クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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本編
元・ソルジャーの男


 帝都の街並みは本日も賑わっていた。

 

 全身煌びやかな装飾品を纏った貴婦人がショッピングを楽しみ、子供達は出店で買ったアイスを片手に街を駆け回る。商売人連中は呼子の声に我負けじと各地で熱が入る、それは千年の歴史を誇る帝国の栄華を象徴するかにみえる。

 

 だが表通りからたった一本先の路地裏では今日の寝食すら知れぬ者たちが集うスラム街、その一角の建屋でとある密談が交わされていた。

 

「……頼んでいた依頼の件はどうなった?」

 

 日の光も当たらない薄暗い室内でそう話す男の声はとても昼間に口にするトーンではなく依頼という言葉からも物々しさを感じさせる。

 

「問題ない、万事解決した。依頼のものならここにある」

 

 そう言葉を返したのは透き通るような声の持ち主、金髪を逆立て、宝石のように青い瞳が美しく非情に整った中世的な顔立ちから女性と見紛うほどの美貌を持った青年。麻袋を取り出しテーブルの前に差し出す、麻袋はごそごそと動いておりその中身が気になった男はすぐさま麻袋の口を開いた、そして…

 

「おぉ~、ミケ! 探したぞぉ~!」

「ニャァ~!」

 

 先程とは打って変わって猫なで声で麻袋に向かって話しかける男、麻袋から顔を出したのはマーグパンサーの幼生体だった。成体は危険種と呼ばれる生物の中でも特級に指定されるほどの獰猛な性格であるが幼生体は非情に人懐こいため、その愛くるしい容姿もあり富裕層の間でペットとして買うものも少なくない。

 

 数日前より飼っていた屋敷から行方知らずになり、いつまで経っても見つからない事に業を煮やした男は街で聞いた金さえ払えばなんでも請け負う「何でも屋」の噂を頼りにこの浮浪者や貧民が集う地域に姿を忍んで来ていたのだ。

 

「依頼は要求通り達成した、報酬をもらおうか」

 

 そう青年は言い放つと掌を上に右手を男の前に差し出す、その不遜な態度に若干の苛立ちを見せた男であったが愛猫が手元に戻ってきた喜びと男の有無を言わさぬ圧力に押されたのか、渋々と金貨の詰まった袋を男に手渡した。

 

「お前、中々使えるな。どうだ俺の所で働くか? 今よりもっといい暮らしができるぞ?」

 

 屋敷の使用人や守衛を総動員しても見つからなかった愛猫を依頼から僅か1日で広大な帝都から探し当てた男の手腕を買い男はそう提案する。もっともそれは建前であり精悍な顔立ちのこの男を側近としておけば自身の箔も付くという浅ましい考えからだった。

 

「興味ないね」

 

 そんな男の思惑に察したのかそれとも本当に興味がないのかそう吐き捨てた青年は壁に立てかけてあったものを手に取るとそのまま裏口へと向かう。

 

「待て! 給金は今の倍……いや、3倍払うぞ!」

 

 なおも食い下がった男であったが青年が手に取ったものを背中に担ぐ姿を目の当たりにした瞬間、口を閉ざす。青年の背には身の丈ほどもある大刀が抜き身の状態で鈍い光を放っていた。

 

「悪いが、次の仕事がある」

「そ、そんな物騒なものを持って一体何の仕事だ!?」

「……庭掃除だ」

 

 

 そう応えた青年は裏口のドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 帝都へと続く街道を荷馬車は急ぐ、積荷を早急に届けたかったからではなくその場から一刻も早く離れたかったのだ。それというのもここ周辺で本来出現するはずのない1級危険種である土竜が出るとの噂が流れていた為である。護衛もつけていない状態で遭遇でもしたらひとたまりもないと手綱を握る御者の手に力が入る。

 

 と、突然目の前の地面が隆起したと思った瞬間に地中から土竜が姿を現した、その体長はゆうに10mを超えており大きく伸びた2本の触覚と全身を覆う甲殻を纏う化け物を前に御者の2人は一目散にその場から逃げ出す。雄叫びを上げながら2人に迫る土竜だったが剣閃が目の前に走ると触覚の一部と、御者に向かって伸ばしていた爪が切り落とされた。

 

 土竜の前に降り立ったのはまだ年端もいかぬ少年、だがその瞳と構えに只ならぬ雰囲気を感じた土竜は咆哮と共に少年に迫ると大きく左腕を伸ばした。だがその一撃を避けた少年はそのまま伸びていた左腕を足場に駆け上ると土竜の頭部から全身にかけてかまいたちの如き剣戟を叩き込む。

 

 全身に裂傷を負った土竜はそのまま倒れ付すとそのまま沈黙し、その一部始終を見届けた御者らは驚嘆の言葉を上げながら少年の元へと駆け寄る。

 

「すごいな、君!」

「1級危険種の土竜を1人で倒すなんて……!」

「あったり前だろ!? あんなヤツ、俺にかかれば楽勝だって!」

 

 先程の戦いで見せた凛々しい表情から一転して鼻の下を伸ばしながら自画自賛をしてみせる少年。

 

 だがその一瞬の気の緩みが仇になる、後ろで倒れていた土竜が突然起き上がったのだ。先の一撃では致命傷とならなかった事に気付いた時には既に遅くその爪は少年を捉えていた。受身も回避も間に合わないと悟り咄嗟に目を瞑った少年だったが、いつまでも自身の体に衝撃が走らないことを不思議に思いゆっくりとその目を開く。

 

 目の前に迫った土竜の爪がまるで時間が止まったかのように静止している、と土竜の頭部の中心から胴にかけて一筋の線が見えたと思った瞬間、血しぶきをあげながら左右に真っ二つになった土竜が少年の目に映る、その視線を下ろした先には巨大な刀を振り下ろした状態の金髪碧眼の男が静かに座していた。

 

「あ、あの……俺、スイマセン! 助かりました!」

 

 すぐに状況を理解した少年は感謝の意を唱えながらも10mを超える土竜を縦一閃で両断した大刀とそれを扱う男の技量に驚きの念を隠せなかった。

 

「……いや、礼を言うのはこっちの方だ」

「え?」

「お前が倒し損ねてくれたおかげで庭掃除の依頼が達成できたからな」

 

 

 ……………

 

 

 

「あの! 俺タツミって言います! さっきは本当にありがとうございました!」

 

 その後御者らを見送った少年は土竜の死体の一部を包んでいる男の下へと駆け寄ると自身の名を「タツミ」と告げた。

 

「礼を言うのは俺のほうだとさっきも言ったはずだが?」

 

 土竜の頭部を麻袋にしまいながら青年は冷めた反応を示す、その近寄りがたい雰囲気にたじろいだタツミではあったがそれでも前に踏み出したのは若さゆえの衝動か、帝都へと続く道を歩きだした青年の後に続く。

 

「お、俺! 田舎からこっちに出てきて兵士になってそんで一旗上げたくて! あの、あなたってもしかして帝国の兵士なんですか!? すげー強いし、さっきも依頼って……!」

 

 タツミが緊張と興奮が混じった声で矢継ぎ早に青年に問う、その声に目を向けることなく青年は歩を進めていたが顔を下に落とすタツミが目に映ったのか、暫し間を置いた後でその口を開いた。

 

「……俺は帝国の兵士ではない、元・ソルジャーだが今は「何でも屋」をやっている。今回の依頼もこの周辺に私有地を持つ者から庭掃除を頼まれた、それだけのことだ」

 

 質問に応えてくれたことに笑顔を見せたタツミだったが青年が口にした「ソルジャー」という聞きなれないワードが疑問符として頭に残る、もっともそれ以上の質問は気まずかったのかこの場で問うことはしなかった。

 

 やがて帝都の正門に着いたタツミと青年の2人、兵士を目指していることを聞いた青年が兵舎までの道のりを教えると裏表のない笑顔で深々と頭を下げてタツミは礼を述べた。その真っ直ぐな心に何かを思ったのか青年は兵舎に向かおうとするタツミに一声かけた。

 

「さっきの剣……」

「え?」

「剣速は中々だか軽すぎる、敵を斬るなら『斬る』のではなく『断て』」

「は、はいっ!! 肝に銘じておきます!」

 

 青年にとっては何気ない忠告のつもりだったがタツミにとって故郷の村で剣術を師事していた村長以外からの、しかも先において凄まじき力を見せた人物からの助言に興奮した様子でその場を去る、その後姿を見届けた青年もまた庭掃除の依頼達成の報告へと向かうのであった。

 

「……あ、そういえばあの人の名前聞くの忘れた! …でもいつかまた会えるよな!」

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 庭掃除の依頼主である屋敷から青年が姿を見せる頃にはすっかり日が落ちていた、土竜討伐の依頼報告の証拠として持参した頭部を目にした依頼主がそれが私有地近辺に出現する土竜のものなのかと難癖をつけてきた為にこんな時間までかかってしまったのである。

 

 夜も更けた帝都は日中の活気が嘘のように静まり返っていた、肌寒い季節ではあったが故郷である雪国で育った青年にとってはまだ涼しいものである。人気のない路地を抜けるとふと街橋に腰掛ける少年が目に付いた、それが昼間に出会ったタツミであることに気付いた青年であったがそれ以上の興味を持つことなくそのまま少年の前を通り過ぎようとする。

 

「う~、さみぃ……アレ!? あ、昼間に会った……!」

 

 タツミの反応は当然だったがこの橋を渡らなければスラム街の建屋まで大きく遠回りをすることになる、その為の選択が浅はかだったことに呆れたように首を左右に振りながら青年は渋々応じた。

 

「ここで何をしている?」

「も~、聞いてくださいよ!実は――」

 

 青年に聞く気は全くなかったのだがあの後タツミは真っ直ぐに兵舎に向かい入隊の手配をしたのだが一兵卒からの採用に異を唱えたところたたき出されてしまったとのことだ。

 

「当然の反応だ、この不況下でいきなり隊長クラスに仕官するなど出来るわけがない」

「それでその後が酷いんですよ!」

「……まだ話は続くのか?」

 

 その後街を歩いていたところ、手早く仕官できる方法を知ってるという女性に声をかけられたタツミは「金と人脈」が全てと語る女性に有り金全てを渡し酒場で待機していたそうだがその後一切の連絡は来なかったとのことで今の状況にあると話した。

 

「それで酒場にいた連中も酷いんですよ!?そんな目にあった俺に向かって――」

「騙されたお前が悪い」

「なんであなたまで同じこと言うんですか!?」

 

 裏表のない真っ直ぐな性格だとは思っていたがここまでお人よしだとは思わなかったのか軽い溜息をつくとやはり青年は首を左右に振る。

 

「それで無一文になって野宿する羽目になって……」

 

 そう涙交じりに青年に話すタツミ、本音を言えばここでまたこの人に会えたのも何かの縁、もしかしたら一宿一飯の恩恵に預かれるかもしれないと期待していた、そして「安心しろ」という言葉が青年の口から出ると待ってましたとばかりに顔を輝かせたタツミだったが返ってきた言葉は予想外のものであった。

 

「この橋の作りはしっかりしている、腰を痛めることもないだろう、じゃあな」

「ちょ! 待ってくださいよ!? 俺、ここ来たばかりで誰もアテがなくて……!」

 

 藁にもすがる気持ちで懇願したタツミであったがその横を横切った馬車が突然止まる、するとそこから降りてきた少女がタツミと青年の元へと駆け寄ってきた。

 

「あなた達、止まるアテがないなら私の家に来ない?」

 

 そう笑顔を向ける少女であったがタツミは先の酒場の一件もあり訝しむ目で少女を見つめ、青年に至ってはタツミと同じ文無しとみられたのが心外だったのか背を向けている。

 

「俺、金持ってないぞ?」

「持ってたらこんなところで寝ないでしょ?」

「アリアお嬢様はお前らのような奴らを放っておけないんだ、お言葉に甘えろ」

 

 警戒して釘を刺したタツミに対し従者の男が「アリア」という名の少女の純粋な好意であると告げる。タツミもまた身寄りのない地で野宿するよりはマシとは考えていたが初めて会ったばかりの連中にほいほいと付いていってしまってもよいものか暫し考える、とその視線はいつの間にか青年へと向かう。

 

「……何だ?」

「あの! 俺と一緒にこの人の家に行ってもらえませんか!?」

「なぜそうなる? 宿なしはお前だけだ、俺には関係ない」

 

 そう吐き捨てた青年だがいつの間にか自分とタツミを取り囲むように従者の2人が立ち塞がっていることに気づく、僅かな殺気を纏っていることも。

 

「……付いていくだけだ、いいな?」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃあ決まりね♡」

 

 2人が同行の意思を示すとアリアは一層の笑顔を見せた。

 

 ……………

 

 

 招かれた屋敷は一家が住むには広大すぎる敷地でありその玄関口からも分かるの装飾と骨董品の数々にタツミは感嘆の溜息をつきながら周囲を見渡す、この挙動ならなるほど、先の酒場で言っていた女から見ても絶好のカモであったろうと青年はタツミを見る。

 

「なんだ、またアリアが誰かを連れてきたのか?」

「これで何人目かしらねぇ?」

 

 居間に通されるとアリアの父と思われる口髭を蓄えた初老の男性と若々しい母が出迎える、その背後には護衛と思われる私兵が直立して構える、その雰囲気から伝わる実力に見ず知らずの自分たちを迎えたことを納得したタツミは先ほどの不安はどこに消え去ったのか意気揚々と感謝を告げると物のついでとばかり仕官の伝手を頼り、同じ故郷から帝都を目指していたという仲間の捜索を頼みこむ。あまりにも大胆な要求に居間の壁に腰かけていた青年も呆れるように溜息を吐くとそのまま屋敷の外へと出て行こうと足を動かした。

 

「待ちたまえ君! どこへ行くんだね?」

「宿なしはそいつだけだ、俺は帰る」

「そうは言ってもここは帝都より離れているわ、夜も遅いし今日は泊って行きなさいな?」

「そ、そうですよ! こう言ってくれてるんだし……!」

 

 帰ると言った途端に弱気を見せるタツミであったが青年にその気はなかった。だが屋敷中から伝わる殺気を前にこの疑うことをまるで知らぬ少年一人置いていくのもいかがなものかと暫し考える。

 

「それならこういうのはどうだね? タツミ君にはお仲間の捜索をする間にアリアの護衛をお願いしたいのだが、そこで君もどうだね? もちろんタツミくんのお仲間が見つかった暁にはいつでも出て行ってくれて構わないぞ?」

「……報酬次第だ」

 

 男からの提案に青年は護衛ということであれば話は別と即座に思考を切り替えると、次には報酬についてテーブルについて早速交渉へと向かう。

 

「これだけの護衛がいるにも関わらずまだ人手が足りないというのか?」

「……近頃帝都に物騒な輩が現れていてね、重役や富裕層のものばかりを狙う殺し屋集団がいるとのことだ」

「こ、殺し屋……ですか!?」

 

 殺し屋という物騒な言葉に身体を震わせるタツミに対して合点がいったと頷く青年、男が語った通り、近年帝都の周辺では帝国の上層部やそれらと関わりを持つ連中、さらには貴族といった上流階級の者までその標的として暗躍する殺し屋集団が夜襲をかけてくるのが相次いでいたのだ、その名は「ナイトレイド」。

 

「もしかしたら君たちにもナイトレイドと戦ってもらうかもしれない、肝に銘じておいてくれ」

「わ、分かりました! 何があってもアリアさん達を守ってみせます!!」

「ふふ、頼もしいものだ、ありがとうタツミくん。君も……そうそう名前をまだ聞いていなかったね?」

「あ……そういえば俺もまだ聞いていませんでした! 名前、教えてください!!」

 

 厄介事に首を突っ込んでしまったことに呆れるように首を振ると青年は静かにその問いに応える。

 

 

「クラウド―― クラウド・ストライフ。元・ソルジャーの「何でも屋」だ」

 

 

 つづく




ふと思いつきました。
FF7とアカメが斬る!の設定が中々どおしてリンクしてたもので。。

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