帝都から北に伸びる森林を8つの影が進む、仕事を終えたナイトレイドがアジトへの帰路についていた。殺し屋のアジトなのだから当然その道は平坦ではない、獰猛な危険種がはびこる山々を越え道なき道を進む、日中であれ極めて危険な道を夜の世界で生きる彼らは庭を駆け回るかのように歩を進め、木から木へと飛び移る。レオーネに抱き抱えられたままのタツミは何も見えない暗闇を進む恐怖に声を上げながらナイトレイドの連中が顔色一つ変えずに飄々と闇を駆ける様に息を呑んだ。
一方ナイトレイドの連中もアジトへと続く道を真っ直ぐに見据えながらもその背後に続くクラウドに時折目をやっていた。仕事帰りのルートを決めている彼らにとっては夜目の聞かない道もレオーネの目とラバックが至るところに張り巡らせている結界からどの地点を進んでいるのかある程度把握している。その道を初めて行くクラウドであったがその足取りはナイトレイドらとなんら遜色ない。
二つの麻袋を両手に抱えながら闇を駆けるその姿に一定の緊張感を保ったまま8つの影は更に深くなった闇を抜けていった――
……………
アリア一家へのナイトレイドの天誅から一夜が明け、ここ帝都の中心部である帝国内部では明朝から物々しい雰囲気に包まれていた。
険しい表情の内政官達が集い昨今の帝都の状況について互いの意見を述べる。
「昨日も名家の者が近衛兵共々ナイトレイドに皆殺しにされたそうだ」
「まだ娘も若いというのに…ナイトレイドめ……!」
「だがナイトレイドの殺しは民からの依頼のものもあると聞く、あの一家の所業を考えればやむを得ないことではあるが……」
腐敗の一途を辿る帝国ではあるが民を憂う気持ちはある、無論ナイトレイドのやり方を肯定するつもりはないが事実貧富の差が激しい帝都ではスラム街が日ごとにその面積を広げている。
また帝国周囲には南部に本部を構える反帝国勢力である革命軍を筆頭に、虎視眈々と侵攻を企てる北の異民族、既に革命軍とコンタクトを取っていると目される西の異民族、帝国と十数年にも及ぶ戦争を繰り広げてきた東の異民族とまさに四面楚歌の様相を迎えつつあった。
情報規制を敷いてはいるものの民からの帝国への不信感は日増しに強まる一方で逆らうものは容赦なく公開処刑する大臣の恐怖政治に帝国内部での火種は未だ燻っている、だが既に帝都内部では規模は小さいものの帝国に反旗を翻す一派が存在していた。ナイトレイドほど人的被害は少ないものの経済的な損失は現在の帝国にとっては最も頭痛の種でもある。
「テロリスト集団アバランチ……か、奴等もこの機に乗じて活動を再開するはずだ。周辺はもちろんミッドガルエリアの見張りも増員しておこう」
アバランチ、その活動は様々であるが主な活動は環境テロである。昨今帝国が機械技術を導入した設備を展開しているがその動力となるもの、『魔晄エネルギー』に対して独自の生命論を唱えており、それらの施設を襲撃、爆破させ多大な被害をもたらしていた。
外には殺し屋集団含む革命軍の台頭、内からは環境テロリスト、千年の歴史を刻んできた帝国は未曾有の危機に瀕していると言っても過言ではない。
「……このような状況こそ『英雄』が求められるのだがな」
その言葉に議会の場は静まり返る、発言者の男も失言と口に手を当てた。結局明確な打開策を打ち出せぬまま明朝の議会は深い溜息で締めくくられた。
…………
帝都から北に10キロの地点に殺し屋集団ナイトレイドのアジトが構える、アジトというからにはさぞや人目に付かぬ地下に拠点を設けているだろうと考えていたタツミであったが切り立つ崖下にあるとはいえ余りにもオープンなその外観に言葉を失った。
「あ~、もぅ! 汗でベトベト!シェーレ、温泉行くわよ!」
「はぁい。背中流しますね、マイン」
アジトへ帰還するなりそれぞれ自由行動へと移るナイトレイドの面々、マインの言葉からどうやら温泉まで湧き出るようである。もしや温泉が噴出する場所だからここにアジトを設けているのだろうか、タツミがそんな考えを巡らせているとマインから冷ややかな視線が向けられる、どうやら入浴する自分達に対してあらぬ妄想に耽っていると捉えられたのだろう。
「あんた、覗いたら殺すからね」
「だ、誰が覗くか!? 誰が!?」
殺し屋の口から「殺す」という言葉が出ると冗談には聞こえないタツミは必死になって弁解する。勧誘という名の拉致で殺し屋達のアジトへ無理矢理連れてこられたのだ、一挙手一投足が死を招きかねない状況で緊張感を纏ったタツミは助けを乞うようにクラウドへと目をやる…がそのクラウドの姿がどこにも見えない。
「あ、あれ? クラウドさんは?」
「クラウドならこの先の丘へと向かった」
周囲を見渡すタツミにアカメが応える、直接見る機会は少なかったがあのクラウドと互角に対峙していたこの少女に警戒しつつもタツミはクラウドが向かったという丘を目指した。無論その背後には不審な行動を監視せんとアカメとレオーネの両名がつく。
ナイトレイドのアジトより少し離れた丘は広大な森林を隅々まで見下ろせることができる実に景観の良い場所である、そこでタツミは丘の先で地ならしをするクラウドの姿を見た。両手に抱えていた麻袋がないことに気づいたタツミはすぐにクラウドがサヨとイエヤスをこの地に埋葬してくれたことを察する。
「あの……クラウドさん、すみません、俺が……ちゃんと弔わなくちゃならないのに」
そう礼を告げたタツミであったが内心2人の亡骸をクラウドが弔ってもらったことに安堵をしていた、生まれてから今まで家族同然の付き合いをしてきた仲間が自分の素知らぬ所で陵辱の限りを尽くされ命を落とし、のうのうとその敵に一時的に仕えていた自身を恥じ、合わせる顔がなかったからである。
「石を探してこい」
「え?」
「2人の墓石だ、何も添えないつもりか?」
「あっ……す、すみません! 行ってきます!」
クラウドの言うとおりに墓石となるものを探しにいくタツミ、だがその心と足取りは重い。共に帝都に夢を見て、志を共にした親友達の墓石を見繕うなど己の行動が解せなかった。
やがて適当な石を手に丘に戻ったタツミは2人が眠る地にそっと石を置くと故郷の習わしに従って2人の墓前に両手を合わせる。
「一緒に帝都で出世しようって言ったのに……俺一人になっちまったじゃねぇかよ……」
タツミの漏らした言葉が聞こえなかったのか、それとも関心を示さないのか丘の先を見つめるクラウドは何も応えない。その2人の監視のため姿を見せたアカメに居直ったクラウドは傷心のタツミに気遣うこともせずに報酬の話を切り出した。
「その話だがボスが戻らないことには始まらない」
「ボスだと? 決済者というわけか?」
「ああ、それまでの間にクラウド、それにそこのタツミも決めて欲しい、私たちの仲間になるか」
クラウドはしてやられたと首を振る、アカメの言葉は勧誘のそれだがアジトまで踏み入った自分達をそうやすやすと帰すとは思えない、ボスとやらが戻るまでの間に進退を決めろとのことだ。
「そういうことなら話すことはない、金の話が出来なければ帰らせてもらおう……力尽くでもな」
言うなり肩の剣に手を置いたクラウドであるがその反応を予測していたのかアカメはボスが戻るまでの間自分たちの仕事を手伝わないかと持ちかけた。殺し屋稼業は請け負わないと公言したクラウドは当然首を横に振るが仕事内容がアジトでの家事や炊事であることを聞くと暫しの間考え込む。
「あっれ~? 何でも屋なのに仕事選ぶんだぁ?」
と横槍を入れるのはレオーネ、アジトへの帰路にてタツミからクラウドの職業を聞いていた彼女は先のクラウドとの戦闘が不完全燃焼だったこともあり安い挑発を仕掛けてみたのだ。
「……聞き捨てならないな、誰が出来ないと言った? いいだろう請け負ってやる、しかも全部だ!」
「ク、クラウドさん!?」
子供の口喧嘩に等しいレオーネの口上にタツミも呆れたが当のクラウドは何でも屋としてのポリシーに触れたのか珍しく感情を顕にしてレオーネに食ってかかる。
「それじゃ決まりだね! まずはアジトの掃除からお願いしちゃおっかな~?」
「覚悟しておくんだな、塵一つ残さず掃除してやる」
敵に向けた言葉であればなんとも勇ましいものであるがクラウドは背負った大剣をデッキブラシに持ち替えるとアジト内に突入していく、その背中を唖然と見つめるタツミもその後マインとレオーネに雑用を押し付けられ、サヨとイエヤスの死を悲しむ余裕もない多忙の日を迎えることになる、それが死と隣り合わせの彼らなりの気遣いであることには気づかずに。
…………
半日を費やしてアジト内をくまなく掃除したクラウド、丁寧にラバックがアジト内に密かに設けていた秘蔵の書物庫の隠し扉を探し当て大広間に陳列してから内部を清掃してみせた、その後ラバックがナイトレイド女性陣から冷淡な目を向けられたことは言うまでもない。
「清掃は完了だ、次は何だ?」
「OKOK! そいじゃあ次は食材の買出しを頼もうかなぁ? こっから南西に行商人が集う市場があんだよね」
食材の備蓄にはまだ余裕があったがクラウドの反応を楽しみたいが為にレオーネが命じたのは食材の買出し、南西に6キロほどの地点にあるということだが初見の場であることもあり監視も兼ねて一人を付ける事になったのだが…
「わ、私が行こう」
緊張した様子でアカメが前に出る、昨夜もクラウドを前にした際の普段見られない彼女の反応が面白いと感じたレオーネは進言通りクラウドとアカメの両名に買い出しを頼もうとしたが、ボス不在のナイトレイドにおいてボス代行のアカメが監視目的とはいえアジトから離れることにマインやブラートが苦言を呈すと渋々とアカメは後ろへと下がる、代わりにクラウドと同行することになったのはシェーレ。
「ちょっとレオーネ、シェーレに買出しなんて任せていいの!?」
「だーいじょぶだって!一人で行くわけじゃないんだしさ」
マインが小声でレオーネに耳打ちしたのには理由がある、その見た目からおっとりとした印象のあるシェーレだが見た目通り、いや見た目以上の天然ぶりを発揮し家事に炊事にと災厄を撒き散らしてきた。特にマインは自身ごと洗濯にかけられたこともありシェーレの挙動には常に気を揉んでいた。
「それではクラウド、いきましょうかぁ」
いつの間にかナイトレイドの面々の妙な馴れ馴れしさに巻き込まれているクラウドであったが一度請け負った仕事は最後までやり遂げるという何でも屋のポリシーの下に市場へと向かう。
……………
アジトを発ってから小一時間ほどしてようやくクラウドたちは行商人が集う市場へと到着した、アジトからの距離を考えれば徒歩で30分未満のところ先導していたシェーレが毎々道を誤ってしまった結果である。
「すいません、クラウド」
「……いや、……もういい」
道中シェーレの謝罪の言葉をもう何度聞いただろうか、怒りも呆れも通り越したクラウドは力なく答えると早速レオーネに手渡された食材リストに目を通す。
「ブロッコリー……分かるか?」
「ブロッコリーですかぁ? えっと確かぁ……なんでしょうねぇ?」
「待て、確か茎がついた野菜だったはずだ……!」
掌に収まるメモ用紙を暗号を読み解くかのような表情で見つめるクラウド、やがて確信を得たように食材を次々と購入していく。意気揚々と食材を買い進めていく客に店主も顔がほころんだがその分量にやがて顔を引きつらせていく。
「お、お客さん、そんなに買うんですかい?」
「多いに越したことはないだろう?」
「そうですよねぇ」
この時点でクラウド、シェーレ共に料理に関しての知識が乏しいことが予見できる、この後アジトに戻った彼らはブロッコリーと間違えてカリフラワーを大量に購入したことを大いに笑いの種にされるのだが当然この時の彼らは知る由もなかった。
仕事を終えたことで改めて市場を見回すと帝都にはない、いや出せない品もいくつか見受けられる。とは言っても何も物騒な品物ではない、ただ食品や衣類・雑貨、そのいずれもが帝都の正規の輸入ルートから得た品物と比較すると見劣りするのが明らかだった。
このような僻地で行商人が集うのも帝都では卸せない品を互いにシェアすることで何とか生活を送っているようである、売り子の声の質も華やかな帝都に比べると幾らか力弱い。
「……もしも~し、そこのお兄さんとお姉さん、お花はいかが?」
その声に振り向くと木造のワゴンカーを手に若い女性が立っていた、茶髪のをリボンで後ろに束ね、控えめの色彩のロングのワンピースと荒んだ空気のこの場に少々似つかわしくない。
「……花か、久しぶりに見たな」
「とても綺麗ですねぇ」
「うん、私、育てたの」
粗末なワゴンに精一杯の装飾を施してはいるがその花の美しさは一際輝きを纏う、スラム街を拠点とするクラウド、殺し屋稼業で日の目の当たらない生活を送るシェーレも久しく見ていなかったその美しさに目を惹かれた。
「お兄さん、彼女のお姉さんにプレゼントしてあげなよ? ひと束500ギルだよ?」
「別に彼女じゃない、それにひと束500ギルとはボリ過ぎだ」
「冗談、10ギルでいいよ? 買う、買わない?」
身体を左右に振りながら購入を勧めてくる女性、ここまで出張ってくるだけはあるのか大した商魂の持ち主のようである。
「すいません、二つ頂けますかぁ?」
乗せられたのか、シェーレが花束を2つ購入すると女性は満面の笑顔で花を包みはじめる。購入リストにない商品をと頭をかくクラウドであったがどことなく同じ雰囲気を纏う女性2人に食ってかかるのも気が引けたのか黙って見届ける。
「毎度ありがとうございました、また今度、ね?」
「悪いがここに来ることはもうないと思うぞ」
「……ううん、また会えるよ」
別れ際に花売りの女性は何故か確信めいたような言葉を残すと再びワゴンカーを引きながら通りを歩いていく。その様子を不思議そうに見つめながらクラウドとシェーレはアジトへの帰路についた。
……………
クラウドとシェーレがアジトに戻り、レオーネらから嘲笑の的になっている頃、タツミはサヨとイエヤスの墓前に座していた、その心中は未だ曇ったまま。2人の墓前にはクラウドとシェーレが花売りの少女から買った花束がそれぞれ供えられており飾り気のない墓石が彩を得たが一層2人が「死んだ」という事実をタツミに突きつけた。
「サヨはこういう花好きそうだよな……、イエヤスは……ははっ、似合わねぇよ」
物言わぬ墓石2つに語りかける様は何とも物悲しい、とそこにレオーネから逃れるようにクラウドが姿を見せると今の言葉を聞かれたとタツミは肩をすくめる。
「クラウドさん、ありがとうございました。2人の花まで供えてもらって」
「礼ならシェーレという女に言うんだな」
相変わらずの無愛想な態度であるがレオーネから逃れるためならここだけでなく幾らでも場所はあったはず、タツミも1人で沈むよりかは口数が少なくとも誰かが傍にいてくれるのは心安らぐ思いであった。
「でも意外でしたよ、クラウドさんでもその、苦手なものってあるんですね?」
「何故笑われたのか分からん、見た目が似てるのだから味も同じようなものだろう?」
タツミは久しく声を大にして笑った、2人の墓前を前に失礼とも思ったが大いに笑った。
「……そろそろ食事の時間だ、お前も手伝え」
「分かりました! ……ってクラウドさんが作るんですか!?」
「ああ、問題はない。隠し味にエビルバードのヨダレを使う、恐らく絶品のはずだ」
その後、タツミやアカメをはじめとしたナイトレイドからの猛抗議を受けクラウドがその腕を振るうことは未遂に終わる、代わりに故郷で培った様々な経験の一つとして料理の腕を磨いていたタツミがその後ナイトレイドの給仕係を任されることになった。
……………
クラウドとタツミがナイトレイドのアジトへとやってから早3日が過ぎていた。タツミは早朝の日課としてアジトの修練場で汗を流す、その傍らには大柄で筋肉質、リーゼントヘアーが特徴の男が槍を携えながら稽古をつけていた。アリア一家暗殺の際、帝具インクルシオを纏っていたブラート、その正体である。
「どうした、タツミィ!? 打ち込みが浅いぞ!」
「押忍、アニキ!」
タツミも親しみを込めてブラートをアニキと呼ぶ。初日の自己紹介の際にブラートがインクルシオを装着する様を見てからすっかりとその迫力に魅了されたタツミはすぐにブラートに懐いた。サヨとイエヤスの件で沈んでいたタツミを思ったのか初日の夕暮れからは早速タツミに稽古をつけていたブラート、クラウドとはまた違う剛気な体さばきに熱を上げるタツミだったが少々スキンシップが多いこと、随所で頬を染めるブラートの反応に時折身の危険を感じていた。
当初は殺し屋集団のアジトということで構えていたタツミであったがブラートの稽古もあってかそれなりに馴染んではきている、だが未だに勧誘に対する答えを出せなかったのは未だにボスが戻ってきていないことにある。それは報酬の受け取りを控えるクラウドも同様である、アジトの家事を請け負っている以上無下にすることはしなかったがその表情からは日増しに不機嫌が伺えた。
そしてとうとう痺れを切らしたのか、ボス代行者であるアカメの元に向かうクラウド、自分の進退にも関係することなのでタツミも同行する。
この3日間でアカメという少女が絶えず食事と関係のある場所にいることを知っていたクラウドはアジト近辺の河原から漂う香ばしい匂いを頼りにアカメのもとに向かう、そこでは特級危険種として指定されているエビルバードの丸焼きを豪快に貪るアカメとご相伴に預かったのかレオーネの姿が見えた。
「お~、タツミにクラウドじゃん! こっちきて食う!?」
「……この肉が食いたければ私達の仲間になるのが条件だ」
「いらねぇよ!?」
仲間になる、ならない以前に一つの村を田畑から建築物はては人まで食い荒らすエビルバードの肉など頼まれても食することなど出来ないとタツミは首を振る。
「クラウド、お前もどうだ? ……旨いぞ?」
「いらん、それよりもボスとやらはいつになったら帰ってくる? いい加減待つのも飽きたぞ」
それなら話は早いとレオーネが首を右に傾げる、エビルバードの背に隠れるようにその場にもう1人それまで見た事のない女性が座していた。
銀の短髪にダークスーツを纏い、右眼に眼帯、そして右肩から先は鋼鉄の義手とその出で立ちからカタギではないと分かるその人物こそナイトレイドのボス、ナジェンダである。
「お前らか、話はアカメとレオーネから聞いている、タツミとクラウドといったか? 私は――」
「お前がこいつらのボスか? ならば話は付いてるはずだ、報酬をもらおうか?」
殺し屋集団のボスがわざわざ名乗りを上げようとしたにも関わらず、右手を眼前に差し出すクラウド。その行動に思わずレオーネも顔を青ざめる、先日の仕事でのミスをナジェンダに咎められていた彼女だからこそ大胆不敵な態度を取るクラウドの愚行に声を失っていた。
「その眼…お前、ソルジャーか…!?」
「元、だ。今は何でも屋をやっている」
クラウドの碧眼を見たナジェンダが腰を上げると、アカメとレオーネに会議室に招集をかけろと命令を下す、その表情・声色から両名は飛ぶが如く勢いでその場を後にした。タツミもクラウドを見るナジェンダの瞳にある種の殺意を纏わせているのを察すると一つ身震いする、女性ながらナイトレイドのボスを務めるだけの気概を感じた瞬間でもあった。
……………
アジト内部の大広間にある会議室その中央奥の椅子に腰かけたナジェンダ、その周囲を6人のナイトレイドが構えるその中心でクラウドとタツミは居直る。タツミについてその境遇、事情を聞いていたナジェンダは改めてタツミをナイトレイドへと誘う。
当初懸念していた加入しなければ殺されるという心配はなかったがやはりその監視下の下で働かざるを得ないと知ると暫し考え込むタツミ、現在の帝国の腐敗は元帝国軍人であるブラートより聞かされていた。その為にナイトレイドが帝都にはびこる悪人どもに天誅を下しているということも。だが世の悪人一人一人に裁きを下したところで体制に大きな影響はないと考えていたタツミは自分の故郷のように辺境の村は救えないことを吐露する。だがナジェンダはなればこそとタツミにナイトレイドへの加入を進めた。
今でこそ帝都を震え上がらせているナイトレイドであるがその実態は反帝国勢力である革命軍の暗殺部隊である。その最終目標は来るべき革命に乗じて腐敗の根源である大臣を討つことにあった。
タツミは胸が熱くなるのを感じていた、もしそれが実現すれば帝国は勿論、重税で苦しむ村を救うこともできる、サヨとイエヤスのような犠牲を無くすことが出来るのだ、自然と拳を握る力が強まる。
「下らない話は終わりか? さっさと報酬を頂きたいんだがな」
タツミの秘めた想いを裏切るかのようにクラウドが割って入る、その言葉はナイトレイド全員から敵意の視線を集めるには十分過ぎるほどであった。
「おい、テメェ……! 今なんつった!?」
「下らない話は終わりかと聞いたんだ、アンタ達の活動にも目的も興味ないね」
前に詰め寄ったブラートがクラウドの前に立つ、長身のブラートが瞳孔を開き、こめかみに青筋を浮かべながらクラウドを見下ろすのに対し、冷めた眼でその顔を見上げるクラウド。タツミはこの数日で一度も見せたことのないブラートの表情に恐怖を募らせつつ、あまりに迂闊な発言をしたクラウドを見る。
「ま、待ってくれブラート! クラウドも悪気があって言ったのではないんだ!」
見かねたアカメが両者の仲裁に入るが今にもその拳を振り下ろさんとするブラート、クラウドも全く悪びれた様子を見せない。
「クラウドと言ったか、我々の活動のどこが下らないと言うんだ?」
腰を下ろしたまま言葉は冷静に問うナジェンダ、ブラートとはまた違った迫力を感じさせるその雰囲気にブラートも後ろに下がった。
「最終目標である大臣を討つ、それまでは帝都のダニ退治、なるほど立派だ。だがそれまでにお前らが守るという民は何人死ぬ? あと何人見殺しにする?」
クラウドの言葉には今現在も大臣により謂れもない罪に問われ凄絶な拷問の果てに命を落とす民らの願いが込められているかのように聞こえた。ナイトレイドは殺し屋ではあるが無法者ではない、暗殺を行うにも民たちからの要請、現地での裏取り、姿を悟られぬように決行時期・場所の選定などその工程は緻密である。その間に暗殺対象の更なる愚行を止められないこともままある。
その事実を理解しているからこそ、クラウドの言い分にブラートも口を閉ざした。
「そう思うのならお前が民を救う事は考えないのか?」
「俺は何でも屋だ、殺し屋でもなければ革命軍でもない」
「……ならば何故帝国を抜けた、……ソルジャー クラス1st」
ソルジャー、そう口にしたナジェンダにナイトレイドの面々も目を開く。タツミもクラウドと初対面の際に聞いたソルジャーという言葉に改めて疑問符を浮かべた。
元帝国軍人であり将軍でもあったナジェンダは語る。現帝国の腐敗は今に始まったことではない、遡ること30年ほど前よりその兆しは現れていたことを。
現大臣であるオネストはその当初より各地で圧政を敷いており東西南北の異民族を始め、帝国内部からの反発を買い始めていた。武力による衝突であれば勢力で勝る帝国に絶対有利であったが民への不信感ばかりは如何ともしがたい、当時の皇帝の前では恐怖政治で統制することできなかったオネストは民への羨望となる『シンボル』を作り上げようと画策する。
帝国が所有する帝具を扱える者の発掘とその養成、その為に各地で点在する家なき子を秘密裏に集めていた。
だが問題は山積みであった、各地で集めた子供たちを養成の名の下に過酷な環境に投じたものの大成するものは少なくまた帝具を扱える者となると更にその数は少ない。時間も労力もかかる非効率なやり方に業を煮やしたオネストはそこでかねてより目を付けていた一つの部門に着目した。
現在帝国が随時展開している機械技術を始めとした様々な功績を挙げた帝国管理下の機関「神羅」、そこで生物学を研究する機関にオネストは一つの命令を下す。
「帝国最強の兵士を作れ」と。
そして研究の結果、ある一人の男が世界に生まれ落ちる。
「……当時私は将軍になったばかりだった。そこで初めて彼を見た――」
煙草を咥え一服を付けたナジェンダは吐く煙とともに当時を語り始めた――
……………
「正気ですか!? このような少年を戦地に向けるなど!?」
若きナジェンダは右腕を振るいながらオネストに進言する、その腕の先には膝下まで伸びる銀髪と吊上げた鋭い目つきとその透き通るような碧い瞳。精悍ではあるがまだ幼さの残る少年を今や激戦区となっている東の異民族、ウータイとの戦地に出向させることにナジェンダは異を唱えた。
「大丈夫ですよぉ、この子は特別ですから。それにデビュー戦は華々しくないといけませんからねぇ?」
「オネスト様、何をお考えなのですか……!?」
それから数日後、少年はウータイとの最前線に送られる。戦場にいた兵士は若くしてこのような場に送られた少年を哀れみ、ウータイ族の人間は最前線に迷い込んだ鴨と向ける視線はそれぞれの意味を持ち、少年は初陣を迎えた。
ナジェンダは少年の戦死の報告をいつ聞くのか軍舎に待機していた、やがて従者の人間が息を切らせながら戦況報告にやってくる。ナジェンダは一つ瞼を固く閉じるとその報に耳を傾けたがそこで告げられた内容はまるで想像をしていなかったものであった。
「我が兵の損失はゼロ……ウータイは全滅だと!?」
「は…はっ! 間違いありません! 戦地での損失者はなし、敵部隊完全に沈黙したとのことです!」
何かの誤報であると思ったナジェンダは即座に現場へと趣いたがそこでは報告のとおり勝利に酔いしれ士気を高めた兵士が集う、そのいずれもが少年の名を口に叫んでいた、「彼こそ英雄であると」
その盲目的な反応を訝しんだナジェンダは最前線となった戦場の中心部でかすり傷一つ付けずに佇む少年を見た。
その戦果をきっかけに少年は数々の武功を打ちたて帝国内は勿論、帝都の民や辺境の村の者達にすら羨望の眼差しを向けられ、まさしく帝国の『シンボル』としてその名声を轟かせていった。
……………
「……彼は確かに英雄だった」
煙草を灰皿に押し当てながらナジェンダは語りを締めた。
その少年の武功が認められ、帝国では次々と彼のような兵士になることを夢見るものが集い帝国の威光はかつてのいや、かつてないほどまでに輝きを増した。
「そ、それじゃあ……なんで今の帝国はこんなに腐ってるんだよ!? その英雄はどうしちまったんだよ!?」
タツミの疑問は最もである、今のナジェンダの話が本当であれば民の信頼をここまで失墜させ恐怖政治に走る必要はなかったはずである、だが帝都の内情を知らなかったタツミがその事実に気づかなったのもまた至極当然であると悟ったナジェンダは言葉を続ける。
「……堕ちた英雄だからだ」
「堕ちた……英雄……?」
ナジェンダの濁した言い方にタツミは理解が及ばなかった、それは彼女に取っても忘れがたくまた信じたくない真実。だがタツミに応えるように返したのはクラウドであった。
「……奴は俺から全てを奪った……!」
「ク、クラウド……さん?」
ブラートの剣幕にも物怖じしなかった男が眉間に皺を寄せ明らかな怒りを顕にした。そして憎むべきその男の名を口にする。
「俺は奴を決して許さない……! セフィロス……!!」
つづく