東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

何故かは分かりませんが、ものっそい時間が掛かってしまいました。
申し訳ありません。

今回はかなりの独自設定が含まれます。
あらかじめご了承ください。

それではまたあとがきでお会いしましょう。


第十四話『世界の意思』

 

 青空が広がる中、太陽は頂点からやや傾き、多少柔らかくなった日差しは午後のゆったりとした時間に心地好い温もりを与えてくれている。

 

 背後の館から聞こえてくる可愛らしくも猛々しい掃除の雄叫びを無視しつつ、テラスで優雅なティータイムを味わう少女は流れくる風に髪を揺らし、従者が淹れた紅茶を一口含んでぽつりと呟く。

 

「鬱陶しい天気ねぇ……。曇ってくれないかしら」

 

 少女の発した台詞に周りの者は苦笑いを浮かべる。少女の名はレミリア。吸血鬼の少女は晴れが嫌いなようだ。ちなみに掃除の雄叫びはもう慣れてしまった。

 

「境界の力で何とかならないの、紫?」

 

 レミリアは頬杖をつきながら、同じテーブルを囲む少女へと目を向ける。

 

「出来ない事はないけど、そんな事に能力は使いませんわよ、レミリア」

 

「ちぇっ」

 

 唇をとがらせてぶーたれるレミリア同様に紅茶を啜りつつ答えるのは八雲紫。彼女は横島の事もあり、頻繁に紅魔館を訪ねるようになっていた。

 

 紫はカップから口を離し、吐息を一つ。空になったカップを数秒眺めた後、自分の給仕を担当している者に声を掛ける。

 

「横島君、おかわり貰えるかしら?」

 

「了解っす、紫さん」

 

 紫の声に答えるのは紅魔館の『執事』横島。彼は紫のカップにおかわりの紅茶を注ごうとするが、そこで自らの失敗に気付く。

 

「あっ」

 

「ん……? どうかしたのかしら」

 

「あー、いやその……。ちょっと、残りが一杯分もないみたいで……」

 

 彼が持つ銀製のティーポットは随分と軽くなっていた。その横島の言葉にレミリアの給仕をしていたメイド長の目が光る。

 

「ちゃんと確認しないとダメでしょう。ポットには適量を入れたの? 少なすぎたんじゃないの?」

 

「うう、すんませーん……」

 

 咲夜の叱責にしおしおと小さくなる横島。そんな横島に苦笑を浮かべつつ、紫は彼に助け船を出すことにした。

 

「まあまあ、咲夜もお説教はそこまでにして。横島君、出来れば淹れ直してきてもらってもいいかしら?」

 

「……ふう、仕方ないわね。紫もああ言ってるし、早く淹れ直してきなさい」

 

「うっす、では失礼しまっす」

 

 横島はあからさまにほっと息を吐くと元気良く返事をして紫からカップを受け取り、一礼してテラスにほど近い簡易厨房へと歩き出した。その姿に咲夜は溜め息を吐き、紫はくすくすと笑っている。紫には横島の姿が微笑ましく映った様だ。

 

 簡易厨房に着いた横島はまずやかんに水を入れ、火にかけて沸騰させる。五円玉程の大きさの泡がボコボコと出だしたら火を止め、まずは洗ったカップとポットにお湯を注ぎ、全体を温める。

 

 次に横島はポットのお湯を捨て、ティースプーン一杯分の茶葉を入れ、勢いよく沸騰したてのお湯を入れる。そしてすぐに蓋を閉め、蒸らす。横島はカップに注いだお湯も捨て、そのままレミリア達の下へと戻る。

 

「すんません、お待たせしちゃって」

 

「気にしてませんわ」

 

 横島の頭を下げながらの言葉に、紫は非常に大人びた微笑みで答え、横島の頬を朱に染める事に成功した。横島は少々照れながらもポットの蓋を開け、ティースプーンで軽く混ぜる。

 

 その後カップに茶漉しで茶殻を漉しながら、濃さが均一になるように回し注ぐ。これで紅茶の完成だ。

 

「では、どうぞ」

 

「ありがとう、横島君」

 

 横島は淹れた紅茶をソーサーに置き、紫に一礼する。紫はゆっくりとした動作でカップを手に取り、口へと運ぶ。そのたおやかな動きに横島の鼻の下がだらしなく伸びるが、それを指摘する者はこの場には居なかった。

 

「……ふぅ」

 

 紅茶を一口飲んだ紫の口から、吐息が漏れる。その稚い見た目に似合わぬ色気を含んだ仕草に、横島の煩悩が刺激されてしまう。

 

(いかん! いかんぞーっ!? 紫さんは実年齢はともかく見た目はロリ! わいはロリコンやない、わいはロリコンやない……)

 

 端からみればそう気にする程の年齢差(見た目)ではないのだが、美神の言葉はまるで呪詛の様に横島の心を縛り付けているようだ。

 

「横島君も、紅茶を淹れるのが上手くなりましたわね。お茶だけじゃなく、他の家事も格段の進歩ですわ」

 

 柔らかく微笑みながらの言葉。それだけで横島は先程考えていたことを頭からすぽんと放り出し、だらしのない笑顔を浮かべて照れる。

 

「そうっすか? いやー、紫さんにそう言ってもらえると自信つきますよ!」

 

 でれでれと鼻の下を伸ばし調子に乗る横島。だが、確かに彼の家事能力はこの二週間で驚異的な進歩を見せている。

 

 彼は元々ものぐさであり料理や掃除などは寧ろ苦手な部類であった。しかし紅魔館の執事として雇われ、仕事を通して咲夜に教わる内に彼の生来の器用さと、「美少女達に良い所を見せたい」という煩悩が合致。結果、彼はかつてからは考えられない程の家事能力を手に入れた。

 

 現在最も力を入れているのは料理であり、美少女達の胃袋を掴む為に日々精進し、メキメキと腕を上げている。咲夜や一号などに料理を教わり、今や彼の執事服に収まっていた『妖精のメモ帳』には、既に五十を超える料理のレシピが記されている。

 

 ……ただし完璧に調理出来るのは十分の一もなく、彼の得意料理は固ゆで卵、半熟ゆで卵、両面焼きの目玉焼き、片面焼きの目玉焼き、卵かけご飯である。実質三品であった。

 

 そんな様で調子に乗るのは百年早いと思ったのか、咲夜が横島の淹れた紅茶を一目見てダメ出しをする。

 

「……まだまだ蒸らしが足りないわね」

 

「え? 蒸らし……っすか?」

 

 横島は咲夜の視線の先にあるティーポットを見やる。

 

「ええ。貴方がポットに入れた茶葉はかなり大きめのはずよ。違う?」

 

「確かに大きめの茶葉でしたけど……」

 

「やっぱりね。茶葉の蒸らし時間は、茶葉の大きさによって変わってくるの。この匂いの感じからして蒸らし時間は恐らく一分~二分といったところね。でもこの茶葉の大きさなら、ベストの蒸らし時間は四分。大きい茶葉程蒸らす時間は長くなるのよ」

 

 咲夜はポットの蓋を外し、茶葉を確認して横島に指摘する。横島はメモ帳を取り出し、その内容を記入していく。折しも始まった指導だが、面白くないのは紫だ。自分が美味しいと感じていた物に横からダメ出しされてはそれも当然といったところか。

 

「私は充分に美味しいと思うのだけれど……」

 

「まあ、貴女にはこの位で丁度良いのかもね」

 

「……どういう意味かしら、咲夜?」

 

「そのままの意味なのだけれど? ……紫」

 

 二人の間の空気が瞬く間に緊張していく。お互いに名前で呼び合う程には打ち解けている二人だが、何故か唐突にこのように喧嘩腰になる。レミリアなどは面白そうに見物を決め込むのだが、たまらないのは横島と妖精メイド達だ。慌てて横島が二人の間に割って入る。

 

「ストップストップ! 美少女は仲良く、ねっ!?」

 

 その必死な形相に咲夜は毒気を抜かれ、紫は美少女と呼ばれた事に気を良くし、引き下がる。レミリアは少々不満顔だが、迷惑を被るのはいつも末端の者なのだ。横島としては我慢をしてもらいたい。

 

「……そういえば、横島さんはそろそろ休憩の時間ね」

 

「あー、そういやそうっすね」

 

 咲夜が懐から取り出した懐中時計を確認し、横島もそれを咲夜の肩から覗き込む。どうやらこういった事が自然と出来るくらいには二人の距離は近付いている様だ。

 

「後片付けは私がしておくから、横島さんは休憩に入ってもいいわよ」

 

「え、良いんすか?」

 

「そのくらい構わないわよ。これからいつも通り修行なんでしょう?」

 

「まあ、そうっすね」

 

「じゃ、行ってきなさい。多分、また美鈴が来るかもしれないし」

 

 そう言って咲夜は本館の方を見る。すると、その言葉の通りに美鈴はやって来た。前回と違い、傍らにフランを連れて。フランを日差しから守る為にさした赤い日傘は美鈴によく似合い、二人の可憐さを際立たせている。

 

「お兄さーん!」

 

「ああ、ちょっ、妹様! そんなに走ったら灰になりますよー!?」

 

 しかし横島の姿を見たフランは元気良く日傘から飛び出し、背中の羽からブスブスと黒煙を上らせながら彼へと走り寄る。美鈴はフランのいきなりの行動に反応出来ず、ここにレミリアによるお仕置きが決定された。

 

「お兄さん捕まえたー!」

 

 フランは横島に勢いよく飛び付き、彼の腹部に顔を擦り寄せる。鳩尾を貫く思わぬ衝撃に苦悶の声を上げかけるが、それは何とか堪えることが出来た。

 

「うぶぅ……、妹様、飛び付くのは危ないっすよ? 特に俺が」

 

「私は大丈夫だよ?」

 

「俺が危ないんすよ?」

 

 お互いに真顔な為に異様な程シュールな光景が広がっている。美鈴は少々躊躇ったが、このままでは吸血鬼であるフランが文字通りに灰になってしまう。言葉によるツッコミはしなかったが、日傘をさし、そっとフランを日差しから守る。

 

「お兄さんいつも修行してるんだよね? 私も見ていいかな?」

 

「構いませんけど……面白くはないっすよ?」

 

「大丈夫。お兄さんなら、ずっと見ていられるし……」

 

「はあ、そうっすか」

 

 顔を赤らめ上目遣いのフランに、首を傾げて少々困惑気味に返事をする横島。彼はフランの言葉の意味が分からなかった様だが、近くから見ていた者はその意図に気付いた。

 

(妹様、もしかして……?)

 

 言わずもがな、美鈴である。フランに芽生えている感情に気付いた様だ。

 

(そっか……妹様が……)

 

 横島に笑いかけるフランを見る。その表情はいつも見ているものとは違っていて、美鈴は嬉しい様な、寂しい様な気持ちを味わっていた。

 

 ……しかし、胸底に生じた僅かな焦燥と、微かな痛みには気付けずにいた。

 

「危ないから離れててくださいよ?」

 

「はーい!」

 

 どうやら美鈴が思考に耽っていた間に話はついた様だ。美鈴は「いけない」と頭を振り、横島から離れるフランを、今度は日差しから守る。

 

 そうして、横島はいつも通り霊力の制御を試みる。

 

 

 

 

 

 

「あら、今日も今日とて横島君は修行してるのね」

 

「図った様なタイミングで現れるのね、永琳」

 

 横島と入れ替わる様に姿を見せたのは永琳だった。彼女は空いている席に着き、咲夜にお茶とお茶菓子を要求する。

 

「時間が掛かってもいいから、美味しいのをお願いね」

 

「了解。では、一旦失礼致します」

 

 咲夜は永琳の要求に一礼して答え、まるで一瞬で消えたかの様に姿を消す。時間を止めて移動したのだろう。レミリアも永琳に文句は言わず、咲夜にその行動を許している。レミリアは頬杖をつきながら、永琳に質問を投げかける。

 

「横島が言うには霊力が一気に強くなったらしいけど、何でだと思う?」

 

 それは皆が抱えている疑問であった。彼の霊力量は最早人間を超越し、現人神である早苗すらも凌駕している。彼の力は、まさに異常と言える。そんな横島の霊力に対して、永琳と紫は一つの仮説を立てていた。

 

「……彼の話を聞く限り、元の世界では随分と多くの神魔族を体内に受け入れたみたいね」

 

「……それで?」

 

「韋駄天、百目の神、堕天した竜神」

 

「他にも竜神の息吹を注がれたり、竜神の装具の使用、加速空間での修行、人間同士の霊力の同期合体……」

 

 二人はそこで一度言葉を切る。レミリアは自分の質問と返ってきた答えが噛み合わず、首を傾げている。二人は申し合わせたかの様に同時に語る。

 

「極め付けに、魔神の模倣」

 

 永琳は横島から聞いた事実にただ溜め息を吐くばかりであった。彼という人間の頑丈さに興味が尽きない。

 

「横島君、何で生きてるのかしらね」

 

「言い過ぎと言えないところが辛いですわ」

 

 紫も頭痛を耐えるかの様にこめかみを押さえている。レミリアはいまいち釈然とせず、とりあえず続きを促してみることにした。

 

「……それで?」

 

「普通魔神をトレースしたらそれだけで肉体は塩の柱になりそうなものだけど、彼は更に魔神の思考を読むなんてこともしてるしねぇ……」

 

「よく頭が物理的に破裂しませんでしたわね……。まあ、それだけ彼が人外の存在と相性が良い証拠となりますわね」

 

「……相性でどうにかなるもんなの?」

 

「決定打とはいかないものの、重要な要素であることは間違いないわね」

 

 永琳は楽しげな笑みを浮かべながら嬉々として語る。紫も同様だが、レミリアはそんな二人に冷めた視線を送る。

 

「あんたら、そのもったいぶって重要な部分を話さないのはやめてくれない? そんなだから『胡散臭い』とか『信用ならない』とか言われるのよ?」

 

「……ごめんなさい」

 

 レミリアの鋭いツッコミに二人が出来るのは、ただ謝ることだけであった。

 

(何か二人とも精神的に脆くなってるような……?)

 

 しょんぼりとうなだれる二人にレミリアは疑問を抱くが、彼女は「まあ、そんな日もあるか」と納得する。とりあえずは話の核心を聞く事が最優先だ。

 

「んで、結局何で横島の霊力は強くなったのかいい加減答えなさいよ」

 

 レミリアの催促に紫と永琳は一瞬目を見合わせる。永琳はレミリアに直り、人差し指を立てる。

 

「確証なんてまるでない、単なる仮説なのだけど……それでも良いのなら」

 

 永琳の言葉にレミリアは無言で頷く。その表情は「早くしろ」と言わんばかりであり、永琳達も余計な事は言わないことに決めた。

 

「まず、横島君が霊力を身に着けてから今日まで、まだ二年も経っていないのよ。更に家系も彼が知る限りでは何の変哲もない一般的なもの。前世は優秀な陰陽師だったらしいけど、その人は子孫を残せなかったそうよ」

 

「だというのに、彼は今も霊能者として驚異的な進化をし続けている。前世の影響を加味しても、これははっきりと異常な成長速度と言えますわ。そこで私達が思い至ったのが、神魔族を体内に受け入れたこと」

 

「……ふむ」

 

「本格的な検査をしなければ確証は得られないけど、横島君は受け入れた神魔族の力の一部を自らの物にしていると考えられるわ」

 

「……はあ? んじゃ何、今の力が横島の本当の力だっての?」

 

 永琳の言葉は、レミリアには到底信じられないことだった。神や悪魔の力の一部を奪う等、人間に出来るとは思えない。彼女は大口を開けて驚いた表情を二人に晒してしまったが、今更それを気にする様な間柄ではなかった。今は話の内容に集中する。

 

「韋駄天が体内に入った時、これは瀕死の重傷を治す為ね。韋駄天は横島君の傷を治しながら、強大な神通力を以て悪霊達と戦った」

 

―――それにより、竜神『小竜姫』に素質を見込まれていた横島は莫大な霊力を操る感覚を刷り込まれる。

 

「竜神の息吹により『心眼』というアイテムを手に入れ、霊力を扱う術を身に着ける」

 

―――そして彼は霊能者としての覚醒を始めることとなる。

 

 加速空間での修行により、魂の柔軟性が飛躍的に上昇。更に重傷を負い、百目の神が体内から治療。竜神の装具を身に着け、更に強大な霊力を揮う感覚が刻み込まれる。死にかけの堕天した竜神が体内で復活し、彼の魂に圧迫をかけ、より強靱な物へと昇華する。

 

 そして彼は世界最高の霊能者と同等の霊力を手に入れ、同期合体が可能になる。しかし、彼の成長はそれだけに留まらない。

 

 その最たる例が魔神の模倣である。いくら文珠を使用しているとはいえ、魔神の力とはただそれだけで制御出来る物ではない。

 

 確かに文珠はあらゆる奇跡を起こすことが出来る。確かに横島の魂は霊能者の中でも屈指の柔軟性を誇るだろう。あらゆる要素により魔神は本来の力の十分の一、百分の一の力も発揮出来ていなかっただろう。

 

 だが、魔神とはそこに『在る』だけで世界を侵す者。そんな不確定要素だけで魔神の力を模倣出来るなど、『有り得ない』のだ。

 

 では何故彼が魔神の力を模倣出来、更に何の問題もなく魔神の力を使用出来たのか。それは、今までの経験にある。

 

 体内に神魔族という人間の枠に収まり切らない暴力的なまでの圧倒的な存在を受け入れ続けてきたのだ。それも、魂が人外の領域に傾かず、あくまでも『人間』のままで在り続けている。

 

 元々人外と相性が良いというのもあるだろう。彼の魂が柔軟性に富むのもあるだろう。それらの要素と、経験から来る『慣れ』、そして知らず知らずの内に彼に刻み込まれた、言わば『神魔の領域』が彼を守ったのだ。

 

 では、横島が手に入れた強大な霊力。これは何故元の世界で発揮されなかったのか。

 

「これも憶測だけど、恐らくは『宇宙意志』が関わっているはずよ」

 

「……宇宙意志?」

 

「ええ。横島君によると宇宙意志とは宇宙の修正力。正しい形にあろうとする力のことらしいですわ」

 

 横島達が元の世界で魔神に勝利することが出来たのは、宇宙意志のおかげと言って良い。宇宙意志の介入が無ければ、今頃元の世界は綺麗さっぱり消え去っていたはずだ。

 

 では、そもそも宇宙意志とは何なのか。紫と永琳は一つの推測を立てる。それは、神・魔・人・妖全ての存在が心の奥の奥で繋がっている巨大な意識。本来の物とは異なるが、これを便宜的に『集合的無意識』としよう。

 

 集合的無意識は全ての存在と繋がっている。当然世界が消えればそこに存在する全ての存在が消滅し、同時に集合的無意識も消滅することになる。言わば集合的無意識とは全存在の防衛反応であり、それは全存在の価値観を以て発揮される。

 

「『世界を滅ぼされるわけにはいかない』。だから魔神の妨害をするっていう具合にね」

 

 永琳の言葉にレミリアは疑惑の目を向ける。

 

「じゃあ、横島の場合は『人間がこれほどの霊力を持つわけがない』。だから本当の霊力を使わせない……っていうわけ? それはあんまりにもあんまりだと思うけど」

 

「まあ、確かにそうよね。私達の中では『ご都合主義の神様』って感じの認識もあるけれど……」

 

「全ての存在の意志の集合体なら、それくらいは容易いでしょう……多分」

 

 神魔は人間の力をあまりにも軽視し過ぎるきらいがある。横島達に最も近しい小竜姫にすらその傾向があるのだ。加えて、こちらの世界と違い元の世界は今も神魔が人間と共に在る世界なのだ。その影響は推して知るべし。

 

「なーんか、分かったような分からんような……」

 

「まあ私達もそんな感じだしねぇ……」

 

「もう少し情報が欲しいところですわね」

 

 レミリアは既に頬杖を止め、体をテーブルにぺたっと張り付けている。だれたその姿は非常に可愛らしく、紫達の目尻も自然と下がる。

 

「あ、そうだ」

 

 と、ここでレミリアがパッと体を起こす。今までの話により、何事か思いついた様だ。

 

「横島がスキマの中で見た変な幻覚って、宇宙意志だったのかしら?」

 

「ああ、確か巨大な力のビジョンだったかしら? 流石に、単なる幻覚よ」

 

 永琳はレミリアの考えを否定する。もしそれが宇宙意志なのだとしたら、横島は元の世界の全存在から『追放』されたということになる。

 

 永琳はこの二週間横島の近くで過ごしてきた。だから分かる。彼は、非常に好ましい人物であると。

 

 嫉妬もする。傲慢にもなる。大食であり、怠惰な時もあり、何かにつけて強欲で八つ当たりから憤怒する。そして何より色欲が強い。だが、優しく、思いやりがあり、他人の痛みを自分の痛みの様に感じられる人物だ。

 

 その感情豊かな彼こそを『人間らしい人間』なのだと断言出来る。だから、彼が宇宙意志に世界から放逐されたというのは永琳は認められない。永琳は、横島の事をそれ程に思っている。

 

「……」

 

 レミリアは単なる思い付きで言ったことだったのだが、紫は深く考え込んでしまう。

 

「どうかしたの、紫? じっと黙り込んじゃって」

 

「……ええ、少し気になる事があって」

 

 何かを深く思案する紫の顔は険しくなっている。一体どうしたことかと永琳達は首を傾げる。

 

 少々緊張した空気の中、紫はぽつりと呟いた。

 

「……横島君が感じたという、こちらの世界とあちらの世界の引っ張り合い。本当に、『こちらの世界』が横島君を引っ張っていたのかしら」

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 その言葉を瞬時に飲み込めたのは、永琳だけであった。レミリアは頭上にクエスチョンマークを浮かべ、二人に問い掛ける。

 

「……どういうこと?」

 

 レミリアの言葉に紫達はこくりと頷き、自らの仮説を説く。

 

「さっきも言ったように、宇宙意志とは世界の修正力。横島君がスキマに落ちて別の世界に行きかけた時、引っ張り上げようとしたのは間違いなくこれでしょう」

 

 レミリアは頷く。宇宙意志とやらが本当に世界の修正力なら、別世界なんていう訳の分からないものと関わりたくはないだろう。

 

「では、横島君を『こちら』へ引っ張った力。これは一体何者が発していたのか。宇宙意志という在り方からして、『あちら』の世界だけにしか存在しない力とは考えにくい。ならば、当然『こちら』の世界にも宇宙意志は存在するはず」

 

「……何となく、言いたいことは分かったわ」

 

 そう、宇宙意志が世界の修正力だとするならば、今回の様に異世界の住人が現れる事など有り得ない。

 

 ならば、宇宙意志は世界の修正力ではないのだろうか。

 

 答えは否。宇宙意志とは間違いなく世界の修正力であり、世界の安定を望む意志である。ならば、『こちら』も『あちら』と同様に異世界との関わりなど無用のはず。

 

―――『何か』が介入していたのだ。

 

 安定を望む『世界の在り方』を『書き換える様な何か』が―――

 

 

 

 

 

「のわあああああーーーーーーっ!!?」

 

「っ!?」

 

 突如響き渡る爆音と悲鳴。その発生源の方に目をやれば、横島がうつぶせに倒れてプスプスと黒煙を上げていた。

 

「ああっ、お兄さーん!?」

 

「よ、横島さん大丈夫ですか!?」

 

 倒れ伏す横島にフランと美鈴が急ぎ駆け寄る。その時には既に横島には傷一つ無く、すっと立ち上がっているのだから理不尽極まりない。

 

 先程までの緊張した空気を一瞬で吹き飛ばされ、紫達には逆にだらけた空気が流れ始めた。

 

「本当にとんでもない回復力ね……。これも神魔族が体内から傷を治したりした影響なのかしら?」

 

「横島さんの話からすればあの回復力は遺伝らしいけれどね。はい、お茶」

 

 永琳は咲夜から紅茶とお茶菓子を受け取る。どちらも良い香りがし、とても美味しそうだ。

 

「あら、ありがとう咲……咲夜!?」

 

「相変わらず神出鬼没ですわね……」

 

「紫に言われたくはないけれどね。中々にタイミングを掴み辛かったわ」

 

 今まで出を伺っていたのだろうか。そう考えると咲夜のこれらの行動も可愛らしく思えてくる。

 

「んあー、何で上手くいかねーんだ?」

 

「気の流れは問題ないんですけどねえ……」

 

「あんまり無理しちゃだめだよ?」

 

 横島達は揃って首を捻っている。何も問題はないはずなのに一向に霊力の制御が上手くいかない。

 

 フランは横島の服の裾を握り、心配そうに横島を見上げている。横島はそれを受けて「大丈夫だいじょーぶ」とフランの頭を優しく撫でる。くすぐったそうに身をよじる彼女を見る美鈴は、どこか羨ましそうに見えた。

 

「横島君、上手くいかない時は一度何もかも忘れて、初心に戻ってみたらどうかしら」

 

 ここで永琳から助言が入る。静かだが自信に溢れる年長者のそれに、横島も従うことにする。

 

「あんなんで上手くいくの?」

 

 永琳の助言に懐疑的なのはレミリア。彼女の疑問に、永琳は自信を持って頷く。

 

「あまり難しく考え過ぎなければね。……さっき美鈴も言っていた様に、彼の霊気の流れには何の問題もないの。体もすこぶる健康だし、そうなると考えられる可能性は精神的なもの」

 

「今まで自在に扱えていた霊力が制御不能になれば、当然焦りますわ。今までの感覚で使おうとしても使えない。なら一度初心に戻り、新しい霊能として扱うようにすれば、格段にスムーズに扱える様になる……といったところかしら」

 

 永琳の言葉を引き継ぎ、紫はレミリアに説明する。永琳は「概ねそんな感じね」と頷き、レミリアは「そんなもんかしら」と未だ釈然としない様子だ。

 

 皆が見守る中、横島は霊力の輝きに包まれる。

 

「がんばれー、お兄さーん!」

 

「落ち着いていけば大丈夫ですよっ」

 

 皆の応援の声が響く。横島は霊力の感触を確かめながら、深く深く思考に入る。

 

(……初心。初心か……)

 

 思えば横島はいつも行き当たりばったりに戦いに巻き込まれている。

 

 美神令子除霊事務所にアルバイトとして入って以来、激動の日々を過ごしている。

 

 初めて霊能という物を身に付けた時、彼には『心眼』という心強い師匠が居た。

 

 初めて自在に霊能を操れる様になった時、彼は命を懸けた戦いをしていた。

 

 伝説の霊能を体現した時、彼の意識は自分には無かった。

 

(何で霊能を身に着けられた……? どうやって霊能を身に着けたんだ……?)

 

 横島の思考は更に深くなり、霊力の奔流も勢いを増していく。それは横島の心身に負荷を掛け始めた。

 

「……っ」

 

「横島さん!?」

 

「……これは、少しまずいかしら」

 

 横島に焦りが生まれ、それが霊力の制御に乱れを呼んだ。今はまだ小さな揺らぎだが、このままでは博麗神社の時の様に、被害を齎すかも知れない。紫は永琳に視線を一つやる。もしもの時は境界の力で横島の霊力を抑えるつもりの様だ。

 

(……思い出せ。俺が初めて自力で霊能を扱えた時の事を。何だ? 何が原因だった?)

 

 横島の額に冷や汗が浮かぶ。それは次第に数を増していき、彼の頬を濡らしていく。

 

 霊力の風音が鳴り響く中、それでもフラン達は横島にエールを送る。ほとんどが爆風でかき消されるが、それでも僅かに横島に届いた。

 

「……」

 

 横島はフラン達を見る。懸命に自分を応援してくれている。

 

 永琳達の方も見る。フラン達同様にこちらも応援してくれており、レミリアなどはブンブンと両手を振り、必死という言葉がよく似合う。

 

 そんな彼女達の姿に、横島は何としても霊力の制御を成功させたいと思う。

 

―――瞬間、霊力の奔流が僅かに和らいだ。

 

 その感覚は横島の奥底まで到達し、ある一つの事実を思い出させた。

 

「……そうだ」

 

 横島はぽつりと呟く。全て思い出せたのだ。

 

 GS資格試験の時も、香港での戦いの時も、猿神との修行の時も、そして、『アシュタロス』との戦いの時も―――

 

 自分が最高の力を引き出せたのは、いつだってそうだった。

 

「みんな……女の子の為だったんだよな」

 

 横島は左手を突き出す。その掌に、莫大な霊力が集中していく。横島は皆を見つめ、柔らかく微笑んだ。

 

(こんな美少女達が俺を応援してくれてんだぜ? 出来ない事なんかあるわきゃねーよな!)

 

 一際大きく輝きを放つ横島の左手に、皆は目を眩ませた。やがて強烈な光は収まり、彼の掌にはキンキンと甲高い音を放つ、碧緑の小さな盾が収まっていた。

 

「ははっ、やっぱ俺って時々すげーじゃん……」

 

 皆の視界が戻り、横島の掌に収まっている盾を認めた瞬間、喜びの声が響き渡った。

 

「ぃよっしゃー! サイキックソーサー完成じゃー!!」

 

「やったね、お兄さん!!」

 

 左手の盾をブンブン振り回す横島に、フランが飛びつく。完全に安定した霊力の盾は暴走などするはずもなく、柔らかな光を放ちながら佇んでいる。

 

 『サイキックソーサー・プラス』

 

 正式名称『スペシャル・ファイヤー・サンダー・ヨコシマ・サイキック・ソーサー・プラズマ・ストライク』

 

 それは従来の様な六角形ではなく、円形をしていた。表面も丸みを帯び、より盾らしくなったと言える。

 

 霊力を極限まで圧縮すると球状になるが、これはその領域に一歩踏み込んだ霊能と言えるだろう。彼の切り札の様な全能に近いものではないが、更に強力になったこの盾は、彼と彼が守りたいと思う存在を守り通すことだろう。

 

「ふふふ……これならいける、いけるでぇー! 遂に俺の時代の到来やーーー!! あ、妹様は危ないからちょっと離れてくださいね」

 

「? はーい」

 

 引っ付いていたフランを美鈴の元に返し、横島は更なる飛躍を遂げようとする。だが、調子に乗った者に成功など訪れるはずもなく。

 

「さあ現れろ! ハンズオブグローおぎゃあっ!!?」

 

 今の彼に栄光の手を発現出来るはずもなく、制御を失った霊力は横島の右半身を覆い尽くし、まるで化け物の様に膨れ上がった。

 

「ああっ!? お兄様の右半身が霊力に覆われて化け物みたいになっちゃった!!?」

 

「そんな!? 横島さんの右半身が霊力で覆われて化け物みたいに―――って、お兄様?」

 

 美鈴がフランの言葉に気を取られている間に、横島はあっさりと気を失ってバタンと仰向けに倒れ込んでしまった。その音に正気に戻り、まずは横島の介抱をするべく視線を戻したのだが……。見てしまったのだ。

 

「わあぁ……」

 

「ちょ、うえぇっ!!?」

 

 フランは興味深げな声を。美鈴は羞恥と驚愕の声をそれぞれ上げる。

 

 横島の執事服は高級だが普通の生地を使った、普通の執事服だ。となれば当然霊的な処理などされておらず、高密度な霊力の前では無力である。

 

 であれば。横島の強大な霊力に対し、無力の執事服はどうなったか。

 

―――当然破れて丸見えである。

 

 正中線を中心に、右半分が丸見えだ。勿論下も『ぼろん』である。

 

 その様はフラン達だけでなくレミリア達も目撃しており、永琳などは「やっぱり凄いわねぇ……良いモン見たわぁ」と感嘆の息を漏らしている。レミリアも「うっひゃー……」と驚いているようだ。

 

 そんな中、特に顕著に反応する乙女が一人。

 

「なん、えっ!? ひゃ、ぅそ、ちょ……ええぇ!!?」

 

 顔を真っ赤に染め、口元を両手で押さえて声を漏らす者。八雲紫である。そのテンパり具合を咲夜が冷静に分析する。

 

(意外にうぶなのかしら……? 案外乙女チックだったりするのかも)

 

 盛大に狼狽する紫だが、視線は一カ所から動かない。それはそれはもう見事なガン見と言える。そんな紫が追い討ちの言葉を拾う。

 

「あの横島が随分と簡単に気絶したわね……昨夜ちょっとヤり過ぎたかしら」

 

「っ!!?」

 

 紫の体がビクンと跳ねる。

 

「ああ、紅魔館全体に声が響いてたわねぇ。お盛んなのはいいけど、こっちの迷惑も考えてもらわないとねぇ」

 

 レミリアは天然だが、永琳は明らかに分かって言っている。そのあからさま過ぎる程にあからさまなニヤニヤ笑いは、見る者を大変イラつかせる威力を秘めている。

 

 そんな笑みにも現在の紫は気付けない。

 

(何を……そんな幼い体で一体ナニをしたの、レミリア!?)

 

 紫が勘違いに気付き、顔から火を吹くまで……あと、数分。

 

「どうなることかと思ったけど、『世は並べて事もなし』ってね」

 

「いやいや、どこがよ。あれを見て何でそんな感想なのよ」

 

 レミリアのツッコミも永琳には馬耳東風。横島が新たな力を身に着けた今日という日は、やはり何でもない日常の一幕なのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四話

『世界の意志』

~了~




横島君、センターマンと化す(挨拶)

そんな訳で、今回は色々とぶっこんでみました。

補足になりますが、紫達は文珠の事もルシオラの事もまだ知りません。

皆様もご承知の事と思いますが、私が一番書きたかったのはセンターマンのところです。

悪いな、俺は乙女ゆかりん派なんだ。

それではまた次回にお会いしましょう。


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