クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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何でも屋 対 殺し屋

「次はあっちのお店を見てみるわ!」

 

 そう指を指しながらアリアが帝都の街を足早に歩いていく、その後ろには両手いっぱいの買物袋を抱える従者が2名、げんなりとした表情で後に続くが無理もない。馬車には既にこれでもかと衣類や家具が詰め込まれておりその様子をみたタツミは開いた口が塞がらなかった、だが彼にはもう一つ口を閉じることができない光景が目の前に映っていたのである。

 

……………

 

 屋敷に招かれた夜にアリアの父から思いがけず「富豪の娘の護衛」という役職を得たことにタツミは大変満足していた。途中散々な目にあったものの最後には良識ある人間に救われ、なにより帝都で成り上がっていく中でその指標となるべき人間と初日に出会うことができたのだから。

 

「クラウドさんかぁ、やっぱ名前もかっこいいなぁ!……俺もいつかあんな風に強くなれるのかなぁ?」

 

 旅の疲れもあって屋敷のベッドに横になったタツミはすぐに眠りについた、その日クラウドと同じく大剣を構えて土竜を袈裟斬りにする将来の自分を夢見ながら。

 

……………

 

 

 長年、同郷で育った今は行方知らずの仲間以外に歳の近しい者がいなかったタツミにとって土竜を一刀両断にしたクラウドは憧れの人としてその眼に映っていた、だが今現在タツミの目の前にいるその人物は両手両脇に買物袋を抱えさらには頭の上に器用に買い物箱を乗せながらアリアについて回っていた。その様子を見た街の人々はまるでサーカスの芸をみるような視線をクラウドにやる。

 

「ほらほら、2人もクラウドを見習ってよね?」

「あ、あんなの無理ですよお嬢様ぁ!?」

 

 達人の域ともいえる曲芸を涼しげな顔でこなすクラウドにアリアはさも当然と求めるが従者も顔を歪めている。

 

「あ、あのクラウドさん……?」

「何をしているタツミ、護衛対象から離れるな」

 

 ことクラウド本人は至って真面目に護衛任務をこなしているつもりで、アリアが駆ければ自身も駆け、アリアが買物箱を手渡すと器用にそれを頭の上に放っていく。頭に乗る箱が1つ、また1つと増えていく度に周囲から歓声と拍手が沸いた。

 

「あいつは……! 護衛する奴が目立ってどうするんだよ」

 

 頭に手を置きながらそう溜息を吐くのは警備兵長のガウリ、昨晩アリアの父よりタツミとクラウドの指導役とされていた彼にとっても頭の痛い光景である。

 

 だが街行く人々の笑顔、アリア含む良心ある貴族達が集う帝都の華やかさ、そして悠然と構える帝都の中心部である宮殿を見上げたタツミはその将来を渇望する眼差しを向ける。そんな様子を浮かぬ顔で見るガウリはタツミの元に顔を寄せると「帝国の真実」を静かに告げた…

 

「――そ、それじゃあ俺の村が重税で苦しんでるのも全部大臣のせい……!?」

「ああ、幼い皇帝を操り人形にしてな…あまり大きな声では話せないが」

 

 近年、大臣の圧政によって各地に帝国の兵士が押しかけては多額の税の納付を半脅迫的に迫っておりタツミの村もその例に漏れなかった。その為帝都に出稼ぎにやってくる若者が後を絶たず、仕事にあぶれた者たちが集う貧民街がこの広大な帝都の実に三分の一を占めるという事実を知るものは少ない。

 

 その貧民街エリアの名は通称「ミッドガル」、クラウドが何でも屋を営んでいる拠点でもある。

 

「関係のない話だ、仕事が無ければ自分で作ればいい、金が無ければ何も始まらないからな」

「クラウドさん!? そ、そんなのって……!」

 

 知られざる帝都の実態に顔を青ざめているタツミにいつの間にか馬車に戻ってきていたクラウドが独り言のように呟く。その言葉に幻滅しかけたタツミにクラウドはさらに言葉を続ける。

 

「お前は何のためにここへ来た? 兵士になって故郷に金を送る、違うか?」

「そ、それはそうですけど……!」

「ならばお前がやるべき事は一つだけだ、他の事にかまけている余裕などない」

 

 その刺すような言葉が胸に突き刺さったものの珍しく多弁となった男の言葉に迷いを断ち切るように首を振ったタツミは大きく頷いた。

 

 

 

 

……………

 

 

 クラウドとタツミがアリア一家護衛の任についてから3日目の晩を迎えようとしていた、今宵は満月が美しい。それが闇の中で生きる者達を照らす光であったとしても。

 

 アリアの屋敷から正門にかけて満月の下、宙に張り巡った糸に移るは6つの人影、いずれも人外の如き殺気を纏わせ屋敷を見下ろす彼らこそが世に噂された殺し屋集団「ナイトレイド」である。今宵の満月に捧げる獲物を狙わんとする彼らであったがその「違和感」にすぐ気づいたのは流石の嗅覚であった。

 

「おかしい……いつも外にいるはずの護衛が見当たらない、それどころか人の気配が無い……?」

「いや、確かに屋敷に人はいるね……けどなんだこの気配? まるで狼のような…」

 

 腕から伸びた糸に鉤爪を這わせる少年と獣の耳を生やした女性が周囲の気配が下調べを行っていた時とまるで異なることを怪しむ、広大な屋敷の敷地には人影一つ見えず、屋敷内はおろか兵の詰所であろう場所も一切の光が灯されていなかったのだ。

 

「まさか……感づかれた?」

「どうする、一度立て直すか?」

 

 銃を持つツインテールの少女が照準器と思われるものを左目にかけて周囲を探る中、全身を鎧で覆う大男が進言する。図体に似合わず臆病とも取れる発言であるが彼らの仕事に「ベター」は許されない、起こりうる事態に最善の対応を求め「ベスト」の結果を導き出さなければならないのだ。

 

「――いや、今夜 葬る」

 

 口火を切ったのは日本刀を携え長い黒髪を靡かせる少女。握った刀の鍔が一つ音を鳴らすと同時に6つの人影は方々へと散る、ナイトレイドの仕事開始を告げる合図であった。

 

 

 彼らが当初予定していた通り、屋敷内に侵入するのは先ほど屋敷内のただならぬ気配を察知した獣耳の女性とスラリと細い体にメガネをかけた清廉な女性の2名、残り4人が護衛の排除、もしくは屋敷から逃走した目標の始末を担当する手はずとなっている。

 

「……気をつけろよ、シェーレ。罠の匂いがプンプンしてるからさ」

「あらあら、そんなに匂うんですかぁ? 気をつけますね、レオーネ」

 

 獣耳を生やした女性、レオーネが屋敷内に漂う空気を察し注意を告げる、シェーレと呼ばれた女性は緊張感のない返事をよこすがその身に纏う雰囲気は静かにそして冷静に内に秘めた殺意の刃を研いでいた。

 

「あたしは親父の方を殺る、あんたは母親と娘の方を」

「はぁい、分かりましたぁ」

 

 レオーネが屋敷の最上階にあるアリアの父親の元へと向うとシェーレは2階通路奥にあるアリアとその母親の寝室へと向かっていく、耳を抜ける静寂の音がやかましいとさえ思えるほどその挙動には一切の無駄がない。廊下を歩く靴音はおろかタイトな衣服を擦る音すらしない、それは闇に生きる者達が誰に教わることもなく人が呼吸をするように自然に身に着けた暗殺術の基本。

 

 やがて母娘の寝室前へと辿り着いたシェーレは静かにドアノブを握る。ここまで闇に紛れ込んできた彼女であったがどんなに気を配ろうともドアノブを回す音ばかりは微かに生じてしまう、この屋敷に侵入した者が物盗りの輩であればそのドアノブを握る手首を回すことに相当の神経を使うことだろう、だがシェーレの手首はドアノブを掴むとほぼ同時に回っていた。

 

 下手に緊張したままではドアノブを握る手から振動が伝わり微かな金属音が反響してしまう、ならばと彼女が下した判断は暗殺者としての素質とこれほどの屋敷のドアノブの立付けが悪いはずがないという経験からくるものであった、事実ドアノブからは金属音とは程遠い金具が僅かに擦れる音が静かにするのみに留まり寝室に僅かな月夜の光が差し込む間にはシェーレの体はドアノブの向かいである寝室内へと移動していた。

 

 そしてメガネの奥の瞳が見据えるは中央に設置されたダブルベッド。夜目が利いた瞳はそのベッドに2つの膨らみを確認すると片手に持っていた獲物を構える。

 

 闇の中において鈍い光を放つ二つの刃、それは日用品として深くなじみのある『鋏』。だがシェーレが両の手で口を開くそれは断頭台(ギロチン)の刃とも見紛うほどの不気味さを纏わせると闇夜に半月の輝線を走らせる。

 

「すみません」

 

 その両刃が閉じられるとシェーレは一言謝罪の言葉を口にした、だがすぐに閉じた刃から手ごたえのなさを感じ取ったシェーレは先程では見られなかった俊敏な動きでその場から後退する、と幅のあるダブルベッドが真横一文字に裂ける。それは斬ったと表現するには余りに鋭利にそして美しくその形状からしてまさに寸断したというのが相応しい。

 

 シェーレが寸断したと思った2人の人間の正体が綿詰めされた麻袋という古典的な罠であったことに気づいた時には暗闇の寝室が眩い光に包まれる、一瞬目が眩んだシェーレが目を覆う手を離したときには既に周囲には無数の殺気が漂っていた。

 

「まんまと罠にひっかかりやがったな、ナイトレイド!」

 

 その声と共に一歩前に出て剣を構えたのはタツミ、その後ろには護衛兵長ガウリ率いる全護衛兵、実に10人を超える人間がこの一室に息を潜めていたのである。

 

「……いつから気づいていらしたんですか?」

「俺たちはさっぱり気づかなかったさ…! あの人がいなかったらな!」

「まさか、レオーネも……?」

「お喋りはここまでだぜ、アリアさん達は絶対に殺させねぇ!!」

 

 咆哮と共にタツミはシェーレへ斬りかからんと駆けた。

 

 

……………

 

 タツミ達とシェーレが遭遇する数刻前、アリア父暗殺を狙うレオーネは屋敷最上階の廊下を歩いていた、その足音はやはり暗殺者のそれであるが先のシェーレと比較してその足取りは非常に警戒心に満ちていた。

 

 屋敷進入前から感じていた気配、獣耳を持つ彼女がまさに野生の感で受け止めていた気配が歩を進めるたびに強くなっているのが分かると一歩、また一歩とその踏み出す歩幅が小さくなっていることに彼女自身気づいてはいない。

 

 やがて彼女は目の前に現れた気配の正体を前にその足を止める、ステンドグラスから月夜の光が差し込むとやがて姿を見せたのは青い瞳を放ちその体全てを覆い隠す程の大剣を前に突き立てたクラウドが佇んでいた、まるで初めからここにレオーネがやってくると分かっていたかのように。

 

「……いつから気づいてた?」

「さぁな、ただの勘だ」

 

 レオーネの問いに短く返すクラウド、だがナイトレイドの襲撃に対しアリアとその母の寝室にタツミ含む全護衛兵を待機させ、かつレオーネをここで迎え撃ったことをただの勘で片付けるには余りにも出来すぎていた。

 

「あえていうなら今日は仕事日和だったというところか、月が満ちる今日は特にな」

 

 そう言うとクラウドは床に突き立てた剣先を引き抜く、と同時にレオーネが横にあった屋上外へと続く階段を駆け上る。決して臆病風に吹かれたわけではない、先も述べたように彼らの仕事に「ベター」は許されない、目標である一家が匿われ、まんまと屋敷に招き入った時点で既に彼らは一手見誤ったのである。この状況を「ベスト」に導く為にレオーネは即時に外にいる仲間に状況を伝えナイトレイド全員を以ってして護衛の排除にかかることを選択した。屋上に出た彼女はそのままの勢いで屋敷外へと飛び出す、その跳躍は彼女の外見を象徴するかのように人間離れしたもので屋敷の全高を遥かに超える。

 

「ここまで来れば……ッ!!?」

 

 空に舞いながらレオーネは安堵の言葉を吐いたが自身を照らしていた月の光が途絶えたとことに気付き即座に振り返る、そこには満月を背にレオーネの跳躍の実に2倍に相当する跳躍を見せたクラウドが大剣を振りかぶりレオーネに迫っていた。

 

「まじかよ、こいつ!?」

「逃がさん」

 

 そしてその刃がレオーネに届くかという時、突如クラウドはその身をよじるように宙を舞い始める。そのクラウドの周囲には月夜に照らされて僅かに輝く糸が幾重にも張り巡らされていたがその一本一本を空中で身をよじりながら全て躱わしていたのだ。

 

「ありえねぇ!?俺の結界を……!?」

 

 満月を背に宙を舞うその圓舞曲(ワルツ)に屋敷外の森林に潜み糸を操っていた少年、ラバックも思わず姿を現す。糸の結界を抜けたクラウドが地上へと着地する前にレオーネを仕留めんと迫ると両者の間を塞ぐように立ちはだかる鎧の男、いかにも大重量である鎧を纏っているにも係わらず地上から5mほどの跳躍を見せた鎧の男は手に持った槍を構えるとそのままクラウドを迎え撃つ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

「邪魔だ」

 

 空中で交錯した両者の刃、だが次の瞬間、鎧の男の体は万有引力の速度を超越した勢いで地面へと叩き付けられた。

 

「ぐはぁぁ!!」

「ブラートォォ!!」

 

 レオーネがブラートと叫んだ鎧の男は相当の衝撃をその身に受けたことで呻き声を上げたが即座に体を起こした、そして屋上からその身を放ち屋敷の敷地に着地するまでの数秒間でナイトレイド3人を手玉に取った男がその前に迫る。

 

「おいおい、こんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ……!?」

「私も知ってたらのこのこ屋敷の中に入んなかったよ」

「姐さん、無事ですか!?」

 

 ナイトレイドの人員はその1人1人が一騎当千の力を秘めている、その者達がたった1人の人間を相手に肩を並べて相対しているという状況は極めて稀であり、そして極めて危険であることを意味していた。

 

「あいつが持ってる剣、やっぱ『帝具』かな?」

「かもね、でもアイツはそれ抜きでもやばすぎる」

 

 帝具、それは帝国の始皇帝が未来永劫に渡り帝国の繁栄を願って当時の技術の粋を集結させて誕生させた48の武具からなる、その力は正に絶大であり現在の帝国が千年の歴史を刻んできた証でもあった。後の内乱によって国内外にその半数以上が行方を眩ませてからその存在を知るものは少ない。

 

 ナイトレイドの面々が持つ武具も帝具のそれであり、レオーネが獣耳を持つのも装着者を獣化させるベルト型の帝具『百獣王化 ライオネル』によるもの。身体能力の向上の他に五感をも強化させる能力を持ち進入前後に屋敷内の不穏な気配を逸早く察したのもこの帝具の恩恵によるところが大きい。

 

 ラバックの持つ糸の帝具『千変万化 クローステール』はその形状ゆえに多様に渡る用途があり、装着者のラバックの柔軟な思考と技術によってその名の通り千変万化の対応が可能な帝具である。

 

 ブラートが装着する鎧『悪鬼纏身 インクルシオ』は並の人間では装着するだけで死に至るほど甚大な負担がかかるが様々な環境に適応できる汎用性と鉄壁の防御力を誇る、装着することが出来る者はそれ即ち相当の力量を持つことと同義であり絶大な性能を誇る帝具といえる。

 

 それら強大な力を持つ帝具を有する3人の猛者がたった1人大剣を構えた男に苦戦を強いられている現状を見れば先の帝具の説明が皮肉にもクラウドがいかに人外の力を秘めていることを証明してしまったことに他ならない。

 

「とはいえ向こうは1人こっちは3人! ……殺り様はあるでしょ?」

「……だな、私とブラートで対応する、ラバは援護を頼んだよ!」

「男ならタイマンと行きたいところだがそうもいってられねぇか!」

 

 雲が満月を覆い隠すと再び舞台は闇に包まれる、と同時にレオーネとブラートの両者がクラウドに迫る。

 

「うおりゃあぁぁ!!」

「そおおりゃああ!!」

 

 雄叫びと共に2人が拳の連打を繰り出す、格闘戦に長けたレオーネと彼女との間合いを考慮して槍から徒手空拳に切り替えたブラートの両者が放つそれは常人から見れば腕の動きが捉えられないほどの凄まじき弾幕となりクラウドに襲い掛かる。

 

 しかしクラウドはそれら一つ一つの拳を大剣を使っていなす事もせず全て回避する、剣を使って視界を防げば彼らの背後で構えるラバックに対して隙を与えてしまうことを考えてのことである。

 

 だがわざとらしく両手を構えるラバックも、拳の弾幕を浴びせるレオーネとブラートの両者もラバックからの援護は考えていなかった、もう1人の伏兵が敷地より数百m離れた林の上からその照準をクラウドに合わせていたからである。

 

 その手に握る銃もまた帝具の一つ『浪漫砲台 パンプキン』、使用者の精神エネルギーを撃ち出す銃でありタイプも様々で近~中~遠距離と対応できる。また使用者が危機的状況に陥るほどにその威力を向上させるという特性を備える。

 

 ラバックが大げさに「3人」と口にしたことも、レオーネとブラートが闇夜において暗殺者にあるまじき雄叫びを上げていたのも全ては狙撃手に気取られないための策略であったのだ。

 

 しかし銃を構えるツインテールの少女、マインは照準器を覗きながら隙を伺うもこの状況を『危機(ピンチ)』と捉えていた。自身の存在を感づかれていないとはいえナイトレイドの中でも対接近戦において秀でたレオーネとブラートを相手にしながらも尚ラバックから視線を外さない男の力量に。この一撃を外せば間違いなく次弾を命中させることは叶わない、それは自分を含めた仲間の窮地を意味していた。

 

「……いいじゃないの、この危機(ピンチ)……!!」

 

 危機的状況を迎えていると捉えた彼女の精神エネルギーが増幅していくとパンプキンの銃口が淡く輝き出した。

 

 マインの狙撃タイミングを作り出すべくブラートが拳を地面に叩きつけるとクラウドの足元の地盤が激しく歪みながらひび割れる、更に左右からレオーネとラバックの糸が迫るとクラウドは再びその身を宙に上げたがその瞬間をマインは見逃さなかった。

 

 極限までに研ぎ澄まされた彼女の精神エネルギーが銃弾となって放たれる、それは闇夜の世界では見えるはずのない米粒大程までに圧縮された衝撃波が光速でクラウドの眉間に迫る、確実に仕留めたと確信したマインだったが暗闇の空間に一筋の光が見えたと思った直後に自身が放った厚さにして3mmに満たない極小の銃弾が真っ二つになって霧散していくのを照準器を介してその目に見た。

 

「まさか……斬られた!?」

 

 そのまさかであった、クラウドはマインの存在はおろか己が狙撃されたことも気づいてはいなかった。だが相対していた男が単調な攻めに切り替えたこと、さらに跳躍を迫るように足並みを揃えて挟撃してきた女と少年に瞬時に空に難ありと捉えると光速で風を切る衝撃波の音を感知して刃の厚さ6mmの大剣で両断したのである。

 

 これまで躱されること防がれることはあれど己の銃撃を斬った相手など誰一人としていなかったマインは相当の衝撃を受けていた、その証拠に次弾は命中できないという危機(ピンチ)を迎えているにも係わらずパンプキンの銃口に灯っていた光は消え失せていた。

 

「仕込みのネタは今ので終わりか?」

 

 再び剣を構えたクラウドは皮肉の言葉を吐くがその姿勢には一切の油断はない。怒気とも冷徹とも感じ取れない無機質の表情で立ちはだかる男を前にラバックは下唇を噛む。

 

 今夜の仕事はナイトレイド全員による襲撃、事前の調査では護衛はせいぜい10人ほど。敷地の広さゆえに全員での仕事となったがこれほど簡単な仕事はないと割り切っていた彼は仕事終わりに日課としているレオーネの入浴を覗く時間と潜伏場所はどうしようか考える方が悩みのタネだった。

 

「ちくしょう、天罰が降りちまったかな……!」

「……いいや、降りて来たのはうちらの『切り札』だ」

 

 レオーネが右人差し指を空に向けるとその先の暗闇の空を黒髪の少女が駆ける、真っ直ぐにクラウドの元へと迫ると手にした日本刀を居合いにて抜き放つ、と両者の間に閃光の火花が舞い散った。

 

 先においてレオーネとブラートの攻撃を全て躱していたクラウドが初めて直接的な攻撃を剣で防いだのはその少女の力量と少女の握る刀から漂う禍々しさを感じ取っていた為にある。

 

 対する少女も未だ光の届かぬ闇で獣化による視力の強化によって唯一その姿を捉えていたレオーネ以外に奇襲の一撃を防がれたことに目を開く。

 

 華奢な体躯から繰り出される刀の一振りが只の少女ではないことは鎧を纏ったブラートを大地に叩きつけて見せたクラウドが受身に回っていることから想像できる。その少女、名をアカメと呼んだ。

 

 幼き頃より貧しかった家庭環境から帝国に身売りされ、帝都の養成機関で暗殺者として育てられた彼女は紆余曲折を経て現在は殺し屋集団ナイトレイドに身を寄せていた。

 

 その彼女が持つ刀も当然帝具の一つ、名は『一斬必殺 村雨』。見た目こそはただの日本刀だがその刃に斬られると傷口から呪毒という古代文明における呪術の一式が施された毒が流れ込み即座に対象を死に至らしめるという恐るべき妖刀である。

 

 クラウドがその刃を剣で受けたことは村雨の恐ろしさを本能的に感じ取ったのか、アカメの技量もあってか後手に回ったクラウドの姿にナイトレイドの面々の覇気も上がる。

 

 両者の刃が重なり火花が散ったのは何度に渡ったか、互いに一層の力を込めた一撃が重なるとそれに呼応するかのように満月を覆っていた雲が晴れる、再び姿を見せた満月が舞台の役者を照らすように金髪碧眼の青年と黒髪赤眼の少女に降り注いだ。

 

「……ッ!?どうして……!?」

 

 刃を交えていた相手の顔を見たアカメが一驚を喫する。その眼に映った男の顔に覚えがあった、少女にとって忘れることの出来ない思い出の中に映るその顔を。

 

「生きて……生きていたんだな、クラウド…!?」

 

 そう口にしたアカメの表情は驚嘆とも悲哀とも喜悦とも取れる、だがその少女を前にしてクラウドが返した言葉は…

 

「……誰だ、お前は?」

「…えっ?」

「悪いが、殺し屋に知り合いはいない」

 

 アカメが見せた一瞬の隙を突いたクラウドが村雨を宙に弾くと返す刃を少女の脳天に目掛け、振り下ろした。

 

 

つづく




いきなりド修羅場展開っす。

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