クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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勧悪懲悪

 ナイトレイドのアジト内、大会議室にてナジェンダはある書物を手に取りながら12本目の煙草に火を点けた。灰皿に積み上げられた煙草の山が読書に費やした時間を物語る。

 

「どうしたの、ボス? 難しい顔して?」

 

 日中から険しい顔で読書に耽るナジェンダの様子を察したのか、マインが声を掛けるが反応は薄い。何をそんなに熱心に読んでいるのかと顔を覗かせたマインはそれが自分達ナイトレイドにとっては見慣れた物であることに気づく。

 

「帝具の文献? なんで今更そんな物読んでるのよ?」

「ああ、ちょっとな」

 

 ナジェンダが読んでいたのは帝国が生み出した48の帝具、その詳細が記されている書物である。民間には出回っていない極秘の文献であるが東西南北のあらゆる勢力を取り込み、帝国内からの離反者も多数属している革命軍にとってはその入手は比較的容易い。

 

 ナイトレイドには暗殺稼業とは別途の任務として「帝具の回収」が革命軍本部より与えられている。帝具はそのどれもが一騎当千の性能を持つ故にそれらを入手することが出来れば革命軍の戦力が増大するのも自明の理であった。

 

 ナジェンダがナイトレイドのボスとして任務遂行のため文献を熟読するという光景は別段珍しいことではない、だがマインには何故今更という思いがあった。

 

 ナイトレイドに所属する者であれば帝具の文献の知識など初歩中の初歩である、物忘れの激しいシェーレならいざ知らずボスでもあるナジェンダが煙草を「12本」も吸いながら読み耽ることがマインには解せなかった。

 

「マイン、お前のパンプキン。クラウドに斬られたと言っていたな?」

「ホント信じられないわよ、あんなに凝縮して撃ったのに」

 

 狙撃手(スナイパー)として絶対の自信と覚悟を持って放ったとっておきの一撃を両断されたことに、既にあの日から1週間近く経過しているにも関わらずつい昨日のように思い返してはマインは左手の親指の爪を噛んだ。

 

 わざわざマインの機嫌を損ねてまでナジェンダが問うたのはマインが放った銃弾が『両断された』事実を再度確認するためだった。

 

 パンプキンの前所有者であるナジェンダはマイン以上にパンプキンの性能を熟知している、その彼女からしてクラウドがマインが放った銃弾を斬ったことは『あり得なかった』。

 

 浪漫砲台パンプキン、様々な形態を持つ銃の帝具であるがそこから放たれる銃弾は実在のものではない、所有者の精神エネルギーがそのまま銃弾の形となった放たれるのである。

 

 だからこそ危機的状況を迎えることで威力が向上する特性を備えているのだがそれは銃弾というより衝撃波と呼ぶ方が相応しく、物理的に干渉することはほぼ不可能に近い。

 

 クラウドの持つ大剣に帝具の可能性を見たナジェンダであったが手にする文献にそれらしい記述はなかった。500年前の大規模な内乱によって大多数が行方知らずとなっている帝具、文献に記されている項目もその一部に過ぎない。

 

「クラウドが持っていた大剣、やはり帝具なのか?」

「ブラート……お前もそう思うか?」

 

 マインに続き、顔を覗かせたのは修練場で汗を流したばかりのブラート、顕になった上半身は鋼の鎧と呼んで差し支えないほど見事なまでに鍛え上げられており、インクルシオを纏うに相応しい。そのブラートも関心を寄せたクラウドの大剣だが彼にもある懸念があった。

 

 マインと同じくアリアの屋敷にてクラウドと対峙した際、インクルシオの副武装である大槍『ノインテーター』にて迎え撃った一撃は彼の鋼の肉体を否定する結果となった。だがブラートがその結果を受け入れ難かったのは安い誇り(プライド)の為ではなかった。

 

 クラウドと斬り結んだ際、レオーネを超える跳躍とラバックの結界を潜り抜けた男が只者ではないと瞬時に捉えると男が振るう刃がレオーネに届かんとするその瞬間まで地に着いた足を溜めに溜め、そして跳んだ。

 

 素人目には十数mの高さから跳躍したクラウドと数mの跳躍で対峙したブラートでは当然自由落下の勢いが乗ったクラウドの振るう剣に分があると踏むだろう、だが実際はその逆である。

 

 あらゆる武術において軸足による溜めはそれ即ち繰り出す攻撃の破壊力に繋がる。いかにクラウドが肉体を強化されたソルジャーといえども腕力一つで軸足から伝わる力を槍の一突きに全て乗せたブラートをその体ごと大地に叩き伏せたことは人間離れの一言では片付けられない。

 

「……ふむ、だが事実としてクラウドの一撃はブラートの渾身の一撃を上回ったわけだ」

「単純に力って感じじゃなかった、なんて言うか……溜めを消された、そんな感じだったぜ」

 

 ノインテーターがクラウドの剣に触れた瞬間、激流の滝を駆け上がるが如くの勢いが完全に殺された。その違和感が未だに残る両手を見つめながらブラートは答える。

 

「ソルジャークラス1stにして帝具使い……似ているな、ヤツ(・・)と」

 

 そう呟きながらナジェンダは13本目の煙草に火を点けた。

 

 

 ……………

 

 

 噴き上げる爆炎は帝都にいる全ての人間の目を釘付けにする、本日の式典に欠片も興味を示さなかったスラム街「ミッドガル」の住民も高々と打ち上げられた花火を見るように歓声を上げていた。

 

 ミッドガルで暮らす住民は生まれついての者以外に貴族階級から謂れのない誹謗中傷を受け、愛する者も生活も全て奪われ世捨て人になった者も多い。彼らからして見れば帝国のお膝元である神羅をはじめとして帝都の国民全てが敵といっても過言ではない。

 

 そんな彼らが過激派テロリスト集団であるアバランチの行動を賞賛するのは自然の成り行きと言えるだろう。事実、高額な報酬と引き換えに暗殺を請け負うナイトレイドと比べその認知度、人気は圧倒的にアバランチが上回っている。

 

「た~まや~♪」

「ちょ!? 姐さん、騒ぐとマズイって!」

 

 セブンスヘブン前にて爆発を見届けているレオーネは周囲を煽るように歓喜の声を上げる、元来の性格からして祭りごとが好きな彼女にとって自分が所属するナイトレイドと相反するアバランチの行動はその理念は測りかねてはいたものの気分の良いものだった。

 

 外には帝国の憲兵も巡回している中、目立つ行動は控えるようにラバックが嗜めていると、犬歯を覗かせて笑みを浮かべていたレオーネが静かに口を閉じると、周囲を、そして遠方を見るように目を細めた。

 

「姐さん……? どうかしたんすか?」

「……ヤバイかもしんない」

 

 

 店内では吹き上がる爆炎を作戦成功と受け取ったティファとマリンが安堵の表情を浮かべる、幾らか落ち着きを取り戻したアカメも窓越しに噴煙に目をやっていたがその視線を時折ティファへと寄越していた。

 

『あの時』から変わらないスラリと真っ直ぐに伸びた長い黒髪、そして朱色の瞳。自身と似通った特徴の彼女が『ティファ』であることは言葉で否定しても紛れもない事実であることをアカメの心が何よりも理解していた。

 

 

 (――だけど、なぜ?――あの時確かに――)

 

 

 何度も頭を駆け巡る疑問符、とその時、レオーネが険しい表情で店内へと戻ってきたことで唐突にその言葉は途切れる。

 

「レオーネ、どうした? 何かあったのか?」

「少しは落ち着いたな、ちょっとマズイことになったかもしんないね、アバランチの連中」

「マズイって……どういうことなの、レオーネ?」

 

 レオーネの言葉に不安げにティファが尋ねる、普段から軽口や冗談を叩くレオーネだがその表情が真に迫ったものであると受け止めたのだ。

 

「外にいた帝国兵の足並みが揃いすぎている、まるで予め爆破が起こるのを見透かしていたみたいに」

「まさか……爆破までさせておいて罠だって言うんですか、姐さん?」

 

 ライオネルを発動しなくともレオーネの動物的直感は正しかった、当然彼女らは知るべくもないがオネストとプレジテントが『ゲーム』とみなしていたようにアバランチの襲撃、そして帝国軍が鎮圧というシナリオが織り込まれた式典開催こそ巻かれた餌であったのである。

 

 神羅の関連施設に配属されている護衛は当然神羅の私兵であるソルジャーがその任に当たる。だが式典開催を理由に多数のソルジャーを帝都に集結させたことで敢えて襲撃が容易な環境にしたのもオネストの策略。賊を一つ潰す為に帝都警備隊と魔晄炉一基を囮にすることも意に介さないその非情性は、プレジテントとのゲームもアンフェアであったことを鑑みてもやはり帝国腐敗の元凶と言える。

 

 

 爆炎を合図に一個連隊に匹敵する軍勢が爆破のあった施設を中心にアバランチへと迫っていた。

 

 

 ……………

 

 

 荷馬車は激しく揺れながら街道から離れた荒野を走る、肉屋を装っていた時とは違い真っ直ぐ街道を往くわけにはいかなかった。手綱を握るジェシーは先を急ぎながらも息を切らせる老馬を気遣うように時折その手を緩めた。

 

 後ろ盾のないアバランチは常に資金難に悩まされている、今回の作戦で調達した馬も現役から退いて久しい。馬車から漂っていた肉の匂いもジェシーが化学物質を調合したものによって擬似的に発生させたに過ぎない。

 

 自分達の活動もさる事ながらバレットにとっては娘マリンの学費や養育費を確保することに難儀している。先程は冗談交じりでクラウド、タツミが戻らなければ報酬を支払わずに済むと口にしたが懐事情を考えれば全くの嘘だとも言えなかったがタツミの救出にクラウドが向かってからほどなくして噴き上げた爆炎に作戦成功の喜びを分かち合う者は誰一人としていなかった。

 

「ねぇ、ビッグスの兄貴……クラウドさんと、タツミ無事っすよね?」

「……俺に聞くんじゃねぇよ」

 

 不安に駆られたウェッジが尋ねるがビッグスに答えられるはずもなかった、バレットは右足で貧乏ゆすりをしながら落ち着きのない様子で右腕の銃の手入れを行っている。言葉少ない馬車内ではガタガタと音を鳴らす車輪が喧しく響いていたが、馬の嘶きとともに突然その動きを止めた。

 

「どうした、ジェシー!?」

「バレット! あ、あれを見て!」

 

 ジェシーが指差したその先では帝国兵およそ500人はいるであろう軍勢が四方より向かってくるのが見える。自分達が脱出を図り、そして施設が爆破してからまだ20分程でここまでの手が回っていたことに誰もが罠だったことに気づいた。

 

「じゃあ施設にソルジャーがいなかったのも全部……!?」

「ああ、クソッタレ! 全部帝国と神羅の掌の上だったわけだ!」

 

 即座に進路を変更したジェシーだったが接地性の悪い足場と老馬の体力もあって思うように速度が出せない、徐々に帝国軍との距離が詰まっていくと覚悟を決めたのかバレットが銃を起こした。

 

「こうなりゃやるしかねぇ……! テメェら腹括れよっ!!」

「む、無理っすよ! あんな大軍に俺たちだけじゃ……!」

「泣き言言ってんじゃねぇ、ウェッジ! 星に還る日が早くなっただけ、それだけのことだ!」

「罠だったなんて……迂闊だったわ」

 

 彼らとてテロリストを語る以上、死は常に覚悟している。だがやはりその時が迫ったからとはいえ容易に受け入れることはできない。思いはそれぞれに武器を取ると、無謀ともいえる戦地へ向け皆武器を構えた。

 

 

 ……………

 

 

「――離せ、離せよっ!」

 

 クラウドの右肩に担がれた状態で手足をばたつかせるタツミ、意識は戻ったものの未だに満足に動けない体で子供のように暴れていたが空を駆けるように疾走するクラウドの耳には一切入らなかった。

 

 施設を後にする、いや襲撃時より感じていた違和感。何故ソルジャーが一人もいなかったのか?あまりに事が上手く運びすぎていることに一抹の不安を覚えていたクラウドの足取りは次第に強く、疾くジェシーたちが設定した逃走ルートの荒野を駆け抜けていく。

 

 

 ……………

 

 

「こなクソォォ!!!」

 

 咆哮と共に銃を乱射するバレットを援護する形でビッグス、ウェッジが現地で調達した帝国軍の銃を発砲、ジェシーは手製の手榴弾を投げつけ応戦していた。

 

 だが余りにも多勢に無勢。歩兵隊が銃撃隊にスイッチすると荷馬車を盾に防戦を強いられていた、既に老馬は射殺され退路はない。

 

「畜生……ここまでか……!!」

「し、死にたくないっすよぉ!!」

「勝手に諦めんじゃねぇ、ビッグス! ウェッジ! 俺は死なねぇぞ……! マリンが待ってるんだ!!」

 

 死の覚悟を決める者、死を恐れる者、死を拒む者、思惑はそれぞれの中、ジェシーはふと施設の方へと視線を向ける、この後に及んで彼の力を頼ってしまう己の無力さを嘆きつつもその願いを口にせずにはいられなかった。

 

「助けて……クラウド……!」

 

 迎撃が無いことに帝国軍は一気に片を付けようと荷馬車に向けて迫撃砲の用意に入る。オネストの命令により鎮圧ではなく抹殺を掲げていた彼らに慈悲はなく、既に蜂の巣となった荷馬車に向けて砲撃手が三人連なるとその引き金を引いた。

 

 大きく曲射弾道を描きながらバレット達に迫る砲弾、迎撃せんとバレットが空に向けてガトリング銃を放つも射角と弾速によって捉えることは叶わずみるみる着弾までの距離が詰まっていく。

 

 あと僅かで着弾というその時、空に三度の光閃が走ると飛来していた3発の砲弾は真っ二つに裂け空中にて爆発した。

 

 爆発の衝撃によって頭を伏せたバレット達であったが砲弾を斬り裂く芸当ができる者などそうそういるものではない。ジェシーは待ち望んでいた男の到来に目の前に降り立った影に顔を起こす、だがそこに立っていたのは――

 

「クラウド……じゃない? 女の子?」

 

 爆炎による影ではっきりと顔は見えなかったが、長い黒髪と黒を基調とした衣服とスカートから女性と分かる、左手には鞘、右手には日本刀を携えるそれはアカメであった。

 

 

 ……………

 

 時は少し遡りここセブンスヘブンではレオーネが危惧していた通り、帝都内に発信されている電波式信号によって帝国からアバランチ討伐隊が派遣されたことが伝えられた。

 

 元々は神羅が軍事用通信機として開発したものであるが現在は貴族階級者同士の連絡をはじめ、緊急時に際しての国民への伝達として使用されているものである。

 

「ねぇティファ? 父ちゃん達、大丈夫だよね、ねぇ?」

 

 発信された内容は理解できなかったマリンだったが普段から気さくな笑顔を向けて戯れるレオーネが険しい表情をしていること、そして自分の手を握るティファの手が汗ばんで小さく震えていることで本能的に父の危険を感じ取ったのだろう。ティファの腕を引っ張るように問いかける、大丈夫と嗜めるティファだったがマリンに向ける自分の顔もまた笑みがないことに気づいていない。

 

「やっぱりここはアバランチのアジトかなんかだったんだな?」

 

 マリンやティファの反応からアバランチの関係者だと見破ったレオーネが問い詰める、ティファとの出会いこそ偶然だったものの最初にここセブンスヘブンを訪れたときに既にある疑念を抱いていた。

 

「この酒場、酒や煙草の匂いで満たされてるけど、爆弾に使う火薬の匂いが微かに残ってる、多分……あの酒棚の下かな」

 

 そう指差したレオーネの指摘通り、その酒棚の下にはアバランチのアジトが隠されておりそこでは主にジェシーが爆弾の作製や帝国・神羅の通信コードを傍受している。常人では到底気づくことも出来ない微量の火薬の匂いを嗅ぎ分けたのはレオーネ自身、偶然だった。

 

 ティファが買い出しに行くからと暫くの時間、店の留守とマリンの世話を頼まれたとき、人見知りの激しかったマリンの前でライオネルを装着してみせた。帝具の存在を知らない幼子のマリンにとってはレオーネが『魔法』を使って獣耳と尻尾を生やしたように見えたのか大変驚き、また喜んだ。その際強化された嗅覚によって先の違和感を覚えたのである。

 

「レオーネ、貴方は一体……?」

「ねぇ、父ちゃんを助けて! お願い! 猫のお姉ちゃん!」

 

 レオーネの観察眼はもとい普段の隠された野性を覗かせた表情にティファは一定の緊張感を纏ったが、レオーネに懐いていたマリンは父の正体を暗に告白する形で助けを求めた。

 

 腕の裾を泣きながら引くマリンの姿を前にレオーネは冷静に考えを巡らせる。ナイトレイドとアバランチ、表面上こそいずれも勧善懲悪の組織に映るがその思想も行動理念も到底相容れない。ナジェンダがレオーネとラバックにアカメの追跡の任を任せたときに最も接触を避けるようにと念を押されたのがアバランチであった。

 

 己が世の為、人の為、弱きを助け悪を挫く『正義の味方』を気取ることができればすぐさまマリンの手を取って「私に任せろ」と爽やかな笑顔を向けることが出来ただろう。

 

 だがアカメと違い、面の割れていないレオーネとラバックは簡単に動くことは許されない。齢10歳にも満たない幼子の必死の願いを前にレオーネの胸中にあったのは極めて冷静であり、そして冷酷であった。年齢構わず女性には紳士的な態度を取ることを心掛けているラバックでさえもその視線はどこか冷ややかである。当然アカメも同じ考えであったが、自身も白昼堂々とクラウドを追って帝都に潜入した愚を犯した手前もありマリンの涙に胸痛む思いであった。

 

 指名手配犯であるアカメと親しげに話していたことからレオーネもラバックという少年もナイトレイドの関係者であることはティファも薄々とは気づいてはいたがマリンに対するその余りにも冷淡な態度に改めて彼女らが殺し屋集団ナイトレイドであることを確信した。

 

「やめなさい、マリン!……ごめんね、レオーネ」

「いや、こっちこそ……ゴメン」

 

 ティファの謝罪がマリンの非礼ではないと意図を汲んだレオーネはせめてもと頭を下げて詫びる。

 

 

「マリン、泣かないで。大丈夫よ、バレット達にはクラウドとタツミ(・・・・・・・・)も付いているんだもの」

 

「クラウド!!? タツミ!!?」

 

 ティファがマリンをなだめる為に口にしたその名を耳にしたアカメ、レオーネ、ラバックの三人の声が全く同時に重なる、そのあまりに揃った声の大きさにティファとマリンの2人は思わず肩をすくめた。

 

「今、クラウドと言ったな!? まさかクラウドは…!?」

「ちょい待て、アカメ!タツミも一緒ってことか、ティファ!?」

「てことは2人ともアバランチに入ったんすか、ティファさん!?」

 

 ティファに詰め寄った三人の剣幕にもはや説明はいらなかった、クラウドとタツミを明らかに見知った顔とばかりに尋ねる三人を何とか宥めたティファは二人がアバランチに協力した経緯を順を追ってゆっくりと聞かせる。

 

「――以上が二人がアバランチに協力してくれる理由よ」

 

 興奮する三人を諌めようと丁寧に話したティファであったが話を聞く限りでは何のことはない、クラウドは報酬目当て、タツミは青臭い正義感からアバランチに参加したと知った三人は心境は様々であった。

 

「あんの野郎共…! うちらの勧誘を断った癖にぃ…!」

「でもタツミはともかくクラウドってヤツがそんな端た金で動くなんてね」

 

 レオーネはナイトレイドの勧誘を断ってまで我を貫いた二人を寧ろ賞賛していたのだが結果的に火事場に飛び込んだ『馬鹿』達に憤るがラバックには一つ疑問があった。ティファから聞いたクラウドとタツミの報酬はアバランチの懐事情もあって決して仕事に見合った額ではなかったからだ。

 

 安い正義感に走ったタツミと違い、金銭という絶対的価値観の元で動いていたクラウドがアリア一家暗殺の報酬の三分の一程度の仕事を引き受けた理由が解せなかったのだ。

 

「それはきっと…昔の約束を覚えていてくれたからだと…思う」

「昔の約束?」

「ええ、幼かった頃の約束。私が危ない時や困ったりしたことがあったら――」

 

「――私のことを守ってくれる(・・・・・・)って――」

「嘘だッ!!!!!」

 

 恥じらいながら語るティファに下世話な視線を送るレオーネとラバックであったが背後から聞こえたアカメの怒号に近い叫びに思わず心臓の鼓動を速める、そこに立っていたのは先程の情緒不安定な様子は一切なく、真っ直ぐな怒りを燃え上がらせる険しい目つきをしたアカメがいた。

 

「嘘だ……! お前があの約束をできるわけがない(・・・・・・・・・・・・・)んだ!! あの夜、クラウドと約束をしたのは……!」

「ストップだ、アカメ。さっきと同じことを私にやらせる気か?」

 

 今にもティファに襲い掛からんとするアカメの気迫にレオーネがその前を塞ぐ、それは先程アカメの頬を撫でた(・・・) 時とは違い、獲物を食い殺そうとする獅子の如き殺気を纏っていた。

 

「落ち着けって! 二人とも! 今はんなことやってる場合じゃないっしょ!?」

 

 仲裁に入るラバックであったがその両手にはクローステールを身に着けていることからこの二人を本気で止めるのであれば帝具を使わざることも厭わない彼の覚悟の表れでもある。

 

 ほんの少しでも闘争の世界に足を踏み入れた者であるならばその間に入ることは暴風に身を投げ込むほどと言うほどの状況の中、アカメのスカートの裾を弱々しく、だが懸命に引くのはマリンであった。

 

「お願い、父ちゃんを……クラウド達を助けて! お姉ちゃん」

 

 マリンが三人の間に割って入ったのは殺気を捉えられないほど彼女が幼かったからではない、寧ろ純粋であるが故にここにいる誰よりもアカメやレオーネの気迫に怯え、恐怖していた。そのことを示すように彼女の履いているスカートの間から水滴が零れ落ちている。この幼子がアカメの気を引くためにクラウドの名を口にしたことが姑息だと誰に言えようか。

 

 アカメがその言葉に突き動かされたのは正直に言えばクラウドの名を出されたことに他ならない、だが守るべき民からこれほどまでの情動をもって助けを求められていることに怒りとはまた違う熱がアカメに灯っていた。

 

「レオーネ! ラバック!」

「了~解!!」

「あいよっ!!」

 

 名を呼ぶだけで三人の意思は統一していた、レオーネはマリンの頭を撫でると心の奥底にしまっていた言葉をはっきりと口にする。

 

「マリン……私に、いや私達に任せな!」

「ホント!? 猫のお姉ちゃん!」

「獅子なんだけどなぁ……。まぁこの際どうでもいいか!」

 

 頭を一つ掻きレオーネは間を置くと高らかに宣言する。自身を鼓舞する為に、そして仕事を開始する為に。

 

「変身!! ライオネルッ!!」

 

 咆哮と共に腰のベルトが輝くと衣服と溶け合うかのように彼女の両手から金色の毛が浮かび、長く伸びた金髪はさらにたてがみのように長く雄々しく伸びる。そして頭部から獣耳、そして尾が生えるとまさに人から獣への変身を遂げた。

 

「~~っ!!やっぱこの姿になると昂ぶる、昂ぶる!!」

「レ、レオーネ!? その姿は……!?」

 

 久しぶりにライオネルを纏ったレオーネの姿に喜びはしゃぐマリンに対し、同じく帝具の知識に乏しかったティファは驚きの表情を隠せない。その反応がまた初々しいと気を良くしたレオーネはその跳躍力を持ってアカメとラバックを抱えるとミッドガルに聳え立つ「プレート」へと駆け上っていった。

 

 プレート、それは高い外壁で覆われる帝国を支える支柱である。円筒状に覆うそれはミッドガルの上空に位置し、高い外壁と合わさってミッドガルを昼のない街にしている要因でもある。

 

 本来、管理用の長い階段のみでしか乗降手段はないがライオネルの能力によって身体能力を強化されたレオーネであれば支柱から伸びる骨格を飛び交い移ることなど造作もない。やがて最上部まで辿り着くとレオーネは鋭く目を細め、爆破のあった地点を遠く見据え始めた。

 

「どうだ、見えるか?レオーネ」

「チョイ待ち!……見えた、あの荷馬車か!」

 

 野性に生きる獅子の如く強化された視力は常人では到底捉えることのできない距離まで肉眼で把握できる。帝都から数十キロ離れたアバランチを発見した彼女だが同時に帝国軍によって窮地に陥る状況も理解していた。

 

「まっずいな、このままじゃ全滅だ」

「クラウドとタツミはどうなったんすか!?」

「え~……と、後を追ってるようだけどこのままじゃ間に合わないね」

「手はず通り行く、レオーネ、ラバック」

 

 その言葉を受けたレオーネがアカメを支えるように右肩に乗せるとラバックは一本の糸をアカメに手渡す。

 

「頼むぞ。レオーネ、ラバック」

「任せとけって! 全力で運んでやるからさ」

「風の流れは完璧に読んでるからぱぱっと終わらせてきてよね、アカメちゃん!」

 

 レオーネが助走をつけて駆け出す、その速度は獲物を追う獣となんら遜色ない。その速力を持って百獣の王の力を乗せるとアカメを空高く投げ放った。

 

 放たれた弓の如く空を駆けるアカメだったが流石のレオーネの腕力を持ってしても数十キロ先まで人一人を投擲することは難しい。だが空を往くアカメの身体はまるで燕のように美しい曲線を描いていった。

 

 アカメの身体に括りつけられたクローステールの糸からラバックはアカメが受ける風の気流を読むことで極力空気抵抗を減らそうと糸を操っていた。

 

 繊細と呼ぶにも足りない精錬されたラバックの指先はマリオネットを操る奇術師のようにアカメを的確に空のシルクロードを駆け巡らせる。

 

 そしてバレット達に迫る砲弾を捉えたアカメは村雨を鞘から抜き放った――

 

 

 ……………

 

 向かっていた先の銃撃音が一定の間隔となったことにクラウドはバレット達の危機を察知したのか、突然その足を止めると手近に見えた連なった岩の影に隠すようにタツミを下ろした。

 

「ここで待っていろ」

「待てよ! 皆が危ないんだろ!? だったら俺も行く!」

「満足に動けない奴がいても足手まといだ」

 

 僅かに動く体を這わせ腕を伸ばしたタツミだったがその手を取ることなくクラウドは戦場へと向かっていく、伸ばした手が何を掴むこともなく虚しく掲げていることにタツミはクラウドへの怒りか、己の無力さを呪ったのか歯を食い縛りながら遠くなっていくクラウドの背中を見据えていた。

 

 ……………

 

「葬る!!」

 

 突如として戦場に舞い降りたナイトレイドに帝国軍は浮き足立っていた、その隙を逃すまいとアカメは敵陣の懐に飛び込むと次々と帝国兵を斬り捨てていく。密集した陣形が仇になったのか銃を発砲することもままならず銃撃隊は一人また一人と村雨の錆となっていく。

 

 ことアカメにしても真っ向から帝国軍に挑む気はなかった、最小の動きで最小の傷を与え呪毒を流し込んでいく。村雨の能力を過信せず常に相手の急所を狙う彼女がこのような行動を取っていたのも今自分が身を置いている現状が芳しくなかったためである。

 

 元々、多対一ではなく一体一の暗殺者としてその腕を磨いてきたアカメにとってこれ程までの軍勢を相手取ることはなかった。加えてこの戦いは殲滅戦ではなく撤退戦。後ろに控えるアバランチやクラウド達をいかにしてこの場から切り抜けさせるか、刀を振るう刹那の中でアカメはそのことのみ集中する。

 

 やがて接近戦は不利とみた帝国軍はアカメから距離を置くと全軍による銃撃を浴びせかける、転がる死体を時に踏みつけ、時に盾にし、アカメは戦場を駆け抜けていく。

 

 一騎当千の活躍を見せるアカメの姿にバレットは不謹慎にもこれを好機と見ていた。理由は不明だがナイトレイドのアカメが現れたことによって戦線は乱れている、アカメを囮に離脱の算段を踏む彼の判断は決して間違いではない。ビッグス、ウェッジ、ジェシーの三人もバレットの選択を是としなかったが自分たちを救う為の苦渋の決断をしなければならないバレットの心中を察すればこそ批判の声を上げることはしなかった。

 

「くっ……!反撃の余裕がない!」

 

 およそ300人に及ぶ軍勢からの一斉射撃をここまで凌いでいるだけでもアカメの身体能力の高さを裏付けていたが流石に戦局を覆すには圧倒的な戦力差があった。ふとアバランチが身を隠す荷馬車の残骸に目をやったアカメだったがその先数百m離れた位置にて小さな影を見つける。はっきりとその姿は見えなかったが身の丈ほどもある大剣を掲げるその影は――

 

「クラウド…!」

 

 (――飛べ)

 

 アカメからクラウドの姿は米粒程にしか映らない、レオーネほどの視力も聴力もないアカメにクラウドからの声はおろか口を動かすことすら確認は出来なかった、にも関わらずクラウドからの意思とでも言うべき信号を受け取ったアカメは腰を深く落とすと十数mに達する跳躍を見せた、身動きの取れない空へと逃げた目標に帝国軍が一斉に銃口をアカメに向ける。

 

 

「――斬る……!」

 

 エメラルドに輝く蒼い瞳を左から右へとゆっくりと移しながら目標を捉えるとクラウドは左からの捻転で大剣『バスターソード』を真横からやや左斜めに斬り上げるように振るった。

 

 ――その時何が起こったのか、空へと跳んだアカメも剣を振るうクラウドを見るバレット達も気付かなかった。唯一人、クラウドの立つ場所から更に後方にて地を這いずっていたタツミだけがその『現象』を目にした。

 

 タツミの目の前に映る全ての景色がズレた(・・・)、画家の描いた風景画を引き裂いたかのように岩も木も空に浮かぶ雲さえも目に映るもの全てが。

 

 クラウドの振るったバスターソードの軌跡は帝国軍の残存兵約300人の胴体を左へとずらす(・・・)。その様子を上空から俯瞰で見届けていたアカメは枯葉が散るように静かに上半身と下半身を分たれた帝国兵が次々とその場に倒れていく様であった。人だけではない、彼らが持つ武器や銃器までもが世界から切り離されたように分断される。

 

 戦闘が終わったのか、それを理解するまでに誰もが時間を要した。だが空へと跳んだアカメが大地に降り立つほんの5秒足らずの間でまるで聞こえることのなかった荒野に吹く風による静けさが全てを物語っていた。

 

 暫くしてバレットが大きく溜息を吐くと、ビッグス、ウェッジ、ジェシーの三人も生き延びたという実感が込上がってきたのかその場に崩れるように座り込む。何が起こったのか、腑に落ちないことだらけだったが今はそれよりも『息をしている』、生の感覚を大いに喜んだ。

 

 剣を収めたクラウドはバレット達の無事を確認するとアカメの前へと歩み寄る。

 

「何故、お前がここにいる?」

「あ、クラウド……その、それは……」

 

 相変わらず感情の読めない仏頂面だったがアカメにはそれがクラウドからの怒りと受け取っていた。ナイトレイドの勧誘を蹴り、繋がりを断ったばかりの人間がのこのこと火事場に飛び込んできたのだ、状況を混乱させてしまったのではないかとアカメは表情を曇らせていたが……

 

「……お前がいなければ間に合わなかった。――ありがとう、アカメ――」

「――クラウド……!」

 

 ほんの少し、固い表情を崩したクラウドが投げかけた感謝の言葉、そして数年ぶりに自身の名を呼んだ事にアカメは沈めていた顔を上げ輝かせた。

 

 ……………

 

「これは一体……どうなってやがるんだ……!?」

 

 意識を取り戻したと思えば、魔晄炉の爆破によって残骸と化した光景が目の前に広がっていることに帝都警備隊長オーガは言葉を失っていた、解せなかったのはそれだけではない。

 

 自分を含め施設外にいた帝都警備隊の連中その全てが施設が爆破されるまでの前後の記憶がはっきりとしていなかったからである。

 

 朧げながら何者かに襲撃され、そして斬られた。だがそれが誰なのか姿も声もまるで抜き取られたかのように欠落していることに激しく左右に首を振ったオーガは生存者の確認をまずは急がせた。

 

 

 

「私……何が起きて……?」

 

 急遽編成された救護隊によって救出されたセリューは魔晄炉爆破の現場近くで倒れていたこともあり手厚く看護されていた。簡易に設営されたテント内のベッドで目を覚ましていた彼女もまた爆破までの記憶が定かではない。

 

 軍医の診断では爆破の衝撃で皆一時的に記憶が混濁しているとのことだったが生存者全員が全く同じ障害が起きていることに誰もが歯がゆい思いをする中、セリューは右手に残っていた感触を確かめるように左手で撫でると無意識の内にその名を口にしていた。

 

「タツミ……?」

 

 

 つづく


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