ようやく仕事が落ち着いてきました・・・
ヒルダとワトソンの大乱闘から数日
「チーズケーキとモンブラン7!!チョコパフェ4追加です!!」
「了解!パフェ1分でやる!!ケーキ系はそこに作りおいてあるからそっちで盛り付けやれ!!」
「オムライス6つとBLTサンド9つ追加!!」
「了解!!5分でやるよ!!」
氷牙と白雪は食堂の厨房で大戦争を繰り広げていたがそれも当たり前の事だろう
なぜなら・・・
――ドガンッ――!!
何か壁に激突する音がした
「あ?またかよ・・・」
カウンター越しにホールを覗き込めば
「そんな根暗な目をしたポリ公はおらん!!」
と警官の服装をしたキンジは蘭豹に蹴っ飛ばされて壁に頭から上半身を突っ込んでピクピクと痙攣していた
「そいつもう聞こえてねえよ・・・てか今忙しいのは分かってんだろ!!いないよりはましな役立たずでもこれ以上労力潰すな!!」
今日から俺達は学園祭の変装食堂で接客の仕事に勤しんでいたのだから
「変装食堂はただいま満席です!!順番にご案内しますのでお待ちください!!」
客席は常に満席で外には順番待ちの客が列を作っていたがそれも無理のない事であった
午前中のうちに氷牙と白雪の料理が『もうこれは人間が作れる美味さじゃない・・・』と口コミとSNSで広がりリピーターまでもが続出してしまい・・・
その上・・・
「ぐっ!?」
客の一人が突然腹を抱えて倒れた
「お、お客様!?」
「ん、どうした!?」
そばにいたクラスの連中が駆け寄って状態を確かめるが
「これは・・・また食い過ぎだな・・・」
テーブルに積み重ねられた空き皿を見て誰もが呆れた
「またかよ・・・今日だけでもう何人目だ?」
まあ、気持ちはわかるけどよ・・・倒れるまで食うことないだろ・・・
「ったく・・・レキ!薬もってきてくれ!!」
そう言うと研究職員の格好をしたレキが客の前にしゃがむと試験官に入った液体を客の口へ流し込んだ
「う・・・ぐ?あ、あれ?」
直後、何事も無かったかのように立ち上がった
「私が開発した栄養剤です。滋養強壮だけでなく消化器官の整調効果もあります。もう大丈夫なはずですよ?」
「あ、はい・・・ありがとうございます・・・」
「なおこの栄養剤は一本500円で販売していますので伝票に追加しておきます。よろしいですね?」
「はい・・・ご迷惑をおかけしました・・・」
レキのアフターケアの万全さにより『食い過ぎて倒れても安心』とさらに太鼓判を押され
極めつけは・・・
「おい・・・まだかよ!後どれだけ待たせる気だよ!」
外で待っていた客の一人がしびれを切らして叫び出すがすかさず入り口前で女神姿で受付をする凛香が客の前に行き
「お客様」
「あ、なんだよ?」
凛香は笑顔で
「お待たせして申し訳ありません。順番にご案内します。どうぞ『落ち着いてお待ちください』」
「・・・あ、ああ・・・わかったよ・・・」
力も使って入場受付と列整理を完璧にこなす凛香の事が『まさに本物の女神様だ・・・』と評判になりさらに見物客までもが続出して客足が途絶えることが無かった
「凛香の奴また力使いやがって・・・おかげで列整理は完璧だけど魔力持つのか?凛香のおかげで注目も集まって見物客まで出てきてるんだぞ・・・」
氷牙が心配そうにつぶやくと白雪が苦笑いして
「氷牙君も負けずに注目集めてると思うけどね・・・」
ホールの一角を見れば
「あの厨房の人カッコいいよね?何のコスプレだろ?」「特にあの傷、メイクにしてはリアルだしすごいサマになってる・・・」「あの腕とかよく出来てるよね?」「目もあれってコンタクトでしょ?クォリティ高いよね?」「その上料理もこんなに美味しくて・・・」「何とか近づけないかな・・・名前だけでも教えて欲しいね・・・」
先程から氷牙をチラチラとみている女性客もいるのだが
「興味無いし構ってる暇はない、何より俺の両腕は既にうまっているからな」
そう言って眼差しや視線を全て無視しているがその態度が姿や雰囲気と相まって非常にキマっていると余計に女性客の注目を集めていた
「チャーハン8つとビーフシチュー5つ追加です!!」
追加注文を聞くと氷牙は無線機に向かって
「おい武藤!!まだ戻れないのか!?」
『まだ積み込み中だ!!後30分はかかる!!』
「卵が無くなりそうだ!!10分で戻ってこい!!」
『無茶言うな!!車輌科の輸送ヘリまで休みなしのピストン輸送で飛ばしてるんだぞ!!これ以上は無理だ!!』
繁盛のし過ぎで食材はあっという間に備蓄が底をつき午前中だけでも武藤が率いる車輌科の買い出し班を何往復走らせたか覚えてない・・・
「仕方ないか・・・白雪、材料が無い。いくつかのメニュー打ち切るぞ」
「うん・・・ホールにも伝達しておくよ」
そう言って再び無線に向かっていくつかのメニューを打ち切ることを伝えると
「寝ぼけたこと抜かすなや!!客はまだ来とるんやぞ!!そんな事したら売り上げ落ちるやろが!!」
蘭豹が手足が変な方向に曲がっている平賀ちゃんを引きずりながら厨房に怒鳴り込んできた
平賀ちゃん・・・大方、「それのどこがキャバ嬢や!!身長くらい伸ばしてこいや!!」とか言ってロメロスペシャルでもかけられたんだろうな・・・ありゃどう見たってキャバ嬢じゃなくてハーレークィーンにしか見えないもんな・・・
ちなみに怒鳴り込んできた蘭豹の怒声に白雪は完全に縮こまってしまい、キンジやレキ、ホールの連中もこちらを横目に見ていたが誰一人助けに来る奴はいなかった
(まあ、当てになんかしてないけどよ・・・)
氷牙は臆することなく蘭豹を睨み返すと
「寝ぼけてんのはそっちだろ!!状況見れば分かんだろ!?売れすぎてもう材料も無いし怒鳴ったところで無い物は無い!!文句があるならホール連中の変装にケチ付けて労力潰してないであんたも買い出しにでも走れ!!」
と食って掛かった
そうしたら蘭豹も額に血管を浮かべると平賀ちゃんをポイっと投げ捨てて
「あ゛!?今なんつったぁ!?ウチを顎で使おうってかぁ!?」
さらに殺気のこもった目で氷牙を睨みつけてきた。ちなみに投げ捨てられた平賀ちゃんは不知火が無事受け止めました
そして氷牙は
「嫌なら口出しするな!!あと調理の邪魔だから早く厨房から出ていけ!!そのままじゃ客が怖がるから目を”らんらん”としたものにしてからね?」
と最後のある部分を強調するように言ったら蘭豹はピタッと動きを止めた
「ああそうだ。卵の在庫確認しなきゃ、確か”19、いや18だったな”」
再びある部分を強調して言うと蘭豹は次第に汗をかきだした
「どうしました?汗だくで”こわもて”な顔になっていますよ?具合でも悪いなら救護科でも言って”読書”でもしながら休んだらどうですか?」
三度、ある部分を強調して言うと蘭豹は更に大粒の汗をかきだし
「そ、そうやな!無いもんはしゃあないな!!明日もあるし、それで取り返せばええやろ!!」
というと蘭豹は厨房から出ていった。目は氷牙を睨んだまま、ちっとも笑っていなかったが・・・
そのやり取りには横目に見ていたホール連中も唖然として
「すげぇ・・・蘭豹に口喧嘩で勝ったぞ・・・」
「勇者だ・・・あいつマジで勇者だ・・・」
そんなつぶやきが漏れていたが
「俺は悪魔ハンターだ。んなことより仕事しろ!!パフェあがったぞ!!」
氷牙が一喝すると皆すぐさま持ち場に戻っていった
そして厨房に残っていた白雪が
「ねえ氷牙君?あれどういう意味だったの?それに卵の在庫ってまだ20以上はあったよ?」
料理を作る片手間に先ほどのやり取りについて尋ねてきた
「ああ、簡単だよ。蘭豹の奴、出会い系サイトに『らんらん』っていうHNで登録してるんだよ。歳は『18』ってサバ読んで、趣味はパチスロ本と格闘本しか読まないくせに『読書』、好きなタイプは『こわもて』ってね」
つまりは蘭豹相手に弱みをちらつかせて脅迫したということだ・・・
「氷牙君・・・本当に怖いもの知らずだよね・・・」
「このクソ忙しいのに働きもせずにギャーギャー言って従業員潰すような奴がいても迷惑なだけだ!お前ら!鬼の居ぬ間に一気に客を捌くぞ!!気合い入れろ!!!後そこの役立たずもさっさと叩き起こせ!!」
「「「り、了解!!!」」」
この瞬間、クラスメイト達は氷牙に感謝した。これで俺達は口うるさい監視がいないのをいいことに変装を二の次にして客を捌けば、無事1日目を乗り切れる。
そう思っていた・・・
だが今思えばそれは大きな思い違いだった・・・
俺達は・・・
「アリア!!ジャンヌ!!交代の時間は過ぎてるぞ!!とっとと出てこい!!」
氷牙が控室に向かって呼びかけるが
『わ、わかってるわよ!!だけどこんなの・・・ううっ・・・』
『だ、だが私のような女がこんな格好で・・・ああっ・・・』
二人共自分の姿が恥ずかしくてなかなか出てこないと・・・
――ドキュゥンッ――!!
控室の扉に特注の9ミリパラベラム弾がめり込んだ
『『――――っ!?』』
「さっさと出てこい!!それとも俺に力ずくで放り出されるか!?」
『『は、はいっっ!!』』
大慌てで小学生姿のアリアとウェイトレス姿のジャンヌがホールへと飛び出していった
「お、おい氷牙!?一般客もいるんだしあまり発砲は・・・」
目を覚ましたキンジが慌てて注意するも
――ドキュゥンッ――!!
今度はカウンターからホールに向けて発砲し、銃弾は客席に一人で座っていた男性の目の前を掠め
「ひっ!?」
男性客はガシャンと手に持っていた小型のデジカメを落とした
「店員の盗撮は禁止だ!!そこに書いてあんだろが!!」
と、銃口で指した先の入り口前の壁に赤でwarning‼と大きく書かれた張り紙の下を読むと
warning‼
・店員の撮影厳禁!
・店員のお触り厳禁!
・店員のプライベートな質問厳禁!
・特に研究員の姿をした店員と女神の姿をした店員には絶対に!!手を出さないでください!!
以上の事(特に最後の項目)を守れない場合、即刻会計・退店していただき命だけはなんとか保証してもらうように頑張ってみますがそれ以外の保証は間違いなくできません!!
変装食堂スタッフ一同
と、明らかに誰かの暴走に備えているとしか思えない注意書きが張り出されていた。
「この忙しいのに余計に面倒事増やしてくれるとはいい度胸だ!次は救護科へ案内してやろうか!?」
「い、いえ!結構です!!申し訳ありませんでした!!」
そう言ってデジカメと荷物を持ってすぐに出ていこうとするが
――ドキュゥンッ――!!
再び眼前を掠める様に発砲して止めた。
「出ていってはもらうが会計とデジカメを消去してからだ!!まさか食い逃げなんてしねえよな!?」
「は、はい!勿論です!!」
そうして会計をすましデジカメのデータを(一枚も撮れていなかったが)すべて消去すると男は転げる様に逃げていった。
そして氷牙はMP5Kを威嚇もかねてゴトッと音を立てるようにカウンターの上に置き調理に戻った、当然だがホールもその一部始終を見て静まり返っていた。
同じようにオイタをしてしまえば次は我が身なのだから・・・
「お、おい氷牙・・・客がドン引きしてるぞ・・・」
キンジかそう言うと氷牙は今度は今しがた出来上がった料理を綺麗に盛り付けてカウンターに置くとキンジを睨み付け
「知った事か、ここは俺の城だ。客は丁重にもてなすし全身全霊込めて作った料理を提供するが・・・わきまえねえ奴は容赦しねえ・・・」
そう言ってホールを一瞥すると厨房仕事に戻っていった。
すると客たちは・・・
「すげぇ・・・カッコいい・・・」「あれ魔王だよね?完全になり切ってるよ・・・演技上手いな・・・」「最後の台詞までサマになってる・・・」「あの人何処かの役者なのかな?」
ここまでキマってるとむしろ全部パフォーマンスじゃないかと思われたようで流されてしまった。
だがこれが演技でも何でも無い素の出来事であると知っている俺達はこの時点で全てを理解してしまった・・・悟ってしまった・・・
「キンジ!なに突っ立ってんだ!!それ冷める前にさっさと持って行け!!」
鬼を追い出した?これで安心?とんでもない!!その鬼を追い出したのは・・・悪魔だぞ!!
俺達は・・・蘭豹以上の鬼を、つーか悪魔を野に放ってしまったんだ・・・
封印されていた魔王を解放してしまったんだ・・・
「ははっ・・・もう笑うしかねえな・・・」
キンジが放心していると
――バァンッ――!!
「聞こえねえのか!!薄ら笑いして突っ立てないで仕事しろこの役立たずが!!」
氷牙はキンジの顔面を金属トレイで思いきり引っ叩いて吹っ飛ばした。
そして吹っ飛ばされたキンジの傍にポイっと投げ捨てられたトレイには・・・
「おいすげえぞ!!トレイがあの警官の顔の形くっきりに凹んでる!!」「マンガでしか実現できないと思ってたギャグをまさかリアルで再現するなんて・・・」「さっきの壁での犬神家といい・・・こいつ警官だと思っていたがまさかお笑い芸人だったとは!奥が深いな!!」「なんにせよ見事な役者っぷりだよ!!本当に全部演技だなんてとても信じられないな!!」
(だから・・・全部素なんだよ・・・)
だがそれに気が付く客は一人もいないまま1日目は過ぎ去っていった・・・
2日目は自由行動を予定しています