要なのは、霊力の放出ではなく、維持と制御。……体に浸透させた霊力を体ごと持ち上げるのは、中々に大変でしょう?」

 

「いやー、ほんと難しいっすよ。とりあえず第一の目標は、あの木の枝にまで浮かぶことっすね」

 

 横島はアシュタロスとの最終決戦を思い出す。究極の魔体が放った、島を消し飛ばし、尚も衰えず進む霊波砲。あれは地球の丸みを計算に入れず、宇宙に飛び出したと言われていた。

 

 そう、重力に関しては最初から考慮されていなかった。もし重力の干渉があったのならば、あの霊波砲は威力が減衰するまでずっと地球を回り続けていただろう。

 

 美神との同基合体もそうだ。あれは『美神が飛んでいたから』『同基合体したから』飛べたのだと思い込んでいた。実際は合体による今よりも遥かに強大な霊波を無意識的にコントロールしていたのだろう。

 

 横島は近くにあった木を見上げる。一番低い位置にある枝でも、五メートルの高さはありそうだ。たかが地面から僅かに、しかも数十秒だけしか浮かべない自分には、まだまだ遥かな目標と言える。

 

「それにしても……。チルノちゃんって、結構頭が良かったりするんすかね?」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

 横島の言葉に紫は疑問を浮かべる。妖精は基本的に頭が悪いのは、横島も知っているからだ。

 

「いや、擬音語ばっかりでしたけど、理解出来ればかなり的確な説明でしたし。……リグルちゃんに対しての俺の対応も、皆気付かなかったのにチルノちゃんだけが気付いてましたし……」

 

「……確かに、そうですわね」

 

 紫は横島の言葉になるほどと頷く。妖精とは自然の端末。意志を持ち、具現化された自然そのものだ。特に強力な力を持った妖精であるチルノは、もしかしたら本質を見抜く特別な才能があるのかもしれない。

 

「おにーさんおにーさん! あの木の枝まで浮かぶのが目標なんでしょ?」

 

「ん? ああ、そうだけど」

 

 横島と紫がチルノについて話していると、そのチルノが話しかけてきた。

 

「アタイぐらいになったらね、それぐらいもう簡単に出来るのよ!」

 

 お手本を見せてあげる! と張り切るチルノ。

 

 ギュンっと飛び上がったチルノは。

 

「ぎゃぴぃっ!?」

 

 その勢いのままドゴォッ! と枝に頭をぶつけ。

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 そのまま地面にベシャアッ! と顔面から着地し。

 

「にゅおおおおお……!?」

 

 ぶつけた頭を押さえ、じたばたとのた打ち回る。

 

「ち、チルノー!?」

 

「大丈夫なのかー!?」

 

「あ、アタイに一体何が……? まさか、何らかのスペカ攻撃を受けている……!?」

 

「ただ単に枝に頭をぶつけただけだよチルノちゃん!」

 

 横島は沈黙している。紫も同様だ。

 

「紫さん」

 

「何かしら」

 

「俺の考え過ぎですかね?」

 

「そうですわね……」

 

 横島達はチルノに対する認識を改めて、とりあえず手当てを開始する。

 

 ぷっくりと腫れたたんこぶが、プリティーと言えばプリティーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十話

『きっと空を飛べるはず。多分。恐らく。』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、レミィ?」

 

「何よ、パチェ?」

 

「横島がさ、私の裸を見て鼻血を出したんだけどね?」

 

「へえ……。横島はそんなに私のグングニルの錆になりたいのかしら?」

 

「落ち着いて。それで何だけど、私って見た目何歳に見える?」

 

「んー? 見た目なら、十三……か、十四歳くらいじゃないかしら?」

 

「そのくらいよね。横島は、そんな私の裸を見て、鼻血を出した……。これはつまり……」

 

「……いやいや、まさかそんな」

 

「……私の考え過ぎよね?」

 

「きっとそう。多分色々と溜まってるからだと思うけど」

 

「……やりたい盛りにここの環境は辛いわよね」

 

 

 

 

 

おまけ

~了~

 




お疲れ様でした。

とりあえず煩悩漢での空の飛び方はこんな感じの設定です。
では咲夜はどうやって空を飛んでるんだって? 知らん。そんな事は俺の管轄外だ。

紫さんは香霖堂の服に衣替えしました。この紫さんは初めて見たとき、あまりのロリロリしさに噴いた覚えがあります。

ついでに、紫は横島に恋愛感情は抱いていません。パッチェさんも同様ですね。

次回は番外編、元の世界での話になります。

それでは、また次回。

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