東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回はもこたん回。

横島君からのプレゼントも明かされます。

それではまたあとがきで。


第十九話『俺はロリコンじゃない』

 

 現在横島は咲夜や一号達と共に人里へバーベキューの買い出しに来ているのだが、一行を包む空気が妙にギクシャクとしている。

 

 別に皆の仲が悪いというわけではない。むしろこのメンバーはよく仕事を共にすることが多く、最も連携の取れたチームと言えるだろう。

 

 では、何故妙な雰囲気が漂っているのか。その原因は咲夜にあった。

 

「あらー、メイド長さん。今日も旦那さんとお子さん達が一緒で羨ましいわー」

 

「うふふ、いやですわ肉屋の店員さんったら。横島さんは旦那ではありませんし、私にはまだ子供はいませんわ」

 

「あら、そうだったかしら? でもいつも仲が良さそうねー」

 

「うふふふふ」

 

 咲夜は肉屋の店員の女性とにこやかに談笑している。それ自体は別段おかしくはないのだが、話の内容と咲夜のリアクションに問題があった。

 

「……おかしい」

 

「おかしいですねー」

 

「おかしいですー」

 

「……ちょっと不気味」

 

 咲夜はニコニコと笑顔を浮かべている。普段他人に見せる余所行きの笑顔とは違う、心の底から浮かべているであろう笑顔だ。それはもう周りに花が咲き乱れているかと見紛うばかりの笑顔であった。相手の勘違いもあらあらうふふと否定しているし、いつもとは何かが違う。

 

「……何であんな上機嫌なんだ? 何かあったんかね?」

 

 横島は咲夜の様子を訝しく思うばかりだが、一号達には思い当たる節が存在していた。

 

(横島さんのプレゼントですよねー?)

 

(多分それだと思うー)

 

(……砥石とまな板と鍋……だったっけ?)

 

 一号達が思い至ったのは横島が前日にプレゼントした調理器具。彼女達は昨夜、キッチンで圧力鍋を弄りながら「うふふふふ……」と不気味な笑みを漏らす咲夜を目撃している。その強烈なインパクトのおかげで、今も目を瞑れば瞼の裏にその時の光景が映し出される。

 

(……こわかったよね)

 

(うん、こわい)

 

(新手の妖怪かと……)

 

 三号の頭の中では、その時の咲夜は人の形をしていなかった事になっている。咲夜が知ればナイフが飛んでくるであろうが、浮かれきっている咲夜が一号達の内緒話に気付くことはない。

 

 そして、横島や一号達も気付いていない。この買い物中、何度も咲夜のたおやかな指が横島から贈られたリボンに触れていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしな空気のまま買い物を終えた一行は、そのままの足で迷いの竹林の入り口に来た。横島は自身の身長の倍にまで膨らんだリュックを背負っており、ここに辿り着くまでに数々の奇異の視線をいただいた。

 

「咲夜さん、何もここまで買わなくてもよかったんじゃ……」

 

 これには横島も恥ずかしかったのか、咲夜に対して文句を言う。だが、返ってきたのは否定の言葉だった。

 

「これでいいのよ。確かにいつもなら買いすぎなんだけど……今日は暴食亡霊がいるから特別なの」

 

「暴食……って、幽々子さんっすか?」

 

「ええ、その通り」

 

 咲夜の言葉に横島は首を傾げる。前回の宴会以来会っていなかったため、彼女に対するイメージは『少しおっとりとした女の子』といった程度のものだ。

 

 あの宴会で知り合った少女達の中では、印象が薄くても仕方がないと言えるだろう。

 

「まあ、これだけ買えばさすがに大丈夫だろうけれど。……それより、妹紅から炭を貰わないとね」

 

 咲夜は話を切り上げ、迷いの竹林へと歩を進めた。横島達もそれに続き、竹林へと入る。

 

 それから歩くこと数分。ここで横島の頭に疑問が浮かぶ。

 

「……当然と言えば当然なんすけど、何かおんなじような景色ばっかっすね。妹紅の家ってどこらへんなんです?」

 

「知らないわよ?」

 

「えぇっ!?」

 

 横島の疑問に軽く答えた咲夜は横島の驚きの声にも怯まず、そのまま歩き続ける。咲夜の返しに数秒間硬直した横島だったが、我を取り戻すと咲夜を慌てて追いかける。

 

「い、いや知らないって……! ここ迷いの竹林なんでしょ? 道も知らずに歩いたら遭難しちゃうんじゃ……!」

 

「大丈夫よ。多分、もうそろそろだから」

 

「え……?」

 

 咲夜は澄まし顔で答え、横島を困惑させる。その冷静さが横島は信じられなかったのだが、そこで一号達も一切冷静さを失っていないことに気付く。

 

 その冷静さの要因が何なのかは、すぐさま理解することとなる。

 

「――こんな竹林に、何か用かい?」

 

 横島達の横合いから声が響く。程無くして現れたのは、目的の人物である妹紅であった。

 

「……妹紅?」

 

「あれ、横島? ……と、メイド達か。何してるんだ、こんな所で」

 

(私達がおまけ扱い……!?)

 

 横島のキャラの濃さに埋もれる咲夜達メイド勢が人知れずショックを受ける中、横島はバーベキュー用の炭を分けてもらいに来た事を告げる。妹紅は納得し、横島達を自宅へと案内する。

 

「それにしても、妹紅って迷いの竹林の案内なんかしてたんだな」

 

「ああ、輝夜達が隠れるのを止めた辺りから急に人が増えてな。やっぱりちゃんと目的地に辿り着けない奴がいっぱい居るんだよ。それで……まあ、それからだな」

 

「ほほう、中々かっこいいじゃん。案内と言えば、名所案内とかはしないのか? こちら右手に見えますのは竹林、左手に見えますのは竹林でございますー、みたいな」

 

「あははっ、どこが名所なのよ」

 

 横島と妹紅は談笑しつつ楽しげに歩いているが、おまけ扱いをされたと感じている咲夜達は何となく面白くない思いを味わっていた。

 

(くっ……、お嬢様のおまけ扱いなら何もおかしくはないけれど)

 

 見習い執事に存在感で劣っているのが悔しいらしい。しかしそれが咲夜達の優秀さの証でもあるのが悩みどころだ。

 

「しかし、随分と買い込んだな。これだけ全部食べきれるのか?」

 

「何か幽々子さんがいるから大丈夫だとか何とか」

 

「ああ……うん、納得」

 

 妹紅も幽々子の食欲は知っているようだ。横島達が買い込んだ食材の量を見て、しきりに頷いている。

 

 そうこうしている間に一行は妹紅の家に到着し、ひとまず荷物を下ろす。

 

「何ならウチで少し休んでいくか?」

 

「嬉しい申し出だけど、気持ちだけもらっておくわ。……幽々子が紅魔館の食料を根こそぎつまみ食いしていないとも限らないしね」

 

「……いや、さすがにそれはないと思うけど。多分」

 

 妹紅も言い切ることが出来なかった。人里で幽々子に関する色々な噂を耳にしているのだろう。

 

「……そんなに食うのか、あの人」

 

 横島は食材がパンパンに詰まったリュックを見上げ、意外な事実に衝撃を受けていた。自分もよく食べる方であるが、どうやら彼女はそんな次元の話ではないらしい。

 

「私も実際に見たわけじゃないけどな。……っと、炭はこれだけあれば十分かな?」

 

 話している間に妹紅は束ねた炭を用意していた。燃料炭として木炭を、消臭等の生活補助用に竹炭をそれぞれ炭俵に詰め、運んできたのだ。

 

「ええ、ありがとう。これはお代ね」

 

「毎度ー」

 

 妹紅は咲夜から代金を受け取り、もんぺのポケットへと入れる。その様は如何にも不用心であり、横島はそんな彼女に苦笑を浮かべている。

 

「今夜のバーベキュー、良かったら貴方も来てちょうだい。輝夜も寂しがってるようだしね」

 

「あいつがそういう玉か? ……まあ、紅魔館の食事は美味しいし、用事が済んだら行かせてもらうよ」

 

 妹紅はこの後友人と会うらしく、その友人は何かと忙しい日々を送っているらしいのだが、一応誘ってみるようだ。

 

 咲夜達は帰り支度を整え、横島に比べ荷物の少ない一号達が炭を分担して運ぶ。炭の重さなど彼女達には微々たるものでしかない。

 

 そのまま別れの挨拶を済ませ帰路に着こうとする咲夜達に少しだけ時間を貰い、妹紅へと駆け寄る。その様は視覚的に山が動いているようであり、横島が背負ったリュックの威容を際立たせている。

 

「妹紅、これ受け取ってくれ」

 

「え? ……何、これ?」

 

 横島は懐から明らかに収まっているはずがないサイズの包みを取り出し、妹紅に手渡す。妹紅は非常識な現象に少々驚き、反応が鈍くなってしまう。だが、次の横島の言葉でさらに乱れてしまうのだが。

 

「妹紅には前から世話になりっぱなしだからさ。そのお詫びとお礼ってことで、俺からプレゼント」

 

「……え」

 

 妹紅は横島から受け取った包みをまじまじと見つめる。懐に入れられていた包みは人肌の温もりとなっているが、妹紅はそれを感じ取る余裕さえない。

 

――――男性からの、生まれて初めてのプレゼントだ。

 

 勿論親兄弟から贈り物をされたことはあるだろうが、今回とは意味合いが違う。

 

「えっ……と、良いのか……?」

 

「ああ。受け取ってくれたら俺も嬉しい」

 

 妹紅のおずおずとした問い掛けに、横島はさっぱりと笑って答える。妹紅はしばらく包みを眺めた後、それを胸へと抱え込む。

 

「あ、ありがと……」

 

「おう。んじゃ、俺ももう行くからなー」

 

 そうして横島は手を振りつつその場を後にし、咲夜達と合流する。

 

 一人残った妹紅は横島達が空へと飛んでいくのを見送り、ややあってから家へと戻った。

 

「……慧音んとこで開けてみよう」

 

 妹紅はこの後会う友人、慧音の元で横島から贈られた包みを開けるようだ。妹紅は自分の世間知らずを知っている。もし贈られた物が自分の知らない物であった場合を考え、最初から知識人である慧音の知恵を借りる算段らしい。

 

 ……そこで妹紅は特大の衝撃を受けるのだが、それに気付けというのは無理な話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の中庭に喧騒が宿る。

 

 そこには紅魔館・永遠亭の主要メンバーと紫が主の八雲一家、そして白玉楼の二人も存在している。

 

 妖夢は紅魔館の主たるレミリアに何度も頭を下げ、恐縮しきった様子を見せている。

 

「本当にすみません。朝昼だけでなく、夕食にまでお邪魔してしまって……」

 

「ああ、そんなに気にしなくてもいいわ。こういうのは人数が居た方が楽しめるらしいしね。食材も大量に用意してあるし、遠慮することはないわ」

 

 レミリアはぷらぷらと手を振って妖夢の謝辞を「必要ない」と払う。レミリアは本当に気にしていないのだが、妖夢としてはそういうわけにもいかない。

 

 何せ、白玉楼のお姫様が朝昼に食べた量が膨大な物だったからだ。紅魔館で備蓄していた食料は今日だけで半分ほどにまで激減した。朝昼のたった二回の食事で、である。

 

 その様は妖夢の食欲など塵のように吹き飛ばし、逆に彼女の胃にキリキリとした痛みを与えていた。

 

 胃痛自体は永琳のおかげですっかりと消え去ったが、精神的なストレスやら疲労やらはそのまま残っている。

 

 このまま放っておけば倒れるかも知れないと判断したレミリアはやや考えた後、妖夢に言葉をかける。

 

「まあ、うちは小食の者が多く、買ってくる食料はほぼ備蓄に回るからな。それ自体は良いことでもあるんだが、最近は食料庫も圧迫気味だったんだよ。幽々子の食事量は渡りに船だったし、咲夜も美味しそうに量を食べてくれる幽々子には『作り甲斐がある』と喜んでいたしな」

 

「レミリアさん……」

 

「まあ、なんだ。……お前はそれを気にしてほとんど食べることが出来なかったようだし、今回はしっかりと食べておいた方がいいぞ。いきなり食べるのがキツいならスープとかの胃に優しい料理も作れるし、何ならタッパーでも用意して持って帰ってもらってもいいしな」

 

「れ、レミリアさん……!!」

 

 レミリアの気遣いに、色々な意味で涙が止まらない妖夢であった。

 

 そんな妖夢を見つめる数人の少女達が居る。口元を丁寧に拭い、白玉楼のお姫様たる幽々子は口を開く。

 

「妖夢は何故ああもレミリアに謝っているのかしら。私には分からないわ」

 

「幽々子……」

 

 自らの行状など省みることなく澄まし顔でそう宣う幽々子に、親友である紫はもはや頭を抱えるしかない。

 

「いくら何でも食べ過ぎよ。少しは遠慮をしなさいな」

 

「あらー、何を言っているのかしら? レミリアは『遠慮をすることはない』と言っていたわ。相手の厚意を無碍にするのは、愚かな事ではなくて?」

 

「相手の厚意云々の前に自重しなさいと言っているの。第一レミリアの言葉は妖夢に対してであって、貴方に対してじゃないでしょうに」

 

「ふふふ、実は昼間の内にレミリアから言質を取ってあるのよ。だから何も恐れるものはないわ」

 

「こんな時だけ行動が速いんだから……!」

 

 食する事に関しては素早い動きを発揮する幽々子は、既にレミリアから了承を貰っていたのだ。幽々子の周りには肉と野菜が山と積まれているが、その攻略も近い。

 

「藍様、お魚のホイル焼き美味しいですよ!」

 

「良かったな、橙。私の厚揚げのステーキも美味しいぞー?」

 

 紫は背後であはは、うふふと笑い合う二人が羨ましくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「横島さん、ホイル焼き出来たわよー!」

 

「うっす! パチュリー様に持ってきます!」

 

「一号、こっちのお肉を妹様に!」

 

「はーい!」

 

 皆がバーベキューを楽しむ中、咲夜達メイドと横島は忙しく中庭を動き回っていた。

 

 調理を担当する咲夜は勿論、主に配膳を担当する横島と一号達は特に忙しく、一息入れる暇もない。何せとんでもなく食べる者が居るのだ。バーベキューに於ける食べるスピードや配膳のタイミング等を考えれば、手を休める事は出来ない。

 

 しかし、それでも咲夜と横島は何とか時間配分をやりくりし、妖精メイドに休憩の時間を割り当てる。ここにきて横島の『人を使う才能』が顕著に表れてきたようだ。

 

「うふふ、頑張ってるわねー」

 

「あれ、幽々子さん?」

 

 そんな横島達の前に現れたのは空になった皿を手に持った幽々子であった。

 

「あっと、気が付かずすんません。すぐに追加の料理を用意しますんで!」

 

 空の皿を認めた横島はすぐさま料理を追加しようとするが、幽々子はそれをやんわりと止めた。

 

「今はいいわ。あんまり行き過ぎると皆の分も無くなるし、横島さん達が休憩出来なくなってしまうもの。」

 

 幽々子は扇で口元を隠す。

 

「……何か、気を使わせちゃったみたいで。すんません」

 

「うふふ、良いのよ。パーティーやバーベキューは皆で楽しんでこそだもの。私一人だけ楽しんでちゃ意味がないわ」

 

 幽々子は元来『和』を大切にする。紫の前では嘯いていたが、何も本気で食い尽くそうというわけではなかったのだ。尤も、紫もそれが分かっていたからキツく言い含めはしなかったのだが、やはり食べ過ぎは食べ過ぎである。

 

「それはそうと、ほら。新しいお客さんよ」

 

「え? ……あ、本当だ」

 

 幽々子が空の一角を指し示す。確かにそこには人の影が存在していた。白の長髪をポニーテールにした、細身の少女。新しい客とは妹紅であった。

 

 妹紅は中庭に降り立ち、そのままキョロキョロと辺りを見回す。招待してくれたレミリアを探しての事だろうが、それにしては少々挙動不審が過ぎる。

 

「……」

 

 やや俯き加減で口元を隠し、そわそわと辺りの様子を窺っている。付近の妖精メイド達はそれを訝しがりながらも妹紅をレミリアの元へと案内する。

 

「お嬢様、もこうさんが来られました」

 

「えっと、今日はその、誘ってくれてありがとう……」

 

「ええ、楽しんでいってちょうだい。……一人という事は、友人は用事かな?」

 

「ああ、うん。何か、人里の寄り合いとかがあるらしくて……」

 

「……? そうか」

 

 レミリアと目を合わさず、しきりに何かを気にして視線が泳ぐ。そんな常ならぬ妹紅の態度にレミリアは首を傾げるが、その原因はすぐ近くへとやって来ていた。

 

「おーっす、妹紅ー」

 

「――っ!?」

 

 横島が背後から声を掛ける。すると、妹紅は大袈裟に体をびくつかせ、慌てて振り返る。

 

「よ、よよよ横島!?」

 

「え、ああ、そうだけど。……何かあった?」

 

「い、イヤ別に何でもない何でもない!」

 

 横島の問い掛けにブンブンと首を振って否定する妹紅だが、その姿に説得力などは皆無だった。妹紅の過剰なまでのオーバーリアクションに横島は疑問を抱くが、そのリアクションのおかげで横島はあることに気付いた。

 

「あれ? 妹紅、この髪……」

 

「……っ!!」

 

 横島は失礼だと理解しつつも、目の前で揺れる妹紅の髪に触れる。それはいつもとは違い、サラサラと細かく分かれて指からこぼれ落ちていく。

 

「……ぁぅ」

 

 妹紅の口から呻きが漏れる。普段自分の長髪に頓着しない妹紅が、きちんと手入れをしてきたのだ。その事実に横島は嬉しくなった。

 

「そうかそうか、早速使ってくれたんだな」

 

 髪を弄りながらうんうんと頷く横島に、妹紅の顔は赤みを帯びていく。レミリアは女の髪に無遠慮に触れる横島を注意しようと思ったのだが、妹紅の反応が反応なだけに口を出さずにいた。主な理由は「何か面白そう」ではあるが。

 

「その、せっかく貰ったんだから使ってみようと慧音に教わって……」

 

「あー、噂の学校……寺子屋の先生か。その先生は用事?」

 

「……うん」

 

「……」

 

「……」

 

 会話が続かない。何やら妙な雰囲気が漂っている妹紅に横島は困惑しきりだが、しおらしい様子を見せる妹紅に対し、いつもとは違った魅力を感じているのも確かだ。

 

 次第に二人は周囲の注目を浴びていくのだが、当事者たる二人はそれに気付かない。

 

「えー……っと、さっきから口元隠してるけど、どうかしたのか? 怪我とかしちゃったか?」

 

「あ、いやこれは……っ!」

 

 横島の問い掛けにまたも慌てた様子を見せる妹紅。だが妹紅は俯いて何事かを考えると、意を決したのかゆるゆると口元を隠していた手を下げる。

 

「――――……っ!!」

 

 それは横島に衝撃を与えた。

 

 それは普通ならばほんの些細な変化なのだが、目の当たりにした横島は一瞬頭が真っ白になるほどの物だったのだ。

 

――――妹紅の唇が、淡い桃色に染まっている。

 

 さらさらと風に揺れる髪が照明の光を反射し、甘く潤み、どこか蕩けたような瞳が横島を上目遣いに見つめている。その姿は幻想的なまでに神々しく見える。

 

「……」

 

 横島は妹紅の可憐な姿に言葉を失い、見蕩れてしまう。

 

 妹紅にいかなる心境の変化があったのか、髪の手入れをしたり口紅を塗ったりなど、その答えは数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島達が妹紅宅から帰ってすぐ、妹紅は横島からのプレゼントの包みと小さな竹炭が入った包みを持って慧音宅を訪ねていた。

 

「おーい、慧音ー。来たよー」

 

 玄関から中へと声を掛けて少し、中からぱたぱたと玄関へ向かってくる足音が聞こえてくる。ややあって開き戸が開き、慧音が顔を出した。

 

「お待たせ、いらっしゃい妹紅」

 

「お邪魔しまーす」

 

 毎度の挨拶を交わし、慧音宅へと上がる。勝手知ったる慧音の家、というわけで一直線に居間へと向かう。これはいつものことなので慧音も気にしていない。

 

「はい、いつもの竹炭」

 

「ありがとう。竹炭を入れて炊いたご飯の味を知ってから、これが無いとどうもな……」

 

「そう言ってくれると嬉しいけどね」

 

 普段通りの何気ない会話。だが妹紅は早口気味で、体をそわそわと揺らしている。相談したいことがあるが、どうにも切り出せない。そんな所だろうと慧音は当たりをつける。そして、相談の内容も察していた。

 

「……あー、妹紅。その包みはどうしたんだ? 竹炭とは違うようだが」

 

「……これ? これはえーっと、その、えっと……」

 

 妹紅が切り出しにくいようなので慧音が問うたのだが、妹紅の返答は要領を得なく、尻すぼみになっていく。それで、慧音はおおよその事を理解した。

 

「……『横島』絡みか?」

 

「ぅえっ!?」

 

 溜め息混じりの慧音の言葉に、妹紅は過剰に反応する。頬が赤く染まり、視線も泳ぐ。

 

「……ふう。大方、今までのお詫びとかお礼とかで横島からプレゼントを貰ったが、自分では使い方等が分からない物の可能性がある為に、私を頼ろうとしたけれど何て言えばいいか分からない……といったところか?」

 

「……まさにその通りでございます」

 

 慧音の呆れたような語調での指摘に、妹紅は熱を持った顔を両手で覆い、掠れるような声で肯定する。

 

(……ま、実際は初めての男からのプレゼントで舞い上がってる状態なんだろうが、気付いてはいないだろうなぁ。妹紅だし)

 

 妹紅の可愛らしい様子に慧音は頭を掻き、これほどまでに妹紅の心を掻き乱す横島に感心と嫉妬を覚えた。慧音は荒れ始める心を熱い緑茶を飲む事で落ち着けつつ、ひとまず妹紅に包みを開けるように提案する。

 

「それで、中身は何なんだ? その包みの状態からしてさっき言った通りまだ開けてないんだろう?」

 

「あ、そ、そうだな、うん。開けてみよう……って、あーーーーっ!? 破れたーーーーっ!!」

 

 その提案に頷く妹紅だが、羞恥から来る焦りによって呂律が回らず包みも綺麗に開けられず。これには慧音も苦笑い。

 

 それでも何とか中身を取り出して卓袱台に広げる。そして横島からのプレゼントの内容に慧音は感嘆の息を吐き、妹紅は驚きの声を漏らした。

 

「これは……櫛?」

 

「……柘植の櫛だな。これは長く使えば髪をより綺麗にしてくれる、中々に高級な櫛だ。飾りも主張し過ぎず、品のある装飾だ。……ちゃんと手入れ用の椿油や刷毛もあるし、香油もある。何より意外にセンスが良いんだな」

 

 慧音の説明に妹紅は「へー」と感心しきりだ。櫛を矯めつ眇めつし、自分の髪へと通してみる。

 

「どれどれ……」

 

 髪を綺麗にしてくれるという言葉が気になったようで、その表情は期待に染まっている。しかし、その表情は途中で曇ることとなる。

 

「……」

 

 髪が絡まり、途中で櫛が止まる。無理に動かせば髪がブチッと切れ、櫛の歯が折れそうになる。

 

「どうせ私の髪なんて……」

 

 妹紅は絡んだ櫛をそのままに悲しみに打ちひしがれた。その様は頭に櫛が刺さっているようにも見えるので、珍妙この上ない。それを見た慧音は深い溜め息を吐く。

 

「あのなぁ、妹紅。お前、普段から炭を触った後ろくな手入れをしていないだろう。よく見たら今も炭で汚れているし、そんな状態じゃ櫛が通るわけがないだろうに」

 

「うぐぅ……っ!」

 

 痛い所を突かれた妹紅はぐうの音も出ない。もはや全身を襲う虚無感に畳にうつ伏せになるのみだ。

 

 妹紅の反応に慧音は少し言い過ぎたかと反省するが、同じ女として今の妹紅の状態は見逃せない。ひとまずは櫛を活躍させる為、妹紅を綺麗にする為に風呂を沸かすことにする。

 

「風呂を沸かしてくるから少し待っててくれ。この際全身綺麗になった方がいいだろうしな」

 

「私は汚れてなーい……」

 

「汚れてるから風呂を沸かすんだ」

 

「……ぐすん」

 

 全ては妹紅を思うが故である。慧音は心を鬼にしてその場から離れた。

 

「……」

 

 慧音が風呂場へと消えてから数分。いい加減ふてくされるのにも飽きた妹紅はのっそりと上体を起こす。

 

「ごめんなー、上手く使ってやれなくて」

 

 櫛をつつきながら独り言を言う。相当に参っているようだ。

 

 その後誤って破ってしまった包みを綺麗に畳もうとした所で、まだ中に何かが入っていることに気が付いた。

 

「ん? これは……何だ?」

 

 入っていたのは小指程の大きさの小さな筒状の物。蓋を外してみれば、淡い桃色の紅が見える。

 

「口紅……かな?」

 

 妹紅が口紅を珍しそうに観察すること更に数分。慧音が居間に戻ってきた。

 

「妹紅、そろそろ風呂が沸いて……どうした?」

 

 何かを弄る妹紅に慧音が首を傾げる。

 

「ああ、プレゼントがまだ包みに入ってたみたいでさ。これ、口紅みたいなんだけど……」

 

「何……だと……!?」

 

 あっけらかんとした妹紅の言葉と裏腹に、慧音は驚愕の声を上げる。そのまま難しい顔で何事かを考え始め、その様子は妹紅の不安を大いに煽った。

 

「……どうかした?」

 

「ああ、いや……。横島は、随分と妹紅が気に入っているんだな、とな」

 

「え、ええっ!? そ、それはどういうこと!?」

 

 慧音の呟くような言葉に妹紅は顔を赤くして驚愕する。突然『横島に気に入られている』と言われて混乱しているようだ。

 

「ああ、妹紅は知らないのか。……男性が女性に口紅を贈る理由とはな……その、『少しずつ返してほしい』ということなんだ」

 

「……?」

 

 妹紅は慧音の言葉の意味が分からずに疑問符を浮かべる。慧音はやや唸った後、少々の恥ずかしさを抱えつつ、今度はもう少し直線的に説明する。

 

「えーっと、聞いた話では『少しずつ返してくれよ、俺の唇に』……という感じだったかな」

 

「つまり……」

 

 妹紅は息を飲む。

 

「自分では口紅を塗れないから、女性に贈って塗ってもらう……?」

 

「違うっ! どんな解釈だそれは!?」

 

 妹紅のトンチンカンな答えに慧音は思わず頭突きを食らわせそうになる。だが、何とか平静を取り戻し、女性としての機微に疎い妹紅の為に羞恥をかなぐり捨てて直球勝負を挑む。

 

「自分に返してほしいとはだな、つまりはその口紅を塗ってキスしてくれということだ!!」

 

「……キ、ス?」

 

 妹紅が間の抜けた声を出す。

 

「そう! キス! 接吻! 口付け! ちゅー!! 言い方は様々だがそういうことだ!! つまり! 男性が女性に口紅を贈るということはだな、それだけその相手を好いているということの証明になるんだ!!」

 

「……え」

 

 慧音の怒濤の説明に思考が追いつかず、妹紅から漏れるのは言葉にもならない呻きのみ。しかし、徐々に慧音の言葉が脳に浸透してやがて理解に至った時、一瞬にして妹紅の全身は赤に染まった。

 

「――――え、ええぇええぇぇえええぇええぇぇっ!!?」

 

 抑えきれないほどに、感情が爆発する。

 

「よ、よよよよよ横島が、わ、わた私に!!?」

 

 両手をブンブンと振り、全身で動揺を表す。その顔は比喩抜きで火が出そうであり、目などは完全にぐるぐると回っている。やがて妹紅は畳に倒れ込み、座布団を顔に押さえつけて足をバタバタと振って畳を蹴っている。

 

「うおぉおぉぉ……! ぬあああぁぁ……!」

 

(女の子としてその呻き声はどうなんだ、妹紅……)

 

 あまりの動揺に痴態を晒している妹紅を生暖かい視線で見守る慧音だが、その妹紅の動揺っぷりに些か疑問を抱く。

 

「……なあ、妹紅」

 

「……………………なに?」

 

 多少は冷静さが戻ってきたのか、たっぷりとした間はあったがちゃんと反応を返す妹紅。慧音は今なら答えられるかと、先程浮かんだ疑問を口に出す。

 

「その、横島に『そう』思われているというのは、どうなんだ? 嫌だったりするのか?」

 

「……」

 

 慧音は横島が妹紅に『キスしてくれ』と思っていると決めつけているが、未だ彼女は横島に会ったことがない。横島という人間に誤解が生じるのは仕方がないが、これは慧音も冷静さを失っていると解釈が出来るだろう。

 

 妹紅は慧音の問いに目を閉じ、暫く考え込む。やがて考えが纏まったのか、ゆっくりと目を開き、答えを返す。

 

「嫌……ってことはない、かな」

 

「……ほう?」

 

 その答えは慧音も予想してはいた。慧音は視線で続きを促し、黙して待つ。

 

「その、何というか……真っ先に浮かんできたのは『恥ずかしい』っていうか、『照れ』というか……」

 

 顔に押し付けていた座布団を今度は頭に被り、もごもごと口ごもりながらも自らの考えを話す。

 

「私だってそういうのには興味あるし、輝夜から借りた小説とか漫画の影響で憧れとかはあるからさ……。ちょっと横島との、き、キス、を想像してみたら、何かめちゃくちゃ恥ずかしくて……!」

 

 またも妹紅は悶え始める。その様子は年頃の女の子らしくもあり、それ以上に幼い女の子のようにも見える。

 

「……あ、でも」

 

「ん?」

 

 妹紅の様子から横島への感情を考察していた慧音だが、妹紅が突然冷静に上げた声に反応する。

 

「何か横島って、雰囲気とかムードとか一切読まずに鼻息荒く唇を突き出して『ぐおー!』って迫ってきそうな感じがするな。……それは流石に嫌、かな」

 

「ああ、うん。それは嫌だな」

 

 慧音は顔も知らない横島が妹紅に「ぐおー!」と迫り、顔面に燃える拳を叩き込まれる映像を容易に想像出来た。しかし、この妹紅の言葉で更に疑問が生まれる。

 

「……ちゃんとムードを読んで優しくリードしてくれたりするのなら、横島とキスしてもいいのか?」

 

「……えっと……」

 

 妹紅は再び目を閉じて考え込む。ややあって目を開いた妹紅は真剣な眼差しで慧音を見る。

 

「――――そいつは本当に横島なのかな?」

 

「いや、私に聞かれても……」

 

 普段横島が妹紅にどう思われているかが滲み出る言葉であった。

 

 それはともかく置いておいて、妹紅は慧音の言葉通りの横島を思い浮かべる。

 

 優しい笑みを浮かべ、甘い言葉を囁き、ゆっくりと、しかし力強く肩を抱き寄せる。次第に近付く二人の顔。やがて互いの唇は重なり合って――――。

 

「うわあああああああああああああああ!!! 恥ずかしいっ!! 恥ずかしいいいいいいーーーーっ!!」

 

 今度は両手で顔を隠し、どったんばったんと悶え始める。慧音はその様子を見て、大凡の見当をつけた。

 

(……少なからず惹かれてはいる、のか。まあ妹紅は男性に対する免疫が極端に低いみたいだから、男性と親しくなればずっと友人関係を貫くか、こんな風に一気に傾くかだと思ってはいたが……恋愛感情かどうかはまだ微妙だな。まあ、どちらにせよ好意は抱いているのだろうが)

 

 慧音は妹紅の心中を冷静に分析する。このままいくと案外コロッと落ちてしまいそうだ。

 

 こんな状態の妹紅に決断を迫るのは気が引けるが、あと数時間もしない内に人里の寄り合いが始まる。ここはさっさと話を進めようと慧音は決めた。

 

「で、どうする?」

 

「どうするってなにが? なにがっ?」

 

 妹紅はガバッと起き上がり即座に反応を返す。もはや余裕など一切なく、あらゆることに敏感になっているようだ。

 

「口紅だ。……塗るのか?」

 

「……っ!!」

 

 慧音の言葉に息が詰まり、動きが止まる。もう顔の熱はこれ以上上がらないと思っていたが、まだまだ上限には達していなかったようだ。

 

「……」

 

「……」

 

 妹紅は言葉を探し、口をぱくぱくと動かすが、どうにも見つからない。慧音は急かしたい衝動を抑え、妹紅からの返答を待つ。

 

「……バーベキュー」

 

「うん?」

 

「……紅魔館での、バーベキューに誘われててさ」

 

「……ああ、うん」

 

 一瞬何のことかと思ったが、話は繋がっていた。慧音は続きを待つ。

 

「その、口紅、付けていかないと、横島に失礼なんじゃないかな……とか、思ったり」

 

「……そうか」

 

「……あの、ほら! 案外慧音が言ったような意味を知らなかったりするかもしれないしさ! だから、えっと……その……」

 

 尻すぼみに小さくなる声と比例するように、視線はどんどんと下を向く。その姿はまさしく『可憐な美少女』だ。

 

「口紅にも、興味あるし。ちょっと、付けてみたくはあるし……」

 

「……分かった」

 

 もう十分だった。恋愛感情が有るにせよ無いにせよ、彼女は口紅を付けたいと思っている。その結果がどうなるか自分では想像がつかないが、慧音はせめて良い方向に転がるように妹紅をサポートすることを決める。

 

(……やはり近い内に会ってみないとな)

 

 思わず苦笑が漏れた慧音を訝しがる妹紅だが、慧音はそれを気にせず立ち上がる。

 

「とりあえず風呂に入ってこい。この後バーベキューに誘われているのなら、身嗜みはきちんと整えないとな。……その方が横島も喜ぶだろう」

 

「っ!?」

 

 戯れの言葉にも過剰に反応する妹紅が嫌に可愛らしい。妹紅の方がずっと年上だが、時たま彼女のことをまるで妹のように思ってしまう。

 

「妹紅は髪の手入れも口紅の付け方も知らないだろうからな。私がしてあげるよ」

 

「……」

 

 妹紅は慧音の言葉に少々不機嫌そうに表情を歪めるが、それも一瞬のこと。慧音の言葉は真実であり、妹紅は元々慧音を頼って来たのだ。

 

 それでも妹紅は納得がいかない、というような表情を作り、視線を逸らしたまま素直に「お願いします」と頭を下げた。

 

「あ、ちなみに私は今日寄り合いがあってバーベキューには参加出来ないから」

 

「この状況で私を一人にするのかっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、現在へと至る。

 

「……そっか、口紅も付けてきたんだ」

 

「……っ。うん、まあ、せっかく横島からプレゼントされたんだし、さ」

 

 横島の言葉を受けて、妹紅は唇へと指を這わせる。その様子は妹紅の見た目年齢に似合わぬ色気を発揮させており、横島に『妹紅も女の子なのだ』と強烈に意識させることに成功していた。

 

 横島は煩悩と関係なく高鳴る鼓動に戸惑いを隠せずにいるが、もっと戸惑っているのはギャラリーと化している他の皆だった。

 

(よ、横島さんが妹紅に口紅を贈った……っ!?)

 

(横島さーん……。でも妹紅さん可愛い……。ああ、何か複雑な気分です……。私も横島さんとあんな雰囲気になりたい……)

 

(……私も囲ってもらおうかなー。執事さんなら十人や二十人なら楽勝だろうし)

 

(いやいやどういうことよそれ)

 

(ところで横島さんは口紅を贈る意味って知ってるのかしら……?)

 

 周りが少々ざわつくが、当事者達は自分のことに精一杯で気付かない。十数秒程動きのない二人だったが、ここで妹紅が行動に出る。

 

「……その、口紅、を……」

 

「……ん?」

 

「男が、女の子に口紅を贈る意味って……」

 

 途切れ途切れながらも、妹紅は横島へと言葉を紡ぐ。その内容に周りの乙女達はボルテージをギュンギュンと上げていく。

 

(聞くの!? 聞いちゃうの!?)

 

(ああ、何か凄い妹紅が可愛い……!! でも何か、凄い複雑……!!)

 

(輝夜、ここ最近妹紅と仲が良いものねぇ)

 

(えっと、えっと……見てて、良いんでしょうか……?)

 

(しっかりと目に焼き付けておきなさい、妖夢。……これはいい肴になるわよ)

 

(幽々子……)

 

 皆がごくりと生唾を飲み込む。周囲の視線を独り占めしていることに気付かぬまま、横島が口を開く。

 

 

「化粧品店のおばちゃんが言ってたけど、『少しずつ返してくれ』……だったっけ」

 

「……っ!!」

 

 横島の口から出た言葉に、妹紅の肩が大きく跳ねる。周囲の驚愕のリアクションを見せていた。

 

(知ってた!? 知ってたの!?)

 

(これは……このままやっちゃう流れ!?)

 

(妹紅から切り出したってことは、つまり妹紅って……!?)

 

(むきゅーっ!!)

 

 ギャラリーのボルテージは最高潮に高まる。期待と嫉妬とが渦巻く中庭に異様な熱が籠もっていくが、未だ冷静さを保っている数人があることに気付く。

 

(ん……?)

 

 横島の表情が、少々困惑に歪んでいるのだ。

 

 横島のメンタルケアを施している永琳や、現在横島の為にあらゆる行動を起こしている紫、知り合って間もない幽々子、横島に恋心を抱きつつも莫大な人生経験から客観的な視野の広さを持つてゐなどは気付いた。

 

――――「あ、実はこいつ意味も何も知らねーんだな……」ということに。

 

 思えば横島はナンパをする際、いつも体一つでぶつかっていく。予備知識などは全く仕入れず、下手くそな口説き文句を煩悩に歪んだ顔でぶち込んでいくのだ。

 

 その様は中々に酷いものであり、対象の女性のことなど全く考えていない。ナンパをする対象は無意識の内に気が弱い女性などを除いているが、そもそも煩悩が先行しているのでその気遣いも無意味な物。

 

 今回のように女性にプレゼントを渡す、という行為もあまり経験がないのだ。その割に女性に喜ばれる物を選べたのは、偏に元の世界での雇い主である美神とその仲間達のお陰だろう。

 

 美神とそのライバル達はゴーストスイーパーとして超一流だが、その彼女達が持つ衣服やアクセサリー、食器などの家財道具までもが超一流の物で構成されている。

 

 普段からそういった物を当たり前に見ていた横島は知らず知らずの内に目とセンスが鍛えられていたというわけだ。

 

 だが、横島はそれに気付いておらず、どういったプレゼントが喜ばれるか、また贈るプレゼントにはどんな意味があるのかなどは一切調べない為、今回のようなケースに繋がったのだろう。

 

 だからこそ横島は妹紅の言葉と、化粧品店のおばちゃんの言葉の意味が分からずに困惑しているのだ。

 

 勿論それが妹紅に伝わるわけがなく、妹紅は破れそうなまでに高鳴る胸の鼓動を感じながら横島の言葉の続きを待つ。いい加減何かを言わないと、と横島が口を開けた瞬間、突如として悲鳴が上がった。

 

「ひゃあああああーーーー!?」

 

「――っ!?」

 

 皆が一斉に悲鳴の方へ向く。そこにはバーベキューグリルから巨大な火柱が上がり、驚いた妖精メイド数人が尻餅をついていた。

 

 どうやら横島と妹紅に注目し過ぎた結果、肉の脂が炭に引火して巨大な火柱を形成したことに気付くことが出来なかったったようだ。幸い火はすぐに消し止められ、妖精メイド達にも怪我はなかった。

 

 元々の原因である妖精メイドは咲夜にキツいお叱りを受けたが、大事には至らなかったことで無事を喜ばれる。その妖精メイドはそんな咲夜に痛く感動したようだ。

 

「……ま、大事にならなくて良かった良かった」

 

「ああ、そうだな……」

 

 横島と妹紅は妖精メイドが無事だったことに安堵し、大きく息を吐く。結局二人の間に流れていた甘い雰囲気は先程のハプニングで霧散してしまい、横島は駄目になってしまったバーベキューグリルの片付けに向かうこととなる。

 

 妹紅は妖精メイドから貰った皿に肉と野菜を乗せ、静かに食べ始めた。

 

(……いや、別に私は何とも思ってないし? 別に残念とか惜しかったとか、そんなのもないし? 横島は何で私に口紅を贈ったんだろうとか疑問もないし? あのまま行ったら横島とキスしてたのかなとか考えてもないし? そもそも私に横島がキスするのかどうかは分かんないわけだし? まあ横島なら別に嫌じゃないわけだけど……)

 

 声には出さず、肉を食べながら口の中だけで言葉にする愚痴の山。それは現在妹紅が攻略している肉と野菜の山と同じくらいに大きく、険しい。

 

 何だかんだで不満もあったらしく、やけ食いも兼ねているようだ。周囲の妖精メイド達はそんな妹紅を涙ながらに見守っている。……後日、妹紅は体重計に乗った時に特大の恐怖を感じることとなるが、元々妹紅は身長の割には痩せ過ぎている。多少増えたところで乙女心以外に問題はない。

 

 一方、横島は横島でもんもんとした気分を抱えていた。

 

 先程までの妹紅の様子、表情、場の雰囲気。今思い出すだけでも心がむず痒い感覚に襲われる。

 

 風に揺れ、光に透ける髪。朱を帯びた頬に甘く潤んだ瞳。何より目を引いたのは、淡い桃色を纏った小振りな唇。

 

 妹紅のことは前々から美少女だと思ってはいたが、ほんの少しのお洒落でああまで印象が変わるとは思わなかった。

 

「……可愛かったな」

 

 ぽつりと出た呟き。それが今の横島の心境を表している。

 

「いやいや、いかんいかん」

 

 俺はロリコンじゃないと頭をプルプルと振る。しかし脳裏にちらつくのは先程の妹紅。

 

 それだけではない。妹紅と共に脳裏を過ぎるのは、この幻想郷で知り合った少女達。

 

「……皆、可愛いよなぁ……」

 

 それが、答えなのだ。横島は幻想郷で知り合った少女達に惹かれ始めている。その事実に横島は気付いていない。否、それを『認めたくない』のだ。

 

 だからこそ『俺はロリコンじゃない』と頑なに言い続ける。彼にとって年下という庇護の対象に、煩悩を向けない為に。

 

 では、横島に惹かれている少女達はどうか。その多くは横島を『そういう』対象であると見ているだろう。知識や自覚がなくても、抱いた想いは一途な物だ。

 

 横島は自分を偽り続けることが出来るのか。少女達は想いを叶えることが出来るのか。

 

 とりあえず、横島は平静を取り戻す為に『俺はロリコンじゃない』と唱え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

第十九話

『俺はロリコンじゃない』

~了~




横島君はギャップに弱いと思います!!!!!(挨拶)

今回の妹紅は、アレです。ビン底眼鏡を掛けていた地味な女の子が眼鏡を外すと、とんでもない美少女だった!! みたいな、何かそんな感じのアレです。

あと、小悪魔とのデート回の反省を活かして横島と妹紅を中心に、他を添え物にしてみました。ごめんね、皆扱いが悪くて。

キスに関しては色々な考えがありますけども、妹紅は「キスくらいならいいかな」という感じですかね。勿論誰でも良いわけではなく、横島だからということで。

……ただちょっと現代的な考えすぎるので、妹紅のキャラに合っていないかもという心配が……。平安時代ってそこらへんの貞操観念はどうなってんでしょうね? 割と性にフリーダムな記述が多いみたいですけど。

何か長くなってしまいました。

次はチルノ達ロリ勢が出ます。

それではまた次回。

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