夜の空気を切り裂くように、ランサーは走った。
開かれた戦端、それは予想より早ければ、相手も想定していたものと違う。結果的に、裏をかきつつ、裏をかかれた状態になった訳だが……不謹慎ではあったが、ランサーはそれを同時に喜んでもいた。実際、自分の相手がセイバーだと言うのは、とても気合いが入る。どこの誰かも分からぬ魔術師などよりはよほど。
それに、状況を聞く限りアーチャーは不利であった。遠距離攻撃を得手としている者が接近されれば、そうなって当然なのだが。
つまり、ランサーには、可能な限り早くセイバーを打倒してアーチャーを助ける、という役割もあった。全く持って、難易度の高い現状。しかし、だからこそランサーは滾っていた。
もたらされた情報によると、彼のマスター達の位置は、襲撃方向から真っ直ぐ。まあ、これは改めて確認するまでもない。地面には、足跡と言うには派手すぎる跡が、しっかりと残っていたのだから。
跡を追った先には、車が一台止まっていた。が、当然そこに人影はなく、また気配も無い。
恐らく、理由は二つ。バーサーカーを制御するには、なるべく近い方がいいという点。そしてもう一つは、襲撃失敗に対するカウンターから、身を隠しているのだろう。
隠れられる場所は、多くない。せいぜいが、ガードレールを乗り越えた先にある、閑散と木の生えたなだらかな丘。そこを集中して見れば、二人の女と、一人の男。女が障害物に隠れながら、下ろうとしていた。
その中に最低でも一人、マスターが居る。
全力で走れば、その中の一人くらいは切り捨てられただろう。だが……と、不適に笑みを浮かべながら、丘の麓を見る。極めて不自然に作られた道、それを逆流するように、砂塵が舞っていた。
「やはり、来るか」
マスターらしき相手を切るのに集中していれば、背後から両断されていた。アーチャーが二人の足止めをしなかった以上、それは無理な話だ。
可能であったのなら、戦略的にはマスターに集中攻撃の方が正しいのだろう。だが、元より気乗りのしない作戦。加えて不可能になったとなれば、否やは無い。むしろ望みの展開だった。
セイバーがマスター達にたどり着いたのと、ランサーが空高く飛び、セイバーに紅槍の一撃を見舞ったのは同時だった。
触れあう刃と刃。風の宝具に触れたらしく、一瞬だけ周囲に吹き荒れる烈風。それもすぐに収まり、そしてランサーは宙で上手く姿勢を取りながら、音も立てずに着地した。
超反応にも、剣筋にも陰りが無い。半ば奇襲じみた一撃に容易く対応し、その上押し返してさえ見せた。これを喜ばずには居られない。
ランサーに意識のほぼ全てを集中しながらも、背後に声をかけるセイバー。
「アイリスフィール、無事でしたか」
「え……ええ、私たちは何ともないわ。セイバーが来たのと、ランサーが来たのは同時だったし」
「良かった。カリヤ、そちらはどうです?」
「う……くっ、ダメだ。アーチャーの癖に、想像よりも接近戦が強い。こっちが有利なのは変わらなが、攻めきれなければいつか必ず逆転される」
「十分です」
それだけ言い終わると、セイバーは改めて構え直した。
「早く下に……」
「逆だ。俺たちは上に戻らなければならない」
「すでに見つかってしまいました。なら、隠れながら下るよりも、車に乗って一刻も早く離脱すべきです。マダム、行きましょう」
下る時同様、女の主導で戻っていき、手早く車に乗り込み。テールライトの尾を引かせながら、車が去って行った。
そして、その場に残ったのは。風の静寂と、僅かに届く街灯の光。そして、剣呑な空気。
「待っていてくれたか」
「それを惜しむほど急いでもいないのでな。それで、もう憂いはないか?」
「ああ、十分だ」
いよいよと、周囲の空気が異界と思わせるまでに歪む。
セイバーとランサー。聖杯戦争の中でも、接近戦に特化した二つのクラス。この組み合わせ以外で、触れただけで死にそうな闘意の空間は現れない。それほどに、戦い方のかみ合った――かみ合いすぎた二人だ。
「ランサー、私は謝罪を……」
「そこまでだ」
戦意を保ちながらも、申し訳なさそうに開くセイバーの口。それをすぐさま遮る。
「私こそが、最初に剣を交えた相手がお前で、少し思い違いをしていた。これが名誉ある戦であると同時に、軽々と人の命が消えかねぬものであると。どうやら、付き合わせてしまったようだな」
「何を言う。私とて、貴殿との剣戟を心地よく思っていた。それを言うのであれば、私にも罪がある。だが」
セイバーがにんまりと笑った。純粋な闘気が跳ね上がる。
開戦を、全身が予感する。
「いいのか? 結局、このように決闘の形になっているぞ?」
「ならば、答えは一つしかあるまい」
あまりにも大きく、強靱なそれは、明らかに初めて剣を合わせたときよりも大きい。だが、それで負ける事などはありえない。呼応するように闘気を上げて、槍の戦端にまで神経を通わせた。
「一対一の型こそが、俺の一番強い戦場なのだ。セイバーよ、せっかくこの場に立ったのだ。フィアナ騎士団一の槍捌き、存分に味わうがいい!」
「それは一国を支える我が一撃に耐えられればの話だ、ランサー!」
絶叫と同時に、地面が爆砕する。人にはどう足掻いても捕らえられない、神話の領域の速度。どれほどの書物を紐解こうと、絶対に見ることが出来なかった『完成形』同士の戦い。それが、誰にも知られず、見届ける者はなく、しかし何よりも苛烈に火ぶたが切られる。
はじめの一合は、以外にも両者の中間点だった。甲高い音が周囲を突き刺し、刹那の瞬間だけ、その場が明るくなる。二本の槍と、一本の剣。計三本の獲物が交わりながら、しかし拮抗は一瞬。セイバーが体を無理矢理前に出すと、青い影は軽く吹き飛ばされた。
この結果に最も驚いたのは、言うまでも無くランサーだ。最速と名高いランサーのクラスを持つディルムッド。彼自身にも自負があった。
勢いの分で互角に持ち込める、ランサーはそう思っていたのだが。しかし、セイバーが全く劣らぬ速度で迫ったことにより、それは破綻する。少なくとも直線を疾駆する速度において、セイバーは最速と張り合える領域にいるのだ。
(面白い、そうでなくては!)
己の最も信頼する部分で勝れない。しかし、それこそがディルムッド・オディナの求めた戦場であり。彼の求めた敵なのだ。
宙に浮いて、身動きの取れないランサー。追撃を掛けるべくセイバーが、ただの一歩で全ての距離を塗りつぶす、今度のそれは、速度を重視したものではなかった。純粋すぎるほど威力を追求した、鉄槌のような一撃、
まともに受ければ、槍が折れる。ランサーがディルムッドとして幾千超えた戦場、幾百超えた死線で培った経験、それが告げていた。避けることはできない。受けるのも不可能。無慈悲な一撃を前に、取れる手段などない。それが、ディルムッド以外であれば、の話だが。
紅槍に軽く指を絡める。決して、力を入れすぎたりはしない。欲しいのは柔軟性だ。
迫り来る剣の進行方向に並列して、槍を走らせる。あくまで柔らかく剣に合流した槍は、その勢いを上手く調整して見せた。同時に、反発力を利用して体をずらす。剣の軌道が変わった分で半分、そして体が流れた分で半分。双方を合計して、体一つ分の変化。ランサーの体を二つに分けて然るべきだったそれは、体のすぐ横で空を切るに終わった。
伸ばした左足が、地面に付いた。地面に接触できれば、それを中心に力の伝達ができる。
人間の体は、便利であり不便だ。関節は稼働方向を限定し、筋肉は利用熱量を制限する。しかし、それは逆に、関節と筋肉が許す限り、どんな行動も起こせるという意味でもあった。
つま先が地面に食い込む。足が伸びていても、ひねりは加えられる。踵を外側に滑らせれば、膝は内側に向く。ねじりが生まれたことで、横腹に幾ばくかの余裕が生まれた。横腹に余裕が生まれれば、広背筋に熱量を生み出す機会が与えられ、それが腕部と完璧に連動すれば、十分な威力とならなくとも、鎧の隙間から人体を串刺しにするのに十分な威力を与えられる。
黄色の切っ先が腰上部、筋肉が薄く骨も無い部分を貫こうと牙を剥く。強撃の終了する瞬間を狙われ、しかも剣を槍で押さえられているセイバーに、対応する手段は限られている。
自分でも絶賛できるタイミングでの攻撃。しかし、それを貰おうとしているセイバーの顔に、欠片の焦りも見えなかった。
無理に槍を弾こうとせず、むしろ流れに任せるように脱力。それに併せて、腰を捻ってしまえば。穂先は簡単に、腰のプレートの上を滑った。
対処を一つずつ確実に。まずはカウンターを処理し、続いて絡まる槍を外す。自由になった剣を横に一閃。尋常な相手であれば、それだけで終わっているであろう。
ランサーを吹き飛ばした一撃と、その後の無慈悲な超級の剣。流れるような連携を見せるセイバーを指して、最優の名を疑う者はいまい。しかし――それに対峙するランサーとて、正しく英雄。外に向いていた踵を正面に戻し、さらに指先に力を込める。筋肉内で生まれた力を関節の方向で制御し、今度は後方に移動する原動力にする。
本来、ランサーの腹を、半ばまで切り裂いていてもおかしくなかった一撃。剣の先端は軽く服を擦るだけで終わり、むなしく通過していく。
しかし、それすら予想していたのだろう。セイバーはさらに、間合いを詰めていた。通過した剣に会わせて、体のひねりは終えている。出足が着地するのと同時、切り上げるように不明の刃が走った。狙うは、足。
踏み込みも、剣速も、ランサーのそれに並ぶ超高速。しかし、彼女が持ちうる全ての速度が、ランサーに匹敵する訳では決して無いのだ。
浮かされた体は、十分に落ちている。つまり、もう変則的な体術を利用して、攻撃と回避を行う必要は無い。太もも、膝、ふくらはぎ、踵、つま先。それらの全てが正しく連動するのならば、しっかりと力を入れる必要などない。
それは、ランサーにしてみれば、横方向に軽くステップしただけ。上半身を殆ど動かさない、高速移動術。しかしセイバーにとっては、かき消えた様に見えていてもおかしくない。ましてや攻撃動作の途中でそれをされてしまえば、効果は絶大だ。敵を見失った戸惑いと、技後硬直。これを隙と言わずして、何を隙と言うのか。
回避の置き土産とばかりに、黄槍を走らせる。背面から頸椎を狙う、えげつない一撃だ。
セイバーには、何も見えていなかったであろう。己が放った剣の軌道と、変哲も無い雑草、あとはしみこむような暗い闇。せいぜいその程度であり、少なくとも攻撃に関するものは何も視界に入らない。
それが直感であったのか、それとも予想していたのか。ランサーに知る術は無い。だが、確実なのは。セイバーは右手を剣から離し、首を僅かに傾げる。そして、命を断たんと迫る槍頭を、手甲で受け止めた。
(姿を見失った敵に、完全に死角から迫る攻撃に、これほど完璧な対処ができるものなのか!)
侮っていた訳では無い。油断も慢心もない。今のところ、体は万全に動いている。しかし、それでもセイバーに顔色一つ変えさせる事ができない。
気力の充実しきったアーサー王とは、これほどのものなのか!
これ以上の追撃はならないだろう。むしろ、中途半端な攻撃はセイバーの利になる。ランサーは間合いを開けて、仕切り直しをした。
幾度か剣を合わせて気がついた。今のセイバーに正面から挑んでも、押しつぶされてしまうだろう。筋力のランク一つ分が、重くのしかかっている。その上、セイバーはまだ魔力放出技能を全力で使用していない。正確に言えば、剣での魔力放出には、威力に差をつけていると言うべきか。剣の振りが同じでも、魔力放出の分だけ威力に差が出る。常に同じ調子で受けていると、一発で押し切られるだろう。
元より、ランサーは二槍で攪乱し、手数で勝負しなければいけない。両手に違う武器を持っている彼では、両手で一つの武器を持ち、さらにランク一つ上の筋力を持つ相手とは、勝負にならない。そして、正面からぶつかり合うのに、最も必要なのは、残念ながら相手をねじ伏せる力だ。
状況は、全く持ってランサーに有利と言い難い。しかし、正面からぶつかるだけが戦いではないのだ。
「セイバーよ、前回の戦いは、お前の有利な戦場であった」
周囲を見回す。しっかりと暗くなっている周囲は、ある程度進んでしまえば見通しが付かなくなる。
つまり、点々と生える木以外に、障害物はない。
「だが、今回の戦場は俺に有利だ。活用させて貰うぞ」
「やってみるがいい。その全てを受け止めてやる」
どこまでも不適な返答に笑みを浮かべて、ランサーの体が静かに弾けた。しかし、それは前方にではない。横にだ。
確かに、セイバーの動きは速い。だが、それは魔力放出を利用し、一方向に無理矢理ブーストした結果だ。連続して、しかも別方向に使うには、体勢を崩すリスクが高い。仮に可能としても、ランサーの柔軟で縦横無尽な動きには、全く追いつけるかと言われれば。
ランサーが足が、地から離れる。それだけで彼の体は、弾丸より早く獣よりしなやかになり、獲物を狙う狩人となった。
惑うセイバーの左後方から。紅槍二つ、黄槍一つの、神速三連突き。体をねじり、剣で弾いて二つ。しかし最後の一つは、完璧に躱しきれなかった。鋭く疾駆する刃が、セイバーの二の腕を僅かに削る。追いかけるようなカウンターが放たれたが、所詮は苦し紛れ。回避に労力など必要とせず、簡単に回避し、再び身を神速の領域に溶け込ませた。
この攻防、ランサーに誇れる程の戦果はない。しかし、意味はとても大きかった。なぜならば、トップスピードを維持すれば、セイバーにすら対応できないと証明されたのだ。
しかし、この速度にすらそう遠からず対応してくる。速い、という事など、所詮は力強いと同様、一要素に過ぎない。
(驕るなよ)
自分を戒める。速度などというものは、所詮は才能。持ちうる素質が、努力はあれど、勝手に伸びただけのものだ。真に頼るべきは、血と栄光に彩られた、戦闘技術そのものなのだ。それこそ、あのライダーやアーチャーすらが、驚異と見なしたものである。いくらステータスに恵まれようと、持ちうる技術には及ばない。
そして、バーサーカーを除外すれば。セイバーはランサーのそれに対抗できる、唯一のサーヴァントだった。
圧倒的な膂力に対応して見せた。ならば、騎士王ともあろう者が、同様の事をできぬ筈が無い。幾度も交えた剣から、それを感じ取る。
ランサーの踏み込みは、恐ろしく静かで、そして鋭い。他の者では不可能な、もはや芸術の域にまで到達した戦闘軌道。赤い軌跡を残して走る紅槍は、地面すれすれを走り右足を狙った。
闘気を察知し、即座に反応を見せるセイバー。しかし、動きは僅か一瞬なれど、確実に遅かった。彼女の構えは――それが故郷での一般的なものかどうかは知らないが――右足を前に出し、両手で剣を構えるもの。西洋剣術と言うよりも、東洋日本の「ケンドー」を連想させるそれ。どんな構えにも、必ず弱い部分と言うのは存在し、この構えにとっては右側からの強襲だった。
振った槍は、足の裏を素通りする。足を上げて回避された。続く二つ目は、黄槍で腕の鎧に守られぬ部分を狙う。だが、これも当然のように、篭手に阻まれた。しかし、腕の余裕を防御の為に使ってしまった以上、剣での反撃は不可能。これで攻撃防御回避、全てを封じることができた。
紅槍で防御を抜き、黄槍で回復の阻害。致命傷たりうる連携は、自分でも称賛出来る程の超高速を誇った。左腕に続いて、右脇。喰らってしまえば、全ての戦闘行動に障害が残る。
(こんなものかセイバー!)
上手くいきすぎている攻勢。怒りに近い声を上げながら、セイバーを睨もうと顔を上げ……その強靱な瞳の光に、彼の経験が警報を鳴らした。
セイバーの体が、前触れも無く飛んできた。足を動かす気配は感じられなかったが――しかし、彼女には魔力放出がある。筋力でも魔力でも、推力として機能するのであればどちらも変わらない。いや、それよりも驚嘆すべきは、彼女の安定感だろうか。バランス感覚という意味では、ランサーに軍配が上がるのだが。不安定な状態にも関わらず、急な制動を行っても真っ直ぐ飛べるとは。
急速に接近してくる体。まだ半ばまでしか突き出されていない槍は、当然目標地点には届かない。柄で外側に弾かれ、鎧は元のまま。黄槍には、それを抜くほどの威力はない。
攻撃に失敗した双腕は、今更別の動作に対応してはくれなかった。いや、それ以上に、無意味だ。セイバーはランサーの間合いを割り開いた。このタイミングでは、せいぜい攻撃を覚悟する事くらいしかできなかった。
歯を食いしばる。密着しそうな程に顔が接近するが、その前に、胸板と肘が痛烈な接触を果たした。
吹き飛ばされながら、みしりと鳴る肋骨を自覚する。折れてはいまい。だが、まともだとも言えない状態。
痛みに顔を歪めている余裕はなかった。セイバーの追撃は苛烈であり、容赦が無い。ランサーの体に、受け流しようのない一閃が迫る。
元々、筋力値が違う。その上に、ランサーは二本の獲物を操っているのだ。両手武器を持った相手が、全力の一撃を見舞ってきた場合、受ければその先に待つのは死のみ。
しかし――戦場は、やはりランサーに有利だった。
飛ばされた先、そこには一本の木が生えている。高さ三メートルに届かないような、貧弱なそれ。しかし、柔和な足腰を持つランサーが足場にするに、十分すぎる強度だ。
着地、そして身を捻る。黄槍を剣への盾にして受け止め、激しい火花を散らせ……しかし、折れない。剣の威力にねじりは加速され、そしてついに、体に触れること無く通過した。
驚嘆を浮かべる、セイバーの顔。必殺の一撃は、転機により空を切った。
肘のお返しだ、とばかりに突き出される紅槍。狙いも定まらず、鎖骨近くをえぐるだけに終わる。
木を跳ねて、仕切り直しを望む。着地する頃には、セイバーも同様に、身をひき距離を取っていた。
「分かるだろう、セイバー」
振り払った紅槍から、血が散る。
マスター不在の現状では、回復手は存在しない。
互いに抱える事になったダメージ。しかし意味合いは大きく異なる。ランサーが小さくとも二つ、槍を届かせているのに対し。セイバーの剣はまだ届いていないのだ。
「以前の戦場は、お前に有利だった。だが、今回場を生かさせて貰うのは俺だ」
側面に並ぶコンテナ――つまり直線移動以外を大きく制限された戦場。そこは、力と装甲を生かせるセイバーにとって、うってつけの戦場だった。駆け引きによって黄槍を命中させたのでなければ、まず間違いなく負傷を負わせられなかった。
だが、ここは違う。俊足を妨害するものは、何一つ存在しない。点在する障害物も、ランサーのバランス感覚を生かすのに一役買っている。
今度攻めきれなくなるのは、セイバーの番だ。
だが、
「その程度で――」
右頬の隣で、突きの型に構えられる剣。己の最速でもなお届かぬ。ならば、より速くを。シンプルすぎるほどシンプルな回答。
「私をなんとかできると思っていたか?」
「く――くく。いいや、全く。それでこそ、俺の見込んだ戦士だ」
戦場は自分好み、出だしの先手を奪えたと、完全優位な状況ですら肘を貰った。それに、ダメージを永続させられる黄槍は、まだ一撃も加えていない。
肋骨を中心に響く胸の高鳴りは、意識せずともそのまま戦意に変わる。向けられる切っ先に集中して、真っ直ぐ頭を狙っていたそれが瞬間、揺らいだ。
動く。セイバーの足下で、地面が粉砕した。
同時に、ランサーも槍を突き出す。己の最も信ずべきものは技量。それを知るからこそ、超高速の世界の比べあいで、負けるつもりにはなれなかった。一秒が刹那よりも短くなる世界。速度に信条を置いているからこそ、そこで勝負をして負けるわけが無い。
正しく高速戦闘はランサーの手の内にある。剣はランサーの肩を抉るだろう。その代わりに、確実に心臓を貫ける。その、確かな確信。
だからこそだった。ランサーは、咄嗟に槍を振り上げた。負ける可能性の高い、破れかぶれの一撃。そんなもので、セイバーが勝負を仕掛けるわけが無い。勘にも似た経験則、それが勝手に体を動かしていた。
眼前で、圧縮された空気が吹き飛んだ。ただの空気であれば問題ない。だが、鋭いそれが宝具であるのならば、サーヴァントすら容易く死に至らしめる。
背筋が一気に寒くなった。正面から来ると見せかけて、冷静に喉元に短剣を添えるなど、なんという駆け引き。気付くのが一瞬遅れただけで、間違いなく死んでいた。
まだそれに戦いてはいられない。心臓を抉るはずの槍、それを防御に使わされた事で、セイバーを止めるものがなくなった。中途半端に前に出た槍が、軽く打ち払われる。切っ先とランサーを結ぶ線上に、何もかもがなくなった。
まずい。何を感じるより考えるより速く、首を思い切り捻った。そこが狙われる、という確信はなかった。経験かがそうせた。
めまぐるしく入れ替わる視界。ただ、その中心には常にセイバーを捕らえる。それを見失えば、その時こそ終わりだ。
首の根元に、灼熱が走った。確認するまでも無く、剣が食い込んでいる。だが、灼熱を『感じられる』と言うことは、致命的な深傷でもない。少なくともそう信じて、黄槍で剣をかち上げた。
どれほどの負傷かも分からない。だが左腕は動いた。ならば、戦場においてその怪我はないのと同じ。剣が体から離れると、一気に身をかがめた。
セイバーの、速度に対する攻略法、その答え。先手を打ち、その場での斬り合いに持ち込む、というものだ。
(下がるか? いやだめだ。距離を置くのと、距離を詰められるの、この速度は互角だ。振り切れない)
ならば、攻めるしか無い。
制空権の内側に飛び込む――ように見せかけて、下から槍を突き出した。が、これはフェイント。本命は、太ももを狙う黄槍。紅槍は柄を叩かれ、黄槍は剣で弾かれ、容易く対処される。その隙に一歩後退し。
しかしセイバーは、それすら見越していた。離された距離を一瞬で詰めて、払いのために下げられていた剣で切り上げる。
「甘い!」
「こちらの台詞だ!」
セイバーが後退を読んでいたように、ランサーもまた、追撃を予想していた。いや、誘発したと言ってもいい。ましてや黄槍はブラフで、その目的は剣の軌道を限定する、であったとすれば。
その剣を、避けきろうとは思っていない。左脇を捕らえた刃は、斜めに走り、肋骨を二本寸断、血しぶきを上げた。しかし、その代償は。
ランサーは、はっきりと見た。自分が突きだした槍、それが彼女の右太ももに、しっかりと突き刺さっているのを。
どぶり、激しく流れていく血液。体から急激に力が抜けていき、同時に目も霞む。石突きを地面に突きつけて、なんとか倒れるのだけは堪えた。どっと押し寄せる倦怠感は、出血のためだけではあるまい。意識せず、限界を超えた運動と、それに伴うダメージが一気に吹き出たのだ。
(このくらいで膝を折るな! セイバーはすぐにやってくるぞ!)
深い呼吸を一つ。しかし、それだけでは体に力を戻してくれない。もう一度、体の芯にまで届くほど深く息を吸って、やっと視界が戻ってきた。
地面に点々と続く血の跡。その先では、セイバーが膝を突いていた。右側の分厚い布地を、真っ赤に染めている。剣を杖に立ち上がろうとして、しかし上手く立てないようだった。幾度か足を確かめながら、今度はしっかりと立ち上がる。戦えない程では無く、しかし筋肉の重要部分を損傷してはいる。
あの足では、今までのような突撃はできまい。
好機だ。この上なく。
自分のダメージも、確かに大きい。しかし、これを逃しても勝算は無い。
一歩を踏み出そうとして、その時だった。左手に持つ黄槍が、勝手に滑り落ちたのは。
血で滑ったわけではなく、握り込むのに失敗したわけでも無い。ただ、指先の力が、感覚ごとなくなっていた。試すまでもなく理解する。もうこの指で、槍は持てないと。セイバーの放つ一撃は、ランサーからしっかりと戦闘能力を奪っていた。
相手の焦点を一つに絞らせない槍術、それを奪われたのは苦しい。だが、それはセイバーも同じだ。ランサーの動きに絶対に追いつけないとなれば、できる事は限られる。
どちらともなく、獲物を構え直した。そして、ランサーは思った。セイバーも同じように思ったはずだ。この程度で、負けてやる事などできないと。
「どうしたランサー、これではもう、自慢の槍捌きとやらが見られぬぞ」
「確かに槍を一本失ったが、それで俺の槍術に影が差したと考えるのは早計だ。槍一本でもフィオナ騎士団一である事、見せてやる」
互いに、精一杯の強がりだと言うことを知りながら。
ダメージ自体は、命を奪うのにほど遠くとも、戦闘能力の減衰は著しい。普段のような戦い方が出来なければ、ミスも積み重なる。失策があれば、それだけ死に近づく。
つまり、戦闘はもう長く続かない。
終わりが迫っているのを自覚しながら、そして覚悟を決め、飛び出そうとした時。
セイバーがいきなり、地面に剣を振った。剣の光跡が一瞬にして帯となる。つまり、剣に宝具を纏っていない。
圧縮空気の弾丸が、地面を叩き付ける。地面を薄く抉り、周囲に巻き散らかされる草と土の煙幕。蔓延した煙は容易くランサーを飲み込んで、数メートル先の視界すらも遮断した。
「奇襲のつもりか?」
声に出し、槍を一降りしてみる。切った部分だけ煙は割れるが、当然ながら意味は殆ど無い。
(まあいい)
全神経を、感覚に集中した。
こんなものは奇策ですら無い、下策の類いだ。煙幕を撒いた程度で、英霊の不意を突けるはずが無い。ましてや、それが白兵戦能力に卓越したランサーであれば。
(どうなるかを教えてやる)
鋭く、それこそ刃のように体を尖らせる。どの方向から、どんな攻撃を放ってこようとも。確実にカウンターを決める。
一秒、二秒、三秒、と神経を集中し続け。五秒、六秒と、何のつもりかと訝しみ始める。そして、十秒経ち、周囲の砂埃が収まり始め。ここでやっと、セイバーが離脱したのだと悟った。
すでに周囲には誰も居ない場所にぽつんと立ち。槍を、取り落としたものもろとも消した。
「なぜ逃げたのだ?」
詰まるところ、ランサーの懸念はその一言に尽きる。
対峙していた時のセイバーは、確かにランサーを倒そうとしていた。少なくともあの時点では、撤退のことなど考えて居なかったはずだ。
もし、あの時点でランサーが向かっていれば。確実に、背中から串刺しになっていただろう。それほどのリスクを冒してまで、そうさせる何かがあったのだろうか。
「……まあいい」
煮え切らない。が、戦闘はすでに終わってしまった。これ以上考えても、仕方が無い。
アーチャーの援護に行こうかと確認する。遠目に移る戦場に、もうバーサーカーはいない。そちらも終わっているのだ。同時に、主であるケイネス達にも、累が及んでいないと確認した。
またしても、セイバーの御首級を上げる事は敵わなかった。最高の結果、とは言えない。しかし、勝利条件は達成している。とりあえずに、そこには満足していいだろう。
今度は街を走らず、霊体化して拠点に戻っていった。しかし、ふと背後を振り返る。
胸に残るわだかまりは、何だろうか。決着をつけられなかった、それ以上の何かがある気がしてならなかった。
「う……」
痛い。どこがではなく、全身余すところなく。実際、それを自覚したのは、自分が目を覚ましたという事実よりも先だった。
「何が……」
起きた。そう言おうとして、頭痛に遮断される。身を起こそうと手を突いて――それすらも、苦痛の前に断念せざるを得ない。とにかく、自分を包む世界の構成物質全てが、痛めつけるべく動いている。
痛みになれている訳ではない。ただ、どうすればいいかだけは知っていた。体も心も小さく丸めて、幼子のように閉じこもってしまえばいい。そうすれば、自分は苦痛を忘れられなくとも、苦痛はその内に、自分を忘れて去って行く。
ふと、消えていった苦痛はどこに行くのだろうと考えた。もしかしたら、消えた分だけ、他の誰かに押しつけているのかもしれない。馬鹿馬鹿しい考えだ。科学的にも神秘的にも、全く持って論ずるべき所が無い。メルヘンチックですらあった。だが、その時彼女は、不思議とそれを肯定していた。
世界中に溢れる苦痛と不平等。それを押しつけあう人たち。そんな世の中を衛宮切嗣は変えたいと考えて居た。そして、そんな男をアイリスフィール・フォン・アインツベルンは愛していた。そして、愛した男の願いは、世界がどうの等という大きすぎて形がつかめないものよりも、よほど命を賭ける価値がある。だから……
(そうだわ。今は聖杯戦争中で……)
少しずつ、思考力が戻って来たのは、頭痛が引いてきた証拠でもある。生憎と、全身の痛みはしっかり残っており、動かす気になれなかったが。
(車で逃げ出したんだった。セイバーに足を止めて貰って。その後、やっぱり誘き出しが上手くいかないからって、切嗣と合流しようとした。そうしている内に、バーサーカーが負けちゃって。合流を急ごうとして、その前に……そうだ、襲われたんだ)
アサシンに。
目を思い切り見開いて、身を起こそうとした。もう痛いなどと言っていられない。とにかく――何をすれば良いかなんて、全く分からないが――とにかく、なんとかしなければ。
体を持ち上げることには失敗する。酷い苦痛は、アイリスフィールの気合いでどうになかるレベルのものではなかった。ただし、目を開いて視線を確保することだけには成功する。
視界に映る光景は、一言で言えば殺風景だ。廃墟のような薄汚さはない。しかし、人が頻繁に利用するような生活感もない。ただ使われていない、というだけに見える一室。コンクリートに包まれただだっ広い部屋、その隅にある台の上。それが、アイリスフィールの所在だ。
サーヴァントに襲われて、なんとかなるような戦力はあの時にはなかった。もっとも、どこに行けばそんな戦力が存在するのか、という話ではあるが。とにかく、襲われて、未だ生きており、そして見知らぬ場所にいる。ならば、拉致されたとしか思えなかった。
(けど、私を生かす理由って何?)
そんなものがあると思えなかった。自分をマスターと知っていても、そうでなくとも。
もっとも、彼女の真の役割――聖杯そのものであるという事――を知っていれば、その限りではないのだが。しかし、それこそ誰が知っているという話だ。
なんとか肘を叩き付けるようにして(実際は弱々しく押しただけだろうが)、寝返りだけは成功させる。急に広がる視界。少なくとも、代わり映えのしない天井よりは、意味のあるものになった。一人の神父を見つけたことによって。
取り立てて代わり映えする場所があるわけでもないカソック。切嗣とはまた違う長身。彼を鋼に例えるならば、その男は樹木だ。美醜よりも厳格さの先立つ顔。そして何よりも、暗く感情の見えない瞳。間違いなく、言峰綺礼だ。以前現れたところと違う場所は、何一つない。敢えて上げるのであれば、手に持った黄金の杯くらいであろう。
(……杯?)
なぜだろう。それが自分のものである気がしてならない。あるべき場所が違う、そう断言できる。根拠など、どこにもないのに。
「お……おおぉ……! これが聖杯!」
いきなり、声がした。綺礼ではないし、もちろん自分でも無い。他に人影などないのに、不自然に声だけが現れている。
「ワシにそれを寄越せ! それはワシの……」
「触れたければ触れれば良い。それが貴様の最後の時だ」
「ぐぅ……おのれ、いつまでも生意気な口を……!」
いや、居ないのでは無い。言葉の他に、小さな何かがうごめくような音。小さすぎて分からなかったのだ。床に、無数の虫が群れを成している事に。
魔術に類しているとは分かる。だが、その虫はそうであるにしても、醜悪に過ぎた。悪趣味、などというレベルを超越している。もっと深い澱の、人が決して触れてはいけない領域。例えば、吸血鬼化の秘法のような、人間で居る事を放棄してしまう類いのそれ。そんな雰囲気を、あの虫は醸し出していた。
「あなたたち、私をさらってどうするつもり?」
「目を覚ましたか」
綺礼の感情のない瞳が、アイリスフィールを見る。
男の瞳に捕われて、ぞっと体を震わせた。何故だろう、あのガラス玉に色を塗っただけのような、不出来な眼球。前に会った時の方が、ずいぶんとマシに思えた。
体の痛みは、ずいぶんと減っている。体を動かして、台の上に座れる程に。しかし、一部、心臓だけは、苦痛を加速させている。
鼓動すら止めてしまいそうな、強烈な喪失感。痛みのせいで、今すぐ気を失ってしまいそうであり、逆に意識を手放せなそうでもあり。体の不調が、心臓を中心にしている、と分かった点だけは収穫であった。
(って、え? 体が普通に動く?)
おかしかった。今の彼女は、まるで普通の人間のように体が動かせている。ありえる事では無い。なぜならば、アイリスフィール・フォン・アインツベルンという存在は、すでに人間としての機能を失い始めていたのだ。ましてや、二体目のサーヴァントを回収した後、脱力感で体が動かなくなってもおかしくない。
しかし、現実に体は普通に動いていた。いや、それどころか。不調を訴えている場所は、今のところ心臓しかない。
(……待って。心臓って……もしかして!)
胸に手を置いた。聖杯の反応を確かめようとして、しかし反応はなかった。不具合ではなく、故障でもない。完全な素通り。つまりは、喪失だ。
「まさか……それが聖杯!?」
「やっと気がついたか。鈍いな。いや、鋭いのか?」
どうでも良い事を、どうでもよさげに悩んでいる――そんな調子で、綺礼は顎に手を当てた。その仕草すらも、やはりどうでも良さそうだ。
聖杯を、誰かの手に渡してはならない。それが、絶対の不文律だ。あらゆる奇跡を現実に引き起こす神の器、だからこそ、それは繊細である。純なるもの以外に触れては、一気に不純となってしまうのだ。起こるべき奇跡に、陰りが差してしまう。
「やめなさい! それはあなたの……」
「それはもうお嬢さんの気にする事ではないのじゃよ」
キキ、と小さな鳴き声を発した蟲。ぞわりと、アイリスフィールに近づきながら広がる。
「この小僧は、お主を逃がすつもりであったようだが……しかしワシとしては、まだ我らが見つかってしまうのは、少々都合が悪い。と言うわけでじゃ。アインツベルンのお嬢さんや、申し訳ないんじゃが……」
――ワシの餌になっておくれ。
また、虫が鳴く。今度は一匹やそこらではない。全ての虫が一斉に、嬉しそうに鳴きだした。
「ひ……!」
思わず悲鳴が漏れる。醜悪なそれらがぞわぞわと迫ってくる。逃げようと体に力を入れるが、上手く動かなかった。心臓の後遺症と、恐怖にすくみ上がって、動かぬ体。
ついに足下まで到達し、しかしすぐには上らない。アイリスフィールの恐怖を味わうように、なぶり始める。
「なあに、案ずる事は無い。残りの世話は、聖杯も含めて、全てワシが請け負ってやるからのう。ただちょっと、少しばかり……そうさな、二時間ほどじゃろうか。生まれてきた事、女である事を後悔し続ける、その程度よ。ああ、皮も衛宮切嗣とやらに奇襲を仕掛けるのに、絶好の素材よのう。うむ、それも有効活用してやろう」
止まらぬ老人の声と、笑い声。
命乞いをしなかったのは、どうせ声の主は聞き届けまい、という冷静な判断をした――などと言うわけでは、当然ない。喉に詰まった緊張が、どんな言葉の発声もさせなかったというだけ。できたのであれば、きっと大きな絶叫を上げて泣きじゃくっていたであろう。
(誰か――)
もしかしたら、初めて祈ったのかも知れない。神か何か、もしかしたらもっと高次元なものか。それとも、その辺の草木か、ありがたみもなにもないコンクリートに。
意味があるとは思っていなかった。それ以前に、意味の是非を論じられる余裕などなかった。ただ、祈りを捧げる。対象など、さしたる問題ではない。それがどれだけ純なものであるか。祈りに必要なのはそれだけだ。
しかし、どんな祈りであろうと。それを聞き届ける者は、自分以外にありえない。もし聞いたとすれば、それこそ全知全能の神くらいなものだ。だから、その祈りは誰にも届かなかった。
(誰か助けて!)
届かず、聞かれず。ただ唱えるだけの儀式。意味の無い行為を行って。
しかし助けが本当に来たのは、どれほどの幸運であったのだろうか。
「なっ、何事じゃ!」
「ひ……ぃっ!」
爆砕する壁。揺れる建物。轟く嘶き。響く雷鳴。この世の天災を一カ所に集中したような惨状が、ただの一室に充満した。
アイリスフィールには、もう体を丸めて縮こまるしかなかった。蟲の群れですら、一斉に部屋の隅に待避する。全く変わらぬ様子を見せず、涼しげなままなのは綺礼だけだ。
「はぁっはっはっはっはっはっは!」
天まで届きそうな、呵々大笑。
牛らしき生き物の足が、床にたたき付けられる。床前面にひび割れが走り、僅かに部屋を傾けた。
「征服王イスカンダルの参上である!」
牛の後ろに繋がれた戦車のさらに上、そこで仁王立ちをしている大男。アイリスフィールの信じるアーサー王に同格だと言わしめる、英霊の一角。サーヴァント・ライダー。
その男が、ここに現れた。
「アーチャーの奴め、黒幕に一番乗りとは、おいしい役割を用意してくれるわ! さて貴様ら、余が現れたからには、影でこそこそと謀りを進められると思うなよ!」