ヒルダの襲撃から翌日
「エル・ワトソンです。手続きの関係で転入が予定より遅れてしまいましたがよろしくね」
俺達に助太刀してくれたあの優男は何と武偵校、俺達のクラスに転校してきた。高天原先生の言っていたもう一人の転校生ってあいつだったのか・・・
『キャー♪』
周りの女子はワトソンが自己紹介するなり黄色い歓声を上げるばかりだが・・・
「あいつ本当に転校してきたよ・・・」
俺やキンジ、アリアと言ったバスカービルの面子は唖然とするばかりだった
あの後、ヒルダに逃げられた後、あの優男、宣戦会議の時にリバティーメイソンの大使として現れ『無所属』を宣言したにもかかわらず『眷属』のヒルダに敵対してまでも『師団』である俺達を助けてくれた優男、ワトソンにどうして助けてくれたのか話を聞いてみれば
「婚約者であるアリアを守るためになら僕は誰とでも戦う。そんなの当り前だろう?」
と言われ、それだけでも衝撃的なのに続いて
「今日はこれで失礼するよ。僕も明日から東京武偵校に転校するから話の続きは何時でもできるさ」
とまで言われてワトソンは去ってしまい、今日本当に転校してきたものだから俺達はアリアを含め文字通り開いた口がふさがらなかった
アリアに尋ねたって首を横に振って「知らない」「初めて聞いた」「あいつとだって今日が初対面よ!」と喚いてたから。きっと貴族様特有の許嫁とかってやつなんだろうな・・・特に珍しい話でもないが子供の都合を無視してホントに迷惑な話だよな・・・
そして周りの女子たちが黄色い歓声を上げたままあれやこれやと質問攻めにしている中
「一つ聞いてもいいか?」
氷牙が手を上げて問いかけた
「なんだい?」
「ワトソンて苗字を聞いたら俺には一人の人間が思い浮かぶんだがもしかしてそうなのか?」
「ああご名答だ。僕はJ・H・ワトソンの曾孫だ」
やはりそうか、J・H・ワトソン。シャーロック・ホームズと聞けば次にこの男の名前が浮かび上がるだろう。元軍医でシャーロックの名パートナー、右腕ともいえる男の名前だ
エル・ワトソン。J・H・ワトソンの曾孫にしてアリアの婚約者か
何というか、また一つの波乱の種がやってきた。俺にはそんな気がして仕方がなかった
そして昼になり
レキと凛香は狙撃科の講習があると言ってそっちに行ってしまった
レキは次のランク考察では必ずSランクに返り咲いてみせると腕の研鑽に余念がないし、凛香も少しでもレキに追いつけるようにと狙撃の腕を磨くそうだ
キンジは探偵科棟に向かい、アリアは女子寮の自室に帰っていった。おそらく親や一族のお偉同士で勝手に決められていたであろう事とは言えワトソンという婚約者の存在でまた二人ともギクシャクしだしたようだが・・・こればかりは二人で話し合って折り合いをつけさせるほかないので今は放っておくしかない
俺も白雪と変装食堂のメニュー作成の打ち合わせがあり、いくつかの試作品を作るためにまずは材料の買い出しに街に出ていた
「大体こんなもんか・・・これだけあれば試作を作るには十分だな。学園に戻るか・・・」
そして両手に買い物袋を下げて学園に戻ろうとしていたら
――キィィー――
俺の真横に一台の車が止まった
「―――?」
ポルシェ911カレラ・ガブリオレ?なんでこんなところにこんな高級外車が?
やがてポルシェの幌が自動で開いてオープンカーになると左側の運転席から
「やあ九狂君、そんなに荷物を抱えて買い物かい?」
サングラスをかけたワトソンが声をかけてきた
「ワトソンか。別に、食料品の買い出しに出かけてただけだよ。これから学園に戻る所だ」
「奇遇だね、僕も学園に戻るところさ。良ければ乗っていくかい?君とは一度二人で話をしたかったところだ」
「・・・いいぞ?俺も一度お前と話がしたかったんだ」
「決まりだね。乗りたまえ」
そういてワトソンがドアを開けてきたので俺は冥途の渡し船にも見えるその車に乗り込んだ
乗り込むと車は走り出し、俺はワトソンに話しかけた
「ここに転校してきてどうだ?まだ半日程度だけどクラスの連中とはもう打ち解けたみたいじゃねえか?大した社交性だな?」
「貴族たるものそれくらいの社交性はあって当然だよ。尤も僕に言わせれば貴族でなくとも毎日顔を合わせるクラスメイトにすらまともに打ち解けられないようじゃそいつの器も底が知れたね」
それ、うちのリーダーに聞かせてやりたいな・・・
「それと朝は女子たちの歓声でよく聞こえなかったけどワトソンはどこの科に入ったんだ?曾爺さんに習って衛生科か?それともシャーロックに習って探偵科か?」
「強襲科と探偵科は海外で全て履修した。ここでは衛生科に入ったよ。僕は自分の技術に更なる磨きをかけにここに来たんだ」
「二学科三年分の授業を全部履修してるのか?お前随分頭いいんだな?まあ午前の一般科目の授業にもしっかりついてきてるどころか全教科の問題ことごとく正答してたからな」
「その辺りは転校する前に予習してきたからね。それに成績優秀な君が言っても嫌味にしかならないよ?」
「成績優秀っていうか東京武偵校の偏差値が果てしなく低いだけだよ。なにせあのレベルでもテストは赤点ギリギリな奴だっているんだぜ?」
「まったく嘆かわしい、武偵たるもの日々研鑽だ。どんな事でも役立つものは身に着け、得意な事は更なる磨きをかけ、苦手な事は少しでも克服できるように努力をするべきだろう?」
「その言葉そのまま聞かせてやりたい奴がすごい間近にいるよ・・・」
ほんと、うちの女嫌いで根暗昼行燈の赤点リーダーに聞かせてやりたいよ・・・
「そうだろうね。全部遠山に対して言ってるんだから」
「分かっていたか・・・ま、お前も社交性があるのは結構だが友達は選べよ?出来の悪い親友を持つと苦労が絶えないぜ?」
そう言うとワトソンは横目にこちらを見ると
「確かに苦労の絶えない日常を送っているようだね。先程からずっとそうだ。会話している間も隙が無い。もし僕が妙な動きでもしようものなら即座に押さえられるように構え。それでいて自然体に振舞っている。普段から日常的に『常在戦場』の構えでいなければとてもできない芸当だよ?」
「・・・不本意だがそれが日常になっちまったんだよ。あのバカの事もあるが・・・最近、頼みもしないのに顔も知らない色んな奴が勝手に厄介事を持ち込んでくるからな・・・実際今もそうじゃねえか」
「つまりは僕もまた厄介事を持ってきているんだと言っているのかい?」
「違うと思ってるなら記憶を少し遡ってみろ。特に今月どこかでくだらねえ猿山争い始まった日まで」
「・・・念のために言っておくが僕は君に危害を加える気は無い。極東戦役の事で警戒しているなら僕は『無所属』だ。君の敵じゃない」
「けど味方でもない。そう言う奴が一番油断できないんだよ。味方面して簡単に懐に入ってくるくせにあっさりと敵対する不穏分子でしかない。そういった不確定要素は俺としては早めに潰しておきたいところだ」
取り付く島もないと悟るとワトソンはため息をつき
「まいったね・・・君に信頼してもらうには小細工は抜きで腹を割って話すしかなさそうだ・・・」
「お前の腹?おおかたキンジからアリアを奪い取るつもりなんだろ?だからまずは外堀を埋めるために俺に接触したんだろ?さっき俺が言ったように不確定要素は潰しておくに限るからな」
そう言うとワトソンは再びため息をつくと
「本当に理解に苦しむよ・・・君ほどの男がどうして遠山なんかの下についているんだい?」
「肯定って事でいいんだな?」
「ああ、正直に話すよ。僕はアリアを遠山から引き離して奪い返す気でいる。僕はそのためにここに来たんだ。」
ワトソンが本音を告げると氷牙は
「そうか、まあ頑張れ、出来るといいな」
「・・・それだけかい?いやにあっさりしてるね?止めたりはしないのかい?」
「なんだ?止めて欲しかったのか?」
「いや、君もバスカービルの人間で遠山の親友というならこう言えば少しくらいは何か反応を見せると思っただけさ。ここまでドライな反応をするとは思わなかったけどね」
「悪いが色恋沙汰だの三角関係だのは自分のほうだけで手いっぱいなんだよ。俺もキンジほどじゃないが2人抱えてるもんでな」
「そうだったね。ウルスの巫女と神姫、君も遠山と同じく複数の女性を抱えてるんだったね」
「そんな訳で略奪愛とか三角関係とかそうゆうのは互いに内々でやってくれ。輪の外の人間まで巻き込んで人に迷惑かけるな」
「だが遠山と違うのは君はその手に抱えると決めた女性は分け隔てなく愛し守り抜くという強い決意のもとで抱える誠実さを持っている。それに比べて今日だけでも聞いた話じゃ遠山はアリアだけに飽き足らず何人もの女性を毒牙にかける女たらしで根暗で昼行燈、その上女性には敵にすら甘くして厄介事を増やす疫病神だそうじゃないか。あんな女性に対してふしだらで疫病神な男の元にいつまでもアリア置いておけるわけがない。一度は遠山のせいで恋人を無くしかけた君ならそう思う僕の気持ちがわかるんじゃないのか?」
「・・・本音を言えば確かに理解できる部分はある・・・だから?何が言いたい?」
「九狂君、僕は君を高く評価しているんだ。戦力としては勿論、愛すると決めた女性は分け隔てなく愛し守り抜くという誠実さ、そしてヒルダと相対した時の果敢さ、はっきり言って君は遠山なんかの下で燻ぶっていい男じゃない!ア「断る」・・・・・・せめて最後まで聞いてから断ってはくれないかい?」
「どうせアリアと一緒に僕たち『リバティーメイソン』の元に来いとでも言いたいんだろ?あいにくだが今の場所が気に入ってるんでな」
「無論タダとは言わない。君にはもちろん彼女達にも望むままの報酬を約束するよ?」
「それ、つい最近似たような事言ってきて俺達を殺そうとした奴がいたんだが?」
「・・・そうだったね・・・確かにそう言う事があればすぐには信用されないのは当然か・・・」
「で?お前はどうする?あいつらのように俺を排除するか?」
「まさか。僕は君に危害を加える気は無いと言っただろう。それにあいつ等よりはずっと紳士的なつもりだ。君とも地道に信用を得るところから始めるとするよ。今度一緒にホームパーティーでもどうだい?」
「だったら俺に裏方やらせろ?その方が性に合うし学祭で振舞う試作メニューを試食してくれる奴も多い方がいい」
そして会話していくうちに車は学園前に到着して停車した
「お、着いたか。送ってくれてありがとよ」
「これくらいはかまわないよ。それとさっきの話、信用する気になったらいつでも言ってくれ。少なくともアリアを奪い返すまではここにいるつもりだしね」
「生憎だが俺は鞍替えする気は無い。キンジからアリアを奪うなら好きにやれ、ただし手荒なことはするなよ?俺があの時言ったこと・・・忘れたとは言わせねえぞ?」
「出来る限りは穏便に済ませるつもりだが保証しかねるね。アリアを奪い取るためになら僕は手段を択ばない。どんな名将だって無血で何かを奪い獲るなんて不可能だからね」
「・・・ならこっちも前もって言っておくぞ?お前は『無所属』どちらでもないし一度は助けてくれた恩もあるから手は出さないだけだ。でも俺の大切なものに手を出すならそいつが誰であろうと俺にとっては敵でしかない・・・そうなったら容赦しないぞ。たとえそれが昨日の友でも、恩人でも、子供でも、女でもだ」
「―――ッ!!」
「俺はキンジと違ってあそこまで鈍感じゃないし甘くもない。それを踏まえた上で行動するんだな」
そう言うと氷牙は車を降りていった
ワトソンは依然として隙のない氷牙の背中を見送りながら
「・・・君は本当に油断ならない男だよ・・・」
そう呟くと車を走らせた