東方煩悩漢   作:タナボルタ

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どうもはじめまして。

タナボルタです。

このお話は東方とGS美神のクロスオーバーになります。

と言ってもプロローグにその要素はまだまだ薄いですが……そういうのが苦手な方はお気をつけ下さい。

更にキャラ崩壊もひどいです。

ブラウザバック……するかい?

大丈夫な方は、またあとがきでお会いしましょう。


プロローグ

 そこは少し奇妙な部屋だった。

 

 部屋の広さは畳十畳程。部屋の中央には天井から吊された蚊帳。隅には和箪笥に押し入れ、枕元には行灯。そこは、今現在の若者からすれば如何にも古臭い、もっと言えば奇妙な部屋と断じられるだろう。

 

 そこには電灯も無い。エアコンも無い。テレビも無ければラジオも無い。いや、そもそも電気すらこの部屋……この家には通っていないのだ。

 

 今を生きる恵まれた若者には何も無いように色褪せて写り、遥か半世紀以上も昔から生きるご老人には……懐かしい思い出の日々が如く輝いて見えるかも知れない。

 

 そんな部屋の中央に鎮座する蚊帳の中からうっすらと透けて見える、人一人分の膨らみを持った、いかにも上等な生地が使われているであろう布団が見える。

 

 その布団にくるまっている人物は、もそもそと動き、安眠を約束するであろうその柔らかな布団からは想像も出来ないような苦しげな寝相である。

 

 一体何度目の寝返りであろうか? 苦しげに魘されていた人物がついに目を覚ます。

 

 その日の目覚めは最悪だった。

 

 何やら体が嫌に重く、頭がズクズクと鈍痛を訴えかけてくる。

 

 寝過ぎか? はたまた風邪を引いたのだろうか。とにかく体調は絶賛大不調のようだ。

 

 何やら目の下にくっきりと隈が現れ、その美しい容姿に影を差している。

 

 だが、美しいとは言っても、それは成熟した女性の物ではない。未だ幼さを残す、十代前半の少女特有のあどけなさを含んだ物だ。普段はその年齢からかけ離れた見た目の幼さと、それからは想像も付かないような立ち居振る舞いからある種のカリスマ性を発揮しているのだが……今の健康状態ではそれも難しいようだ。

 

 

「……まさか、妖怪である私がここまで弱るなんて……」

 

 彼女の口からぽつりと言葉が零れる。如何にも可愛らしく、またとても落ち着いたような響きを讃えているが、些かならず疲れたような声音となっている。

 

 しかし、その零れた言葉の中に、聞き逃せない単語があった。

 

 『妖怪』

 

 それが彼女の種族だ。人間よりも遥かに強く、人間よりも遥かに長命で、人間よりも遥かに自由な存在。

 

 彼女はその妖怪の中でも、飛び抜けて強大な力を有する存在。万能とも言える能力を持ち、幾千もの年月を生きたが故の莫大な知識を誇り、強力な式を擁する『妖怪の賢者』

 

――八雲紫。

 

 それが、彼女の名前。

 

 紫は今、迷いの竹林の奥にある『永遠亭』という屋敷に来ている。

 

 自らの体調不良に効く薬を求めてのことであるが、用事はそれだけではない。

 

―――昨日の記憶が全く無いのだ。

 

 何をしていたのか思い出そうとすると、ただでさえズクズクと響く頭痛が、更に激しいビートを刻みだす。まるで忌まわしい何かを思い出させまいとするかのように。

 

 また、自分の式もそうだ。体調不良のこと、昨日のこと。それらを尋ねても痛ましげに目を逸らすか、「……大丈夫です。何もありませんでしたよ、何も……」と、意味ありげに呟くのだ。気にするなと言う方が無理というものである。

 

 

 紫の式は『八雲藍』という九尾の狐であり、紫とはある程度の記憶の互換が出来る。なので紫は藍から記憶を得ようとしたのだが……そこで頭痛が激しくなり、頭を抱え込んでしまうまでになった。

 

 それを見た藍はやはり、等と呟いていたが、紫にはさっぱりと分からない。

 

 とにもかくにもまずは体調を万全にするべく永遠亭に向かうように勧めたのが、他ならぬ藍なのだ。

 

 確かに頭痛も我慢の限界が近いし、もしかしたら永遠亭の主達は昨日の自分が何をしていたかを知っているかもしれない。

 

 いや、知っているのだろう。肝心なことは全く思い出せないが、それは確信を持って言える。

 

 痛む頭を押さえつつ、自らの能力、『境界を操る程度の能力』を以て、自宅から永遠亭の前までの空間を繋ぐ穴を開く。

 

 それは『スキマ』と呼ばれる、境界を操る八雲紫の基本的な移動手段だ。

 

 そのスキマは禍々しい雰囲気を放ち、そこから覗く物はギョロリと開いた夥しい数の目。視線は一定せず、絶えず瞳を揺らめかせている。

 

 ただでさえ禍々しいというのにそんな物まで見えているとなれば、自らの正気値がゴリゴリと削られるのであろうが、紫は何ら憚ることなく悠々とそのスキマに『飲み込まれて』いく。

 

 視覚的にはかなりのショッキングなシーンであるが。しかしこれは紫自身の能力だ、自らの毒で死ぬ生物がいないように、紫もまた自らの能力で自滅することはない。

 

 紫がスキマに入り、ほんの瞬きの時間の後。紫は永遠亭の前に居た。

 

 本来ならば『迷いの竹林』と呼ばれる鬱蒼とした竹林を抜けなければ辿り着けないのだが、彼女の前ではそれは何の意味も為さない。

 

 スキマとスキマを繋ぎ、いかなる距離をも無とすることができ、更にはありとあらゆる応用も可能な能力。つくづく反則じみた能力と言える。

 

 そうやって辿り着いた永遠亭だが、あまり人の気配がしない。いつもならば部屋に引き籠もりがちな月のお姫様や、人に悪戯をしかける兎さん、その兎に翻弄されつつ薬師としての研鑽を積む少し不憫な兎さんやらが居るのだが……どうやら居ないようだ。

 

 変わりに感じるのはたった一つの気配だけ。

 

 永遠亭へとやって来た目的を果たせる相手の気配。

 

 その相手も紫の気配を察したのか、紫が永遠亭に入る前にその姿を現した。

 

「珍しい……とまではいかないまでも、あまり顔を見せない貴女が来たということはよほど昨日のことが堪えたようね? ――八雲紫」

 

 その者もまた、少女であった。

 

 銀の長髪を三つ編みでまとめ、正面から中心に左右で色の別れた服を纏った、声音に深い理知と底知れぬ器を秘めた少女――

 

 ――彼女の名は、『八意永琳』という。

 

 大空に座する月より来る賢人、『月の頭脳』と呼ばれる、真に永遠を生きる蓬莱人――それが彼女だ。

 

「……やっぱり貴女は昨日私に何があったのか知っているのね?」

 

「何があったか……? ――なるほど、そういうことね……」

 

 紫の台詞に違和感を覚えた永琳ではあったが、真相には簡単にたどり着けた。余りにも忌まわしい事件だったので記憶から追い出したのだろう。実際、紫は頭痛を抑える様にこめかみに指を当てている。紫の防衛本能……否、『乙女心』が思い出させまいと必死に抗っているのだろう。

 

「大体は理解したわ。それでどうしたいの? 思い出したいの? それは貴女にとっては本当に、本っっっっっ当に思い出したくない記憶のはずよ? それでも知りたいの? 貴女に永久に消えないトラウマを刻むことになるわよ? それでも良いの?」

 

「……そこまでのモノなの……?」

 

 何だか物凄い憐れみを湛えた瞳で矢継ぎ早に繰り出される質問に紫は思わず気勢を殺がれる。冷や汗混じりに返した問いには、真剣な表情で頷かれてしまった。

 

 普段の紫ならばそんな程度で諦める筈もなく、相手を自らのペースに巻き込みながら解答を得るのだろうが、今は駄目だ。だって頭痛が酷いのだもの。永琳に何があったのかを聞こうとすると更に酷くなるのだもの。何となく吐き気を催すのだもの。何故だか涙も溢れそうになっているのだもの。……女の子だもの。

 

「……やめて……おくわ……」

 

 ようやく絞り出せた声は、何だかとっても掠れていた。

 

「賢明な判断ね。……それはともかく、いつまでもこんな所で話しておくわけにもいかないわ。紫の体調はかなり悪いみたいだし、中に入りましょう。診察料は只にしてあげるわ」

 

「申し訳ないわね……」

 

 永琳に促され永遠亭の診察室に向かう紫は、自らがらしくないと思える程に弱気になっていることを自覚していた。だが、今はそうすることでしか自己を保てないような気がするので、紫は深く考えないようにした。……頭痛が酷くなるからだ。

 

「さて、軽く診てみたけど原因はやっぱり心因性のものね。難しいだろうけど、なるべく思い出そうとしなければ特に問題はないわ」

 

「確かに難しいけど……ま、何とかやってみるわ。……気休めに栄養剤か何か貰えないかしら? せっかく只なんだし」

 

「貴女ねぇ……。ん~……まぁ、いいわ。ちょっと待ってて」

 

 診察から十数分後、原因を特定した永琳に少しだけいつもの調子を取り戻した紫は多少おどけた様子で薬を所望する。それに対して永琳は苦笑気味だったが、元より永琳に異存は無く、診察室にある棚から妖怪用の栄養剤を探す。

 

 ――それが、異世界の住人を巻き込んだ悲劇(笑)の始まりを告げるとも知らずに――

 

 

 

 永琳が棚を物色すること十数秒、目的の物を探し当てた彼女はそれを紫へと手渡した。それはどこにでもある掌に収まる程度の大きさのビンに入った、透明な液体だった。ビンにはラベルが張ってあり、そこには『超力招来! エイヨウザイ!!』と、かなりの達筆で書かれていた。ちなみに永琳の直筆である。

 

「へぇ、貴方のことだから、もっとこう……虹色をした粘性の高い、異臭を放つ危険薬品を持って(盛って)くるかと思ったけど―――案外まともね」

 

「何ならお望みの物を用意しようかしら?」

 

 さらりと毒づく紫に対し、永琳は必要以上に爽やかかつ大変な迫力を内包する笑みで言葉を返す。紫もだんだんと調子が戻ってきたようで、永琳としては微笑むべきか舌打ちをするべきか……。

 

 永琳をそんな複雑な感情が支配する中、紫はビンの蓋を開け、中身を一気に喉に流し込んだ。

 

 

 

 ―――それが、崩壊の始まりであった―――

 

 

 

 

 ここは古来より極東の島国、日本の何処かにある結界に覆われた土地、『幻想郷』―――。

 

 幻想郷の東の果てにある山。その頂に存在する神社、『博麗神社』の境内に、数多くの人影が見えた。否、それは人影と言うには余りにも異形であった。頭に大きな角を有する者。兎の耳を有する者。昆虫の触角を有する者。蝙蝠のような羽を有する者。宝石を散りばめたような羽を有する者。背中に氷の結晶を広げる者。傍らに半霊を浮かべる者。人形に話しかけている者。ごん太な注連縄を背負う者。鳴き声が『ちん○ん』の者。全身を白黒で包む者。惜しげもなく自らの脇を露出する者達など、バリエーションには事欠かない。

 

 それは人間である。それは幽霊である。それは妖精である。それは妖怪である。それは悪魔である。それは神である―――

 

 ―――あらゆる種族が入り混じる、ここは不思議な土地『幻想郷』―――

 

 

 

 多くの者が集い、笑い合い、美味い飯を食い、美味い酒に酔う。それは宴会だ。ここ博麗神社で今現在行われているのもそうだ。だというのに、その場の雰囲気は異様であった。何か妙に湿っぽく、常なら辺りに響き渡る狂騒も鳴りを潜め、聞こえてくるのは静かに酒を呷る音と、食物を咀嚼する音。それはまるで通夜の様な雰囲気といったところか。そんな場の空気に、紅白の脇を露出する特徴的な巫女服を着た少女は溜め息を吐いた。

 

「うっとーしい空気ねぇ……。これじゃ宴会になんないじゃない」

 

 そう言って熱い緑茶を一啜りする彼女の名は博麗霊夢。この博麗神社を取り仕切る『博麗の巫女』だ。幻想郷に異変が起これば面倒臭がりながらも文字通り飛んでいき、これを解決する。そんな素敵な巫女さんも現在の空気を解決するのは難しいようだ。

 

「そう言うなって霊夢。お前だって皆のことは言えないだろ?」

 

「あー? それはどーいう意味よ魔理沙」

 

 不機嫌な霊夢に声を掛けたのは霊夢の友人で、白と黒の衣服に身を包んだ、如何にも『普通の魔法使い』霧雨魔理沙。彼女も霊夢同様、幻想郷に異変が起これば好奇心を満たすために首を突っ込み、そのついでに解決する。この場の雰囲気が異変と言えば異変だが、進んで解決する気はないようだ。寧ろ、彼女自身も皆と同じような気配を漂わせている。

 

「昨日の異変……。これだけでも翌日に宴会開くってのは結構キツいはずだぜ? さらに皆はスキマの『アレ』を見ちまったんだ。こんな雰囲気になるのも仕方ねーって……。―――特にお前は原因の一つでもあるからな、霊夢」

 

「む……」

 

 思わず口を噤み、魔理沙から目を逸らしてしまう。そう、霊夢が不機嫌な一番の理由。それは、他でもない自分が紫に対して行ってしまったことにまつわる後悔の念だ。それは決して故意ではないし、歴とした偶然なのだが、流石にそれだけで済ませる程に霊夢は薄情ではなかった。まだ成熟していないとはいえ、彼女もまた『乙女』であるのだから。

 

 それに何より―――

 

「何だかんだ言っても、お前と紫の奴は仲が良いからなぁ。あいつが居ないのが気に入らないんだろ。……普段は宴会に誘ってないみたいだけど」

 

「……!」

 

 最後の言葉は聞こえなかったようだが、魔理沙の言葉は図星であった。今回の異変で紫にしてしまったこと。それを謝りたくて、普段宴会に呼ばない紫を連れてくるように紫の式である藍に頼んだのだが……彼女らは一向に姿を現さなかった。今この場に紫が居れば、ちゃんと彼女に謝り、茶化し、紫に弄られ暗い雰囲気も一掃出来たのかも知れないが、居ないのではどうしようもない。霊夢の機嫌は悪くなり、宴会の雰囲気も悪くなる。さながら負のスパイラルだ。

 

 それを認めたくはなかったのか、霊夢は反論をしようとするが上手く言葉が出て来ない。若干の苛立ちと後ろめたさ。そして照れが混ざり合ったせいであろう。

 

 そんなふうにまごついていると、空から霊夢達に声が掛かった。

 

「すまない、遅くなった」

 

「……藍? 『橙』(ちぇん)も一緒みたいだけど紫はどうしたのよ」

 

 上空から現れたのは九尾の狐にして八雲紫の『式』八雲藍と、藍の『式』である橙。その二人に皆も気付いたのか、周りが藍達に注目する。紫を伴っていない二人が珍しく、皆を代表して霊夢は疑問を問いただし、そして返ってきたのは予想外な言葉だった。

 

「ああ、紫様は来られない」

 

「……は? それってやっぱりその~……怒ってる……?」

 

 流石の霊夢もばつが悪そうに目を泳がせて問うが、その表情を見た藍は微苦笑を浮かべる。

 

「いや、怒っていない。というより―――怒ることは『絶対にない』だろうな」

 

「それは、どういう……?」

 

 溜め息と共に吐き出された言葉に、霊夢は問いを返すしか出来ない。頭の上には先程からクエスチョンマークが浮かんでばかりだ。そんな霊夢に対して藍は表情を改めると、ついに結論を語り出す。

 

「ああ、つまりだ。紫様は―――覚えていないんだ。異変を含め、昨日一日の記憶を全て、な」

 

「……。……? 覚えて、ない?」

 

 霊夢の疑問はもはや限界に近付いているようだ。首を傾げて目をまん丸と開き、口は半開き。出て来る言葉は気の抜けたような音。藍はそれにゆっくりと頷き、橙の頭を優しく撫でる。彼女の目に涙が溜まっていたからだ。

 

「ああ。紫様は昨日の記憶がない。今朝目覚めるのも、いつもよりずっと遅かった。それに目元には隈があり、頬も多少痩けていたように見える。更には酷い頭痛もあったようで、昨日のことを思い出そうとすると更に激しくなっていたようだった! 紫様には永遠亭に行くように勧めたが、やはり私も着いていけばよかったのだろうか!? あぁぁああ、こんなことで紫様の美貌が霞んでしまうなんてええええ!!」

 

「ぐふぅっ」

 

「ら、藍しゃまあああああああ!!」

 

「ちぇぇええぇえぇぇん!!!」

 

 紫の状況の説明のはずが、どうやら徐々にエキサイトしてきてしまったようだ。尻上がりに跳ね上がっていく勢いと悪意無き言葉のナイフは容赦なく霊夢の良心を刻んでゆく。それは霊夢も思わずよろめいてしまい、OH NOと懊悩して橙と泣き叫び合う藍に突っ込みを入れられない程であった。

 

「あのー、それで何故紫さんは昨日のことを覚えてないんでしょう……?」

 

 周りの者も目を覆うような光景に割って入ったのは、霊夢と対を成すような緑と白の脇を露出する巫女服に身を包んだ少女。昨日の異変で藍達と共に戦った者であり、その名は東風谷早苗。種族としては人間だが、半分は『新人の神様』である。一通り叫んだことで落ち着きを取り戻したのか、藍は咳払いしながらも推測混じりの理由を話す。

 

「ごほん。あー、つまりあれだ。昨日の異変はあれだっただろ? な、その―――ゴキ○リの『超』大量発生だっただろ?」

 

「ああ……そうですねぇ……」

 

「なんせ目の前の光景が山が二分にゴ○ブリ八分

だったからなぁ……」

 

 異変を思い出し顔をしかめる早苗達。橙にいたってはそれを鮮明に思い出してしまったのか、口を押さえて吐きそうになっている。

 

「普段自分に弱点はないと公言して憚らない紫様の唯一絶対の弱点……。それが『○キブリ』だ。紫様は普段名前を呼ぶのも聞くのも穢らわしいと言って『這い寄る混沌』と呼んでいるからな。私もこの通りゴキブ○と口に出すときは検閲されてしまっている」

 

「急にメタいことを言い出したな……」

 

「屋敷で一匹見かけただけでも失神してしまいかねないというのに、昨日のあの量……。更には『アレ』だ。紫様の乙女心が思い出すのを拒絶したのだろう……」

 

 藍は遠くの空を見ながら涙を滲ませる。そんな彼女の姿に皆は倣い、同じように空を見る。それはさながら黙祷を捧げているようにも見えた。

 

「うっぷ……。思い出したら吐き気が……」

 

 早苗や他の何人かが多少吐き気を催したようだ。この場に居るのは皆乙女。紫に同情の念を抱くのは当然だった。そんな中、霊夢は更に気落ちしたのか膝を抱えて座り込んでしまっており、何故か肩にはキノコが生えているような錯覚を覚える。今にも泣いてしまいそうな彼女を見た藍は霊夢の頭をそっと撫でる。

 

「なに、紫様は体調を崩されてはいるが、それがお前のせいなどとは思わないだろう。勿論私達も、この場の皆もそうは思っていない」

 

「でも……」

 

「紫様は何もかも忘れているんだ。お前が紫様にそんな態度を見せていたら、アレを思い出させてしまうかも知れない。だからお前が紫様に会ったら、何時ものように応対するんだな。……それが一番紫様のためになるはずだ」

 

 頭から抹消してしまう程に忌まわしい記憶ならば、完全に忘れ去ってしまった方が良い。その方が建設的に生きられるし、何より霊夢にも良いだろう。それは詭弁かもしれないが、いつまでも忘れ去られたことで悩み続けるよりはマシなのかもしれない。藍の励ましは霊夢にも届いたのか、彼女の口は少しばかり苦笑じみた形をとっていた。ちなみに魔理沙は後ろで「どーせ私は悪者だぜ……」と若干落ち込んでいた。藍の言葉に先程の霊夢への失言を思い出したのだ。

 

「……ん。とりあえず今度会ったらお酒でも振る舞うことにするわ」

 

「ふふっ。それは紫様も喜ぶだろうな」

 

 辺りを和やかな空気が包みだす。ようやくに宴の空気が生まれたかと思えたのだが……

 

 

 

 ―――それは、唐突にやって来た―――

 

 

「……っ!!? な、何よ……これ……っ」

 

「んな……!!」

 

 突如幻想郷全域に降りかかる不可視の強大な圧力。その威力は凄まじく、力の弱い妖精などは地面に叩きつけられ、他の人間や妖怪達もその場に縫い付けられてしまう。そして、自らに降りかかるその力の性質を理解する者が数名存在した。

 

「この……感覚は……妖気……!? しかもこれは……!!」

 

 圧倒的な妖気の圧力の最中、地に膝を付けず、未だその足で立つ事が出来ている者は少ない。その者達の中でも、妖気の質に気付くことが出来たのは更に少ない。即ち、『友人』と『式』である。

 

「これは紫の妖気……! でも、こんなのは異常だよ……っ」

 

 紫の友人である『鬼』伊吹萃香は戦慄する。現在紫が発する妖気は自分なぞ歯牙にも掛けない程だ。余りの強大さに紫の式である藍は、供給される妖力の余りの量に胸を押さえてうずくまり、橙に至っては突然の圧力に耐えきれず気を失っている。また、もう一人の友人の西行寺幽々子は妖気にあてられた魂魄妖夢を支えている。その表情は紫に起こった異変に困惑し、動揺に染まっている。周りを見渡すと、藍が橙を胸に抱きながらとある方角を見ていた。

 

「紫様……っ。永遠亭で、一体何が……!」

 

 その言葉に皆は藍が睨む方角を見る。すると、この距離から分かる程の光が、地から天へと向かって伸びている。

 

「おいおい、お前んとこの薬師はスキマ妖怪に何をしたんだよ輝夜ぁ!!」

 

「し、知らないわよそんなの!?」

 

「というか、あんなのが永遠亭で起こっているならお師匠様も危ないんじゃ……!!」

 

 博麗神社を焦燥と混乱が包む。そんな中、霊夢の脳裏に博麗の巫女としての勘に触れるモノが過ぎる。その感覚に従うままに上空を見上げ、それを見た。

 

「ちょ、ちょっと……っ。嘘でしょ……!!」

 

 

 霊夢はそれを見た。博麗神社を起点とする、幻想郷を包む『博麗大結界』に生じる無数の罅を。

 

「れれれ霊夢さん、これはかなりまずいんじゃないですかこれ!!?」

 

 早苗は最早涙ぐみながら霊夢にしがみつく。このままでは幻想郷というモノが崩壊してしまう。そんな最悪な未来をつい想像してしまった霊夢はブンブンと頭を降り、現在この場に居る全員に声を掛ける。

 

「私は今から大結界を維持するのに全力を傾けるわ! でも、この妖気が充満する状態じゃ私一人の力では無理がありすぎる……! そんな訳で皆の力を貸してちょうだい!! ちなみに拒否権はないし抵抗したらあとで身包み剥いだ後夢想天生喰らわせるんで、そこんとこよろしく!!」

 

 皆は霊夢の言葉に否やはなく、どこからかお祓い棒を取り出した霊夢に自らの力を注ぐ。霊夢は自らに集まる巨大な力を一つに束ね、結界を維持するために放出していく。それは現在の霊夢には荷が重い物だったのだが、霊夢以外にそんなことが出来るのは紫しか居らず、そもそも紫が原因なので結局は霊夢がやるしかない。

 

「ああーもう!! 後で覚えてなさいよ紫ーーー!!」

 

 博麗神社の境内に、切羽詰まった霊夢の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 ―――崩壊。

 

 それはいずれ訪れる結末。形ある物の運命と言ってもいい。中には例外もあるが、それは森羅万象全ての物に必ず訪れる。

 

 今回崩壊するモノは一体何か。それは、博麗大結界か? 答えは否。結界は霊夢が無茶を承知で維持している。では幻想郷そのものか? 当然否だ。結界が壊れていない限り、幻想郷が壊れることは有り得ない。

 

 では、一体何が崩壊したというのか。それは、実は形がある物ではなかったのだ。

 

 そう、それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 八雲紫というキャラクターの、大崩壊であった……。

 

「ゑ?」

 

 始めに出て来たのはそんな意味のない単語であった。月の頭脳たる八意永琳は考える。紫は一体何がどうなってこんなことになってしまったのか。紫から立ち上る妖気はまるで炎の柱のように永遠亭の屋根をぶち破り、周りに拡散する妖気は診察室を容易く崩壊させた。永琳などは何故か一切体勢を動かさず、まるでスライドするかのように壁に叩きつけられ……というかめり込んでいる。

 

「ああぁぁあぁあははははははははっ!!! 力が、力が、力がみみみみみ漲るるるるるるぜぁあぁぁぁあああ!!! るるるるぇぇえいむうううう! れえぇえぇぇいいぃぃいむぅうううう!!!」

 

 最早キャラクターがどうという問題ではない位に紫は壊れてきている。目は血走り呂律も回っていないし息は荒い。何故こうなった? 永琳は考える。自分が処方した栄養剤がおかしかったのか? そんなはずはない。確かに紫に渡した栄養剤は妖怪用ではあるが、流石にこんな風な結果を呼び込むほど強力(狂力?)ではない。ならば一体何故……?

 

「……ん?」

 

 気付けば顔のすぐ横に栄養剤のビンが突き刺さっている。こんなに頑丈なはずはないのだが……。永琳はめり込んだ壁から抜け出し、ビンを壁から引き抜く。ビンを見た永琳は「超力招来の文字がまずかったかしら……?」と中々にズレた感想を抱くが、ビンに張られたラベルに違和感を覚える。

 

「……ラベルが……二重に……?」

 

 嫌な予感しかしない。永琳は未だかつてここまでの嫌な予感は終ぞ感じたことはなかった。それでも勇気を振り絞り、重なっているラベルの上を剥がすと……

 

 

 

『かかったな鈴仙(アホ)がっ!! これは超超超強力な妖怪用精力剤ウサ! 一口飲むだけで爺さん妖怪もヌカロクは固いウサよ!!』

 

 

 

 という文字が白地のラベルに書かれていた。それは悪戯好きな兎さんの筆跡と一致している……。永琳はしばらくそれを眺めていたが、やがて心静かに決心する。

 

 

 

(てゐが帰ってきたら……殺そう)

 

 

 

 

 

 

「うひぃっ!!?」

 

「ちょっ、急にどうしたのよてゐ?」

 

「い、いや、何か急に背骨に直接液体窒素を流し込まれたみたいな寒気が……」

 

「なによそのおぞましい感覚!?」

 

「う~~~。鈴仙、何か嫌な予感がするウサ……」

 

「嫌な予感って……っていうか動揺のあまり語尾がウサになってるわよ……」

 この後、だべっていたので霊夢に滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 永琳は考える。精力剤ということは本来なら紫は今それはもうたぎっているはずだ。だが、今の紫はそんな風には見えない。強すぎる薬は毒と同義であり、最早あれは完全に劇薬と言っても過言ではないだろう。ではそれを飲んで狂ってしまったのだろうか。というか何故妖力が爆発的に増大しているのか……。月の頭脳たる永琳は確信を持って真相を語る。

 

「毒が裏返った。それだけは確かなようね。強力過ぎる陽の薬と僅かばかりの陰の毒素に紫の体内の何か……。精力剤を飲んだことによって脳から分泌された脳内麻薬か……あるいは、普段抑えつけている霊夢への慕情が叶うであろう力を得たことによってもたらされた多幸感。そしてその昂ぶりから形造られてしまった化学物質か……。あるいはそれら全てが紫の内部で出会ってしまい、化学反応を起こしスパーク……」

 月の頭脳は錯乱している。まともな思考も出来ぬまま無意味な考えを脳内で巡らせていると、突然『パンッ』という軽い音が響いた。視線を紫に合わせてみると紫のこめかみ辺りから『紫汁ブッシャアアアアア!!』と言わんばかりに血が噴き出し、間もなくパタリと床に倒れ伏した。

 

 

「―――……。はっ! ち、ちょっと紫、大丈夫!?」

 

 余りに混沌とした状況に思わず呆けてしまっていた永琳だが、正気を取り戻してからの処置は迅速だった。紫に応急の手当を施し、被害の少なかった部屋へ担いでいき、そこで本格的な治療を開始。血圧の急激な上昇に血管が耐えきれなかったようだが、幸いにも紫は無駄に強靭な肉体を持っていたし、永琳の無駄によく効く薬のお陰で、ものの数分で体は癒えた。

 永琳は額の汗を拭い、重い息を吐く。これからのことを考えると頭が痛くなる。崩壊した永遠亭の片付け、紫の看病に何が起こったのかの説明。気が重くなるのは当然だ。とにもかくにも永琳はまずは気持ちを切り替え、てゐのお仕置き用の拷問器具を取りに行った。

 

「ま、これで一件落着よね」

 

 そんな呟きを残した永琳は気付いていない。紫が無意識の内に蒔いた、悲劇(笑)の種に―――。

 

 

「はあ……っ、はあ……っ、はあ……っ―――。な、何とか……維持出来た……」

 

 神社の境内で荒い息を吐く霊夢は、博麗大結界を何とか維持出来たことに安堵の表情を見せる。

 

 「ああーーーっ! もうべらぼうに疲れたわよこんちくしょーーーっ!!」

 

 そう叫びながらも彼女は石畳に倒れ込む。心身共にボロボロだが、疲労と共に多少ながら充足感と罪悪感をも得ていた。結界が崩壊寸前までになり、それを維持するなど初めてのことだった。しかも、現在の自分の力量を超える作業をやり切れたのは、霊夢の自信にも繋がった。故に霊夢は思う。

 

(前に紫を呼び出す為に結界を弛めようとしたけど、こんな面倒臭いことになんのねー……。そりゃこっぴどく叱られるわけだわ)

 

 未だ博麗の巫女としての自覚と責任は薄いようだが、今回の幻想郷の危機は霊夢の成長には繋がっただろう。周りを見渡せば、他の皆も力を限界近くまで使用したためにへたり込んでいる。くたくたに疲労し境内の石畳に寝転がる霊夢に、橙を抱えた藍が多少ふらつきながらも話し掛けて来た。

 

 「助かったよ、霊夢。紫様に何らかの異変が起こったようだから、私は気絶した橙を幽々子様に預けて永遠亭に向かう。ちゃんとした礼はまた後日にな」

 

「あー、気にしなくていいわよ別に。っていうか大丈夫なの? あんたふらついてるけど……」

 

「なに、この位大したことは……!?」

 

 藍は言葉を切り頭上を見上げる。霊夢もそれにつられ藍の視線を追うと、上空には紫のスキマがその姿を現していた。

 

「紫が来たの……? それともまだなんかあんの……?」

 

 更なる騒動の予感に逃げ出したくなる霊夢だが、スキマが開いてから時間が経っても、一向に何も起こらない。

 

 「……?」

 

 思わず藍や他の皆達と目を見合わせてしまう霊夢は、スキマを覗き込んで見る。すると、何やらスキマにいつも浮かんで見える目が、異様に血走っているように思える。しかも何だか全ての目が自分を見ているような……?

 

「ぅへぇ……。な、何よ……、やろうっての? 自慢じゃないけど私はもう動けないわよ!?」

 

 スキマに対し、何か妙な啖呵と構えを見せる霊夢に場の雰囲気が軽くなるが、藍はとりあえずは危険はないと判断し、霊夢の手を取り立ち上がらせる。

 

「とにかくそこからは離れよう。このスキマも気にはなるが、まずは紫様の元に向かわなければ……。疲労困憊とはいえ、これだけの面子が居ればまた何かあっても大丈夫だとは思うが……」

 

 

「あー、そうね。今はとにかくお茶を飲みたい……」

 

 その場を離れる霊夢達はへたり込んでいる魔理沙達の元へと向かう。橙を幽々子に預けた藍は永遠亭に飛び立とうと空を見上げる。だが、次の瞬間―――

 

 

 

 

チュドガゴドゴンズガシャアアアアアアアン!!!

 

 

 という何とも珍奇な轟音を立て、スキマから飛び出した何かが石畳へと突き刺さった。その衝撃は凄まじく、辺り一体に土煙を巻き起こし、霊夢などは転んで強かに尻を打ってしまう。

 

「な゛ーーーっ!?」

 

 もうもうと立ち込める土煙の中、霊夢は尻をさすりながらヨロヨロと立ち上がる。

「何なのよ、もう! 紫の奴やっぱ怒ってんじゃないの!?」

 

 流石にこんな風に殺傷力の高いお仕置きを紫が霊夢に施すことは有り得ないのだが、動転した霊夢にそれを気付けというのは酷な話か。霊夢は丁度近くに居た『天狗』の射命丸文に風をおこしてもらい、何が落ちてきたのかを確かめることにする。そして、土煙を取り払ったその場所に存在した物とは―――。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ―――無言。皆その光景に言葉を出せないでいる。だってそうだろう? 余りにも異様過ぎたのだ。

 

 

 頭部が完全に地面に突き刺さり、逆さまの体勢になっているのに、何故か背筋や手足をピーンと伸ばしている人間の男(と思われるモノ)が存在していたのだから……。

 

 「な、ななななな……何よコレーーーッ!!!!??」

 

 ある種コメディ的な、あるいはスプラッター的な光景を前に霊夢が出来たことは、ただただ驚愕の叫びを上げることだけであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫のスキマを通り、幻想郷へと墜落した謎の男。彼はこの幻想郷から出ることは叶うのか。今、己の正義(笑)を懸け、男は悲劇(笑)に立ち向かう。

 

 

 

 

プロローグ

『困ったさん達の宴』

 

~了~

 




お疲れ様です。
タナボルタです。

このお話の霊夢は若干子供っぽい……?

紫のゴキ○リ異変はいつか番外編とかでやっていきたいなぁと思っていたり……

このお話が皆さんに楽しんでいただけたら幸いなのよ?

ではまた次回にお会いしましょう。

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