クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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タツミ、その選択

『セフィロス』

 

 帝国のシンボルとなるべく生み出された彼は初陣のウータイ戦役において目覚しいと呼ぶには余りにも軽く、例えるのであれば神が下した裁きとでも呼ぶべき戦果を挙げると帝国軍人は当然に、国内においても彼の名を知らぬ者はいないとされるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 既に帝国内では代々帝国に仕えた名家の出であるブドー大将軍を筆頭に、北部出身の一兵卒の出ながら瞬く間に武功を挙げ異例の速度と若さで上り詰めたエスデス将軍、堅実ながらも民や部下からの信頼も厚く殺伐とした帝国内における良識派として名高いナジェンダ将軍というシンボルは存在していた。

 

 だがブドー将軍は純然たる帝国軍人として表舞台に上がることは良しとせず、また平民の出ながら将軍までの階段を駆け上がったエスデス将軍はその出自から民の信頼を得るには十分な資格を持っていた。だが戦うために生まれた獣の如く、強者との戦いに明け暮れ蹂躙するその残忍性は寧ろ国民の畏怖を買う存在となっていた。同じく女傑として民からの信頼もあったナジェンダ将軍であったが大臣の操り人形として帝国のプロパガンダにされることを嫌い遠征に赴くことが多く、千年の歴史を持つ帝国においていずれも歴史に名を残すほどの武人達でありながら『英雄』と評されるものはいなかった。

 

 そうしてオネストの施政に対する民や異民族からの不満が積もりに積もった結果、東の異民族であるウータイ国が帝国に対して宣戦布告をしたのは自然の成り行きとも言える。帝国兵15万に対しウータイの軍勢は僅かに1万、国力で勝る帝国はウータイの反乱に対して楽観的であった。

 

 だがウータイ国は宣戦布告という大きなアクションを取りながらもその行動は極めて限定的であり、積極的な進軍をせずに駐屯地を少数で襲撃、補給経路を絶ち浮き足立った帝国軍を強襲するとその後暫くは身を潜めるという姿勢を取った。いつ何時襲撃があるか分からぬと日夜神経をすり減らした帝国兵の消耗は激しく短期に収束すると思われたウータイとの戦いは既に3年が経過していた。

 

 そんな中、突如として現れた銀髪の少年がもたらした『奇跡』は帝国に勢いをもたらし、ウータイに衝撃を与えた。

 

 その戦闘力は勿論のこと、兵や民が彼を賞賛したのは戦闘時において自ら率先して前線に立ち、また自軍の兵を損耗させないために立ち振る舞う彼の性格にあった。それは『英雄』としての模範的な姿でありオネストが期待した、いやそれ以上の結果を帝国にもたらした。オネストは少年を生み出した神羅の技術力・生物学に対する知識を重用し、以降帝国の一兵器開発部門に過ぎなかった神羅は急速な発展を遂げることになる。

 

 所属上、帝国軍人ではなく神羅の私兵であったセフィロスを明確に帝国軍と隔絶した存在とし、また『英雄』であるシンボルとなるようオネストはセフィロスに肩書きを与えた。

 

「ソルジャー」と…。

 

 

 

……………

 

「…そうしてセフィロスは英雄になった、誰もがセフィロスに憧れた、自分もああなりたいと…俺もそうだった」

 

 ナジェンダの言葉をなぞらえるようにクラウドは語る、先ほど一瞬だけ覗かせた怒りは潜めいつもの淡々とした口調、だが饒舌に語る様子からクラウドとセフィロスの間に何かただならぬ因縁があろうことはその場の全員が感じ取っていた。

 

「お前が帝国を抜けた理由…セフィロスが原因であるということは…ニブルヘイムと縁のある者か?」

「…生まれ故郷だ、いや、だった」

 

 2本目の葉巻に火をつけたナジェンダの問いに応える、聞き覚えのないその地名から遠方の出身であることが分かる。だがタツミを始めわざわざ言葉を直したその意味を理解することにさして時間はかからなかった。

 

 それを聞いたナジェンダがセフィロスが『堕ちた英雄』となった理由については語らず、ナイトレイドの面々、そしてタツミも憶測ではあるがその理由について聞く気は持たなかった。

 

「クラウド…一つだけ聞かせてくれ、『あの時』お前はセフィロスと戦って…その後はどうしたんだ?」

 

 静寂の中、口を開いたのはアカメだった。皆の気持ちを察していたものの自分の中に芽生えていた疑問を聞かずにはいられなかった。

 

「…覚えていない、だが確実なのは俺は今生きていて、セフィロスは行方不明だということだけだ」

 

 それはナイトレイドのボスであるナジェンダ含め、帝国外でもごく一部の者しか知られていない情報、真偽はともかく帝国のスパイではないと悟ったナジェンダは一つ大きく煙を吐き出すと腰を上げた。

 

「帝国を抜けたというのならどうだ、我々に雇われてみるか?元・ソルジャーの何でも屋」

「断る」

 

 あまりに即答であった、その場を後にするクラウドを止める者はおらず、残されたタツミは知られざる帝国の歴史と闇、そしてクラウドの秘められた過去に触れ今一度自身の去就について考える。

 

 先ほどナジェンダやブラートからの話を聞いた直後であれば二つ返事でナイトレイドへの加入を進言していたであろう、だがクラウドが述べた今もなお、苦しむ民達に対して影で動かざるを得ない暗殺稼業、『堕ちた英雄』と浅からぬ因縁を持ちながらも何でも屋として生きるクラウドの姿勢に己の真の思いはどこにあるのか、無意識に右手を胸に当てながら確かめる。

 

「…ちょっと外の風に当たってきます」

 

 神妙な面持ちのタツミをナジェンダを始めとした連中は止めなかった。殺しの才能があるからと勧誘したレオーネも伸び代の塊と見込み稽古をつけていたブラートもこの道に人を引きずり込むということを改めて考えさせられていた。

 

 

……………

 

 

 ナイトレイドへのアジトに来てから、物事を考える度にタツミが訪れるのはサヨとイエヤスが眠る丘であった。そんな時には決まって丘の先にクラウドが立っている、まるで自分の心境を全て見透かしたかのように。

 

「ここにいたんですか?クラウドさん」

 

 相変わらず返事はない、それが2人がサヨとイエヤスの墓前で会った時の挨拶の通例となっていた。2人の墓前に手を合わせ目を瞑りながらタツミは2人に問う、自分はこれから何をすればいいのか、何をしたいのか。当然その返事は返ってはこない。瞑った目の奥には暗闇しか映らず、耳に聞こえるのはそよ風によって静かに音を立てる草木だけ。

 

「いつまで死んだ人間を付き合わせる気だ?」

 

 突然耳に聞こえた音にはっと目を見開くタツミ、背を向けてはいるが確かにクラウドからの声だった。2人への問いを見透かされたように返ってきたその言葉に何も答えられない。

 

 

 タツミは希望を抱いていた。ブラートが装着してみせた帝具インクルシオの性能とナイトレイドの面々が持つそれぞれの帝具から「帝具なる物の絶対的な力」を。聞いたところによれば帝具は48つからなりそのいずれも現代の常識を超えた圧倒的な性能を誇っていると。ともすれば死者をも生き返らせる帝具が存在するのではないのかとも。

 

 だがその願いは儚く散る、帝具を生み出した始皇帝が現代に存在しないことが何よりの証明であった。サヨとイエヤス、2人の死を受け入れざるを得ないにも関わらずこうして今も2人に向かって語りかけていることがクラウドの言う「死人を付き合わせている」ことに繋がると思うと途端に胸が締め付けられる。

 

「俺だって…俺だってどうしたらいいか分かんないんだよ!?夢見て帝都にやってきてみりゃ国は腐ってるし村を出て一緒に出世しようって言ってたのにサヨとイエヤスは殺されて…!おまけに革命だの殺し屋だの急に言われても訳分かんねぇんだよ!!?どうしろってんだよ!!?」

 

 追い詰められて出てきた言葉は本音の限りだった。帝都にたどり着いてから約一週間、受け入れるには余りに大きな事が続きすぎていた、才に恵まれ将来を期待できると目されていながらも所詮は片田舎出身の少年、その心身は限界だった。言葉をぶつけるべき相手も分からない中でタツミが思いの丈をぶつけたのはクラウドだった、いやクラウドしかいなかった。

 

「2人は死んだ、だが生きてはいる」

「なんだよそれ…!?俺の心の中に生きてるとでも言いたいのかよ!?」

 

 大きく息を切らせながら安い慰めの言葉に噛み付いたタツミ、だがクラウドが指摘したことは全く別のところにあった。

 

「お前の剣…体格の異なる相手にも対応できるようしなやかな足取りと捌きが出来ている、その際やや内股になるのはサヨという女から学び取ったものだろう」

「…え?」

「基本に忠実な型だが時に無鉄砲ながら型にはまらない豪快さはイエヤスとやらの影響か、確かにあの男は考えることよりも体が先に動きそうだからな」

 

 突然己の剣の型について語るクラウド、何を言い出すのかとタツミは思ったがその言葉はタツミの剣の中にサヨとイエヤスが生きていることを示唆していた。

 

「全然…知らなかった…いつも3人で磨き上げてきたからそんな型だなんて…」

 

 両掌を見つめると、擦り傷や幾層にも凝り固まった豆が目立つ。とても綺麗な掌とは呼べない、だがそれは確かにタツミがサヨとイエヤスの3人で寒さ吹きすさぶ地で悴む手で握り締めてきた剣を振るってきた確かな証でもあった。

 

「お前が、2人の生きた証だ」

「う…うぅ…っ!…うわぁぁぁ!!サヨォォ!!イエヤスゥゥっ!!!」

 

 タツミはそうして初めて2人の死を悲しみ、嘆きの涙を流すことができた。恥も外聞もない泣き顔など構うことなどなくただ惨めにただ深く。やがて2人が眠る地から絹のような光が立ち上っていくと突っ伏していた顔を上げたタツミが不思議そうに見上げる。

 

「こ、これは…?」

「星に還っていくんだ…ライフストリームに乗って」

 

 世界において生物が死せるときその知識・エネルギーを持って星に還っていきやがて新たな命となって生まれ変わる。それこそが全ての理でありこの世界が繁栄してきた由来である。ライフストリームとはその知識やエネルギーを乗せて星全体をその名の通り「命が星に流れていく」ことにある。ここにサヨとイエヤスの命もまたライフストリームに乗って星へと還っていったのである。

 

 育ちの村では死者を荼毘に付す習慣があったタツミは当然その光景を見るのは初めてであった、本来死者が星に還るときその場を目にするものは少ないがこうして生者の前でライフストリームに乗っていくのは縁のある者との別れの時であるとも心残りが消えたとも一部の地では伝えられている。

 

 立ち上っていたライフストリームの帯が消えていくのを見届けたタツミは静かに振り返るとアジトへと歩を進める、その足取りをしっかりと地に踏みしめながら。

 

(…お前が、俺の生きた、証…)

 

 脳裏に浮かんだその言葉、いつだったか誰かに向けられた言葉を無意識にタツミに向けていたクラウドは霞がかかったその声を不思議に思いながら消え去ったライフストリームの奔流とサヨとイエヤスの墓石に目をやるとタツミの背中を追うように歩き出した。

 

……………

 

 再びアジトの会議室に戻ったタツミとクラウド、タツミの眼が先とはまるで違うことに気づく面々。ナジェンダは何かしらの覚悟を決めたであろうタツミに最終確認としてその意思を問う。

 

 一つ大きく深呼吸したタツミははっきりと答えた。

 

「俺、ナイトレイドには入れません、スミマセン!」

 

 言うなり大きく頭を下げるタツミの返事に想像だにしていなかったのかナイトレイドの連中は一様に驚きの顔を見せた。対してその返事を予想していたのか頬づきしていたままの姿勢を崩さないナジェンダは一言「そうか」とだけ返した。

 

「では我々の工房の作業員として…」

「それもできません!俺、やりたいことがあるんです!」

「はぁっ!?あんた、自分の立場がわかってんの!?」

 

 タツミの図々しいとも取れる発言にマインが前にでるがその前をブラートの右腕が塞ぐ、ブラートもまたタツミの眼から決意を持っての言葉だと感じていたためである。

 

「我々の勧誘を断ってまでやりたいこととはなんだ、タツミ?」

「…俺、まだ帝都のことも帝国のことも人伝に聞いただけで何も知りません…だから俺自分の目で確かめたいんです!それで本当に自分が何をするべきなのかちゃんと決めたいんです!」

 

 ナジェンダはけして寛容ではなかった、寧ろ若干の苛立ちを表しながらタツミに迫ってみせていた。その覇気に気圧されることなく力強く応えてみせたタツミの言葉に納得したのか頬をついた腕を崩すと腰を深く落とした。

 

 

「念のための確認だがクラウド、お前の方は…聞くまでもないようだな」

 

 既に会議室の間から出ようと動いていたクラウドにナジェンダはアリア一家暗殺の分け前とここ数日のアジト内での働きに応じた報酬を放って寄越すとその後を付いていくようにタツミも出口へと向かっていく、その足取りは軽い。最後にナジェンダがタツミに問う、帝都についたら何をするのかと。振り返ったタツミは屈託のない表情で応えてみせた。

 

 

「何でも屋です!」

 

 

……………

 

 

「ナジェンダさん、追いますか?」

「いや、いい」

 

 アジトを出た2人に対して尾行を進言したラバだったがそれを制止したのは2人を信じたからなどと浮ついたものではない、が帝国に自分達を売るような「腐った輩」ではないと分かっていたナジェンダはアジトまで招いたせめてもの詫びとして2人の出立を見過ごした。

 

 だがその後を追う者が一人、アカメである。2人が会議室を出てから暫く周囲の目もあって耐えていたようだが堪えきれずにその後を足早に追っていった。その様子にかねてよりクラウドとアカメの関係を怪しんでいたレオーネが興味本位についていこうとしたがナジェンダが右腕の義手に仕込んだギミックワイヤーを伸ばしその首根っこを捉えると会議室には叫び声が一つ鳴り響いた。

 

 

 

 

「…クラウド!待ってくれ、クラウド!!」

 

 

 危険種が蔓延る山林を行くクラウドとタツミを呼び止めるアカメ、いかにアジト付近とは言え迂闊に声を上げていることからもその様子は穏やかではないことはタツミにも感じ取れた。

 

「クラウド…考え直す気はないのか?」

 

 クラウドらの前に立ったアカメは今一度ナイトレイドへの加入を進める、それがナイトレイドの目的の為より私的な理由にタツミが聞こえたのはアカメの言葉に自身が加えられていなかった事にあった。

 

「何度も言わせるな、断ると言ったはずだ。報酬も受け取った、ここに用はない」

 

 クラウドはアカメと顔を合わせることなく歩を進める、ここ数日、否あの時アリアの屋敷で相対した時から己を知るというアカメに少なからず戸惑いと苛立ちを覚えていたからである。

 

 

 

「クラウド…本当に、本当に私を忘れてしまったのか…!?『あの時』私を守るというのは嘘だったのか!?」

 

 

 守る…その言葉に再びクラウドの脳裏に霞のかかった声が浮かぶ、その声は一つではない。幼いがそれは確かに自分の声も含まれていた。

 

 夜空に浮かぶ満天の星空、給水塔、幼い自分と黒髪の少女。

 

 頭に浮かぶ光景が一つずつキーワードのように巡る。遠い昔の記憶…。だがその記憶にアカメという少女はいない。左右に首を振りながらクラウドは自分の中の確かな記憶を確かめアカメに向けて言葉を放った。

 

「俺が守るのは…お前では…ない」

「…ッ!クラウド…」

 

 その会話を最後に2人が言葉を交わすことはなかった、タツミは呆然とその場に立ち尽くすアカメを横目にやや足早になったクラウドの背を追っていく。アカメは遠くなっていく2人の背中を見届ける、膝を折ることはなかったが村雨を握る右手を静かに震わせながら…

 

 

……………

 

 

 帝都に戻ったクラウドは真っ直ぐスラム街へと向かっていく、先のアカメとの件もあり声をかけられずにいたタツミは黙ってクラウドに付いていた。

 

「いつまで付いてくる気だ?」

「えっ!?いや、言ったじゃないですか、何でも屋になるって!?」

「そうか、頑張れ。じゃあな」

「いやいや!?待ってくださいよ!?雇ってくれるんじゃないんですか!?あの場で黙ってたし了解してもらえたかと…!」

「何でも屋が何でも屋を雇うと思うか?」

 

 噛み合わない会話に辟易とするタツミ、あれだけ担架を切った以上、なんとしてもクラウドの仕事を手伝いたかった。その後も何度もしつこく交渉したが返ってきたのは「給料は出ない」の一言。

 

 甘えの残っていた自分を突き放す一言に都会の厳しさを噛み締めつつも取り敢えずのポジションを得たタツミはそのままスラム街エリア「ミッドガル」へと向かうクラウドの後に続く、アリア一家に仕えていた時は華やかな街道しか知らなかったが高くそびえ立つ外壁を囲うように位置するミッドガルは日中でも太陽光が遮られており薄暗い。加えて資材などの倉庫があちこちに点在しているが明らかにゴミ捨て場と思われる所からは異臭が立ち込めており、およそ人が暮らしていく環境には適さない。

 

 右手を口に当てながら周囲を見渡すタツミ、帝都の知られざる内情の一端を垣間見た彼は改めて帝国の腐敗を感じた。そしてその傍らで一つ先の路地で我が物顔で振る舞う貴族階級の振る舞いの異常さに顔を青ざめた。

 

 そうしてスラム街を歩いているとおもむろにクラウドが立ち止まる、その先には一回り大きな一軒の建家。ギシギシと立て付けの悪い木造の階段を上がったクラウドが玄関の戸を開けるとそこには廃れた世界の中における憩いの場とでも呼ぶべきか、各種各様の酒瓶が棚に並べられておりささやかな1杯を楽しむ流浪の客が集っていた。

 

「ここ…酒場ですか?」

「他に何に見える?」

 

 正面のカウンターに腰かけたクラウドの横に肩をすくめるように席につくタツミ、未成年である彼にとって酒の席はおろかこのような大人が集う場所は新鮮であったが同時に緊張もしていた。それを誤魔化そうと銘柄も分からぬ酒瓶に目をやっているとあまりにその場に不似合いな客が目についた。年齢にして10歳に満たないであろう女の子がこちらをじっと見つめていた。

 

「こ、こんにちは…。君、一人なの?」

 

 恐る恐る声をかけてみたタツミだったが逃げるようにその女の子はカウンター奥へと引っ込んでしまう、その反応に多少傷ついたタツミが肩を落としているとクラウドに気さくに話しかける女性が一人。

 

「お帰りなさいクラウド。今回のお仕事は長かったわね?」

「ああ、厄介な仕事だった、もう御免だね」

 

 顔見知りなのかクラウドの口調はこれまでになく柔らかい。カウンター越しの女性は膝まで伸びるロングのストレートの黒髪を束ねており大人びた雰囲気を持っていた。だがカウンターからその全身を見せると思わずタツミは顔を赤らめた。白のタンクトップにミニのスカートと露出の激しい格好、さらにはレオーネに劣らない豊満のバストが目立ちながらもスレンダーな体型と初心なタツミにとっては中々に刺激が強かった。

 

「あら、そっちの子は初めて見るわね?知り合い?」

「…一応、何でも屋の従業員だ、給料は払わんがな」

「へ~そうなんだ?私はティファ・ロックハート。よろしくね!」

「お、俺…タツミっていいます!よ、よろしくお願いします…」

 

 派手な格好に違わず明朗快活な女性はティファと名乗る、ここ『セブンスヘブン』という名の酒場を若くして切り盛りしておりクラウドとは同郷の幼馴染だという。

 

 そう笑って自己紹介をしてみせたティファであったがクラウドの故郷、ニブルへイムにおいて何らかの事件があったことを暗に察していたタツミは浮ついていた気分を鎮める、そんなタツミを緊張していると捉えたティファが緊張を解そうとカクテルを作る姿は様になっておりクラウド、タツミをはじめ店内の客の視線を集める。そうして差し出されたカクテルは美しくエメラルドに輝いており、一口飲み干したタツミは店の雰囲気も手伝ってかノンアルコールであるにも関わらず気分が高揚していった。

 

 ささやかな時間を満喫していたタツミであったがそのひと時は次の瞬間、崩れ去る。

 

 突然背後の出入り口のドアが勢いよく開かれるとそこから姿を見せたのは黒肌に筋骨隆々な肉体がよく映えガニ股開きで店内を闊歩していく男が1人、その厳つい顔つきはもとい、右腕がガトリング銃の義手となっているその姿から店内中の客の顔が強張る。ギロリとその男が店内を見渡すと我先にと店を後にしていく客ら、気づけば店内に残された客はクラウドとタツミの2人だけとなり賑やかだった店内は瞬く間に静寂と化した。そうして男は店の中央にあるテーブル席に豪快に腰掛けるとカウンター席のクラウドに気づいたのか、あからさまに不機嫌な様子で話しかけた。

 

「けっ!帝国の神羅野郎か、暫く見ねぇから死んだと思ってたのによ!」

「あいにくだったな、長期の仕事で空けていただけだ。それに元、だ。忘れるな」

 

 ブラートとはまた違う圧力で睨みつけてくる男に怯むタツミに対しまたも不遜な態度を取るクラウドだったがカウンターに隠れていた女の子が姿を表すとその男に歩み寄っていく。

 

「君、危ないよ!その人に近寄っちゃ…!」

「父ちゃん、おかえり!」

「おう、今戻ったぜ、マリン!」

「へ…?と、父ちゃん…?」

 

 マリンと呼ばれた少女を男が抱き上げると右肩に乗せながら迂闊な発言をしたタツミを睨みつける。思わず両手で口を押さえ失言を後悔するタツミであったが仲裁に入ったティファがなだめる。その手なれた様子から日常茶飯事の光景のようである。

 

「バレット、いい加減にしてよ!お客さん皆逃げちゃったじゃない!?」

「うるせぇ!仕事の話があったんだ!おぅお前ら、入ってこい!」

 

 バレットと呼ばれた男性がドアに向かって叫ぶと3人の男女が入店してくる。1人は細身の男性、もう1人は肥満の男性、紅一点の赤のブロンドヘアの女性であったが共通のバンダナと類似した服装は軍隊、いやレジスタンスを思わせる出で立ちであった。

 

「バレット…いよいよ仕掛けるのね」

「あぁ…!アバランチ、活動開始だ」

 

 

 晴れて何でも屋に就職とあいなったタツミであったが自身の初仕事が途轍もない『デカイ仕事』になることはこの時予想もしていなかった。

 

 

……………

 

 

「全くアカメちゃんにも困ったもんだぜ!」

「まぁまぁ!面白いことになってきたかもだしね~!急ぐよ、ラバ!」

 

 帝都へと続く林道を急ぎラバックとレオーネが飛び交う。

 

 

 時を同じくしてナイトレイドのアジトではある問題が発生していた、アカメが何も告げることなく姿を消していたのである。ラバックの結界から帝都に向かっていることを知ったナジェンダは面の割れていないラバとレオーネをアカメ追跡に向かわせていた。ナイトレイドの犯行や散発するアバランチの活動に日中の帝都は警備の数も通常の倍近くとなっていた、いかにアカメと言えどもこの時期に帝都への侵入を図るのは愚行と言わざるを得なかった。

 

 

 

 帝都内スラム街の一角を歩くひとりの少女は薄汚れたマントを目深に羽織りながら歩く、探し人の名を口にしながら。

 

 

「…クラウド…」

 

 

 

つづく


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