東方煩悩漢   作:タナボルタ

21 / 96
大変お待たせいたしました。
リアルの方がかなり忙しく、今までかかってしまいました。



今回はプレゼント回です。
また、いつもより本文がかなり長くなっております。

それではまたあとがきで。


第十七話『贈り物』

 

 横島と小悪魔がデートに出かけた日の午後、紅魔館のゲストルームでは紫と永琳がすっかりと恒例になったお茶会を開いていた。今回は紅茶と洋菓子ではなく緑茶と和菓子を用意しており、非常にまったりとした空気が流れている。

 

「……今日はメイド妖精達がおとなしいみたいだけど、何かあったの? 横島君がいないことと関係があるのかしら?」

 

 熱い緑茶を一口啜り、紫が永琳に問う。永琳は咲夜手作りの羊羹を一口含み、上品な甘みとなめらかな舌触りを堪能してから答える。

 

「んー、横島君が小悪魔とデートに出かけてね。そのせいで張り合いがないんじゃない?」

 

「あら、横島君と小悪魔が?」

 

 永琳の答えには紫も驚いたようだ。相手が小悪魔というのもそうであるし、メイド妖精達にそこまで気に入られているというのも驚きだ。

 

「横島君と小悪魔ってそこまで仲が良かったのね。私は普段のやりとりから藤原妹紅と一番仲が良いと思っていたけれど」

 

「ああ、確かにそうかもね。会ってすぐに打ち解けていたし、この前輝夜が『妹紅を取られたー』って言って拗ねていたし。……あとぱっと思いつくのは美鈴とフランかしら? 普段からよく一緒にいるみたいだしね」

 

 紫と永琳が横島に関する話に花を咲かせるなか、ゲストルームの扉がガチャリと開いた。覗いたのは白く、ふわふわの兎の耳。入室してきたのはてゐであった。

 

「お、やっぱりお師匠様と八雲紫だ。こんなとこで何やってんの?」

 

「ただのお茶会よ。それより、部屋に入るならちゃんとノックをしてからにしなさい」

 

「はーい、ごめんなさーい」

 

 永琳の注意にてゐは本当に分かっているのか怪しい返事をする。そのまま紫達のテーブルにつき、楽しげな表情を浮かべる。

 

「んふふ、執事さんの話なら私も混ぜてもらわないとね」

 

「はいはい」

 

 兎の耳は伊達ではないのか、紫達の話の内容を把握していたようだ。永琳は兎の耳をピコピコと前後に動かすてゐに苦笑しつつ、てゐの分のお茶と羊羹をどこからか取り出した。

 

「それで、横島君と小悪魔についてだけれど」

 

「あー、今日はデートなんだってね。小悪魔が羨ましいよ」

 

「あら、もしかしてあなたも『そう』だったの?」

 

「この間ちょっとしたことがあってね」

 

 紫の問いにも臆さず答えるてゐの笑顔は、普段浮かべている笑顔とはまた違った魅力があった。赤くなった両頬に手を当て、体を『いやんいやん』とくねらせている。

 

「いやー、どのくらいぶりかはちょっと分かんないけど、やっぱり恋愛は良いね。心身ともに若返っちゃうよ」

 

「心はともかく、体がそれ以上若返ったら横島君に相手されないわよ?」

 

 てゐの言葉に二人は苦笑を浮かべるしかない。もっとも、実際に若返るのなら、二人共肖りたいのだろうが。

 

「……ところで、てゐにも理想のデートとかそういうのはあったりするの? 何となく賭場辺りが思い浮かんだけど」

 

 ほどよく温まった空気の中で、永琳は空気が冷たくなりそうなことを言う。

 

「……お師匠様の中で、私はどんなイメージなのさ」

 

「あら、改めて教えてほしいのかしら……?」

 

 永琳はてゐの言葉に『笑み』を浮かべる。その『笑み』は、てゐの心に深く刻まれているもので……。

 

 てゐの体がガタガタと震えだす。どうやらトラウマを刺激されたようだ。

 

「イエ……ケッコウデス……」

 

「永琳……あなた……」

 

 てゐの目が死んだ魚のようになり、紫の視線の温度が冷たくなる。流石の永琳もその視線には耐え難いのか、咳払いを一つし、話を戻す。

 

「それで、てゐの理想のデートってどんな感じなのかしら?」

 

「……お師匠様って、意外とこういう話好きなんだね」

 

 今まで永琳に抱いていたイメージと違ったのか、てゐは少々意外そうに納得する。それに対する永琳の反応はこうだった。

 

「それはそうよ。私だって若く、可憐な美少女なのよ? 男性との素敵なデートだって夢想するわ」

 

「永琳……あなた……」

 

 今度は別の意味で紫の視線が辛くなった。永琳は変わらず澄まし顔をしているが、よく見るとこめかみに一筋の汗が流れている。永琳は視線でてゐに促すが、そのてゐからは生暖かい目で見られており、まるで「仕方ないなあ」と言っているかのようだ。

 

「そだね、とりあえずベタなやりとりはしてみたいかな? 『ごめん、待った?』『ううん、今来たところ』みたいなね」

 

「ふんふん」

 

 永琳は本当にこういう話が好きなようで、その目は輝きを増している。紫も冷静に振る舞ってはいるがやはり興味はあるようで、心なしかてゐの話に集中しているようである。

 

「あとはまあ、行きたい所に行ってやりたいことをやるって感じかな? そうだね、まずはやっぱり――――ホテルだね」

 

「待ちなさい」

 

「ん?」

 

 てゐの発した言葉に即座に反応したのは紫であった。

 

「何でいきなりホテルなの。もっと健全な考えはないのかしら?」

 

「んー? いや、ちょっと勘違いしてるね。何もいきなりご休憩ってわけじゃないんだよ?」

 

「……そうなの?」

 

 てゐの為人を知っている紫は訝しげにてゐを見やる。そしててゐは、そんな期待を裏切らない。

 

「うん。やっぱりそういうのはもっと時間をかけないとね。つまり――――ご宿泊だよ」

 

「待ちなさい」

 

「……?」

 

「そんなさも不思議そうな顔をしないでくれるかしら……」

 

 やはりてゐの頭の中はピンク色であった。紫は頭痛がしてきたのかこめかみを押さえ、深い深い溜め息を吐く。

 

「はあ……。一体どこから突っ込めばいいのかしら……」

 

「どこから突っ込むだなんて、そんないやらしい……。最初はやっぱりスタンダードに――」

 

「そういう意味で言ったんじゃありませんわ……!」

 

 てゐの少々下品な返しに紫は顔をほのかに赤く染め、強い口調で否定する。元々紫は性的な冗談が好きではない。そういった『行為』もみだりにするものではないと考えているし、そういった『話』も慎むべきだと考えている。

 

 だが、目の前の二人はそうではない。勿論常識的な貞操観念は持っているし、誰彼なしにというわけでもない。――――しかし、八雲紫が顔を赤らめて困ったふうに怒っているのだ。二人は『もっと紫を困らせたい』という願望で一致していた。

 

「ところで横島君って最近たくましくなってきたわよね」

 

「え? ……ええ、そうね。確かに体つきも少しガッシリとしてきたように思うけれど」

 

 永琳は話題を変え、横島の名前を出す。紫はこれ幸いとその話題に乗る。しかし、それこそが罠だったのだ。

 

「筋肉とかもけっこうあるっぽいしねー。二の腕とか中々固かったよ。……カタいといえば、下の方はどうなのかなー?」

 

「……!?」

 

 てゐの言葉に、紫の頭に『あの日』の事がフラッシュバックする。あの時、横島の執事服が右半分なくなって『ぼろん』した時のことを。

 

 紫の顔が瞬時に真っ赤に染まる。あれのインパクトは凄まじく、今も紫の脳裏に焼き付いてしまっている。

 

「うーん、カタさはちょっと分からないけど大きさならかなりのモノだったわよ? 平常時であれなら、いざという時にかなり期待が出来る――――」

 

 平然と際どい話を展開していく二人に、紫は二の句が継げないでいる。このまま直接的な話に進んでいくのかと思われたが、突如ゲストルームの扉が開け放たれた。

 

「そこまでよ!!」

 

「っ!?」

 

「貴女は――!!」

 

「パチュリー・ノーレッジ!?」

 

 現れたのはパチュリーであった。

 

「このお話はあくまで十五禁。それ以上は十八禁になってしまうわ。そろそろ自重しなさい」

 

「ちぇー」

 

「そういうことなら仕方ないわね……」

 

「……えぇー」

 

 永琳とてゐの二人が状況に対応しているなか、紫は少々混乱してしまっている。オロオロと三人に視線を送るが、当の三人は既に別の話をしていた。

 

「ところでパチュリーは何しに来たの? さっきの注意だけ?」

 

「ああそうそう、忘れるところだったわ。美鈴からの報告でね、まだ距離はあるけど横島と小悪魔達が帰ってきたみたいなのよ。それもかなりの大荷物を抱えているらしいわ」

 

「あら、もう帰ってきたの? てっきり夜遅くか朝帰りだと思っていたけれど……。まだ夕方よ?」

 

 永琳はゲストルームに存在する窓の外に目を向ける。空は朱に染まり始め、色彩の断層を形成していた。

 

「まあいいんじゃない? それよりどうする? 面白そうだしお出迎えしよっか?」

 

「……そうね。その『大荷物』っていうのも気になるし」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 三人はぞろぞろと連れ立って部屋を出て行った。紫はしばらく動けずにいたが、また深い溜め息を一つ吐いたあと、三人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の正門前に、赤く染まる空から数人の人影が舞い降りる。言わずもがな、巨大な荷物を背負った横島達だ。

 

 横島は顔を赤らめてぼーっとしている小悪魔の手を引き、ゆっくりと歩き出す。

 

「ふぃー、ただいまっと。小悪魔ちゃんも一号達も、今日はありがとな。荷物重かったろ?」

 

「だいじょーぶですよー」

 

「元気元気ー!」

 

「……後でマッサージを希望しようかな?」

 

 横島の周りを囲む一号達も巨大な荷物を背負っており、随分と重そうに見える。しかしそう見えるだけであり、当の本人達は実に溌剌としている。唯一くたびれたようなことを言う三号も、ニヤリとした笑みを浮かべているので実際には問題ないようだ。

 

 この場で問題があるのはただ一人。先ほどから黙っている小悪魔である。

 

「……」

 

 実は飯屋で気を失った後に色々とあったのだ。

 

 目を覚ましたら横島から膝枕をされていたり、「熱があるのではないか?」と横島から互いの額をくっつけられたり、それでまたふらついた小悪魔を介抱出来る場所まで運ぶのに『お姫様抱っこ』をされたりと、それはもう色々とあった。

 

 お陰で小悪魔の乙女回路はギュンギュンと回りっぱなしでショート寸前だ。その影響か小悪魔は途中からただうめくのみになり、今ではされるがままの状態になっている。

 

「ほら、小悪魔ちゃん。もうすぐ紅魔館の正門だぞー?」

 

「……ぁぃ」

 

 横島の言葉にもひどくか細い声で答える。これには横島も苦笑を浮かべるしかない。返事はするが内容を理解しているのかどうかはひどく曖昧だ。ここまで来ると横島にも悪戯心が湧き上がる。

 

「……今の状態なら、チューしてもバレないんじゃねーかな」

 

「ちゅー?」

 

「ちゅー!」

 

「……ちゅう」

 

「ち、ちちちゅーですか!?」

 

「あ、起きた」

 

「……はっ!?」

 

 横島がボソッと呟いた台詞に小悪魔は劇的な反応を示す。そして寝起きのように働かない頭の中、とある言葉が何度もリフレインする。

 

(ああっ!? よく覚えてませんけどまだぼーっとしてたら横島さんからち、ちちち、ちゅーされてたかもしれないのに!?)

 

 何だか横島のような考えだが、彼女は『魔族』である。きっと人間よりも煩悩が強いのだろう。

 

「ほら、もう紅魔館は目の前だぞー? ……あ、美鈴ただいまー」

 

「はい、お帰りなさい皆さん。案外早かったですね?」

 

 紅魔館の正門に着き、横島に続いて美鈴と挨拶を交わす一行。小悪魔の様子がおかしかったから、というのは言わない方がいいだろう。

 

「……それにしてもすごい荷物ですね。どれか持ちますよ?」

 

「あ、じゃあ小悪魔ちゃんの頼むよ。いいよな、お前ら?」

 

「はーい」

 

 一号達にも否やはなく、美鈴は小悪魔から荷物を預かる。横島達が持っていた荷物に比べると小さめだが、女の子には少々辛い重量となっていた。

 

 これより重いであろう荷物を背負った一号達は未だ元気溌剌であり、彼女達の身体能力が妖精の埒外であることをまざまざと思い起こさせる。

 

「そんじゃ、美鈴も中に入ろうぜ。皆にちょっとした話というか何というかがあるし」

 

「……? はあ、分かりました」

 

 美鈴は横島の言葉に首を傾げながらも従うことにする。このまままた一人門番を務めるのは寂しいし。何だかもう少し横島の隣に居たいし。何だか良い予感がするし。頭の中でいくつもの言い訳を作り、自らを正当化する。その結果がどうなるのかは、まだ分からない。

 

 とにもかくにも一行は連れ立って紅魔館へと入っていった。

 

「ただいまーっす!」

 

「はいおかえり、横島」

 

「ってお嬢様! ……っていうか皆!?」

 

 紅魔館へと戻った横島達を待っていたのは、紅魔館と永遠亭の主要メンバーと紫であった。

 

「どうしたんです、皆揃って……?」

 

「いやー、横島さん達が大荷物を背負ってるって聞いて、これはおみやげがあるかなーって」

 

 横島の問いに答えたのは輝夜だった。笑みを浮かべるその姿に、卑しさは全く感じられない。これも傾国傾城たる所以だろう。

 

「それで、おみやげは、あるのかなぁ?」

 

 輝夜は横島に擦り寄り、彼の胸板を指でくすぐる。上目使いで鼻にかかった甘ったるい声なのも重要だ。

 

「もー、やめてくださいよ。ドキドキしちゃうじゃないっすかー」

 

 台詞だけならば冷静なのだが、表情は明らかに崩れている。目は垂れ、鼻の下は伸び、口がだらしなく緩んでいる。脳内では「はーん!! かーいーなー! 良い匂いだなー!!」という言葉が大音響で鳴り響く。

 

 顔には出るが、口に出さなくなった辺りは成長したと言えるだろうか。……何となく、数人からの視線が鋭くなった気がする。

 

「えー、こほん。実はおみやげというか何というか……」

 

 その視線に気付いたかは定かではないが、横島は咳払いをし、姿勢を正す。輝夜は首を傾げながらも空気を読んで横島から離れた。

 

 横島達は背負った巨大な荷物を下ろし、彼は更に咳払いを一つ。

 

「えっと、皆にはお世話になってますし、俺なりの感謝の印というかプレゼントっつーか……」

 

 目を逸らし、頬を掻き、照れくさそうに言う横島の言葉に、皆が目を丸くする。

 

「……プレゼント? 私達に?」

 

 まず聞いたのはレミリアだ。横島はレミリアの問いに大仰に頷き、彼女の前に跪きその手を取る。

 

「そうです! 特にお嬢様にはめちゃくちゃ感謝してるんすよ! あの時お嬢様が俺を雇ってくれたから、今もこうして生きていられるんですし……!!」

 

「あ、ああ……そう」

 

 横島の勢いにレミリアは引き気味だ。というか顔のせいだった。目は血走り、涙は溢れ、鼻水は流れている。その様は小さな子供の心に確実にトラウマを刻みつけられそうなほどに怖い。

 

「という訳で、まずお嬢様と妹様へのプレゼントっすね」

 

 横島は一瞬で元の顔へと戻り、自らが背負っていたリュックサックへと手を伸ばす。

 

(……相変わらず気持ちの切り替えの早いやつ)

 

 レミリアは横島へと呆れにも近い感想を抱いた。しかしその表情は微かに微笑んでおり、横島に対して『それ』だけではない感情を抱いているだろうことが見て取れる。

 

「はい、これっす! 開けてみてください!」

 

 横島が差し出したのは、レミリア達姉妹の身長の半分はあろうかという巨大な包み。一体どのようにしてリュックサックに入れていたのか、包みには皺一つなく綺麗なままだ。

 

 レミリアは大いにツッコミたかったが、そうもいかない。フランの目が輝いているのだ。そわそわちらちらとレミリアを窺っているのだ。レミリアはフランに微笑みかける。

 

「それじゃあ開けてみましょうか、フラン」

 

「うん、お姉様!」

 

 満面の笑みで包みを開け始めるフランと、そんなフランを優しげに見つめながら自らも包みを開けるレミリア。笑みの形はそれぞれ違うが、その可愛らしさはよく似ている。

 

「あれ、これって……お姉様?」

 

「これは、フランのぬいぐるみ……?」

 

 彼女達に贈られた物。それはレミリアにはフランの、フランにはレミリアのぬいぐるみだった。三頭身程の可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみは、柔らかな微笑みを浮かべている。

 

「……これ、どうしたの?」

 

 フランが驚きに染まったままの顔で横島に問う。

 

「いやー、買い物の途中でアリスちゃんに会いましてね。制作を依頼したんすよ。流石と言うべきか、ほんの二時間~三時間程でご覧のクォリティーです」

 

「……確かに、よく出来てる。とてもそんな短い時間で作られたとは思えないほど……」

 

 レミリアはぬいぐるみを抱え上げ、しげしげと眺める。縫い目が一切見当たらないとは、どのような技術を用いているのか。

 

「それから『生地が余った』とかで、他の皆の掌サイズのぬいぐるみもありますね」

 

 横島が二つ目の包みを取り出し、二人に渡す。中には紅魔館の主要メンバーのぬいぐるみ。そしてレミリアの包みには『手乗りれみりあ』、フランの包みには『手乗りふらん』というタグが付いたぬいぐるみが入っていた。

 

「これなら大きいぬいぐるみも寂しくないっすね、多分」

 

 横島はうんうんと頷いている。レミリアはアリスの技術に感嘆の息を吐き、フランはぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている。その顔は緩んでおり、『大きいぬいぐるみも寂しくない』というところが気に入ったようだ。

 

「後はお二人の洋服っすね。ペアルックにしてみました」

 

「え、まだあるの?」

 

 横島は二人に最後の包みを渡す。レミリアも流石に恐縮気味だ。

 

 包みから出てきたのは赤を基調とした洋服。基本的な部分は同じだが、レミリアのはフードが付いており、下はスカート。フランのは別に帽子が用意してあり、下は半ズボンタイプだ。

 

「妹様は最近活発になってきてるんで動きやすさがどうこうって感じなんすけどねー、スカートの方が動きやすかったりするんすかねー?」

 

 横島は今更ながらに疑問を抱いたようだ。もはや手遅れであることは気にしていないらしい。

 

 

 レミリアは横島の様子に呆れを抱くが、それ以上に感謝の念が強い。ここ数年、こういった形で感謝を示された事に覚えがないので尚更だ。

 

「……こんなに貰っちゃってもいいのかな?」

 

 フランがぽつりと呟く。彼女の瞳は不安に揺れており、横島を見つめる表情は弱々しい。

 

 自分は横島に対し何もしていない。迷惑をかけているだけだ、という意識が未だ残っているようだ。そんなフランに横島は身を屈め、目線を合わせる。

 

「そりゃ当然っすよ。俺が妹様にプレゼントを贈りたいから色々用意してきた訳ですし。むしろこっちが、何か迷惑をかけているような……」

 

「そ、そんなことないよ!? でもその、えっと……」

 

 フランは言葉に詰まり、口をぱくぱくと開く。言いたいことを上手く言葉に出来ないようだ。何とか言葉を出そうと頑張っているが、それよりも早くレミリアが口を出す。

 

「フラン。自分のことばかりじゃなく、相手のことも考えなさい」

 

「え……」

 

 フランの頭に血が上る。その言葉はフランには予想外だった。フランはちゃんと横島のことを考えている。だからそれに反論しようとしたのだが、やはりレミリアの方が早かった。

 

「大方『自分は何もしてない』とか、『自分は横島に迷惑かけてる』とか考えていたんじゃないの? それが自分を中心に考えているっていうの」

 

「そんなこと……」

 

「あるでしょ? ダメな部分で横島と似てんだから……」

 

「ふぐっ」

 

「……似てる?」

 

 横島は宴会の夜を思い出しダメージを受け、フランはきょとんとした表情で首を傾げる。

 

「そ。相手を気遣っているようで、実際は自分が沈み込んでいるってところとか」

 

「んむむ……」

 

 レミリアはフランの小さな鼻をつんつんとつつき、反論を物理的に封じる。妹を諭そうとするその姿は非常に様になっていた。

 

「横島は何て言ってた? 自分が贈りたいからって言ってたでしょ。贈り物ってのはね、贈る方も貰う方もまず気持ちを大事にするものなの。……まあ確かに一度にたくさん貰ったら恐縮しちゃったり引いたりすることもあるけど……」

 

「ごふっ……!」

 

「プレゼントを貰う側が固辞しちゃったら、贈る側に立つ瀬がないでしょ?」

 

「……あ」

 

 フランは目を見開く。レミリアの言うことも最もだと感じたからだ。確かに自分は横島に対し失礼な態度を取っていたと、すんなり受け止めることが出来る。横島が吐血したが誰も気にしていない。

 

「ま、これが組織だったり面倒な立場だったりしたら別だけど……それは今はいいわ」

 

 フランのレミリアを見る目が輝きを増す。姉が自分よりも随分と先を進んでいることを思い知り、また、それが嬉しく感じられるのだ。

 

「それに、昔から言うでしょう? ――――こういうのは貰える内が華だって」

 

「……ん?」

 

「クリスマスのプレゼント然り、お正月のお年玉然り、貰える内に貰っておかないと損じゃないの。くれるっていうんだから遠慮なく受け取っておけばいいの」

 

 フランのレミリアを見る目が急に残念なものになった。口からは長い長い溜め息が漏れる。

 

「……あれ? 何か変なこと言った?」

 

「ううん、やっぱりお姉様はお姉様だって安心出来た」

 

「……何か、馬鹿にされてる気がする」

 

 レミリアは釈然としない表情を浮かべているが、フランとしては最後まで格好良く決めてほしかったのだろう。期待していた分そのガッカリ具合も凄まじいが、よくよく考えてみればレミリアの言葉は真実だ。

 

「……うん、そうだよね」

 

 フランはぬいぐるみと洋服をぎゅっと、しかし優しく抱き締める。そして笑顔を浮かべ、横島へと向き直った。

 

「あの、私……大事にするね。ぬいぐるみも、お洋服も」

 

「ええ、大事に使ってやってくださいな」

 

 フランの言葉に横島も笑顔で応える。その笑顔は、フランが大好きなもので。

 

「……ありがとう、ただお兄様」

 

 恥ずかしげに、呟くようにお礼を言う。しかし、その言葉は空気を読んで静かにしていた皆には丸聞こえだった。

 

「……ただお兄様?」

 

「……あっ」

 

 誰かの呟きが響き、フランが「やっちゃった!」とばかりに声を出す。周りはざわつき、そこかしこから「ただお兄様……」「ただお兄様……」と聞こえてくる。何となく横島の顔色が悪い。

 

「……こほん」

 

 フランは咳払いを一つ。

 

「ありがとう、ただお兄様!」

 

「開き直った!?」

 

 やけくそ気味に大声でお礼を言い直したのだった。ちなみに周りの意見としては「まあ横島だし」というものと、「まあフランちゃんだし」というもので気にされていなかったりする。

 

 そして、最後に。

 

「お嬢様、これで最後です」

 

「って、まだあったの?」

 

「いやー、やっぱり吸血鬼たるお嬢様にはこれかな、と」

 

 そう言って横島はタイを外し、ジャケットとシャツのボタンを外す。首筋と最近厚くなってきた胸板をワイルドに露出させ、レミリアの足下に跪く。目線を逸らし、頬を染め、体を震わせながら呟いた。

 

「……ど、どうぞ」

 

――――何よりも早く、咲夜のナイフが横島の額に深々と突き刺さった。

 

「き゛ゃ゛お゛お゛お゛お゛ー゛ー゛ー゛ー゛っ゛!゛!゛?゛」

 

「何かしら? 『プレゼントは私』的な何かなのかしら? お嬢様方にそんなことをさせると思ったのかしら? そんな羨ましいことをこの私がさせると思ったのかしら……!?」

 

 横島の額から物凄い勢いで血が噴出している。そんな横島に対して周りの反応はと言えば、彼の逞しい胸板に夢中だったり、首筋から胸、そして腹に垂れる血にエロスを感じたり、鎖骨から大胸筋にかけてのラインに「むきゅー」と興奮していたりと様々であった。

 

「何するんすか咲夜さん! 俺がお嬢様に対してそんなことするわけないでしょ!? 血ですよ血! 吸血鬼に自分から血を献上するって、何かこう……あれでしょ!?」

 

 横島は必死に誤解を解かんとする。咲夜は柔らかな微笑みを浮かべ、横島の肩に手を置いた。

 

「私は最初から信じていたわ、横島さん」

 

「嘘吐けぇ!」

 

 それはもう凄まじい程に白々しかった。あまりの白々しさに流石の横島も怒りが湧いてくる。せめてものお詫びにと咲夜は横島の血を拭うが、血が垂れた場所が場所なだけに横島の煩悩を大いに刺激する。横島の怒りはいとも容易く消えるのであった。

 

「……もう、吸ってもいいかしら?」

 

「ええ、どうぞお嬢様」

 

(何で俺じゃなく咲夜さんが答えんだろ)

 

 遠慮がちに問うレミリアに咲夜が笑顔で答える。横島はそれに疑問を持つが、レミリアがいつの間にか首筋に噛みついていたので、もうどうでもよくなった。

 

「……ぃっ」

 

 首筋に走る鋭い痛みに思わず声が漏れる。レミリアも気をつけてくれているのだが、こればかりはどうしようもない。

 

「ん……、ちゅっ、んん、ふ……」

 

「う……、あ」

 

 辺りにレミリアが血を吸う音と舐める音が響く。横島も痛みを堪えるためか小さく声や息を漏らしており、それがどこか淫靡な雰囲気を醸し出している。

 

「ひゃ~……」

 

「むきゅー……!」

 

 周囲の反応は様々で、雰囲気に当てられて頬を染めて目を逸らす者。目を手で覆い隠し……指の隙間からガン見している者。鼻息荒く大興奮している者(最大派閥)などだ。

 

 フランは横島達の様子を物欲しそうに見ていたが、それに気付いたレミリアが注意を促す。

 

「……フラン、あなたは人を吸血鬼化させずに血を吸うのはまだ無理でしょう? 横島の血を吸いたいのなら、もう少し吸血鬼としての力を扱えるようになってからよ」

 

「はーい……」

 

(……いや、まあいいんだけどさ。何で血を吸うこと前提で話が進んでるんだろーか……)

 

 空気を読んで口には出さないが、姉妹の会話につっこみたい横島であった。

 

「……っぷはー! あー、やっぱり横島の血は美味しいわね」

 

「うーん、嬉しいような全然嬉しくないような、微妙な感じっすね」

 

 レミリアは口元をハンカチで綺麗に拭い、横島は傷跡をさする。すでに傷は塞がっているのだが、どうにも違和感が絶えない。

 

「これで私とフランの分は終わったし、次の人にプレゼントを渡さないとね。順番的にはパチェかしら?」

 

 レミリアはパチュリーを指差し、横島に確認する。横島は目線で他の皆にそれでいいかを問い、皆は頷くことで了承した。

 

「んじゃ次はパチュリー様っすね。パチュリー様は活動的で露出度の高いセクシーな服に憧れていると聞きましたんで、そんな感じの洋服を選んできました……こんな感じっすね」

 

「何でそれを知ってるのかが気になるけど、これは……良いわね」

 

 横島がパチュリーのために選んだ服、それは白のチューブトップにデニムパンツ。他にもホットパンツや膝丈のワンピースなどもあった。

 

 

「何かこう……私が着るとちょっとマニアックな感じになりそうだけど、冒険してみたって良いわよね……?」

 

「オシャレは冒険してこそらしいっすからね。自分の物にしちゃいましょう」

 

 パチュリーは横島と固く握手を交わす。どうやら彼女の趣味にも合っていたようだ。

 

「それにしても人里に洋服なんて売ってたのね。あそこの人ってほとんど和服とかだし」

 

「最近流行ってるみたいっすよ? 結構店もありましたし」

 

「ふーん……」

 

 パチュリーは横島から贈られた服を見ながら考えに耽る。横島はそれを疑問に思ったが、パチュリーに渡す物は渡したので次に移ることにした。

 

「それじゃ次は咲夜さんっす」

 

 一号達のリュックを漁りつつ咲夜に目を向ける。対する咲夜は少々苦笑いを浮かべていた。

 

「さっきのことがあるから、ちょっと受け取りにくいわね」

 

 咲夜は誤解から横島にナイフをぶっ刺したのを気にしているようだが、横島はそれをからからと笑って許す。

 

「いやー、俺も普段が普段っすからね。別に気にするほどのことじゃないっすよ。……っと、あったあった」

 

 そうして横島が取り出したのは何か今までとは重さが違う包み。金属製の甲高い音や、中が詰まった石のような重い音も混じっている。

 

「まずはこの砥石とまな板。河童のにとりちゃん製作の逸品で、この砥石で包丁を研げば本来以上の切れ味を持たせ、このまな板はその切れ味を物ともせずに受け止めます。更には水洗いで雑菌の九割九分を流せるとか」

 

「……それが本当なら、素晴らしいわね」

 

 今までのプレゼントとは違い、随分と所帯染みた物だ。だが、咲夜の表情は曇るどころか輝きを増している。砥石の大きさに重さ、まな板の素材や厚み、感触などを具に調べている。しかし、咲夜の感動はまだ終わらない。

 

「それからこちらもにとりちゃんの製作で、『圧力鍋』ってやつです」

 

「……圧力鍋?」

 

 聞き慣れない言葉に咲夜は首を傾げる。外の世界ではもはや一般的な物なのだが、言ってしまえば閉鎖的な幻想郷では仕方のないことだ。

 

「ええ、何でも圧力を調整することで調理にかかる時間を短縮出来る、とか何とか。にとりちゃんが言うには三分の一程度にまで抑えられるそうで」

 

「何……ですって……!?」

 

 咲夜の体が雷に打たれたような衝撃が走る。少々オーバーに過ぎるが、それほど驚いているということだろう。

 

「これが取扱説明書っすね。詳しいことはこれに載ってますし、最後の頁は三十年間の保証書にもなってますんで」

 

 横島が説明書を渡すと、咲夜は一心不乱に読み耽る。その瞳は爛々と輝いており、もしかしたら今まで能力を使ってまで短縮していた時間を、労せず使う事が出来るかもしれないという希望に満ち溢れている。

 

 一通り読み終えた咲夜は横島に向き直り、彼を力強く抱き締めた。

 

「お、おおぉおぉ!?」

 

「ありがとう……! ありがとう、横島さん! 大事に、本当に大事に使わせてもらうわ……!!」

 

 まさかの結果に横島は煩悩が沸き立つよりも早く混乱する。仕事について横島が考えていたよりも、咲夜は毎日大変な思いをしていたようだ。……ある意味、自業自得ではあるのだが。

 

「……あ、はい。そうしてください。それからこれ、髪留めのリボンです。良かったらこれもどうぞ」

 

 横島は咲夜に赤い、一対のリボンを手渡す。それは咲夜の髪に映えるだろうと選んだ物だ。

 

 咲夜は横島から身を離して今自分が付けているリボンを外し、横島から贈られたリボンと替える。銀の髪に赤のリボンは、互いに調和しあい、美しさを増している。

 

「……似合うかしら?」

 

「おぉー! 良いっすよー、可愛いっす!」

 

「そ、そうかしら」

 

 真っ直ぐな横島の言葉に、さしもの咲夜も照れたようだ。頬が朱に染まっている。普段自分のオシャレなどは二の次にしている分、こういうことでは褒められなれていないのだ。

 

「ぃよし! この勢いに乗って次は美鈴だな!」

 

 男性に褒められて照れる咲夜というレアな光景を完全に流し、横島は美鈴の荷物をリュックサックから取り出す。

 

 咲夜は横島の様子に笑顔を浮かべている。それの意味するところは「仕方ないなあ、この子は」という、まるで弟か何かを見るかのようなものだった。

 

 一方いつの間にかカメラを握り締めている永琳は悔しげに顔を歪めている。

 

「あともう一押しあれば、あの子のデレた表情を写真に収められたかもしれないのに……!」

 

「あはは……、何度もシャッターを切ってたじゃないですか……」

 

 妙なことで悔しがる師匠に、弟子である鈴仙はいつも通りに引き気味だ。何とも欲深い永琳をレミリアの視線が貫く。

 

「ハッ……! れ、レミリア!?」

 

「永琳……」

 

 二人の距離が近付いていく。そして限りなくゼロに近付いたところで、レミリアは永琳に手を向ける。

 

「後で私にも写真を一枚」

 

「了解よ!」

 

 レミリアの人差し指はピーンと伸び、「一枚よこせ」と如実に語っていた。

 

「はい、美鈴これ」

 

「わ、私にもくださるんですか……?」

 

 横島達は周りの喧騒などまるで意に介さずに話を進める。美鈴は横島から手渡された包みに驚いているようだ。

 

「そりゃ当然だろ? 美鈴は俺に色々気を使ってくれてるし、美鈴が居なかったらここまで元気に過ごせてるか分かんねーくらいだしさ。美鈴にもたくさん感謝してんだよ」

 

「そ、そんな……」

 

 横島の照れたような笑みと言葉に、美鈴は頬が熱くなってきたことを自覚する。さぞや赤くなっていることだろう。

 

 一体どんなプレゼントなのか美鈴も気になっているのだが、横島の表情はどこかばつが悪そうな物に変化していることの方が気になった。

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「ん、あー、いや……」

 

 露骨に目を逸らし、頭をボリボリと掻く。何かまずいことでもあったのかと考えたが、言いづらそうにしながらも横島が答えてくれた。

 

「いや実はさ、美鈴にも洋服を選んだんだけどな? 何というか『これは美鈴に似合いそう』とかじゃなくて、『これを美鈴に着てほしいな』みたいな感じで選んじゃってさ。何か俺の趣味を押し付けることになるんじゃないかなーって……」

 

「そんな、気にされるようなことじゃないですよ」

 

 横島は自分の趣味を優先したように思い、ばつが悪かったようだ。だが、当然美鈴はそのようなことを気にするような性分ではなく、自分に対して洋服を贈ってくれるその気持ちこそをありがたいと思っている。

 

「横島さんの気持ち、凄く嬉しいです……。本当にありがとうございます。大切にしますね」

 

「……ああ」

 

 二人の間に何やら良い雰囲気が流れるのだが、そこに一人のお姫様が忍び寄る。

 

「ふふふ、めーりん……?」

 

「えっ、何ですか、輝夜さん……?」

 

 美鈴の背後から近付いた輝夜は、美鈴の耳元でぼそぼそと話し出す。

 

「横島さんの言った言葉を要約すると……」

 

「要約、すると……?」

 

「……“お前の全てを、俺色に染め上げたい”――――!!」

 

「え……、えぇっ!?」

 

 それはもはや要約ではなく曲解である。しかし正常な判断能力など完全に失われた美鈴は、顔を真っ赤に染めて頭から湯気を出して狼狽えるのみ。

 

 周りの皆は美鈴の突然の変化に疑問を抱くのみである。

 

「あの、美鈴……?」

 

「ひゃ、ひゃい! な、何でしょう横島さん!?」

 

 横島に話しかけられただけで過剰に反応してしまう美鈴に、輝夜は内心で腹を抱えて笑っている。まさかここまで見事に術中に嵌るとは思わない。

 

「あー、いや。また今度でいいからさ、出来れば美鈴がその服を着てるところを見たいなーって」

 

「……それって」

 

 美鈴に冷静な判断力が戻りかける。しかし輝夜は未だ美鈴の側に引っ付いたままだ。またも囁き戦法が炸裂する。

 

「……“その時こそ、お前は俺の女(モノ)だ”――――!」

 

「……っ!!?」

 

 まるで少女漫画の俺様系男子のような台詞である。史実からすれば輝夜はそういった男を嫌いそうなものだが、『それはそれ、これはこれ』なのか、もしくは『二次元ならば許す』の精神なのかもしれない。

 

「……あの、美鈴さん?」

 

「ふぁい、そっ、そその時は頑張ります!?」

 

「ぷふぅっ!」

 

 輝夜は美鈴の言葉に噴き出してしまう。一体何を頑張るのか、想像が絶えない。そんな美鈴の台詞だが、一方では妙な勘違いをさせていた。

 

(……その服を着るのは、頑張らないといけないほど嫌なのか……? あれー!? 今朝といい今といい、俺美鈴に何かしたっけ!?)

 

 生来のネガティブさからくる勘違いではあるのだが、美鈴にとって嫌な形であると言えよう。

 

 

(あ、あれ?)

 

 その空気を敏感に感じ取ったのもまた輝夜であった。ちょっとした冗談で始めたことだったのだが、今回は少々やりすぎたようだ。

 

「ど、どんな服か楽しみよねー、美鈴?」

 

「ぅえっ? あ、えーと、そうですね……」

 

 何とか空気を戻そうと美鈴に話をふる。美鈴は初めこそ戸惑ったが、すぐに冷静さを取り戻すことが出来た。美鈴は包みをぎゅっと抱き締める。

 

「……横島さんが選んでくれたんですから、きっと素敵なお洋服ですよ」

 

 赤らんだ頬と若干潤んだ上目使いというコンボを横島に叩き込む。これを受けた横島はただ照れを笑って誤魔化すしかなかった。

 

(……ふう、何とかなった)

 

 額の汗を拭って輝夜は一息吐く。慣れないことはするものじゃないと思い知ったようだ。

 

「それじゃ輝夜様、これをどうぞ」

 

 そんな輝夜に横島が包みを差し出した。

 

「え、私もいいの……?」

 

「ええ、もちろんっす」

 

 横島が差し出す包みを受け取る。今までに比べれば包みは随分と小さいが、プレゼントの価値は大きさで決まるものではない。それを知る輝夜は自分にもプレゼントを贈る横島にこそ驚いた。

 

「開けてみてください」

 

「う、うん……あ、これ」

 

 包みに入っていた物、それは品の良い彫りがなされた柘植の櫛であった。

 

「うわぁ、凄く上品な装飾ね。主張し過ぎず、綺麗に纏まってる……。うん、これは良い物だわ」

 

「ふうー……。いやー、輝夜様の趣味に合うか、ちょっと不安だったんすよー」

 

 輝夜は櫛を様々な角度でシャンデリアに透かせたりして眺めている。見れば見るほどに目の輝きが増し、相当に気に入っている様子であるのが見て取れる。

 

「あ、それからこれが櫛のお手入れ用の椿油と刷毛です。あと髪用の香油ですね。柑橘系の匂いですけど、大丈夫ですかね?」

 

「ありがとー。丁度新しい櫛が欲しかったところなの。香油も柑橘系の香りは好きだし、全然大丈夫。大事に使わせてもらうわね」

 

 柘植の櫛は長く使えば使うほどに髪に美しさを与えてくれる。蓬莱人である輝夜が使うのに、これほど適した櫛もないだろう。尤も、それを横島が知っているかは話が別だが。

 

「ふう、良かった。そんじゃ、永琳先生。これをどうぞ」

 

「あら……これはこれは」

 

 横島は永琳へと歩み寄り、他の人には見えないように包みを開ける。中を覗いた永琳は感嘆の息を吐く。

 

「へえ……。あ、これってここがこうなってるのね」

 

「そうっす。それからここの部分をこうすると……」

 

「キャー♪ 良いわよ良いわよー! 私達は本物を知ってるけど、こういう方面の物も良いわよねえ」

 

「ホントそうっすよね。流石日本というか何というか……。幻想郷にもこっちの趣味の人間が居るもんなんすね」

 

 漏れ伝わる言葉からは全容が把握出来ない。しかし、二人の表情を見れば何となく分かる気がするのだ。

 

 二人の目は欲望に染まり、口元に浮かぶ笑みは何というか溢れんばかりの煩悩に満ち満ちている。それはもう『汚い』とか『邪悪な』とかが頭に付きそうな笑みであった。

 

 当然周りはドン引き状態だが、一人だけそれだけでは済まない者がいた。

 

「……」

 

 鈴仙である。彼女だけは胸を貫く嫌な予感に諦観を抱いていた。曰わく、「また何か私が被害を被るんだろうなあ」だとか。

 

「ありがとう横島君! 有効に活用させてもらうわ」

 

「いえいえ、俺の方こそこんな喜んでもらえるとは思いませんでしたよ!」

 

 がっちりと握手を交わす二人を見ないふりしつつ、鈴仙は重い重い溜め息を吐いた。

 

「……それはそうと、これは別に用意したブローチっす。こいつもどうぞ」

 

「あら、可愛いデザイン。……うん、綺麗」

 

 そのブローチは白を基調としており、銀の縁に青い花がデザインされていた。シンプルながらも飽きがこないデザインである。

 

 永琳は早速ブローチを襟に付けてみる。

 

「こういうのって今まで付けたことがなかったから、これで合ってるのかしら……?」

 

「はい、合ってますよ。永琳先生の雰囲気ともマッチしてます」

 

「そう? ふふ、ありがとう。大切にするわね」

 

 永琳はブローチを優しく撫で、横島に笑いかける。横島も笑顔で返しており、二人とも先程の恐ろしい笑顔を浮かべていたのが信じられないほどの爽やかさだ。

 

 鈴仙はそんな二人を引きながらも見ていたのだが、いつの間にか二人が自分をじっと見ていることに気付き、体をびくつかせる。

 

「な、何ですか、二人して……?」

 

「次は鈴仙かなぁと」

 

「次はイナバちゃんかなぁと」

 

 二人の声が綺麗にハモる。僅かな間に随分と仲が良くなっているのも驚きだが、やはり一番は自分にもプレゼントがあったことだ。

 

「私にも、あるんだ……?」

 

「そりゃね。いつも傷の手当てをしてくれるし、怪我の応急処置の仕方とかも教えてもらってるしな」

 

(……やっぱり、けっこう律儀な人なんだ)

 

 鈴仙は横島が些細なことでも感謝の気持ちを忘れないことに感心を示す。勿論横島がこういったことをするのは美女美少女だけであり、男相手には礼を言うことすら珍しい。

 

 元の世界の親友である雪之丞やピート、タイガーならば別だろうが、それ以外に関しては推して知るべし、である。

 

「そんじゃこれ。見た瞬間イナバちゃんにプレゼントしようってビビッときたんだよなー」

 

「……何だろ、開けてもいい?」

 

「おう」

 

 鈴仙は包みをガサガサと開ける。

 

「……これって」

 

 中に入っていたのはハンドクリーム、爪切り、爪ヤスリ、ブラシ、オイルなど、指や爪の手入れに必要な物が揃っていた。どれも鈴仙が集めようかと考えていた物であり、驚いてしまう。

 

「頭の傷の治療とかしてもらってる時に気付いたんだけどさ、イナバちゃんの手や指って凄い綺麗なんだよな。俺ってよく怪我するし、その治療のせいでイナバちゃんの指がこう……俺の母親みたいになるのは忍びないし」

 

「……どんな例えなの。いや、言いたいことは分かるけど」

 

 もしこの場に母が居たならば、横島は一体どのような目に遭うだろうか。横島は何か背筋に悪寒が走るのを感じたが、今はどうでもいいだろう。重要なのは鈴仙の反応だ。

 

「……」

 

 鈴仙は包みの中をじっと見つめている。それはいいのだが、他に何の反応も示さないのが横島には不安だった。

 

「……あの、イナバちゃん。いらなかった、かな……?」

 

 その不安が頂点に達したのか、横島は鈴仙に恐る恐る問い掛ける。確かに沈黙は不安を煽るが、実際には横島の考え過ぎである。

 

「あっ、違うの! 別にいらないからじっと見てたわけじゃなくって……! その、嬉しかったからで……」

 

 横島に誤解させてしまったせいか、鈴仙はしどろもどろに釈明する。杞憂だったことに横島はほっと溜め息を吐く。

 

「ふう、勘違いで良かった……」

 

「えっと、ごめんなさい。私、本当にこういうのが欲しかったから……。ありがとう、横島さん」

 

「……っ! ど、どーいたしまして」

 

 鈴仙は心からの笑みを横島へと向けた。それはとても綺麗なもので、横島の呼吸を一瞬止めるほどであった。

 

 これから徐々に関係が変わっていきそうな二人を、てゐは静かに観察している。

 

(執事さんはいつも通りだけど、鈴仙はまた何か違う感じだね。それにしても執事さんに対する態度がコロコロ変わるというか……。何というか、めんどくさい子だね、鈴仙は!)

 

 抱いた感想は何ともざっくりとしていた。しかも彼女は誰かに話しても同意を得られるだろうと確信している。

 

「……これで全員分かな?」

 

 全員にプレゼントを渡し終えたと考えたてゐは伸びをして固くなっていた体を解し、そのまま部屋に戻ろうとする。だが、それを引き止める者が存在した。

 

「ちょい待ち。紫さんもてゐちゃんもストップストップ」

 

「え、私……っていうか紫まで?」

 

「……何かしら、横島君?」

 

「いや、何かしらって……」

 

 横島は二人の表情を見やる。真っ直ぐな、嘘偽りのない表情をしている。どうやら本当に分からないようだ。横島は包みを二つ取り出す。

 

「二人にもプレゼントあるんすけど」

 

「えっ!?」

 

「わ、私達にも……?」

 

 それは予想外だったのか、二人は大いに驚く。

 

「いやでも私達の場合は……」

 

「貴方に迷惑しか掛けていませんわよ……?」

 

「んー? いや、んなこたないけど」

 

 両者の間にはかなり深い認識の違いがあるようだ。

 

「だって私が悪戯したから……」

 

「私が暴走したから……」

 

 二人は自分達のせいで横島がこちらの世界に墜落してきたことを言っている。下手をすれば横島は死んでいたし、もしかしたら二度と元の世界に帰れないかもしれないのだ。謝罪を受け入れ、こうして普通に接してくれていることでさえ奇跡と言っても良いほどである。

 

 しかし、横島にとってそれはあまり重要なことではない。

 

「それは二人とも謝ってくれたし、十分に反省してるから別にいいんだけどさ。前も言ったけど帰れないって決まったわけでもないし」

 

「……」

 

 あまりにもあっけらかんと話す横島に二人は開いた口が塞がらない。それを良いことに横島は言葉を続けていく。

 

「これは前に永琳先生から聞いたんだけどさ、紫さんって普段あまり表に出てこないんですよね? それが俺の為に色々動いてくれて、親身にしてくれて。こうしていつも俺の様子を見にきてくれてますし」

 

「……」

 

「てゐちゃんも、あれから俺や妖精メイド達の手伝いをしてくれてるしな。最近は悪戯も減ってるって聞くし、相談にものってくれるしな」

 

「……」

 

 やはり二人は言葉もない。自分達の行動の被害者に対して出来るだけのことをしていたのだが、当の本人がそれに深い感謝を抱いているとは考えていなかった。

 

 横島は照れくさそうに頬を掻き、二人から目を逸らしながら最後の理由を語る。

 

「後は、ほら。ベタだけどさ、俺が皆と会えたのは言っちゃえば二人のおかげだし……とか思うんだけど、どしたの二人共」

 

 視線を二人に戻した時、二人は目を覆い悶えていた。

 

「ごめんなさい……。もう少し、もう少しだけ待って」

 

「ごめんね、今色んな意味で執事さんを直視出来ない……」

 

 横島の言葉に色々な感情が暴れているようだ。嬉しくもあり、情けなくもあり、悲しくもあり、救われたようでもある。

 

 二人は今の感覚を今後忘れないであろう。

 

「……よく分からんけど、プレゼントは受け取ってもらえます……?」

 

 横島は二人に包みを差し出す。二人は顔を見合わせ頷き合ったあと、少々震える手で横島から包みを受け取った。

 

「……ありがとう、横島君」

 

「執事さん、ありがとうね」

 

「……おう!」

 

 横島は満面の笑みで二人を迎えた。その笑顔は二人にとって眩しく、また痛いものになってしまっているが、同時に胸を暖かくしてくれるものでもある。

 

 紫とてゐは横島の笑顔を受け、ぎこちなくではあるが笑顔を返すことが出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ」

 

 話が一段落し、皆が横島からのプレゼントを眺める中、フランがぽつりと呟く。

 

「どうかしたの、フラン?」

 

 隣にいたレミリアがフランに問い掛ける。フランはおとがいに指を当て、「んー」と考えるように唸った後に言葉を繋げた。

 

「えっとね、ただお兄様って私だけじゃなくお姉様にもぬいぐるみをプレゼントしてたけどね? 何でお姉様がぬいぐるみ好きなのを知ってるのかなって。……あれだけたくさんのぬいぐるみ、普段のお姉様しか知らないなら贈らないだろうし」

 

「……言われてみれば確かに」

 

 女の子とはいえ、全てが全てぬいぐるみ好きとは限らない。なのにあれだけ大量のぬいぐるみを贈るということは、対象がぬいぐるみ好きなのを知っている証明だ。

 

 レミリアは視線で横島に問い掛ける。

 

「え? 小悪魔ちゃんが教えてくれましたけど?」

 

「ちょっ!?」

 

「……ほほう?」

 

 レミリアの強い視線が小悪魔を貫く。突然の事態に小悪魔は誤魔化すことも出来ずにただ慌てるしかない。しかも、小悪魔の受難はこれだけでは収まらない。

 

「じゃあ私がセクシーな洋服に憧れてるのを知ってたのも……?」

 

「ええ、それも小悪魔ちゃんから」

 

「……へえ?」

 

「あ、あわ、あわわわわ……!?」

 

 レミリアに加え、パチュリーの視線も追加される。二人の視線は既に視線というよりビームと化しており、ビカビカと輝きを放っている。

 

(……あれ? もしかしてこれ言っちゃダメだった感じ……?)

 

 横島も成長しているようで成長していない。失言癖も治りきってはいなかったのだろう。

 

「よし、決めた。小悪魔、あんた今から明日の朝まで美鈴の代わりに門番でもやってなさい」

 

「ええーっ!?」

 

「乙女の秘密をバラした罰。潔く受けなさい、小悪魔」

 

「うう、そんなぁ……」

 

 とんとん拍子に話が進み、ここに小悪魔へのお仕置きが決定した。これも自業自得ではあるのだが、バレた理由が理由なだけに理不尽な印象は拭えない。

 

「そんじゃ私達は戻るけど、ちゃんと門番やってなさいよ」

 

「後で差し入れ持っていくから、元気出してね」

 

「あはは……。それじゃあ、私の代わりにお願いしますね」

 

 皆は小悪魔に一言声を掛け、去っていった。小悪魔は床に跪き、自らの行いを省みる。

 

「うう……、ああいうのってやっぱり自分に返ってくるものなんですね……」

 

 横島は小悪魔の様子を冷や汗をかきながら見ていた。悪気は無かったとはいえ、罪悪感が押し寄せてくる。横島はこのあとの過ごし方を今決定した。

 

「この時期、夜は冷え込むんですけどね……」

 

 無意識に呟いた言葉。誰の返事も想定していなかったそれに、傍らから言葉が返ってくる。

 

「――――じゃあ、これが早速役に立つかな?」

 

「……え?」

 

 言葉と同時、小悪魔の肩に掛かる優しい温もり。

 

「え? あ、これって……!」

 

 自らの肩に掛かっていた物。それは人里で見つけた、淡い色合いのストールであった。

 

「こ、これ、いつの間に……!?」

 

「そりゃあ小悪魔ちゃんがぼーっとしてる間に」

 

「あ……!」

 

 こうして言われてみれば、確かに帰り際に洋服屋に寄ったような覚えがある。

 

「え、でも……。横島さんと一緒にいれただけでって……」

 

「あー、うん。それなんだけどさ」

 

 横島は小悪魔の言葉に俯き、頭を掻く。それは小悪魔に対して謝意を抱いている証であった。

 

「何だかんだでさ、デートって感じだったのに終始他の女の子達とも絡んでたしさ。あんまり小悪魔ちゃんと話も出来てなかったし……」

 

「……!」

 

 それは確かに気にしていたことだった。その後に『色々と』あったから特に気にしないでいたが、横島はそうではなかったようだ。

 

「そのお詫び……ってわけじゃないんだけどさ。純粋に小悪魔ちゃんに似合うと思ったし、ちょっと押し付けるような形になっちゃったけど……」

 

「そっ、そんなことありませんよ! そんなこと……!」

 

 小悪魔は横島の言葉を否定する。押し付けではないと。胸に去来する思いのままに否定する。

 

「……そっか、ありがと。あ、そうだ。このまま二人で門番しよっか。小悪魔ちゃんのお仕置きって俺のせいだしさ」

 

 さも今思い付きましたというような口振りに、自分自身に苦笑が漏れる。

 

「そんな、これは私のせいですし、そこまですることは……」

 

「いーのいーの」

 

 横島は小悪魔の言葉を途中で遮り、頭に優しく手を乗せる。

 

「俺は今日は休暇だし、休暇の過ごし方は自分で決めるし。ほら、昼間はダメだったけどさ、せめて今からでも小悪魔ちゃんと色々と話したくてさ。……今度はちゃんと、二人っきりで」

 

「……!」

 

 横島の言葉に思考が揺れる。頭では遠慮した方がいいと思っているのだが、言葉がまるで出てこない。

 

 迷っている小悪魔を導くように、横島が手を差し出す。

 

「デートの代わりに門番ってのは格好つかないけどさ。――――ほら、行こうぜ」

 

 差し出される横島の手。昼間のデートの光景が蘇る。

 

 あの時は握れなかった、その手を。

 

「――――はい、横島さん」

 

 今は、笑顔と共に握り締める。

 

(こういうのは、ちょっと卑怯だと思うんですよ。……横島さん)

 

 握った手から伝わる温もりに、胸が暖かくなる。そこから溢れ出す想いを自覚し、小悪魔は頬を染める。

 

 それは、小悪魔の『恋』が始まった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話

『贈り物』

~了~




横島君、順調にポイントを稼ぐ。(挨拶)

今回で小悪魔は完落ちです。
……もうちょっと引っ張れば良かったかな?

ぽちゃりーとかむっちりーがセクシーな服を着たら反則だと思います。

それではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。