満月を裂く様にクラウドが大剣を縦一文字に翳すとその刃をアカメの脳天に向けて振り下ろす、とその時、一切の照明が灯されていなかった屋敷から溢れんばかりの光が漏れ出した。
その光は屋敷外にいた者達の目を引くには充分過ぎるほどであり、一瞬目を離したクラウドの剣筋が鈍ったことでアカメは咄嗟に身を逸らせると宙に舞い上がった村雨を手に取り再び両者均衡の間合いを保つ、先の動揺から見せた隙など一分も見せないその反応は彼女が暗殺者として芯まで染み込んだ経験からなるものである。
「今の光……シェーレの『奥の手』か!?」
レオーネが屋敷に向かって叫ぶと2階の窓ガラスを突き破ってシェーレがその姿をさらす、その後を追うようにタツミらが1階正面玄関から飛び出してきた。
「ごめん、クラウドさん!! 取り逃がしちまった!」
「……気にするな、最初からあてにはしていなかった」
アカメと向き合ったままそう答えたクラウドであるが如何に彼といえども近接戦に長けた者を複数人同時に相手取り且つ後方援護が2人も構えていた状況は芳しくなかった。
たった1人とはいえタツミらが敵を足止めしていてくれた事、今しがたの騒動でそのタツミ、ガウリら護衛兵10数名が緊迫した現場に参上したことにより少なくとも敵戦力を分散させるという結果をもたらしたことは大きい。
「クラウド! 私だ、アカメだ! 分からないのか!?」
「記憶力は悪いほうじゃない、知らないものは知らない」
ただクラウドが不可解だったのは目の前にいる自分と面識がある口ぶりで話すアカメと名乗る少女、何が狙いと探るがその真意は見えない。
「アカメちゃん、どうしたんだ!?」
「もしかして昔の知り合いか?」
増援に駆けつけたタツミらをブラート、シェーレに任せてアカメのバックアップに回るラバックとレオーネ、しかし背後からでも伝わるアカメの焦燥ぶりに息を呑む。アタッカーであるアカメの動きが鈍いこともあり数の上で有利であるにも係わらず両者の均衡は僅か数秒とはいえ完全に沈黙した。
その一瞬の膠着を好機と見たクラウドは右足を前方に強く蹴り出すとクラウドの剣を受けたアカメの体がラバックとレオーネの間を弾丸の如き速度で抜けていく、2人が振り返ったときには既にクラウドとアカメの姿は闇夜の森林へと消えていた。
「まずい! ラバ、追うよ!」
「合点!!」
……………
「ナイトレイド、覚悟ぉぉ!!」
状況が動いたことでブラートとレオーネの2人もタツミらとの臨戦態勢が崩れた。クラウドの読みによる奇襲が成功したことで気を大きくしていた護衛兵ら数名がブラートに襲い掛かる、がブラートが手に持った槍を旋回させると共にその胴体が真横に裂けると一瞬にして屋敷の敷地には寸断された元・人間だったものが転がる。
「う……ッ!?」
タツミは思わず口に手をやった、故郷を出てから帝都に向かうまでの道すがら人助けと路銀の調達を兼ねて数多の危険種と戦い屠ってきたが人間相手に刃を向けたことは只の一度もなかった。
たった3日間とはいえ兵舎で寝食を共にし、アリアの護衛という名の荷物持ちに駆り出されていた仲間がほんの一瞬で物言わぬ骸となって転がっている、目の当たりにした惨状がタツミの身体を震わせることは容易かった。
「シェーレ、こいつは違うよな?」
「はい、標的ではありません」
身体を震わせながらも構えを解かないタツミを一瞥したブラートはシェーレの言葉を聞くとそのままタツミの脇を横切る、あまりに不可解な行動を取られた事に一瞬呆気に取られるタツミであったが鎧の男が自分と、そして背後に構えるガウリ等の間合いに入ることに気づく。
「ガウリさん! 挟み撃ちだぁ! うぉぉぉぉ!!」
「……ほう、恐怖で震えてんのに大した奴だ」
タツミが振るった剣をブラートは槍で容易くいなす、だがタツミにとってもこれは予想通りの結果、背後からガウリ等が攻めれば僅かの隙を突けると睨んでいた。だが地面に倒れこむタツミの目に飛び込んできた姿は…
「い、今のうちだ、逃げろぉぉ!!」
「ガウリさん!? な、なんで……!?」
ガウリは残った護衛兵に撤退を告げると武器を放りタツミに背中を見せ蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく、その光景に思わずタツミは苦笑を浮かべた。
「大儀もねぇ奴等が……! うぉぉりゃあぁぁ!!」
ブラートが咆哮と共に投擲した槍は直線上の護衛兵数人の身体を抉ると先頭を切っていたガウリの背中をも貫く、そのままガウリの身体を乗せた槍が大木に突き刺さるとそこにはクラウドとタツミの指導役であり護衛兵長であった男が敵に背中を向けたまま無様な姿を晒していた。
「ブラート、こちらも終わりましたぁ」
「おう、俺達もアカメの元に向かうぜ!」
シェーレとブラートは現場が片付いたことを確認するとそのままアカメの元へと駆けていく、その際に一目もタツミの顔を見ることも無く。
「なん……だよ……! なんなんだよぉぉぉ!!?」
只一人そこに残されたタツミは兵長ガウリを初めとした仲間の醜態と路傍の石ころとばかりに相手もされなかった自身に対してやりきれない感情を露わにした、その叫びに対して返ってきた夜風の音がただただ空しかった。
……………
宙を舞い、地を駆けながらいくつもの火花が舞う、夜の森林は一層闇が深くクラウド、そしてアカメも互いの位置を呼吸、殺気、剣を振るう際に生じる風を切る音と視界以外から伝わる情報を総動員させていた。その立会いが一般人から見ればとても一切の視覚が遮られてるとは思えないほどに2人の斬撃は的確に互いを捉えていたのである。やがて敷地奥の広場に抜けるとアカメはクラウドから再び間合いを大きく取った。
「クラウド! 話を聞いてくれ! 本当に私の事を覚えていないのか!?」
「同じ問答を何度もするつもりはない」
「くっ……! どうして、どうしてなんだ!? なぜ、お前が……!?」
剣を交えている間は条件反射で対峙していたアカメであったが再びクラウドの姿を目にしたことで声を荒げる、だが少女の言葉をクラウドは思案する気はなかった。恐らくタツミらは残された連中に対抗できない、各個撃破していくことで戦局を覆すためにも時間はかけていられなかった。
「クラウド、お前はこの屋敷の連中が何をしているのか分かっているのか!?」
「そんなものに興味は無い、俺はただの雇われの傭兵だ」
「……ッ! ならばこれを見てみろッ!!」
そう言うとアカメは敷地の奥にまるで隔離されたように建つ倉庫の錠を開け放つ、そこにはこの世のものとは思えぬほどの世界が広がっていた。
食料庫に備蓄されている家畜のように手足を縛り上げられ宙吊りにされているのは人間、人間、人間の数々。そのどれもがいずれかの部位を欠損、損壊しており一目で人為的な行為によるものだと分かる。老若男女問わず拷問にかけられており奥に設置された檻からは擦れた呻き声が何重にもなり倉庫内に響き渡る、その身体の至る所に斑点が表れており何らかの病に冒されているのが見て取れる。
「これがこの屋敷の連中が行ってきた所業だ、お前はこれを見てもまだ護衛すると言うのか!?」
「……関係無いな、俺が交わした契約は家主の護衛だ、前金を貰っている以上依頼は果たす」
「……クラウドッ!!」
真実を見せたことでクラウドの反応が変わることを期待していたアカメであったがその想いは届かずに終わる、やがてアカメを追ってきた残りのナイトレイドがクラウドの前に立つ、姿は見せていないが狙撃手もその照準を向けているであろう。
「タツミ達はやはり無理だったか」
「あの坊主なら心配いらねぇよ、標的じゃなかったからな」
「あんたも標的じゃないけど邪魔するってんなら……ぶち殺す」
再びクラウドの前にブラートとレオーネが立ち尽くすがマインの狙撃を当てにしていない彼らの覇気は先の比ではない。加えてアカメとシェーレ2人の増援、援護に回ることに専念したラバック、そして闇に紛れ照準を合わせるマイン、ここに来てクラウドは彼我戦力で圧倒的劣勢に陥ったが先程の立会いで数的有利を頭から排除した連中は密集陣形を組みクラウドの正面に立つ。この均衡が崩れる時、今まで以上の激戦が繰り広げられることが予想されたが…
「皆、待ってくれ! クラウドは私の……友なんだ!」
「アカメ!? そこをどけ!」
相対する両者の間にアカメが割って入る、彼女の予想外の行動にナイトレイド陣営が一瞬乱れるとクラウドは振り上げた大剣を大地に叩き付けた。
剣先から迸る衝撃波が地を這うようにアカメに迫る、がその速度は緩慢でありクラウドを正面に見据えていたナイトレイドの連中は当然のように、アカメもまた背後に迫った殺気に身体を宙に上げる。
不意を突いたクラウドの一撃は誰一人として命中することなく終わったと思われたが瞬間地を這っていた衝撃波が爆ぜると流星のようにナイトレイドに襲い掛かった、まるで予測できなかった攻撃の変化に直撃を受けた面々は大地に、木に身体を打ちつける。
「ぐっ…! なんだ、今のは!? あいつの帝具の力か!?」
ラバックがクラウドの技に頭を回らせるがそれをかき消すかのように闇夜に響くは高らかな笑い声、その先にはアリア一家がその姿を見せていた。
「ははは! 素晴らしい、素晴らしいぞクラウド君! 悪名高きナイトレイドを軽くあしらうとは!」
護衛対象が自ら姿を晒すなどもっての外とクラウドは軽く舌打ちをする。とアリア一家を追うようにタツミが姿を見せた、外傷は負っていないようだが精神的に大分追いやられたのかその顔色は優れない。
「アリアさん、駄目ですよ勝手に外に出ちゃ! 旦那様も奥様も!」
「あはは、大丈夫よタツミ♪ クラウドが居れば悪者なんてあっという間だよ!」
軽快にそう言葉を返したアリアであったが屋敷に転がっている護衛兵の死体の山を見ているであろうにも係わらず今もまた殺し合いが行われている現場を笑ってみせるその表情にタツミはさらに顔を青ざめた。
「……標的確認、葬る!」
体勢を整えたアカメがアリア一家に迫る、しかし再三に渡り正面にはクラウドが立ちはだかる。
「クラウド! お前はまだ……!」
「言った筈だ、依頼は完遂すると」
アカメにとって標的が姿を晒してくれたことは好機であった、旧友であるクラウドを前に満足に戦えないことは彼女自身が誰よりも理解していた、その為に今しがた仲間を危険に晒してしまったことも。なればこそ標的を早々に討ち取ることで戦いを終局に持ち込みたかった彼女にとってまたもクラウドがその前に立つことは何よりも苦々しい。だがクラウドとの戦いを避けられないと覚悟したアカメは村雨を構える、その圧にクラウドも構えていた剣を手元に引き寄せ警戒を強めた。互いの緊張感が高まり、三度の激突が始まろうとした時だった。
「サ……ヨ? な、んで……!? こ、こんな……!?」
倉庫内の惨状を見たタツミが声を上げる、倉庫内入り口前に吊るされていた少女に向かって語りかけていることから知り合いがいたのだろうか、既に事切れた少女に向かって何度も呼びかけるが当然反応はない。
「タ、タツミ……タツミだろ……?」
「イエヤス……? イエヤスか!? お前、何でこんな事に!? いったい何があったんだよ!?」
牢屋からタツミの名を呼ぶ少年、イエヤス。その身体は他の者と同様に斑点が浮かんでおり何かしらの疾患が見られる、タツミに向かって腕を伸ばしながら涙ながらに宙吊りにされた少女サヨの末路と自分達がアリア一家に騙されていたことを語った。
「アリアさんがサヨを……!? 奥様がお前をそんな目に……!?」
「嘘じゃねぇ……! お前も騙されていたんだ!」
タツミは両手で頭を抱えてその場に膝をついた。帝都へ着いてからの充足した3日間、その裏で同郷の仲間がおぞましい目に合いその仇に尽くしていた自分の愚かさを嘆き叫んだ。
その悲痛な叫びを聞き眉を細めるはナイトレイド、口角を吊り上げ下卑た笑みを浮かべるはアリア一家、只一人表情を崩さないクラウドは静かにタツミに問う。
「タツミ、確認する。お前が捜索を依頼していた仲間はその2人で間違いないんだな?」
「……そう、だよ……! そうだよ! 俺の仲間だ! サヨだ、イエヤスだ!!」
「…‥了解した」
アカメと相対していたクラウドはその剣を下ろすとアリア一家の元に静かに歩み寄る、その背後を突こうと思えばアカメは出来たがそうしなかったのはそれまでまるで感情が読めなかったクラウドの背中に静かながらも確かな怒気を感じたためにあった。
「どうした、クラウド君? 君への依頼は私達の護衛のはずだぞ? 私達が何をしていたのかは契約上何も関係がない、そうだね?」
「…ああ、その通りだ。――だが」
一陣の風が舞うと闇夜に浮かぶ満月に映ったのはアリア父の首、胴体は首が離れたことも気づいていないのか直立不動のまま。横に薙いだ大剣を回転させながら背中に納めたクラウドは月夜に舞う生首に物申す。
「俺の契約はタツミの仲間が見つかるまでだったはずだ……先程契約は終了した」
主人の首が飛ぶ様を見た婦人が恐怖に駆られ逃げ出すがその前をアカメが立ち塞がると村雨を一閃、手に持っていた拷問の有様を綴っていた日記ごとその胴体を真横に裂かれ絶命する。
「お、お願い! 私だけは殺さないで! 私はまだ子供なのよ!? 名家の娘なのよ!? 将来があるのよ!?」
一瞬にして両親の命を眼前で奪われたアリアであったが口に出すのは保身の言葉のみ、その浅ましさにアカメは冷徹な目を向けたまま村雨を握る力を強めた、だがふらふらと前に出たタツミがアリアの前に立つ。
「タ、タツミ!? あなたは違うわよね、私を守ってくれるわよね!?」
タツミはある言葉を思い出していた、敵を斬るのであれば『斬る』のではなく『断て』というクラウドの言葉を。
剣を縦に構えたタツミは真っ直ぐに振り下ろす、その剣はアリアの頭蓋を、脳髄を、肉を、骨を両断した。
人の頭蓋は幾層の骨で構成されておりかつ衝撃を逃がすために流線を描いている。その頭蓋を縦一文字に両断することはクラウドが送った言葉の通り斬るのではなく『断つ』ことだがそれを実践してみせたタツミの技量と覚悟を見たナイトレイドの連中も思わず目を開く。
「終わった……のか?」
状況が状況だけに標的を全員始末した結果を受け容れてよいのか戸惑うラバック、やがて後方で待機していたマインが姿を見せるとナイトレイド6名に対してクラウド、タツミの2名がその場に集うことになった。今しがた刃を交えていた相手の意外な行動に対処を迷う連中であったがレオーネが何かに気づいたようにタツミの元へと駆け寄る。
「よっ、少年! 元気だったか?」
「え……? あ、あの時のネコババ女!!」
以前クラウドに話した酒場で掴まされた女に気づいたタツミが声を荒げる、その一幕に気を抜かれたのかそれぞれ構えていた帝具を納めると殺気に包まれた場の緊張が解れていく。
「クラウド……協力、感謝するぞ、ありがとう」
アカメは感謝を告げたがその言葉に反応することなくクラウドは拷問部屋へと向かう、次に姿を見せるとその腕にはイエヤスが抱きかかえられていた。
「イエヤス!? どうした、しっかりしろ!?」
「……無駄だ、こいつはルボラ病の末期、もう助からない」
「そ、そんな…!?」
「気にすんなよ、タツミ……すかっとしたぜ……」
病による全身の苦痛に苛まれているにも係わらずイエヤスが最期に見せた表情は快活であったであろうその外見に違わず晴れ晴れとしたものであった。
…………
タツミが悲しみに暮れている暇はなかった、レオーネがタツミをナイトレイドの本部へ連れ帰ろうと進言したのだ。彼女によると常に人員不足のナイトレイドに必要な人材とのこと、タツミの資質や気概を買ってのスカウトである。
「離せよ! 俺は二人の墓を……ってクラウドさん!? 見てないで助けてくださいよ!?」
「殺し屋に就職決定か、おめでとうと言っておこう」
「なんでそうなるんですか!?」
クラウドに助けを乞うたタツミであったが皮肉な言葉を残しクラウドはその場を去ろうとする。
「待ってくれ、クラウド! ……お前も私達と共に来ないか? いや、来てくれ!」
「断る、あいにく殺し屋稼業は請け負っていない」
「そうは言っても姿を見られたからには一緒に来てもらうか……死んでもらうしかないんだけどね~」
アカメの懇願に近い勧誘を蹴ったクラウドに対し、レオーネが殺意を込めた言葉を送る。クラウドが背中の剣に手をかけると再び現場の緊張感が高まっていくがレオーネが抱きかかえたタツミに腕を回し指を鳴らすしぐさを見たクラウドはともすればスカウトしたタツミをも人質として利用されることを悟ると剣にかけた手を離す。
だがその掌は上に向けたままアカメの前に差し出された。
「お前らの標的は一家3人だったな、1人分の割当を貰おうか?」
「…善処しよう」
かくして何でも屋クラウドは金銭を巻き上げるために殺し屋集団ナイトレイドへのアジトへと向かうことになる。今宵アカメと出会ったことにより止まっていた時間と運命の歯車が再び動き出した事を気づかないままに。
つづく