東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回は美鈴との約束を果たす回です。……いや、そんな大層なものでもないですけれども。

また、今回は下品な部分がありますので、不快に思われる方がいらっしゃるかもしれません。あらかじめご了承ください。

それではまたあとがきで。


第十八話『組み手・横島対美鈴』

 

 さて、横島が皆にプレゼントを贈った日の次の朝。紅魔館の中庭はある種異様な熱気に包まれていた。

 

 それは紅魔館唯一の男性から贈り物を貰ったからか? 違う。そうではないのだ。

 

 答えはもっと物騒で、紅魔館の住人が好みそうなものだった。

 

「さぁー、いきますよ横島さんっ!! しっかりと相手をしてもらいますからねーっ!!」

 

「――――はああぁぁぁぁぁ……」

 

 目が爛々と輝き血色豊かでやる気満々な美鈴と、死んだ魚のような目をして深い深い溜め息を吐く横島との対比が、見る者の笑いを誘う。

 

 そう、これは美鈴が一方的に約束を取り付けた組み手である。

 

 ゴーストスイーパーという仕事をしていた横島は徹夜など慣れっこではあるのだが、彼は元々組み手や試合、修行などという行為は大の苦手である。

 

 そんな彼が爽やかな朝っぱらから武闘派美少女と組み手をしなければならないのだ。憂鬱な気分になるのも仕方がないと言える。

 

「ただお兄様ー! 頑張れー!」

 

「美鈴ー、適当にやっちゃいなさーい」

 

 対極なのは美鈴と横島だけでなく、応援の側にも存在した。両手を振って大声で横島を応援するフランと、気怠そうに片手をぷらぷらと振って美鈴に声をかけるレミリアである。

 

 横長の大きなテーブルと椅子をわざわざ中庭にまで持ってきて応援席としている。紅魔館と永遠亭の主要メンバーはこれに着席し、妖精メイド達は立ち見となっている。

 

 しかし、テーブルに着くメンバーの中で、普段紅魔館では見慣れない人物達がいた。

 

「さて、ついに始まりました執事さん対美鈴の組み手。実況を務めますは私因幡てゐ、解説は白玉楼の剣術指南役、魂魄妖夢さんが務めます」

 

「……はぁ」

 

 何故か組み手の解説をやらされる妖夢と、いつもの通りお茶会をしている紫と永琳に混ざっている幽々子だ。

 

 どうやら幽々子が紫から二人の組み手について聞いたようで、横島の実力に興味を示した妖夢を連れて来たらしい。

 

 妖夢も初めは興味津々といった様子だったのだが、あれよあれよという間に解説役を押し付けられ、一人静かに観賞することが出来なくなった為に溜め息を吐いている。

 

「はいはい、溜め息もそこそこにして。今回の組み手ですが、執事さんと美鈴、妖夢さんはどう見ます?」

 

「……いや、どうって言われても」

 

 既に実況になりきっているてゐに妖夢は二の句が継げない。幽々子の方を見てもお茶菓子を食べながらニコニコとこちらを見ているだけ。周りに目をやっても総じて目を逸らされた。この場に味方はいないのである。

 

「……美鈴さんの方はやる気が漲っていますが、横島さんの方は逆に萎縮しています。このままではやはり美鈴さんの方が有利でしょう」

 

「なるほど。やはり気の持ちようが重要であるということでしょうか?」

 

「そうですね。思考と気力は一致しますから、やはり気が充実している方がより高度なパフォーマンスを発揮出来ます。……勿論例外もあるでしょうが、横島さんはそういったタイプではないでしょうし」

 

「執事さんのテンションが鍵、ということでしょうか。美鈴がジワジワと間合いを詰めています。そろそろこの組み手の火蓋が切られそうです……!」

 

 妖夢は軽く頭を振ったあと、仕方なしに解説を始めることにする。根が真面目な妖夢は真剣に二人を分析し、意見を述べる。こういったことが出来るようになった辺り、頑固なところが和らいできたようだ。

 

(むむ。横島さんにあまりやる気が見られませんね。……まあ、私が無理矢理取り付けた約束なので当然でしょうけど)

 

 横島の一挙手一投足に神経を傾けながら、美鈴は横島を観察する。思考の内容はネガティブなものになってしまったが、それでも美鈴の気力は萎えない。

 

(……しかし油断は出来ません。やっぱりこういうのは全力を尽くしてこそですからね!)

 

「……っ?」

 

 横島の背筋に何故か悪寒が走る。これから何か起こるのか不安に思う前に、まばたきを一つ。

 

「はっ!!」

 

「――――んなっ!?」

 

 その正に一瞬の隙に、美鈴は既に間合いを詰めていた。

 

――――形意拳・跳歩崩拳!!

 

 絶対に避けられないであろうタイミングで迫る右の崩拳。弾丸の如き速度で迫り来るその拳を、横島は――――。

 

「のひょぉっ!?」

 

「……っ!?」

 

 奇声を上げ、大袈裟に、簡単に躱してみせた。

 

『おぉー!!』

 

 一瞬の攻防。それを認識出来たギャラリー達は感嘆の声を上げ、認識出来なかったギャラリー(妖精メイド)達はよく分からないが周りに倣ってとりあえず声を上げる。

 

「びびった……! マジでびびった……!」

 

「……」

 

 荒い息を吐き、胸を押さえてほんの一瞬の隙を突いた美鈴への驚きを鎮めようとする横島と、突き出した拳をそのままに、自らが繰り出した技を簡単に避けた横島を見開いた目で見つめる美鈴。より驚愕が大きいのは、どちらであろうか。

 

「いやー、今の一瞬の攻防! 美鈴の突きが決まるかと思われたのですが、執事さんが避けてみせましたね!」

 

「ええ。私もあのタイミングなら決まると思ったのですが、まさか避けるとは……」

 

 実況席からてゐの興奮したような声と、妖夢の驚きに呆けたような声が響く。他の『見えた』ギャラリー達も同様の意見のようで、横島に対する賛辞や美鈴に対する叱咤激励も聞こえてくる。

 

 その中で妖夢の目は次第に輝きが増していき、頬も感情の高ぶりからか紅潮する。

 

 美鈴は再び横島との間合いを詰め、フェイントを織り交ぜながら連撃を入れる。だが横島にはそれでも通じなかった。

 

 横島はそのフェイントに引っかかりながらも迫り来る拳や肘を避け、弾き、逸らし、受け止める。全ての攻撃を防いでいるのだ。

 

「おぉーっと! 執事さん、美鈴の連続攻撃を物ともせずに避けまくるー!! でも、しかしこれは……!?」

 

 てゐの実況にも力が入る。だが、後半には何か戸惑いの色も混じっていた。

 

「のほっ!? ぅひいっ!? ちょあっ!! のひゃぁっ!? ぃやああぁぁぁ!?」

 

 横島は避ける。奇声を上げて避け続ける。その姿は正に必死であり、涙どころか鼻水も溢れている。

 

 全てが大袈裟で無駄な動きで無茶苦茶であり、おおよそ人間の動きとは思えない。言ってしまえばその無様というかみっともないというか、とにかく見苦しいものであった。もう酷いというより惨い。

 

「これはひどい……! 執事さん、何だかとってもひどい動きだー! どうせ避けるならもっとカッコ良く避けてよー!!」

 

「ほっとけー!! ……にょわぁっ!? かすった!? 今かすった!!」

 

 実況のてゐも横島の動きは良い物とは思えなかった。見ている者全てがてゐと意見を一致させるだろうが、ここには例外が存在していた。

 

 妖夢と、美鈴である。

 

「いやー、妖夢さん。執事さんのあの動き、どう思われます?」

 

 てゐは先程から黙っている妖夢に意見を求める。自分からすれば横島の動きは無様な物にしか見えなく、他の意見が聞きたかったからだ。そしてその期待は実ることとなる。

 

「……はい。確かに見た目はひどいですが、私としましては『素晴らしい』というのが正直なところです」

 

「……素晴らしい、ですか?」

 

「ええ。聞くところによると横島さんは特定の武術を修めているわけではありません。しかし、彼はあの美鈴さんの攻撃を全て避けています。これだけで、横島さんの天才が分かるというものです」

 

「天才、ですか」

 

 妖夢の言葉はてゐには予想外に過ぎた。確かに美鈴の攻撃を未だ避け続けているのは素直に凄いが、それだけで天才と呼べるものなのだろうか。

 

「……では、執事さんのどういったところに天才性があるのでしょうか?」

 

「まずは動体視力と反射神経ですね。手加減しているとは言え、美鈴さんの攻撃を瞬時に見切り、躱す。これは人間が行うのは至難の業です」

 

「確かに、美鈴の攻撃は妖怪の私から見てもとんでもないです」

 

「しかも美鈴さんは中国拳法の達人。その功夫は人間が到達出来るレベルを超えています。つまり横島さんの身体能力は、霊力でのブーストを加味しても、人間の領域を超越しているんです……!」

 

 妖夢の解説に周囲から感嘆の声が上がる。特に横島に懐いている妖精メイド達の反応は顕著だった。やんややんやと横島に喝采を送っている。

 

「妖夢さんは先程『まずは』と仰っていましたが、他にもまだ要因があるのでしょうか?」

 

 てゐは冷静に妖夢へと解説を請う。妖夢は一つ頷いたあと、語り始める。

 

「これは以前の宴会の時に聞いた話です。横島さんはゴーストスイーパーという悪霊祓いの職業に就いていたそうなのですが、敵対する悪霊や悪魔はやはり狡く、卑怯な者が多かったようです」

 

「まさに『悪』と言ったところですね」

 

 妖夢の言葉に相槌を打つてゐの背後から『お前が言うな』という声が聞こえてくる。当然てゐはそれを無視しているのだが、妖夢もそれを完全にスルーして続きを話し始める。やはりどんどんとテンションが上がってきているようだ。

 

「悪霊は時に数に任せて強襲してきたり、前後左右上下、あらゆる角度から襲い掛かる。ゴーストスイーパーはそれらに対抗するために、常に意識の網を広げているのだとか」

 

「意識の網、ですか」

 

「横島さん曰わく『ただ単に全方位に注意を向けてるだけだけど』とのことですが、当然その一言で済む領域ではありません」

 

「……確かにそうですね。命懸けの戦いの中で前だけでなく、後ろや、まして上下を気にするというのは……」

 

「難しいどころではありません。しかも横島さんは霊力を扱えるようになってまだ一年も経っていないそうなのです。即ち全くの素人の状態で命懸けの戦場に立ち、これまで生き抜いてきたのです! 霊能に覚醒するまでにいくつの死地をくぐり抜けてきたのか、また霊能に覚醒してからもどれだけの死地を乗り越えてきたのか……! 美鈴さんの攻撃を躱せるのは彼に天賦の才があるからだけではありません! そういった莫大な経験値があるからこそ、全方位に注意を向けられるほどの集中力を身に付け、美鈴さんの攻撃を培った経験則によって躱せているのです……!!」

 

 妖夢は目をキラキラと輝かせながら熱く語っている。瞳に映っているのは横島に対する尊敬の念か。その勢いはてゐが驚くほどである。

 

「な、なるほど。つまり執事さんは……」

 

「それだけではありません!」

 

「まだあるの!?」

 

 てゐも思わず突っ込んでしまう。もはや妖夢のテンションはマックス状態であった。

 

「美鈴さんの攻撃を見切る動体視力、咄嗟の行動にも反応できる反射神経、攻撃を予測する経験則、フェイントにかかっても瞬時に持ち直す身体能力、どんな攻撃も躱す柔軟性、如何に無茶な体勢であっても瞬時に立て直すバランス感覚、そしてそれらを可能にする莫大な霊力によるブーストと霊力を練るスピード! これらが一体となってあの横島さんの異常な回避・防御術を構成しているのです……!!」

 

 はあはあと息を切らせつつようやく語り終える妖夢。もはや完全にキャラクターが崩壊しているが、妖夢自身がそれに気付くことはない。横島の尋常ならざる身体能力に痛く興奮しているようだ。

 

「……ああ、はい。長々とありがとうございます。……簡単に言えば、執事さんは天才でしかも努力してるってことで良いんですかね?」

 

「……まあ、そうですね。はい。こほん」

 

 てゐの少々引きながらの質問に、妖夢は咳き込みながらも答える。一度に話しすぎたようで、喉が軽く痛みを発している。

 

 てゐは妖夢が語ったことを反芻したが、とあることに気が付いた。

 

「……あれ? 何か妖夢さんの説明を聞いてると、執事さんが凄いのって避けたりとか逃げたりだけのような……」

 

「……そうですけど?」

 

 疑問には肯定が返ってきた。

 

「……私は気にしませんけど、逃げることの天才って格好悪く感じますね。今も避けてばかり……というか本当に当たりませんね」

 

「確かに一般的に良いイメージではありませんね。ですが防御というのはとても重要なものです。流派によっては攻撃よりも防御を重点的に教えるものもありますから……。……でも、やっぱり妙ですね」

 

 妖夢は顎に手を当てて未だ美鈴の攻撃を躱し続ける横島を食い入るように見詰める。今までと違った様子にてゐも興味を示した。

 

「何か、おかしな点でも?」

 

「……いえ、先程は横島さんを褒めちぎりましたが、流石にここまで来ると天才どうこうというよりはもはや異常です。もはや未来予知でもしているかのような……一体どうしてこんなことが……?」

 

 その違和感に最も早く気付いていたのは、言わずもがな美鈴だ。美鈴は横島との間合いを離し、構えを緩める。

 

「ふう……。まさか、今まで一回もクリーンヒット出来ないとは思いませんでしたよ。横島さんは回避や防御に関しては本当に天才と言っても過言ではありませんね」

 

「んー……。あんまり格好良いとは、言えないけどさ。……今も野次が飛んでるし」

 

 横島は周りから聞こえてくる野次に涙を『るー』と流す。やれ『攻撃しろ』、『逃げるな』、『格好良いところを見せろ』……などなど。ほとんどは妖精メイド達だが、中にはレミリアや鈴仙が言っていたりする。

 

 こういうときに率先して横島を野次りそうなのは、最近打ち解けてきてお互いに言動に遠慮が無くなってきたパチュリーなのだが、彼女は何故か机に突っ伏し、死んだ魚のような目で横島達を眺めているだけである。

 

 落ち込む横島に、美鈴は苦笑を浮かべた。彼女も妖夢と同様の意見を抱いている。

 

「まあ、良いじゃないですか。私は素直に尊敬していますよ? 確かに見た目は格好悪いですが、その域に至るまでにどれほど苦労したのか、私には想像もつきませんし」

 

「いやー、ははは! 俺も結構苦労してるしなー!」

 

 美鈴に褒められた横島は得意げになる。美鈴は横島のこういった子供っぽさが気に入っている。何とも可愛らしく映るのだ。

 

 でも、と。美鈴は前置きをする。

 

「何で私に攻撃してこないんです? 結構わざと隙を作ったりもしてたんですけど」

 

 美鈴の意見は尤もだった。横島は避けるばかりで攻撃をしない。むしろ攻撃する気がないと言ってもいいだろう。それはギャラリーの皆も気になっていたことだった。

 

「んー……。まあ、避けるので精一杯だったとか、攻撃したらカウンターが来るんだろうなーとか、理由は結構あるけど……?」

 

「……一番の理由は何なんです?」

 

 それは気まぐれの問い。理由がいくつかあるのなら、最たる理由は何だろうかという程度の問いだった。

 

 横島は頭をボリボリと掻きながら、言いにくそうにしながらも答える。

 

「何つーか、その……。怒られそうだけどさ、当然だけど美鈴って女の子だし。敵対してるならあんまり気にしねーけど、普段仲良くしてもらってるからどーしても……」

 

 しどろもどろの回答は『女の子だから』という至極単純なものだった。ギャラリー達はそんな理由なのかと拍子抜けしたが、横島と対峙している美鈴はその限りではなかった。

 

(……こんな風に女の子扱いされたのはどのくらいぶりでしょうかね……? 人里の武道家の皆さんは「闘うからには女子供とて容赦はせん!」とか、「妖怪相手に手加減なぞするものか!」とか、そんなのばかりでしたからね……)

 

 武芸に生きる女性ならば「ふざけるな」と激昂しそうなものだが、遥か長きを生きる美鈴は逆に、懐かしくもある新鮮な喜びを覚えていた。それともう一つ。

 

(うん、やっぱり私は横島さんが言うとおり『女の子』……若いんですよ。更年期障害なんかじゃありませんね……!)

 

 その喜びはどこか明後日の方向を向いていた。未だに気にしていたらしい。

 

「……組み手なんですから、気にしなくても良いんですけどね?」

 

「いや、それはほら、今の俺はまだ霊力の扱いも不安定だから危ないし……」

 

 悪戯っぽく笑う美鈴に、横島は両手をパタパタと振る。彼自身は攻撃しないことが失礼に当たると理解している。それが後ろめたさに繋がっているのだろう。

 

「あはは。それじゃ、もう一つ質問良いですか?」

 

「ぇあ、あー、うん。良いけど」

 

 美鈴は人差し指をピッと立てる。

 

「いくら横島さんが回避と防御に秀でていても、これほど完璧に私の攻撃を防ぎ切れるとは思えません。何か、理由があったりするんですか?」

 

 美鈴と妖夢が抱いた疑問の核心部分。それは、いかなる理由なのだろうか。

 

「えーっと、俺って毎朝美鈴と太極拳やってるじゃんか。そん時に美鈴をじーっと見てたからさ。それで次の動きが何となく読めるようになったというか……」

 

 瞬間、中庭が凍りついた。突然の事態に横島が狼狽するが、それは瑣末事でしかない。

 

『いやいやいやいや』

 

 中庭のギャラリーが同じ動作で一斉に突っ込んだ。

 

「たった数日で動きが読めるようになるわけないでしょー!」

 

「吐くならもっとましな嘘にしなさいよ……」

 

「いくら何でもそれはないですよー」

 

「なるほど、つまり……見取り稽古ですね!」

 

「それはちょっと違くない?」

 

 非難囂々だった。横島としては本当のことなのだからどうしようもないのだが……。やはり、現実味はない。

 

「……じーっと見てたって、主にどんなところを……?」

 

「いやー、美鈴ってチャイナドレスだから体のラインが強調されてるじゃん? チャイナドレスの締め付けに負けずに張り出したチチとかピッチリとしたラインから浮かび上がる腰とかシリとかスリットから覗くフトモモとか――――はっ!?」

 

 それはもう見事なまでの自爆であった。鼻の下を伸ばしただらしのない顔での煩悩丸出しな着眼点の語り。気付いたところでもう遅い。周りからの視線は一部を除き氷点下だ。

 

「執事さん、ここでまさかの変・態・発・言!! ここまでくると逆に男らしい!! 執事さーん、後で私の体も隅々まで見て良いよーっ!!」

 

「てゐー! あんた恋は盲目にも程があるでしょー!!」

 

「……ただお兄様、やっぱりおっぱいおっきい方が良いのかな……?」

 

「フラン、気にするところはそこじゃないでしょう……?」

 

 横島のこの発言で中庭はカオスに包まれたと言ってもいいだろう。

 

 てゐが本能のままに叫び、鈴仙がそれを叱り飛ばし、フランが自らの平たい胸を気にし、レミリアがそれに「何でやねん」と突っ込む。

 

 永琳と幽々子は「やっぱり男の子ねぇ」と余裕の笑みだ。隣の紫は頭を抱えているが。

 

 当の美鈴は顔を赤くして両手で体を隠すように抱いている。その仕草が横島の煩悩を掻き立てることには気付いていない。

 

(やっぱり気のせいじゃなかったんですね……いや、まあガン見でしたけど。本当は気付いてましたけども。何というか横島さんに見られるのは構わないというか、むしろ横島さんに見られるのは気持ちいい……いやいやいやいや私はノーマル。私はノーマルなんですよ)

 

 美鈴は何事か考えて頭をブンブンと振っている。何か気付いてはいけないことに気付いてしまいそうだ。

 

「……ふう」

 

 美鈴は深呼吸を行い、心を鎮める。先程の思考は全て頭から放り出した。美鈴はそろそろ決着をつけるために再び構える。

 

「横島さん、次の一撃で勝負を決めましょう。私の攻撃が当たれば私の勝ち。避けられたら横島さんの勝ち、という感じで」

 

「……ああ、手っ取り早くそれでいこうか」

 

 美鈴の言葉に横島はキリッとした表情で答える。そこだけ見れば何とも格好良いのだが、少し目線を下げれば思い切り腰が引けているのが分かる。実に締まらない男だ。

 

「妖夢さん、この決着方法だと今までの攻防から横島さんが俄然有利に思えますが……」

 

「ええ、そうですね。でもそれは美鈴さんも分かっているはずです。何か、必勝の策があるのでしょうか……?」

 

 妖夢の言葉に周囲が静まり返る。ギャラリーは固唾を呑んで横島達に注目する。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに数秒の沈黙。そこに緩やかな風が吹き、ついに美鈴が動く。

 

「――――っ!!」

 

「おおっ!!」

 

 美鈴はチャイナドレスの前垂れをゆっくりと持ち上げる。次第に露わになっていく美鈴の美脚。やがて前垂れはスラッとしていながらも適度な脂肪と筋肉によりムッチリとした太腿まで捲り上がり、その奥に淡いピンク色をしたシルク生地の何かが見えたような気がする。

 

 横島はその何かを捉えようと食い入るように美鈴の局部周辺を見る。

 

――――当然、それは罠だった。

 

「あっ」

 

 気が付いた時にはもう遅い。美鈴は既に眼前にまで迫っており、拳は顔面の中心にめり込んでいた。

 

「――――撃符『大鵬拳』」!!」

 

「あじゃぱーーーー!!?」

 

 哀れ横島は虹色の『気』を纏った揚炮に吹き飛ばされ、やがて顔面から地面へと墜落した。

 

――――辺りを静寂が包む。それも数秒、静けさを切り裂くようにてゐの声が響く。

 

「き、き、決まったー!! 紅美鈴、何と執事さんにパンツを見せて生じた隙に拳を叩き込むという二重にいやらしい戦法で勝利ーーっ!!」

 

「……っ、……っ!?」

 

 てゐは興奮気味に捲くし立てるが、妖夢は顔を真っ赤にして声も出せないでいる。

 

 ギャラリーに背を向けている美鈴も実は顔が真っ赤だ。それは横島に自ら下着を晒したことによる羞恥と、そこから派生した高揚によって、である。

 

(……何か、何か何か何というか……! ああっ、これは駄目です! 何か癖になりそうです……っ!!)

 

 美鈴は頭からプシューっと蒸気を発する。これ以後、美鈴はまるで小悪魔(比喩的表現)のようになり横島の前では若干露出度が上がり、また無防備な姿も多く晒すようになる。……すでに胸に去来する高揚感と官能を刺激するかのような快感の虜になっていたのだった。

 

 そんな美鈴の熱を一気に冷ます出来事がすぐそこに。

 

「えー、とりあえずレミリアさん。美鈴さんに何か一言どうぞ」

 

「美鈴はこの後の昼食とおやつは抜き」

 

「ええぇっ!?」

 

 ぐりんと音がしそうなほど勢い良く振り返る美鈴だが、彼女を迎えたのは烈火の如き怒りを内包した視線を向けるレミリアであった。

 

「あんなことしたんだから当然でしょうが。それにこれでも十分に優しいくらいよ? とにかく今後ああいうのは禁止。……まったく、フランの教育に悪い……!」

 

「うう……今日のおやつは咲夜さんの特製ケーキだったのに……くすん」

 

 自業自得である。ぷりぷりと怒っているレミリアが美鈴を睨んでいると、フランが何やら考え込んだ様子で近寄って来た。

 

「ねえ、お姉様……」

 

「ん、何、フラン?」

 

「私のパンツを見たら、ただお兄様喜ぶかな……?」

 

 美鈴の呼吸が停止した。

 

「……あんなこと言い出しちゃったでしょうが!! とりあえずアンタは後で私の部屋に来なさい!! 良いわね!?」

 

「ひぇええ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーっ!!?」

 

「ごめんなさいじゃなくて来るのかどうか答えろっつってんのよ私は!!」

 

「はいっ!! 伺わせていただきますぅっ!!」

 

 烈火どころか業火の如き勢いで哮るレミリアに、美鈴は何度も土下座をするしかない。しかし何気に夕飯は食べられるので、レミリアも多少冷静さを保てているようだ。本当に極々僅かなものであろうが。

 

 そんな喧騒を尻目に、鈴仙は救急箱を持って横島の元へと向かった。

 

「……大丈夫、横島さん?」

 

「あ゛ー、大丈夫ー……」

 

 倒れ伏す横島の隣にしゃがみ込み、横島の様子を窺う。鼻血はダバダバと出ているが、見た感じ骨に異常はなさそうだ。……その点が異常であるが。

 

「……イナバちゃんは、しゃがまない方が良いと思うぞ」

 

「え、何で?」

 

 鈴仙は傍らに置いた救急箱を開け、治療の準備を始める。そこに横島から声をかけられ、疑問から手を止める。

 

「何でって、そりゃ勿論短いスカートからパンツが丸見え……」

 

 瞬間、鈴仙の指先から発射された数十の弾幕が横島を撃ち抜き、完全に気絶させた。鈴仙はプンスカと憤慨し、横島をそのまま放置する。

 

 横島は気付かなかったが、今日の鈴仙の手指は横島から贈られた様々な道具によって、今まで以上に綺麗に手入れされていた。

 

 

 

 

 

 

 結局横島は数分で目を覚まし、傷も完全に消えていた。相変わらず人間離れした男である。

 

 昼食を取ったあと横島はレミリアから咲夜と一号達と共に夕食のバーベキューの買い出しに向かうように指示される。

 

 その際妹紅から炭を貰ってくることと、可能ならば彼女もバーベキューに誘うように、とも仰せつかった。

 

 

 

 

 

 

 

第十八話

『組み手・横島対美鈴』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

「ところでパチェ?」

 

「……何、レミィ」

 

「何でずっと机に突っ伏してんの?」

 

「……私、昨日横島から服を貰ったじゃない?」

 

「あー、何だっけ。マニアックな服だっけ?」

 

「セクシーな服よ。そこは間違えないで。……んで、今日早速着てみようとしたんだけど……」

 

「……あー、うん。なるほど」

 

「マニアックな感じになるだけなら良かったのに……! ひと月前なら確実に大丈夫だったのに……!」

 

「うんうん、なるほど。ところで小悪魔は?」

 

「ちょっとは慰めて!? ……罰の門番が終わった後で仮眠しに行ったから、まだ寝てるんじゃない?」

 

「……もう少し寝かせといてやろうかしら」

 

「……ダイエット、しなきゃいけないのかしら……」

 

~了~

 




お疲れ様でした。

清純な美鈴ファンの皆様、申し訳ありませんでした。

でも相手の弱点を突くのは当然だよね!(白目)

横島君は凄い才能を色々と持っていますが、煩悩のせいでしょうもない失敗をするところがたまりません。

次回は妹紅さんの出番。横島は当然彼女にもプレゼントを用意していますので、そこらへんもお楽しみに。

それではまた次回。

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