ふと思いついたFate/zeroのネタ作品   作:ふふん

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ソラウは恋愛中毒(ラブジャンキー)

 ソラウにとって、昨日一日はとても生きた心地のしない一日であった。いや、昨日だけではない。初めて恋した人、ランサーが戦場に赴くときは、いつも緊張を強いられている。

 幾度、何も出来ない自分をもどかしく思っただろうか。

 それが、自分に求められた役割だとしても。ケイネスにとっても、ランサーにとっても。彼女以外の皆がそう思っている。そして、自分の実力では、それ以外の役割はこなせない事もよく分かっていた。だから、いつも彼が戦うときは、つながったラインだけを縁に祈り続けている。

 転機は、昨日訪れた、のだと思う。そう断言できるだけの情報があった訳ではない。何がどう変わったのかというのも分からない。そう確信が持てたのは、彼女の婚約者と、愛する人がそういう態度だったからだ。だから、よく分からなくとも、そういう態度だけはとっておく。そうすれば、とりあえず、問題にはならない。少なくとも、自分が理解できていない、という点を除けば、何もおきていない。

 そして、彼女は今町を歩いていた。仲間である二人と、驚くことにもう一人と。さらに驚くべき事は、新たに加わったもう一人が先頭を歩いているという点だ。ついでに言うと、彼と一緒になってなぜ町中を歩いているのかも分からない。

 金髪で背の高い、現代の服を着こなしている男。昨日同盟関係が成立したアーチャーだった。

 恐らく、現代に一番順応しているサーヴァント。社会的な力を得ている、という意味でも。英霊と言う、一種超越した存在として見るには、卑近すぎる気がする。その存在の発する圧力だけは、彼が本物だと告げている。それでも、ランサーなどと比べれば、あまりにも『神聖さ』らしきものに違いがある。とはいえ、これは多分に乙女視点の補正がかかっているという自覚はあった。

 今、こうして歩いていること自体に不満はない。なにしろ、ランサーが具現化し、自分の隣を歩いているのだ。アーチャーが用意した現代の服は、普段と違う野性的な印象があって、また素晴らしい。素直に、惚れ直した。

 ランサーが具現化してるのは、単純にサーヴァントに対する警戒の為だ。アーチャーにも、それ以外、特にアサシンにも。特に、アサシンが健在なのであれば、霊体化していては、連れて歩いても不意を突かれかねない。とは、アーチャーの言葉だ。その言葉には、実際にランサーを具現化させておくだけの真実味があったのだろう。もっとも、ソラウにとっては隣に彼がいる、それが全てだが。婚約者の目つきが気にあるが、そこはそれ、乙女とは盲目で独善的なものである。

「アーチャー、貴様いつまでこうして町中を歩いているつもりだ?」

 普段より二回りは強い口調のケイネス。ソラウとランサーの、やり場の無い怒りをそちらに向けていた。

「慌てるな。経験からすれば、あと少しだ」

「だから、何があと少しだと言うのだ! いい加減に説明しろ!」

 どうやら、歩き回っている理由を知らなかったのは、ソラウだけでは無かったようだ。いや、あの様子だと、アーチャーしか理解していない。これも、ランサーを具現化させた理由の一つだろう。

「お前だって、俺が前々から所有していた、何が仕掛けられているかも分からない建物は嫌だろう。だから、今建物を「得ている」所だ」

 こいつは何を言っているんだ。胡乱な、どころではない。完全に馬鹿を見る目で、アーチャーを見るケイネス。ランサーもそこまであからさまでは無いが、呆れた顔をしている。それは、ソラウも全くの同意だった。それどころか、こいつは完全に頭がおかしい、と思っている。

「好きに思ってろ。そのうち理由が分かる……来たか」

 と言って、話が打ち切られる。

 いつの間にか、近くまで男が寄ってきていた。中年くらいの、東洋人らしく背の低い男。魔力の反応も無く、特に危険には見えないそいつ。なぜか感極まって、涙を流しながら震えている様は、別の意味で危険だが。そっとソラウをかばうように前に出たランサーに、胸が高鳴った。

 男はアーチャーの前まで来ると、跪く。一言二言会話をすると、何かを差し出した。アーチャーはそれを受け取って、とっとと歩き出す。男は、去るアーチャーを目で追いながら、いつまでも拝み続けていた。

 狂信者にしか見えない者の脇を通り抜けるという、今までの人生にない経験。今度狂信者に出くわした時、役に立つかもしれないが、そもそもそんな所には近づかない。ついでに、全く嬉しくない経験だ。

 誰も理解が追いつかず、しかしアーチャーだけは平然と、今受け取った何かをケイネスに押しつけた。

「お、おいアーチャー。おまえは今、何をしたのだ?」

 ランサーは戸惑いながら、しかし代表して聞く。実際、それはケイネスもソラウも聞きたいことではあった。

「何って……見てただろ?」

「いや、見て分からなかったから聞いたのだが……」

 何を言っているんだ、という口調のアーチャーに返した答えは、口ごもっていた。ふと、アーチャーは顎に手を当てて考え込む。

「献上品を受け取った。今手に入れたものだから、お前達も元々所持していた不動産よりは安心できるだろう?」

「献上品、だと?」

「そうだ。俺は何か、お前らに渡す拠点が欲しいと思った。そして誰かが献上しに来た。俺がそれを受け取り、お前らにくれてやった。それだけだ」

 いや、もっと意味が分からない。聞きたかったのは、なんで見知らぬ誰かがいきなりものを差し出しに来るか、なのだが。全く理解されなかったようだ。

 そうこうしている内に、また新しい誰かが寄ってきた。先ほどのように挙動不審ではないものの、その瞳には狂信の色が見える。

「御託はいい。もらってやるからさっさと出せ」

 と、差し出された書類は即座にケイネスに渡し、深々と下げた男の手に握られている。それを皮切りにして、一人、また一人と人が集まる。

 アーチャーは得体の知れないサーヴァントだ。正々堂々や自己流に拘る者が多い聖杯戦争で、珍しく『戦争』らしい戦術を組み立てていた。魔術師の道理に理解がある、という意味では、サーヴァント唯一ではないだろうか。能力も、飛行能力を持ち、剣を使い、使い魔のようなものを持っていたりと多彩だ。ケイネスが頭を捻って真名を割り出そうとしていたが、結局分からなかった。恐らく、自分の正体が割れるような事は、まだ何もしていないに違いない。秘匿を重視する、という意味でも、おそらくは希有だろう。サーヴァント達は総じて、真名が知られる事を重要視していない。真名を知られたところで、目立った攻略法がない、という事でもあるのだろうが。ならば、アーチャーは真名を知られれば、わかりやすい弱点も知れるのだろうか。とてもそんなタイプには思えない。隠せるものは最後まで隠す類いの人間だ。

 確かに得体は知れないのだが。ケイネスはランサーよりもアーチャーを信頼している節がある。元々、二人の間には(一方的だが)不和があったのだが。それを抜きにしても、経歴や魔術師としての技量を認め、同盟を申し込んだアーチャーがよほど琴線に触れたらしい。ソラウから見れば、えり好みの激しい派手な男でしかないのだが。

 問題は、それで切り捨てに走りかねない、という点だ。たとえアーチャーでなくとも、理解のあるサーヴァントの方がやりやすいのは当然だろう。だが、それと感情とは話が別。むしろ女は感情に生きる者である。ランサーの切り捨てなど、何をしてもさせるつもりはない。そもそも、敵サーヴァントをあっさり信じるケイネスがおかしいのだ。

 五、六人ほどから献上品を受け取ったアーチャー。貰ったものは全てケイネスの手の中にある。

 信者だか家来だか、よく分からない連中を追い払って振り向く。

「そこらの権利書は、正式に届け出なければお前のものにはならんけど、警察やらを追い払うのには役に立つ。全部本物だから、向こうも文句のいいようがない。あと、賄賂を渡す場合は気をつけろ。警察の下っ端などに渡しても意味は無い、というか逆効果だ。渡すなら、上層部に秘密裏で、だ。つてがないなら渡りをつけてやる」

「ちょっといいかしら?」

「何だ、ええと……」

「ソラウよ、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」

「ソフィアリと呼んでも?」

「それで構わないわ」

 見知らぬ男に名前で呼ばれて喜ぶ趣味はないため、了解した。彼女が声をかけた理由は単純だ。まだケイネスがフリーズしているからと、敵愾心が、気後れする事を許さなかったから。たとえ無意味だとしても、自分が優位であるという安心感を得たかった。

「その、権利書? はどういう事なの?」

 アーチャーが、あからさまに眉をしかめる。何度言わせるつもりだ。表情が語っていた。

「だから、この中から、好みの拠点を選べって事だ。さっきも言ったが、俺が何かしてるかも知れない拠点は嫌だろう。だから、今貰ったばかりの中から、好きなのを選べと言ってる。分かりやすいだろ」

「いえ、そうじゃなくて……」

 それは聞いた。理解もしている。なにより、同盟条件の一つに、新たな拠点の手配があるのだ。その場所を掲示されるのは当然だし、複数箇所から選ぶのも分からなく無い。

 当たり前に意味不明なのは、それの獲得手段なのだ。町を歩いていた、話しかけられた、拠点を手に入れた。どう理解したら、まっとうな反応ができるようになると言うのか。子供向けの絵本でも、こんな理解しがたい展開は無い。

「私が聞きたいのは、何で、見ず知らずの誰かが貴方にそれを持ってくるのか、という事なのよ」

 軽い疼痛を感じ、指先で額を支える。そう言えば、とアーチャーは顔を明るくした。本気で分からなかったようだ。

「黄金律」

「え?」

「だから、黄金律だ。スキルの」

「……は?」

 確かに、黄金律という保有スキルを、Aランクで所持しているのは知っている。それが、これを起こしたとでも言うのだろうか? そんな話があるか、と脳裏で反論する。しかし、そんな事に何の意味があると言うのか。どうせ、どう説明されても納得できないのには変わらない。ならば、口に出さない程度でどう罵っても、影響はないし意味も無い。

 しかし、釈然としないものだけは、確実に心の中に残る。少し手を伸ばして、隣にいるランサーの服を掴んだ。

「ね、ねえ、ランサー。スキルにそういう事って、あるのかしら……?」

「申し訳ありません、ソラウ様。俺も、このようなスキルを持つのは奴しか見たことがないので何とも」

 申し訳なさそうな、と言うよりは同じように呆然としている。それくらい反則的な力だった。

 相変わらず、細かい事は気にしない様子のアーチャー。また町中を歩けば、それだけで財産を持ち寄る人が出てきた。

 たちの悪い冗談のような光景を目にしながら。とりあえず、廃墟生活に嫌気がさしていたソラウは、アーチャーが味方でよかったと思うことにした。

 

 

 

 とりあえずランサー陣営を味方に引っ張り込めた。これで一安心である。

 最善はあの城で、マスター三人を仕留める事だったが、失敗したなら仕方ない。まさか間桐雁夜の反応速度があそこまで高いとは思わなかった。いや、出来ることが少ないからの反応速度なのか。何にしても、奴を追い詰めすぎれば、食らわなくていいダメージを負いそうだ。

 なぜ、同盟に彼らを選んだのかは理由がある。ぶっちゃけ他の陣営が役立たずだったというだけだが。言峰は、変に覚醒されても嫌だし、アサシンは必要ない。時臣と関わって面倒があるのも嫌だった。ウェイバーは言わずもがな。あのライダーが人の話を聞いて動くとは思えない上に、余計なことすらしそうである。同盟相手として、これほど不適切な相手もなかなかいない。キャスター組はもっと論外なので、ここしか残っていなかったのだ。

 それに、彼らは能力だけで見ると、実に優秀である。ケイネスが優秀な魔術師である事は言うまでも無い。切嗣の驚異を知った以上、己が出向くこともあるまい。戦闘はサーヴァントに任せるはずだ。

 ランサーも、保有スキルやステータス自体は大した事がない。しかし、今聖杯戦争に限れば地味に強キャラだ。黄槍は聖剣を封じ、紅槍は騎士は徒手にて死せずと戦車の雷撃を気にせず行動させ、螺湮城教本の機能を停止させる。半数以上に有利な行動が取れるのだ、それで勝てるかは別にしても。同時に、俺は彼の宝具を恐れる必要が無い、というのもいい。筋力と魔力以外のステータスは飾りだからな。

 とにかく、不仲でなければ最有力の優勝候補ではある。

 味方にするのは、とても簡単だった。プライドの高い奴は、そのプライドを刺激してやればいい。下に見られぬよう居丈高な態度でも、評価が底辺の同種が近くにいれば、相対的に良く見えるものだ。

 俺にリスクの無い方法で仲間に出来た、というのもいい。くれてやった情報も拠点も、元手はゼロだ。俺の情報がないのなら、痛むものは何もない。むしろ、向こうから共同でサーヴァント討伐を打診してくれれば万々歳。

 ちなみに、セイバーとの戦闘が有利だみたいに言ったが、全くそんなことは思っていない。確かにステータスの上では大差がなくなるだろう。しかし、スキルの差は大きいのだ。魔力放出は俊敏と筋力を瞬間的に倍加できるし、直感はランサーの真眼を上回るA。普通に地力で上回っている。

 まあ、彼が普通に勝ってくれればそれで問題なし。負けたとしても、俺がバーサーカーを仕留めるまで持っていればいい。楽なものだ。

 セイバー陣営とバーサーカー陣営の同盟で一瞬戸惑ったが、これで少し余裕ができた。懐が広くもなる。

「どうしたんだ、早く選べ。ああ、別に複数使っても構わんぞ。予備は必要だろうしな」

「そ、そうか……」

 未だに俺の黄金律効果から立ち直っていないケイネス達。気持ちはすごく分かる。俺も最初はそうだった。

 しかし、慣れとは恐ろしいもので。道を歩く度に献上品を持ち寄ってこられても、普通に対処できるようになっている。今回に限れば、そういう姿を見せることで、一つ精神的な優位すら作れた。……まあ、自分でやっておいて、違和感が大きかったが。

 用事は全て済ませた。ケイネス達も、これから選んだ拠点に向かっての工房化が忙しいだろう。これで今日は解散か、と思った時だ。桜から、ラインを通じて連絡があったのは。

『来た』

 ラインを通じた念話まで、抑揚がなく感情の薄いものだった。しかも短すぎる。しかし、それで問題は無い。最初から、連絡が来る時のパターンを話し合っていたのだから。

 やっと、運が向いてきたか。ひっそりと口元を歪める。早朝に桜を起こし、見ていて貰った甲斐があった。

『予定通りの場所だな』

『そうです。……子供をたくさん、連れてます』

『分かった。もう監視はやめていいぞ。あと、これ以上そこは絶対見るな。チャンネルの別の場所に当てておけ』

 事前に言っておいたが、もう一度注意をして念話を切断。そして、後ろを振り向いた。

「キャスターを見つけた」

 唐突な俺の言葉に、唖然とするケイネス。しかし、彼もまた優秀な魔術師であり。一拍おいて見せた表情は、すぐに冷徹なそれに変わっていた。

「今新たな拠点に帰ったところだ。俺はこれから強襲を仕掛ける。お前達はどうする? 拠点に帰って防衛網を敷いてもいい」

 と言っておくが、それを選択しないだろうと確信していた。ここで勝てば、切り札たる令呪が一つ手に入る。なにより、

「行くに決まっているだろう……! 魔術をおもちゃか何かと勘違いしている連中に、真の魔道とは如何なるものか、身をもって教えてやる! ランサー、準備をしろ。ソラウ、済まないが一緒に来てくれ。君を一人にして、アサシンに狙わせる訳にもいかない」

「了解しました、我が主よ!」

「ええ、分かったわ。手に持ってるものを渡してちょうだい」

 一度方針を決めれば、迷い無く達成にするために動けるチーム。これで修羅場さえなければ、本当にいい人たちなのだが。

 和んでいられるのもこれまでだ。俺も、自分を叱咤し、油断を切り捨てる。

「急ぐぞ。子供が何人も連れられていた。おそらくは、生け贄のためだろう」

「なんだと? それを早く言え! アーチャー、貴様の飛行機は、これだけの人数を乗せられるか?」

「大丈夫だけど、隠蔽ができん」

「それは私が請け負ってやろう。急いでいるのだ、早くしろ」

 是非も無い。彼らに王の財宝を隠す意味も薄れており、二つ返事で了解した。殆ど異界と化した空間、その鍵を開ける。目に見えず、感じずとも底にある扉から、巨大な飛行機が出てきた。

 四人全員(ランサーも念のため霊体化しなかった)でそれに乗り、現場へと急行。一瞬で入り口である、巨大な下水口へとたどり着いた。ソラウが凄く嫌そうな顔をしているが、こちらも考慮も配慮もする余裕は無い。無言で内部へと、足を踏み入れた。

 しばらく進んで、前方に違和感を感じた。ランサーも同じらしく、足が鈍る。

「待て、アーチャー、ランサー。そこに結界が敷いてある」

 幾ばくか遅れて来たケイネスが、警告を飛ばした。

 前に進んで、しばらく結界を調査する。何度か呪文を唱えた後、チッ、と舌打ちが聞こえた。

「魔術の程度はたいしたことがない。しかし、力任せで気付かれず解除するのは難しいか。アーチャー、お前はキャスターに気付かれず、結界の内側に入る手段があるか?」

「無茶を言うな。俺のやり方は、全て派手なんだ。気付かれぬよう大人しく、というのに向いていない。ついでに言うと、魔術の専門家であるお前に出来ない事は、俺にもできん」

 宝具の山を上手く運用すれば、確かに何でもできる。が、それはあくまで、結果的に上手くいかせられる、という話でしかない。

 例えば一番最初の時。俺は時臣との契約を切り、令呪も欲した。契約の遮断は簡単だ。ルールブレイカーのような、契約に関する伝承というのは、世界中にある。つまり、それだけ契約破棄の手段があると言うこと。

 しかし、令呪の奪還は上手くいかなかった。一つは、これが魔術的手段であること。一つは、それ自体は契約魔術ではなかったという事。一つは、最高峰の術式であったという事。最後に、それは聖杯によって、サーヴァントからの干渉をはね除ける保護があったという事。これらによって、令呪を全て奪いきれなかったのだ。逆に言えば、それでも奪えた宝具がすごい、とも言えるが。

 とにかく、俺は魔術に対して、力業的な手段しか持ち合わせていない。手段を問わず、結界を壊せ、というのならば簡単だ。しかし、術者に気付かれぬよう解除しろ、というのは不可能だ。

「仕方が無い。ランサー、やれ」

「はっ!」

 返事と同時に、紅槍が振るわれる。それだけで、今まで感じていた違和感の全てが吹き飛んだ。これで、侵入者が来たと知られたが、しかし結界もすぐには再構築できないだろう。下手に仕掛ける猶予を残しておくよりは、遙かにいい。

 結界の崩壊を確認し、俺とランサーは同時に走り出した。キャスターに、海魔を召喚させる余裕を与えず、子供に手を出させないか。速度がそれを決める。

 しかし、俺たちがサーヴァントであるように、キャスターもサーヴァント。単純な動作速度ならいざ知らず、判断速度でそう大きな遅れを取るはずが無い。大した数では無いが、海魔が地に出来た闇の渦から、顔を覗かせている。

「飛べ! 子供を確保、できればマスターを仕留めろ!」

「承知した!」

 宝物庫から、剣を一本取り出す。それを横薙ぎにするより早く、先行していた青い影は上へと跳ね、天井を走る。

 振るわれた剣先から、一筋の赤光が走った。それは剣筋の通りに真っ直ぐ飛翔し、半ばまで生まれていた海魔の頭に突き刺さる。着弾と同時に、火炎が爆ぜた。火の勢いこそ、余波で海魔を焼くには足りないが、爆風は吹き飛ばすに十分。先頭で壁になっていた魔物はそれだけで消え、隠れかけていたキャスターの姿を露わにする。

 この宝具は、振れば炎が溢れるという伝承を持った、常時発動型の宝具だ。これだけ聞くと恐ろしく強力に聞こえるが、実際はそうでもない。付与効果が派手なものの、威力は見た目ほどではなく。その上、これは魔術効果という扱いなのだ。対魔力ランクがBあれば、余裕をもって防げてしまう。射程距離もそう長くない。

 サーヴァント戦だと微妙な効果だが、今の状況ではこの上ない力を発揮する。ランサーの対魔力ランクはBだ。その上、魔術に対する絶対的優位を持った『破魔の紅薔薇』を所持している。つまり、剣をむちゃくちゃに振り回しても、子供達には傷一つつかない。

「おのええぇぇぇ! この匹夫どもめがああぁぁぁぁ!」

「黙れ外道め! さらに罪の無い子供達を生け贄にするとは……どこまで堕ち果てているのだ!」

 爆炎の奥から、地獄から絞り出したような声が聞こえる。同時に、ランサーの悲鳴のような声も。

 いくらか遅れて、その場にたどり着き。俺も子供をかばう位置に立つと、再び青い弾丸が疾走した。その背中から、巻き込むのも気にせず灼熱の光線を山ほど浴びせる。ランサーに触れたものだけはその対魔力に消え去り、残りは海魔の防衛網をずたずたに焼き尽くす。密度のなくなった壁など、彼にしてみればないも同然だ。

 容易くくぐり抜けたランサーが、キャスターに肉薄する。気づき、後退しようとしていたが、しかし早さの差は歴然だった。

「ジャンヌよ……!」

「貴様の凶行もこれで……終わりだ!」

 盾にされた宝具、螺湮城教本。しかし、十分に助走をつけた紅槍の前には、その程度の防御、無いも同然であり。禍々しさを発する本ごと、キャスターの首は宙に舞っていた。

 どさり、というのは、主なき体が地面に転がった音。その後には、音は何も響かなかった。地面にたどり着く前に、光の粒になって消滅する。外道を貫いた槍を一度振り払い、残心を残す姿は、正しく誰もが思い浮かべる英雄のそれであろう。

「だ、旦那あ!」

「貴様はもうしゃべるな」

 意識をしたわけでは無い。声を聞いた瞬間、足は勝手に雨竜龍之介と思わしき男に突き刺さっていた。地面と水平に軽々と飛ぶそれ、壁に激突すると、ぐちゃり、という嫌な音を上げて墜落し、それ以来動かなくなった。死んだかもしれないし、死んでいないかもしれない。どちらであっても、どうでもいい。少なくとも。

 背後、つまり守っていた子供達を見る。そこには、恐怖に顔を引きつらせた子供、手足を失って、しかし痛みに口を開くこともできずにいたり。酷いものは、すでに何かを感じることもできないほど、壊されている子もいた。

 胸くそ悪い光景だった。最悪の気分だ。こんな気分は、桜を見つけた時に、怒りにまかせて周囲を焼き尽くして以来だった。

「どうだ?」

「はっ、キャスターのサーヴァントは討ち取りました。しかし……」

 ランサーが泣きそうな顔になりながら、子供達を見た。五体を傷つけられていない子供ですら、あまりの残虐性に正気を失っている。

 魔術師である以上、人を害する事もあるだろう。いや、人をただの、魔術を研究するための道具にすらする。しかし、それでも。言い訳をするならば、人を傷つけるのが好きなわけではないのだろう。ケイネスの顔には、隠しきれぬ嫌悪感があり。ソラウなど、あまりの惨状に口元を押さえている。

「治療は俺がする。後の処理は任せられるか?」

「構わん。元々魔術師の仕事だ。しかし……」

 その続きを。ケイネスは言わなかったのか、言えなかったのか。

 たとえ記憶を操作しても、経験というのはそう無くなってくれない。強烈なものであればなおさら。

 自分の体を、生きながらおもちゃにされた子供達。傷を癒やして、そうされた記憶も失って。それで日常に帰れるだろうと言うのは、楽観に過ぎた。彼ら、彼女らは、すでに一度深淵を見てしまったのだ。見た以上、それらの気配に敏感になり、見つける度に無いはずの記憶が蘇り……ある日突然、許容量を超える。その時が、その子の人生最後の瞬間だ。

 それでも、俺たちにはもう、祈ることしかできない。せめて残りの人生、どうか思い出さぬようにと。

 治療と記憶操作を完了し、眠りに陥る子供達。あとはこの子達を適当な場所で解放すれば、この件は終わりだ。そう思っていた。

 入ってきた方向、大きな通路から、轟音がなり響く。嘶きと、何かが擦れ合う音と、そして雷鳴。

 馬鹿な、と思わず歯がみする。なぜこのタイミングでライダーが。

 悠長に考えている暇など無く、雷撃は室内までをも貫き。そして、現れる戦車から、巨躯を誇って腕を組む、英雄が一人。

「ほっほう、アーチャーの奴を見つけたとおもったが、ランサーもおったか。こりゃあ運がいいわい」

 その不敵な笑いには、一筋の曇りも見えなく。嘗て大王と呼ばれた新たな勢力が、その場に現れた。


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